一. ほら、人生見なかったことにしたいものだってあるじゃないですか。 *
さらっと読めるものを…と思って書き始めた話です。本当にさらっと読めるのかは不明。お付き合い頂ければ嬉しいです。
暗い夜道。勿論、山の中じゃないんだから街灯は等間隔で並んでいる訳だけど、その光の分、当たらない場所の闇は濃くなる一方だと思うのは私だけだろうか。まぁ、それはさておき。
数秒毎に無機質な明かりに照らされながら足を動かす。夜だからか、それとも場所故か、同じように家路に着いている人々の雑踏は遠い。致し方無い。発展しているのは向こうの駅で、今から私が向かっている使い慣れた駅はどう贔屓目に見ても小さいのだから。歩いて十分程度の距離でなんでこうも差が出るのか、毎度不思議でならない。
今日は、親しい友人とちょっとした飲み会をしていた。名目は私の就活終了祝いで、言わば祝賀会のようなものだったらしいけど、正直それにかこつけて呑みたかっただけな気がする。まぁ、別にいいんだけどね。ついちょっと前までは私も彼女たちと同じ立場だったのだから、その気持ちはよく分かるし。むしろ抜け駆けした形の私を、(それを口実に呑みに走ったとはいえ)素直に祝ってくれた彼女たちはいい友人だと思う。就活戦争に入った所為でそれまで仲良かった友人同士の間がギスギスしだすなんて話もちらほら聞くし。恐ろしや。
ちなみに、一緒に呑んでいた友人たちはみんな向こうの発展駅ユーザー。私一人が寂れた駅ユーザーなので、みんなとは向こうで別れた。今頃彼女たちは一緒の電車で楽しく過ごしていることだろう。ちょっと侘しい。いや、いいんだけどね別に。
そんな訳で私は今、女の身でありながら、一人暗い夜道を歩いている。最近物騒だから、なんてちょいと前からよく聞く台詞だけども、まぁ物騒なのは事実であるし。さっさと家に帰りたい気持ちもあるし。そうとくれば、歩く足が速くなるのも、ちょっとショートカットしたくて近道しようと言う風になるのも、自然なことだと思う。だから、私は悪くない。
―――……ふ、…っあ、ん…っ
もう一度言おう。私は、悪くない。
―――あ……っ、んん、は…ぁ、
駅への近道になるから、と角を曲がって入ろうとした細い路地の少し先にあった光景に、私は思わず足を止めた。端的に言えば、誰かと誰かが致している。付け加えるならば、道の壁代わりのフェンスに向かってバックで。以上。
………いやいやいやいやいや、待て。ちょっと待て? 何だ。何だこの状況は。
おかしいでしょ。なんでこんな所でやってんだ。やるならもっと他の場所あるだろ。なんで私が今まさに通ろうとした道の途中でやってんだよ、通れないじゃん私が。
あんさ、こうさ、もうちょっとさ、TPOとかあるじゃん。考えようよそういうの。特に男性側、スーツ着てるしあれどうみても社会人やん。っていうかおっさん?
私が突っ立ったままそんなどうでもいい感想を抱いてる間も、残念ながら行為は続いている。まぁ正直私の存在に気付かれて中断されても、それはそれで気まずいからいいんだけどね。
それにしても、声が妙に…と思ったところで、女性側が大きくのけぞった。少し離れている街灯の光に照らされた色素の薄い髪が揺れて、彼女の掴むフェンスががしゃん、と音を立てる。っていうかバックであの体勢って辛くないのかなー、そういう趣味なのか?とまたくだらないことを考えていた私は、その瞬間見えたシルエットに思わず、は?と言いそうになった。
私から見て垂直方向に並ぶフェンスに向かってやってるということは、彼らの身体の向きはフェンスと並行ということだ。つまり、私から見ると彼らは身体の側面をこちらに向けてる訳で。つまり、身体の前面或いは後面の凹凸がこれ以上ないくらいよく分かる角度な訳で。――――のけぞった『彼女』の胸元は、真っ平らだった。
「………」
しばし固まってから、はぁぁ、と深いため息が口から出る。
夢だ。いや、起きてるけど、そう、目の錯覚だ。うん、そうに違いないよ。絶対そうだ。そうであってくれ、お願いだから。あんなもんナマで見たって生憎私に需要は無いんだ。そうさ! これっぽっちもな!!
内心で声を大にして叫んでから、私はふぅ、と小さく息を吐いた。
いや、なんかもう途轍もなくどうでも良くなったというか。こんなことをしてる間にも私が帰宅できる時間というのはどんどん伸びてってる訳で。うん、もういいや何でも。私関係無いし。
今見たことは忘れようそうしようそれがいい、と一人頷いて、私は踵を返した。