第46話。仕事の成果と。
ゴロツキモドキを収監してしまいたかった、んだがさすがにそこまでの理由を用意することができなかったので、泥酔しきって暴れ始めたため、仕方なく拘束したという理由をでっち上げた。
まあ、本当に単なるでっち上げでしかないが、仮にも王家の名代との話し合いに関係のない第三者が武器持参で居座って、酒を誰よりも早く飲み始める、といったことは普通はしないだろう。
「さて。邪魔はしばらくは入らないでしょうから。本題に入りましょうか」
今回の茶番、もとい何だろうか。お家騒動の大きい番、というか大げさに言うとクーデターというか。政変じゃないから、クーデターではないか。
ともあれ、外部からの監査や調査は必要になるだろうが、その事前準備として内部の情報をもう少し詳しく集めるべきだろう。
「私に敬語などは不要ですな。職員と偽装している時はともかく、あなたの方が立場も上でしょう?」
いや、職員としても登録はきちんとあるから偽装では一切ないが。
ともかく、男は商業ギルドの一般ギルド員らしく、俺は中級ギルド員ということもあり、そういった意味では立場的には全面的に俺の方が上らしいんだが。
とはいっても、俺が中級ギルド員であることはあまり知られていない。一般と上級の間に中級を設けているのは、それだけ商人ギルドのギルド員が多いということと、中級、というのが一つの目標ではあるが最終目標ではないからだ。
ほとんどのギルドにおいては、上級ギルド員というのが到達できる最大のようで、大体ギルドに加入後、40年以上はかかるのが大半のようだ。
中級にも30年以上かかるのが一般的であり、ただそこまで行くと上級にまで上がるのはほぼ確約されているらしい。
役員に関しては特に優秀であり、後任を育てられ全体を支えられると判断されたものが国から選任されるようだし、ギルド長も国と貴族や有権者からの信任がないとなれない、と考えるとなること自体がほぼ無理だと考えた方が早いようだ。
俺の中級へのランクアップはポーションをはじめとするアイテムのレシピ化と納税、他にもいくつか活動している中でも、ポーションバッグやカートなど、作成自体は鍛冶師ギルドで行うが流通のルートは商業ギルド、といったちょっと便利でかつ大量生産が可能になったものが評価されたようだ。
本来見習いとして働き始めるのが15歳からで、俺はまだ10歳になったばかり、というのは見て見ぬふりをしておこう。
「いえ、鍛冶師ギルドの職員ですよ? 必要のない所で交渉相手に圧力をかける趣味もありませんし」
必要であればいくらでも圧力程度はかける、ということでもあるが。
といっても、騎士や騎士見習いに囲まれている状況が完全に圧力をかけているともいえるんだが。
「ソラ殿。ここは、しっかりと上下関係を示した方が良いのでは?」
「この立ち位置ですでに示していますよ。……騎士に四方を固められている相手が自分より上だと思わない相手はそうそういないでしょうし」
文官に小声でささやかれるが、それに応じるつもりはない。
だが、一般的に、騎士が守護するものというのは町民や襲われている誰か、といった以外では王族やそれに類するような貴族。
国以外で騎士団を個人で率いることはできないらしいから、騎士が守る相手、というのは非常事態を除くとそれなりの相手、らしい。
常時俺に護衛があるのも、マイアからの指示であり、俺自身が偉いわけじゃないはずなんだが。
「さて。本題として。この町に、あなたに共感し、あなたに味方をする人物はどれくらいいますか?」
「本題、と仰られた以上、先日の話の続きかと思いましたが、どういった意味でしょうか」
「情報収集は文官の本分であり、その分析もそれに含まれます。背後関係はこれから洗っていきますが、街中で集まられる情報だけでも、見えてくるのものはあるんですよ?」
というか、視察が入ってもバレないと思ったのか、町の上層部は派手に動き過ぎだ。
男の説明をそのまま真に受けても、やっていることはウィルンディアを含めた周辺の農作物を集め、販売するという巨大な倉庫街のようなものだ。
それだけでも相当な金銭が動くんだろうが、様々な口実を元に、本来払うべきものを払っていない、というだけであれば、まあそれもよくはないんだが。非常時の貯蓄、といえば聞こえはいいが、着服したものはおそらく調べれば山のように出てくるだろう。
出てほしいわけじゃないんだが、恐らくほぼ間違いなくアウトなものが山ほど出てくるだろう。何せ、この男はこの町には特産品がない、と断言していたくらいだからな。
「……少し前はともかく、今は身内以外には2、3の商店のみといった所でしょうか。なんとも、お恥ずかしい所ではありますが」
恥ずかしい、というよりも何かを堪えるように言ってくるのは、この町の腐敗具合が見えてだいぶヤバそうだ。
「では。それらの商店が全てこの町から撤退するにはどれくらいの時間がかかりますか?」
「商店が、撤退、ですか?」
この町がどうなるかはさておき、まともそうな人間は一旦バーレルに退避させるのが一番だろう。
都合よく、いくつかの商店の空きがあるし、住む場所も今なら確保しやすい。……周囲の町や村でのスポンサー集めが主題だったはずなんだが。
まあ、この町には特に思い入れもないし、失敗をしてもいい。というのはそこまで含まれているから情報を得て必要なものだけ確保できれば、一般的な町民以外は保護の対象に含める必要すらないらしい。
もちろん、できる限りそうしないように動くつもりではいるんだが。
それと、相手の揺さぶりをかけるにも、有効な手段だろう。
「最終的に判断するのは、あなた方です。俺の権限では、10数名を一時的に研修のためにバーレルまで招待する程度、ですから」
あくまでも、俺が来たのは今後も踏まえた取引のためであり、できることといえば見習いの受け入れの前に、何名かのギルド員を集めて事前研修を行う程度、だ。
まあ、その時に世話をする家族がついてくるのは、仕方ないことだろうし。
「では、話し合いも含め、私たちがバーレルに、すぐにでも向かえばいいのですな?」
「ええ。できれば、明日の午前中にでも」
何かあってからでは、遅いというか、正直手遅れになる可能性が高い。
「できるだけ、早く準備をして後を追えるよう、準備をいたしましょう。私、カイオンの名を持ちまして」
深く俺に頭を下げる男はやはり胡散臭いが。
商人との会食、らしきものを終わらせ、ゴロツキモドキを置いて離れると町の情報収集のグループと帰り支度を始めるグループに分ける。
この期に及んで町の情報収集を行うのは、欺瞞でしかない。ある程度仕入れた情報の裏付けは必要にはなるだろうが、それも今すぐにしなければならないことでもないし、あくまでも街道整備事業を行うために必要な情報を集めているだけ、という体にしている。
そっちに参加しようとして、全員一致で帰り支度のグループに振り分けられたのはなぜだ。
ちなみに、今回の情報は全員に共有している。変に情報を隠す意味もないし、それで疑心暗鬼に陥られても困る。
……商人との交渉からあの文官を外したのは、見えている地雷を踏み抜く度胸が俺にはなかったからだ。
「帰りは、馬車にお乗りくださいね。ソラ様」
「荷物は行きよりも増えましたし、俺が座るスペースはありませんよ。最悪、騎士に同乗させてもらいますか」
俺と一緒に居残り、もとい帰宅準備を行うグループに分けられた文官見習いに言われたことは、 さらっと無視をしたいが、そうもいかない。
というか、今はそれよりも帰り準備をしようとしてもやんわりと断られたり、しようしたことがすでに片づけられていたりと俺の出る幕がない。
文官や職員の専門分野を侵すつもりはないが、もう少し俺に役割を持たせてくれてもいいんじゃないだろうか。
せめて自分の手荷物だけは、と整理しても量がそもそも多くないので、ほぼ何もせずに終わったんだが。
「もう少し、あなたは人を使うことに慣れてください。これは、殿下からのご指示だとも伺っています」
色々な人に何度も同じようなことを言われ続けているんだが、人を使うことを慣れろ、と言われても正直難しいにもほどがある。
そもそも、前世でも今でも一般庶民としての生まれで、別に貴族でも何でもないんだから、慣れる必要があるのかとしか思えないんだが。……冒険者ギルドを除く、各ギルドでの立ち位置を考えると、そういう立ち振る舞いを求められてるんだろう。
それよりもまずは、錬金術師ギルドに正式なギルド長が赴任されるのが先なんだろうけれど。
少しだけではあるが、心配していたゴロツキモドキの関係者の報復も、さすがに騎士に対してはできなかったらしく、うろうろと何人かが宿の周囲をうろついているようだが、俺の『気配探知』に引っかかっているし、周囲の隠密にも気づかれているようだ。
俺としても、今の段階では直接町とやり合うつもりはないし、向こうも自分たちの命以上に守りたいものはないだろう。
一応、武装もしてはいるが出番がない方がいいだろうし。ちなみに、二振りの淑女は殺傷能力が高すぎるのでお留守番中だ。
といっても、アイテムボックスに入れているだけで、入れる前にずいぶんと抵抗されたが。
今装備しているのは、短剣の『揺蕩う守りの刃』とブレスレットに偽装した魔力展開式のシールド『儚き水盾』だ。
どちらも非殺傷性能の高い水の属性を持つ装備だが、機能を解放しない限り単なる短剣とブレスレットでしかないから自衛手段としても見られないだろう。
「さて、少し時間には早いですが、戻りますか。忘れ物がないかは、念のため確認をしておいてくださいね?」
俺の言葉に苦笑しながら頷く一同だが、苦笑される要素があっただろうか? なくしたり落としたりするとまずいものは持ってきていないはずだから、杞憂ということか?
ともかく。朝起きてすぐに出られる状態を整え、横やりを受ける前にさっさと引き上げる。元々の日程通りで、むしろ予備の時間を含め遂行すべきものは全て完了させたので帰るタイミングを速めた、という風に見せている。
……荷物が許容できそうな量ギリギリだったため、詰め込まれた文官や職員には申し訳ないが、俺は馬に自力で乗っている。
服装も、着ていたギルド職員のものではなく、着替えの中でもある程度見栄えのよさそうなものに変えて、だ。
「やはり、鐙がないのは危険ではないでしょうか?」
「鞍と違い、俺でも使えるサイズがありませんでしたから。頭のいいコなので、何とかなるでしょう」
あぶみ、要は踏ん張りがききやすいように鞍から下げた足場のようなものだ。武器を振るうのであれば、そういった足場があった方がいいし、乗り降りも安定するらしいんだが、サイズが合わないのであれば、馬自身に身を任せた方が安全だろう。
そもそも、騎乗のスキルを持っているからよっぽど変な体勢を取っても落ちることはないし。
町を出て、急ぎ過ぎない程度にバーレルへの帰路に向かう。あの男のことがなければ、荷物などに『軽量化』をして一気に帰る方がいいんだが。
ほとんどの村は帰りはスルーすると決めているし、馬車の性能はともかく、ほとんど減らしていない缶詰の耐久性なんかも見たい。
あとは、正直色々ありすぎてさっさと帰ってレニと遊びたい。1日2日で帰れるものでもないんだが。もし何か緊急事態で早急に変える必要があれば、ゴーレムを使うから別だが。
「……街道といっても、馬車がすれ違えるくらいの幅はなさそうですね。もう少し道を広げるか、どうしても細い道は分離させて高速馬車の運用路は確保できるようにすることも視野に入れますか」
馬車1台通るのがやっとの道も多く、普段はどうしているのかと思えば、馬車が往復するほどの交通量はなく、野菜や穀物をバーレルに持っていく商隊が月に何度かあるだけで、往来自体は徒歩が多いらしい。
貴族が用のあるような町であれば別なんだろうが、あくまでも倉庫としての役割が強い町では貴族が行く意味もなかったんだろう。
そういう意味では、今回の1件で町の暗部が垣間見えた、といった気もしなくはないが、さすがに隠したり誤魔化したりする義理もないし、隠し通せるレベルにはない。
特に、テンプレよろしく、騎士がいるにもかかわらず襲い掛かるようなバカ共には。
「……これ、もしかしなくても極刑でしょうか?」
「調査を行いますが、ほぼ間違いなくそうでしょう。ああ、調査といっても、どれだけの範囲までそうするのか、だけで減刑はあり得ない、と思っていただけると」
つまり、最悪一家郎党全て、ということか。
あとでそれを決定する人物を確認して、情状酌量の余地があれば口を出すつもりだが、今ここで言って変に気を持たせるのも違うだろう。
俺のメンタル的には死罪ではなく、罰金刑とか一定期間の強制労働だけで済ませてほしいんだが、何で襲ってきたんだ、こいつら。
いや、撃退した俺が言うべきではないかもしれないが。
事件、というか襲撃らしきものにあったのは、町から少し離れた街道沿い。町からすぐに離れたかったがために、多少離れたところで朝摂り損ねた食事の準備をして、スープと焼いた肉を食べようとしたところ、たった3人だが、浮浪者の格好をした町人が近づいてきたことに気づいたんだが、無視して食事を摂っていたところ、襲い掛かってきたため、うっかりと持っていたテーブルナイフで撃退してしまった。……血で汚れていないから洗えばまた使えなくはないんだろうが、気持ち的に使いたくはならないのはなぜだろうか。特に装飾もしていない銀のナイフだからいいんだが。
「……あと、あっちに戻るわけにもいかないですし、バーレルまで急行する必要が、ありますよね」
嫌そうな表情をされても俺も困る、が困ったような顔で見られても、とは思うんだが。
「ソラ殿にご負担をおかけすることになりますが、俺も同行しますから、お願いできますでしょうか」
緊急事態や非常事態におけるゴーレムの運用方法が事前に決められている。
突発的な事項で、あるいは非常事態における措置として、ゴーレムが取り付けられるよう改良を加えた車体が1台ある。
ゴーレムの運用として俺と、何かあったときの護衛として騎士が1名、俺についている隠密が1名同行することになっているんだが、輸送する相手も含め合計6人なら、荷物もある程度積めそうだ。
馬車に積んでいた荷物をうまく分散させ、先に持って帰った方がいいであろう書類なんかだけを載せ、目隠しと猿轡をして、後ろ手に縛られ足も動けないようしっかり拘束されたほぼ荷物の一部扱いにされるような、状況には意味はもちろんある。
逃亡禁止、抵抗防止もあるが、秘匿情報を保持した犯罪者の扱いが良くないのは当然だろうから、これ以上の不利なことをもたらせないため、というの方が意味合いとしては強い。
ともあれ、馬車から馬を外し、ウサギ型スカイゴーレム、でふぉるめうさぎを4体作り出し、ハーネスで車体と接続する。
「正式な報告書はあとで出ると思うが、まずは覚書だ。後は、集めてもらった諸々の書類も先に持ってきている。……どうかしたか?」
2時間程度でバーレルに戻ると、襲撃者を騎士に任せ、隠密と一緒にマイアの所にまで来たのはいいんだが、妙に不機嫌そうだというか、何かを考えこんでいるように見える。
「むしろ、お主こそ何かあったか?」
何かあったか、と言われたらむしろなかったといった方が嘘だといいたいくらい諸々はあったんだが。
「視察に行って何もなかったらそれはそれでおかしいだろ。……思ったよりも不正の規模が大きそうでな」
「そう、か。それは気になるが、それだけか?」
なぜ目が座っているんだろうか? ほかに、……いや、うん。ロリ神のは、気にしたら負けだろう。
ああ、そういえばあいつのおかげでほぼ忘れていたが、シェリアのこともあったか。
「あの町にある、古い儀式のことは何か知っているか?」
「古い儀式、何の話だ?」
シェリウェクリア自身のことや、シェリアから聞いた話はできないが、あの工房や噴水に隠されていた魔法陣について軽く説明する。
魔法陣を起動させた後のことは、水が虹色に光り、消えたということにした。
「私は聞いたことはないな。それで、それ自体が何か気になることがあるのか? 魔法陣自体は動作しなかったんだろう?」
「前に行った、風の荒野や水に満ち足りた砂漠と似たような気配がしたからな。精霊に係わる何かがあるんじゃないか?」
シェリアが言っていた本来の役割は、交信できる一番格の高い精霊の顕在化。そして魔法陣に溜まった魔力を破棄するとオドの流れに、ひいては精霊に魔力が送られる、という式。
ただ、シェリアが介入した結果、良く分からない状態になったが、特に魔法陣に変化はなかったようだから、俺以外が試せばきっと何かしらの結果は出るだろう。
「……精霊に何かしらの干渉ができる、ということであれば今すぐ確保する必要があるが、何も起きなかったのではないのか?」
「俺は、精霊をあまり感じられないみたいだからな。だから、一般的な魔術師が起動させてどうなるかを試してどうなるか、位は試してみてもいいんじゃないか?」
あまりしつこくいって警戒されても困る。俺としても、実際にはどういったことが起きるか、を確認したいだけだし。
「そう、だな。精霊に対して害のあるようなものであれば困るが、それなら少なからず影響はもう出ているだろうからな。
すぐにとはいかないが、手配はしておこう」
報告すべきことは終了したのにマイアには睨まれたままというのが謎だが、他にも用事がある。
「そういや、リオナに聞きたいことがある。明日辺り鍛冶師ギルドに来るよう伝言してもらえるか?」
マイアに苦笑されつつも頷いたのを確認し、屋敷を後にする。
戻ったという報告だけ鍛冶師ギルドに入れると、次の場所に移動しようとすると、リリオラにつかまった。
「ソラさん、視察に出てるって聞いたんっすけど、もう帰ってきたんすか?」
「ああ、さっきな。リリオラ、今日は研修だったと思うんだが、もう終わったのか?」
本来は、俺が講義するはずだったんだが、研修よりも視察の方が優先されるのは仕方ない。
「一応、今途中で休憩中っす。……たぶん、あともう少しで再開すると思うんすけど」
「代役は、リゼットさんだよな? 何かあったのか?」
ギルド長よりも年上の役員で、面倒見が良く新人研修も熱心な人だし、問題はないと思うんだが。
「いやー、急に見本を見せる、って言って、腰を」
……結構な高齢だったと思うんだが、大丈夫だろうか。
「とりあえず、俺も行こう。場所はどこだ?」
「ソラさんが前に駄目にして、新しくなった部屋っす」
失言に気づいたのか、そそくさと逃げそうになるリリオラを捕まえ、工房へ向かうことにした。
「リゼットさん、とりあえず湿布しますから、しばらく様子を見てください」
「見本を見せたかったんじゃが、年には敵わんの……」
しょんぼりとしたリゼットさんには悪いが、無理をされて何かあっても怖い。
鎮痛効果と疲労回復、筋肉や神経の回復効果を持たせるためポーションを特殊加工した湿布を腰、というよりも背中全体に貼り付けておく。
「俺ができる分であれば交代して見本を見せるくらいはしますけど、今日は何を作る予定だったんですか?」
「短剣をじゃが、儂にも見せてくれるかの?」
短剣か。見せるのはいいんだが、リゼットさんは何時間打つつもりだったんだろうか?
「ええ。じゃ、そうだな。ミスリア、手伝え」
少しでも慣れている方がいいだろう。主に剣を作っている工房の見習いを呼ぶ。
「え?! あ、よ、よろしくお願いします!」
目を輝かせて小走りで駆け寄ってくるのは、それだけ貪欲に技術を習得したいからだろうか?
いい傾向ではあると思うんだが、リリオラのやつは何故俺を睨む。
「俺と同じであることを目指す必要はない。あくまでも、自分ができることを見つけてその範囲を広げてかないと、理想だけに押しつぶされることもあるからな」
昔、俺が言われた言葉でもあるんだが。全部ができる必要はない。むしろ、全部なんてできるわけがないんだから、まずは自分ができることを見つけて、それを誇りなさい。と割と万能なおっさんに言われたのはあのおっさんが自分自身を過少に見積もり過ぎていたからなんだろうが。
「まあ、自分にはこれしかできないと思わず挑戦をするのももちろん大切ではある、けどな。
それはともかく、一応研修の名目だから基本として、道具の準備、材料の選定、設計図の準備、後は素材の扱い、か」
普段俺自身が何かを作る場合は、基本的に設計図も用意しないし、何なら道具すら使わずにスキルだけで作ることもできるんだが、流石に研修にならない所の話ではなくなるため、普通に基本に忠実に作ることにした。
「……もう一度言う。俺と同じであることを目指す必要はない、いいな?」
無言で参加者に頷かれる。途中までは普通だった、はずなんだが。使った素材は鋼鉄に柄の部分には出来合いの木製のグリップ。
刃渡り15cm程度の何の特徴もない単純なものを作ったはずなんだが。
対魔短剣『透刃聖蓮』+4
魔を退け、聖なる力を生み出すとされる刃。重さ5。耐久【1200/1200】
ATK+50 MATK+30
スキル『聖域宝典』使用可能。
スロットがつかなかったのが幸いというか、属性がつかなかったのが幸いというか、何故刀身が透明になったかが理解できない。
鋼鉄を炉で熱して、叩いただけなんだが。
「……ミスリア、よければもって」
言おうとする途中で思い切り何度も首を左右に振られる。
他にも参加者を見るが、リリオラを含め黙って断られる。
「殿下へ献上されるか、ギルド保管扱いにするしかなさそうじゃの」
リゼットさんの言う通り、ギルドに預けてしまおう。マイアに渡すには理由も特にないし、むしろあいつの話を切り上げてまでやったこととしては怒られそうな気がする。
「ちなみに、何を作ろうとしたんすか?」
「何の変哲もない短剣を作ろうとしただけだ。いや、刀身が透明なだけで切れ味とかはそこまで高くはないんだが」
流星を集めた飛翔剣よりも攻撃力が低い、と考えたらそう大したものではないし、ステータスの底上げもしないからそこそこ切れるナイフ程度だろう。
「何すかね、この信用できない気持ちは。鋼鉄製のナイフだと、生木はそうそう切れないって聞いたんすけど、切れたりしますか?」
生木なんて水分を含んでいるから燃え辛くはあるだろうが、普通に切る位できると思うんだが。
まあ、木を切るとしたら鉈や鋸、斧で切るのが一般的で剣で積極的に気を切ろうというやつはそうそういないだろう。
「どんなものでも、使うやつの腕次第だ。なまくらならともかく、ある程度の道具であれば使いこなせる腕があれば何とでもなるし、ただそれでも限度はある。
お前たちは鍛冶師だ。なら、相手が使いこなせるだけの腕前の持ち主なのか。あるいは何であれば使えるのかは見極められるようにな」
汎用性の高いものではなく、オーダーメイドで作る場合、どうしても使い手にあったものを作る必要がある。
「それって、親方が言うにはある程度自分でも使えないと意味がないって言ってたんですけど、ソラさんも武器を使えるんですか?」
「バランスを見たり、性能を試す必要もあるから、最低限にはな」
クランメンバーに依頼されたり、『SWSd』の試し切りで使ってみたり、調整で振るうということも少なくなかったため、スキルを振っていない武具でも一通り使うこと自体は可能だ。
あくまでも基本的な動きだけで戦闘に耐えられるかといえばそういうわけでもないが。
「でも、ソラさんは魔術職人、なんですよね?」
「ああ。だが、それ以外はしてはいけないという決まりもない。だから、お前たちが魔術品を作るのも、自分の所属する工房で作っている種類以外のものを作るのも勉強にはなるだろ?
……許可が得られたら、実際に冒険者の武器でも鍛ってみるか?」
自分のために、というのもありだがそれも自分自身で振ってみないと使い勝手は分からず、長時間振ってみたり、実践をするわけにはいかないだろう。
まあ、許可を得られるかが問題ではあるが。
「……ことね。俺は魔術職人だと何度か言った覚えがあるんだが?」
「うん、それは覚えてるよ。だから、コンペで色々な人が作ってくれたらうれしいなって」
ギルド長に話をつけに行こうとしたところ、何故かギルド長室にいたことねに切り出されたのは、平民向けの新しい衣類のコンペ、らしい。
それ自体は別にいいんだが、知り合った相手に片っ端から話を持って行ってるらしく、商業ギルドや魔術師にまで話を持って行ったそうだが、商業ギルドはともかく、魔術師は誰がデザインを描いたり、仕上げられるんだろうか。
「それで、デザイン、じゃなかった。絵を描ける人っている?」
「……武具やアクセサリの類であれば描ける職人はいるが、服の、ということか?」
装備以外のデザインをする鍛冶師を見たことは俺はないが。
「鍛冶師くんの知り合いでもいいから、私の言ったものを絵にしてほしいんだよね」
「確か、前に下着を作らさせてなかったか?」
「下着は仕組みは簡単だし、たまたま着替えもあったから実物を見て作ってもらったんだよ。
絵は、結構正確に書けないと作る人が困るっていうから」
確かにオーダーメイドではなく、既製服として仕上げるのであれば複数パターンの設計図と型紙なんかが必要になるだろう。
「そうだな。出来そうな人の心当たりはあるから、何人かに声はかけてみるぞ」
「鍛冶師くんは?」
「街道整備もあるし、俺自身の仕事もいくつかあるんだが」
見習いの武器を作成するという元々の予定がうまく行かなければ多少は捻出できるだろうが。……コンペとして出るとしたら俺はどこの所属として出るべきなんだろうか。
「いっそのこと、合同にしちゃうとかはどうかな? あたしが衣装の統括をするから、鍛冶師くんのは、鍛冶師くんが全部面倒見なきゃいけない訳じゃないよね?」
正論、どころの話ではなくぐうの音も出ない、というのはこのことだろうか。
確かに何となく俺が全部手配をしようと思っていたが、話を通した後は分散させた方が効率も上がるだろうし、俺一人で決定していいものでもない。
「ソラさまはどのようにされたいのでしょうか?」
「渚の立案を手伝った以上、ことねの方も手伝うのは、やぶさかではないんですが、コンペともなったら一定期間準備が必要でしょうし、俺自身が販売をしない以上、販路を用意するか商業ギルド経由でどこかに売ってしまうか、といった所でしょうから」
同席していたリリアン嬢に問いかけられるが、答えという答えは出ない。
販路を用意できないというのもあるが、そもそも俺が衣類にまで手を出せるほど暇でもないんだが。
「そこの辺りもちょっと考えておくよ。あまり、時間もないしね」
結局、ことねの頭にある設計図を俺も含めた何人かの職人がデザイン画に起こすことにして、それとは別にいくつか作ってほしい、らしい。
自分が知っているデザインだけでは数種類程度で、それを元に発展してくれたら嬉しい、そうだ。
「ソラさま、クゥエンタさまからのご了承をいただきました。後は、ギルド内の調整はお任せください」
「ありがとうございます。では、俺もいくつかの場所に声をかけてきますから、よろしくお願いしますね」
と、言葉を交わして向かった先は冒険者ギルド。……騎士たちがついたままなのは気になるが、冒険者としてではなく職人としては仕方ない、のだろうか?
「な、何かご用でしょうか?」
「依頼をしに。……用紙か何かに内容を書けばいいんでしょうか?」
「い、いえ。個室にご案内いたしますので、お待ちいただけますでしょうか」
適当に書いて終わり、というわけにはいかないんだろう。背中に張り付いた視線がそろそろ煩わしくなってきたところだしちょうどいいか。
案内された個室で渡された用紙の項目を埋めていく。内容、期間、だけ記載欄があり、それに応じて依頼額が決まるらしい。
また、単純な違約項目の記載があり、それに対しての罰則項目の記載もあるが、明らかに違法なものや迷惑をかけるようなことをしない。といった緩いもので特に読まなくても何とかなるようなことの記載が多いようだ。一応全て読みはしたが。
「期間は2セイラから3セイラ程度、9級から7級までの冒険者に見習い鍛冶師が武具を提供、その使用感などを見たい、ですか」
「ええ。2人の冒険者に対し、3、4名鍛冶師がつき、武器に防具、後は魔術品の提供、といった所ですね。そのためにも、現在パーティーを組んでいるメンバーの中の1人か2人程度を目安に、10名を上限としてください。
材料費や加工費は一般的なものはこちらの持ち出しとしますが、持ち込みを受け付けます。ただ、明らかに本人が扱えないようなものの持ち込みや、対象外の相手への作成は行いません。
あと、特殊な加工を必要とするものは別途費用をいただきます。……まずはこのくらいでしょうか。何か不足や不明な点は?」
「これまでに、請けた事のない依頼ですので、冒険者ごとに要望も必要となる期間も、異なるのではないでしょうか。
依頼料も、人数によって違ってくるでしょう。……10名だとして、銀貨24枚程度でしょうか」
2400R、ギルドの取り分を除いてどれくらいになるかは不明だが、2週間程度の拘束時間で装備一式+αとして妥当かどうかは不明だが、状況に合わせての対応を行うしかないだろう。
ギルド同士で連携ができれば、何とかなるだろう。これも、ギルド間で決定的な決裂が生じない限り、問題もないだろうし。
そういった意味では、俺は前に出ない方がいいだろう。
「あなたは、どのように関わられるのでしょうか?」
「俺は、別件で依頼を受けているので精々、とりまとめと責任者としての立ち位置程度ですよ。現場の責任者としては、これから決めますが、恐らくは上級職人の誰かを派遣することになるでしょうね」
そもそも、見習いが作る武具に対し俺が口を出すことはない。ことねからの話がなければ多少動くのもやぶさかではなかったんだが、決まったものは仕方ない。
……見習いへの研修をかこつけて、自分自身の装備の充填を目的としていた、なんていえないしな。
委託金、として銀貨10枚を一旦納め、冒険者側の人数と装備が決まり次第、最終的な費用が決まるらしい。
その費用も上限が決まっており、最大でも銀貨46枚まで、だそうだ。それくらいであれば俺が動かせる費用の範囲内であり、場合によっては鍛冶師の見習いや所属する工房に報酬も用意できるだろう。
「5クート後に冒険者側の選出が終わるようです。最大10名、こちらの見習いは18~23名程度、人員に関しては自薦、他薦は問いませんが、装備によっては余剰を見て50名程度を候補と上げていた方がいいと思われます。
冒険者も見習いということもあり、武器以外は金属よりも革を主に、取り回しと手入れのしやすさを重視して、と想定していますが、いかがでしょうか」
冒険者ギルドでの依頼を終わらせ、鍛冶師ギルドに戻ってきたところ、何故か開かれていた役員会に巻き込まれ、事の経緯を説明させられることになった。
役員の爺さま方を相手に話すことは初めてではないが、何故毎回孫を見るような優しげな表情で俺を見つめるかが分からない。
年齢的には孫どころか玄孫あたりでもこの世界ではおかしくはないんだろうが。
「ソラ坊や、それで坊はどうするんじゃ?」
「俺は、平民用の衣類を新しく作ってほしい、という依頼があり、商業ギルドと連携してそちらを行う予定です。
こちらは、明日から依頼主である三田村 ことねと共に、1エーク程度、場合によっては商業ギルドに出ずっぱりになる可能性もありますから、申し訳ないんですが、こちらは俺を責任者として立つくらいしかできないですね」
「……上級職人が1エークも拘束されるのか? ギルド長、いいのか?」
「あまりよくはないが、かの方には他国の姫君がついておるからの。それに、彼でいなければできないものではない、と言われてしまえばそれもその通りだからな」
「見習い程度の仕事なら、監督役は工房長でも問題はないな。そういや、商業ギルドにも登録してるんだったな。見習いか? それとも一般か?」
「この前、中級ギルド員に昇格しました。……上級に昇格するにはさすがに実績が足りないので、しばらく上がることもなさそうですが」
「いやあ。早かれ遅かれだろうよう。クゥエンタ、いい機会だろう?」
「そう、だろうな。以前渡した、留め具は今持っているか?」
不満そうなギルド長に、愉し気な役員の面々、というのに嫌な予感しかしないが、以前渡された留め具を出す。
「若すぎるがな。とはいえ、直弟子を取る前に他に行かれても困ることは事実だ。反対は、よし。ないな。クゥエンタ、役員の全員の承認はあった。後は、お前さんと、王族の許諾だな。何日かかる?」
「殿下の許可だけでよければ数日中、だな。陛下にまで話が上るのであれば、1エーク以上はかかるだろう」
「その前に、俺の意思はどこにあるんでしょうか……」
なんというか、うん。やりたい人間がやればいいというか、弟子を取る必要とかがあるんじゃないのか?
「安心しろ。なりたくてなったやつなんぞ、今この場にはいねえからな。むしろ、お前さんのように現場に出たり、新しいものに挑戦をしたい所なんだが、クゥエンタのやつが自重しろとうるさくてな」
ギルド長としても、あまり現場に出られても困る、といった所ではないんだろうか。各々、好奇心旺盛すぎるきらいがあるから、分からなくもないが。
「当たり前だろう。リゼットのやつもそうだが、これ以上無理をさせてどうする」
「あとは、坊の技の一端でも誰かに引き継げれば儲けもんだな。新しい工房のこともあるし、開店祝いだとでも思ってくれ」
開店祝いが役員への昇格というのは初めて聞くが、色々と建前が必要なんだろう。
「ただ、新しく開く店は以前伝えたように、錬金術を使ったものが原則で、鍛冶師としてのものは、一部のオーダーメイド品のみになりますよ?」
「一切取り扱わない、というわけではないんだろう? 一人で回すには難しいだろうから、鍛冶師として、錬金術師として一人ずつ手伝わせりゃあ、最初はいいさ。
ただ、お前さんがそいつらに求めすぎなきゃ、後は何とかなんだろ」
さすがに俺ができることを求めるつもりはないんだが、一般的な鍛冶師やら錬金術師やらができることがいまいちわからない。
鍛冶師としては見習いの研修をしたり、お姉さんと仕事をして多少はどういった仕事をしているか、どういったことができるか、は分かっているつもりだが、錬金術師としては未知に近い。
「ひとまず、錬金術の方は俺でどうにかしますが、鍛冶師はどうしますか?」
と、ギルド長も含めた全員が牽制を始めるのは何故だ。いや、まあ分からないではないんだが。
「やはり、殿下が見えられることも考えると、私の孫弟子から選んだ方がいいだろう?」
「殿下と直接やりとりをさせられるようなやつがどこにいんだよ。後継者は出せねえだろうから、俺の所から見習いになったばかりのやつを行かせた方がいいだろ」
「坊はまだ幼いからのう。それなら、坊が面倒を見ている見習いから選んだ方が坊もやりやすいじゃろうて。
儂の所にも居るから、そこから選んだ方が坊にとってもいいじゃろう」
……全員が自分の所から俺の所に見習いを送ろうとしているのは、半分くらいは好意なんだろうが、うん。
「といっても、俺の見ている見習いは、ほとんどが後継者で、そうじゃないといえば、ナツにフェア、ミスリアにミミンとラージ位でしょう?
そいつらも、今の店で十分やっていけるような腕がありますし、俺が引き抜くようなことがあれば余計な軋轢しか生まないと思うんですが」
俺は立場的なことはともかく、活動している時期も非常に短く、年齢も若い。そんな相手に見習いを引き抜かれるのはどうであれ面白くないだろう。
「そりゃあ、他の町の工房に引き抜かれるんならそうだろうが、役員が立ち上げる工房に関われる見習いなんぞ普通はいねえからな。箔にもなるし、現役の役員から手ほどきを受けられる機会を逃す、ってやつもそう多くはないな。
まあ、お前さんの年齢を考えるとよっぽどプライドがないやつか、お前さんに自慢だの見栄だのを粉砕されたようなやつしか、下に付けられねえというのもあるんだが」
ずいぶんな言われようだが、仕方ない、のだろうか? いや、これをそのまま受け入れるわけにもいかないんだが。
「弟子、というか手伝いで構いませんので誰か手を借りれれば最初は問題ないと思います。……できれば、4~5日ほどどこかの工房で動きを見せてもらえればうれしいんですが」
と、何人の表情が変わり、牽制を始める。数日、研修の名目で俺を入らせることで何かしらを得たい、んだろう。
「ある程度、俺が入っても問題ない場所ですから、大店の所に限ると思うんですけど、……リリエリアンが無難ですか」
大店としては、アンドグラシオン、リリエリアン、鍛冶工房トーガッファの3店あるが、アンドグラシオンは俺と距離が近く、鍛冶工房トーガッファは工房主はともかく、3つある部門のまとめ役が正直俺と相性がよくない、というか鍛冶師としての方向性が違い過ぎてあまり入る意味合いはないだろう。
大店の工房主ということもあり、それぞれ俺と同じ上級職人のため、そういう意味ではどの工房でも問題はないとは思うんだが、色々、を考えるとギルド長の一番弟子が興したリリエリアンが無難な選択だろう。
「しゃあねえな。今回は、目的もはっきりしてるし、話を通すのも含めて時間が足りやしねえ。クゥエンタ、お前んとこなら2、3クートあれば話は通せんだろ?」
「そうだな。役員としての心得も、すぐには得られんだろうが、人の下につくという経験が圧倒的に足りん内に人の上に立つわけにもいかないだろう。
エセスには話を通しておくから、日付が決まったらまた知らせることにする。ああ、預ける者の選定や、最低限の教育が済むまでは店には出せんから、しばらくの間はほぼ一人でやっていると思ってほしい」
「俺も俺でやることが出てくるでしょうし、店番を任せられる人材にも心当たりはあるので、大丈夫だと思います。
コンペが終わったら、リリエリアンでの研修、それが明けたら新しい店の開店準備、といった所でしょうか?」
「そうなるだろう。ノルンはそのまま任せる。……工房の名前は決まっているのか?」
「一応、候補はいくつか。どれがいいかまでは決め切れていないので、もう少し詰めたら相談します」
コンペに参加しながら他の工房で働く、ということはさすがに無理がある。まあ、ことねがどこまで時間を使うかにもよるだろうが、終わってからの方が現実的だろう。
「あとは、ことねがいつから始めたいかを確認したら、でしょうからそれが分かったらお知らせします」
それは、俺がサンパーニャに居られる、猶予でもあるんだろう。