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タエナバ  作者: 立田
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 別れの挨拶を口にはしませんでした。そのかわり、この口は愚かな繰り言とたくさんの嘘ばかり紡いだのです。

「いきのびなさい」 嘘。あなたはわたくしなくして生きてはいけないのだから。生存本能すら利用したわたくしとあなたを繋ぐなによりも強固な絆。わたくしはあなたの主であるまえに、あなたの糧。無敵の強さを誇るあなたが食することができるただ一つのもの。だからこそわたくしはあなたを従えることができたのです。わたくしが死ねばあなたは餓え、ゆるやかに衰弱し、ほどなく死ぬでしょう。

 最強と謳われる黒臣くろおみのあなたを殺せるのはわたくしだけ。いくつもの闘いを勝ち抜き、故郷から光の届かぬほどの距離を越えてなお、わたくしはそれを証明してしまったのです。証明する必要などないほどよく知っていたのに。あなたを何よりも大切に思っていたのに。

 おろかなのも、ばかなのもわたくしだけれど、ここまで来てまだわたくしをたべないあなたは本当にわからずや。あなたの熱い躰に顔を押しつけて、わたくしはあなたの生の音を聞いていました。

 ここはとても寒い。それともわたくしがここに来るまでに色々なものを失くしたからかしら。ひきかえ、あなたはいつでもあたたかい。わたくしに負けず劣らずいろいろなものを失くしたというのに。翅に脚、たくさんの体液。あなたとわたくしが失ったものを合わせれば、いびつな形をした生き物がひとつくらいできるでしょう。もちろんそんな怪物に命など授けられるはずもないけれど。あなたの命を犠牲にするほどの価値はまったくないけれど。

 わたくしがもっと賢ければ、我慢強ければ、それともいまのわたくしに欠けている資質がひとつでもあれば、あなたを殺さずにすんだのかしら。

 でも。でも、と、わたくしの心は叫ぶ。すべてをかき消すほど強くたえまなく。あなたはわたくしの臣。唯一の黒臣。わたくしのもの。それなのになぜわたくしが思うようにしてはいけないの? わたくしに巻き込んではいけないの? 

「いきのびなさい、おねがいだから」 わたくしは弱々しくおろかな繰り言を口にしました。戯言で白々しい嘘だったけれど真実でもあったのです。 たしかにあなたに生きていてほしいとも思っていたのだから。あなたという強くうつくしい生き物をたっとび惜しんでもいたのだから。

だから、わたくしはわたくしだけがずっと怖かった。わたくしが心変わりするのではないかと。わたくしなしの世界であなただけを生き延びさせるすべをなんとしてでも見つけ出そうとするのではないかと。最期にあなたの延命を狂おしく望み、悔悟に苛まれるのではないかと。

 けれどわたくしたちはたどり着いたのです。わたくしの命とあなたを賭けて。お互いの手だけを頼りにして。宙の奈辺、わたくしたちの墓場に。

 結局、叫びはわたくしの持ちうるものの中で何よりも強かったの。そう、ある意味、あなたよりも。わたくしの命も、あなたの命もすべて吹き消す勢いがありました。

 どんなに高貴な血を引いても、強大な力を受け継いでも、ほしいのはいつもひとつだけ。ものごころついた最初の日、わたくしたちの生が始まったあの日、わたくしに差し伸べられたあなたの手。たなごころを感じたその日から、ほしいのはいつもそれだけ。それだけを愚直にもとめていたの。

 あなたは知っていたかしら。こんなに醜くおろかなわたくしを。あなたへの独占欲だけで、脆弱な躰を鞭打ち、ここまで生きのびたわたくしを。きっと矛盾にはきづいていたでしょう。でもそれをいうなら、わたくしたちは最初から矛盾でしかなかった。あなたの主であり餌であるわたくし。わたくしの従者であり捕食者であるあなた。それ以外にわたくしたちを形容するものはあった? わたくしはあなたにとって、何かそれ以外のものだったかしら? 

 わたくしはあなたをあなたの同胞から引き離し、殺戮しかない道を歩ませた。わたくしの愛はあなたの故郷である惑星を滅ぼし、わたくしの恋はあなたを殺す。でもわたくしはこの短くて無益な一生の中で、あなたの手を決して離さなかったことを誇りに思っているの。

 わたくしのこわれた躰は歓喜にふるえ、わたしの眼はもう光を求めません。ここから先は永遠の夜、わたしがずっと求めていた終焉。

 あなたのあたたかな闇に閉じ込められて、わたくしはまわされた手に身をゆだねました。わたくしの命の灯はもう消えるでしょう。そうしてあなたもじきに。朝など二度と迎えなくていいの。もうおそれるものはなにもない。わたくしがなんとしても離さなかったあなたの手で、いまここで終わりにしてほしい。

 わたくしはかげろう、遙か彼方の星に栄えた一族のまぼろし、はかなく散る最後の女王。

 けれども、なによりも価値があるのは、あなたの最期の晩餐であるということ。聞かなくても満足しているわ。

 さようなら、かけがえのない 




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