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魔法使い時々錬金術師のち鍛冶師(仮)  作者: セイ


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第48話。変わるものと、変わらないもの。

 サンパーニャにつき、前日に用意していたポーション等をカートに入れ、中央広場に向かうと、何故か露店を出す予定の場所に誰かが立っていた。


「魔術工房『サンパーニャ』のお二人ですね。お待ちしておりました」

「へっ? ソ、ソラくん。呼ばれてるよ?」

「お二人って言ってるんだから、お姉さんも含まれてると思うんだけど。

 ……俺たちは単純に露店を開きたいだけですが、先日伺っていたこととは別に注意事項でもありましたか?」

「いえ、妨害工作を働く者がいないか、あるいは難癖をつける者がいないか、ある程度私たちも気を付けているだけです。騎士さま方も巡回に出ていただいているようですので、そのようなことをする者はいないかと思われますが」


 待ち構えていたのは商業ギルドの人らしく、事前に問題がないか監視をしていてくれていたらしい。どれくらい前からそうしていてくれたかは分からないが、今度折を見て何かお礼の品でも届けよう。

 立ち去るその人に軽く礼を伝え、すっかりと慣れているが懐かしくもある作業、出店の準備をしていると、俺やお姉さんに気付いた他のポーション売りや顔見知りがざわつき始めた。

 その様子を俺とお姉さんとで苦笑するしかないが、気の早い連中が2、3人既に並んでいるのはさすがにどうかと思うんだが。


「以前のように、ポーションは1人5個まで、でいいよね?」

「構わないと思うよ。もしかしたら、もう少し少なくてもいいかもしれないけど」


 何せ、立ち聞きをしていた何人かが走っていったのが見えたからだ。騎士が相手であろうと貴族が相手であろうと販売個数を制限するなら俺はそれ以上の数量を販売するつもりはない。


「でも、それだけ望んでくれているなら、お店でも販売した方がいいのかな?」

「……状況次第、だろうね。ポーションがもっと必要となる状況は、あまり好ましくはないけど。

 じゃ、始めようか」


 流石に2桁近くの人間が並んでいる状態で始めない訳にはいかないだろう。……できれば、この時間が少しでも長く続けばいいんだけれど。


「久しぶりに外ですると気持ちいいね」

「そうだね。心配される割合も多くて、少し微妙な気持ちになるけど」


 しばらく露店から離れていたために、常連や知り合いの冒険者などに心配そうに露店をしていることを訊ねられるが、気分転換、と答えると安心して1本か2本だけ購入していく。そのため、来る人数に比べ販売するポーションの数は前よりも緩やかだ。

 ポーション売りは他にいるし、新作の販売などをしていない、ということもあるが、何かを感じ取ったのか、世間話をしたり、ポーションや魔術品の使い勝手なんかの感想などを言ってくる相手も多く、時間は思ったよりも緩やかに過ぎていく。



「お嬢さんたち、ポーション売ってるんだ。すごいね」


 と、途中から隣に露店を開いた女性に言われるが、何が凄いんだろうか。

 女性の販売するものは、いくつかの薬草やどこにでも落ちているような水晶、あるいは符の類だ。

 といっても、そのラインナップは無軌道に見えて、同一性があるというか。


「ティリス草に水晶、雲母にセットリア花? ……お姉さん、錬金術師?」

「一応、ね。精製してもあまりうまく行かなかったりするから、お金に困ったときにこうやって露店を開くくらいで、自分で作ったものはなかなか販売できないんだけどさ」

「……そ、か。ギルドには所属、してるの?」

「あー。うん、たぶん、まだ。登録したとき以来行ってないから、登録解除されてるかもね」


 苦笑し、そういうがこの町に新しく来た人間以外なら、しているままだろう。俺の想像通りの相手であれば。だが。


「あれ、ソラどうしたの?」

「見てわかるだろ? 今日はポーション売りだよ」

「うん、ポーション売ってるのは分かるんだけど、お店で売らないの?」

「今日限りでだよ。それより、今日は早いんだな? アンジェ」

「試験期間だからね。……今日ももうちょっとしたらフィアの所でみんなで勉強しないと……」


 テスト勉強が相当嫌なのか、げっそりとした表情を浮かべるアンジェ。


「アンジェも相変わらずだね。試験受からないと留年しちゃうんでしょ? ほら、頑張らないと」

「フェルアには言われたくない、ってなんでフェルアここにいるの?」

「私だってお金くらい稼ぐってば。それよりも、このお嬢さんと知り合いなんだ?」

「お嬢さんって、ソラは。……オトコノコ、じゃなかったっけ。あれ、女の子?」

「アンジェちゃん、ソラくんは、男の子、だよ。……きっと」


 何故アンジェもお姉さんも自信なさそうに言うんだ。


「どこからどう見ても、俺は男だろ? ……疑惑の眼差しを向けるな」


 三方向からくる視線を振りほどくように宣言するが、さらに疑問視されている気がする。


「だって、ねえ?」


 アンジェが意味深に意味の分からないことを呟き、お姉さんが頷く。……これは怒ればいいんだろうか。


「アンジェ、スコットにお前、ちょっと勉強叩き込まれて来い」

「や、やだな。ボクはそんな叩き込まれなくてもダイジョウブだよ。そ、それよりも遅くなったら怒られるからまたね!」


 アンジェは結局何をしたかったんだろうか。近くに幼馴染のやつらもいないようだったし、昼食の確保でもしたかったのか?


「アンジェも元気だね。それより、この材料でわたしの職業を当ててくるってことは、キミも錬金術師なのかな?」

「魔術職人兼でね。……お姉さん、そろそろ休憩入る?」

「もうちょっとで売り終わるから、どこか公園か広場で食べようよ。せっかくだしさ」


 確かに、残っているポーションは12本だから、時間もかからずに終わるだろう。そう考えると、わざわざ時間を分けて、という意味も特にはないか。


「そうだね。……おい、何でお前が此処にいる」

「私が居ては何か困るのか? 報告は受けてはいたが、本当にやっているとはな」


 呆れた、といった表情を浮かべているが、そんな表情をされたところで俺も困るんだが。


「今日だけだし、これが売り終わるまでな。……それで、何しに来たんだ? マイア」

「少し気になることがあってな。……あと、あれを受け取った。私の方で対処するから、お主は気にするな」


 昨日の書類はすでにマイアに渡ったらしい。俺だけに聞かせるために耳元で囁くのはくすぐったいからやめてほしい。


「何か、距離近いけど二人は恋人同士なのかな?」

「えっと、そういうわけじゃないけど、色々あるんだよ。たぶん」


 だから何故お姉さんはそう自信がなさげなんだ。


「で、今日のお前は客なのか? ああ、今日は魔術品は扱わないからな」

「そういえばお主からポーションを買ったことはなかったな。1ついくらだ?」

「銀貨1枚だよ。他の露店よりは少し高めになってるみたいだが、その分の性能は確保してるさ」

「お主の作ったものならそれでも安いんだろうがな。……これで足りるな」


 マイアから渡されたのは銀貨12枚。……こいつ、買い占めるつもりか。


「1人5本までだ。買い占めには対応してないな」

「私が相手でも、か?」

「おう。たとえ相手が誰であろうと、な」


 マイアが悪そうな笑みを浮かべると、俺も呼応し、笑みを浮かべる。


「え、大丈夫なの、お貴族さま、だよね?」

「ソラくんとマイアさまは仲良しだから、あれくらいは大丈夫だと思うけど、フェルアさんは、ちょっと離れておいた方がいいかな」

「つーわけで。どうせお前が注文するなら数百単位以上になるだろうから、ギルドに依頼として持ち込んでくれ。

 赤と黄緑2に白1、銀貨7枚は返す。で、他の客も待ってるから、あー……。可愛い後輩たちの面倒でも見といてやれよ」

「ああ、そういえば試験がどうとか言っていたな。ソフィアの家か。ミランダ、こやつは少し貸しておいてやる」

「あ、はは。ありがとうございます」

「俺はお前の所有物じゃねえよ。そろそろアンジェもついて速攻ごねてるだろうから、さっさと行ってやれ」


 主にスコットと俺の平穏のために。手を振って追いやると苦笑いを浮かべ、マイアは去っていく。


「貴族のお嬢さまにあんな態度取って、キミ本当に大丈夫なの?」

「ソラくんだから大丈夫なんだろうけど、たぶん私が同じ事したら、とんでもないことになると思うよ」

「お姉さんに危害を加えようとするなら、俺が止めるよ。いざとなったら、取る手段は山ほどあるから」


 その時は先手必勝というべきか、ぶっちゃけゴーレムを使って逃げ出せばいいんだし。


「う、うん。そうならないように私も気を付けるから、ソラくんも、ね?」


 首をすくめ、同意を示す。にしても、身のこなしなどで平民ではないことは気づかれたんだろうが、やはり目の前に王族がいたことについては分からないのか。

 普通は町中をぶらぶら出歩くとも思えないだろうから、仕方ないんだろうが。



 その後すぐに用意した分を完売させ、露店を撤退させる。……フェルアの用意したものは正直、錬金術師以外ほとんど購入するものではないから、俺がいくつか買い取っておいたが、それ以外は売れるかどうか、微妙だろう。

 その後すぐ近くにある小さめの公園に場所を移すと、用意しておいたバスケットと水筒を広げたシートの上に置き、二人で座る。

 バスケットの中には、用意しておいた木製の食器や、銀製のカトラリーなんかも入れている。


「ソラくん、これどうしたの? パン以外は、見たことないのばかりなんだけど」

「渚からあいつの故郷の料理のことを聞いたことがあるから、再現してみた。唐揚げに卵焼き、ポテトサラダにフリッター、後はサラダにハンバーグ。再現できそうなものがこれくらいだったから、彩りが微妙だけど」


 パンも含め、茶色寄りになったのは男子弁当らしさがある、といえばそうなんだろうか。一口サイズにしてみたり、下に敷いた紙でデザインを作ったりして工夫はしてみたつもりなんだが。


「ソラくん、コトネさんともナギサくんとも仲いいよね。ちょっと、似てるし」

「そう、かな? まあ、食べようよ」


 平然と、俺は言えただろうか。それとも、平然と言ってしまっただろうか。俺と、渚について、を。



 どれもおいしい、おいしいと食べてくれるお姉さんにほっこりしつつ、俺も食べていく。

 醤油は存在していないことになっているため、唐揚げは塩味と少しピリ辛にしたものを用意し、卵焼きは若干甘め、ハンバーグのソースは中濃ソース。ソース自体は、野菜と果物などをベースに作り、家でも好評なものを用意しておいた。

 ポテトサラダはニンジンやキュウリを入れるのは俺的には邪道なので、腸詰を茹でて適当にちぎったものを混ぜている。

 サラダは直接バスケットにいれると水浸しになりそうだったので、木の器に紙を敷いて、小瓶にニンジンベースのドレッシングを入れたものを用意してみた。


 醤油やみそも、和風のものとして、出したい欲求はあったが、それでお姉さんにおいしくないと言われたら立ち直れない気がしたのでやめておいた。



 食事も終わり、ただ二人で空をぼんやりと眺めながら、最近の話をする。お姉さんは店で起こったことを、俺は行った先で起こったこと、風景を。言える限りのことで。


「ソラくん、私そろそろ明日の準備があるから、戻るね。荷物は、持って帰るから、符はギルドに戻してきてもらって、いいかな?」

「わかった。じゃあ、俺もそのまま帰るよ。明日、朝に中央広場でいい?」

「うん。大丈夫だよ。じゃあ、また明日ね」


 空になったカートにシートを入れたお姉さんが帰っていく。何となく、それを見つめた後、商業ギルドに符を返し、今度は鍛冶師ギルドへ向かう。



「では、これを。……ギルド長? 今日は会うつもりはないので、断っておいてください。リゼットさんの湿布は、渡しておきますけどいい加減に医者にかかるように言っておいてください。……あの人たちは俺を何だと思ってるんだろうか」

「ソラさまに、ご期待をされているといいますか、ご自身の孫よりも溺愛されているといいますか。それよりも、少量ですが何か新しいものをお試しになられるのでしょうか?」

「いえ、そういうものではなく渡したいものがありますので、自分で用意しようかと。……リリアン嬢、それはどういった笑みでしょうか」


 鍛冶師ギルドに行き、珍しく受付に向かった途端、奥から出てきたリリアン嬢に個室に誘導されたのは何故だ。


「宝石類に金、白金、他に何か必要なものはございますか?」

「いえ、俺が確保している素材もありますから大丈夫ですよ。あと、ここで作ると面倒なのに捉まりそうなので。

 それと、後でみんなで食べてください」


 微妙な反応をされているがこれ以上の追及をさけるため、来る前に購入しておいた甘味で買収しておく。

 甘みはそこまで強くないが、貴族御用達の店で買ったもののため、極端に口に合わないことはないだろう。

 というか、リリアン嬢と事務方のトップが好むものをリサーチ済みのため、満足はしてもらえる、はずだ。


「ソラさま、ありがとうございます! っ、し、品物はすぐに準備いたしますので、少々お待ちください」


 パッケージでどこの店のものかすぐにわかったらしく、目を爛々と輝かせるリリアン嬢を見送り、必要なレシピを見直していく。

 他に、ことねの言うコンペがどれくらいの規模かは分からないが、認識を合わせるために、一般的に平民が着ている衣類を製図し、型紙、に起こすのは今はしなくていい。

 パレットを起動し、保存されているテンプレートと比べ、パレット上で作成したものを紙に書き写していくんだが、あまり俺自身決して絵心があるとは言えないため、こうやって作図用の補助ツールがあり、やり直し(アンドゥ)やり直しのやり直り(リドゥ)ができるもので単純なものを先に仕上げコピーしていく。

 仕上がったものは、シャツにズボン。長袖と半そで、それにマイアやオウラなどの王族、あるいは貴族以外の今まで見たことのあるデザインを起こしていく。

 分かる範囲での比率や素材、縫い方なども細かく書いていくと3着書いたところでリリアン嬢が戻ってきたため、しまっておく。


「お待たせいたしました。ご確認いただいてもよろしいでしょうか?」


 袋に入っていた素材を確認し、支払いを済ませる。ちなみに、大口の取引ならともかく普通に買いに来ても、1階にある待合場で取引を行い、わざわざ個室に案内されることはない、と聞いていたんだが。




 家に帰り、荷物を片づけると地下の工房に入り、買ってきた素材や必要な素材を集めていく。

 ここで火を使うのはまだ怖いため、加工は全てスキルを使って行う。全力で作ったときにどうなるか、正直恐ろしくはあるが、悪いことにはならないだろう。

 展開した大量の術式により、部屋中に法陣で埋め尽くされ、必要以上のエフェクトと光で包まれているが、部屋の外には影響しないように手を加えているから問題はないだろう。

 そして大量に浮かぶ素材類をどう組み合わせるかも決めているから、後は手早く加工をしていくのみだ。


「術式、『装華外印・零式』展開。外印:宝珠―――精製」


 埋め尽くしていた法陣が一つに集約し、光の塊が脈動するように、呼吸するように波打ち、膨張し、収縮する。

 何度かそれを繰り返すと、最後に光が収まり、目的のものが出来上がる。法陣の効果が切れるとそれを回収し、箱に入れておく。

 何セットかそれを繰り返し、全て終わらせたのは、それでも夕食の前の時間。……思ったよりもかかる時間が短かったのと、SPがほとんど減っていないのは何故だ。

 俺の使う錬金術、というものは極々一般的なそれとは大きく異なる。少なくとも『レジェンド』上では。

 本来であれば、ビーカーやフラスコなどの器具を使い、薬品を精製し、それを様々な素材と組み合わせ魔力を含むものを作っていき、最終的には賢者の石、あるいは黄金を作る、というものだが。

 俺のそれは、道具や途中の過程をほとんど吹き飛ばし、素材以外はSPのみを使い、法陣を操り、派手なエフェクトをぶちまけながら精製していく、という悪乗りした結果だ。

 ただ、ゲーム中でそれを使っていたのは、俺と、開発に協力してくれた錬金術師だけだった。原因としては、難易度が高すぎたらしい、ということだ。

 スキル、と一口に言っても発動するために必要なものが異なる。戦闘系の、剣を振り回したり槍で突いたり、といったスキルは対応する武器と体を動かす、という工程が必要になるし、魔術だってただ言うだけではなく、より正確にイメージしコントロールする必要がある。

 この錬金術、便宜上作成をしたやつは印終法陣(いんしゅうほうじん)と呼んでいたが、作成する魔法陣、発生するエフェクト、作成工程、仕上がりまでを完全にイメージし、具現化させ、最初から最後まで自分の身の力でコントロールする、ということがうまく行かなかったようだ。

 そいつも基本の印は作成できても、俺の使う術式は何故かほとんど使えなかったようなんだが。派手好きのクランメンバーも何度かチャレンジはしていたが、もっと派手なエフェクトの魔法を開発する、という行動に移していた。

 ともあれ、基本的な錬金術も使えなくはないし、符も器具を使っての作成が可能だ。だからこそ、新しい店で販売するものはそっちをメインとする予定だし、誰かに教えるとしても、恐らくそっちがメインとなるだろう。とはいっても、俺とは全く異なる法則で錬金術を扱っている可能性は低くないんだが。

 ちなみに、賢者の石は別の方法で作っている。印終法陣でも作れなくはないんだが、ただでさえ凶悪な賢者の石の効果がさらに強くなる、というヤバいものが出来上がるからだ。

 そのあたりは運営から禁止されなかったのが不思議だが、俺しか作れない、ということが大きかっただろう。たぶん。


 作り終えたものとは別に、ガラス板と水晶を取り出し、丸く加工しておいた水晶を半月に切断し、どちらも研磨しておく。

 そして、水晶をガラス板の上部に取り付け、固定する。それだけだと単なる水晶をくっつけたガラス板だが、その上でパレットを展開する。

 パレットでできることは、スキルや外観データなどの作成されたデータの保存、オリジナルスキルの作成、というものが主で、そのオリジナルスキル、というのは中身は純粋なプログラミングだ。

 パレット自体はいくつかの言語と、複数種類のプログラミングの補助ツールとしての役割も持つが、実際の所そういった補助を使わなくてもプログラミングを行えるのであれば、書き込み、保存することができる。

 そこでまず行うのは、四則演算の行える計算機、電卓のプログラミングだ。といっても、プログラムの中では基本中の基本というか、定義されているものとしては簡単なもののため、プログラミング自体はすぐにできるし、デバックをしても特にエラーは算出されない。0÷0のような定義されていないものについては、エラーを出すようにしているが、それはそう動作するのが正しいのであって、想定されていないエラーではない。後は()を使った計算や、答えをいくつか保存し、後で参照や計算ができるようにもした。

 そしてその保存したプログラミングをガラス板に出力し、計算機の土台にする。入力はそのガラス板上に、そして出力はフローティング、立体ビジョンを取り入れた。

 たかだか計算機に対し、オーバースペックもいい所だが、俺がパレット上で使うならともかく、他の人が使うのであれば目に見えるように出力する必要があるし、何よりディスプレイの開発や計算用の集積回路の開発は俺では無理だったからだ。

 ただ、錬金術でガラスの表面を覆う被膜を作り、疑似的なタッチパネルが作れたのは、様々な人の暴走の結果であり、俺はその恩恵にあずかっただけだ。

 入力モードも、一般的なテンキー電卓モード、自分で計算式を書く記載モード、あと商品の画像と金額を表示させ、個数を選択することにより計算が可能な、何というのか。飲食店などで使うような、例のアレだ。

 イオン用と一応俺用と作り、所有者制限をかけておけば、もし盗まれても悪用されることは、あまり多くはならないだろう。ただ、念のために追跡できるようにはしておくが。

 ロリ神に言われた、禁止されたものに抵触しそうだが、中身は魔法陣という名のプログラムのため、きっと平気だろう。何かあったら警告してくるだろうし。

 ともあれ、2つ作り上げると、夕食だと呼ばれたため食堂に移動する。


「今日は露店出したって聞いたんだけど、しばらく外でするの?」

「むしろ、しばらく別の仕事をしなきゃいけなくなったから、一区切り、というか気分転換というか。

 今回はしばらく町の外に出ることは、ないと思うんだけど」


 思うが、ことねの計画次第では周囲の村や町に行く可能性は少なくない。その場合はことねをそういった目的で町の外に出すわけにはいかないだろうから、俺や他の誰かが代役として出るんだろうが。

 ただ、そうなった時に誰がことねの面倒を見るのか、という問題が出てくるから、外に出るのはよほどのことがない限り俺にはならないだろう。


「じゃあ、しばらくゆっくり出来そうなのかな?」

「研修とかもあるから、そこそこ忙しいだろうけど。夜遅くまで仕事をすることは、終盤以外はないと思うよ」


 母の言葉に頷く。研修の時期や内容は伝えられないが。


「そっか。お兄ちゃん、ゆっくりできるって。よかったね、レニ」


 母がそうレニに笑いかけると、レニもにっこりと微笑み返す。


「おにーちゃん、レニといっしょ?」


 レニの言葉に頷く。とりあえず、何かあっても外には出なくて済むようにしよう。



 食後、絵本を読んでほしいとねだるレニに促され、居間として使っている部屋のソファに陣取り、絵本を読む。

 棒読みになっている感は拭えないが、それでもレニは嬉しいらしくにこにこしながら絵本を眺めている。

 ……やはりうちの妹は天使か。渚が小さいころに絵本を読んだ記憶はあるんだが、あいつはただぼーっとしていただけだから、もう二度とやつには読んでやらんが。

 読んでいると、一定のリズムでの読み聞かせで眠くなってきたのかうとうとしてきた所を父に任せ、一度部屋に戻る。

 まだレニも入浴しておらず、流石に幼女とはいえ眠りかけている状態で俺が入浴させるのは危ないから任せたんだが、決して成長しているレニを支えられない、というわけではない。決して。

 そのあたりはひとまず考えないようにして、明日の服を考える。外に出るわけじゃないから武装は考えなくていいだろうが、普段通りの服装、というわけにもいかないだろう。

 ひとまず、前にジェシカに選んでもらった服を引っ張り出し、探していく。……着る機会がなかったので、全部まだ未着用なのは仕事が忙しすぎるためか。

 未着用といっても、サイズ合わせのため軽く羽織ったりはしているからサイズが極端に違うことはないし、少し大きめのものも『最適化』させておけば問題ない。

 ……服ばかり買って、靴はほとんど用意していなかったことを思い出したので、スキルを使って作ったのはご愛嬌、といったところだろう。

 結果、ショートブーツにブーツカットのパンツ、大きめに調整したクレリックシャツに薄手のチェスターコートモドキ。名称の由来となるチェスターフィールド伯爵がこの世界にいるわけもないため、単なるロングコートとして売られていたものだ。

 それに適当につばの浅いマリンキャップを組み合わせ、念のために魔術品をいくつか用意しておく。あまり派手になり過ぎないように細身のブレスレットやアンクレットで、暗器、もとい非常事態の時のためにいくつかナイフを忍ばせておく。

 前世では幼馴染に選んでもらったり、悪友に選んでもらうことが多かったが、その時に似たような服装を選んでおけば、大きな失敗はないだろう。きっと。



 入浴も済ませ、大きめのトートバッグを取り出すと準備をしたものを入れ、就寝の用意も済ませたんだが、何故か微妙に眠れない。

 普段に比べ、仕事の量が少なかったからか、問題ごとが起こらなかったからか。だからといって、何か体を動かす、といった気分にもなれない。

 仕方なく、屋根裏部屋から見える外の風景を眺めることにした。最近少し寒くなってきているから、防寒対策を取ったうえで、だ。


 見上げる夜空からは、知っている星座もなければ、名前の分かる星々もない。

 ただ、それでも見上げる夜空はそこに星があることを示しており、何となくだけれど少しだけ落ち着く。

 その闇に身を委ね、ただしばらくそうすることで、安息を得ることはできるのだろうか。



 眠気が出始めたのは、いつも寝るよりも少しだけ早めの時間で、十分に睡眠をとると、着替え朝食を摂る。

 母には見慣れない服装に驚かれたが、今日は休みで出掛けることを伝えると、一転して妙な笑みを浮かべられる。

 食べ終えると後片付けはいいから、と追い出され、そのまま荷物を持ち、中央広場へと足を運ぶと、ちらほらと視線が向けられ、すぐに逸らされる。好奇心などの視線で敵対心を感じるようなものはなかったので、特に問題はないだろうと周囲を見渡してみるが、まだお姉さんは来ていないようだ。

 お姉さんがやってくるであろう方向が見えるベンチの一角に座ると、特にやることもないから空を眺める。

 ……たまに俺に声をかけてくるのがいるが、半分が俺の知り合いで、半分が男女問わず、ナンパと思われる声かけをしてきたので、断りを入れる。

 知り合いは昨日の露店のことだったり、これまでに販売した商品のことだったりと話はそれぞれだが、待ち合わせをしていることを伝えると、母に似た微妙な表情を浮かべ、立ち去っていく。

 うん、何故こうも微妙な表情をされるのか。不快そうな表情はされなかったので、絶望的に似合っていない格好をしているわけではなさそうだとは思うが。

 特に汚れもないし、と一応シワやヨレなんかがないかをもう一度チェックしていると、慌てたようにお姉さんが走ってやってきて、何かを探すかのようにきょろきょろと視線を動かしている。

 それはいいんだが、何度か俺の方も見ているはずだが、胸をなでおろし、木陰に立っているのは何故だ。

 わくわくしながら周囲を見回しているお姉さんは愛らしいが、俺に気付いていないんだろうか?


 少し観察していたが、やはり俺に気付いた様子はなく、少し不安げに表情を曇らせはじめたので、お姉さんに近づいてみることにした。

「お姉さん、おはよう?」

「え、あ、お、おはようございます? ……ソラくん?」


 やはり気付いていなかったらしく、俺をまじまじと見つめてくる。


「そうだけど、ってどうしたの?」

「え、あ、うん。いつもとだいぶ違うから、ちょっと驚いちゃったんだけど、わ、私着替えてくるね!」


 何故かまた走り出そうとするお姉さんを捕まえる。これから着替えてくるのも不毛だろう。


「ちょっと色々な兼ね合いがあって俺はこうしてるだけで、気にしないでほしいんだけど」

「そ、そういわれても、ソラくんの隣りで歩くなら、今のままじゃ……」


 まあ、落ち着かないんだろう。分からなくはない。分からなくはないが。


「これから戻って着替えるのも大変だろうから、とりあえずこれでも羽織っておいて」


 寒さを調整するために用意しておいたストールをバックから取り出し、お姉さんにかける。

 男物だからレースなんかの装飾はないが、それなりに厚手で大きさもあるから、問題はないだろう。きっと。


「……ごめんね、借りさせてね」


 うさみみが垂れるのがまた可愛らしいが、落ち込ませたくてそうしているわけではないからそんなに気にしないでほしい。


「それより、今日はどこに行くの? 町の外には出ないと思うんだけど」

「あ、うん。外に出れないから、町の中を散歩したりしたいかなって。えっと、ソラくん朝ごはんはもう食べたの?」

「ちょっと朝早めに起きたから軽くね。焼けたにおいもしてくるし、軽く摘まんでもいいかな?」


 起きるのが遅かったんだろうか、お姉さんが急いできた以上、軽く何か食べておいた方がいいだろう。特に荷物も持ってきていないようだし。


「じゃ、じゃあ私も少し、摘まもうか、な?」


 遠慮がちに言うお姉さんに合わせ、つまめる程度に適当に一口サイズのものをいくつか買っておく。自分の分を買おうとしたり、お金を出そうとするが、そうする前に支払いを済ませ、さっさと離れる。

 そのたびに不機嫌そうになるが、俺一人では食べきれないから、と伝えると苦笑され、受け取ってくれる。


「それで、どこ行くか聞いてなかったんだけど。どうしよう?」

「うん。ソラくんもこの町で暮らして少し経つけど、あまりじっくりと歩くこともまだないかなって。だから、私が知ってる場所を案内しようかなって」


 買ったものを食べ終え、ゴミを捨てると街中をお姉さんに先導されながら散策していく。ここではお父さんとこういったことがあった、お母さんと喧嘩をした、といったお姉さんの昔話を交えながら、のんびりと、とりとめもなく。

 そこに俺も多少の話をしながら、進んでいくんだが、流石地元だけあるのか、俺が通らない道も多く、知らない町のようで、ただそれでも楽しそうに話すお姉さんが隣りにいて、チラホラと見たことのある人もいることがここをバーレルだと知らしめているようで、何となくくすぐったい気持ちにもなる。ただ、住宅街を案内されても、あまり行く機会が今後あるかどうかは不明、なのはお姉さんらしいというべきか。


「ここのお茶屋さん、同い年の女の子にも人気があってね。私も最近はたまに行くんだけど、お茶にしていい?」

「そうだね。俺もちょっと休憩したいと思ったし、何かオススメとかある?」


 住宅街の一角、オープンテラスの設置されているこじんまりとした喫茶店があり、そこで一服することにした。

 中は女性客が多く、たまに付き合いできているらしき男性客が肩身狭くいるんだが、気持ちは分からなくない。俺も一人なら入り辛い店だ。


「ここは焼き菓子が美味しくって、お茶も美味しいんだよ。何か食べたいものあるかな?」


 メニュー表を渡されるが、半分近くどういったものかわからない料理がある。特に馴染みのある料理名ではないため、またこのあたりの特有の料理名なんだろうが、『翻訳』をしても分からないのはどうしてなんだろうか。


「ちょっとしたらお昼になるだろうから、あまり量はなくていいかな? お茶も、一杯で大丈夫」

「そう? じゃあ、これと、これかな?」


 注文して出てきたのは、クッキーもどきと発酵がそこまでされていないのか、中国茶では白茶と呼ばれるような、薄めの色の茶葉が入った茶器。

 クッキーもどきは保存食としての塩味が強いものではなく、サブレのようなものやラングドシャのようなもので、これまで食べてきたものの中でも甘みが強く、お茶自体の甘みもあるため、ミルクも砂糖も入れなくてもいいようだ。

 ただ、数か月前まではこういったものはなかったらしく、誰かが広めたもの、らしいが恐らくことねだろう。

 渚はこういったものを作ることはしなかったはずだし、俺もレシピは分かるが広めていない。そうなると、自力で開発した可能性は低く、他国でも甘味に関しては貴族が好むと言われている砂糖やミルクがたっぷりと含まれるものか、これまでの塩味の強いものが主流のようらしい。

 となると消去法でことねしかいなくなる。他の誰かが開発したのであれば、ギルドもしくは母経由で噂が俺にも届くだろうし。

 料理名については、俺も元の世界の名前のままではなく、少しアレンジしているからメニュー化する際に、近い名前に変えたんだろう。


 あくまでものんびりと、仕事の話も少ししながら、お茶も終わらせると、住宅街の案内から今度は職人街へと移る。

 今度は顔見知りどころか、知り合いが増え、からかってくる人や、俺を2度見して逃げ出すやつが出てくる。


「あ、はは。ソラくん、何かしたの?」

「何人か、俺が見てる見習いがいるんだけど、不意に俺と遭遇すると心の準備ができてない、って逃げ出すのがいてね。

 ……大丈夫。俺から逃げるよりも、逃げたことで親方にどやされるのはあいつだから」


 そういう失礼なことをするのが半数いるのはどういうことだろうか。厳しくしたつもりも、無理を言った覚えもないんだが。

 むしろ、そのあたりを理由に昇格を回避したかったんだが。


「だから、あたしも反省してるって。お父さんにも怒られたし、でも謝りに行くのは、何か違う……」

「そこは違わなくないでしょ。私だって一緒に謝ってあげるからさ」

「でも、あたしも家知らないよ。だから、偶然会った時でいいんじゃないかな」

「家が分からないなら、どこかで会えるように、ソラさんにお願いするか? 俺も、一度ちゃんと謝っておきたいし」

「ソラさんを介すると、後が怖いから、いや」


 と、聞きなれた声が聞こえるんだが、こいつが一番俺に対して失礼すぎるだろう。


「……ええと。……いや、怖いことなんてないよ。ほら、ソラさん、優しいし」

「はぁ?! あの人が優しいなんてことあるわけないじゃん! あの時、ほんと腕折られると思ったんだからね!」

「あの人は厳しい所はあるけど、本当に優しいと思うよ。俺らだって、あの人に付き添ってもらったの忘れたのか?」

「た、確かにそれは感謝してるけどさ。でも、無茶ばっか言うし、わけわかんないことばっかするし!」

「そんなに、わけわかんないことばかりしてたか?」

「あんな火を打つとか変なことばっかしてんじゃん! そう思わない?!」


 と、反論したかったのか、声のした方向に思い切り振り向き、まばたきを2度ほどする。


「それは、お前の実力が不足しているから、とは思わなかったのか? リリオラ」

「……え、と。……み、ミミン……いつから気づいてた?」

「方向的に、来てすぐに。すぐには分からなかったけど、隣にミランダさん居たし」

「お、俺はすみません……今気付きました」

「ラ、ラージの裏切り者……」

「リリオラ。それで、言うべきことは?」


 リリオラはその場でジャンプしたかと思えば、そのまま平伏する。……ジャンピング土下座なんて久しぶりに見たんだが。


「あ、あの、ち、違うんすよ? あ、あたしも、その、あの、ご、ごめんなさい」

「リリオラ。せめて愚痴だの文句だのは、もっと人目がない場所ですべきだろ? 俺の耳に入るだけならともかく、面倒なやつらの耳に入ったらどうするつもりだったんだ?」


 リリオラの言いたいことは、分からなくはない。分からなくはないが、こいつはもう少しうかつな行動を控えてほしい。


「他に聞いた奴はいないようだから、この場ではこれ以上は不問とする。ただ、もう少し考えて行動しろ。

 ……ミミン、ラージ。お前らも含めて、明日ギルドに顔出せ。いいな?」


 リリオラを立たせ、告げるべきことだけを伝える。


「……お姉さん、行こう?」

「あ、え。そ、そうだね! ちょっと早いけど、お昼にしよっか?」


 にこっと笑うお姉さんは俺の腕を取り、引っ張る。空気を換えようとしてくれるのは嬉しいんだが、少し引っ張る力が強くて、服が伸びそうなんだが。



「お、お店どこがいいかな?!」

「少し静かにできそうな店がいいから。知ってる店あるけど、そこでいい?」

「うん、ソラくんがいいなら大丈夫だよ!」


 少しひきつったようなお姉さんを連れ、アンジェと行ったのとは違う店、少し高めで一見お断りな店に向かう。

 予約は不要だが、ある程度しっかりとした紹介人がいないと入れない、というそこは完全個室でゆっくりするには向いている。

 場所も貴族街にあるし、豪商や下級貴族向け、ということもあるんだろうけれど。


「こ、この店始めて入ったんだけど、大丈夫?」

「何かあっても、ハッフル氏から紹介された店だから問題ないよ。それよりも、何か食べたいものある?」


 そう。ここは上級貴族のご令嬢であるハッフル氏から紹介された店で、ドレスコードも人によってはあるような、そういう店だ。

 ハッフル氏の知人である俺にはドレスコードも何もないんだが。


「……それこそ、お料理の名前がわかんない。えっと、ソラくん教えてもらえる?」


 分からない料理名について伝えて、怖々と食べたいものを伝えてくるのはメニュー表に金額が一切書かれていないから、だろう。


「じゃあ、料理来るまでゆっくりしておこうか。食べ終わったらどうしよう?」

「ちょっと、一緒に行きたいところがあるからついてきてくれるかな?」

「今日は二人でゆっくりするんでしょ? 危険のある場所以外ならどこでもついてくよ」


 そういって笑って見せるとお姉さんも安心したように笑う。


「それにしても、リリオラちゃんのこと、あまり怒らないであげてね?」

「俺はそう怒るつもりはないんだけど、ちょっと話し合いは必要だからね。……あそこで会うとは思わなかったから、あの場を離れるにはちょうど良かったぐらいだし」


 話し合いには少し過激な人たちも同席するかもしれないが、そこは自業自得としか言いようがないだろう。


「そういえばさ、ソラくんのお店って、場所とかもう決まってるの?」

「一応ね。まだちゃんと中も見てないから、もう少ししたら色々決めたいんだけど、ことねからの話もあるし、いくつか進めたい話もあるから、ゆっくりはあまりできない、かもね」

 あとは正直なるようにしかならない、というか流れをどう作っていくかしかない。というよりも行き当たりばっかりにならないようコントロールするしかないだろうが。


 料理自体はコースではなく、お姉さんが興味があるようなものを頼んだが、一応単品のメニューでジャンルごとに1品ずつ、というように頼んだ結果、突き出し、前菜、スープ、ヴィアンド、というようにコースに近いものを頼み、一品ずつ出てきたんだが、その分お姉さんが緊張してしまったようで、食べ方が分からない、と半泣きになってしまったのは失敗だったか。

 スープが出てきた時点で、デザート以外は全て持ってきてほしいと頼み、取り皿に取り分けたあとは美味しそうに食べ進めるお姉さんを見れたので、店自体の選択を失敗してしまった、んだろう。


「お貴族さまの料理って、難しいんだね」

「決まりさえわかれば、そこまで複雑じゃない、とは思うよ。美味しく食べれるのが一番だとは思ってるけどさ」

「マイアさまとか、オウラさまも、こういった感じで普段食べるのかな?」

「王族のマナーはどこも変わらないみたいだから、たぶんね。王宮で食事なんて肩肘張りそうだし、機会もないだろうけど」

「でも、ソラくんもマイアさまに付いて王都に行ったんだよね? その時はどうしてたの?」

「色々面倒だったから与えられた部屋に閉じこもってそこで食べてたよ。最初くらい一緒に食べないか、ってマイアには言われたんだけどさ」


 マイアにはため息を吐かれたが、単なる平民が王族と混じって食事なんてできないだろう。ハッフル氏の家で食事はしたが、それは例外としておこう。


「そうなんだ? お城だとやっぱりいろんなお貴族さまとかいたんだよね?」

「貴族だけじゃなくて、騎士とか研究をするような人も色々いたみたいだよ。城勤めの騎士はほとんどが貴族らしいから、そういう意味で純粋な平民はそんなに多くなかったかもしれないけどさ」


 使用人も一定数は貴族が務めるらしい。中級貴族、つまり子爵や伯爵までは平民を雇うことはあっても、それ以上の侯爵や公爵については子爵や男爵の次男以下を雇い入れることがほとんどらしい。地方の貧しい貴族は1人か2人くらい通いのメイドなんかを雇って、自分たちで身の回りのことをする、ということも珍しくはないらしいが。


「それで、コトネさんのお手伝いするのは分かったんだけど、ナギサくんはどうしてるの?」

「あいつは、あいつで自分ができることをしてるんじゃないかな。最近は会ってないから、何をしてるかまでは知らないけど」


 あいつが好きなこととか趣味といえば、体を動かすことが主で俺のようにゲームに没頭することもなければ、料理をしたり本を読んだり、ということはあまりしていなかったような気がする。

 勉強も付いていければいい、といった様子だったし、何よりも熱中して何かに取り組んだり、自分からこれをしたい、ということも聞いたことがない。

 俺がいなくなった後のことは、わからないが。それでも、もしあいつが流されているだけなら。あいつは本当に命の危機が目の前に迫った時、それに耐えられるんだろうか。いや、その時にその場から逃げ出してでも、自分の命を守れるんだろうか。

 その時、俺にしてやれることは、あるんだろうか。


「まあ、ことねにだけ肩入れすることもよくはないから、何かあれば俺もナギの力になれる分ではしてみるよ」

「ソラくんは、ナギサくんの装備作ったんだよね? それだけでも、力強いと思うよ」


 俺が曖昧に頷くと、タイミングを見計らったようにデザート代わりの果物と、紅茶が運ばれてきた。

 紅茶はともかく、果物は、食べやすく一口サイズにはなっているが、あまり冷えておらず、旬のものではあるんだろうけれどいまいちだと感じるのは俺の舌が肥えているから、だろうか。

 冷蔵庫や冷凍庫については、解禁してもいいだろうか。……一度そっちは、マイアやオウラに相談してみるか。



 2人分で金貨1枚、という適正な額かどうか微妙な金額を支払い、店を後にする。お姉さんには、口八丁で言いくるめて金額のことは誤魔化したうえで、だ。

 歩いて、辿り着いたのは外壁の近く。といっても、外と中をつなぐ門の周辺ではなく、職人街の一角、だ。


「ここから、上がれるんだけど外に出られるわけじゃないし、階段も途中までだからほとんど知られてないんだよ」


 そういって案内されたのは、外壁と家の壁に挟まれた階段。10段程度しかないそれは、本当にわかり辛く、人目もない。

 階段を上り、進んだ先は少しだけ奥まった空間、というかドアのない小さな個室、といったものとなっており、特に何もないのは元々何かを作ろうとして中断したものの跡なんだろうか。


「ここは、リオナも知らない私だけの場所。他に知ってる人もいるかもしれないけど、ここで誰かに会ったことはないから」

「そっか。俺に教えてよかったの? 大切な場所なんでしょ?」

「うん、ここは、昔から何かあった時に、1人になりたいときにいつも来てた場所だから。でも、ソラくんは特別。他の人に教えちゃだめだよ?」


 地面は石材を切り出しただけの場所で、椅子も何もなかったので、バッグからタオルを出すと、お姉さんの座る場所に敷いて俺も適当に座る。


「ありがと。何だかお姫さまになった気分だよ」


 マイアより丁寧に接している、気がしなくはないけど、うん。



 何となく、会話が途切れ、見える風景をぼんやりと眺める。


「……私ね。嫌なことがあったら、いつもここに来てたんだ。お父さんに怒られた時も、お母さんと喧嘩した時も。

 それに、私他の同い年の子に比べて昔から大きかったけど、あまり皆みたいにできなくて。だから、仲良くしてくれる人もそんなに多くなくてね。

 でも、お父さんもお母さんも居なくなった時、ここに来ることもできなくて。何も、どうしていいかわからなくて。

 何となく、そのままじゃだめだって思って、お父さんのやってたこと、真似てみて。でも、やっぱりうまく行かなくて。

 そんな時、ソラくんが私の前に現れてくれた。私じゃできないことをいっぱい教えてくれて。

 私だけじゃ、何もできなかったと思うし、お父さんもお母さんも、今どうなってたかわかんない。

 だから、いっぱいソラくんにはありがとうって言いたい。ありがとうってだけじゃ、足りないと思うけど」


「俺は、お姉さんがいないと多分別のことをしてたし、もしかしたら今頃この町にもいなかったかもね。

 お姉さんが、俺にこの町に、居場所をくれたんだよ」


 俺はお姉さんに出会って、初めてこの世界でやりたいことを見つけた、気がする。

 錬金術師でも、鍛冶師でもある。そして、魔法使いでもある。けど、死にたくないから転生はしたけど、何かをしたいわけじゃなかった。


「それに、俺はずっと諦めてばかりだったんだ。ただ流されて、ただそこにあるだけで、前にも向けないで。

 目的も、俺には何もなかった。それを、見つけられるようになったのは、お姉さんのおかげだよ」


「ソラくんは、ううん。ソラくんは。いっぱいできることがあるよ。必要だって、思ってくれる人がいっぱいいる。

 ……私とは、違うから」


 悲しそうに項垂れるお姉さんの手の上に、自分の手を乗せる。


「何がどう違うの? ああ、勿論俺とお姉さんは違うよ。同じわけがない。でも、それは皆同じだよ。同じ人なんて、いないからさ。

 でも、違うけど同じだよ。でも、……俺は、また流されようとしてる。周りがそうしてほしいから、そう願われてるからって。

 そうした方が、きっと皆が、喜んで、その方が、きっと楽だから」


 俺は、自分で決めたんだろうか。納得できたんだろうか。……納得は、できるんだろうか。


「ソラくんは、何に流されようとしてるの? どう、なっちゃうの?」

「……俺は、上級職人から役員に昇格する。確かに、客観的に見たときに、俺のできることを今、他の職人ができるとは思えないし、それをもっと強力な立場で広められた方が、きっといいんだろうね。

 でも、だからこそ俺はサンパーニャにはいられなくなる。ジェシィさんは一般で、お姉さんも見習いで。上級職人が店を持たずに済んでいたのは、状況が許してただけで、誰もそれは望んでたわけじゃなかった。だから、俺に求められるのは、そうするべきだと思われてることは。……何が俺の望みなのか、願いなのか。それは俺自身も分かってないんだよ」


 俺の言っていることは、酷く幼稚なことなんだろう。流される方が楽で。でも、流され続けるのは嫌で。

 納得しようとして。ただ、酷くその自分がみっともなくて。


「……私は、私はね。ソラくんが居て、救われたよ?」


 重ねた手の、上にさらにお姉さんの手が乗せられる。ひんやりとして、ただ、しっかりとした職人の手が。


「ソラくんは私の憧れで、誇りで、大好きな人。

 他の人の言うことなんて私は知らない。他の人がどういおうと、今の私は、ソラくんが居てくれたことが嬉しいんだよ。

 本当は、どこにも行ってほしくない。ずっと、私とお店をしてほしい。私からソラくんを取らないで! って。

 でも、堂々と前を見てくれてる、それで私の手を取って、導いてくれてる、ソラくんが大好きなんだよ。

 そんなソラくんだから、私もやってみようって、そう思えたんだよ?」


 だから、そんなに心配しないで。そう耳元でつぶやくと、俺を包み込むように寄り添ってくる。


「お姉さんを、心配してるわけじゃないよ。お姉さんは、俺がいなくても、もう大丈夫。俺は、自分のために店に居たいだけなんだよ、きっと」


「それは、私と一緒に居たいから?」


 いたずらめいた笑い顔に、少しだけ視線をそらして、わずかに頷く。喜色めいたその表情は、見ている方が照れる。


「私も同じだよ。ソラくんと一緒に居たい。でもね、私はソラくんとずっと一緒の方向を向けてると思うんだ。

 ほら、今みたいに」


 お姉さんは俺に抱き着き、頬同士を合わせ、同じ方向を向く。


「それは、鍛冶師として?」

「ううん。人として、ソラくんと私として、だよ」


 ぎゅぅ、と強く抱き着くお姉さんは、ずっと、強い人なんだろう。最初出会った、あの時から。そして、あの時以上に。


「そっか。人として、か。そう、だね」

「うん、そうだよ。私とソラくんだもん。それに、今までとは、お店が違うだけでしょ?」


 何でもないように笑うお姉さんに向き合い、感情のままに抱きしめる。何故かちょっと焦ったようなお姉さんが可愛くて、また笑ってしまう。


「そ、ソラくんどうしたの? ……ちゅーされるかと思った」

「……いや、嬉しくてさ。されたかった?」

「ううん? されたかったんじゃなくて、……私が、したいんだよ」




 何となく、身なりを整える。真っ赤になっているのは、俺だけじゃないはずだ。


「……ソラくんって、何で本当にそんなに可愛いんだろう。女の子よりも可愛いって、自信なくすよね」

「い、色々俺のプライドが崩壊しそうなんだけど」

「だって。最初見たとき、信じられないくらい可愛い女の子が入ってきたって思ったもん。ベディおじさんの所で、女の子じゃないって言われても、しばらく信じられなかったし」


 そういえば、あの時おやっさんだけじゃなく、お姉さんも驚いてたな。


「だから、どこからどうみて俺は……」

「女の子みたいだよ? ソラくんなら、男の子でも、女の子でも大丈夫だけどね?」


 真っ赤な顔で見つめられると、どうしたらいいかわからなくなる。視線をそらしたいが、引き込まれるというか、逸らせなくなる。


「いや、大丈夫って……」

「お母さんからも、ソラくんなら大丈夫って言ってくれたし。……男の子って、くちびるかたいって聞いてたけど、そんなことないし」


 唇を手で触れられると、それだけで何故か全身が硬直する。恥ずかしくなる。……い、いや俺耐性なさすぎるんじゃないか?


「……これ以上しちゃうと、私捕まっちゃいそうだよね。……今日だけは、私だけのソラくんでいてくれる?」


 操り人形にでもなったかのように、がくがくと首を縦に振る。


「私だけで独占できるとは思ってないよ。でも、私はソラくんの傍にいるから。これからも、よろしくね?」

「……うん」


 今の俺ではそれだけを答えるのが精いっぱいだ。……い、色々強く、ならないと。



 体中の血が沸騰するんじゃないか、と思うような状況は何とか過ぎ、冷えた頬を壁にくっつけ、冷ます。

 そんな俺を見て、かわいいかわいいと連呼するお姉さんは、きっと疲れているんだろう。多分。


「ご、ごめんね。ちょっと、ソラくんのかわいさがいつも以上だったから」

「べ、別に俺はそーいうのじゃないから」

「いつもかわいいよ?」


 不思議そうに首をかしげるのは、素なんだろう。……壁、もっと冷たくなれ。


「それで、ソラくんは私のことどう思ってるのかな?」


 にやにやと笑うのは、さっきとだいぶ意地が悪いというか、聞かれる前に答えるべきだったんだろうけれど。


「お姉さんは、俺にとっても大切な人で、好き、な人」


 これだけは、視線を逸らさずに伝える。逸らすには、大きすぎる感情だから。


「あ、ありが、とぅ。……め、面と向いて言われると、嬉しいけど恥ずかしいね」


 真っ赤になるお姉さんも、可愛いがそれを今言うと何となく危険な気がして言い出せない。


「そ、そうだね。……そ、そういえば渡したいものがあって」


 慌ててバッグの中に入れていた箱を取り出し、お姉さんに渡す。


「え、渡したいもの? 開けて、いいのかな?」


 頷くと、お姉さんが箱を開け、中に入れていたものを取り出す。


 隠匿宝珠『無垢なる輪鎖』+10


  願いを具現化した宝珠。無垢なる祈りそのもの。

  重さ2。耐久【4000/4000】

  自動発動『エイシスの守り』

  VIT+30【+15】。DEF+40【+60】、MDEF+20【+50】

  所持者制限【ミランダ】 装備者制限【ミランダ】

  耐久度自動回復・大 破壊不可


 それは細身のチェーンで構成されるネックレスで、今の俺に作れる最大級の守りの装備だ。


「……ソラくんの魔術品。初めて見るものだけど、私のために?」

「少しでも、お姉さんの守りになればいいかなって」

「そっか。ありがとう。ソラくん……大好き」


 潤んだ瞳で見つめられるのは、喜んでくれているんだろう。少し、何か熱を帯びているような、気もしなくはないが。


「そ、そろそろ帰ろうか? もう日も傾いてるし」

「そうだね。ソラくんの可愛い所もいっぱい見れたし」


 くすくすと笑っているお姉さんの方は向けない。もういっぱいいっぱいなんだよ!


「……あ、そうだ。ジェシィさんとメレスさんにも渡してほしいものが入ってるから、バッグ持って行って。

 ストールも含めて、お姉さんにあげるから」

「う、嬉しいけどもらいすぎだよ。バッグも、ストールも、今度返しに行くから」

「この前、大量に買ったから別にいいんだけど、そこはお姉さんに任せるよ」


 ゲーマーのコンプ欲、というか着回し、使いまわしがしやすいものは気付けば数が増えていることもそこそこある。

 使わないものではないし、ほとんどはアイテムボックスに仕舞っているから腐るものでもないから困るわけでもないし。


「じゃあ、借りていくね。……今日はありがとう。嬉しかったよ」

「うん。じゃあ、また」


 と、手を挙げるが軽く頬に唇をつけられ、お姉さんが自分の頬に指さす。

 にこにこと無言の圧がかけられるが、それに負ける、俺ではない。

 少しいたずら心を出して、普通に口にしてみると、感極まったのか強く抱きしめられる。

  いや、もちろんそれはいいんだけど、熱い息とともに吐き出すように「かわいいよぉ」と囁くのは止めてほしいんだけれど。

 お姉さんが中腰気味になっているのに対し、俺が爪先立ちになったいたこと、について言ったわけではないと願おう。



 送ってほしい、と言われたので自宅まで送り届け、何となく直接家に向かわず、だからといってどこに向かうわけでもなく適当に歩き、小さな公園にたどり着いた。

 そこには2人ほど子供が遊んでいるが、知り合いでもないため気にせずベンチに座り込む。

 ……俺に張り付いている隠密はどこまで見ていたんだろうか。途中で体の向きを変えていた、のは『気配探知』で分かっているから、むしろある程度まで把握しているとは思うんだが。

 流石にそれをマイアに報告することはないんだろうが、心配そうに俺の様子を伺っている騎士にはバレていそうで、恥ずかしさがやばい。

 免疫があることがいいこととは言わないが、その場の空気や勢いだけでしたわけでもないし、少しは慣れるべき、なんだろうか。


 一人で考えていても仕方なさそうなことをぐだぐだ考えていると、体の熱がすっかり外に放出されたため、いい加減帰ることにした。

 顔が少しでも熱を帯びていたら、母にとことんからかわれそうだったから、というのもあるが、帰り着いて今日を終わらせたくない、という気持ちもある。

 ……我ながら、ずいぶんと恥ずかしいことを思っている、とは理解してはいるんだけれど。


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