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おろかもの。
我が君の弱々しい罵りを聞きながら私は欠伸をした。頭上の空は刻々と青みを増し、この星に逃れてきてから初めての朝が訪れようとしている。
「ばか。ばかばか。がんこ。わからずや」 しきりに言い募るが、なにしろ細くて甘い声であるから咎められている気にならない。
私は手を伸ばし、騒ぎたてる熱っぽい体を肩甲翅の下に抱きこんだ。我が君はむずかるように、いやいやと首を振っていたが、しばらくすると諦めてことんと頭を預けた。
我が君の柔らかな頬を曙光が紅く染めている。好き嫌いなど言ってはおれず、私たちが辛うじて身を隠すに足る廃屋はもはや修繕不可能なまでに損傷しており、無数の穴から差し込む光で十分明るかった。追跡者が来たらひとたまりもない。
ただでさえ我が君は一族の中でもひときわ脆弱である。己の面倒とて何一つ見られず、感情が高ぶればすぐに泣き濡れる。しかしそんな我が君でも私の生きるよすがであり日々の糧なのであった。
「こんなにたのんでいるのに、あなたはつめたい」 ほろほろと流した涙すら美味である。
私は宥めるのに労力を費やすよりも、前時代的な構造の機体に寄りかかったまま食事をすることを選んだ。
私は我が君を捕食し、引き換えに我が君を護る。それは同族内での殺し合いをさだめとする我が君一族が生み出した慣習である。
私は我が君以外を摂取することはできず、それゆえに生まれながらにして我が君に命を掌握されているのであった。
わたくしのからだをぜんぶたべて、と我が君はあたかも私の考えを読んだようにささやいた。「いきのびなさい、おねがいだから」 にくたらしいほど必死に頼みこむ。我が君は本当におろかであった。自分の身を守ることもできないくせに、他の者に心を傾けては涙を流す。覇王の血を引くことも疑われるほど、かよわく、おろかな存在であった。
* * *
しかし私にとって、そのおろかさは邪魔である以上に愛すべきものであったのだ。そう、愛していたのだ、おろかな我が君。面と向かっては告げられなかった真実をようやく認め、冷たく静かな躯の傍らで私は待ち構える。追跡者を。もしくは私の死を。
おろかもの、私はひっそりと呟き、不思議な充足感に満たされる。