~LEVEL1~
新学期が始まった。だが、あまり居心地は良くない。理由は〝アイツ〟があまり笑っていないからだ。同じクラスになってからは、尚更それは増した。
2005年5月3日18:30
「はあ…。」
今日は何回目だろうか?溜め息が吐き易い。
「溜め息なんて、どうしたんですか?」
あ、依頼人に心配された。
「いや~…新学期入って気合入れようと思ったんですがね。どうも居心地悪くて…。」
「ああ~分かるな~。まあ、車で気持ち入れ替えたら?」
「それもそうですね。」
「前金の15万円だ。確り頼むよ~。」
「承知しております。」 依頼代理人から封筒を受け取り、エンジンを掛ける。
「…何でだろうな?千早が気になってしかたねぇ。」
あいつの両親は中学卒業前に離婚して、千早は母親にキレて一人暮らしをしたんだよな。同じ時期に俺は親父を事故で亡くした。だが、詳しくは知らない。
「…そっからか。」
まあ、あいつはあいつなりに悩んでいるからな。俺はインテグラ(こいつ)でグレちまった訳だが…。
「ん?またパッシングか…最近多いな。」
何で俺は煽られるのかいね?
「しかたねぇな、下りるまでに撒くか。」
ここは連続ヘアピンが幾つもある。最大の難所は五連ヘアピンが三つ位ある所だ。
上りならまだ速度は出ないので幾分楽だが、下りは速度超過で最悪の場合は転落してあの世行きだ。良くて壁と仲良しかな?
[カーブ多数 速度・追突注意 エンジンブレーキ多用]
この看板がスタート地点だ。
「さて、ちょっと本気出すか。」
アクセル全開のトップで下り坂を突っ込む。緩やかなカーブが続く。
「ここはノンブレーキでいいだろう。」
アクセルを調整しながら、カーブを曲がる。
「相手も中々だ。」
始業式前の奴とは天と地ほどの腕前だぜ。あいつは…。
「先ずは一個目の連続ヘアピンだ。」
サードに落として、アクセルの踏み加減をしながら速度を調整する。流石に140km/hで突っ込む気はねぇよ。
「それでも100km/hは越えてるがな。」
お、あいつ左足ブレーキ使いやがったな。
「まあ、前半はストレート長めからアドバンテージを今の内に作っとかないとな。」
と言っても、30°から60°のギリギリカーブが連続するがな。
「こいつ…速い!」
冷や汗が出る位速いぜ…。
〝ククククク…〟
「あれ?後ろから悪魔の様な嘲笑う声が聞こえてきたな?」
こりゃ変な気になるぜ。
「あ、そういや~…狂気のデスマッチを仕掛ける走り屋が居たな。まさか…。」
後ろがその走り屋か!
「こいつは警戒しないとヤバイな…。」
何かコーナー手前でぶつけるとか?不穏な噂が絶えないとも言うし…。
「だが引渡時間を破る訳にはいかねぇな!!」
アクセルを踏み込んでトップへシフトアップする。
二分は経っただろうか?こんなに二分を長く感じたのは初めてだ。ここの下りは規制速度で15分、法定速度で12分…
「走り屋なら6分。」
ストレートで最大150km/hも出すから満更嘘でもない。死亡確率は飛躍的に高まり、富士山の頂上を越える程だ。
「あと二倍の流れでここを攻略するのか…ちと厳しいな。前には連続ヘアピン…ん?」
んん?おい!?
「ぶつける気か!」
くっ!後ろから前へと衝撃が伝わる。ぶつけられた。ここは減速しないと…
「事故り易いんだ!!」
スピンをしているが、必死の足掻きでステアリングは左から右へ一杯まで回す。
「…た、助かった。」
俺より下手の奴だったらあの世行きだぞ!
「この野郎。ただじゃすまさねぇ…。」
ならこっちも考えがある!!
「仕掛けるなら、この先のヘアピン前だ!!」
喰い付いて来るな。
「ちと早いが…。」
ブレーキだ!
「くっ!やっぱり衝撃が違うな。」
自ら突っ込んでおいてだけどさ…。
ヒール&トウをやって、コーナーに攻め込む。勿論、相手にケツを嗅がせながら。
「確り着いて来いよ!」
…滅茶苦茶危険だけどな。だが、相手は堪らんとコーナーを減速した。
「よし!切離成功!!」
怯みやがった…
「…訳じゃねぇよな。」
アウト取りやがった…って!
「おいおい、寄せんじゃねぇよ。おい、寄せるなって。」
この先、林なんですけど。
「お?…お?」
な、なんだ?
「アンダーが出ねぇな…やべぇ、これ来たわ。」
これでぶっちぎれる!!
「あ、タイヤが側溝に…。傾斜式じゃなきゃ足回り死んでるわ。」
こりゃ、抗えるわけだわ。
「だが、直ぐに飛び出すと残っている遠心力で思いっきりアンダーを出しそうだな。」
ここは慎重に行かねぇと。…確か…。
「よし、ここでも使うか。」
今度は右コーナーでもやる。事態が事態なので、もう構わず使う。
「あ、あいつも使いやがったな。」
ちっ。速度を上げてきやがる。
「全く、アンダーが強くなっちまう。」
それで壁とお友達はごめんだ。
「よし、こk…!?」
突然、後ろで大きな音が響いた。鉄板が壁に激突してグシャグシャになる音が響いた。恐る恐るバックミラーを見てみると…。
「あ~…。」
案の定、壁とお友達になっていた。やはり、側溝から出るタイミングを間違うと、凄くアンダーが出ると分かった。
「も~こういうのごめんだぜ?」
その後、無事に下った俺は引渡場所へ行き、〝物〟を引き渡す。そして、報酬と称した封筒を受け取る。
「あれ?リヤバンパー凹んでいるね?」
「あ、煽ったアホがぶつかって来ましたのでね。その痕です。」
「ほぉ~…板金でも出すの?」
「自分で直します。今は真っ直ぐ帰りたいです。」
本当に、真っ直ぐに帰りたい。
5月4日・真田家
「バンパ直すか。」
昨日は酷かったな。ドリフト直前に、後ろからぶつけて車両の姿勢を崩しやがって。
「今日一日これだな。幸い、今日は仕事が無い。」
早速、インテグラのフロントをジャッキで浮かせる。ある程度浮いたら、ウマと言う固定式ジャッキをかけておく。リヤも同様にジャッキで上げてウマをかけておく。これで、インテグラのタイヤは完全に浮いた。
「よし、じゃあバンパ外すか。」
外した後、知り合いから格安で買った新品のバンパに取り替える。
「あとは…あ、タイヤとかブーツとか大丈夫かな?」
結構ヤバイ走行しちまったような気がしてならねぇ…。
「よし、終わった。」
色々やっていたらもう夕方か。調子見ついでに、インテグラを転がしてコンビニでも行くか。
コンビニ
「いらっしゃいませ!」
今日は…。
「天印の苺牛乳で良いか。」
俺は苺牛乳を取って、レジに向かう。
「御願いしま~す。」
「はい。…105円となります。」
「はい。」
「105円丁度お預りします。レシートはよろしいでしょうか?」
「あ、欲しいです。」
「はい。ありがとうごいます。」
「はい。ありがとさん。」
さて、とっとと…ん?
「よいしょ…よいしょ…。」
あれ?千早?
「…バイト中だから、まあ声掛けなくて良いか。」
そう言って、インテグラに乗り込む。
「…千早って、あのコンビニでバイトしているのか…。」
そう思いつつ、俺はインテグラを加速させる。