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~LEVEL2~

 どっと嫌気が差した。周りもそうだが、俺自身もそうだ。やるせなくて嫌気が差す。ここは一つ…いや、止めておこう。

 7月8日、20:45・とある自動車教習所

「はい。そこ右折して。」

「はい。」

 俺は右のウィンカーを点滅させ、ハンドルを右へと切る。

「慣れてるな…。ひょっとして、運転したことある?」

「いえ、二輪しか運転したことはありません。」

 本当は原付すらありません。

「そうか。二輪でこんなに上手くなるものか…。」

 あっぶねぇ。メガネ光らせていたからな。


「今日はここまでだね。」

「はい、ありがとうございます。」

「卒業検定はいつ受けるんだい?」

「一週間後ですかね。」

「それで、もう模擬試験を二回パスか…。やはり二輪持っていると違うねー。」

「はい。ではこれで。」

「気を付けて帰ってね。」

 ふう、やれやれだぜ。バレるかと思ったが、案外大丈夫なものなんだな。


 7月9日07:45・とある駐車場

「…。」

 今日は丸一日使って遠征かな?

「筑波までって…、結構遠いな。」

 まあ、甲府ナンバー見られても不思議じゃないしな。

「ん?来たか?」

 黒塗りのクラウンがやってきた。キッと止まると、男が姿をあらわす。…片手に持っているのは〝物〟のようだが…。

「やあ、インテグラ君。」

 インテグラ君、というのに抵抗感を感じた。まあ仕方あるまい。ここではお互いの名前を言わないのがルールだから。

「はい。これと前金10万円とガソリン・高速代の5万円ね。」

 茶封筒と〝物〟を手渡される。ズシリと重みを感じた。

「はい。」

「じゃあ頼むわ~。」

「承知しております。」

 …常連客の中には、稀にこんな能天気な客もいる。

「…行くか。」

 〝物〟を車内へ押し込み、差しっぱなしのキーを回した。


 12:15・茨城県筑波山頂上

「ふぅ…今回は長距離で、尻が痛くなるぜ。」

 遠方への依頼は止めて欲しいぜ。まあ、ただの〝爆走屋兼運び屋〟が言ったところで仕事が減るだけだが…。

「まあ今回はバイト代も高かったし、よしとするか。…さてと、飯食って帰るかな。」

「そこの君。ちょっといいかな?」

 背後から声がした。振り返ると女性が立っている。

「私ですか?」

「ああ。甲府ナンバーか。私は山本ヤマモト 文月フミヅキって言うんだけど…。」

 文月という女性は、インテグラのナンバーをチラリと見る。

「私とダウンヒルで勝負しない?」

「別にいいですよ。ちょうどバイトが終わったところですから。」

「おお、良いね。私、バトルを快く引き受ける人、興奮しちゃう!」

 煽られることといい、今度はバトルの申し込みか。まあ、何はともあれバトルだ。


 道を案内するかのように走るFCのすぐ後ろを、一台分ほどの車間距離を保って追っていく。

 このバトルは兎・狼バトルだ。逃げるウサギと、それを追いかけるオオカミに双方を見立てる先行追走のシステムだ。

「それで、俺はオオカミを選んだ訳だが。…大丈夫かな?」

受けて立つからには、全力で相手しないとな。そう心に決めて合図を待つ。

「おっと。」

 前のウサギ、FCがハザードをたいた。こちらはパッシングで返す。準備は整った。

「そして、次のハザード二回がスタートの合図か…。」

 FCのウィンカーが、両方同時に点滅する。

「今だ!」

 アクセルを思いっきり踏み込んだ。FCのロータリーエンジンがパワーを解放するかのような音が聞こえた。

「…ロータリーは伊達じゃねぇな。」

 出だしが速い。広がる車間距離。

「こりゃ凄いな。だが、諦める訳には行かねぇな!!」

 女性だからと容赦はしない。だがここで、ある問題が発生した。

「…この山の攻め方が分からないんだよな。」

 どうして受けたのだろうか?後悔先に立たずとはこういうことか…。

「…やるしかねぇな。」


 エンジン音が交錯しながら、草木で先が見えないコーナーを二台が抜けていく。タイヤが滑る音が休むことなく聞こえ続ける。

「…っ。」

 古いせいなのか、それとも誰かぶつけたのか、曲がっているのがわかるガードレールスレスレを走るインテグラ。前のFCは、ガードレールとの間に余裕を保っている。

「走り慣れているな…。」

 最初に感じたことだった。まるで自分を案内するかのような走りをしている。遊ばれているのか…。まあ、走り込んでいれば余裕か。

 少しきついコーナーが三つ続いた。

「く…うっ…。」

 ブレーキのタイミングもわからず、外に膨れるインテグラ。ガードレールがいつもより近く見えてしまう。

 直後の短いストレート。脱出速度の差からか、また距離が開いた。

「…。」

 先の見えないブラインドコーナーを、対向車の恐怖を押し殺しながら走っていく。

「うっ!?」

 一箇所、ガードレールの見えない箇所があった。思わず体が反応し、アクセルを抜いてしまった。

「ちっ。やっちまった。」

 見えなかったのではなく、黒いもので代用してある箇所だった。もうFCは視界から消えそうになっている。

 下りのストレートを一気に下る。先行のFCを参考に、ブレーキを踏み込む。

「…。」

 そのままノーズを左へと向ける。が、

「またコーナーかっ。」

 曲がりきったところで、逆向きのコーナーが姿をあらわした。まあ口ではそう言ったが、これくらいは予想済みだ。

 グニャリと曲がったガードレールをチラリと見つつ、辿り着くコーナーを処理していく。ストレートで案内表示板を一瞬で見る。

「…まだ余裕はあるか。」

 力の余裕はないがな。すでには、FCは見えるか見えないかのところまで離されている。

 高架を渡り、コーナーを曲がる。シフトを一気に三速まで叩き込んだ。タコメーターの針が忙しく動き回る。

「…。」

 いつもなら、この辺りの時間からタイヤを気にするところだ。が、今日はタイヤなどかまっていられない。ただただ目の前のコーナーを抜けることに全神経を集中させる。

 いくつコーナーを抜けただろうか。コーナーを抜けたところで、FCのテールがすぐ前に見えた。

「詰められたのか…?」

 なぜかもわからず、ストレートで思いっきりアクセルを踏み込む。いやにあっけなく追いついた。

「…っ。」

 追いついた。が、そのまま抜かすことができない。ぴったりと張り付いたまま、次のコーナーへと近づいていく。

「ダメか…。」

 俺はゴール地点直前で、FCの横に並んだ。


 筑波山麓

「いや~並ぶとは思わなかったわ~!」

「抜くのは諦めましたから、最後は追い付くだけ追い付いて、ひたすらくっつくことに専念しましたよ。」

「いや!それでも凄いよ!」

 この人、テンション高いな…。

「じゃあ昼飯は私が奢るね♪」

「気持ちだけ受け取っておきます。バトルで引き分けで…」

 その時、腹から〝ぐうー〟という音がした。は、腹は正直だな。

「我慢はダメだよ~♪」

「ではお言葉に甘えて…。」

 な、情けねぇ…。


 とある食堂

「じゃあ筑波山定食二つで。」

「かしこまりました。」

「本当に申し訳ありません。」

「いーのいーの!あ、そうだ。君の名前、聞いてなかったっけ♪」

 確かに名乗っていない。すっかり忘れていた。

「そうでしたね。真田 武って言います。」

 まあ、いきなりバトル申し込んできたから言いそびれたっけ。

「はい、そこ人のせいにしない。」

「え?」

 …今、口に出したか!?

「違う違う…私は心が読めるのよ。」

「あ、そうなんですか…。」

 よ、世の中には凄いやつもいるものだ。外見からは、そんな能力を持っているようには見えない美少女だが…。

「バカにしたな~。ちなみに、過去も見えます♪」

 …止~め~て~く~れ~ぇぇぇぇぇ~。

 どっと冷や汗をかく。

「面白い♪…でも、君はちょっと辛そうだね。しかも、もっと辛い人が幼馴染みにいるからを助けてあげたい。…なんて思ってたりしてない?」

「…。」

「素直だね~。でも私とあなた、その幼馴染みとは辛さの度合いが違う。」

 暗い。千早ほどじゃないが、暗い。

「辛かったら、話してください。俺、父親亡くしているんで、苦しいのは多少分かっているつもりですから。」

 重苦しい空気が下りる。わずかな時間なはずのに、沈黙がこんなに苦しいとは…。

「…私ね、この読心術が使える様になってから色々なことが分かってきた。…知りたくないことでさえ分かってしまう。」

「…。」

「それで、父は軍人で母も軍人。両親の心の内さえも分かって、私は高校から一人暮らしを始めた。」

「一人暮らし…。両親と別れた割には、まだ辛そうですね。」

「…。」

 今度は文月さんが黙り込んでしまったか…。

「まあね。でも、凄いな~。私の心を読んじゃうなんて。」

「読んでいませんよ。ただ伝わってくるんですよ、何かがね。」

 本当に何となくだが…。

「…凄いよ。本当に…。」

「自宅もそうだけど、学校でも一人。いや、疎外されていると言っても過言じゃない。」

「いや…、凄いよ…。ううう…」

 次々と言葉を発してしまった。…あー泣かせちまったか。

「これどうぞ。」

「あ、すいません。」

 タオルがスッと出てくる。店員さん、いい人だな。

「はい。」

「ご、ごめんね。」

「…。」

「まあ、一人は一人だけど、孤独じゃないよ。私にはあのFCがあるもの。」

 目を真っ赤にしながら答える文月さん。

「…そうですか。まあ、取り敢えず筑波山定食二つを持っている店員さんが辛そうなので、食べながら話しますか。」

「え?あ…。」

「つ、筑波山定食でございます。」

 腕の震えている店員さん、すまねぇことしました…。

「じゃあ文月さん、いただきます。」

「…いただきます。」

 じゃあ、野菜の方から…おお。

「こりゃ美味い。文月さんに任せて正解でした。」

「よかった~。」

 いつもなら一人ぼっちの食事。食事中の会話が楽しいと思ったのは久しかった。


 食後、俺と文月さんは食堂を出て駐車場に向かう。

「俺、どうすればいいんですかね?」

「女同士のいじめは、集団かつ精神的だからね~。泥沼化してもおかしくないよ?」

 …じゃあ?

「君が手を出せるのは、彼女の自殺衝動を阻止すること。君は冷めて見えても結構熱いからね~。」

 なるほど。小さく頷く。

「私に出来ることはそれだけですか。」

「まあ、そうだね。でも、だからと言って絶望しちゃダメ、諦めちゃダメ、中途半端な終わり方はダメ…とにかく生きること。…難しいけどね。」

 人生、そんなもんか。

「そんなもんだよ。」

「あいつ、周りに迷惑掛ける位なら自ら死を選びそうな奴ですからね。」

「なら武君の役割は重要になってくるね~。…絶対に彼女を助けてあげてね。」

 …。

「千早っていう人、一度会ってみたいな~。」

「そうですか…。」

 もうお互いの愛車のところに来ちまったか。

「…。」

「…寂しくなりますか?」

「ううん…。」

 …嘘ですね。

「仕方ありませんね…。」

 胸ポケットからメモを取り出す。

「これ、私の携帯の番号ですから。…何かあったら連絡してください。」

 手早くメモに携帯電話の番号を書き上げて、文月さんに渡す。

「ありがと…ありがと…。」

「は、はい。」

 な、泣きながら抱き着かれてしまった…。

「…大丈夫ですよ。あなたは一人じゃありませんから。」

「…うん!」

 幼げな返事で、可愛いな。

「それでは、失礼します。」

「うん。じゃあね~。」

 手を振る文月さんを見ながら、インテグラのドアを閉めた。


 真田家武の部屋

「…今日は凄く楽しかったな~。」

 グレてインテグラを乗り回した以降、こんなことはあっただろうか?

「多分、ないな。」

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