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第50話。錬金術師(iii)


 すぐに寒さに耐えられなくなり、室内に戻る。

 その後、みんな食事を終えている、ということだったので俺だけ1人で摂るのは寂しいが、仕方ない。

 母とレニは付き合ってくれてるし。父は、明日何か用事があるらしく、今日は既に寝ているらしい。


「それで、あの子は今日泊まっていかなくてよかったの?」

「ナギは、試験期間中で忙しいだろうし、難しいだろうね」


 怪しげな笑みを浮かべるのは、そっちじゃないんだろう。分かってはいるが、明言していない以上スルーするに限る。


「おにーちゃん、おにんぎょうさん、ありがとね」

「あ、喜んだからって買い過ぎないでね?」


 ……思わず露店の商品を買い占めようとしたが、先手を打たれてしまった。


「今日はたまたま時間が余ったからぶらついてただけだよ。それに、露店だからいつでも出してるわけじゃないだろうし」

「そっかそっか。ソラもちゃんとお兄ちゃんしてるね」


 嬉しそうに母は笑うが、ちゃんと兄としている、と思いたい。


「明日も、色々することあるから今日はもう寝るよ。レニ、あまり遅くまで起きてないで早く寝るんだよ?」


 手を挙げて嬉しそうに返事をするレニの頭を軽く撫で、自室に戻る。……戻ったんだが。

 ベッドに置いたままのうさぎのぬいぐるみをベッドわき辺りに置こうと持ち上げるが、何となくそのまま抱きしめてみる。

 決して先ほどの諸々を思い出したり、してはいない。……決して、だ。



 気づけば、抱き枕代わりになっていたそれをベッドに置き、出掛ける準備を行う。

 結局、夜に入浴していなかったので、汗だけ落とし、錬金術師ギルドに向かうことにした。

 一応、ことねに言われていた衣類も持った状態で、だ。


「おはようございます、ソラさま」

「ええ。おはようございます、ノルンさん。イオン、はどうしました?」

「少しでも勉強をしておきたい、と先に部屋に行っています。本来でしたら、お出迎えをすべきなのでしょうけれど」

「本人がやる気があるのでしたら問題ないですよ。そういえば、イオンには俺の立場というものはどう説明していますか?」

「ソラさまがあまりご自身の権限をよく思われていらっしゃらないことは存じ上げておりますので、私の独断で、具体的な役職名は避けて、錬金術師ギルドの立て直しのために、さるお方からの依頼を受けてギルドにいらっしゃる、とお伝えしています。

 私も、その関係でソラさまのお傍にいる、と」

「……嘘は一切言っていない状態ですね。ある程度、上の役職者であることは伝えた方がいいんでしょうか?」

「そうですね。少なくとも、鍛冶師ギルドの役員となられた時は関係者には知られますし、店に出るのであれば、お教えされた方が宜しいかと」

「では、折を見て伝えれるようにしますね」

「……ソラさま。何か、ございましたか?」

「ええ。まあ、色々と」


 曖昧に笑ってそう答えると、ノルンさんは少し不思議そうに首を傾げられるが、色々あったものは色々あったとしか言いようがない。

 お姉さんとのことも、ナギのことも、口に出せるようなことでもないし。


「ああ。もしかしたら、数日程移動に制限がつくかもしれません。その時は、誰かしらつけますが、できる限り出歩かないでいただければ助かります」

「……畏まりました。私とイオンさんで、こちらに泊まり込んだ方がよろしいでしょうか?」

「場所的に恐らくは問題ないと思いますが、そうですね。念のため、お願いできますか? 1エーク以内にその状況は解除されると思いますが、早まれば、その時はお伝えします」


 そういった状況に慣れているのか、それともギルドなどで教えられているのか。詳細な状況を聞いてこずに話が進むのは、俺もその信頼に応えられるようにするべきだろう。



「ソラさん、おはようございます」

「ああ、おはよう。イオン、このままもう少し勉強をするのと、錬金術を学ぶのと、どちらを優先させたい?」

「錬金術は、何ができるの?」

「卑金属を貴金属に変える、ということだったり、ポーションを作ったり、ゴーレムを作ったり、というものだな。

 ポーションを作る、というものが一番簡単だが、ポーションだけであれば錬金術師でなくても作れる。

 一番難しいのは、卑金属を貴金属に変える、ということだな」

「卑金属? 貴金属?」

「大雑把に言えば、何もせずに放置すると金属が腐るものが卑金属で、そうじゃないものが貴金属、だな」


 ある程度正確に言えば、空気中で電離しやすい、イオン化傾向の高い金属、なんだがそういっても理解し辛いだろう。


「それを、変えるの?」

「薬品や秘術を用いてな。あるいは、全ての金属を黄金に変える、という賢者の石を用いるか、だが金を作るよりもコストが高いから、その手段は取らない方がいいな」


 そもそも、俺の作れる賢者の石はそんなものではないし。


「難しい」

「そうだな。だから、まずするとしたらポーションの精製だな」

「ソラさまはそのポーションを作り、この町で有名になられました。既存のものとは違うのは、イオンさんも飲まれたからお分かりかと思います」

「うん。美味しかった」

「あれは単なる既存のポーションで、錬金術のものとは違うんですが、取り扱いがしやすいので、最初作るには、いいかもしれないですね」


 何せ、草と果物を煮込むというお手軽なものだ。効果ポーションの場合、少し手間暇が増えるが、大きくは作成の手順自体は変わらない。


「ノルンさんもやってみますか?」

「私も、よろしいのでしょうか?」


 少し嬉しそうなノルンさんに頷く。やはり、何もしていないと手持ち無沙汰になるんだろうか?


「なら、錬金術を、やってみたい、です」

「それなら、この部屋じゃなくて、場所を移動するか」


 すぐ近くにある調合室に移動すると、前日用意した道具を広げていく。


「スリコギにすり鉢、絞り機に鍋にフラスコ、ビーカーにガラスの混ぜ棒、あとかき混ぜるための木べらだな。ガラスや道具については、壊していいから怪我だけはしないようにな」

「壊したら、弁償?」

「壊すことも含めて学ぶことだから、弁償は必要ない。怪我も、治るからそこまで気にする必要はないが、しないことに越したことはないからな」


 鍛冶師は鎚を使い、火を使い、刃物を取り扱うため、怪我は日常茶飯事だ。それに比べ、錬金術師は怪我をしなくても上達することはできる。ただ、怪我をして初めて気付くこともあるため、それも無駄では決してない。


「ノルンさんもイオンも、慣れていないからこそ注意は必要だし、続けると最初のうちは変なところにチマメや豆ができるかもしれない。

 できれば、2人ともそうはなってほしくはないから、ケアも行うように」

「ソラさまは、鍛冶師でもありますが、怪我や豆などはないようですが」

「慣れ、ですかね。ただ、別に何か奇麗な手だとか、そういうわけでもないと思いますが」

「ソラさんの手、ぷにぷにしてる」


 イオンが楽しそうに俺の手をいじるが、くすぐったいからやめてほしい。


「イオン、遊んでないでまずは手洗いと、汚れないように上から作業着を羽織ってくれ。ノルンさんも、お願いします」


 2人と一緒に俺も手洗いと、用意しておいたエプロンを身に着け、薄手の手袋も渡す。俺はつける必要がないのでつけないが。


「まずは手本を見せるので、手順を覚えるように。一応、手順書も作っておいたので、こちらも参照で」


 手順をイラストと文字で記載したものを2人に渡し、まずはリーンの草をすりつぶし、若干多めの果汁で煮る。

 以前作った特製ポーション(黄)は水で煮た上で果汁を入れて煮詰めていたが、今回のものは色々と異なるものを作っている。


「……お料理?」

「手順的にはそう違わないな。果汁でなく水なら従来のポーションとそう大きくは違わないさ」


 イオンの訝しげに俺を見る表情が、最初にお姉さんが俺に向けてきた目にそっくりで少し笑ってしまう。

 ポーション用の瓶の準備はしていないので、漏斗を使ってろ過したポーションはコップに注いでおく。


 特製ポーション(クリーム)

 HPを140回復する。 重量2。

 一定時間、毒耐性付与(大)


 久しぶりの新作ポーションだが、色味が何だろう。某乳酸菌飲料のようなもので、所見ではトロミもあり、飲み辛そうに見える、気がする。

 飲んでみると、味も風味もほぼそれで、何故こんな仕上がりになったかは、不明すぎる。

 乳酸菌や乳成分なんて一切使っていないのに。


「こちらは、初めて飲みますが、サンパーニャでお取り扱いされていたんでしょうか」

「……いえ、新作、ですね。一定時間対毒性能がありますので、結果として効果ポーション扱い。となりますね」


 何でノリで効果ポーションができたかは分からないが、そういうこともあるんだろう。


「ソラさま、今の所に錬金術の要素があった、ということでしょうか?」

「一応、全ての工程に魔力を流しました」

「魔力がないと、錬金術は使えないのでしょうか?」

「なくても一般的な錬金術というものは利用可能ですよ。ただ、ある方ができる作業は増えますが。

 一度、魔力があるかどうか確認してみますか?」


 ノルンさんの目が輝く。魔術に憧れがあるんだろうか?


「それは、どのようにして確認できるのでしょうか? 学園には、測定するための部屋があるらしいと伺っていますが」


 つまり、以前マイアに連れていかれた部屋か。……あいつめ、やはり諸々を照会するつもりだったんだな。


「自分の中にある魔力を認識するだけであればそういった施設は必要ないですよ。お手を拝借しても?」


 両手を軽く差し出し、ノルンさんの反応を待つ。


「え、ええ。これでよろしいでしょうか?」


 おずおずと俺の手を握ると、照れたように顔を少し赤く染める。


「はい。ゆっくりと動かしますが、気持ち悪くなったら教えてくださいね?」


 魔力を持つ、という人は決して少なくない。魔術職人は必ず持っているし、魔術師の素質を持っているが、魔具を持っていない、持てないという潜在的な魔術師も多いらしい。

 魔具を作るために、うまく魔力を循環できるかどうかを確かめる魔術品がある。ハッフル氏の魔具を作るときに作ったその魔術品がどうやって魔力を全身に流すか、というものを魔術品の補助を使わずに自分だけでできるようになったので、物体の中の魔力を循環させることも可能になった。

 ただ、魔力量が分からないので俺の魔力を少量だけを移動させてみる。イメージとしては、血管に俺の魔力を乗せ、ゆっくりと全身を循環させるといったものだ。


「少し、全身がぽかぽかしてきています。これが、魔力なのでしょうか?」

「ええ。どうですか? 気持ち悪いとかはありませんか?」

「はい。……ソラさまは魔力を使われますと目が金色になりますが、私に何か変わりはありますか?」

「特に、変わっているところは確認できませんね。後は、この状況を自分で制御できれば魔術職人にも成れますね。

 SPポーションを飲んで、少し休憩してください。その間に何かあったら教えてくださいね?」


 手を放し、ノルンさんをソファに座らせる。SP回復ポーションは雫花を使ったもので、特製ポーション【赤】だ。

 これはどちらかといえば、同じ魔術職人などに人気があり、露店では途中でそこそこ置くようにはなったが、SP回復というよりも疲労回復の効果があるらしく、夕方帰りがけに売れやすいポーション、らしい。


「イオンは、どうする?」

「……手をつなぐのは、少し恥ずかしい、です。他に、方法は?」

「俺が動かす場合は、ある程度の接触が必要になるな。あの装備が動いていた以上、ある程度は魔力はあるはずだし、錬金術師としての先達の力を見せておくか。

 術式開始。『練成陣』展開。様式:装具、作成―――開始」


 適当に室内にあった鉄を使い、印終法陣の基本である練成陣を起動させ、シンプルな細身のバングルにする。


「これをつけて、魔素循環、と言えば周囲の魔力を取り込んで、自分のマナと合わせることができる。それは自分が取り込める以上の魔力は扱えないし、全身を血の流れで循環させるから、負担も少ない。

 自分以外の力を取り込むから、気持ち悪くなりやすい、らしいが」

「らしい? ですか?」

「俺はどれだけ魔力を取り込んでも気持ち悪くならないし、そもそもこういった道具を使わなくても自分の中の魔力を確認できるからな」


 ゲーム中にはない要素だったし、今も魔力を感じることができるのは不思議だが違和感もないからわからないとしかいいようがない。


「……やっぱり、ちょっと恥ずかしいけど、ソラさん、手、つないで」


 真っ赤に顔を染め、おずおずと手を伸ばしてくるイオンの前に手を差し出し、イオンのタイミングを待つ。

 そっと触れたかと思えば離れる、というのを何度か繰り返した後、思い切ってぎゅっと俺の手をつかんだ。


「怖いなら目を閉じていてもいい。ただ、大きく、ゆっくりと呼吸をして、自分の鼓動を認識するといい」


 ノルンさんと違うのは、ノルンさんが自然体で居たが、イオンは緊張しすぎているから、だ。

 緊張すると血流は悪くなり、魔力の流れも悪くなる。魔力が一部で自然と流れ辛くなる状況は負荷がかかりやすくなるため、できる限り優しく、そう伝える。


「……は、い。大丈夫、です」


 美少女が全身を赤く染め、俯いているのは少し心が何というか、乱れそうになるが、お姉さんやマイアをはじめとして、俺の周囲には異常なくらいに美少女が多い。ノルンさんは、美少女と美女の間で、手をつないだ時に正直、照れはしたがバレ、なかっただろう。多分。

 ……こういった状況が周囲の野郎連中に知られたら俺は刺されそうな気がする。



「もっと、気を落ち着けて。ゆっくり、息を吐いて。もう少しだけ、ゆっくり。……ああ。そのまま、ゆっくり」


 呼吸が落ち着いたところで、静かに、ゆっくりとほんの僅かだけ魔力を動かす。んだが、どうも速さが思ったよりも早く、魔力も多い。許容量ではあるだろうけれど、効率がいいというか燃費がいいというか。

 うっすらと、かなりぼんやりとではあるが魔力が全身を包むように発光する。……それはいいんだが、それに同調というか、呼応するように俺も光るのはどうしてだろうか?

 イオンの魔力が循環する際に手を通して俺に、俺の両手を通してイオンに魔力が移動し、それが周囲のマナを取り込み、発光しているようなんだが。


「ソラさま? 大丈夫、でしょうか?」

「ええ。俺は大丈夫です。イオンは、安定しているようですが、循環はこれくらいにしておきますか」


 少しずつ循環する魔力の動きを緩め、止める。すると、イオンの発光は収まったようだ。


「ソラ、さん……? 何だか、奇麗」


 うっすらと目を開けたイオンは夢心地なのか、ぼんやりとした笑みを浮かべる。


「……これはこれで、魔力酔い、か? 少し、横になるか?」

「大丈夫、でも、ちょっと喉、乾いた」


 特製ポーション【桃】を渡し、飲ませる。桃の方が回復力が高いが、恐らくノルンさんよりもイオンの方が魔力も多いようだから、こちらの方がいいだろう。


「私にも錬金術は習得できますでしょうか?」

「魔力はありましたから、きっと大丈夫ですよ。ノルンさんには他にしていただくことがあるので、習得は必須ではありませんが」

「はい。ただ、どういったことをするのか、疲労度はどれくらいかが分かった方が仕事の取り組み方も異なりますから。

 これでも、鎚も触ったことがあるんですよ?」


 少し得意げに笑うノルンさんは可愛らしいが、少し意外でもある。秘書のする仕事、というイメージではないし。


「では、イオンもポーションを飲んだことですし、基本となるポーションを作っていただきますか。やけどと火事だけ気を付けてもらえれば、失敗しても構いませんから」


 通常のポーションと効果ポーションの作成時の違いは魔力を籠めるかどうか、が一番大きな違いだ。

 そういう意味では効果ポーションがあったうえで、魔力を持たない場合は通常のポーションになる、とも言えなくはないが魔術職人が作っても、特製ポーションの効果は安定しており、効果ポーションとはならない。

 今回も、使う素材の種類、量、加えるタイミングなどを書いているから同じような仕上がりになるだろう。



 使った機材を洗浄し、片づけた後は商業ギルドに向かう。……若干、イオンの気持ちが沈んでいる気がしなくはないが、仕方ないだろう。

 ノルンさんは器用に作成し、若干まだ甘い部分はあるが初めてと考えると上出来な仕上がりになったのに対し、イオンは、ひとまず怪我をしなかったことが及第点、だと言っておこう。

 魔力が多いようだから、もしかしたら他の方法で錬金術を使った方が本人に合っているかもしれないし。


「あ、鍛冶師くん。こんにちは。待ってたよ」

「時間はまだだと思ってたが、悪い。遅くなったみたいだな」

「待ってた、とは言ってもちょっと早めに出れただけなんだけどね。それで、昨日言ってた服は持ってきてくれた?」

「ああ。これと、これだな。しばらく着る機会もないだろうから、置いておくから自由に手に取ってくれ」


 持ってくるよう依頼されていた衣類をことねに渡し、対面に座る。両隣にノルンさんとイオンが座り、若干落ち着かないが。


「やっぱり美少女が3人並んで座ると圧巻というか、眼福ものだわ」

「……何おっさん臭いこと言ってんだ? あと、美少女と呼べるのは2人だけだろ? お前を含めてのカウントか?」


 世迷言をほざくことねは放っておいて、部屋に寄ったついでに回収した書類を広げる。


「……中身は紳士な幼女ってどこに需要があるのかしらん? あたしには辛辣だけど」

「信頼の差だと気付け。……まあ、それはともかく。今日はお前の立てたスケジュールの確認と調整をまず行う、という認識でいいのか?」

「信頼の差って、イオンちゃんよりはあたしと鍛冶師くんの付き合い長いと思うんだけどさ。で、後半はその通りだよ。

 鍛冶師くんの方が物作りは分かるでしょ? あ、これが指摘(ツッコミどころ)ね。

 なるほど、なるほど。やっぱり会場とか人の確保は早めに多めに、ね。人の確保は、少なかったらマネキンとかで代用しようと思ったんだけど、やっぱり実際の人の方がイメージしやすいだろうし、付けた後の感想とかもあるからそっちの方がいいよね。

 でも、会場の確保って選定とかが難しいって商業ギルドの方では言われたんだけど、鍛冶師の方だったら候補はあるってこと?」

「会場については、いくつかギルドで確保している建物があるし、しばらくの間だけということであれば、広場とかに臨時の会場を作ってもいいんじゃないか? 部門によっては、屋内よりも屋外の方がいいだろ? 広い庭がある建物もいくつかあるから、そっちでもいいだろうし」

「あー。そうだよね。帽子とか、外套だと外じゃないとあまり実用性はないだろうし、逆に部屋着だと外では着ないだろうしね。

 それに、冒険者向けの野営道具とかは、今回は公募しない方がいいの?」

「この町の冒険者は基本的にこの町を拠点としてるからな。そういう意味では、あまり手広くしても混乱しかねないし、誰がそれを審査するんだ?」

「そういうのがあれば、あたしも使えるから便利かなって。仕方ない。必要なものは鍛冶師くんに作ってもらうとして、この休みはあたしの休みで、全体的には動く場合もあるけど、鍛冶師くんは休みたい日とかあるのかな?」

「俺はこれで」

「ソラさまに関しましては、別のお仕事も進行中ですから、週に2回はお休みがあった方が宜しいかと思います。

 ギルドの職員か、私が詰めて進行が止まらないよう努めますので、ご配慮ください」


 問題ない、と言おうとしたところノルンさんにもっと休ませろ、と言われてしまった。30日くらい問題ないんだが。


「そうだよね。じゃあ、鍛冶師くんの休みは追加でここと、ここと、ここ、かな? ……ちょっと申し訳ないんだけど、最終週だけは多分色々忙しくなると思うから、このままで、いい?」

「俺は構わないよ。それよりも、その後の審査については俺は関わらなくてもいいのか?」

「関わらない、というか鍛冶師の方のコンペ合同でするから、そっちで審査するんじゃないの? 手伝ってくれるならあたしも助かるんだけど」


 そっちは、どうなっているんだろうか。ただ、そっちも場合によっては何かしら動員されることを考えておくべき、なんだろうか。


「いざとなったら、どっちもするさ。審査は表立ってしなくても平気だろ? むしろ、こっちの審査は誰が行うんだ?」

「あたしの他に、商業ギルドから何人か紹介してもらう予定だよ。服飾の人とか、使う側の人とかさ。今回のテーマはあくまでも平民のためのものだから、貴族とかは考えてないんだけどね。

 あとは、できれば来た人にも投票してもらえると嬉しいよね」

「その方がいいだろうな。貴族に囲い込みをされても面倒だし、本来の意義を失いかねないからな」

「そうなんだよね。あたしの世界でも、大企業が中小を吸収したり、個人からノウハウだけもらって後はさようなら、みたいなことも少なくなかったみたいだし。……どこも世知辛いね」


 やれやれとため息を吐くのはいいが、ノルンさんもイオンもよくわかってないらしく首をかしげている。この町に数百名、数千名規模の会社なんてないから想像もし辛いんだろうけれど。


「それで、サンプル画はどういったものを描けばいいんだ? 元々の計画だと、明後日には発表したいんだろ?

 商業ギルドにも選出させるなら、今日中に作る必要があるんじゃないのか?」

「あ、うん。そうなんだよね。元々は、そこまで力を入れて書いてもらわなくてもラフ画位でいいかなって思ってたんだけど、鍛冶師くんの画力が思った以上だったから、色々描いてほしいんだけど、大丈夫かな」

「そのために呼ばれたんだろ? サンプル画の方向性でコンペに出てくるものも決まるだろうから、複数描くぞ?」

「わ、それ助かる! じゃあじゃあ、まずはね!」



 ハイテンションなことねに請われるまま、どうやって用意したかは不明だがスケッチブックのようなものを渡され、デザインを描いていく。

 実写に近いようなものや、デザイン性の高いもの、デフォルメの強いもの、全身や上半身のみ、アクセをつけている腕のみ、帽子や小物のみ、と何カットかはやり直しは要求されたものの、ことねのつける条件が細かいところにまで及んだため、俺でもパレットを展開する必要もなく、描き進めることができた。


「……才能ある人って、何やらせてもできるんだね。あたし、高校の選択科目では、美術選択してたのに全然なんだけど」

「細かなところまで指定できるのは、全体がちゃんとイメージできてるからだろ? 俺はそれ通りに描いただけだよ」


 ちなみに、俺の選択は音楽だった。選択、というか幼馴染に気付いたら決めさせられていた、が正しいんだが。


「それを描けるのが凄いっていってるんだけど。じゃあ、これを基に大きなポスターを作って、何か所に貼りたいんだけど、そういう場所あるかな?」

「貼る、といいますと告知のために掲載するということでしょうか?

 ……そういったことを行ったことはないのですが、コトネさまの世界ではそういったことが一般的だったのでしょうか?」

「うん。デジタルサイネージだったけど、昔は色々なお知らせを張り出すところが町のいろんな場所にあったらしくてね。

 その時はスライドできる鍵付きのガラス板が前にあって、濡れたり風に飛ばされないようにしてたみたいなんだけど、識字率、そんなに高くないんだっけ?」

「平民、ということであればこの町では4割程度でしょうか。私のようなギルドで事務を行うのであれば必須ですから、読めるようにはなっていますが、それ以外の方ではなかなか。数字は分かるようですが、読み書きは難しいようですね」

「じゃあ、まずは日程と、分かりやすいように人が着飾ってるようなものがいいかな。フォント、はいいとして文字配置とか大きさとか考慮しておけば大丈夫かな。

 ポスターの作り方については、商業ギルドに相談するとして、やっぱり掲示板は置いておきたいから、町の偉い人とかに相談しないとね。鍛冶師くん、伝手、あるよね?」

「……王族と、町長と学院の学院長、それに2人ほど勇者に伝手はあるな」

「わお。どう考えても鍛冶師くんってこの町の重役だよね。じゃあ、マイア姫さまと町長に話通してくれないかな?」

「数字と絵で広く告知ができるもの、であれば平民に対しても効力はありそうだな。……なあ、明後日までに設置しろ、とは言わないよな?」

「あ。……できれば嬉しいな☆」


 可愛く言ったところで、むしろイラっとするのは俺だけだろうか。


「一応、話はしてやるが、期待はするな」

「さっすが鍛冶師くんだね! 期待してるゾ!」

「……ポスターの表紙は、お前の学生服姿でいいな?」

「ごめんなさい、調子に乗りました。本当に死んでしまいますので、ヤメテクダサイ」


 恥を晒したくないらしく、直立し、90度の角度で頭を下げる姿は必死過ぎる。


「次はない」

「いえす、まむ」


 反省しきっていないであろうそれにため息を吐く。

 まむ、に対してのツッコミもしない。この世界にはない概念っぽいから、変に突っ込んで藪蛇にはなりたくない。


「イオン。これ見ておいてくれ」

「いいの?」

「ああ。何か思ったことがあれば教えてくれ」


 仕上げた中でボツのものも含め、イオンに渡す。今日これから使うものでもないし問題ないだろう。


「それで、ボス。そろそろ体勢戻していいかな?」

「ボスではないが、他に今日決めることはあるのか? なかったら俺はマイアの所行くぞ?」

「うん。この2人には残ってもらってもいいかな? 女の子同士で聞いておきたいことがあるからさ」

「ああ。構わない。……と、そうだ。明日以降、人を増やして問題ないか?

 職員で、基本的には男女1名ずつ、それに加えて1名か2名参加する。参加する、というか庶務をこなしたり調整をしたり、手の届かないところのサポート要員、となるんだろうが」

「明日からってことは、商業ギルドとの話し合いにも参加するのかな? あたしは構わないけど」

「こっちは人と物資を出すんだから、向こうにも諸々出してもらわないとな。利益になる状態で出し渋ることはないだろうが、それでも出さなくて済むものは出したくないのが商人だから、落としどころは模索しておかないとな。

 といっても、こちらの事情を大きく出すのも問題なので、ノルンさんとイオンは、とりあえず待機、ということで」

「はい。畏まりました。少なくとも、初回は伺わない方が宜しいでしょう。そのあとは、状況をご判断ください」

「あ、それならあたしも鍛冶師くんもある程度ちゃんとした格好しないとね。何がいいかな……?」


 ノルンさんに了承を得ると、ひとまず現段階で決めれそうなことは決めたので、マイアの所に行くことにした。

 ……騎士から、アンジェの所で勉強会をしていると言われたため、手土産を持参しつつ、だが。



「勉強、進んでるか?」

「あれ、ソラじゃん。どうしたの? 勉強は、詰め込まれてるけど」

「何だか久しぶりだね。どうしたんだい?」


 ラーレさんに案内されたのは、アンジェの部屋ではなくダイニングらしく、野菜やら何かしらの道具などが無造作に置かれた部屋だ。

 おそらく、この人数で勉強ができるのがこの部屋のみなんだろう。


「ちょっと、マイアに用があってな。借りるから、休憩しとけ」

「私は貸出品か何かか? まあいい。休憩はいいが、外には出るなよ」


 適当に軽食を詰めておいた箱をテーブルの上においてやると、それこそ待てのできない犬のように群がっていく幼馴染4人は、ちょっと近寄りがたかったので、マイアを連れて部屋を出る。


「それで、どういった用だ? どこか、声が届かないような場所の方がいいだろうか?」

「特に機密にしなきゃいけないことじゃないから平気だよ。ちょっと、ことねから確認してほしいと言われてな。

 時間もあまりなかったから、不作法だが直接来させてもらった」

「お主が不作法なのは、今に始まったことではないだろう? それで、どういったことだ?」

「ああ。今回、ことねと合同でコンペをすることは知ってるよな? それが平民を対象にしているから、広くそれを告知するために町の何か所かに掲示板を設置したいらしいんだが、それの可否を知りたくてな」

「けいじばん、というのはどういったものだ?」

「簡単に言えば、大きめの板に告知事項を記載した用紙を貼って雨風を防げるようにするものだな。

 その用紙には、今回は数字と絵である程度内容を知らせるようにして、文字が読める相手向けに文章も記載する。

 文字は読めなくても、必要なことが分かれば人目には付きやすいだろ?」

「それで雨風が防げれば、長い期間そのままでもいいかもしれないが、その用紙を持っていかれては意味がないんじゃないのか?

 あと、風はともかく、雨はどうやって防ぐんだ?」

「正面がガラス板の箱状のものにして、ガラスをスライドするようにして鍵をかけておけばガラスを破らない限り取られることはないだろ?

 で、その設置を町名義でしたら、通知事項の内容にもよるが、面倒を起こしてまでそうやるような相手は減るだろ?」

「そうだな。緊急の知らせや、町からも通達事項があるのであれば、伝令も早く済むし、わざわざ一軒一軒訪ねなくても済むということか。

 掲載する内容は、事前に確認する必要があるだろうが、貼る場所を決めて、期限や大きさを区切ってしまえば、問題も少なさそうだな。

 私は構わないが、町の意向は、すまないがお主が直接説明してくれないか? 私では分からないことは答えられないし、コトネを町長に合わせるわけにもいかないからな。

 町長への面会は、すぐに手配を行うから、それまでお主もあやつらの勉強を手伝ってやれ」

「いや、俺はあいつらの勉強の内容は知らないんだが。……わかったよ。俺が分かる範囲でな」


 戻ってみると、人数分入れていたはずの甘味をアンジェとソフィアが奪い合っていたことに色々と萎えるが、自分用に取っていたものをマイアとソフィアに渡すと、お茶だけもらい教科書を流し見する。

 アンジェが恨めしそうに俺を見ているが、包みの状況を見る限り、数量はアンジェの方が多く食べていたようだからだ。


「そういえばー、ソラくん、ミランダお姉さんと出掛けてたって、お母さんから聞いたけど本当ー?」

「あ゛? そりゃ、俺だってお姉さんと町に出ることくらいあるぞ?」

「……それなら何でそんなどこから出したかわからないような低い声出すんだよ。師匠が怒ったとき並みに怖いぞ?」

「トール。今のセリフはそのままハッフル氏に告げ口してやる。で、何か問題があるのか?」

「う、ううん? えっと、ソラくんが、普段と違うお洒落な服着てたって言ってたから、どうしたのかなって」

「撒き餌みたいなもんだ。余計なもんしか釣れなかったけどな」


 その言葉にマイアが反応するが、軽く首を横に振り否定する。少し不思議そうに見てくるが、俺に危害がなかったのを察したのか、この場では追求しないようにしたようだ。


「それに、前にも言ったが俺も上級職人だからな。たまには別の格好もしろと注意されたから、気分転換でもあるさ」

「上級職人って、他の人とどう違うの?」

「この町の工房主の8割以上、9割近くが一般職人で、俺以外の上級職人は弟子が平均して10人以上いる。独立して、店を持っている弟子がな。

 それに、前にも言った自治権だな。その場で裁く権限、まではないが正当防衛も認められているし、発言は一定の効力も持つ。

 貴族が多いこの町で、理不尽をある程度回避できる、といった方が分かりやすいか?」


 あくまでもある程度、で全てのものを回避できるわけではないが。目の前にいるこいつとかはその一例とも言えるだろう。


「それって、例えばボクとソラが喧嘩したらどうなるの?」

「こやつの性格を考えると何もならんが、こやつ以外であれば原因はどういったものであっても、アンジェ、お前が負けて家ごと潰されるな」

「え、姫さま、だって、喧嘩だよ? ボク、体力とか腕力でソラに負ける気がしないんだけど」

「一時的に何とか出来ても、一時的でしかない。上に訴えられたら、どんな証拠があっても握りつぶすこともできるし、私の耳にさえ入らなければ、それが覆ることもないだろう」


 マイアの言葉に4人がドン引きする。……俺も、正直引いてはいるが。


「え、それじゃあ、ソラが貴族みたいなんだけど」

「こやつ、だけでいえば貴族そのものではないが、持っていると周囲が認識している権限は下級貴族にも等しい。

 こやつと揉めて、何事もなく生きているのであれば、それはこやつが相当に根回しをしているだけだろう」

「俺を恐怖の対象として話すのはヤメロ。喧嘩をしたとしても、アンジェと口喧嘩以上するつもりはないし、必要もない。

 何かあっても、理由はあるだろうし、よほどのことでもない限り、誰かを処罰するつもりはないさ」

「……私に何かあっても、か?」

「そういう、思い切りよほどのことを言うのも止めろよ。テロ騒ぎの時、すぐにお前の所に行ったし、大人しく言うことは聞いてただろ?」

「……こういう場で、そういうことを言えるのはお主の強さなんだろうが、もう少し言葉を選んで発言しろ」


 珍しくマイアの頬の血色がよくなっているが、照れる要素があったんだろうか。


「……結局姫さまに惚気られただけな気がする。もう! ここわかんないから教えて!」


 切れられながら教えを請われるのはどういう状況だろうか。


「計算か。こことここを先に計算して、出た数字をこっちになるように計算したらいいだけだろ?

 解き方はともかく、答えまでは教えないからな?」


 計算式を見る限り二次方程式に当てはめた方が簡単だが、教科書にその方程式が見つからなかったため、混乱を防ぐために教科書通りの内容で教えてみた。


「あ、そっか! うん、ありがとう!」

「アンジェがちゃんと解こうとしてる……。ソラ、こっち分かるか?」

「いや、これ歴史だろ? ……歴史か? まあいい。こういうのは、覚え方があるんだよ。例えば即位の年代とかであれば、頭の数字と文字を合わせたり、頭の文字で文章作ったりな。

 ただ、こういった絵からの場合は、全体を見るよりも服装で何の時代だったの当たりをつけたり、当てはまるものが複数ある場合、特徴的な建物だったり言葉がないか見つけて、そこから推察する方法もあるな」


 絵を見て、何の時代の何の出来事の時に使われたどの精霊の魔術か、なんて知るか、と言いたいところだがこういった絵は当たりをつけやすいからまだ楽な方だろう。


「……言ってることの意味が分からない。でも、特徴的なものを覚えるなら、何とかなりそうだな……」


 トールは落ち込んだ様子で仕方なく、といった様子で絵を熱心に観察し始めている。……右上に答えとなるものが描かれているんだが、気付かないとずっとそのままだろう。


「ねえ、このライアッタ・フォン・ソレイユって人が何した人か知ってるー?」

「……お前な。自分の大師匠のことくらい知っとけよな。精霊に依存しない魔術を使う、『魔法遣い』を自称する貴族だろ?

 ハッフル氏に聞いた方が早いぞ」

「師匠の師匠、ってことか? ……初めて聞いた」


 というか、ソフィアが呼んでいるのは明らかに教科書ではなく、新聞の切り抜きのようなものなんだが。とはいっても、新聞は図書館にも置いてないから、恐らく一般流通しているものはなく、これも何かの参考書や何かの一部なんだろうか?


「ソレイユのことは、私も一度王宮で顔を合わせたくらいだが、『降誕の聖女』は彼の者の弟子だったのか?」

「おそらくな。俺も状況証拠だけで、本人にそうか問いただしたこともない。聞かされてない、というのであればハッフル氏も言う必要がないと思ってるんだろうが」


 ハッフル氏の秘密を知る者はきっと多くなく、その秘密を暴かれることもよしとは決してしないだろうし。


「それにしても、お主の知識量は驚くほど多いな。これで教育はほとんど受けていないんだろう?」

「まあ、ほとんど独学みたいなもんだな。教科書の内容位なら、さっき覚えたし」


 覚えた、というか教科書の内容がどういった範囲か程度のことを理解しただけで、全部を覚えきったわけでは決してないが。

 パラパラと捲った位の速度なら、今の俺なら細かいところまで目で追え、内容を把握できる、という恐ろしい事実は伏せておく。



 騎士から町長との面会が可能だと言われ、マイアも付き合う、と俺に連れ立ってアンジェの店を後にする。

 ついたのは、学術区にある町長の家らしい。一応、この町にも役場というものはあるようだが、今日は町長の仕事が休みで、明日以降は忙しいから、と今日機会が設けられたらしい。


「殿下、それとソラ殿。狭い家で恐縮ではございますが、本日はよくお越し下さいました。

 それで、本日はどのようなご用事でしょうか?」

「こやつから、話があってな。面識はあったが、内容が内容だからな、私も同席することにした」

「三田村 ことね。オウラ・シュヌーケルス殿下が庇護されている勇者から、町に掲示板、という告知をするための設置物の許可を求められています。

 概要や、目的などはこちらにまとめています」


 アンジェから用紙をもらい、書きまとめた企画書とでも言えばいいんだろうか。どういった形状のものを、どこに置くか、というのを町のある程度の地図を描き、設置箇所を書いたものを渡す。


「これまでも評価会などを行ってきましたが、その時はこのような通達は行ってはいなかった、と記憶しておりますが。

 こちらの設置は、どのような意図を持ってのことでしょうか?」

「今回のコンペは発表後の品評内容を公開し、一部の審査員だけで決めるのではなく、投票を来訪者に対しても行わせることにより、より評価を厳正にしたい、ということのようです。

 そのため、まずはそういった趣旨の品評会を行うことを告知し、場所が決まり次第追加で告知を行うために告知場所を設けたい、ということのようですね」

「なるほど。そうなると、貴族街に設置しない理由もわかります。また、絵や数字を大きくするために、けいじばんの大きさを確保する必要があり、盗まれないよう町の所有物であること。貼りだすものは許可を得たもののみにする、ということ。

 そうなると、どこが許可を出すのか、保全はどうするのか、作成はどうするのか、といったことを検討する必要がありますか。

 明日以降、決議を出すようにしますが、よろしいでしょうか」

「コトネは何と言っていた?」

「明後日、ポスターを貼り出したいと。設置許可さえいただければ、掲示板の作成とポスターの作製は鍛冶師ギルドで最短で実施可能です。掲示板自体は本日中に制作し、ポスターは原案はやはり本日中に、詳細な詰めは明日商業ギルドと鍛冶師ギルド、あと他にもコンペに関わる人間で決めて、明後日には用意できるかと」

「それを、ソラ殿が作成される、という認識で問題ないでしょうか?」

「その後の保全や新しく作成するものに関しては、鍛冶師ギルドなどで請け負うかと思いますが、時間がありませんから俺が作ることになるでしょうね」

「こやつであれば、このくらいのものは大した時間もかからず作れるだろう。許可が下りることを前提として動いて構わないか?」

「姫君に恥をかかせるわけにもいきますまい。これから関係部署を回り、事前に話は回しておきます。

 ただ、大通りや職人街は問題ないかと思いますが、住宅街はすぐに設置は難しいかと存じます。そこに関してはご容赦いただけますでしょうか」

「見知らぬ設置物を急に置け、というのも難しいだろうな。人伝もあれば広まる者も早いだろう。まずは設置する、告知するということを前提に考えてくれ」

「承知いたしました。殿下、では恐れ入りますが、調整のために動きますので、失礼してもよろしいでしょうか」

「その前に一つ。こやつだが、そのコンペ終了後しばらくすると、鍛冶師ギルドの役員に昇格させる。具体的な書面は後日届けさせるが、異論はないな?」

「錬金術師ギルドのギルド長代行であり、町に膨大な利益を寄与いただいている方でございますので、否はございません。

 それでは、秘書と使用人をつけますので、心ばかりのものではございますが、是非当家自慢の一品をお召し上がりください」


 夕方に近い時間だから、ということのようだ。

 少し急ぎ立ち去っていくのは申し訳ないが、黙って見送る。


「それで、実際にこれから作って今日中にどれくらい作れそうなのか?」

「掲示板だけなら、大通りと職人街の分は作れるな。仕様も細かく詰めておいたし、手直しや場所が増えても問題ない。

 加工するものは、鉄が少しくらいだからギルドにあるものだけで十分だし、後は鍵の管理をどうするか、位だとは思うけど、変に複数の場所で保管するよりも、役所で管理した方がいいだろうな」

「そうだな。ただ、お主の尋常ではない作成速度を当然のものとして組み込むのは、ほどほどにしておけよ?」

「わかってる。少なくとも人にはそれは求めないし、今回はあいつが自分の尺度で考えすぎてただけだ。これくらいでその埋め合わせができるなら、特に俺は問題だとは思ってはないよ」


 運ばれてきたお茶を飲みながら、あまり大きくはならない程度の声で話す。秘書も使用人も、プロでこの会話を記録はしないだろうが、あまり詳細は話せないし、具体的な人物名なども出さない。


「ああ、そうだな。まあ、少し時間はあるだろう?」


 少しだけ含むように言葉を乗せると、出されたお茶と軽食を摘まんでいく。急な来客であれば出せる最高級品、といったもので俺のような平民には過剰だが、王族には微妙に足りないであろう、というものをわざわざ出してきたんだろう。

 それが礼儀、なんだろうと考えると貴族というのは非常に面倒な存在だ。



「それで、これから戻るのか?」

「もう暗くなり始めてるからな。さっさと作ってしまいたいし、明日もあるからな」


 町長の家を出て、何となくマイアを屋敷まで送ると、戻ろうとしたところを引き留められる。


「最近、忙しすぎないか? 下手したら、私よりも忙しいだろう?」

「お前がどれだけ忙しいかはわからないが、可能性は否定できないな。コンペの期間中は連休もあるし、一時の忙しさだけ終わったらむしろ自由にできる時間は多い、といいと思ってるんだが」

「……もう少し働きに報いれるようにはする。何か必要なものがあれば、言ってくれ」


 相変わらず俺の頬を撫でながら言ってくるのはむしろこいつの方がストレスが溜まっているんじゃないだろうか?


「……いつもより、匂いが甘いな。疲れているなら、ゆっくり休むんだぞ?」

「つーか、嗅ぐな。しばらく長期間外に出る予定もないだろうから、ゆっくりできる時はするさ」

「なら、時間があるときにうちに来てくれ。出来る限りのもてなしをするぞ」

「それで気が安らぐかはわからんが、言葉には甘えることにしよう」


 緊張するか、はわからないが折角の好意ではあるんだし、甘えることにしよう。


「楽しみにしている。……ミランダには負けられないしな」


 ここで何か言ったり聞いたりするという愚行は冒さない。曖昧に頷き、逃げ出しはしないよう平静を装い、その場を、離れられた、気はしなくはない。

 時間の短縮もあり、邸宅が見えなくなった瞬間、可能な限り早く移動したのは不可抗力、だろう。



 鍛冶師ギルドに戻り、寸法よりも大きい板を5枚、同じくらいの大きさの有孔ボードを同数、ワンバイフォー材、もとい適当に端材、鉄板、ガラス板、釘やネジ、ダボなどを用意してもらい、鉄を加工するために炉を稼働させる。

 既にギルドの営業時間も過ぎており、こんな時間から素材を用意してもらったり、炉を動かしたりして迷惑をかけているのも心苦しいんだが、それ以上に心配そうに受付やら事務室から何人か出てくるのは、少し居た堪れない。


「あれ、鍛冶師くん戻ってたんだ? これから作るの?」

「ああ。マイアと一緒に行って、ある程度の根回しもできたからな。設置場所は大通りと、職人街。住民街は許諾を得る必要があるし、今回は時間もないからあとで設置できそうならする、ということになりそうだ。

 実物を商業ギルドに明日運ぶわけにはいかないが、話し合いの時間がどれくらいになるかわからない以上、先行して作れるものは作っとかないとな」

「う、うん。そうだね。それは分かるんだけど、鍛冶師くん、どうやったらそんなことなるの?」


 ガラスをはめるための金属フレームとガラスの四隅を鋳造で作るため、土で鋳型を作り、溶かした鉄を流し込んでいくだけだが、とにかく時間がないため、スキルを使って高速で作り上げていく。


「見てわかるだろ? 溶かして、型に流しいれて、冷やして、外してるだけだ。後は、別室で作るから熱いならそっちで待っててもいいぞ?

 あと、ノルンさんとイオンは?」

「2人とも鍛冶師くんを待ってるよ? じゃあ、一緒にそっちで待ってるね?」

「ああ。ノルンさんに聞けば場所も分かるだろうから、そっちに行っておいてくれ」


 フレームに鍵の機構も取り付け、鍵も作っておく。鍵の種類は、ディンプルキーやシリンダー錠なんかも考えたが、あくまでも鍵を持っている人間以外開けてはいけない、ということを示すためにウォード錠を採用することにした。

 構造は簡単だが、いわゆるファンタジーゲームでもよく象徴的な錠前として出てくるようなもので、それらしさを演出するためだけに作った。

 ……まあ、同じ鍵の機構を複製できず、錠自体もいくつか盗難防止の仕組みは念のために組み込んではいるんだが。



 予備も含め、5セット作ったフレームを移動させていると、俺が運んでいることに落ち着かないのか、ギルドの職員が6名やってきて、全て持っていかれてしまった。

 むしろ、部屋に着くと職人が俺の作った図面を基に掲示板の作成を始めているんだが、暇なんだろうか?


「えーと。後は俺が」

「いえ、コンペで使うものですよね? これくらいのことであれば、俺たちでも十分作れますから、ソラさんは今日はもう休んでください。

 俺たちもできることは手伝いたいんですから。お願いします」


 半分以上はもうできており、ガラスのはめ込む方向や釘を打つ場所、ネジ止めする場所も詳しく書いているから、確かにできるんだろうけれど。


「子供がこんな時間まで1人で働くのを許容する方がつらいんだから、鍛冶師くんは甘えちゃえばいいんだよ。

 明日も午後からお仕事なんだし、甘えちゃえ甘えちゃえ」


 職人やイオンから生暖かい視線を向けられるが、確かに任せられるところは任せるのも、仕事のうちというべきなんだろうか。


「……では、申し訳ないんですが後はお願いします。出来上がりましたら、俺の倉庫に置いておいてもらえれば問題ありません。

 あまり遅くならないよう、気を付けてください」


 外に出ると、すっかり夜と更けており、3人とも送ろうとしたが、じゃあね! とことねは走り去ってしまったため、ノルンさんとイオンを送ることにした。


「明日は、どうしたら、いいです、か?」

「明日は、午前中は今日と同じでポーションの精製、午後は、そうだな。薬品が変に反応するのも危険だから、数字の勉強をしておいてもらえるか?」


 イオンは勉強があまり好きではないらしく、少し嫌そうな顔をする。


「勉強は面白いものでもないよな。……もう1人か2人くらい、同じ立場の人間が居ればいいんだが、探してはみるからもう少しだけ待っていてくれないか?」


 1人でする、ということも味気ないし、自分の立ち位置についても不安になるだろう。ただ、様々な秘匿事項を守れるような人物である方が好ましいだろうし、ただ適性があればいい、というわけでもない。

 そういった人物に心当たりがない以上、そう簡単に引き込むことができない、というのが現状だ。


「これから、頑張る、から大丈夫、です」


 傍目からでは少しわかり辛いが、イオンもやる気はあるらしい。それに甘えるのは正直どうかとは思うが、少しの間我慢してもらうしかないか。


「敬語も、徐々に慣れていってくださいね。言葉遣いは私も教えられますから」


 最初に比べてだいぶ話せるようにはなったと思うが、ですます調が不自然なのは、もう少し改善するべきか。


「ソラさん、わたし、頑張り、ます」

「頑張ってるのは分かってるよ。ポーションだって、一回で成功させなきゃいけない理由はないし、勉強だってやったことのないことをすぐにできるようなものでもない。自分の速度を保つことだって大切だし、無理をしてもいいことはないさ。期待はしているが、自分ができることから少しずつ、な?」


 こうやって慰める程度のことしかできないが、もう少し効率のいい方法があれば、いいんだろうか?

 急ぎ過ぎるのもよくはないだろうけれど、少しだけ考えてみるか。


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[一言] 今年もお年玉投稿ありがとうございます。 次話も期待しています!
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