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朱のラグナロク  作者: 丹波 進
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英雄の死、時代の始まり

 夕暮れの城郭都市に空気が破裂するような乾いた音がこだまする。街の中心にそびえ立つ王城「智ノ城(ジ・オーディン)」から真っ直ぐに伸びた大路を、一基の魔法馬車とそれを追う騎士達が猛スピードで駆けていくのだ。騎士のなかでもロンベル(単発式のライフル銃)を構えた者達は絶えず魔法馬車を狙撃している。馬上射撃故にその命中精度は低いが、馬車は的としては大き過ぎた。

「くそがぁ!穴だらけにしやがって!!」

 魔法馬車には字面に反し馬の要素はない。形は大型の馬車そっくりだが、本来馬が在るべき場所にモータ駆動の牽引器がついている。一般にそれが馬と呼ばれたりしているのだが、それはともかく、その牽引器を操る男が先程から叫んでいる男だ。

 馬車の中からも複数の声が聞こえてくる。

「話が違うじゃないですか!防弾プレートが割れる音がしましたよ!」

「泣き言言ってねえで反撃の準備をしろ!魔法騎士だって後ろに控えてるんだぞ!!」

 大わらわの馬車組に対して、それを追う騎士団の面々は冷静そのものだ。その冷たい表情に感情の色はみえない。

 ロンベルを撃っていた騎士団前方の騎士達が散開し、後方の騎士に道を譲る。後ろからズイと陣形を上げてきた騎士達の手にはロンベルではなく、柄に黄色と青のラインが練り上げられた2メートルほどの槍が装備されている。

 馬車に乗る者にそれを確認した者は居なかったが、陣形移動の間止まった銃撃に全員が嵐の前の静けさを感じていた。

「これ・・・ヤバイですよね?」

「おーいライディン!魔法障壁ってどうやんの?!」

 馬車の中の呑気な声に、馬車を操る男ライディンは額に青筋を浮き上がらせて怒鳴った。

「後部ブレーキの右にある赤いレバーだ!説明しただろ嘗めてんのかオルディア!!」

 ごめんごめんと適当な謝罪を口にしながら、馬車のなかでオルディアは赤いレバーを押し倒す。すると何かが高速回転するような甲高い音と共に馬車の周りを青白い粒子が包み込んだ。

 そんな馬車の変化にも動揺することなく、騎士団は槍の穂先を馬車に向ける。柄を脇で固定すると、騎士たちは一斉に魔力を解放した。槍を通して加速した魔力の放流、つまり魔法が一直線に馬車に向かって発射される。

 馬車を覆う粒子が、そのエネルギの流れを逸らした。その先にあった石造りの建物が吹き飛び、辺りに破片を撒き散らした。

 オルディアは歓声をあげた。

「うひょぉおお!ライディン!上手く作動したぜ!!」

 その野太い声はひどく耳障りだが、ライディン自身もホッとしたのか笑みをこぼした。

 すると次の瞬間、馬車のなかで思いがけないことが起こった。

「相変わらず煩いなぁ、オルディアは」

 その声は馬車のなかから聞こえてきた。今まで一言も発されることのなかった、優しく、飄々とした声である。

 オルディアと共に馬車で騒いでいたリンは、その声に目を見開く。

「ヨトゥン隊長・・・?」

「あれ?リンも来てたの・・・?」

「た、隊長ーっ!!」

 リンがヨトゥンに抱きつく。泣いているのだろうか、その声は震えていた。オルディアも喜びのあまり狂喜乱舞している。

「隊長が!ヨトゥン隊長が目を覚ましたぞ、ライディン聞いてるか?!」

 彼の声に、馬車を操るライディンの手にも力が入る。敵の中枢にわざわざ潜り込み、今騎士団に終われているのも全てヨトゥン-地下組織"霜の巨人(ヨトゥン)"の指導者-を救出するためだったのだ。待ちわびた瞬間に思わず目頭があつくなるのを感じながら、ライディンは目の前に広がる退路を睨み付ける。この作戦は成功させなければならないと決意をあらたに、彼は口角をにじりあげた。


「はいはい、女の子が気安く男に抱きついちゃいけないよ」

「だって隊長ぉ、うわあぁぁあああん」

 リンはヨトゥンの胸元に顔を埋めて号泣する。ヨトゥンは彼女の頭を優しく撫でて、ぼんやりと虚空を見つめていた。視界の隅ではオルディアが目尻に涙を浮かべて喜んでいるし、馬車の外にはライディンがいることもヨトゥンには分かっていた。だがかけるべき言葉が彼には分からない。

 ヨトゥンの目の前に思い浮かぶのは、国を相手に戦ってきた激動の日々や、共に支えあってきた仲間のこと、そして自分には救うことのできなかった弱き民の姿だった。

 騎士達の放ったロンベルの銃弾は防弾プレートを貫通し、榴弾となって壁にもたれかかっていたヨトゥンの背中から内臓を酷く損傷させていた。彼はもう助からないだろう。だが当の本人は泣き叫ぶこともなく、ただ周りに悟られぬよう冷静に振る舞っている。彼が意識を手放すまで案じていたのは、自分を助けるために危険を冒した勇敢な戦士達のことと、自分が死ぬことによって悲しむ多くの人間のことだった。

「リン」

 ヨトゥンは優しく微笑み、リンの眼を覗く。

「生きるんだ。また会えるから、それまでね・・・」

 ヨトゥンは小さな声でそれだけ言うと、静かに眼を閉じる。

「・・・隊長?」


 リンの呼び掛けに、彼が応じることはなかった。



 物語はヨトゥンの死、つまりヨトゥンの数奇な人生の始まりから幕を開ける。



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