表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

三.運命? ああ、そうだろうさ。ただし悪い方のな。

 無事就活を終えられた私には、まだもう一つ大仕事が残っている。卒論だ。正直今まで卒論そっちのけで就活してたため、現時点でほぼまっさら。具体的に何をテーマにして書くかということは就活が本格化する前にゼミの教授と相談して決まってたからいいけど、具体的な作業はまだ全然出来てない状態なのだ。それをこれから、卒業までに仕上げなきゃいけない。……まぁ、それでも就活終わったお蔭でだいぶ気持ち的には楽になったんだけどね。

 そういう訳で、私は現在大学近くの図書館に来ている。大学図書館でもいいんだけど、こっちの方が利用者が少ない上に蔵書が多くて閲覧スペースも広々としているという至れり尽くせりな物件なのだ。と、いうか、この図書館がある所為でか、それとも此処と提携協定結んでるからか知らないけど、うちの大学図書館って結構しょぼいんだよね。まぁ何でもいいけど。

 これと、あとこっちと、ああ、後あの分野に関する資料もいるか。

 卒論のことに集中していた私の意識に、昨日までのことなんて残ってる訳も無く。


 「やぁ、昨日振り」

 「―――っ!?」


 この場にこの男が現れるなんて、誰が予想できただろうか。


 「これで三日連続だ。凄い偶然だね」

 「………」


 完全に不意打ちだったその出現を、大いにびくつきながらも変な悲鳴を上げずに耐えた私は凄く頑張ったと思う。持ってた本落とすかと思った。実際落としてたら大惨事だ。主に私の足が。

 

 「……なんで、此処に」


 どう見たって図書館来るような顔じゃない――偏見?知ったことか――のに、何だってこんな所に居るのか。どうせかち合うならさ、翔太とか我が弟とかの方が数倍良かったよ。まぁ二人とも図書館通うようなタイプでは無いけどさ。

 どう見ても友好的では無かっただろう私の表情を見て、このナナセイオリとかいう男はあの胡散臭い笑みを浮かべた。


 「適当に外出てたら君が歩いてるの見つけたから、何となく」

 「…………」


 ちょっと待て。それはつまり、追ってきたってことか。……全然偶然じゃないじゃん…! 偶然だけど偶然じゃないじゃん…!


 「……暇人なの?」


 なんで追って来るんだとか、なんでスルーしないんだとか、なんか変なのに目を付けられた気がするとか色々思うことはあったけど、取り敢えず一番に思ったことを口にしたら、ナナセイオリは一瞬きょとんとしたように瞬きをしてから、ふ、と笑った。


 「まず思うことがそこなんだ。普通もっと色々あるんじゃない? なんで追ってきたーとか」

 「…………」


 おいこら待て。わざとか。さてはお前、わざと暴露したな。


 「……聞いてもマトモに返って来なさそうだから、いいかと思って。それとも、聞いたら素直に教えてくれるの?」


 私の言葉に、ナナセイオリは黙って読めない笑みを浮かべるだけだった。ほら見ろ。言う気ゼロ。

 出てきた溜め息を隠さず吐いて、私は腕の中の本を抱えなおした。


 「それじゃ、私はこれで」


 軽く会釈をしてその横を通り抜ける。昨日のスタジオでは、一応翔太の関係者として来てた私が変に面倒起こしたりしたらあれだから気を使ったけど、もういいでしょ。此処全然関係無い場所だし。

 通路に響く足音は一人分だった。





『え? また? 奈楜さん、イオリさんとそんなに仲良しでしたっけ』

 「仲良くない。まったく良くないどころかほぼ初対面だから。言っとくけどまだ会ったの三回目だから」


 あまりの出来事に小さくないメンタルダメージを受けた私は、図書館からの帰り道に翔太に電話を掛けた。私が把握してる中であの男を知る唯一の人間だったから、訴えて分かってくれるただ一人だったのだ。


 『そうなんですか? じゃあよっぽど何か気になるんですかね~。奈楜さん、本当何したんですか?』

 「だからしてないってば何も」

 『……その何もしてないっていうのが原因だったりとかしません?』


 ぴたっ


 ……しまった、つい足を止めてしまった。

 機械越しに言われたその言葉に反射的に足が止まった私は、いやいや、と頭を振って再度足を動かした。


 「……無い無い無い。止めてよ翔太、一瞬そうかも知れないとか思っちゃったじゃん」

 『えー? 意外と正解かもしれませんよ!』

 「仮にそうだとして、私にどうしろっての」


 あんな場面に出くわして、そっと立ち去る以外にどうすればよかったと言うのか。そもそも気付かれてるとも思ってなかったし。どっかに通報でもすれば良かったってか? ……やだよそんなめんどくさいの。


 『でもどう考えたって、気に入られてるって思える状況ですよ、それ』

 「止めてくんない。止めてくんないマジで」


 気に入られてどうすんだよ! 私女! あいつホモ!!

 どうせ気に入られるなら、ああいう面倒くさそうな触れたらヤケドしそうなタイプじゃなくて、もっとこう、爽やかで安心できるタイプが良かった。あんな毒っ気いらない。


 『だってイオリさんの言う通りなら、偶然通りがかった奈楜さんに気付いて、しかもその後を追ったってことでしょ? それ相当珍しいことだと思いますよ?』

 「……翔太から見て、彼ってどんな人なの?」

 『何ですか奈楜さん。もしかして気になるんですか!?』

 「おい止めろその反応。切るよ」

 『すいませんでした…!』


 思わず出た低い声に、スマホの向こうでひぃっという情けない悲鳴が聞こえた。もうちょっと考えて発言しようね、翔太くん。


 『えっと、どんなって言われても……、スタジオで見かける時って意外と少なかったりとか』

 「そうなの?」

 『本業じゃなくて、オレと同じでバイトみたいなんですよ。それから結構、雑誌に載るのも不定期みたいで。人気は高いのにあんまり仕事入れてないみたいです』

 「……そういうのってアリなの?」

 『…さぁ、オレもちょっとよく分かんないです』


 人気あるのに仕事が無いってことは無いだろうから、まさか断ってるのか? いいのかそんなんで。まぁ、私関係無いけど。


 「翔太的に言うと、どんな印象?」

 『オレ的にですか? うーん………やっぱ、ちょっと謎めいてる感じですかね』

 「ふーん?」

 『口数もそんなに多くないし、愛想悪い訳じゃ無いんですけどね。あんまり自分からはいかないタイプの人だし』

 「ふぅ…ん……?」


 …………ん? なんかおかしくね?


 「…………私めっちゃ向こうから来られてるよ?」


 むしろ二回中二回とも向こうからだよ? 最初のアレは絡まれた訳じゃ無いからカウントしないとして。


 『だから珍しいんですって! やっぱ奈楜さん気に入られてますよ、あの人に』

 「だから止めろっつってんでしょうが」


 仮にそうだったとしても! 何も美味しくないから! 美味しい事態一切無いから! 私女! あいつホモ!!


 『えー、絶対そうだと思いますよ! そんなイオリさんオレ見たこと無いもん!』

 「知らないから」

 『知っといてください! これもう完全に奈楜さんに春ですね! おめでとうございます!!』

 「待てや、おいこら翔太くん?」

 『奈楜さん口悪いです』

 「やかましいわ」


 今この場でヤツがホモであると暴露してしまいたい。やらないけどね。個人情報だしね。


 「そう言うことは彼女の一人や二人作ってから言おうね、翔太くーん」

 『いや、二人もいらないですから!』

 「うん。私も翔太が彼女二人も連れてたら殴る」

 『理不尽!!』


 その後二、三くだらない話をして、翔太との電話は終わった。

通話を切ったスマホを鞄に入れてふと顔を上げた所で、コンビニのガラスの向こうからこちら側に向けて飾られた一冊の雑誌が目に入る。ティーン向けのカラフルなその表紙を飾っているのは、ついさっきまで喋ってた少年だ。さすが、スカウトされてモデルを始めただけのことはあるらしい。

 冷やかしにちょっと立ち読みしてやろう、なんて下らないことを考えて、私はそのコンビニに入った。ちょうど今日が発売日だったのか、目的のそれは雑誌の棚の中でも目立つように置かれている。ごてごてしたデザインの表紙では、爽やか笑顔の翔太の顔に掛からない位置で『大人気高校生モデル・五田翔太に聞く! 今一番欲しいもの』なんて文字が踊っていた。ありがちパターンきましたー。

 私の年にはちょっと無理のある、思いっきり中高生向けのそれを手に取ってパラパラとめくる。翔太のところはどうやらメイン記事だったらしく、すぐに見つかった。



――――翔太くんにずばり聞きます! 今一番欲しいものは?

――――えー、何だろう(笑) 咄嗟に思いつかない(笑)

――――欲しいもの無いんですか?(笑)

――――無くは無いんですけどねー。……あ、あった、あれが欲しい!『汁気ぽいぽい』(笑)

――――何ですかそれ。

――――キッチン用具の一つなんですけど、ほら、ショートパスタ茹でた時とかに、中身溢さずにお湯だけ捨てるのって結構大変じゃないですか。別にパスタじゃなくても野菜とかでもいいんですけど。

――――ああはい、確かに大変ですね。毎回うっかり中の野菜とか落としそうになって慌ててます(笑)

――――ありますよねー(笑) そういう時に便利なヤツなんですよ。鍋の注ぎ口のとこだけ切り取ったみたいなヤツで、液体だけ通すようになってて。

――――そんな便利グッズあったんですねぇ。

――――オレも最近知ったんですけど(笑) フライパンとかにくっ付けて使うんです。耐熱シリコンだから熱くても平気。

――――それが欲しいものですか?(笑)

――――欲しいものです!(笑)

――――さすがの料理好きですね、翔太くん(笑)



 現役高校生の欲しいものじゃないだろ、と私はインタビュー記事に無意味に突っ込んだ。発想が完全な主夫だ。さすが翔太。料理好きなのは確かにそうだけど、女子高生に人気の高校生モデル・五田翔太がそんなんでいいのか。いいのか? もしかして今のティーンズにはそのギャップがいいのか?

 これもギャップ萌えの一環だろうか、なんて下らないことを考えながらパラパラと残りのページを流し読みする。翔太のページを見終えたのだから特に意味は無くてただの惰性だったんだけど、不意に視界に入った見覚えのある顔に私はつい手を止めてしまった。


――――気になるカレのとある一日・七瀬伊織編!


 『本日は、ミステリアスモデルとして人気の七瀬伊織くんの一日に密着です!』と始まるそのページでは、あの胡散臭い笑みではなく、撮影用らしいちょっと妖しげな艶のある表情を浮かべたヤツがでかでかと載せられていた。


 「………うわ、本当にモデルなんだ」


 思わずぼそり、とそんな言葉が口から洩れる。はっとして慌てて周囲を窺ったけど、幸いにして周りに人はいなかった。良かった。………って何やってんだ、私。

 馬鹿なことをしてる自分にちょっと呆れて、視線を手許に戻す。

男性の流行ファッションなんて知ったこっちゃないのでよく分からないけど、服装の雰囲気は爽やか系の翔太と違ってちょっと大人っぽい。まぁ確かにもともとの顔の造形から考えたらどっちかというとそういう感じだし、適してるのだろう。だけどまぁ、ミステリアス、ねぇ……。

 彼のモデルイメージらしいその形容詞に、改めて紙面のナナセイオリ――――七瀬伊織を見る。ミステリアスっていうか、妖しいっていうか。明らかに何かありそうな雰囲気を持っているその表情は、種類としては私の前で見せた顔とそう変わらない。読めない瞳、緩やかに上がった口角、その他諸々。まぁ、お年頃の女の子って、結構こういうちょっとキケンな感じのする男に憧れたりすることもあるもんね。私? 全力でお断りです。

 憧れの目で見てる男性モデルが実はホモでした、なんて知ったらファンの女の子たちはどうするのだろう。下手したら発狂するのかな。………世の中、知らない方がいい現実って往々にしてあるよね。出来れば私も知らないままでいたかったなー。

 どうせだから翔太に貢献してやろう、と思って、私は年不相応なその雑誌を手にレジへ向かった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ