●第二話●責任
駐車場にバイクを乱暴に停めて、研究所の裏から中に飛込んだ。
冷たい風を切ってきた頬に、空調の温風が少し痛い。
「誰か…誰か居ませんか!?」
肩で息を整えながら、思い切り叫んだ。
必ず当直の人が誰かいるはずなんだ。
早く気付いてくれと祈りながら、虫の息でぐったりとする赤ん坊を抱き締めたまま研究所の廊下を走った。
300もある当直室全部を回っていたら間に合わない。
「誰かっ…誰か!!」
「高瀬?」
後ろから呼び止められて、振り向いたそこには僕の先輩の菅野さんがいた。
「菅野さん!!助けてください!!」
「え!?おい、それどうしたんだ!?」
菅野さんは僕の腕の中で力なく眠る赤ん坊を見て青ざめた。
「駅のコインロッカーに置き去りにしてあったんです。ここから病院まで行ってたら間に合いません。菅野さん助けてください!!」
「助けてくださいって…俺は医者じゃないぞ!?」
「そんなこと知ってます!!でもどうにかしてください!!」
「んな無責任な!!……わかった。来い。」
菅野さんは少し悩んで、赤ん坊を見てから僕の手を引いた。
言われるがままに来たのは、遺伝子結合実験室。
その実験台の上に、小さな子猫が横たわっていた。
「あの猫…どうしたんですか?」
「親猫が病気で、ちゃんと産まれてこられなかったんだ。遺伝子に異常がある。」
「遺伝子に………まさか…!!」
死にかけの赤ん坊と、遺伝子異常の子猫を見比べて、菅野さんが何を考えてるのかわかった。
足りないものと足りないものを合わせれば、ちゃんとしたものになる。お互いが、補い合えば。
けれどそんなのは理屈でしかない。実際に人間と猫の遺伝子を組み合わせるなんて…誰もやったことがない。
大体、人間と猫では遺伝子が違いすぎる。
「そんな…無茶ですよ!!いくらなんでもそんなことしたら…」
「じゃあ病院に連れて行ったら助かるのか。」
「…!!」
「もうそれじゃ10分もたないぞ。…どうする、赤ん坊が死ぬのを待つか、ほとんどないような可能性に賭けるか。お前が決めろよ。」
菅野さんは僕の目を真っ直ぐ見て言った。
確かに、このままじゃ赤ん坊は死ぬしかない。病院に連れて行ったところで、どうにもならない。
だからって、そんな…誰の子供かもわからないのに…。
悩んでいる僕の服を、赤ん坊が弱々しく掴んだ。
うっすら、本当に数ミリ開いた目が言っているように見えた。
『生きたい』
悩んでる暇はない。
この子を助けたくてここに連れてきたんじゃないのか。
僕がこの子の親になればいい。あのロッカーを開けた時から責任は僕にあるんだ。
「…やりましょう菅野さん。僕手伝います。」
やるしかない。
賭けるしかないんだ。