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第49話。うつる日常。

「何か面白いことをしてると、思ったがそういうわけでもなさそうだな」

「面白い、ことではないですよ。あまり大事にはしたくないんですけど、見つかったなら、仕方ないですね」


 鍛冶師ギルドの一般や見習いでも使える半個室というか、面接だったりにも使うようなパーテーションだけで区切られたスペースで、リリオラたちに話を始める前に、おやっさんが乗り込んできた。……その後ろにリリアン嬢やギルド長までいるのは、見て見ぬふりをした方がいいんだろうか。


「リリアン、ギルド長の所までこいつらを案内してやってくれ。俺は、先にこいつに話を聞きたいからよ」

「せめて許可を取ったうえで、……リリアン、案内してやってくれ」


 ラージは仕方ないとしても、リリオラもミミンも俺よりもおやっさんにひどく緊張した様子なのは、俺はこいつらに嘗められているんだろうか?


「あ、あの……親方」

「ラージ、だったか。大事にしたくないっつうこいつの気持ちも考えてやれ。いいから、大人しく行ってろ」


 分かりやすく落ち込むラージには同情するが、あそこで止めきれなかったこいつの責任でもある。


「それで、すぐに済む話か?」

「そう、ですね。ある程度、時間はかかるかもしれません。といっても、あいつらの姿勢の、鍛冶師というものがどういったものか、ということをどう理解しているか、ということになるんでしょうけど」

「そうか。なら、まずは大筋だけまず俺に聞かせちゃくれないか? 厳罰が必要な話じゃ、ないんだろうがよ」


 そういうおやっさんに昨日の話をある程度すると、どんどんと表情が厳しいものになっていくのが分かる。


「日中、誰が聞いてるかもわかんねえような場所で、自分の所属している以外の上級職人の悪口、か。

 白風の丘に、バーギングス、それにうちで、あいつら前にもやらかしてやがるっつうのは、頭の痛い話だな」


「職人街の裏通りで、人通りもほとんどなかったので、俺もお姉さんの案内がなければ立ち寄ることもなかったんでしょうけど。

 ……せめて酒場か何かでやってくれりゃいいものを」


 飲酒による年齢制限はなく、夜遅くまで子供たちだけで派手に騒いでいたら流石に問題だが、エールをひっかける、位であれば見逃されることの方が多いらしい。

 酔ったうえでの愚痴であれば問題視されることもない、んだが。


「そうはいってもな。……俺も同席するし、クゥエンタの判断を仰ぐしかないな」


 思わずため息を吐くと、おやっさんから労われるように肩を叩かれる。悪いようにはしたくないが。



「つまり、日中世話になっている上級職人の愚痴を漏らしていた、と。それも、貴族から庇ってもらったばかりの相手から、と」


 改めて、ギルド長の前で話の大筋を伝えると、ばつの悪そうに3人とも頷く。


「で、でもそれくらいのことは、センパイたちもしてるっすよ?」

「ある程度は愚痴だっていうだろうよ。だが、直の弟子でもねえやつが、誰が聞いてるかもわかんねえような場所で、上級職人を貶めるようなことを、誰が言ってたんだ? ほれ、言ってみろ」

「それは、あの。……で、でもリリオラもその場で謝って……」

「謝るのは当然だな。だが、謝ってそれで終わりだとでも?」


 おやっさんやギルド長の追及の手は緩まない。俺が何か発言しようとすると、視線で制されるのは、うん。


「そもそも、何が悪かったのか、ちゃんと理解はしてるのか?」

「……上級職人を、コケにするような発言をしたからっすか?」

「そうだな。それで、どういったことになる?」

「え、どうなるって。……愚痴をこぼしただけで、何がどうなるんすか?」

「言ってしまえば、お前とこいつとは直接のかかわりはない。研修で面倒をみてる、なんぞ外から見たらわからんからな。

 で、それを聞いた相手はどう思う。つうか、こいつの顧客がどんな相手か知ってるか?」

「ソラさんの抱えてるお客さんに、その話が耳に入ったら、ソラさんが不利になる、ということでしょうか?」

「場合によっちゃあ、信頼自体なくなるな。職人とはいえ、こいつは直接客ともやりとりはするし、信頼のない鍛冶師に仕事を任せたいやつはいない。だから、こいつがいる工房にも迷惑は掛かるし、回りまわって客にも迷惑をかけちまう。そうなった時、お前らは責任を取れんのか?」


 工房の仕事、以上に街道整備なんかにも支障をきたす可能性もある。いざとなったら、全部誰かに丸投げしたらいいんだが。


「……そこで顔を輝かせんなよ。お前さんしかできねえ仕事は山ほどあんだろ?」

「このあたりで溜まってるツケをギルド長に清算してもらおう、とかしか思ってませんから、大丈夫ですよ?」

「貴殿の仕事を全てこちらに振られても、私では対処しきれない仕事の方が多い。そもそも、あの方が黙っておらんだろう?」

「……あいつが出てくると、それこそ大事になりかねないのでやめてください。

 俺としては、もう少しこいつらが殊勝な態度を心がけてくれればよかったんですが。……これ以上反省を表面だけされて、サンパーニャに迷惑をかけるくらいなら、きちんとした処罰を望みますよ」


 こいつら3人よりも圧倒的にお姉さんの方が大事だ。悩む必要も、一切ない。


「そう、上級職人に言われるとな。正式な申請であればもちろん退けることはできないし、その時は工房ごと処分が下される。

 俺もそこは覚悟の上だが、お前たちはどうなんだ?」


 リリオラやラージの顔色は白を通り越して青くなっている。ラージは自分の親方からの言葉だし、リリオラは自分の家だ。

 ミミンも顔色は悪いが、ここまでなると大人しく処分を受けるしかない、と思っているんだろう。


「じゃ、少しどうすべきか、お前たちで話し合え。場所は、2階の会議室を一室俺の権限で貸しておいてやる。……バカなことは考えないように、監視はつけるがな。

 ギルド長、ベディさん。いいですね?」


 それで了承を得ると、リリアン嬢と共に3人は退席する。顔色が悪いままだが、ちゃんと反省してくれるんだろうか?


「貴殿としては、珍しい判断だったな」

「さっき言ったように、サンパーニャに迷惑を掛けられるわけにはいきませんから。それさえ防げれば、気にしてはいないんですが」

「お前さん、虫の居所でも悪いのか?」

「ええ。一般職人に、こいつだのお前さん、だの言われていい気分はしない、でしょう?」


 それこそ普段は気にしないが、こういった場面でそういわれるのは勘弁してほしい所だ。いくら色々世話になっている、としても。


「……そうだな。俺も、迂闊だった。すまん」

「それこそ、こういう状況でなければ構いませんよ。ただ、若手が増長するのは、そういった所にも原因がありますし、咎めなかったギルド長の責任、でもありますよ?」


 ここぞというばかりにギルド長を責めておく。どちらも正論だからこそ何も言い返せないだろう。


「ついでに言えば、ギルド長には言っていましたが、俺がサンパーニャにいれたのは、昨日まででした。

 それで、お姉さんに街中を案内してもらっていたんですが。……これも、貸しということで」


 返してもらうのは俺にではなく、サンパーニャに。ひいてはお姉さんに、だが。


「確かに、気分を害しても仕方ないな。貴殿が、いや下世話な詮索を何度もすべきではないか」


 ……そっと視線を逸らしたくなるのを全力で阻止する。かつ、顔が熱を持ちそうになるのも『冷静沈着に(Be cool)』で阻止する。


「ともかく、あいつらの結論がすぐに出るとも限らないでしょうから、俺はことねを迎えに行ってきます。

 多少でも改善するのであれば、厳罰は望みませんし、俺が面倒を見るということもそのままで構わないんですが、今までのやり方はあいつらにはあっていなかったようですから、やり方は考えておきます」


 技術的に無理なことを言ったつもりはなかったが、恐らくもう少し習熟度を考えたうえで動くべき、だったんだろう。きっと。


「そこは、できる限り煩わせないよう努める。……貴殿が上級職人のうちに判明したのは不幸中の幸いというべきか。

 ミタムラ殿と話せる部屋は確保している。戻ってきたら、何人かつけるから自由に使ってくれ」


 ギルド長から話を聞いた後は、学園に向かう。テスト期間中で足早に帰っていく生徒たちに逆行し、学園につくと似合わない、もとい少し違和感のある制服姿のことねがいた。


「……帰るか」

「いや、そんな引かないでよ! あ、あたしだって無理があるってわかってるんだからさ!」

「えーと。このままいくか? それとも、一旦着替えるか?」

「色々気になるけど、ちょっと時間もないし今日はこのまま行くよ……。明日からはちゃんと着替え用意するから」


 昨日と違い、特にコートも着ていなければストールも持ってきていないので、コスプレ、もとい制服姿のことねと連れ立って、いるかギリギリの距離を取り、歩く。

 ことねの不満そうな視線が俺をちくちく刺すが、今日からと指定したのはお前なんだから、しっかりと着替え位用意しておけよ。


「あ、デザイン画描いておいてくれたんだ? 大きさは鍛冶師くんの体型を基にしてるのかな? ……腰細すぎない? ちゃんと食べてる?」

「ちゃんと食べてるから安心しろ。それで、今まで見たことのある服を書いておいたんだが、こういったものでいいのか?」

「うん、十分すぎるくらいだよ。アクセはデザインしてるみたいだから問題ないかなって思ったけど、それ以上だったね。

 あの子も描けたりするの?」

「お姉さんのことか? たまにお願いしてたから、ある程度はできるんじゃないか?

 まあ、とりあえずこの部屋をコンペ用に確保したから、荷物の持ち込みも可能だ。デザイン画と仕上がった衣類はここにいないときは俺の部屋に置いておくが、問題ないな?」

「産業スパイとかはいないだろうけど、持っていかれても困るよね。でも、鍛冶師くんの部屋って?」

「上級職人以上となると、資材置き場や書類なんかを作成する部屋があるんだよ。しばらくはそっちでも作業するんだろうが、部外者の出入り禁止だからな」

「あー。執務室とかそういうものかな。じゃあ、そっちの方が安全そうだね」

「そっちに用がある人なんてほとんどいないからな。それよりも、さっきも1人だったがオウラはいないのか?」

「ん? 姫さま? テスト期間中は忙しいから、鍛冶師くんによろしくって言ってたよ」

「そうか。……なら、どれだけの規模で行うか、ちゃんと調整はできたのか?」

「まあ、今交渉中の所もあるけど、作ってくれる場所も大体決まったし、8割くらい、かな?」


 そういいながら渡された書類を見ると、店の名前や個人の名前が連なっている。

 大規模な商店は除外したのか、相手にされなかったのかは不明だが、小規模な衣類店や個人が多いのは、より広く募った証拠か。

 ……ちなみに、罠なのか安全性を高めるためか、全て日本語で書かれていたため、『翻訳』の腕輪をつけ、読み進めたのは単なる偽装工作でしかないが、問題ないだろう。

 腕輪を付けた後も、日本語でしか見えないが、日本語が元々読めるから、そういう仕様なんだろう。


「それで、コンペの参加条件とか、どういった衣装がいいかとかはもう少しだけ詰めたいんだけど、どうしたらいいかな?」

「参加条件は、そうだな。事前に話を通した相手だけ参加させたいなら細かく詰めた方がいいんだろうが、もっと広く募りたいなら、……ノルンさんに相談してみるか」


 ノルンさんがいるか1階の受付まで下りてみると、ちょうどノルンさんとイオンが入ってくるところだった。


「ソラさま。お待たせいたしましたでしょうか?」

「いえ、これから呼ぶところでしたから。ことねと少し話を詰めたいので、同席いただけますか?」

「わたしも、いいですか?」

「ああ。ことねも意見は色々あった方がいいだろうから、あいつさえ問題がなければ俺は構わない」


 不安そうにイオンが聞いてくるが、特に問題はない、はずだ。聞いてみないとわからないが。



「ああ、あの時のマントちゃん? うん、女の子の意見は多くほしいし全然問題ないよ」


 そういえば、ことねはフードを取った姿も見たことがないんだったか。


「では、コトネさま。書類を拝見させていただきます」


 ノルンさんがそういって書類を見始めたところで、改めてことねのしたいこと、を聞いていく。

 イオンは話を聞くことよりも、書類を見るという作業に慣れてほしいので、まずは見せても構わないような書類を見せ、こちらには参加させていない。


「前にも言ったけど、鍛冶師くんはあたしが出した服のアイデアをデザイン化して、それを型紙も作ってもらう所まで、かな。

 お裁縫もできれば、してくれると嬉しいんだけど、できない、よね?」

「布も扱うから裁縫自体はできる。サンプル自体は、仕上がりの問題もあるから俺が作ることも可能だが、どうする?」

「ああ、うん。身に着けるものは大体作れるって認識でいいのかな? でも、作ることに対しても考えながら作ってほしいんだよね。

 ……それでも、時間がないから最初の数着だけは、お願いしていいかな?」

「どれだけ作るかにもよるし、全体の進捗状況次第だろうな。それで、コンペ自体はそれぞれのオリジナル。優勝賞金と個人が優勝した場合は店の立ち上げの手伝い、もしくはそのデザインの販売委託権、か。委託して売り上げはどうするんだ?」

「完全にデザインを販売しちゃうか、特許みたいに数か月に一度売り上げの何%かをその人に渡す、っていう方法になると思うんだけど、お店を持ちたいけど、持てない人とかの場合はどうしたらいいんだろ?」

「露店を、という方法もありますが、衣類の場合は持ち運びの問題もありますから、期間限定でお店を借りて、そこで資金を集める、という方法が一般的ですね。

 お店の大きさによっては、何人かが共同で借りて、それで活動されている方も何名かいらっしゃいますよ」

「共同運営かー。短期間なら、いいのかな? うーん。経営のこと、であれば商業ギルド? の方がいいんだよね。

 紹介してほしいんだけど、伝手ある?」

「商売をするなら商業ギルドにも登録が必要だからな。紹介状……分かった。付き添う」


 不安そうな顔をするな。というか、人見知りか何かなんだろうか?


「ソラさん、これ、何?」

「ん? ……何かに混じってたのか? これは、鍛冶師ギルドの資材表の一部、だな。非公開のものはないんだが、俺の使うものじゃないから誰かのものなんだろうな。

 あとで受付に渡しておくから、読み終わったら別の所に置いておいてくれないか?」

「読んで、いいの?」

「大きな数字も書いてるから、慣れだと思えばいいさ」


 数字を見慣れるだけでも仕事の効率は大きく変わる。最初から大きい数字を取り扱うわけでもないだろうけれど。


「鍛冶師くん、この服って実物ある?」

「それは、家に戻ればあるな。……今日は流れの確認だけで実際の作業は行わないからな?」

「えー」

「むしろ、疑問点だのちゃんとした手順を詰めないと何かあった時大変だろ?


 そうであってもスケジュールが狂うというのはよく聞くし、臨機応変に進めるとしてもベースやリカバリーなんかは考えておく必要があるんだろう。


「あたし一人だけならいいんだけど、そういうわけにもいかないしね。わかったよ。

 鍛冶師くんがどういったものが描けるかも分かったし、今日はこんなところかな? あ、そういえば。渚くんが鍛冶師くんに話があるって言ってたんだけど、今日の夜とか大丈夫?」

「渚が? 夜って言っても……あいつなら俺の家も知ってるし、来たいなら来るよう言っておいてくれ」


 あいつも深夜に押し掛けるような非常識はしないだろう。するなら追い出すが。


「ん。りょーかい。楽しそうだけど、ちょっと渚くん、悩んでるみたいだったからまた今度ね」

「別に来たところで楽しいことなんてないから、来なくて構わないぞ」

「またそういうこという。諸々終わったら、鍛冶師くんの家で思いっきり騒いでやるんだから!」

「その時は、何か問題のないような場所を用意するから、そっちで我慢しろよ。そん時は付き合ってやるから」


 約束だからね! と捨て台詞のように言い放ちことねは走り去っていく。……何で走ったんだろうか?


「……活発な、方でしたね」

「それこそ、抱え過ぎないようにしてほしいんですけどね。あいつが好きでやっていること以外であれば、果たすものは一つのみですから。それに押しつぶされないように、明るく振舞っているのかもしれないですね」


 もっとも、ただただ単純に楽しんでいる可能性を俺から否定することもしないが。


「私といたしましては、ソラさまが抱えているお仕事の方が多いとは思うのですが……」

「俺は基本的には町の外には出ませんから、あいつと比べられませんよ。……ですから、これくらいの手伝いはしますよ」


 あいつに対してできるのはこれくらいだろうし。


「それで、その。コトネさまは、一体どのような方なのでしょうか?」

「言ってませんでしたっけ? あいつは渚と同じ、勇者ですよ」

「そ、そうなるとマイア殿下のご加護にあるということでしょうか?」

「オウラが呼んだので、庇護下にあるのはゼットアですね。……そうなると他国からの賓客扱い、となるんでしょうか?」


 勇者、というのがどういった扱いなのかいまいちわかっていない。英雄扱いなのか、客人扱いなのか、あるいは貴族に準じるような存在なのか。


「できる限りギルドとしても便宜を図られた方が宜しいかと。クゥエンタさまは、ご存じなのでしょうか?」

「ええ、知っていますよ。ただ、むしろそこは大きく知らせていないということであれば、広めない方がいいかと。

 あいつらとの話し合いもひと段落ついたでしょうし、一旦ギルド長の所まで行ってきますね」


 ついでにデザイン画を見て感想を教えてほしい、とイオンとノルンさんにお願いをして、ギルド長室まで戻ったんだが。


「……えと。魔窟?」


 まるで伏魔殿だ、と言いたいような負の空気が漂っている、そんな気がする。たかだか数時間も経っていないのに、何でこうなった。


「坊か。もう、よいのか?」

「今日の分はひとまず。本格的に始まるのは明日からですから、むしろ忙しくなるのは明日からなんでしょうけれど、どうかされました?」

「……まあ、あったといえばあったし、ある意味何もなかったというべきか。少なくとも、今すぐどうにかするような問題はねえな。

 ああ、先に言っておく。お前の指導に問題があったということは一切ないし、ちょっと色々甘やかしてたこと以外は行動にも問題はなかった。それだけだ」


 ギルド長はじめ、3名の役員たちが決して広いとは言えない机に向かい合っているのは圧迫感がありすぎる。ギルド長はともかく、他は鍛冶師らしく筋肉の塊、というジイサマばかりだからな。


「全く安心できないんですけど。工房がなくなったり、次期の工房主が白紙になった、とかではない、ですよね?」

「それは、今後の行動次第だな。少なくとも今はそういった話にはなっていない。

 わけえやつのはねっかえりだの軽はずみな言動は、そういう意味では俺らのようなジジイから言わなきゃわかんねえし、言ってもすぐにはわかんねえからな」

「それはお前がそうだったからじゃろ? 坊を見るといい。誰よりも若いが、そんじょそこらの職人よりもしっかりしておるじゃろ?」

「おめーらさんがむしろしっかりしていないだけだろうに。自尊心が高いのは問題だけどよ、こいつはむしろ自分の矜持はあれど、自信がなさすぎんだよ」


 何というか、思わぬところで貶された気がするが、気のせい、じゃないな。


「食えない見栄よりも実益を取りたいだけです。それより、あいつらへの処分はなし、ということではないんでしょうけれど、決まったんですか?」


 4人ともから深いため息を吐かれたのは何故だ。


「貴殿の希望もあり、ひとまずは処分は保留とした。実害が出れば、その限りではないがな。

 ただ、工房としては罰金を科した。貴殿やサンパーニャにそれが流れると無用な恨みを買う可能性があるだろうから、そちらへの補填は今回はできんがな」

「そうなると、ミミンの立場が悪くなりそうなんですが。あいつ個人へのギルドへの奉仕活動ということで手は打てませんか?」


 リリオラは次期工房主だし、ラージはむしろおやっさんへの処罰、ということで納得はできるだろうけれど、ミミンについては後ろ盾がない、というか何かの負担があった時に切り捨てられるのはあいつ自身だろう。


「そういう所が甘いし、あいつらに嘗められてる原因だというのは分かっていってるのか?」

「ええ。分かったうえで、言ってます。あいつらを保護するつもりはありませんが、見放せるほど知らない相手でもありませんから」


 それこそ、ミミンに別にしたい仕事があればそっちに進む道もあるのかもしれないが、少なくともあいつが鍛冶をしているときは熱心で、楽しそうだった。そうであるのなら、もう少しだけ挽回する機会は与えられるべき、なんじゃないかと思う。


「ならば、まったくなしにすることはできないが、ギルドのために働いた分を相殺することとしよう。

 他の2人はどうする?」

「……そうですね。工房主と本人の希望を聞いて、判断してもらえませんか?

 ギルドに損はないでしょうし、奉仕活動を行うのであれば自分たちがしている仕事も、別の面が見えるかもしれませんから」

「なら、裏方の仕事もさせるか。書類仕事は、させるだけ無駄だろうから、倉庫番でもさせるか?」

「倉庫を任せるなら、書類も見る必要があるじゃろ? あの娘っ子に倉庫仕事が務まるかのぉ?」

「あのでけーやつにならできるだろうけどな。どうするかは、決めさせてからでいいだろうよ」


 ここに来る前にそんなに怒らせた相手を見ておいた、と言っているが、俺はそこまで怒ったつもりはないんだが。


「えーと。俺が怒る、というなら多分もう少し処分は厳しくなりますよ? そんなことよりも、人を借りれるということですが、人員はどうなっていますか?」

「ああ。3名ほど事務方のものを手配する予定だ。あと、何人か勇者殿から声をかけられ、競技会、だったか。それに参加するということらしいから、そちらの手もある程度借りることもできるだろう」

「コンペの参加者にはできる限りそちらに集中してほしいですが、意見や要望は集めたいですね。職員も、できれば男女2名ずつ借りれればありがたいんですが」

「ノルンを含める、という訳にはいかないのか? 確か、坊についておるんじゃろ?」

「ノルンさんと、あと個人的に1名手伝ってもらっていますが、難しそうでしょうか?」

「一度のみの開催にはならないだろうから、そうだな。男女1名ずつはしばらくそちらにつかせ、後は手の空いているものに手伝わせる、ということでも問題ないか?」

「……ことねとの相性もあるでしょうけれど、そちらの許諾が取れればそれで。……ええ、と。それで俺に何の用でしょう?」


 この人たちが暇つぶし、だけでわざわざこの部屋にいるとは思えない。あいつらのことも、何かもののついでだとしか思えないし。


「こやつらは貴殿に構いたくて仕方ないだけだ。それらしい都合はつけてきているが」


 それぞれ、見習い鍛冶師のコンペや衣装のコンペに関しての質問や要望、らしいんだがどちらも俺は現場での責任者ではない。

 見習いの方は俺が立案したから、ある程度の参加条件なんかはまとめる必要があるんだろうが。ただ、現場を知らない人間が混乱を招かせるようなことだけは避けようとは思う。


「それで、鍛冶師部門の優勝賞品を俺が用意する、ということですか?」

「冒険者と、鍛冶師とそれぞれにの。駆け出しの冒険者にソラ坊の武具を与えるのは危険じゃろうから、ポーション類を。

 鍛冶師には、何か目標となるような魔術品を。優秀な成績を残せば、他にも渡せるものはあるじゃろうが、そっちはこちらで何とかするが、どうしても魔術品においては坊以上の作り手がおらんのが現状じゃからな」

「上がいるってのは、気に食わねえもんもあるが、そういった上回る相手がいるのは、そいつにとって幸せではあるだろうよ」


 何やら同情めいた表情を向けられるが、俺は他の人と手法が違うだけで別に上がいないとは思っていないし、いないならいないで面倒が少なくていいと思うんだが。


「では、優勝したらその優勝者にどういった効果の付与された魔術品がいいか確認し、そこから作成する、ということでいいでしょうか。

 冒険者の方は、各色ポーションを20個ずつ、くらいでいいですか?」


 駆け出し冒険者が1人(ソロ)で活動することはないだろうから、パーティーである程度使えそうな量を用意したら問題は出難い、はず。


「材料はこちら持ちで、謝礼として多少ではあるが貴殿にも支払いを行おう。それに、どちらのコンペにも関わるだろうから、その間は職員として、にはなってしまうが賃金が発生するようにしておこう」


 その間は鍛冶師ギルドの人員として動け、ということか。特に金銭の心配はしていないんだが、対外的にも何も出さないわけにはいかないんだろう。


「クゥエンタさま、失礼いたします。ベディさんとイーシルさんがいらっしゃいました」


 と、リリアンさんがベディさんとイーシルさん、リリオラの父親を伴ってやってきた。


「ケーラはどうした?」

「ケーラさんは、まだミミンさんと話し合いをされています。お呼びした方が宜しいでしょうか?」

「そうだな。先ほどと少し状況が変わったから、呼んできてくれるか」



「役員方にまでそう言われるのであれば、あたしも構わないんですが、ソラさん。あんたはそれでいいのかい?」

「俺から出した条件ですから。……サンパーニャに迷惑が掛からなければ、後はあいつら次第ですよ」

「俺としては、罰金だけ支払って終わりにもできないな。罰金は全額払ったうえで、若いやつらを何人か手伝いに回させる。

 それと、俺もできる限りのことはやるさ」

「私も、娘がお世話になっておきながらただ罰金だけで済ませるつもりはありません。

 本来であれば、店も畳んで、どこか別の所で、とも考えたのですが、そこまでしてしまいますと、ソラさんが気にされそうですから、ご厚意に甘えてしまいますが、娘にもう一度、機会を与えてもらえますでしょうか」


「みなさんのお気持ちは分かりました。俺は、それで構わないと思います。後は、ギルド長の采配、で構いませんね?」

「……最終的に責任を丸投げしようとするな。貴殿も、その立場にいることを忘れるべきではないだろう」

「采配を任せるわけで、責任を逃れようとは思っていませんよ。別件でも、俺が負うべき責任は山のように膨らんでますしね」


 マイアには好きに動けと言われた以上、動いた分の責任は俺が負うべきだろう。……どこまで問題が発生するのかが恐ろしいが、それも含め、飲み込めということなんだろうか。


「……後で、聞ける範囲のことは教えてもらおう。場合によっては、もう少し一人にかける負担を分散する必要もありそうだが」


 いや、聞かなくてももっと分散してほしい。


「まあ、見習いの面倒を見るのももうしばらくだけだろ? そうすりゃ、多少は落ち着くだろ」


 落ち着くと、いいなとは思っている。


「……さっきより、落ち込んでるんだがクゥエンタ、もう少し勘弁してやってくれないか?」

「10程度の幼子に、仕事を任せるのは本来では恥でしかないんじゃがな」


 何というか、フォローされればされるほど、何というか。自分の仕事の面倒さが表れるような気しかしない。


「とりあえず、あいつらがちゃんと自覚することと、俺の仕事は別ですから。あと、俺が本気で逃げの一手を打ったら、誰も追えないでしょうから、必要以上に今の現状把握をさせようとするのは止めてください」


 その言葉に各々が黙り込む。むしろ、何でそれで気の毒そうな表情を向けるんだ。


「では、もう少し話を聞く必要があるだろうから、あとは二人で話させてくれ。余計なことは、外に漏らさないようにな」


 ギルド長の言う、余計なことが何かは分からないが、外に話を出さない、ということはありがたい。

 工房主も役員も頷くと、黙って外に出ていく。……やはり気の毒そうな表情が気になるが。


「資金提供を募ろうとしたところ、思わぬ方向に流れそうなので、そちらの調整をマイアに依頼している状況です。

 事前に商業ギルドから情報を得られたことの恩恵が大きいですが、それだけといえばそれだけですね。

 ……これ以上のことは、マイアからも口止めをされていますから、聞きたいのであれば直接マイアに言ってください」


「姫殿下の口止めされていることを聞くこともできないし、聞きたくもないな。

 ……ただ、一点だけ。それは、この数日中に動くような事態なのだろうか?」

「目端が利くような相手であれば動かないでしょうが、まず間違いなく動くでしょうね。早ければ3日後、遅くても6日以内。

 俺の見立てではありますが、まず間違いはないかと」


 顛末は知らされるだろうが、その途中の段階では俺の耳に入らないだろう。あいつも割と過保護だし。


「そうか。ならば、そちらは殿下にお任せするのであって、それ以上貴殿が気にする問題ではないな。

 むしろ、騎士様たちに協力を願い出るべきだが、そちらも動いているだろうから、我々は貴殿が外に出ないよう状況を整えるだけか」


 ある程度ギルド長も察したのか、俺がそちらに巻き込まれないように配慮するようだ。


「……色々俺自身は図太いので、大丈夫ですよ。むしろ、敵対してくれた方が、色々楽なんですけどね」


 少しだけ笑みを見せてみると、何故かギルド長に2歩ほど下がられる。


「それは、下策だとは思うが、……貴殿の持っているであろうものを考えると、短慮ではあるが、早いのかもしれないな」

「俺の大切な人が巻き込まれそうになったら、遠慮や配慮なんてしている場合ではないですからね。

 一応、ある程度の防御策は練りましたが、何事も全てが万全、とも行きませんし」


 お姉さんに渡した無垢なる輪鎖に付けたエイシスの守りもその一環だ。常時ではなく、必要な時に自動発動するそれは、1μsec、1/100000秒で発動するもので堅牢な防御力を誇るものだ。

 やりすぎ、とは思わないしそれでも足りない可能性すらある。……24時間お姉さんに張り付いてるわけにはいかないし、お姉さんだけが唯一守りたい相手、というわけでもないから仕方ないんだが。


「少なくとも、貴殿に敵対した相手が何も起こさないうちに捕らえられることを願うばかりだな。我々人の身では、時を止めることも、戻すことも叶わないのだから」


 何やら達観したようなことを言い出したギルド長と別れ、ノルンさんの所に戻ることにした。


「お帰りなさいませ。お話は終わりましたでしょうか?」

「基本的なところは。……そもそも、休みの設定など、基本的なことをことねと話せていないんですけどね」


 まずそのあたりを先に詰めておくべきだったが、失敗したか。それどころではなかったところもありはするが。


「こちらの書類に、予定表が差し込んでありました。お休みや日ごとの時刻の記載もありますが、まずはご確認いただけますでしょうか?」


 ノルンさんから差し出された書類を見ると、スケジュールとして、1日事、6日事のTODOリストが記載されており、ある程度の時期ごとの進捗目標の記載もある。

 休みは週に1日、ただことね側の都合もあるんだろうか。日付が一定しておらず、大体4~5日に一度、休みと記載されており、応募の日程や提出期限などが明記されて、30日後には審査前の最終調整となっている。それ以降の日程の記載がないのは、俺はそっちに関わらなくていいのか、まだ未定なのか。

 コンペの参加条件の発表から衣類の提出期限まで24日しかないのは短い気もするが、いくつかの部門に分け、全身のセットアップ、と言えばいいんだろうか。全てをコーディネイトする部門もあるが、上下のみ、外套のみ、帽子やアクセなどのみ、というジャンルに分かれ、それぞれに優勝賞金と販売に関する権利が与えられるようだ。

 ……魔術品でよければアクセを出す、と色々文句が言われそうだから出さないが。

 ただ、思ったよりも分類が多く、冒険者用の鎧下や靴下、男性用の下着なんかもやりたい、とメモ書きがされているが、そこまでは難しいだろう。

 あと、会場の確保も人数が確定した後で、となっており、発表も鍛冶師ギルドで行う見習いのコンペと合同で、とあるためそこそこの広さの建物が必要なんだが、いくつかの会場を確保しておいて、人数が決まり次第確定させた方がいいんじゃないだろうか?

 鍛冶師ギルドで確保している建物も少なくないし、今であれば使える場所もやはり少なくない。

 別に紙を用意し、アイデア程度にまとめていく。俺もこういったことに専門的な知識があるわけではないし、ことねは社会人経験もあるようだから、スケジュールを設定するようなことは俺よりも慣れている、と思うし。


「休みについては、このままでよろしいのでしょうか?」

「こちらだけに専念できる、あと時間を見ても午前中のみ。午後のみというのが多いようですから、普段に比べたらむしろ忙しくないと思いますよ。

 ただ、ノルンさんはいつも通りに休んでもらえますか? できる限り俺はイオンと一緒に動くようにしますから」


 不服そうなノルンさんについては、あまり見ないようにして、イオンは本格的に学んでもらうことにしよう。


「わたし、ソラさんと一緒?」

「ああ。コンペでは何か気になることや分からないことがあれば何でも言ってほしい。俺やノルンさんでは気付けない部分もあるだろうからな。

 それと、店番をするために必要な知識や初級だが、錬金も少し行ってもらう。読み書きは、思っていたより進み具合が早いようだから、大丈夫がと思うんだが、……無理強いするつもりはないから、難しそうだと思ったら言ってくれ」


 イオンが頷くのを確認すると、一通り書類を確認し、俺に宛がわれた部屋に保管しておく。今の時点では特に秘密にするほどの情報はないが。



「じゃあ、イオンへの指導は明日から始めるが、明日は話し合い程度にする。ことねは昼過ぎから、らしいから朝だな。

 ノルンさん。申し訳ないんですが、よろしくお願いします」

「いえ、ソラさまもご無理をされない範囲でお願いいたします。私も同席させていただきますから、お願いいたします」

「よろしく、おねがいします」


 明日のことを少しだけ錬金術師ギルドで話すと、教材代わりの本や、新品のビーカーやフラスコ、ガラスの混ぜ棒なんかを用意してギルドを後にする。

 ギルドを出ると、既に夕暮れで空が紫色に染まっている。帰ってもいいんだが、夕食時はもう少し時間があり、レニにお土産でも見作ろうと思い、中央広場に足を向けることにした。


「妹ちゃんに贈り物を。これなんてどうかしら? お客さんから教えてもらったものなんだけどね」

「……黒髪の女性から? 仕立てもよさそうだし、おいくら?」


 銀貨4枚で購入したものはデフォルメされたイワトビペンギンのぬいぐるみだ。黒髪の女性というところで頷かれたので、おそらくことねが教えたんだろう。

 他にもシロサイやアンゴラキリン、ホーランドロップ、ミドリガメ、など多種多様だ。……ホーランドロップを見つけて思わず買ったのは、不可抗力だろう。


 ぬいぐるみは1つ1つが大きく、70cmほどあるため、引き摺らないよう歩くと、非常に目の前が見辛いが、袋か何かに入れてもらうべきだったんだろうか。

 と、横からうさぎのぬいぐるみが取り上げられる。


「それだと前、見えないよ?」

「う、うん。ありがとう」

「それで、2つもどうしたの? お部屋に飾るの?」

「こっちは、レニへのお土産にしようかなって。そっちは、……部屋に置こうかなって」


 にこにこと笑ってくるお姉さんなんだが、何故か微妙に目が笑っていない気がする。


「そっか。お部屋に、置くんだ?」

「……う、うん」

「じゃあ、私も何か置こうかな? ソラくん、私にも何かいいものないかな?」

「えっと、何か用意しておくよ。それは、いいとして。何か用事の途中だったんじゃない?」

「お母さんからお使い頼まれたんだけど、もうそれは済んだから大丈夫だよ。ソラくんの家まで、付いて行って平気かな?」

「もちろん、大丈夫だよ」


 前が見辛いというのは確かに合ったから、それだけではないけれどありがたい。

 ……母にからかわれるのだけは覚悟しておこう。



 帰り着き、リビングで遊んでいたレニにぬいぐるみをプレゼントすると、にやにやしている母を無視し、自室に向かう。


「ソラくんの部屋って、思ったよりも片付いてるんだね? 仕事の道具とかもないし」

「あまり部屋にはいないし、レニもいるからね。危ない道具とかは別の場所において、本とか以外はあまりおいてないんだよ」


 怪我をしかねないものは全て地下の工房に置いてある。庭にある発酵蔵にも入れないようにしているが、遊び道具なんかは別に用意したし。


「このお人形はどうしたの?」

「レニに、プレゼントしたんだけど、趣味じゃなかったみたいでさ」


 以前買って、部屋に飾っている磁器の人形だ。レニは未だに慣れないのか、俺の部屋に来ても、人形に近寄らない。

 今日渡した人形は嬉しそうに抱き着いていたから、人形が嫌いなわけではなさそうだ。


「小さい女の子には、ちょっと合わないかもね。でもあの人形だったらふわふわしてるし、気に入ってくれるよ、きっと」

「そうだといいんだけどね。お姉さん、座ったら?」


 俺の部屋には4人掛けのテーブルセットと2人掛けのソファをおいてある。それでも部屋に対しては小さく、空間が余りまくっているんだけれど。


「じゃあ、失礼して。……ソラくんも、ね?」


 と、何故かお姉さんがベッドに座り、俺を手招きする。……瞳が若干潤んでるのはズルいと思うんだ。


「そういうの、ずるいと思うんだ」

「そうはいっても、ちゃんと来てくれるソラくんは大好きだよ?」


 赤くなっているであろう顔を見られないように、若干顔を逸らす。


「そ、そういえばさ。鍛冶師の見習いを対象としたコンペのことって何か聞いてる?」

「駆け出しの冒険者さんに武器とかを提供する、ってやつだっけ? お父さんが聞いたみたいなんだけど、ちょっと条件に合わないから私は参加しないかな」

「そうなんだ? コンペの参加条件出てるの?」

「まだ一部の人にしか教えられてないみたいだけどね。工房とか関係なしで見習いが組んで、協力しながら、するみたいなんだけど。

 ソラくんはもちろん出ないよね?」

「いや、出ないっていうか、俺主催者側だし。優勝賞品のこととかはまだ聞いてないんだ?」

「優勝賞品は、まだ決まってない、とかみんなを驚かせたいから期限の1日前まで教えてもらえないらしいんだけど、ソラくん知ってるんだ?」

「言ったように、主催者側だからね。発表してない、なら俺からは言えないよ」

「えー。教えてくれないのー?」

「変にお姉さんを優遇してる、って思われても困るし。……体、寄せてきても教えられないから」


 寄せてきている、というかもうぬいぐるみ越しに抱きしめられているだけな気もするが。


「それでサンパーニャが不当な評価受けかねないからね。俺は、お姉さんの味方だけど、だからこそ困るようなことは嫌なんだよ。

 そういう意味では、贔屓しまくってるんだけど」

「そっか。じゃあ、うん。ソラくんが私のことも、お店のことも大切にしてくれるんだよね」

「大切にしない理由は、ないから」


 どんどん体重を掛けられてくるが、お姉さんに全体重を掛けられても補正値付きの俺のステータスでは十分に支えられる。何故お姉さんが不満げなのかは分からないが。


「……私、すごく幸せ過ぎてだめになってる。ちょっと、落ち着かないとなぁ……」

「ダメになってる、とまでは言わないけど、人前では節度もてる、よね?」

「……ソ、ソラくんが可愛いこと言わなかったら平気だよ。ソラくん、他の人の前では、こんなに砕けてくれないから大丈夫だと思うんだけど」


 出会った時期のこともあり、確かにお姉さんと他の人との接し方はだいぶ違う、かもしれない。

 あまり俺自身は自覚はしていないんだけれど。


「そういう意味では、マイアさまの前でもあまりこういった言葉遣いしないよね?」

「……マイアに対しては、ある意味では敬語も何も使わないから崩壊してる、とも言えなくないんだけど。

 他の貴族の前とかであれば、そういった立場にあることを示すとき以外は敬語は使ってるよ?」


 オウラといい、マイアといい、あいつらが許しているからこその態度ではあるんだけれど。


「……ほんとはね。今日朝、ソラくんがいなくて寂しかったんだ。最近は、ソラくんも忙しくて、お店出れなかったけど、もうずっといてくれないんだ、って思ったら、ね。

 だから、会えて、本当に嬉しいんだよ?」

「俺だって、今日はほとんどギルドに居たけど、朝自然とサンパーニャに行こうとしたり、お姉さんのこと考えたり、普段のことはすぐに変えられないものだね」


 どちらともなく、笑い合う。多分、同じようなことを考えている、ということがお互いにわかったから、だろう。

 俺を見るお姉さんの目は優しくて、きっとそれは俺も同じで。ふ、と潤んだ眼のお姉さんが顔を寄せてくるのを、手で制する。


「ちょ、っと。それは、私ちょっと傷つく、かも」

「ちょっとこの姿勢は色々危険な気がしてさ。……俺だって、あの。したくない、わけじゃ、ないんだけど」

「ソラくんの、えっち」


 目を潤ませてそういうのは、刺激が強すぎる。ぬいぐるみがなければ、恐らく完全に押し倒されている状態で、お姉さんの身体が色々当たっている状況では、ズルいどころの話じゃない。


「……正直、お姉さんの手を放すことは考えてないよ。でも、何というか、今の時点では、色々と、することが、あるから」

「昨日も言ったけど、ソラくんを私が独り占めできるとは思ってないよ。ソラくんは、いろんな人と縁があるし、私みたいに、ソラくんから離れたくないって女の子も、いっぱいいるから」


 いや、いっぱいは居ないだろう。……俺も別に、鈍感ではないつもりだし、向けられる感情が好意なのか、それとも別の何か、なのかは多少は分かる、つもりではいる。

 その中でも直接的なのは、今の所お姉さんが一番なんだろうけれど。


「ただ、貴族さまなら、私みたいな平民でもお妾さんとかなら、通じるんだろうけど、マイアさまの場合は、どうなるんだろう?」


 何かお姉さんが恐ろしいことをつぶやいた気がする。

 ちなみに、この世界における結婚、というものは多夫多妻、が許されているらしい。実際にそういった家庭はほとんどなく、ほとんどの平民は一夫一妻、豪商やギルド役員などは一夫一妻に愛人が何人か、女性当主の貴族であれば一夫一妻に男性の愛人を囲い、上級貴族ともなれば、妾や夫人が何人かいることに対しては誰も問題視しない、らしい。

 王族については、次代を確実に残すため、子沢山である義務のようなものがあり、王位継承者であれば配偶者が複数人いるのが当然らしい。ただ、その相手は別の国の王族や、自国の上位貴族がほとんどらしいが。

 また、恐ろしいことに年齢の制限もなく、1桁でありながら結婚することも、可能なようだ。

 結婚は儀式であり、家族の繋がりでもあるから片方が無理やりにすることはほとんどないらしいけれど。



「私も、頑張るから。そうはいっても、ソラくんもまだ年齢的にすぐにどうにかできるわけじゃないだろうし……。

 あ、ごめんね。ちょっと、寂しく……」


 お姉さんの口を塞ぐ。寂しそうな表情も、少し悲しそうな声も、そんなものを出させたいわけじゃないから。


「俺は、お姉さんを幸せにしたい。全ての悲しさから、全ての寂しさから守ってあげられることは、きっとできないけど。

 でも、悲しい時も、寂しい時も、そばに居られるように、それくらいは、できるようになるから」

「ありがとう、ソラくん」


 嬉しそうにそう溢すお姉さんの目の端に溜まった涙を軽く手ですくい取り、抱きしめる。

 間にあるぬいぐるみがそろそろねじれそうだったので、すぐに開放したが。


「じゃあ、この子を私の代わりだと思って、可愛がってあげてね? 私も、何か探してみるから」

「何か欲しいものがあれば、俺が作ることもできるけどさ。中は布だし、表面はフェルトとかパイルみたいだし」

「じゃあ、等身大のソラくんとか? 前、ゆっくり寝れたし」


 むしろ、俺はあの時一睡もできなかったんだが。


「……自分の姿を作って、プレゼントするのはさすがに恥ずかしいから、動物か何かでお願いしたいんだけど」

「売ってないと思うから自分で作らないといけないよね。……ちょっと、考えてみるね?」


 頷くと、ベルの音が部屋中に響く。来客、……渚か。


「え、何? ど、どうしたの?」

「来客があるとこの音で知らせてくれるんだよ。多分、渚だよ」

「そうなんだ? じゃ、じゃあ私はそろそろ帰るね」

「本来なら渚を追い返したいところなんだけど、相談したいことがあるって言っていたから、ごめんね」


 最後にもう一度、とお姉さんに抱きしめられると2人で家を出て、門のところまで行くと渚が驚いたように俺とお姉さんを見比べる。


「……じゃあ、また来たいときに来て。休みのタイミングとかわかったら、教えるから」

「うん、じゃあソラくん。またね。あと、ナギサくん、こんばんは」

「え、あ。こんばんは、ミランダさん。ちょっと、タイミング悪かったかな」

「……まあ、お前は気にするな。送れなくて、悪いけど気を付けて」


 お姉さんを見送ると、改めて渚を招く。……やはりお姉さんを送っていくべきなんだろうか。暗くなっているから、明かりは持たせはしたし、一名密偵がついてくれたみたいだから、恐らく平気だとは思うんだが。



「それで、ことねから何か悩みがある、と聞いてたがどうしたんだ?」

「悩みっていうか、うん。……兄さんに聞くのも間違ってるかもしれないんだけどさ」

「恋愛相談以外なら聞くぞ。あとは、金銭関連のこと以外な」

「それは兄さんに聞かないから大丈夫だよ。ご、ごめん。そんな睨まないでよ」


 客間に通した後、失礼なことをほざく愚弟を睨む。


「で、どうしたんだ? 武装のメンテだったらそんな悩むことじゃないだろ?」

「そっちもお願いしたいんだけど。……どうしようかな」

「いいから、言ってみろ。出来ることならしてやるし、できないことでも伝手があることなら紹介してやるよ」

「う、うん。……味噌とか、醤油とか、作れる人、いないよね?」


 深刻そうに言うのは、食に関する問題らしい。メインとなるパンは多少慣れたらしいが、いい加減、みそ汁が恋しいらしい。


「難しいのは分かってるんだけど、スープはほとんど塩味が強すぎて、出汁もあまりないらしいしのは聞いてるんだけど、体が、求めてるんだよ……」

「醤油は濃い口、薄口、溜まりどれがいいんだ? 味噌も、白、赤、合わせ、麦、豆、甘口、辛口、何が欲しい?」

「え? じゃ、じゃあ醤油は濃い口で、みそは合わせ味噌かな? でも、すぐにできるものじゃないんでしょ?

 お願いしてみた人にも、そんなものは食べものじゃないって言われちゃったし」

「納豆も含めて、大量にあるぞ?」


 と、事実を告げると何故か渚が固まる。


「だ、だってこっちに来たばかりの時、お米あんなに嬉しそうに食べてたじゃん!」

「米は、この周辺にはなくてな。オウラにもらったのも、まだ試作でうまく炊けないし。

 ただそれでも、味噌だの醤油だのは、前回特に要求しなかっただろ?」


 作ったのはそれよりもだいぶ後だし、スキルを使っての作成だから1か月も経たずに熟成させたが。


「じゃ、じゃあ兄さんに言えば、すぐに食べれた、ってこと?」

「在庫もだいぶダブついてるしな。小さいかめに分けてるから、持ってけ」


 これで勇者御用達の調味料のお題目も手に入れられたし、早めに言っておくべきだったか。


「う、うん……。えっと、どれくらいあるの?」

「でかい桶で作ったから、お前とことねとで消費しても、1年以上にはなるんじゃないか?」


 それでも、全体から言えば半分以下だが。


「それで、お前が悩んでるのはそれだけか? 他にもあるなら聞くぞ?」

「……色々あるけど、兄さんに言えないこともあるんだよ。

 けど、姫様は、大切にしてほしいな」

「マイアを? ……俺ができる範囲でならな。ひとまず、蔵に行くか」


 発酵蔵に入る前に念のため洗浄をさせ、入る。いくつかの大きな樽や、個別にわけた小さなかめが大量にあるが、中身を確認させた上で必要なものを持って行かせる。


「本当に、色々あるんだね。……でも、姫様からこういったのがあるなんて聞いたことなかったんだけど」

「こっちの世界にない調味料だからな。家族に振舞ってもあまり好評じゃなかったから、自分で消費する分としても多すぎるから半分死蔵しているような状況だし」

「国外の人には、評価がだいぶ分かれるっていうしね。あと、出汁になるようなものってあるかな? 昆布とか、鰹節とか」

「なまり節と煮干しならあるぞ。海藻類は、海にまで行けばあるんだろうが、昆布やわかめが俺以外で消化できるかもわからなかったから、仕入れるようなルートもないしな」


 商業ギルドに所属していても、商店を持っているわけではないからそういったルートは持ち合わせていない。


「あと、ことねが欲しがるかもしれんが、アルコール類は作らないからな?」

「ことねさん、お酒好きだからね。これだけあれば、しばらくは大丈夫かな」


 いくつかのかめや包みを袋に入れ、持っている姿は単なる不審者としか思えないが、大丈夫だろうか。

 というか、あいつは渚の前でも飲んでるのか。……ことねのダメ人間度が加速しているような、気がする。


「また、今度はちゃんとした悩み相談に来るかもしれないけど、いつでも来て、いいんだよね?」

「何面倒な彼女みたいな言い方してんだ? 俺が居る時以外だとお前が居心地悪いだろ?

 鍛冶師ギルドに来るか、ことねかマイアに事前に話を通せばしばらくは大丈夫だ」


 不服そうにする渚に軽くボディブローを入れる。


「来るな、とは言わん。ただ、しばらくの間忙しくなるから中々家にいないときがあるんだよ」

「……ミランダさんと会ったりして?」

「仕事以外でしばらく俺から会いにもいけないだろうな。報告することはあるから、マイアとは会うことはあるだろうし、オウラとも話すことはあるんだろうが」

「オウラ姫様とはあまり話すことはないんだけど、兄さんは。……兄さんが幸せになれることを祈ってるよ」


 生意気なことをいう弟にべしべしと腹筋を殴りつける。


「俺よりもお前はお前自身のことを心配しろ。……心配しなくても、俺は俺で何とかやるさ」

「こうなったら、兄さん頑固だからね。兄さんには、できる限り心配かけないようにするよ」


 へらへら笑うナギの膝を蹴ると、門のところまで押していく。


「ま、一度装備を持ってこい。そん時はちゃんと見ておくさ」


 黙って頷く渚を送り出すと、何となく息を吐きだし、夜空を見上げる。

 変わらず輝くこの星空は、何となく。いつか見た、もう見れない空に、続く気がした。

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[良い点] 二人のイチャラブ!待ってた! 相手への言葉を大事にしつつ、互いに想いが伝わってる感があるのが最高です
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