私は汚辱の中で生まれた。暗く冷たい、深い穴の底で。
一番に孵化した私が真っ先にしたことは意識のないまま周囲の有機物を喰い散らかすことだった。本能のままに、その栄養を這い上がるための寄る辺としたのだ。私の未だ生まれぬ同胞、血を分けた兄弟。記憶にも残らぬ足掛りの一段目。その時点では、我が君しか摂取できないという制約を付けられてはいなかったのだろう。生き延びた臣を選抜し、それから主族の幼生と引き合わせる方が無駄がないからだ。
主族は合理的なようでいて、不可解な種族だ。私は不可思議に思っていることが多数ある。例えば、従族というものまで作り出して殺戮を繰り返す一方で我が君のようにひたすら死を求める個体がいるということ。使役するための道具である従族から感情や思考を奪わなかったこと。その癖、音声を発する器官を与えないこと。
私は口が効けない。だから我が君に尋ねることもできない。だが思考能力はあるから考える。我が君をどう思うべきであるかとか、従者としてのさだめであるとか。時には夢想することもある。我が君の冷たく静かな躯を前にしたとき私はどんな反応を採るであろうとか。もしも、やり直す機会を与えられたらどうするだろうとか。
だが、どの時点から始めればよいのだろう。
私の記憶は我が君から始まる。そして私の生も。
今では養殖槽と呼ぶと知っている深い穴を登りきり、飼育されていたときのことはおぼえていない。たぶんそのように処置されているのだろう。
経験からぼんやりと想像できるだけだ。私は飢えており、早くそこから脱け出したかっただろう。餌は与えられていたが、今と同じく常に腹の底を喰い破られるような飢餓感があっただろう。既に印付けされていたからだ、我が君を主とするために。
それでも、私は、ついに施設から出され、大きな広間の入り口まで連れてこられると尻込みする。
そこからだ、私の記憶が始まるのは。
部屋の奥には光差す茵があり、そこに、私が恐れてやまない何かがいる。そう、私の恐怖、不安、後悔。それでも私は己を叱咤し、広い床を横断する。
茵の上で眠っていたものが目を覚まし、おそるおそる近づく私に向かっていとけなく手を伸ばす。
かよわく、猛々しく、白く、儚く、恐ろしい、私の主。私の美しい唯一の滅び。
結末を知っていても私は手を伸ばす、何度でも。
何度でも。