●第三話●成長
いつの間にか手放していた意識がゆっくりと戻ってきた。
まだうまく開けない目に、白い壁に反射した光が痛い。
くしゃくしゃと髪をかきまぜて起き上がり、床を見下ろした。
血にまみれた服が乱暴に丸めて投げてある。多分無意識に脱いだんだろう。
昨日のことを順に思い出していると、菅野さんが後ろから僕の頭をとん、と小突いた。
「大丈夫か。」
「あ、はい。すみません寝ちゃって…。」
「いや、いいよ。疲れただろ。」
菅野さんは笑って僕の前にマグカップを差し出した。ふわふわと昇る、湯気。
コーヒーの香りが僕の鼻をくすぐる。
「飲めよ。滅多に煎れてやらないぞ。」
菅野さんがにやりと笑うのに、自然とつられる。
小さくありがとうございますと言って、マグカップの淵に口をつけた。
口の中に広がるコーヒーの苦味とほんの少しの甘味に、酷くリラックスする。
ふと気づいて、菅野さんを振り返った。
「赤ん坊どうなりましたか!?」
一瞬僕の勢いに圧されたような顔をしてから、菅野さんは笑って頷いた。
「大丈夫。ちゃんと成長に向かってるよ。」
「よかった…。」
「ただ異常に成長が早い。猫の遺伝子が入ってるからな。寿命は人間より当然短いぞ。」
猫の寿命は昔なら七、八年。今はもう十年は生きるようになってる。
猫の年齢は、一ヶ月で大体人間の一歳。三ヶ月も経てば五、六歳になってしまう。
そのペースで成長が進むのなら、僕はあっという間にあの赤ん坊に年齢を越されてしまうんだ。
でも人間の遺伝子も入っている。どう成長していくかは、育ててみないとわからない。
それにしても、よくうまくいったな…無謀なことだと思ってた。
どんな形に育っていくんだろう。
「落ち着いたら見に行くか。まだ数ミリだけどな。」
「はい。」
*+*+*+*+*+*+
シャワーを浴びて着替えたあと、白衣を羽織って実験室に向かった。
ガラス管に満たされた薄い黄色の液体の中に、数センチの生き物が浮いている。
さっき菅野さん数ミリって言ってなかったかな。
「…大きくなってるな。」
菅野さんは僕と顔を見合わせて苦笑いをした。
まだ状態としては、母親の身体の中にいるような状態。
ちゃんとした生き物の形はしていない。この子が、猫の形になるのか人間の形になるのかはわからないけれど。
「この子の親はどうする。」
「僕が親になります。こんな風になったの、僕が連れてきたからだし。」
「…そうか。まあここで面倒見ることになるんだろうし、ここのスタッフ皆で育てればいいさ。」
「はい。」
ちゃんと育ってくれればどんな形でもかまわない。
僕はこの子が成長するのを見守るだけだ。
猫の寿命と年齢…合っていると思われます…多分。