~LEVEL3~
多分、これで〝最後〟だろうな。どの〝最後〟になるか分からんが…。
2005年8月1日15:00
今日の仕事を終えた俺は、寄り道をした。〝この仕事〟を教えてくれた〝おっさん〟の家だ。
〝キキーッ!〟
「こんにちは。おっさん居るか?武だ。」
「おお、居るぞ。」
玄関直ぐの部屋の開いている扉からヒョコッと顔を出した。
「新規依頼ならまだきてねぇぞ?」
「そうじゃない。契約更新の件だよ。」
「おお、もうそんな時期か…。」
そうだ、おっさん。あと、伝えなきゃいけないねぇんだ。
「実はさ。俺、この仕事、年末一杯で辞めようと思っているんだ。」
おっさんは静かに俺の方に視線を向ける。
「…そうか。進路とか考えるのか?」
「…ああ。」
「仕方ねぇな。年末一杯までで、依頼の受注は止めておくか。」
「すまねぇ。」
「いいってことじゃ。それと、お前に伝言があってな。運び以外の依頼だわい。」
ん?運び以外の依頼?
「峠のバトルじゃな。ヒルクライムだそうだ。」
…。
「…断れねぇか?」
「まあ、断れるには断れるが…。」
「何か問題でも?」
「ああ、実は…お前さんが断るだろうと予想して、わしが負かして勝負を諦めさせようとしたんだ。が、強かった。逆に負けてしまったよ。」
「それで、言えなくなったと…。」
「ああ。」
そういうことか。
「しかたねぇ。相手してやるよ。」
「だが相手は強いぞ?」
「勝ち負けなんて知らねぇな。純粋なバトルをしたいからな。」
「そうか。先方に伝えとくよ。あ、場所は楓だそうじゃ。」「おう。じゃあ、契約…年末一杯な。」
「分かっておるわい。」
おっさんの家を背にしてインテグラに乗り込んだ。
「楓…か。」
2005年8月5日22:00
バトルのコースとなる楓スカイライン(KAEDE-SKYLINE)の麓駐車場に、俺のインテグラと知り合いのインプレッサの姿があった。
「山乃さん、こんな時間に呼び出して申し訳ございません。」
「良いって良いって!さて、今日はどんなインテグラが見れるのかな。」
「今回は、知り合いの整備工場に頼んで足回りを変えたので、その調子見として山乃さんに同乗して頂こうかと…。」
「そうか。了承した!」
肝が座っているというか、なんというか…。
「とりあえず、乗ってください。」
「おう!楽しみだな!!」
まあ、とんでもねぇ運転には適切かな?
楓スカイライン中腹
「足回り変えたってことは、今度のバトルに勝つためか?」
「勝てるとは思っていません。ただ何もせずに負けるのも嫌ですから、喰らい付くだけですよ。」
そう。俺はそろそろ負けるかもしれない。だが、このまま負ける訳にもいかない。
「じゃあセッティングは?」
「ノーマルに変えました。」
「おいおい…食らい付くんじゃないのか?」
「そろそろ初心に戻りたいので。」
「そうか。お前の考えていることは分からんな。」
「まあ、そうですね。ちょっと飛ばしますよ?」
「おう!」
シフトをトップからサードへ叩き込む。
2005年8月6日22:00 楓スカイライン・麓駐車場
鈴虫の鳴き声がする中、駐車場にインテグラとSKYLINE GT-R 32が並んでいた。
「初めまして、真田 武です。」
「初めまして。私は、孕石 葵。」
…女性ですか。
「早速ですが、ルールはどうしますか?」
「兎狼でどうかしら?」
筑波山でやったルールか…。
「分かりました。兎はどうしますか?」
「コイントスで。表ならあんた、裏なら私で。」
「了解です。」
100円玉を取り出して、親指で真上に弾く。ピーンと宙に舞う100円玉は回転しつつやがて落ちて来た。落ちて来た100円玉をてのひらにのせる。
「裏…ですね。」
「じゃあ、私が兎ね。」
葵さんは、自分の愛車へ足を運ぶ。だが、あと数歩のところで立ち止まりクルリと180°回転して俺の方を向く。
「あ、そうだ。あんた、筑波山で山本 文月とやりあったって?」
「はい。」
噂になっているのか?葵さんはそんあことを言った。
「あの〝ロータリーウイッチ〟とやりあうとは…油断ならないね。」
魔女と言われているのか?俺は単に「筑波のロータリー使い」としか、思っていなかったが…。
「引き分けどころか、俺は負けたと思っていますよ。」
あれは、文月さんがアクセルを抜いたんだと思う。でなければ、俺はFCを捉えられなかった。
「…そうか。あと、R32の弱点はヘビーな車両重量からくるアンダーだけど…」
まあ、高耐久・低コストの両立のためにシリンダブロックを鋳鉄製にしたからな。その対価がヘビーな重量だ。
「〝R-ウイッチ〟の私は、アンダー殺しが得意なんでね。勝つよ。」
大胆発言。そして、ウイッチ…。
「…まあ、魔女と言えば魔女だな。雰囲気が…。」
その上、勝利宣言か…。
「今回は…負けるかな?」
楓スカイライン
走り屋でのスタンバイ地点に愛車を移動させた、R32とインテグラ。
「…。」
この勝負、無様に負ける訳にはいかない。
前の兎がハザードを二回たいた。こっちはパッシングで返す。これで準備は完了した。
「そして、スタートは一個目のコーナー入り口からか。」
ゆっくりと走るR32とインテグラ。
一個目のコーナーまでは多少距離がある。
「そろそろだな。」
コーナーに差し掛かる。
「…今だ。」
アクセルを踏み込んで加速する。
前のR32も加速する。
「…やっぱり、電子制御化されたターボは力強いな。」
加速と速さはRB26搭載のR32が上なのは確かだ。
次のコーナーはそんなにドリフトとか要求されない。
前のR32も俺のインテグラも無難にコーナーを抜ける。
だが、次のコーナーはややきつい。何せ…。
「ここから上り始めだからな。」
上り坂に差し掛かるため、勾配抵抗でインテグラには分が悪い。パワーのあるR32が有利だ。
「それと、ドリフトが要求されやすいからな。」
反面、R32にはABSとATTESA E-TSの統合制御で横滑りをさせない=ドリフトをさせないはずだ。
「…と思ったが、R32のドリフト見て思い出した。」
ドライな路面はドリフト出来るじゃん!
その証拠にキーッ!というタイヤの横滑りが響く。更に…。
「この急カーブとその後のストレートが、やや勾配が急になるから離される!」
まだトップに入れることは出来ない。
「こりゃマジで負けそうだな。」
奥の手使ってでも食らい付いてやる!!
「今度は左にフェイント掛けて右にドリフトだ!」
ステアリングを左にちょいと動かして、すぐに右へ動かす。だが、直ぐに左に切る。
「チッ。滑った。」
我ながらちょいと危ないな。
「だが突っ込まなきゃダメだ。」
相手のRはグリップを使ったが、こっちはドリフトで決めてやる!
「おりゃあ!」
ステアリングを右に切って、リヤが滑り始めた瞬間に左に切る。
次はストレートだ。R32がパワーでインテグラを離す。次は、少し曲りくねったコーナーを抜けて、ややきついコーナーに差し掛かる。
「若干離されたが…。」
ステアリングを左に切って、直ぐに右へ切り返す。だが…
「ちくしょう。ストレートでまた離された。」
この先にあるコーナーもドリフトをするが、また勾配があってパワーで離された。
そして、このコーナーを抜けるとちょっとした中央分離帯があった。
「どっちに行くんだ…。」
その時、Rはアウトに車を寄せた。
「チッ。」
舐められたものだ。
Rがアウトでインテグラがインを取って、中央分離帯を抜けていく。インから抜けてもRが先に出る。目測で差は15mぐらいだ。
「緩やかな連続コーナーの後、急上昇のヘアピン。Rはドリフトをするだろうな…。」
ならドリフト勝負といこうや!!
スピードメーターが150を越えているが、気にはしなかった。
「おりゃ!!」
オーバーからトップへシフトを叩き込んで、アウトからインへ目掛けるように突っ込む。
前のRもドリフトをしてコーナーへ滑り込む。
「よし!詰めた!!」
目測2m差と行ったところだ。
「だけど、Rの立ち上がりは凄いな。」
また離されて15m差に戻ってしまう。その後、グリップを使って次々とくるコーナーをクリアした。離されてはいないが、中々追い付けない。
「やっぱり、300馬力相手じゃ敵わんか。」
だが…。
「諦めて堪るか!!」
アクセルを踏み込んで、ステアリングの切れ角を最小限にしてコーナーを攻める。
「この後はやや大きいコーナーだ。」
急という訳ではない。ドリフトの必要ない程度だ。
「だが、アウトからは行きたくない。」
アンダーを出して膨らんだら、ガードレール介さずに崖へ真っ逆さまだ。
「Rもインを取るか。」
先行しているRが先にインを取った。まあ、考えていることは御互いに一緒と言う訳か。
「お、膨らんだか?」
何分フロントヘビーなR32だ。ラインが膨らんだ。
「よし、突っ込むぜ!」
アクセルを踏み込んで、レブのギリギリまで回す。
シフトアップをしたいが、コーナーを抜けた後はエンジン回転が低くなるので立ち上がりに時間が掛かる。
「コーナー抜けるまでは我慢してくれよ。」
立ち上がり重視の選択としては、間違っていないと思う。
「おりゃあ!」
インを取って突っ込む。アンダーは出つつあるが、ステアリングを徐々に切れ角を増やしてアンダーを殺す。
「このまま詰めてやる。」
Rと目測3m差まで縮まった。スピードメーターを見たら、170を指していた。
「170とか今まで出したことないぜ。」
俺バカなことするぜ…。
「この調子で爆走屋続けたら、命が幾つあっても足りないぜ。」
とてもじゃねぇな、こりゃ。
この後も、ステアリングの切れ角を最小限にしてコーナーを攻める。
「最後のドリフト勝負…。」
これで駄目で諦めたら…。
「無様に負けるよな。」
目測8mの差…。最後のドリフトのコーナーがもうちょっとで見えてくる。
「…突撃。」
オーバーからトップに叩き落して、160km/h超えでコーナーに突っ込む。
だが、Rはオーバースピードでコーナーへと突っ込んで行く。
「ば、バカじゃないのか…。」
下手したら、ガードレール突き破って崖行きか良くて壁に激突だ。
「…やっぱり、腕の良い人には敵わねぇな。」
…アクセル緩めちまえば、死にはしないな。
〝それでいいのか?〟
…誰だ?
〝自分の気持ちにちゃんとけりつけて来い、馬鹿野郎が。〟
…そうですね。
〝あと、死ぬんじゃねぇぞ?千早ちゃんが悲しむかもしれないからな〟
「…分かってるよ。親父。」
コーナーを抜けた。ここからはコーナーはあるものの、ストレートが長くてパワーの勝るRに利があるゾーンだ。
「下手に減速したら、置いていかれるな。」
しかたねぇな。頭のネジ一本ぐらい外して、180まで吹っ飛ばすか。
「無様に負けなければいいんだ!!」
今更Rに勝つ気なんて更々ない。ただ、無様な負け方だけは嫌だ。
「爆走屋最後の走りだゴラア!」
トップからオーバーへとシフトを叩き込んで、アクセルを目一杯に踏み込む。
Rとの差は徐々に縮まっていく。
「よっしゃ!」
無様に負けたくないなら、行ってくれ!インテグラ!!
「ラストツーコーナー!!」
ドリフトをかまして抜ける。
ゴールはもう目の前だ。
「…。」
追い付けたけど、並ぶことは出来なかった。
「…そろそろ潮時かな?」
俺の居場所は、ここじゃねぇってことか。
楓スカイライン折返地点駐車場
「私の完敗ですね。」
「いや、ダウンヒルで先行だったらあんたに勝機は十分あったよ。今回は引き分けといった所だよ。」
「いえ、負けは負けです。」
「…あんたに不利な条件があり過ぎたのは事実だろう?」
確かに、R32のパワーはインテグラと比べて桁違いに高い。それと、ヒルクライムはパワー差が出やすいきらいがある。
「いえ。私は納得してます。それに…」
「それに?」
「俺、もう爆走屋辞めます。ここに居て良い人間じゃあないと思うんですよ。あと、気になって気になってしょうもない奴を守りたいんです。」
「そうか。あんたなら守れるよ。頑張りな。」
「はい。」
「あ、これ私の携帯番号だから。何か相談したいことがあったら、掛けて来な。それじゃあ。」
葵さんは、俺に殴り書きのメモを渡した。RB26、直6のつながるエンジン音を響かせ、葵さんは下っていった。そして、山に響き渡るブレーキ音がした。
「…帰るか。」
もう…このバトルは終わったんだ。俺はインテグラに乗り込んで、裏道から下っていった。
そして、俺が完全に爆走屋を引退したのは年の暮れ…12月23日の夜だった。