その2
「いや、僕の話聞いてた!? 天下取りなんてしないよ?!」
「なにを言っておる? 天下をとれば金も女も想いのままじゃ」
…一理ある。
「でもさ、今の時代にどうやって天下を取るのさ? 現代じゃ国取りの戦争で天下を取るなんてゆるされることじゃないよ?」
問う僕に神様はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「女じゃ、権力と財力を持った女を手中に収めればおのずと天下を取る術も見えてこよう」
「権力と財力を持った女の人? そんなんじゃなくて僕は彼女さえ出来ればなんでも……」
「何を言っておる! そこらの貧しい女と結ばれて何が嬉しいか、どう天下を取るというのか!」
いやいや、何度も言ってるんだけど僕は天下取りに興味なんて微塵もないんだけどなぁ。
心の中でそう呟く僕と目をギラギラとさせて野望を果たさんとする神様。
から風が辺りに吹きすさぶと神様はぶるっと身震いをした。
「しかし、寒いのぅ…。本来は冬眠に備える時期じゃが、事がことじゃ。仕方がない」
「神様も冬眠とかするの?」
「妾は神といえど蛇じゃぞ? 当たり前じゃ。寒さに弱いし。脱皮だってする」
この人間状態の神様が脱皮…ちょっとエロい想像をして顔が熱くなった。
「ところでお前の知り合いにそういった者はおらんのか?」
「そんなこと言ったってそんな人……」
言葉が詰まった。
結論から言うといたのだ。
彼女がどれほどの権力を持っているのかは知らないが、家はお屋敷で財力がそれなりにあるのは間違いない。
なによりかわいいし、ずっと付き合いたいって、ずっと付き合う妄想をしていた彼女、鷺ノ宮涼子こそうってつけの人物ではないだろうか。
「その顔は…いるのじゃな」
「うん…僕が片思いする女の人の一人だよ…」
「女の人の一人ということは他にも思い人がおるのか?」
「いいだろっ! 年頃の男子にとっては至って普通だよ、普通っ!」
声を荒げる僕を神様は手を突き出してそれを制止すると、
「お前は天下人じゃ。女が何人いようと問題なかろう。いや、むしろその方が良い」
平然とそう言ってよこした。
神様は腰掛けていた賽銭箱から飛び降り、僕の目の前に降り立つ。
近くに来てその真っ白な髪と肌、赤い目が妙に神々しく、思わず目を逸らしてしまった。
いや、断じて丈の短い真っ白な着物から伸びる綺麗な足に興奮してしまったからではないと言っておきたい。
そのまま神様は僕の横を通り過ぎ、数歩先で振り返る。
ちょっぴりお線香の匂いがした。
「その女を口説きに行こうではないか」
クラスのマドンナ鷺ノ宮涼子さんが僕の彼女になるかもしれないというその申し出に二つ返事で飛びつきそうになるが、重要なことを忘れてしまっていた。
「その子は駅前のカフェにいるんだけど…僕にはお金がないんだ」
聞いたことがない単語なのだろう、神様は目をパチクリさせて首を傾げた。
「お金がないとその女に近寄れないと…そう言いたいのか?」
「うん、カフェに入るには何かを頼めば行けないし、それを頼むにはお金が必要なんだ」
「かふぇと言うのがなんなのかはわからんが、要は金がいるのじゃな」
神様は僕の横を走り抜けるとおもむろに賽銭箱に手を突っ込んだ。
本当に神様なんだろう、手は見事に賽銭箱をすり抜け一握りの札と小銭を取り出してみせる。
「ま、まずいよ! 賽銭箱からお金を取るなんて!」
「何を言っておる? この金は妾に捧げたものであろう? 妾が使って何が悪い。全部妾のものじゃ」
そうなんだけどそうじゃない。
その賽銭はこの神社の維持費と神主さんの生活費になるものなんだよ。
目の前に神様がいるのに何か罰当たりなことをしている気がしてなんとなく嫌な気持ちになった。
神様は一握りのお金を僕の胸に押しつけるように渡すとカラカラと笑って先を歩き出す。
慌てて追いかける僕に神様は振り返り、ペロリと舌を出した。
「ここからお前の天下取りが始まるのじゃ。妾にしっかりと付いて来い」
頼もしくそういった神様の姿は夕日で照らされて降り注ぐ後光のように見えた。