その5
その言葉に白子様は憎たらしく顔をニヤつかせ、舌を鳴らして指を振る。
「今まであの女に対してお前は一人の学友に過ぎなかったわけだが、今回のことで気になる存在に昇格したわけじゃ」
「なにが気になる存在だよっ! どっちかと言うと近づきたくない存在に降格だよ!」
「では、問うが…お前は道端に転がる石ころに一々構っているか? そこいらに自生する植物を気にかけたことがあるか?」
「なにが言いたいんだよっ!?」
「あの女にとってお前はなんの興味もわかないただの学友だったが、今回の一件によってどんな形にしろあやつの心にお前の存在が刻まれたということじゃ」
得意げに、誇らし気に意気揚々と白子様は鼻高々とそう語ってみせた。
心に刻まれたって最悪の刻まれ方じゃないか。
ここから恋愛に発展する可能性は皆無だろう。
出会いは最悪だったとよく言うが、街角でぶつかり喧嘩した女の子が転校生でしたとか僕の場合はそういうことではない。
喫茶店でキモい奴を見かけたと思ったらそれがクラスメイトだったので注意をしました。
そこにどんなトキメキが、どんな恋の爆弾が待っているのか、答えはそんなものないに落ち着く。
「からかってるなら言ってよ、白子様ぁ…」
考え、今にも泣き出しそうな情けない声が漏れた。
「馬鹿者、からかってなぞおらぬわ。大真面目じゃ! 天下を取るものがこんなことで根をあげてどうする、たわけ者!」
追い討ちをかけるように卑下され、挙げ句の果てにビンタをお見舞いされた。
「なにするのさっ!」
「ここでウジウジしていてもなにも始まらん。すけべぇ、お前の家に帰ってひとまず作戦会議じゃ」
叱咤され泣く泣く歩き出す僕だが、さしてそれを気にする様子もなく上機嫌に歩く白子様。
この高校に通っている唯一の利点は家が近いということだ。
それなりの学力で近場の高校。
暗くなるのが早くなってきたこの時期に早く帰れることはかなり有難い。
今まで元気に歩いていた白子様が日が落ちた寒空の下で身体を震わす頃には我が家の暖かい光が見えてきた。
なんの変哲もないどこにでもある一軒家。しいて他と違うところと言えば、少し広めの庭にぽつんと置かれた小便小僧ぐらいなものである。
ここに引っ越してきた際にこの地区の住人には一家に一個置くのが義務付けられているそんな口上に母さんが騙され、買わされた代物である。
買ってしまったものは仕方ないととりあえず庭に置いてみている。
その庭を抜けて、今まさにドアノブに手をかけたその時にふと疑問が生じる。
白子様のこと、どう説明しよう。
僕がいきなり女の人を連れて帰ったら家族はビックリしないだろうか。
そんな不安もつゆ知らず、ごく当然のように平然と僕の手を払ってノブを回した。
「あっ、白子ちゃんおかえり」
風呂上りなんだろう偶然廊下を歩いていた妹の八重がタオルを頭に乗せ、いつもと同じようにモコモコしたパジャマを着て、いつもと同じように僕をいないもののように扱い、いつもでは考えられないような女性の来訪者に妹は親しげにおかえり、と。白子ちゃんと確かに言った。
「え? え? え? なに? 二人は知り合いなの? 」
はてなマークが僕の周りを激しく飛び回る。
しかし、妹はそれに眉ひとつ動かさず完全無視と来たもんだ。
「いやいや、お兄ちゃん聞いてるんだよ!? 答えなさいよ、八重!」
「…チッ…」
顔を歪めて小さく舌打ちをする我が妹。
お兄ちゃん大好きと言ってついてきた小さい頃が懐かしい。
よくアニメとか漫画とかライトノベルでお兄ちゃん大好きな妹がいるけれど実際の妹はこんなもんである。
中学三年生ともなると途端に色気付き憎たらしく急成長。
もちろん身体の方も発育してくるのだけど実の妹に欲情なんて童貞の僕でもしたことがない。
「白子ちゃん、ご飯出来るからこんなゴミほっておいて食べようよ」
「そうじゃのぅ。では頂くか」
「ゴミじゃないでしょ、お兄ちゃんだよ」
優しく諭すような口調で僕。
「キモいから話しかけないでキモいから」
キモいって二回も言わなくたっていいじゃないか。
「ゴミクズが」
海をも凍らせるような目で僕を睨みつけ、白子様と共にリビングへ歩いていく八重。
え、なんで?
いや、妹が冷たいのはいつものことなんだけど白子様が長い眠りから目を覚ましたのは今日のはずでしょ。
面識があるはずないじゃないか。
謎を残しつつ、靴を脱いでリビングに向かうと益々謎は深まる。
母さんも父さんも白子様のいることになんの疑問も持たず、母さんは夕食の準備を、父さんはニュース番組を見ながらぶつぶつと独り言を言い、妹は鏡を見ながら髪をドライヤーで乾かしている。
そんないつもの我が家の光景。
唯一の、明らかなイレギュラーと言えば、白子様がこたつでほわぁとか言いながらくつろいでいるそんな様子。
おかしい、絶対におかしい…!
「平助、ごはんできたから支度手伝って」
平然とした顔で母さんはお手伝いを要求する。
いくら母さんが小便小僧を騙されて購入してしまうほどどこか抜けているとはいえ、今までいなかった人物を受け入れてしまうほどマヌケな人ではないはずだ。
「ねぇ、母さん。白子様って…」
「なによ、白子様って」
なにかおかしなことでも言っただろうか、母さんはぷっと吹き出す。