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四.二度あることは三度あるどころかもっとあった。


 長時間、小難しい資料を読むと言うのは結構疲労が溜まる。

 専門用語が出てきたり、文章が分かり難かったりして理解するのに時間が掛かるからどうしてもスローペースになるし、そのスピードに対して読まなきゃいけない量は時には何百ページにもなったりして見るだけでげんなりするし、ただ読むだけじゃ無くて整理しながらじゃなきゃいけない場合もあるしで、かなりの重労働だ。見た目は地味なのに。

 特に、専門書を読みこむなんてことは、日常生活では殆どしないお蔭で慣れてない分余計に疲れる。とはいえ、何をどう纏めるにせよ取り敢えず内容を頭に入れないことには始まらない。なので今日は此処に来てからずっと資料を読んでいたのだけど、もう疲れた。進んだのは十数ページ。泣きたい。

 あんまり無理に進めても効率悪いから少し休憩を挟もうかと目線を上げた私は、自動的に視界に入ってきた光景に、鈍器になりそうなレベルの厚さの資料を見た時よりもげんなりした。


 「………………」

 「あ、気付いた」


 頬杖を付いて、にっこーーーと例の胡散臭い笑みを浮かべるこの男に殺意が沸いても、きっと今なら許して貰える気がする。


 「………なんで、居んの」

 「なんでって、君が居たから?」


 それにしてもすごい集中してたね、なんて続ける目の前のふてぶてしい男――――七瀬伊織に、私は机の上についた両手で頭を抱えて深いため息を吐いた。俺少し前から此処に居たんだけど、って知らねーよそんなこと。そもそも何でさも当然であるかのように正面に座ってるんですか。知人かよ。ちげーだろ。赤の他人だろ。他の席行けよ。


 「疲れてるね」

 「…………ああそうだね、疲れてるね。疲れてるよ」


 色んな意味でな。この席着くまでに見かけなかったから完っ全に油断してたわ……。

 急にズキズキと痛み出した頭に米神を揉む。もうこの頭痛、絶対疲労だけが原因じゃないだろ。

 はぁぁ、ともう一度溜め息を吐いて、私は席を立った。何か甘いものでも飲んで来よう……休憩挟まないと死ぬ………。


 「どこに行くの?」

 「………休憩室」

 「じゃあ俺も行こうっと」


 そう言って立ち上がったヤツをスルーして、私は拡げていた資料を近くの簡易返却棚に戻して荷物を持った。…………いや、もうツッコむ気力も無いんで。











 がこん、と音を立てて落ちてきた缶の紅茶を取り出して、私はすぐ近くの椅子に無造作に座った。ひんやりとしているスチールの感触が指先を冷やす。

 続くようにピ、がこん、という音が響いて、身をかがめた七瀬伊織が取り出し口に手を突っ込む。こうやって見ると足長いし腰細いし、くっそモデルめ。

 どうでもいいことをぼんやり思って口付けた缶を傾けると、馴染みのある味が咥内に流れ込んできた。その甘みを飲み下して、ふぅ、と息を吐く。心なしか疲労がマシになった、気がする。……………いや、気の所為か。

 ごく自然に斜向かいの椅子に座った男を見て、一気にぶり返してきた疲労感に私はまたげんなりした。もう本当、何なんですかね。こんなに私のメンタルごりごり削って、いったい何がしたいんだマジで。神様、私何か悪いことしましたか。

 口許に缶を付けたまま無言で(現在進行形の)頭痛の種を見遣る。その視線に気付いたのか、ヤツは缶コーヒーを片手に首を傾けて私を見た。残念だったな、お前に翔太のこてんのような可愛さは無い。

 

 「俺の顔に何か付いてる?」

 「無駄に麗しいお顔かな」


 大真面目に答えたら、七瀬伊織は一度瞬きをしてからその薄い唇に三日月を浮かべた。


 「三点。もうちょっと独創性が無いと」

 「お前は私の回答に何を求めてたの、ねぇ」


 胡散臭い笑みでのたまう男にそう返すと、胡散臭さが更に深まった。つくづく人をおちょくってやがる、と溜め息を吐きかけた所で、私はそれ(・・)に気が付いた。


 「……首、赤くなってるけど」


 色素の薄い髪の間から覗くそれのことをつついたのに、特に理由は無い。まぁ強いて上げるなら、こちらばかりが意味不明な言動に振り回さるのは御免、みたいな感じだろうか。この指摘が彼にとって然程重要じゃ無ければ、結局それまでなんだけど。


 「首?」


 小さく首を捻ってから、七瀬伊織は自身の首許に手をやった。首、としか言わなかったのに、男性にしてはほっそりした指が、迷う仕草も無く私の目が捉えていたそれに触れる。まるで、どこにあるのか初めから分かっていたかのように。


 「付けるなって言ったのになぁ……」


 そう呟くように口にしながら、彼はどこか遠くを見て目を細めた。その唇は相変わらず笑みの形をしているが、目が笑っているようには見えなかった。

 付けられた、ってことは、やっぱりあれは私の思った通りの『痕』――――いわゆる『所有印』てやつであってると理解していいんだろうか。モデルの癖にそんなもん堂々と付けてていいのかよ。まぁ、当人の意思では無かったようだけど。


 「ホストって、独占欲強いと思う?」

 「……は?」


 急に振られて素っ頓狂な声が出た。いやだって、ホストって。急に何だし。


 「ホストなんて会ったことも無いんですけど…」

 「別にいいよ。一般的なイメージ」

 「いや、知らんし。……まぁ、強くはないイメージではあるけど。客商売ならそれこそシビアだろうし。客じゃなくて個人の付き合いならそれこそ人によりけりでしょ」

 「うん。俺もそう思ってた」


 何が言いたいのか分からずに眉を寄せると、目の前の男はふふ、と意味深に笑った。


 「ホストってストレス溜まるのかな、やっぱり。それとも個人の嗜好の問題だと思う?」

 「………ちょっと待て、それってもしかして」

 「うん。本人曰く、某クラブのNo.1ホストなんだって」


 人って分からないよねぇ、なんて何でも無いことのように続けたヤツに、私は自分の口許がひくつくのを感じた。なぁちょっと待て。そういう痕が付くってことは、そういうことしてたってことだろ。


 「……………あの時のおじさんが彼氏じゃ無かったのか」

 「嫌だよ、あんな冴えないおじさん。あと俺、彼氏とかいらない」

 「……あ、そう」


 つまりあれか。恋人なんて面倒だからいりませーん、という、そういうあれか。いわゆるビッチ系という、そういう感じか。そうか、こいつはそういうタイプだったか。


 「それはそれは………まぁ、精々刺されないようにね」

 「……それだけ?」


 深入りする義理も無いし、深く突っ込むのも面倒だったので取り敢えず思ったことを言ったら、七瀬伊織はおもしろそうに笑った。


 「君、本当に変だね」


 ………なぁ、それ喧嘩売ってる?






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