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第47話。準備開始。

「うーん。できれば明日から、って言いたいけど鍛冶師くんにも準備あるよね。

 逆算して、コンペが大体2~3週間くらい準備期間を設けて、そこから発表、審査まで1週間は欲しいよね。

 1か月を最大って考えると、ごめん、時間がないんだけど3日間だけで何とかなりそう?」

「そう、か。分かった、何とかしてみるさ」


 思ったよりもことねから提示された時間は短く、すぐに各場所への報告が必要になってしまった。

 ノルンさん、イオンにはすぐに報告をし、準備まで時間がないが、あまり俺は協力ができないこと。ノルンさんを中心に内装の準備を行ってほしいが、イオンに対しての品物の説明は俺が行うことにした。

 ひとまず取り扱う商品をリストアップし、扱い際の注意事項を書いていく。


「それで、クゥエンタさまからは何かありましたでしょうか?」

「……ええ、色々と。少し、今後の流れも含めてまとめていますので、後でこちらの書面を確認しておいてください」


 今の時点でイオンに俺の昇進のことなどを話すかどうかも含め、ノルンさんと相談をしたい。

 あまり負担を掛けたいわけではないんだが、黙っているのは悪手すぎる。まあ、イオンにも早めに話していた方がいいんだろうが。


「ソラさま、本日はこれからどうされますか?」

「鍛冶師ギルドで人と会う約束を。それからマイアに報告して、……そのあとにサンパーニャに戻ります」

「はい。……明日の朝、ご自宅まで参りますので、お願いいたします」


 ノルンさんは受け取った書類を軽く流し見て、そう頷いた。ノルンさんがうちに来るのは珍しいが、ここでは話し辛いことについて、だろう。


「ええ。お手数ですが、よろしくお願いしますね」

「ノルンさん、私は……?」

「イオンさんは、ソラさまのご自宅まで少し距離がありますので、もう少しだけ様子を見させてもらってもよろしいでしょうか?

 ソラさまがいらっしゃらない状態で、どこまでフォローができるかも少しわからない部分がありますので」


 イオンには申し訳ないが、もう少しだけ長時間外に出ることを避けたい。顔の模様も消え、普通の衣類も身に付けられているが、少女が町中でいきなり衣類が脱げる、ということはどんな状況でも許容できないだろうし、その時に呪いがどう作用するかもわからない。

 一応、霊薬『エリクシア』を薄めたものを一日一回服用させているし、『状態変化耐久(小)』がある以上、問題はないはずなんだが、後は呪いの発動を防ぐアクセサリ類をいくつか持たせるべきだろうか。



「殿下を伝言係(メッセンジャー)に使うなんて、二度としないでよね」

「俺も、少し忙しくてな」


 全く関係のない騎士なんかを向かわせなかった分、まだましだと思ってほしい所だ。

 それに、ギルド側も気を使ってくれたのか、2階にある上級職人用の個室ではなく、1階にある商談用の小部屋に通してくれたようだ。


「それで、どんな用なのかしら?」

「ああ。ディリエルの町について、いくつか聞きたいことがあってな」


 あの男、もといカイオンと名乗った男。ザイオンがこちらに来るまで恐らくもう少し時間の余裕はあるだろうが、確認しておくことに越したことはない。

 ステータス表記を誤魔化す手段のない相手が、俺に偽名を使ったことを後悔するといい。


「聞きたいことって、行ってきたんじゃないの?」

「行きはしたんだが、町の中ではほとんど行動できなかったからな」


 呆れたような表情をされても困る。


「確かに、あなたが町を出歩くってなると、必要以上に目立つか。それで、どういったことが聞きたいの?」


 リオナの目から見たディリエルの町について聞いていく。商店の娘とはいえ、町の上役に繋がることまでは知らないだろうが、住んでいたころの町の雰囲気や情報は得られるだろう。


「入学してから帰ってなかったんだけど、もうしばらく帰らない方がいいのかしら?」

「……そうだな。帰っても問題なくなれば、伝えられると思う。まあ、そんなに時間はかからないと思うがな」

「そう。父さま元気だといいんだけど」

「と。すまない、そろそろマイアの所に行かないと。……忙しなく申し訳ないが、また今度な」


 ある程度話を聞いたが、必要以上のことには突っ込まず、あくまでも街中をほとんど見ていないために、町の雰囲気や、移動するときに不便なことがあったのか、といったこと程度に留めた。

 必要なこと自体は、残った彼らがやってくれるだろうし、そうでない場合も動き方は各所に通知してもらうようにしておいた。

 ま、最悪俺が悪役になればいい。最悪が起きないように努力はするけれど。



「忙しいのではなかったのか?」

「忙しいさ。だからこそ、俺がすることを話しておかないと、何かあったとき対応できなさそうでな」


 マイアから胡散臭そうな表情で見られるが、まあ俺としても胡散臭いと思うから仕方ない。


「対応、というと?」

「……ことねの行うコンペが終わったら、正式に新しい店の準備を始める。引き渡しまでに準備することが多いだろうし、基本的にはコンペが終わるまでは鍛冶師ギルドか錬金術師ギルドのどちらかにいると思う。終わったら、工房主としての立ち回りを知るために、他の店で研修を受けて、といった所だろうから、……その店に直接来るなよ?」

「私が行って問題があるような場所なのか?」

「……ある程度人数も多いし、そもそも姫が来るということ自体、割と問題だと思うんだが」


 不満そうだが、そういった表情をされても困るんだが。


「ああ、それはともかく。……役員の承認はできるのか?」

「ん? ああ、可能だが、錬金術師ギルドに役員を入れるのか? そもそも、お主の正式なギルド長の就任が先だろう?」

「いや、俺が何でギルド長になるんだ? ……鍛冶師ギルドの方でな」

「どちらも私の権限で可能だ。町長にもすでに話は通しているし、後は申請書が出るのを待っているだけだ」


 ……俺はそんな権力は求めていないんだが。


「諦めろ、とは今回は言えないが、お主の技能に対して今の役職では足りないからな。私からは貴族になれ、とは言わないからそこは安心していい」

「何をどう安心しろというんだ? ……おそらく、数日中には申請がくるだろうから、研修が終わるころに承認をしてもらえるか?」


 あくまでもリリエリアンの工房主は上級職人で、その下につく部門ごとの長は一般職人だ。工房主と同等の役職で、研修を受けるということであれば問題ないが、役員が下につくということについては、やりにくいにもほどがあるだろう。


「そう、だな。事務処理も含めると、むしろある程度時間がかかるだろう。実際に、店を開く時期が確定したら報告をしておいてくれ」

「決まり次第な。……後、どうやらあっちも黒みたいだ。裏付けはそっちで頼む」


 それこそ、俺の仕事ではなく隠密だったりの仕事だろう。あるいは書面に起こしたり、まとめると考えると文官の仕事でもあるだろうか?


「そう、か。……影響範囲ができる限り広くなければありがたいのだが」

「それこそ、どうなるかも正直わからないな。俺がフォローできるのは精々リオナ位だ」


 リオナの精神状況が荒れれば荒れるほどお姉さんへの被害も出かねないし。


「そうなったときは、私も手を貸すさ。それよりも、まだ時間はいいのか?」

「そろそろ行くさ。……時間なんて、過ぎない方がいいのにな」


 小声でつぶやいたはずだが、苦笑するマイアに軽く頬を撫でられる。慰められた、んだろう。表情に出したつもりは、ないんだが。



「ただいま。お姉さん」

「うん、お帰りなさい。……何かあった?」

「ん、まあね。……ジェシィさんは?」

「お父さんなら、工房だけど。ちょっと待ってね」



「それで、何かあったの?」

「……4クート()後から、ことねの主催するコンペの手伝いを行って、それが終わったら研修でしばらく別の店の手伝いを行うことになった」

「あ、そうなんだ。そのお手伝いってどれくらいなの?」

「大体、コンペの手伝いが1エーク(30日)程度、そのあとの研修が1セイラ(6日)位、かな」


 コンペの結果発表までもしかしたらもう少し時間がかかるかもしれないから、場合によってはもうしばらくかかる可能性もあるが、予定は予定として伝えておくしかないだろう。


「それで、そのあとはどうなるんだい?」

「……そのあとは。新しく始める錬金術と鍛冶の店を任される予定です」


 俺は、それを平然と言えただろうか。声は、震えてはいないはずだ。


「ソラ君がこの店に居てくれるのはあと3クートということだね。メレスに伝えてくるから、ミランダ。少し店を任せたよ」

「え、あ。うん……」


 気を遣ってくれた、んだろう。何とも言えない表情で静かに店を去っていくのは、うん。


「ソラくん、そっか。そうだよね」


 笑顔で頷くお姉さんに、言葉が返せない。


「ねえ、ソラくん。お茶にしない?」


 お姉さんの言葉にただ頷き、お茶の準備をする。お姉さんが用意すると、そこそこの確率でえぐみが出るため、よほどみんなが忙しくない限り、お姉さんがお茶を淹れることはない。

 俺も、少し落ち着くためには慣れた作業を行った方が、いいだろう。


「ねえ、ソラくん。予約分が少し溜まってるから、お茶飲んだら手伝ってもらっていいかな?」

「ああ、勿論だよ。どれくらいある?」


 予約票を見てみると、魔術品が3点、ネックレスやブレスレットなどのアクセが6点、工房にあるものを見る限りで、手付かずなのが魔術品が1点にアクセが2点、といった所で作り終わっているのが3点、途中のものが3点、といった所だろうか。


「すぐに作った方がいいものなら、さっさと終わらせるけど、どうしたい?」

「えっと、ま、魔術品だけはソラくんにお任せしていいかな? お父さんでも、やっぱり狙った効果を出すのは難しいみたいだから」


 魔術品には、おおよそ2種類のオーダーがある。大体こういった用途で使えるような効果が欲しい、あるいはこのスキルを使いたい、というものだ。

 難易度が高いのは特定のスキルを狙って発動させることで、方向性をある程度絞るだけ、であれば数をこなせば成功率は上がってくるようだ。

 俺が前に作った核を魔術品化させ、取り外して使うというものは王都の一部の魔術職人に研究をさせている段階で、正式な公開はしておらず、ナギの持っている武具以外では俺の試作品以外は今の所きちんと動作するものはないらしい。

 もしできていても、現時点でバカ正直に開示するとも思えないが。

 俺の場合は小さなアクセサリでも狙った効果を発揮できるため、必ずしも核を作らなければならないわけでもない。使い手としては状況に応じて使い分けができた方が便利そうだとは思うけれど。


「それで、効果は、『シールド』に『重量軽減』、『体重減少』? ……最後のは、どう考えればいいんだ?」

「えっと、ユーニさんが、どうしても欲しいって」


 ユーニさん、というのはお姉さんのご近所の『お嬢さん』だ。……何というか、非常に豊かというか、豊満というか、肥沃というか、うん。

 まあ、嬢といっても、貴族ではなく、うん。年頃というか、結婚適齢期というか。少し熟れ過ぎかけているというか。

 ともかく、少し結婚、という言葉に振り回されているらしきその彼女が、私も少しだけ体が軽くなればすぐに結婚できる、というのが口癖らしい。


「……お姉さん。魔術品って別に何でもできるわけじゃないんだけど」

「う、うん。私もそう言ったんだけど、ね」


 断り切れずしぶしぶ受けた、と。


「安く抑えるなら、プラシーボ効果(勘違い)を狙って『発汗促進』とか、『体温向上(弱)』とかはあるんだけど、劇的な効果を上げるわけでもないんだよな。

 組み合わせて、『食欲減退』とか『運動能力向上』とか、かな。本人が運動が嫌いならあまり意味はないんだけどさ」


 究極、体重を落とすなら食事量をその分減らせばいいんだが、それはそれで健康に良くないし、リバウンドもしやすくなるらしい。


「ユーニさんが、お買い物以外で外出てるの私はあまり見たことないかな」


 お姉さんが顔を背けながらそういうということは、運動は嫌いで、何もしなくてもダイエットをしたら奇麗になれる、と思っているんだろう。


「……お姉さん。これからでも断る?」

「そ、そうした方がいい気もするね。お父さんたちと相談してみるね……」


 ちなみに、上げたスキルは全て取得可能なもので、8割ネタではあったが、それなりに役立つ場所はあった。雰囲気のためだったり、演出のためだったり、PvPを盛り上げるためだったり、ということではなく、体温向上は雪山などでの活動に、食欲減退は長時間戦闘中のために、などほとんどのスキルは適切な場所と、システムの裏をかけば活用する方法はいくらでもあった。


「シールドと重量軽減はすぐに作れるから、やっておくよ。アクセの方は、何とかなりそう?」

「うん。魔術品に時間がかかってただけだから、大丈夫だよ。私だって、少しはできるようになったんだよ?」


 少し困ったように笑うお姉さん。もちろん、出会った頃に比べ多くが、安定してできるようになった。


「じゃあ、お手並み拝見、ってことで。あと、他にやることは? 魔術品2つなら2時間もあればできるし、明日以降は何をしたらいい?」

「うーん。じゃあ、さ。明日はお店に出てもらえるかな? それで、明後日は、久しぶりに露店しない?」

「露店か。久しぶりにポーション売るってことでいいのかな?」

「うん。久しぶりに、ね。それで、明々後日は、二人だけでお出掛けしない?」

「リオナはなしでなら」


 そういうとお姉さんに苦笑されるが、前回が前回だっただけに、3人でどこかに出かける、というシチュエーション自体が好ましくない。

 別にリオナが嫌いというわけではないんだが、割とトラブルを招く体質なのか、今のタイミングでこれ以上何かに巻き込まれるのは正直勘弁してほしい。


「じゃあ、俺は作業始めるから、何かあったら声かけて」


 在庫の数を見ながら作業を始める。……いくつか不足している材料があるから、迷惑代としてギルド長に請求してやろう。


「あ、そういえば。明日は朝少し遅くなると思うけど心配しないで」

「そうなんだね、うん、お昼までには来れそう?」

「多分大丈夫、だと思う。明日の分はそんなに時間はかからないと思うし」


 と、話しながらも手は止めない。少し前までは当たり前の行動で、どこかでずっと、それが続くと思っていた。

 永遠というものがない以上、いつまでも同じことを続けることもできないことは分かってはいるが。



 以前と違い、休むこともなく作り終えたものはいつも通り、狙ったスキルを発動させる魔術品となる。

 仕上がりにも特に問題はなく、終わったのも宣言通り2時間程度。


「ソラくん、終わったから、今日はもう大丈夫だよ。明日は明後日の準備があるから、今日はゆっくり休んでね?」

「そう、だね。言葉に甘えさせてもらうことにするよ」


 本来ならサンパーニャの営業時間はまだあるが、ここしばらくロクに店に出ていなかった俺が急に出ても、しかもほんのわずかな時間のみ、であれば店に迷惑しか掛けない。

 それが分かっているから、作っている最中は工房に引っ込み接客スペースには出ず、ただ作ることに集中する。

 少なくなっている消耗品やチェーンなんかもお姉さんが接客スペースに入ったところで作成をしたのは、気づいても怒られることはないだろう。

 ともかく、工房主に今日はもう帰れ、と言われてしまったため、大人しくサンパーニャから離れて、今度は商業ギルドへと向かう。

 確認をしておくことはまだまだある。タイムリミットがいつかわからない以上、早めに行動しておいた方がいいだろう。


「ギルド長か、他の誰かしらと面会は可能でしょうか?」

「面会のお約束は取られていらっしゃらないということでしょうか。……申し訳ないのですが、ご事情とギルドカードをお持ちでしたら拝見できますでしょうか?」


 商業ギルドの受付で面会の申し出をするが、鍛冶師ギルドと違い顔パス、というわけにはいかない。俺自身の意思で会おうとしたのはこれが初めてだから仕方ないが、俺の権限で会えるかどうか、はどうだろうか。

 渡したギルドカードを見て受付嬢は少しだけ驚きの表情を浮かべるが、すぐにカードを返却され、別室に案内されることになった。


「では、恐れ入りますがこちらでしばらくお待ちください」


 何故かお茶まで用意され、狭すぎず広すぎず、といった個室に通されたのは、どの立場が有効だったのか。

 お茶の種類もカップも割と高級なものが出されたのは、少し気になるところだが。



「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「確認をしたいことがいくつかありまして。後、ちょっとした報告でしょうか」


 何故か2名ほど秘書らしき人を引き連れ現れたギルド長は恐る恐る、といった感じで俺に尋ねてきた。


「報告、といいますと? いくつか、あなたを起点とした事業などがある、ということは私たちも掴んでいますが、他に何かあるのでしょうか?」

「俺を起点としているかどうかは分かりませんが、街道整備や孤児院、私塾についてはおそらく鍛冶師ギルドから話が上がっているかと思います。

 あと、店のことも話はいっているでしょう? ……それでサンパーニャから離れることになりました。なので、明後日工房主と露店を開こうと思っているんですが、いつもの許可以外に何か必要か確認をしたいんですが」

「そういえば、サンパーニャの再開時は、露店でのポーション販売から始まっていましたね。……何をお売りになられるのかによりますが、ポーションやベルトなど、以前販売されていたものでしたら特に問題はありませんが、魔術品を全面的に取り扱ったり、以前とは異なるポーションなどの販売については、他のポーション売りへの負担が多くなるかと思われますので、ご配慮いただけますでしょうか?」

「新作のポーションを用意する時間はないでしょうから、以前の取り扱いしていたもののみにする予定ですよ。

 では、そちらは明後日の朝にまた申請をする、ということで」

「ええ。あなたが露店の申請をされた場合は、申請料は免除されますので、当日のみであればあなたご自身で申請をされることをお勧めします」


 中級のギルド員の特権、らしい。まあ、中級ギルド員が露店を開くといったことはまずないため、複数ある権利のうちの1つで、ほとんど誰も使っていない権利らしいが。


「そうですね。魔術工房としては、これからの需要も上がるでしょうし、その後の展望は、店の方針を決める立場に俺は元々いませんから。

 ……といっても、何か不利益を与えるような人物が現れるようであれば、俺が使える手段を使って、対応しますが」


 俺のいないサンパーニャに攻撃を仕掛けるような暇人はいない、と信じたいが。

 ここ最近は、攻撃するよりも敵対しないことを選択したらしく、嫌がらせをしてくるような奴はめったにいない。

 この前のように巻き込まれることは少なくないが。


「正直に言いますと、商業ギルドとしても、あなたほどの権力と後ろ盾を持つ相手に正面切って敵対する、という愚行はできません。

 不正もしていない相手に、感情だけで反発する商人というものは長生きもできませんから」


 そうやってギルド長は苦笑する。


「後ろ盾、というのは何となくわかりますが、別に俺は権力を持っているつもりはないんですが」

「いえ、この町。この国において、鍛冶師、ひいては魔術職人、というものは非常に希少価値が高く、話に聞くようにあなたが自分の思い通りにスキルを発揮させられる人物である、ということであれば。そしてそれを誰かが伝承できれば、あなたの価値や権限というものは今以上に大きくなるでしょう。

 もしかしたら、陛下へのお目通りさえも叶うかもしれませんね」


 いや、とっくにそれは済ませている。いうつもりはないが。


「俺は貴族でもなければ、王族に仕える者でもありませんからね。まあ、そのあたりの話は置いておいて。

 ……情報源はいくつかあるでしょうが、その一つとしておいてください」


 ディリエルの町について、俺の感想などを含めた報告書を渡しておく。注意事項や、依頼したいことも含めて、だ。


「こちらが、本命ですか。……殆どは私たちが持っている情報と重なっていますが、これは。

 ……借りとさせていただきますが、早めにお返しできるように、私も務めます」


 満足そうに笑うのは、それだけ裏付けを取りたいことについて必要なことが含まれていた、んだろう。


「いえ、あくまでも今回の本題は、露店を行いたい、という希望を伝えに来たことですよ。そちらは、おまけということで」

「私たちにとっては、おまけというには重要過ぎる案件ではありますが。……もちろん、あなたが露店を開くという事柄も、事前に知れてありがたいものではあります」


 あくまでも、俺にとって最重要なのはお姉さんとの露店を無事に終わらせることだ。

 この町にみかじめ料をせびるチンピラはいないし、俺が外で何かをする、となると俺についている騎士や隠密たちが黙っていないだろう。

 ……周囲からあまり警戒されないように、そっちにも話をしておくしかないか。俺に襲撃を仕掛けるような相手といえば、悪い意味でいえばドブ坂の住人、いい意味でいえば、マイアやオウラ、あるいはハッフル氏という、騎士では立場上何もできない相手がほとんどだろう。

 姫や高位貴族の令嬢の訪問を襲撃と呼べるような人物はあまりいないかもしれないが。



 商業ギルドを後にし、すっかり馴染みになった喫茶店で夕食を兼ね、騎士や密偵を交え予定を話す。といっても、密偵に関しては騎士に扮した一人のみで、俺と代表の3名の騎士が会食している、という状況にしか見えないだろうが。


「……ということですので、ある程度周囲の警戒や、不審者への対応を行っていただければありがたいですが、それ以外はあくまでも、露天商がいる、ということで考えていただければ」

「長期間であれば、殿下にもご判断を仰ぎたいところではありますが、あの露店を再び、ということでしたらあまり時間もかからないでしょう。

 町の警備に対しては、我々から話を通しておきますので、ご安心ください」


 俺についている騎士や隠密がすっかり俺専用、のようになってしまっているが、いいんだろうか。


「ええ。申し訳ないのですが、お任せします」

「いえ、ソラ殿に今の状況を押し付けているのは、国の都合もありますので。それを撤回できるようなことは、殿下にしかできないでしょうから」

「なら、今すぐにでも押しかけて色々言質でも取ってきますか。……むしろ、オウラのやつにも釘刺しておくか」


 そもそも、今の立場の半分以上も忙しい理由も、半ばあの2人が元凶だといってもいい。

 ……本気で抗議に行こうとしたところを騎士に懇願され、抗議はまたの機会にすることにした。抗議をしない、という選択肢はない。


「それと、お二人でお出掛けになる、それも町の中のみ、ということでしたら我々はできる限りそばにはいないようにします。

 ただ、その代わりというと何ですが、ある程度周囲からちょっかいを掛けられないような装いをしていただければ助かります。

 その方が、何かあった時にできることが多くなりますから」


 それは、目立たないという方向ではなく、ある程度権力や財力を示す方向で、ということらしい。

 貴族街やドブ坂を除けばそっちの方が変に絡まれる可能性は、どちらも一長一短か。



「噂では存じ上げておりましたが、実際に拝見しても華奢な邸宅ですね」

「昔貴族が道楽で作ったいわくつきの建物ですからね。……それよりも、イオンはどうですか?」


 朝、約束通り来たノルンさんを適当に空いている一室に案内し、ひとまずお茶にすることにした。


「イオンさんですか? 健康状態については、特に問題はないと思います。

 文字については、今覚えている最中ですが、読む方はだいぶできていますが、書く方がまだ安定していないですね。

 今のところがひと段落ついたら、数字の計算ですが、どのくらいまでお教えすればいいでしょうか?」

「そうですね。数の単位と、個数、それぞれの硬貨の価値でしょうか。

 計算は、……計算機があれば最悪大丈夫か。俺が個別に対応する必要があるものは最初はそうして、徐々にイオンができることを増やしていく、ということでいいでしょうか。

 商品のサンプルは、早いうちに渡しておきますので、注意事項と扱い方は、錬金術師でないと難しいものがありますから俺が教えられるように頑張ります。

 ……あと、今後の日程についてですが、ノルンさんの方ではどれくらいまで把握していますか?」

「ギルドから、多少のことは。ただ、ソラさまのこととなりますと、遠慮というよりも、騎士さまなどが傍にいらっしゃいますので、憶測などが入り混じる状況ですね。

 私の知っている情報、となりますとソラさまから直接伺ったこと以外は、あまり多くありませんね。大きな荷物を不思議な方法でお運びになられていた、ですとか少女の格好をして練り歩いていた、ですとか、炎を打っていた、ですとか荒唐無稽なことばかりですが」

「……あー。真ん中以外は、まあ事実ですよ。それはともかく。鍛冶師ギルドで役員に選出され、マイアも承認済みです。

 マイアからは、錬金術師ギルドのギルド長にも就任するよう、打診はされましたが回答は保留にしています」

「そうなりますと、店に関わる人員も変わってくるかと思いますが、クゥエンタさま方はどう仰っていましたでしょうか」


 ギルド長や役員たちの話や、それに伴っての研修、またことねからの話などを伝えていく。

 特に、ことねからの予定についてはノルンさんも扱いに困るそうだが、24時間付きっ切りというわけにもいかないだろうし、だからといって断れる話でもないため時間の調整さえ行えれば、猶予ができた、ともいえる。


「ソラさま。私にも協力をさせてください。差し出がましいこととはわかっていますが、イオンさんも含め、できる限りのことは致します」

「そう、ですね。細かい所はともかく、いくつか協力してほしいことはありますから、それに関してはお願いすることもあると思います。

 イオンもことねと面識がありますから、鍛冶師ギルドよりもこちらに迎えた方が、いいんでしょうか?」

「ことねさま、をあまり私はよく存じ上げませんが、こちらのギルド内に人を立ち入らせて、問題ないのでしょうか?」

「……あいつも、立ち入る場所さえ制限したら問題はないでしょう。

 むしろ、オウラがついて来ないように申し伝えるのが先でしょうか」


 コンペにどれだけオウラが関わっているかは分からないが、面白そうなことに飢えているあいつが黙っているとは思えない。

 実際に、後ろ盾として動くだろうから、目立つ位置にはいるんだろうが、名目上だけなのか、それとも実際に何かしらの行動に移すのか。

 そこも含め、確認をしておいた方がいいだろう。といっても、すぐに動くわけでもないだろうから、明後日以降で構わないだろう。


「では、明後日以降、お出掛けになられる際は私をお連れください。イオンさんもできれば同行したいのですが、よろしいでしょうか」

「イオンもですか? 俺もノルンさんも付いているのであれば問題はないとは思いますが。あー。ただ、マイアやオウラにはさすがにまだ会わせられないですよ?」


 一応、あんなのでも一国の姫だ。イオンについては色々と気になることもあるし、まだ無理だとしか言えない。


「ええ、私もそのようなお願いはできません。マイア姫にはお話をされていると伺っておりますが、オウラ姫に関しましては、あまりお伝えはされない方がいいでしょう」


 他国に情報を流すことへの警戒というよりも、純粋にイオンのことを広めない方がいい、といった所か。

 ことねには、俺の手伝い及び、後学のための見学、とでも言っておけばいいか。


「わかりました。後は、工場についてはしばらく時間がかかるでしょうし、街道整備もやはりこの周辺で本格的に進行するには、しばらくかかるでしょうね。……王都での検証が始まったばかり、とはいえ先に開始しているので、マイアに言えば簡易のものは進めても問題はないはずですが」


 実際に始めようとすると、工場と孤児院、私塾を同時並行とする必要がある。流石にそれは無理だろうし、現実的に考えるとドブ坂をつぶした後に仮設の孤児院兼けが人の収容施設を作り、私塾や工場は後回しになるだろう。

 私塾と工場のどちらを優先させるか、は各ギルドの調整が必要になる。といっても、商業ギルドと鍛冶師ギルドと建築ギルドが主で、各ギルド長や町長が意見を出し合い、調整し、それぞれの役割を落とし込んでいく、はずだ。

 街道整備であれば、俺が関わってくる部分も多いんだろうが、あくまでも、まずは国が、ひいては王族や貴族が率先して行う、という見栄を優先させたい、んだろう。

 来ている報告書を鵜呑みにするのであれば、予定していた公爵領との街道の敷設工事は終わっており、効果および摩耗の具合の確認を行っている最中で、有効性が証明され次第、各地に広げる、らしいが。


「では、申し訳ありませんが、本日営業時間が過ぎましたらギルドまでお越しいただけますでしょうか。

 いくつか、ソラさまに処理をお願いしたい案件がございますので」

「そういうことでしたら、勿論伺いますよ。本来でしたら、もっと俺がギルドに立ち寄るべきなんでしょうけど」

「ソラさまが反省なさる必要はありません。むしろ、それを押し付けている周囲が反省すべきなんです。……私も含めて、ですが」


 ノルンさんが少し拗ねたように言うのが何だかおかしく、こっそりと笑ってしまう。


「いえ、俺はノルンさんには感謝していますよ。今俺がこうやって何とか出来ているのは、あなたのおかげでもありますから」

「……ありがとうございます。そのお言葉だけでも、報われるというものです」


 いや、ちゃんと俺はしてもらったことに対しては対価を支払いたいと思っているが。そういった意味では、金銭だけで賄えるような問題ではないから、それ以外にも何かできれば、いいんだけれど。


「とりあえず、そろそろ出ますか。一応用事が済んだら向かうという風には伝えていますが、あまり遅くなるのも問題ですから」

「では、途中までお供いたします」


 ノルンさんを錬金術師ギルドまで送ると、途中で屋台で昼食を購入し、サンパーニャへ向かう。

 ……ノルンさんと騎士に囲まれ、普段以上に人目を引いていた気がするが、気のせいだろう。



「じゃあ、ソラくんには明日の準備お願いしていいかな? 販売するものは、いつものでいいよね?」

「ああ。ポーションにポーションベルト、バッグ類かな。ただ、予約を取るわけにはいかないから魔術品はなしで。

 今日帰る前に明日の露店の予約入れておくから、明日は朝から準備ができ次第、露店を出そう。

 ……ポーション用の瓶が少し足りないようだから、仕入れてくるよ」


 多少はあるが、若干足りない、という微妙な数だ。ほとんど今はポーションを販売していない、とはいえ緊急時の備えなどにも余剰があることに越したことはない。

 定期的にある程度の仕入れはしているが、お姉さんの試作だったり、メレスさんが自宅で作ったり、と直接ここで売らなくても一定数は使うから、ということもあるんだが。

 すぐに瓶に詰めなければいけないものでもないため、先にポーションを作るだけ作り、後でグルンダの工房に買いに行くとしよう。


「そういえば、もう昼は食べた?」

「ううん。お母さんがお弁当作ってきてくれるって言ってたから、持ってきてくれたらお昼にするよ。ソラくんは?」

「俺は適当に露店で買い込んだからそれを食べるよ。……明日は久しぶりに自分で用意するか」


 そうすると、後でアンジェの店で買い物をしておこう。少しタイトなスケジュールな気もするが、特に問題はないだろう。


「その、ソラくん。私も、ソラくんのお弁当食べたいかな、って思うんだけど、いいかな?

 あ、勿論お金は払うよ!」

「一人分も二人分も大して変わらないから準備するのは問題ないけど、食べれないものはなかったよね?」

「う、うん。苦手なのは、今まで食べたことのあるものだとないよ。……あのね、前にソラくんが作ってくれたパンが食べたいんだけど、ダメかな?」

「大丈夫だよ。と、お客さん来たみたいだから、接客して一区切りついたら瓶調達しに行くよ」



「ソラさん自ら来るとはね……。急ぎの分以外は後で持っていくし、必要な分も今見習いを呼ぶから、少し待ってくれないかな」

「余剰分を後で持ってきてもらうだけで構いませんよ?」

「上級職人に小間使いさせたと思われるのも、よくはないからね。特に、うちみたいに大手にも卸してるところはさ」


 苦笑気味にそういわれると、俺が偉くなったような気がする、じゃなくて一応そこそこの立場はあるのか。

 仕入れを誰がするのか、調整をどことするのか、そういった問題もこれから発生しそうで面倒だが、そうもいっていられない、か。


「わかりました。では、ひとまず瓶を110、予備は、分割して構わないので300程。納期自体はそこまで急いでいません。

 金額は、いつもの追加分での単価で問題ないでしょうか?」


 少し多め、ではあるが置き場はあるし、気になることもある。まあ、数量は事前にお姉さんと決めているんだが。


「構わないけど、支払いは今にする? それとも、全部納品してから?」

「今お支払いしますよ。準備はすぐにできますか?」


 すぐにエイナさんが見習いを呼びに行ったため、できる、ということなんだろうけれど。


「あ、これとは別にガラス片かガラス板ありますか?」

「どっちもあるけど、それも店で使うのかい?」

「いえ、別口で必要なんですが、自分で用意する時間があまりありませんから。量はそんなに多くは必要ないんですけどね」


 というわけで、自分用にガラス片とガラス板を少しだけ購入しておく。ガラス板の方はすぐに必要というわけではないが、場合によっては大量に必要になる可能性もある。それも試作品の仕上がり次第だが。



 サンパーニャに戻り、食事を急いで済ませ、ポーションを詰め込む合間にも接客を行い、ポーションの準備が終わったらポーションバッグやベルトを作っていく。

 ポーションの作成はともかく、バッグやベルトの作成はお姉さんにも手伝ってもらう。量を稼ぐ必要はこっちは正直ないんだが、俺一人で全てを行うべきではないし、折角だから、ということもある。


「そういえば、ソラくんって普段どんな研修してるの? リリオラちゃんから話を聞いても、良く分かんなかったんだよね」

「……あいつの言うことは聞かなくていいよ。俺がやってる研修自体は、そうだね。基本ができてる見習いが多いから、ほとんどは知識を増やすことを求められてるかな。金属の扱い方とか薬品類の特性、俺のレシピはあまり教えてはないけど、一般的に使われているような作り方を反復させて基本を強化させる、分からないことを少なくする、とか」


 むしろ、リリオラはお姉さんに何を説明しているんだろうか。


「んっと、ソラくんが私に教えてくれたことの延長線上、みたいなことかな?」

「そうだね。俺がお姉さんに指導している、なんて大々的に言うわけにはいかないけど、大筋で間違ってはないよ」


 お姉さんはきょとんとした表情で俺を見てくるが、指導をされていた。ということがどういったことかあまり良く分かっていないんだろう。

 ……というか、あまりそんな表情で見られても困るんだが。


「見習い、と上級職人という立場であれば、俺がお姉さんを指導しても問題はないんだけど、お姉さんは見習いでもありながら、この魔術工房サンパーニャの工房主でもあるだろ?

 俺はここに雇われてるんだから、本来であればお姉さんが俺を指導する立場なんだよ」


 見習い同士、あるいは俺が見習いですらない手伝いであれば指導を受けることに全く問題はない。ただ、俺が異例の昇格をしたがためにそれは許される状況ではなく、傍から見たらサンパーニャを乗っ取ろうとしている、と捉えられてもおかしくはないだろう。


「ソラくんを指導する、なんて考えたこともなかったよ」

「俺を、じゃなくてもいずれはお姉さんだって弟子を取ったりするだろ? ……その時は、俺はこの店の人間としては、手伝えないんだからお姉さんがやってくしか、ないんだよ。そこは、ジェシィさんとも相談しながらだろうけどね」

「う、うん。そう、だね……」

「……最近、ロクに店に出れてなかった俺が言える話でもないんだけどさ。俺もできる限り手伝いはするつもりだけど、最優先するわけにはいかないだろうから」


 それは、別の店を持つ工房主としても、役員としても過剰な贔屓は許されるものではないだろうから。

 役員になること自体は自分から公言するつもりもないが。



 ただ黙って作業を続け、思った以上に作った。と気づいたのは既に閉店の時間。


「あ、もうこんな時間なんだね。ソラくん、これから忙しい、よね?」

「買い物行ったり、ちょっとギルドにも寄らないといけないから。明日明後日は他の予定は入れないから、また明日」


 お姉さんの返事は待たず、荷物を纏める。予想も想定もしていたが、寂しそうな表情をあまり長くは見れない。


「うん。また、明日」


 そういうお姉さんに軽く手を振ると、商業ギルドへ向かう。まずは、一番早く済みそうなことを済ませるのが一番だろう。



 話は通っていたのか、カードを提示するだけですぐに渡された符を受け取ると、今度はアンジェの店についた。


「あ、ソラ。うちに来るの、久しぶりだね?」

「しばらく町を離れてたからな。……元気してたか?」

「え、あ、うん。師匠さんにあの後怒られて、色々あったけど、うん」


 ハッフル氏の怒りに触れるとは、ご愁傷様としか言いようがない。


「……ま、まあ強く生きろ。……そういや、ハッフル氏に渡したもののメンテもそろそろ必要か?」


 金烏玉兎(きんうぎょくと)輪舞曲(ロンド)については、ハッフル氏の使い方の荒さもあり、割と細かくメンテをする必要がありそうだ。

 メンテやその間に貸し出す魔具のレンタル料なんかは表に出せないこともあり、俺が直接決めてハッフル氏に請求するしかない。

 ふっかけるのは簡単だが、万が一バレると面倒なことこの上ないことになりそうなので、正規の金額に若干の手数料を上乗せするだけにしておこう。


「師匠さんの? よくわからないけど、師匠さんここしばらく外には出てないみたいだから、直接家に行ったらいいんじゃないかな?」

「……なら、数日中に向かうと伝えておいてくれ。……あと、上に住んでる何だったか、錬金術師は、会えたりするか?」

「フェルア? いつも何日か部屋に閉じこもって、その時は出てこないから、しばらくは難しいんじゃないかな?

 でも、前も思ったんだけど、ソラって鍛冶師なんでしょ? 何で錬金術師のフェルアに用があるの?」

「俺は鍛冶師だけ、じゃないからな。色々あるんだよ」


 納得できない、というアンジェに正確な答えは与えられない。ただ、聞く限りではフェルアは何かしらの活動をしているようだが、ギルドに商品を卸していない状況でどうやって収入を得ているか、は不明だが現時点でそこまで気にする必要は、ないだろう。



 買い物を済ませ、錬金術師ギルドにつくと出迎えてくれたノルンさんに不思議そうに見られるが、明日必要なものを買ったことを軽く説明し、納得してもらう。


「それで、俺が処理する書類というのはどういったものでしょうか?」

「御覧いただきたい書面や、決裁のご判断をいただきたい書類が、こちらです。いくつか、鍛冶師としての書類も含まれていますが、錬金術師ギルド宛のものがほとんどですね」


 書類としては、30~40枚位だろうか? 決裁する分と目を通す分と分けられているようで、目を通すものについては、来年の国からのギルドの運用資金の通知だったり、町からの全ギルドへの通知など緊急のものはない。とはいっても、ちゃんと見ておかないといけないであろうものだからしっかりと内容は把握しておくが。

 決裁のものは、こちらも町からのものがほとんどでギルドに対しての緊急時の薬品類の徴収要請だったり、優先的な購入権だったりと諸々があるが、俺一人で判断できるものとそうでないものをまず分けていく。ついでに、判断するまでもなく却下するものは端に避けておく。どこぞの姫からのゴーレムが欲しい、だの、栄養剤を大量に欲しいだのはもちろんだが、鍛冶師ギルドに届いたらしい弟子入りを希望する有象無象の経歴書らしきものも全て却下する。


「……工房を開くの止めていいですかね? 情報の出回りが早すぎるのは、経歴からどのあたりからかの当たりはつけられそうですが」

「ソラさまのお気持ちは、わかります。ただ、ギルドの人間としては、動きを止められる段階は既に過ぎている、としか」

「そう、なのは分かってるつもりなんですけどね。弟子なり何なりは、必要になったときに相応しい人が現れるか、保護しないといけない相手なんかが出てくるでしょうから、それまではノルンさんに負担を掛けない程度に回しますよ。

 それよりも、こっちの件なんですけど、これまでどう決裁したかわかりますか?」


 町からのいくつかの書類は例年対応しているであろう内容というものがいくつかある。前ギルド長もヤバい書面は残していない可能性もあるが、通常の書類はさすがに保管しているらしく、過去の決裁とその内容を加味して決裁していく。あまりにもおかしい、というか現状にそぐわないものについては条件付きだったり、前例を踏襲しないものもあるが、ほとんどのものについては決裁を行えた。


「……袖の下、というかここまで露骨に賄賂を要求する貴族って、いるんですね」

「え、ええ。私もたまにそういったことがある、と聞いたことがありますが、ここまで明確に要求するというものは今まで見たことがありません」


 うち、決裁に困る、というか反応に困る要望書、というか請求があり、その中の一つが、ゴーゾン伯爵とやらの臣下として毎年支払いを行っている金銭や物品の催促、という書面だ。グロディウス子爵、とやらだが俺はゴーゾン伯爵とやらも知らないし、グロディウス子爵というのも聞いたことがない。


「……とりあえず、これはマイアに渡してみます。あいつなら子爵やら伯爵やらも名前は分かるでしょうし」

「そうですね。私も、町に常在している貴族家でしたら分かりますが、特に記憶にはございません。……前ギルド長の知り合いでしょうか?」


 すでにいない前ギルド長は、爵位までは聞いていないが、貴族だった、と聞いている。今はその家自体無くなっており、無心をしてきた子爵はそれを知らずに要求してきているんだろうか?

 ただ、今すぐにマイアの所に行って聞くのも時間が微妙だし、外で警護している騎士に話を聞いてみることにしよう。



「……ソラ殿。グロディウス子爵はともかく、ゴーゾン伯爵のことは覚えていないのでしょうか?」


 何故かひきつったような表情を騎士は浮かべるが、はて。ゴーゾンと言われても特にピンとこない。


「俺がこれまでに会ったことがある、ということですか? 特に心当たりがないんですが」

「……ソラ殿が狙われて、拿捕をした2名の貴族のうちの1名です。本当に、覚えていらっしゃらないのですか?」


 俺が狙われて、拿捕した貴族。……うっすらと、覚えているような覚えていないような。


「えーと。……鉱山の時に何か貴族が居た、気がするんですがそれでしょうか?」

「え、ええ。……ソラ殿は自分を誘拐した相手も歯牙にもかけない、ということでしょうか」


 大した相手ではなかったからいちいち覚えていない、というのが正しいんだが、特にいっても仕方ないだろう。

 というか、俺を誘拐しようとしたうちのどれかはその伯爵が関与していたのか。


「まあ、とりあえず取り潰された家を盾に脅迫してきている貴族が居るということになるでしょうから、これはマイア預かりで問題ないですね。

 問題は、これがいつからどういった経緯で始まったのかということでしょうが、ギルドの中に裏帳簿なんかも含めてまだ隠れてそうですから、そのあたりの調査を、時間があるときにしておきますよ」


 急いで行ってもそうでなくても、たぶん大した差は出ないだろう。伯爵が処刑されたということを知らない、気づいていないという状況であるのであれば、国としても泳がせているんだろうし逃亡される恐れなんかも低いだろう。


「あとは、王都の錬金術師ギルドと騎士団からの招集状、ギルドからは街道整備や魔術具に対する要望や改善についての打ち合わせ、騎士団からは作成した武具のメンテ、という名目でそれぞれ早急に、と書かれているんですが、無理なので何か交わし方があれば教えてほしいんですが」


 騎士から苦笑されるが、無理なものは無理だ。街道整備については、状況を書面で記載するか、向こうからやってくれば多少の対応はできるだろうが、こっちもやることが詰まりすぎている。騎士団からの要請も、それこそこっちに来てしばらく滞在するのであればどうにかするが、向こうに行ったらなんだかんだ理由をつけて滞在期間を延ばそうとしたり、今渡している物以上に作らされかねない。

 色々なものを作ったり、問題を解決したりすること自体はもちろん嫌いではないが、もっと時期ややり方を考えてくれ、と言いたい。

 というか、騎士には伝えたが。


「そう、ですね。自分としてもソラ殿の多忙加減はある程度は聞いていますし、かの勇者殿に要請されていることを優先するよう、殿下からも賜っていますから、陛下からの御下知でもなければ、強制されることはないでしょう」


 国王以外からの命令以外は今の時点では断ることは可能。逆に勅令であればよっぽどのこと以外は最優先となる、ということか。

 王からの命令なんて受けるような立場じゃないはずなんだが。


「ひとまず、断るための手紙を早めに用意しておきますから、文面に問題がなければ誰かに運んでもらいますか。……面倒ですけど」


 最も早い方法は俺がゴーレムで運ぶことだが、それをしたくないために断ろうとしているから手段から外す。

 郵便なんてものはないだろうが、来たということは送ることもできるだろう。きっと。


「さて。えーと、予定が詰まってるので、マイアには行ける時に行く、と伝えておいてください。

 あと、イオンに渡すものがあるので、明々後日以降になると思いますが、それまでに何かあったら連絡をください」


 一国の姫よりも身元不確定の少女を優先させるのも何だが、物事の優先順位としてはイオンの方が高いから仕方ない。

 というか、マイアに至急に話すべき内容は緊急事態の事柄で、テロだったりするからそういったものはない方がいい。

 騎士もノルンさんも苦笑い、というか反応に困っているようだが、今更変えることもできないことだ。

 マイアとはちょっと会うための時間を空けたい、というのは俺だけの秘密だけれど。



 決裁する分も、丸投げする分も、全て分けて今日の仕事は終わりとする。……案の定、外はもう真っ暗で日付ももう少しで変わるんだが。

 家に帰ると、寝る前に簡単に朝の準備をする。といっても、することはそんなに多くない。買ってきた野菜の下処理に、野鳥の肉を漬け込み、パンの仕込みをするくらいだ。

 ちなみに、自宅はディリエルの町に行く前に手を加えており、冷蔵庫の設置の他、浴槽の改良、トイレの設備の強化などを行った。

 俺がいないと何も使えないのではレニがかわいそうだからだ。

 そんな設置した冷蔵庫に下処理を済ませた野菜と肉を入れ、不足して作れないもののリストアップも済ませる。事前に足りないものが分かればそれを省いたり、少しアレンジをすることは可能だが、全くないものを0から作ることはできない。

 アイテムボックスに無駄に貯蔵している分があるから、足りないものはほぼないはずだが。



 ほとんど寝た気にならないが、体力に問題がないのは若さの証拠か。いや、前世だって10代後半だったから十分若かったんだが。

 ともかく、まだ父も母も寝ている時間に起き、せっせと2人分の弁当を作り始める。発酵させておいたパンを焼き、下処理をした野菜や肉を調理し、他にも定番である具材を作り、時間のある時に自作しておいたバスケットに詰めていく。

 味を染み込ませるという意味では多く仕込んだ方がおいしくなるので、肉は多めに処理して、一緒に調理をしているが、他は切れ端程度だ。

 冷えても問題ないし、朝食で食べるならそこまで冷え切ってはいないだろう。……電子レンジも作りたかったが、マイクロ波を発生させるための機関を作ることがまずできなかったから諦めた。

 ごくごく弱い温度上昇なんかは魔術品でも可能だが、それはむしろ単純に雑菌を増やすだけにしかならなさそうだったからやめておいた。

 とにかく。昼の準備は済ませたし、符も準備したから、サンパーニャに向かうとしよう。

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