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もふもふ横丁へようこそ

作者: 彩戸ゆめ

ハロウィンネタを書こうと思ったら、こんなお話になりました。

特に事件もなく、まったり交流していく系のお話になるかと思われます。

 学校からの帰り道、最近お気に入りの小道を通ってみることにした。

 そっちから帰るとちょっと遠回りになるんだけど、その小道には猫がいっぱいいて、実はひそかに『もふもふ横丁』なんて呼んでいる。

 最初はここにいる子たちは野良猫かな、と思ったんだけど、野良猫みたいに目つきが悪くないから飼い猫なのかもしれない。それか餌だけあげてるとか。小道の途中に緑の屋根の素敵な洋館があるから、そこで飼ってるんだとしたらロマンティックだな~。


 ちょうど雨上がりで、濡れたアスファルトがキラキラ光ってた。雨が乾き始めた塀の上で、いつものように猫たちがお昼寝を始める。

 といっても、もう夕方だから、夕寝になるのかな。


 夕寝って言えば、妹はまた寝ちゃってるのかな。もう小学校三年生なんだから、宿題もしないで夕方寝ちゃうのって良くないと思うんだけど。いっつも夕方になったら眠い~って言って寝ちゃうんだって。それで夜になかなか寝付けなくて、毎朝眠い~って言ってるの。ダメだよね。夕寝しないで、ちゃんと夜に寝ればいいのに。

 お母さんもちゃんとダメだよ、って言えばいいのに、疲れてるんだから寝かせてあげなさい、って言うの。ご飯の時には起こしてあげるから、って。

 私が寝そうになったら、怒って起こしにくるのにね。不公平だよ。


 まあ、私は妹と違って中二だから、宿題がいっぱいあって寝ちゃうと宿題が終わらないっていうのは分かるんだけどさ~。

 学校もなんであんなに宿題いっぱい出すのかな~。私立だからって、多すぎだよ。


 いいな~。私もまた小学校三年生に戻りたいな~。

 宿題も少ないし、夕方寝ても怒られないし。


 私はため息をついて、キョロキョロと周りを見回した。

 この、もふもふ横丁って滅多に人が通らないんだよね。だったらさ、ちょっとくらい子供っぽい事しても平気かな。


 ドキドキしながら、小さく呟く。


「ケンケンパッ」


 中二なのに、子供みたいに、ステップを踏む。

 革靴が地面から離れる時に、靴底についた水滴が、宝石みたいにキラキラ光る。


「ケンケンパッ。ケーンケーンパッ」


 堀の上の黒猫が、何をしているんだろうという目で見ている。

 それに気取ったウィンクを返して、もう一度ステップを踏む。


 なんだか物語の主人公になったみたいで気分いい。

 そう。この瞬間は私がヒロイン!

 なんちゃってね。


「ケンケンパッ。ケンケーン、パッ」


 最後に足をパーにして地面に降りようとしたら、革靴がずるっと滑った。


「あっ!」


 バランスを崩して後ろに転びそうになるけど、まだちゃんと乾いてない地面にしりもちついたら、制服が汚れてお母さんに怒られちゃう!

 なんとか態勢を変えて地面に両手をついた状態で転びたいと思ったんだけど、運動神経ゼロの私にそれは無謀な試みだった。それに気がついたのは、思いっきり地面に後頭部をぶつけてからの事。


「いったーーーーー!」


 目から火花が出る、ってこういう事かも。一瞬、視界が真っ暗になって、真っ白になった。


 うわぁ。思いっきり転んじゃったよ。制服汚れちゃったかなぁ。破れてないといいんだけどなぁ。


「だ……大丈夫?」


 えっ。誰かいたの?

 うわぁ。恥ずかしい~~~。

 もしかして、もしかしなくても、転んだとこ見られたよね。

 ひょっとして、ケンケンしてたのも見られたとか?

 うわぁうわぁうわぁ。ほんと、ありえない~~~。


 仰向いた視線の先に差し伸べられた手が見える。

 これはどう見ても、この手に捕まって起き上がってね、って事よね。

 ううう。恥ずかしい~~~。でも、起き上がらないのはもっと恥ずかしい。


 仕方ないので手を借りて起き上がる。よいしょ、っと声をかけちゃうのはオバサンぽいかな。


 そして起き上がって助けてくれた人を見て硬直した。

 え?ナニコレ?

 あ、ナニじゃないか。ダレ、か。

 や、でも。

 ナンダコレ?


「大丈夫?」


 人……だよね?うん、喋ってるし。

 でもなんで頭に、けも耳ついてるの?

 あ、ハロウィンのコスプレかな?なんか服装もそれっぽい感じだし。


 手を差し出してくれてるのは、ウサギの耳をつけた女の子だった。金髪で青い目で……あ、よく見たらエプロンドレスはないけど、水色のワンピース着てるじゃん。

 あ~、なんだ~。びっくりした~。アリスのコスプレしてるだけか~。

 うさ耳アリスか~。おお~。可愛いな~。しかも外人さんだもんね、本物のアリスみたい。

 もしかしてそこの緑の屋根の洋館に住んでる子かな。赤毛のアンちゃんじゃなくて、アリスちゃんだったか~。惜しい。


「あ、うん。ありがとう、大丈夫」


 謎が解けたところで、遠慮なく手を借りて起き上がる。

 アイタタタ。頭打ったところが痛いなぁ。コブできてないかな。

 手で触ってみたら、やっぱりコブができてた。

 あ、頭打ったら、しばらくは安静にしてないといけないんだっけ?前に妹が思いっきり地面に後頭部ぶつけた時に、お母さんがそんな事言ってたなぁ。

 じゃあここで、しばらくは静かにしてるべき?


「ねえ、あなた人族でしょう?一人でこんなところにいるって事は迷子?」

「ヒトゾク?」

「うん。だって耳も尻尾もないもの。蛇の獣人なら鱗があるはずだし……」


 耳と尻尾?それにジュウジン?

 なにそのラノベみたいな設定。


 私は目をパチクリして目の前の少女を見る。

 少女の頭の上の長い耳がぴこぴこ動いていた。

 もしかしてその耳……本物?!


 慌てて周りを見回すと、そこは私の知っているもふもふ横丁じゃなかった。アスファルトの地面は石畳に、緑の屋根の家は……あったけど一軒だけじゃなくて、そこらじゅうが緑の屋根の家だった。


「え……なにこれ。異世界トリップ?訳分かんない。なにこれ、夢?」

「どうしたの?やっぱり頭打って混乱しちゃったの?」

「ここ、どこ?こんなトコ知らない!」


 思わず叫んだ私に、うさ耳アリスは教えてくれた。


「ここは獣人の住む、ウダス王国だよ。それでね、ここはもふもふ横丁って言うの。賢者のユーリ様がつけてくださったのよ?あなたもそれを観光しに来たんでしょう?」


 ほ~。やっぱりここは、もふもふ横丁って言うんだ~。

 じゃなくて!

 ウダス王国ってなに?ジュウジンって、やっぱり獣人の事?


 ネット小説でよく読んでるフレーズを思い出す。

 あれだよね、あれ。異世界にトリップしちゃって、冒険するの。

 え、でも、聖女でも勇者でもないよね?いきなり白い祭壇のとこに出て、この世界を救ってくださいとか言われてないし。

 朝起きたら美少女が定番の乙女ゲーム……でもないし、やっぱりこれって、ただの迷子?!


「あの……ちょっと聞いていい?」

「うん。なあに?」

「この世界に魔王がいて困ってるなんてことある?」

「魔王……って、魔王国の王様の事かな?別に困ってるって事はないと思うけど……」


 そっか。魔王国っていうのはあるんだ。でも別に敵対してるわけじゃなさそう。

 そうすると残るは乙女ゲー?


「じゃあ、貴族だけとかが集まる学園があったりなんて事は……?」

「ガクエンってなあに?」

「子供が集まって勉強するところ、かなぁ」

「さあ、知らないわね~」


 これもアウト。

 じゃあやっぱり私って、ただの突発的異世界トリップしちゃっただけって事?


 いや、でも。うーん。そうすると、私、どうやって元の世界に帰ればいいのかな。

 もしかして……帰れない、とか?


 スーッと血の気が引くのが分かった。

 なんていうか、やっと現状を現実として認識できたっていうか。


 これが夢だったらいいんだけど、頭の後ろのコブがズキズキと痛んで、夢オチの可能性を消してしまう。


 でも、そんなの困るよ!

 だってこのまま帰れなかったら、もうお父さんにもお母さんにも妹にも会えないんでしょ?

 ヤダ。ぜーーーったいに嫌だ。

 だって家族が一番大切だもん!その家族にもう会えないなんて、絶対に嫌!


 でもどうやって帰ればいいの。


 そうだ!来た時と同じ事をしてみればいいんだよ!


「ケンケンパッ」


 願いをこめて、石畳を蹴る。

 雨上がりでもないのに、革靴の先から光がこぼれた。


「ケンケーン、パッ」


 こぼれた光が、もっともっと溢れて……はじけた。


「眩しっ」


 目を開けていられないくらいの光の洪水に、私は思わず目を閉じてしまう。

 でも……


 思い切って開けた目の先には、さっきまでいたうさ耳のアリスちゃんはいない。きょろきょろ辺りを見回しても、緑の屋根の家は一軒だけだし、塀の上にはさっき見た黒猫がいる。そしてその、まどろんでいた猫の青い瞳と見つめあう。


「やったー!帰ってきた!」


 バンザイして喜んで、そしてハッっと我にかえる。


「今までの……夢じゃないよね?」


 ほんの数分のトリップ。

 そんな事あるんだろうか?

 あのうさ耳アリスちゃんは、本当に存在したんだろうか?


 夢じゃないことを確かめたいなら、もう一度あそこに行けばいい。

 またケンケンパをすれば、もふもふ横丁に行けるのかな、とも、考えてみる。


 でも……

 なんだか今は行けない気がした。


「いつか……また会えるかな」


 うさ耳アリスちゃんは、きっと私が急に消えちゃってびっくりしたんじゃないかな。

 また……会えるかな。

 会えたらいいな。


「そうだ。今度会えたら、名前を聞かなくちゃ」


 茜色に染まっていたアスファルトが、どんどん暗くなっていく。


 もう帰らないとお母さんに叱られちゃう!


「猫ちゃんも、またね!」


 思わずそう声をかけると、まるで返事をしたかのようなにゃ~んという返事が返ってきて、ついクスッっと笑ってしまった。


 私はもふもふ横丁を小走りで通り抜けると、通り過ぎたその道を振り返り。


「もふもふ横丁さん、またね」


 小さく手を振って、家路を急いだ。



 

ちびっこな賢者さん、名前だけゲスト出演してみました。

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