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タエナバ  作者: 立田
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4

 我が君が命じる前に、首は落ちていた。落としたのだ、私が。それが私のもっとも得意とするところであり、私の生きる目的であった。

 我が君の生命活動を遮ろうとするものを可及的速やかに排除する。それが我が君の命を長らえさせる手段であれば、何であれ実行する。

 選択肢を選ぶ手間さえ惜しみ、我が君が涙や言葉に裏に隠す望みの真実の在処を顧みることもなかった。私はそういう生き物なのだ。

 私が腕を振るう直前に捕らわれ、頸元に尖ったおとがいを近付けられていた我が君は突然の拘束の消失に眼を見開いた。それから、ゆっくりと腕を上げた。片方は口を押さえ、もう片方は私の腕をつかむ。静かに、ひそやかに。涙がぽろりと零れた。

 周囲に立ちこめた匂いが一層強くなり、私は我が君をこの場で押さえつけ牙を突き立てぬよう懸命に努力した。代わりに我が君を抱きあげ、空艇を探しに駐艇壕へと向かう。

 隣接する坑道から我が君を探す者共の翅音と怒号が絶え間なく聞こえていた。塚の内外に怒りと呻きが満ちていた。主族最後の女王である我が君に対しての。

 従族による主族への反乱と主族の指導者が殺されたことへの不安。それぞれが互いに反響し、増幅しあい、誰にも押しとどめられないところまで加速していた。

 我が君が捕えられれば想像の及ぶうち一番残虐な方法で屠られる他なかっただろう。待ちかまえている結末に対しての恨みと怯えをぶつけるための犠牲が必要であり、それに我が君以上に適した存在はなかった。

 我が君にもまったく罪咎がないとはいえなかったのだ。私に今しがみついているこの華奢な手が、永遠に続くかと思われた危うい均衡をついに決壊させたのだから。

 たとえ私が一対一の闘いではこの星に敵なしといわれていても、塚全体を敵に回して我が君を護りきることは不可能だった。

とすれば、私達が陥っている現況も我が君にとり最悪とも言い切れない。

「とまって」 私の頭の中で我が君が命じた。そのまま脇道へ逸れて次々と曲がりくねった隧道を導かれる。到着したのは、我が君が幼生だった頃に暮らしていた一角だった。

 我が君がかつての覇王と過ごした大広間は失われた栄華の代わりに塵芥で埋め尽くされていた。塚のほぼ中心に位置するというのに、天辺へと通じる吹抜けのため十分に明るい。王の居所に相応しい、塚の中で数少ない、光と新鮮な空気に恵まれた部屋だった。

 斯様かような地の理があるにも関わらず誰の姿もないのは意外だったが、すぐに思い当たるところがあった。

 ここは墓所だ。

 主族は案外迷信深いため死者の眠りを冒さず、従族は地下からまだ此処まで上がってきていないのだろう。

 我が君は私の腕から身を伸ばし、ひびにしか見えぬ壁面の小さな割れ目に腕を這わせた。

「わたくしたちが、にげるためのふね」 きんきゅうよう、よ。我が君の声音は熱に浮かされたようだった。

 実際、狂気の沙汰だった。陥没から現れた艇は土埃を被っているせいにとは言い切れぬほど古びており、機能するかどうか危ぶまれた。

 穴の斜面を滑り降りて機体に近づくとその思いは強まるばかりだった。乗り込んだ私の重量に耐えかねて崩壊しても何らおかしくない。

「いきのびましょう」 私の躊躇いを拭いさるように、我が君が私を見上げた。

 久方ぶりに光を浴びた姿を私の前に晒す我が君は、今にも透けてくずおれそうであった。この部屋で今と同じように照らされた我が君に初めて出逢ったのは、遥か、昔のことだ。

 ここは私達の出会いの場であり、我が君が初めて死に直面した処でもあった。

 我が君と私の周りには常に死が色濃く立ち込め、私は我が君からそれを遠ざけるためにのみ生きてきた。皮肉なものだ、現在でも、私は我が君の命を長らえさせようとしている。

 たとえそれが一秒にも満たぬ間であったとしても。

 我が君の体液が我が君を抱える私の腕を伝って脚下に滲みてゆく。勿体無い。私は必死に本能を押し殺した。我が君が身動みじろぐ度に強まる食欲をそそる香りは死の匂いである。

「いきましょう」 それか、ここでおわりにして。わたくしのからだをぜんぶたべて。我が君が優しく命じた。

 私はがむしゃらに入口をじ開け、過去の遺物へと乗り込む。航路の設定が完了するのももどかしく我が君を壁に押さえつけた。

頬を伝う涙を啜り、本格的に泌素ひそを求めると細い声が漏れた。艇内の床に見る間に体液が溜まる。そこに崩れ落ちる躰を追う。もはや主も従もない。私は目の前の無抵抗な獲物にむしゃぶりつく捕食者にすぎなかった。

 艇が激しい振動とともに離陸したのを意識の外で理解した。吹抜けの開口部へと真直ぐに飛び上がり、そのまま数え切れぬ光年を瞬きに越える。

 我が君はもう私の手には引き戻せぬほど死に瀕している。それでも私は甘く不吉な誘いには応じられない。頸元に顔を埋めると、我が君が力なく私の頭に腕を回すのが感じられた。

 いつまで私は我が君にかしずき続けるのだろう。この飢餓感はいつ充たされるのだろう。

 眼下の塚では空を見上げた連中が去りゆく裏切りの女王を見つけ怨嗟の声を上げる。

 更に塚の最奥では、首を落とされたばかりの私の同胞が私達のい先の無い逃避行を虚ろな眼窩で見送っている。

 



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