その4
「エスプレッソ…一つ貰おうかっ! …後、カプチーノも」
カプチーノは白子様の分なので小声で言っておく。
本当はエスプレッソなんて苦くて飲めないけど男らしいものを頼めと白子様のお達しだった。
少し笑顔を引きつらせる店員さんは会計を終わらせ、受け取りカウンターへ行くように促す。
順番を待ち、僕の頼んだエスプレッソとカプチーノが作られていくのが見えた。
「お待たせしましーー」
出来上がった熱々のエスプレッソを受け取るや否や瞬時にその場で飲み干してやる。
喉が食道が胃が悲鳴をあげる。
苦いし熱い。
喉元過ぎれば熱さ忘れる、あれは嘘だと身をもって知った。
しっかり胃まで熱い。
それを必死に押し殺しながら、
「美味であったっ! もう一杯貰おうかっ!」
毅然として傲慢にそう言ってカップをカウンターに強く置く。
「へっ!?」
そりゃあ困惑するよね。
目の前の男子高校生が偉そうに注文したかと思えば、その場でおかわりを要求するなんて。
店員のお姉さんは関わったらやばいやつだとでも思ったのか無言のまま僕の置いたカップにエスプレッソを作り直す。
それを受け取り、釣り銭はとっておけと付け足してカウンターに千円札を置いてゆっくりとテーブルへ戻る。
ざわつく店内を練り歩き、白子様の待つテーブルにカップを置いて深く腰をおろした。
瞬間、人々の注目は僕に集まり、一度目があえばむこうにさっと逸らされるそんな今にも逃げ出したい欲求にかられるなかで白子様は、
「大義であった…それよりもなんたる美味な茶か…」
満足そうに言った後、初めて飲むコーヒーに舌鼓を打った。
白子様が言うには金持ちのお嬢様は無作法でいて男らしい殿方に弱いらしい。
そこで白子様の指示はできるだけ店内の注目を浴びるような所作とうつけとしか思えない言動を取れと仰せつかったのだ。
正直、これで鷺ノ宮さんが僕に気を持ってくれるとは思えないが、果たしてーー
「えっと…一柳平助君だよね?」
ーー白子様の言った通り、鷺ノ宮さんが声をかけてきた。
確かめるように僕の名前を呼ぶ鷺ノ宮さんの顔は困り顔といつもの笑顔の中間のような顔で明らかに先ほどの僕の行動を目の当たりにして当惑している様子が伺える。
急なことでテンパる僕に白子様はカプチーノを啜りながら先ほどの指示を続行しろ、と目で訴えかけてくる。
「そうだ! そういうお前は鷺ノ宮涼子であろう!」
「い、いつもとキャラが全然違うけど…どうしちゃったの…? その子はだれ?」
「むぅ…」
言葉に詰まる。
確かに僕は普段こんなキャラじゃない。
同じクラスの彼女からすれば急なキャラ変で不可思議極まりない光景。
それに白子様は神様でそれを人に言っていいものか、正直に答えて信じてもらえるのか。
僕はただ唸るだけで何も言えずにいる。
すると、鷺ノ宮さんは痺れを切らしたように僕の目をまっすぐ見て切り出した。
「他の方々の迷惑になるので遊びたいなら出て行ってください!」
つまり、邪魔だから出て行けクソ野郎と言われたのである。
好きな子にそう言われ、今にも泣き出しそうな僕はカプチーノの味わいに目を細めている白子様の手を取って逃げるように店を飛び出した。
「お前が! お前が欲しいぞ、鷺ノ宮涼子っ!」
逃げゼリフのようにも聞こえるそんな言葉を残して。
僕が店を出る瞬間、彼女を讃える賞賛の拍手が送られたのが聞こえた。
もうこの店には来れない。
「どうしてくれんのさっ!!」
逃げるようにカフェを飛び出して白子様を引きずり、しばらく歩いた人気のない道で僕は怒号をあげる。
「はぁ? どうもこうもーー」
「もう終わりだよ! 鷺ノ宮さんには絶対嫌われたし、あの喫茶店にも行けないし、明日どんな顔して学校に行けばいいのさ! 絶対言われるよ? お前、昨日やらかしたんだってなって!」
白子様は耳を塞いで五月蝿そうに顔をしかめる。
「聞け、すけべぇ。ふはっ、お前の名はすけべぇと言うらしいな。一柳すけべぇか。一流のすけべ、なんともまぁお前にふさわしい名前よ」
「僕は平助だ! すけべぇじゃなぁ〜〜〜〜〜〜〜いっ!」
ツボに嵌ったらしくしばらく押し殺したように笑った白子様はうっすら目に笑い涙を浮かべて
「いやはや大成功じゃないか」
的外れもいいとこなことを言い始めた。
「な・に・がっ! 大成功だ?! 好かれるどころか嫌われたじゃないか!」