第45話。(ある意味で)厄災。
さて。見て回れと追い出されたのはいいが、その前に話しておくべきことがある。
「……あなたには全権どころか交渉をするために、事前に通知した内容以外の決定権を与えられていません。
それにもかかわらず、特秘事項であるものに対しての交渉権を与えようとしたのはなぜでしょうか」
「それは、事前にそれが特秘事項であることを知らされておらず……」
「あなたが知る必要のないことだったということでしょう。そもそも、決定権を得ていない事項に対し、自分が自由にできると思われた理由にもなりませんね」
知らなければ何をしてもいい、という理由にはならず、文官の言うことをばっさりと切る。
そもそも、判断に困るのであれば俺に話を振るべきで、単独で決定すること自体が問題だ。
「で、ですが私も殿下から推薦を受けたものとして!」
「オルスタン殿。あなたは私たちと同様に、推薦を受けただけ。しかも、殿下からの直接ではなく、だろう?
それに比べ、ソラ殿は殿下から直接この場の責任者として任を受けている。……正直、あなたが場を乱せば乱すほど、我々の立場も危うい。
文官であるのならば、もう少し自分の立場を理解してもらいたいものだ」
文官、ではなく騎士見習いだろうか。口調は軽くたしなめるようだが、目の奥は笑っておらず、威圧感をもって文官に接するのは止めてほしい。
「それも含め、最終的に俺や姫の責任になるので、それを踏まえて動いてほしいものですね」
姫の迷惑になる、の一言がとどめになったのか、オルスタンと呼ばれた文官は俯き、黙り込む。
これでおとなしくなってくれればいいんだが、あまりにも目に余るようであれば、同行している騎士が取り押さえるだろう。きっと。
俺を取り囲むように、というか実際に騎士や文官に囲まれて街中を歩くのは目を引いてまともに町の視察ができるように思えない。
私服は無理でも、傭兵あたりに見える格好で歩いてほしかったんだが、示威活動を兼ねているのか、軽装とはいえ、しっかりと鎧や武器を身に着けられた一行というのは目立つ。
遠巻きに見られ、ただ馬車で町に入ったということもあり、怖々と見られるだけで絡まれそうにないことは安心できそうだ。
騎士までいて絡んでくるやつはいるはずもないが。
「この建物は?」
「ああ。あちらにはないものですから、ご覧になったことはないのも当然でしょうか。
神傍者たちの、神に祈りを捧げる祭壇のある場所ですよ」
つまり、教会か。元の世界では教会は映像や画像で見たことがあったが、実際に行ったことがないため、細かな部分の違いなどはわからないが、教会のシンボルともいえる十字架がないのはきっと世界の歴史が全く違い、宗教的な要素が薄い、こともあるんだろう。
この世界にも神はいるらしい。いや、元の世界でもこの世界でも神に会ったのは、あのロリ神だけで他にあったことはないんだが。
それよりも、その神が生み出したという精霊信仰の方が強い。実際に魔術を使うためには精霊の力が必須であり、魔術師のうち一定数は精霊の姿をぼんやりと見れるらしい。
渚もそうだし、ハッフル氏も見えているようだ。ただ、俺はそういった精霊は見えず、これまでに視えたのは俺が解放した2体のみ。
ともあれ、魔術師のほとんど、つまり貴族のほとんどが進行しているのは精霊であり、神を信仰しているのは神傍者が多い、というこの状況はこれまでに見た神に祈りを捧げる、という建物の中でもずいぶんとぼろい、というか廃屋とまではいかないにしても、補修が間に合っていないように見える。
特にこっちの世界の神には、言いたいことは山ほどあるが、神託が降ろされるような場所はもっと大きな、神殿と呼ばれるような建物らしくあくまでもここは神傍者が普段の感謝を神にささげる場所、らしい。
スルーしてもよかったんだが、正直なところ、他に見る場所もない。正確には、この一行で向かえる場所がないというのが正しいが。
門番のような護衛もおらず、呼び出しベルのようなものもなかったため、不作法かもしれないが、騎士に開けてもらい中に入る。
中では、くつろいでいたハ……もとい毛髪の一部が多少、それなりに寂しくなっているおっさんが慌てて立ち上がる。
「これはこれは。何用でしょうか?」
揉み手をしながら近づいてくるこのおっさんは聖職者、……という職業も存在もいないんだったか。
騎士や騎士見習いに対してみる目は、濁ってはいないが、何だろうか。警戒、とも言えないが、歓迎もしていない。
何故ここに、といった感じだろうか。……貴族には一定数神に対する信仰者がいると聞いていたが、そんなことはないのだろうか?
まあ、そんな警戒心もいくらか献金を握らせることで解消されたようだが。
こういう場合、説教でもあると思ったんだが、特にそういったことはなく、どちらかといえば祈るための場所代、のようなものなのか。
騎士は黙って片膝をつき何かを祈っている。文官見習いや騎士見習いはただそれを黙ってみているだけで、ここに来たかったのは騎士だけ、だろうか。
他の同行者も何となく目を閉じぶつぶつ言ってはいるようだが。
騎士が祈り終えた後、是非、と勧められてしまったため、しぶしぶではあるが軽く目を閉じ、祈りの言葉を口にする。
『遍く地を携え、普遍たる天を束ねしものよ。かの人々の信仰を望まれるものよ。
一つ、その身は信仰に費やし、一つ、その心は帰依するものに費やし、ただ産まれ来る全ての英知に奉げられる。
かの子らを讃え、かの子らを祝福し、かの子らを守れ。
信仰を集めよ、信仰を崇めよ。それらは、汝の力なり。私は、それを認め、それを讃えるもの。疾くより、その全てを認めしものなり』
言葉を発するたびに体から淡く魔力が洩れるが、気にしても仕方ない。
軽くは目を閉じてはいたが、首を垂れるわけでもなく、ただ言葉を紡いでいただけで特別なことはしていないはずなんだが、ここに俺を連れてきた騎士と神傍者らしきおっさんはなぜかやけに感動している様子で少々不気味だ。
「……用事は済んだので行きましょう。検討の結果が出るまではいましばらく時間がかかるでしょうが、少し町の中の様子も見ておきたいですからね」
特に祈り、らしきものを奉げても反応がなかった以上、これ以上ここには用はない。
神傍者ギルドに要請されていた、訪問もある程度これで義理程度には果たせただろうし。
そんなわけで、適当に町を見て回る途中、妙な場所を見つけた。
観光スポット、とでもいうべきだろうか?
何人かの人々が噴水に向かって何かを投げている。それだけではあの有名な泉を想像させるが、投げられているのがコイン状の何かのようだ。
コイン状、ではあるが色や大きさが様々で、中にはいびつな形のものもあり、泉の中を覗いてみると噴水の流れに沿うように色とりどりのコイン状のものが大量に沈んでいる。
コインであれば誰かしらが持って行っていた可能性もあるだろうが、あくまでもコイン状の何かであり、そこまでの価値はないんだろう。大量に沈んだそれは、長時間水の中にさらされているようで、変色しているものも多数あるようだ。
「古くから町に伝わっている、願掛けのようですよ。自分で作ったフェームという硬貨に似せたものを願いを込め、投げ込むのだとか」
設置されている看板を読むのは騎士見習いだ。見習いとはいえ、文字を読めるのは必須だからだろうか。
そのフェームは仕上がっているものもあるが、ほとんどは自分で作るものらしい。その方がご利益があるんだろうか?
ともかく、それはすぐ近くにある工房で作れるらしく、看板にも告知がされていたようだ。
時間もあるし、少し気になることもある。寄ってみるとするか。
色とりどりの鉱石のようなものが無作為に置かれている工房は、観光客用なのか店員は鍛冶師ではないようだ。
あまりやる気がなさそうなのは、いいとして埃を被っているものが多いのは工房としての機能がほとんどないことの証明だろう。
とはいえ、そこそこ教育を受けた相手への商売なのか、店内には多くの注意書きや料金表があり、自分で材料を選び、本人か従者なんかがコイン状に加工したものをさきほどの泉、もとい噴水に奉納するようだ。
加工自体はそう難しくはなく、溶かして型に流し、冷えて固まったら取り出すだけ。ではあるんだが、素材によって取り扱いの難度は異なるようだ。
一番簡単なのは金属ではなく、粘土に近い素材で、金額も安いが水に極端に弱く、すぐに溶けてしまうらしい。
同じものでも硬度や粘度、加工の方法によって加工の難易度が変化するのは見習いへの研修にも役立ちそうだが、今はそれよりも。
「……これは?」
「へあ? あ、ああ。そいつは、何だろうな。たまに聞かれんだが、ただ硬いだけで誰がどうしようと何にもならねえ、変わった石でな。
俺のじい様のさらにじい様の頃から伝わってるらしいだが、捨てちゃならねえ、としかきいてないんだが。
嬢ちゃんよ、あんたのそのほっそい腕でどうにかなりようなもんじゃねえよ」
「これには値段がついていない、ということでしょうか?」
「あ、ああ。いや、値段は、確か銀貨1枚だったな。一番高いもんだから、捨てるなってことなんだろうけど。フェームにできなきゃ金は取るなって言われてるから、単なる変な石だよ」
嬢ちゃん、と言われて少しむかつきはしたがまあいい。銀貨を1枚店員が座っているカウンターに置き、変な石と言われたものを手に取る。
「……邪魔が入ると面倒なので、入り口周辺を固めておいてください。誰一人、入れないように」
騎士に指示を出すと、念のため持っていた鞄から鍛冶道具を出し、炉に火を入れる。
「お、おい! 勝手に火入れるなよ! 素人が扱えるような炉じゃ……」
「素人かどうかは、見てわかりませんか? あまり手入れもされてないが、何とかなるか」
3基あるうちの、奥まった場所にあるそれは灰や煤もほとんどない炉には一見全く使われてもおらず、手入れもされていないようだが、巧妙に隠された魔法陣がある。
隅に置かれていた木炭を自作の着火剤で火をつけ、炉の温度を上げていく。そのうえで、隠された魔法陣に魔力を籠めていき、炉内に火を循環させる。
正直どこまで火が循環されるか、温度がどこまで上がるかわからないため、こっそりとシールドを張りながら様子を見ていく。
炉内の火は魔法陣に沿って揺らめいており、火が強くなっている場所がある。ひとまずそこに『石』を置き、やはり様子を見る。
変化は唐突に、そして劇的だった。以前二振りの淑女を鍛った時のように、注がれるマナにより形が緩やかに固体から液体のように変わり、炎が上がる。
とはいえ、ヒヒイロカネではない。ヒヒイロカネであれば白く変色するが、こっちは朱く染まっていく。
色の変化が全体にいきわたったところで、それをフェームの金型に流し込み、冷えるまで待つ。
叩くかどうかも少し悩んだんだが、思った以上に粘度が強く、その割にほとんど流動体だったため叩き固める意味はなさそうだった。
「……あんた、一体なにもんだ?」
「単なる、鍛冶師ですよ」
呆然としていた店員にそれだけ返すと、仕上がったフェームを持って噴水まで戻ることにした。
様子を伺っていた騎士たちの反応はそれぞれで、感心したようなものだったり、分かっていたとばかりに肩をすくめるようなものもいるが、むしろ本命はこれからなんだが。
「おそらく、悪影響は出ないでしょうけれど。念のため、警戒を」
指で弾いたフェームは、噴水の、吹き出している水の頂点に乗り、その噴出されている水に暴れながらもその場所にとどまるだけではなく、水が徐々に色を変化させていく。
それは虹色であり、金色でもあるようで油分を含むかのような特殊な色をしており、噴水に溜まっているフェームが輝き、長年に渡り積み重なったそれらにより出来上がった魔法陣を作動させていく。
「ソラ殿、これは?」
「水の流れでフェームが自動的に魔法陣を描かれるよう設計されていたようです。あの金属も、マナが大量に含まれていましたからそれも含めての事象でしょうね。
攻撃用の魔術ではないようですから、被害は出ないでしょうが。発動するとしたら、そろそろの……お?」
話しかけてきた騎士に振り返ったところ、固まって、もとい止まっている。
比喩、ではなく周囲も含め、全員が停止しており、噴水の流れも全て止まっている。虹色の輝きだけが変化し続けているのが不気味だが、水の流れが止まっているということは人が石化したりしたわけではなく、時間が停止しているということだろう。
軽く文官見習いの手や腕などに触れてみるが、反応もないが特段硬くなっているわけでもないようだ。
……騎士は露出しているのが顔だけで他はある程度装備をしていたし、身長が高すぎて俺では手が届かなかった。
「……それで、あんたは一体誰だ?」
「挨拶が遅れ、申し訳ございません。異世界よりお出でになられた方よ」
それは男か女かわからない外見の何かで、片腕を前に、もう片方を後ろへと曲げ、軽くお辞儀をした。
ボウアンドスクレイプ、のような、というか執事がしていそうな挨拶をしてきたのはなぜだ。
「俺のことは知っているようだからいいとして、それで?」
「私は、そうですね。特定の名を持つわけではありませんが、最近はシェリウェクリア、と呼ばれているようです。
あなた様も、お好きなようにお呼びください」
精霊か何かと思っていたが、どうやら違うらしい。精霊は火や水の、司る属性では呼ばれるが複数いるため個別の名前は付けられないようだ。
そう考えると、面倒な存在からのコンタクトのような気もするが、今更か。
「なら、シェリアとでも呼ばせてもらおうか。それで、あんたが現れたのは、あれの結果か?」
「利用をしましたが、結果という意味ではそうでしょう。本来なら周囲にいる中でも交信が可能な、一番格の高い精霊を顕在させる式ですが、あなた様が実施したため、何とか割り込めたというべきでしょうか」
何というか、微妙に言っていることを理解したくないのはなぜか。うん、まあ言いたいことはおぼろげにわからなくもない、というか精霊で俺が認識できるものとそうでないものの差がそのあたりにありそうな気もするが。
「それで、シェリア。時が止まっているのも、本来の効果か?」
「いいえ。あなた様との対話を人ごときに妨害されるのも無駄ですから、影響のない範囲で止めているのですよ」
「……そうか。時間を取られたくなかったということなんだろうが、俺にどういった用だ? 挨拶だけ、ではないんだろ?」
「いくつか、お知らせをいたしたいことと、遅ればせながら、謝罪を」
シェリアが言いたいことを簡単にまとめると、俺への挨拶と、それを誰が行うか、ということに対し時間がかかっていたことに対しての謝罪と、前の世界からこちらの世界に連れてきてしまった人間がいることを向こうの管理者に謝罪を伝えてほしい、ということ。知らせたいこと、というのはどちらかと言えば俺が既に知っているようなことから同様のことを神託により神傍者に対し知らせたこと、らしい。
「管理者、というと。……あいつ、か? 次いつ会えるかは分からないが、というか直接会えはしないのか?」
「私のような存在ではとても。あなた様にご依頼させていただくことも恐縮ではありますが」
妙に人間臭い言い回しだが、俺に合わせた、わけではなさそうだ。まあ、意味が分からない言い回しではないからそう気にする必要もないだろうけれど。
「いや、うん。……それで、これの効果はあとどれくらい続くんだ?」
「あなた様が作り上げた触媒を元としておりますので、もうしばらく続かせることも可能ですが、力をオドの流れに委ねることもできます。いかがいたしましょう」
俺の魔力をマナに変換させ、大気中に漂うマナの流れ、オドと呼ばれる源流へと繋がるそれへと還元させることができるらしい。
別に自分に戻す必要があるほど魔力は消費していないし、こうしている間にも自動回復はなぜか働いており、すでに全快している。
しているんだが、そのオドを魔王やナギをこっちに連れてきたというやつに向かうのであれば適当に破棄した方がましだ。
「自然へと還るマナは全て精霊の力となります。その力は、あなた様がされたように、精霊を活力化させ、あなた様やあの人間たちの力になるでしょう」
つまり、最悪どこに流れるかわからない力だったら二振りの淑女に捧げればいい、ということか。
とはいえ、シェリアは精霊の力が衰退していることに危惧しているらしい。ナギやことねの振るう力が弱まるのも困るため、今回は言われた通り協力することにしよう。
ついでに、といってはなんだが流れる向きをシェリアは決めることができるらしく、まだあっていない地の精霊へ向けるようにした。
火の精霊もまだ出会っていないが、何となくうちのお嬢さま方に行きそうな気がしたため、やめておいた。
風と水の精霊には、『風の精霊の力寄せ』や『水の精霊の英知』を気が向いたときにゲージを満タンにまでしているから、きっとそっちには何かしらの力が行っているだろう。きっと。
シェリアが去ったあと、噴水の虹色が普通の色に戻り、水の流れも人の動きも元に戻ったようだ。
「発動、しませんね」
「そう、みたいですね。さて、このあたりの散策も済みましたし、食事にでも行きますか」
騎士の言葉に苦笑し、移動を促す。あの商人の男が何を見せたかったかがまだ確定していない以上、食事休憩も含めてもう少し町を見回った方がいいだろう。
適当に屋台で売っているものを食べ歩きでもしようとしたが、騎士にも文官にも止められ、仕方なくそこそこの外観を持つ店を適当に見つけてそこで食事をとることにした。
俺が護衛対象ではあるらしいが、貴族ではない。毒見もなければ一緒に食べる。俺に毒は効かないし、エリクシアや毒消しの効果ポーションも持っているから問題はないだろう。
いや、古い食材だとかで当たるならともかく、見た目は騎士と文官しかいないこの集団に毒を盛る必要もないんだろうが。
「それで、これからどうされますか?」
「できれば多少市場の様子を見ておきたいですね。町に足りないものを見ておくのも、重要でしょうから。
あと、冒険者ギルドがこの町にもあったかと思いますから、少し情報収集も。
……明日に残らなければ、ある程度飲酒も許可しておきます。そう金額は出せませんが」
ひとまず400R、銀貨を4枚ほど騎士に渡しておく。流石に移動中はアルコールは禁止していたし、俺はそうそうに宿屋に戻る予定だから、問題はないだろう。
ここでの滞在は3日を予定しているから、明日一日二日酔いで使い物にならなくても最悪どうにかなる、と思う。
あとで同行していなかった人たちにも同額程度を渡す予定だ。
そんなわけで、早々に食事を済ませると街中の散策、もとい調査へと向かう。
市場から集める情報は、町の情報だけではなく、周囲の安全面、モンスターの分布図、物価の変動などできうる限りの情報を集めていく。
正直、バーレルと大きく離れているわけではないため、いくつかの趣向品や特定の肉類が高く、ウィルンディアに近い影響もあり、特定の穀物といくつかの野菜類は安いようだが、他はそう物価は大きく変わらない。
特に穀物として、ソバやトウモロコシ、ライ麦が多く、大麦や小麦はそこまで多くはないようだ。
ただ、トウモロコシはスイートコーンなどよりもいわゆる家畜用のデントコーンが多く、あとは硬く主に貧民向け、としてポップ種のものがあったのでいくつか買っておいた。
ポップ種はどうやら臼で挽いて粉を繋ぎに使ったり、水で伸ばして焼いて食べることが多いようだ。
少量だが、高級品として甘味の強い品種もあったので、それも購入して水煮を缶詰にできるか試すことにした。
あとは豆類もいくつかあったのでそれも適当に買っておく。こちらも水煮にして缶詰にしたり、色々と研究ができそうだ。
個人的な研究だから私費で購入しているし、荷物が多少増えること以外文句は言われないだろう。たぶん。
ちなみに、モンスターの分布図は道行く町民を捕まえて聞いたわけではなく、同業者、や商業ギルドに職員を出向かせ話を聞いており、ほぼ情報は正しいだろう。
そういった街中の情報を集め、1日目は終了する。……のは俺だけで、他は全員羽休めとして酒場に繰り出すらしい。私服での行動らしいし、いいんだが。……一人くらいは俺の護衛として残ると思った、いやいいんだが。
とはいっても、俺を護衛するための隠密が2名常に張り付いてるから、下手に羽目を外せない、というか迂闊な行動はとれないが。
まあ、余った時間は情報をまとめたり、することは多い。……それに、いい加減、接触はしてくる、だろ?
「やあ、久しぶり、でいいのかな」
「そうだな。久しぶり、だな。……こんなに簡単に会えるならもっと頻繁に来いよな」
「簡単に、というわけでもないんだよ。条件もなかなか厳しいけど、無理やり捻じ込んで、ね」
渚とことねが勇者として拉致されて以来、1年も経っていないことを考えるとそこまでではない気もするが、ここ数か月は特に色々とあり過ぎた。
「どっかで聞いた話だな。それよりも、いくつか聞いておきたいことがある」
「君に苦労話をしてもあまり共感は得られないだろうからね。ともあれ、聞きたいこととは珍しいね。
いや、前に会った時と表情も変わっている。……と、聞きたいことだったね」
前の俺とは違うとはどういうことだ、と聞きたいが主題は違う。というか、時間制限がある可能性もあるからサクサク聞いていこう。
「俺のスキル、自体はともかくとしても、魔法や知識はどこまで出していいんだ?
ことねがいる以上、何かしらの知識を出してすぐに何か問題が出るわけじゃないだろうが、どこまでが大丈夫かが分からない」
「どこまでが、といってもね。極端な話、君が今の立場にある以上異端者狩りなんてことにはすぐにはならないだろうし、そもそも本気を出したら人程度じゃどう頑張っても太刀打ちできないだろう?
そんな答えでは納得できないだろうから、そうだね。納得しやすい言い方としたら、大型の重機や電子工作、精霊は、君はいいけど他の誰かが作り出すことはできないだろうね。
あと、すでに作ってはいるけど、あのおかしな速度での武具の制作も君だからこそできているのは、いい加減気づいてる上で放置してるよね?」
ロリ神に笑みのまま凄まれるが、散々見せた後でできません、は通じないだろうし俺がたまたま早く作れるだけ、という体にしておいた方が現状維持にもつながるとは思うんだが。
「重機や機械工学をするとしても、順を追って文化の発展が必要といった所か。そういった意味では、ナギとことねが文化を入れるのは問題ない、ということでいいのか?」
「彼らはあくまでもこの世界の産まれではないからね。君は、この世界に生まれ変わった異世界からの来訪者、ではあるものの、それを知る人間は君の親くらいだろうから、勇者を隠れ蓑にするのも程ほどにね」
「向こうに帰る相手だからこそ、英雄にはならず人間として賞賛された方がいいと思うんだがな。それに、今の所缶詰だの瓶詰だので、アウトになるようなものは作ってないぞ?」
重機がダメということは、大型の運搬手段、飛行機や列車なんかは無理だろうが、ドラゴンの輸送便やゴーレムタクシーなんかはこの世界のルールには沿えそうだ。……俺の所持している『わんだーごーれむしりーず』でのタクシーは色々問題がありそうだが。
「君の場合は、ある程度誰かが抑えておかないと興味のまま無軌道に生きそうだからね。それはそれで楽しそうだけど」
「相変わらず失礼だな。……あと、魔王はちゃんと倒せるのか?」
「そのための勇者だよ。足りない部分はあるだろうけど、人間というものは知恵と勇気と努力、とやらでどうにかしてくる存在だろうから、何とかなるよ、たぶんね」
心底ロリ神は興味がなさそうに嘯く。お前、前に渚とことねの帰還に関しては積極的に動けと言ってなかったか?
「ああ、君が直接魔王を倒すのは無しだからね。もしこの世界の生物が全滅でもしたら、その時は別だけど。そうじゃないなら、ね」
何が楽しいのか、俺の顔をじっと笑顔で見つめてくる。
「いや、そうなる前に手段があるなら魔王くらいなら退治するさ。……とはいっても、サポートに専念しつつ、あいつらには同行しない方が無難なんだろうけど」
そもそも、全滅するどころか、身内に手を出そうとした時点でのんきに構えてる場合じゃないだろう。
「そんなものかな。……そろそろ時間だね」
そろそろ起きる時間なのか、一番聞きたいことは聞けたし、することもあるからあまり寝すぎるわけにもいかないだろう。
「じゃあ、また……どうした?」
さっきから妙に見つめてくると思っていたが、なぜかロリ神に抱きしめられる。
「久しぶりに会えたことに対しての、サービスといった所だよ。今も前も、初めてじゃないのが残念だけど」
「はっ……? なに」
言おうとした言葉は、紡げなかった。それは、物理的に塞がれたから、何だが、何だ、が。
「じゃあ、また。ね?」
意味深に。妖艶にロリ神は笑うと、姿を消す。……温度と湿度を、俺の唇に残して。
「ソラ殿、どうかされましたか?」
「いえ、いや。……何でも」
目が覚めて、着替えて、顔なんかも洗って。夢のはずなのに、顔を洗っても何をしても感覚が残ってるのはなぜだ。
「顔、真っ赤ですけど。風邪でもひきましたか? 私たちで街中の視察は行いますから、少なくとも午前中は休んでいた方がいいでしょうか?」
身支度を済ませたうえで、宿の食堂で同行した鍛冶師ギルドの職員や騎士たちと食事をとっていると、そう職員に言われる。
指摘されて、顔の表面の熱がさらに上がった気がする。……というか、今も前も、初めてじゃないってどういうことだ。
前は、前は。……あれをカウントするとするとしたら心当たりはなくはない、気はしなくもないが、今は全く心当たりがないんだが。
「……風邪ではないんですが、……その、申し訳ないですが少しだけお願いします」
心配そうに見られるのも心苦しい。さっさと食事を済ませて部屋に一度戻ろう。いつもより、食が進まない気がするから、軽くで済ませたが。
部屋に戻り、不貞寝、をしようとするとさっきのロリ神のアップが脳裏に焼き付いたかのように再生されるから、ただただ部屋の天井を眺めてボーっとしているのが現状だ。
何故、こんなことになった。というか、あいつがあんなことをした意味が分からない。……忘れようにも、それから意識をそらそうとしてもうまく行かない。
呪いにでもかかっているんじゃないか、とステータスを見るも特に何も異常にはかかっていない。
霊薬でも飲めば落ち着くとも考えて飲もうとすると、妙に粘度のある液体であるそれは、口に含もうとすると別の何かの感覚を思い出しそうになり、飲み干すのを躊躇してしまう。
いや、無理やり飲んで結局変わらなかったんだが。
ともあれ、呪いの類じゃない以上、きっと体の防衛反応か何かだろう。きっと、時間が経てば落ち着くだろう。きっと。
……ひどく動揺しているのは、経験があまり多くないのが原因なこと自体は分かりきってはいるが。
いつの間にか寝ていたのは、精神的に思った以上にやられていたのか、それとも別の原因があるのか。
顔に熱はもう残っていないし、すっきり、とまではいかないがもやもやしていた何かが少しは晴れた、気がする。
何がしたかったかわからない、という消化不良感は一層深まったが。
これでロリ神関連の称号的なものが増えればわかりやすかったんだが、称号だの肩書なりが増えていないし、マスクデータなのかそういった項目自体が出ていない。
ちなみに、ステータスに出てくるのは、レベルと名前、あと俺だけがステータス値が表示されるだけで、ゲームでよくありがちな称号や役職なんてものはない。
やっていたゲーム『レジェンド』では合計5つの称号を持っていて、表示させる称号は選択できたが、表示されるウィンドウを全て見ても、そういった項目はない。
……フレンド欄が空欄なのは、システム上でのフレンド機能で交換できる相手がいないからだろう。
いつの間にか増えていた交友欄では知り合いのほとんどが登録されているから、ぼっちというわけではない。
そこから通信ができるわけじゃないから、本当に交友のある相手が自動的に登録されているだけっぽいが。
「お加減は、もうよろしいのでしょうか?」
「ええ、何とか。もう少し様子は見るつもりですが」
俺の様子を見るためか、宿の食堂に居た商業ギルドの職員と軽く言葉を交わす。他にも、心配そうに見てくる騎士の視線が少し心苦しい。
時間的には昼過ぎなんだろうが、食堂に人気はなく、厨房も火が落ちているようだから昼時は過ぎているだろう。
朝食は摂って、そのあとは寝ていただけだから昼食は食べなくてもいいんだが、体の調子を見るという意味では軽く何か食べておくことにしよう。
そのことを伝えたら、屋台で何か買ってくるからここでおとなしくしているよう言われてしまった。
市場調査の続きをしたかったんだが、仕方ない。何種類か買ってきてもらうのと、金額の推移なんかも確認してもらうよう依頼をして、食堂の端に置いてある少し固めの椅子に座ることにした。
部屋に戻ってもいいんだが、あまり籠りっぱなしでも心配を掛けそうだし、騎士もいるからここで大丈夫だろう。
暇つぶしの本でも持ってくるべきかと思ったが、すぐに割と高額なものの扱いだから、変に目をつけられても困ると思い持ってくるのは断念したのを思い出したが。
ひとまず、午前中のことや昨日までの報告を聞くことで時間をつぶすことにはしたが。
結果としては、周囲の村も含めある程度の想像は超えず、元々想定していた街道のルートも大きく変更しなくて問題はなさそうだ。
商業ギルドの職員や文官たちに村々の気質なんかは事前に調査しておいてもらっていたから当然といえば当然だろうけれど。
すべての村が乗り気だということはなく、変わりたくない、変われない、という状況を無視してまでも推し進めなければならないものではない。
それは前世での用地買収の問題をニュースなんかで見ていても何となくわかった。実際に手掛けたことはもちろんないから、何となくでしかないんだけれども。
とはいえど、村をつぶしたり、森を大きく切り開く必要もなく、元々ある往来の道を舗装していくことを基本とするため、少しルートさえ考えれば拡張も特に難しくない。
昔少しやっていた建国系のゲームの知識がこういった面で役に立つとは思わなかったが、ほとんどは商業ギルドや建築ギルドからの要望だ。
往来のための道ではなく、無理に直線を描くような道にしてしまうと、時間の短縮にはなるが動物や魔物の生息域と被り、これまでできていたことができなくなる可能性があり、大規模な畜産事業が構築されていない現状では肉を得る機会が少なくなってしまう恐れがある、らしい。
まあ、それは要約したもので生態系や食物連鎖、といったことの詳しいことは分からなくても今までこうだったからそれが変化したときの想定ができていない、というのが正しい所なんだろう。
モンスターが食物連鎖に組み込まれているかは分からない。……日常的にモンスターの肉が提供されているらしいが。
色々とげんなりしながらも、買ってきてもらった食事を摂り、一息つく。
料理は、うん。食べれないわけではないが、積極的に何度も食べたくなるようなものではなかった、とだけ言っておこう。
「ちゃんと食べなくて、平気なんですか?」
「これでもいつも程度には食べていますよ。それよりも、どうでしたでしょうか?」
買ってきてもらったもの全てを食べれるわけもなく、少しずつ食べたんだが、心配そうな顔をされてしまった。
育ち盛りなはずなのに、下手したら同年代の2/3も食べれないんじゃないか、という疑念も浮かぶ。
……今は、そのことは置いておいてと。依頼していた分の報告と、情報の共有をしよう。
集まった情報を精査し、この町や接触した商人の男が求めることはある程度把握、できたとまでは言えないが、必要そうなピースはある程度集めた。
まあ、ここまでお膳立てしたらあとは文官に任せてもいいんだが、どうしたものか。
あの時に言ったように、こちらとしては誰でなければならない、ということはない。むしろ、そういった意味ではここは『失敗しても構わない』相手だ。
すでに大きい失敗をこちらはしているわけだし、そうはいっても交渉自体の決裂はしないだろうから。
「それで、どうしますか?」
場所を俺用として取っている部屋に移し、文官見習いとギルド職員に問いかける。俺も含め5人もいるから狭いが、あまり大っぴらにするわけにもいかないから仕方がない。
……あの文官は、少なくとも商人との話には頭数としても加えないことはすでに了承を得ている。
「どう、と仰られますと、何に対してでしょうか」
「向こうの話に乗るのか、それとも上からの指示として無理やり従わせるのか、なかったことにするのか、ですよ」
丸投げに正直したいが、方向性だけは決めておこう。判断がつかないことや俺の権限でも決済できないことを持ち帰ることも有るだろうし。
「ソラ様はどのように考えられているのでしょうか?」
「俺の考えが全てではありませんし、それで意見がまとまるのも今回の主題とズレますから、先に考えを聞かせてもらえますか?」
俺の考えを先に言って反対意見が出ればいいんだが、正直ものすごく的外れなことを言わない限り、何か意見が出るとは考えづらい。
本来はあの文官が主導権を持って全体を率いていくはずだったんだが。
「俺がいたら話し合いもし辛いでしょうから、外しています。終わりましたら、呼んでください」
といっても、俺の部屋は俺一人で使うのになぜか来客用の部屋と寝室と2部屋あるため、もう一部屋に引っ込むだけなんだが。
……しばらく暇になりそうだから、報告書をまとめておくか。
結局、まとめている間には話し合いは終わらず、全員で夕食を囲みながら話をするため、近くの食事処の二室を予約してそこで話をすることにした。
俺と一緒の部屋なのは騎士が1名、騎士見習いが3名、商業ギルドの職員が1名に文官見習いが1名。ほぼ半数ずつに分けているが、もう一室には貴族位のあるものをまとめて放り込んでいるので、違和感は持たれないだろう。
そこまで配慮しなければならない相手ではないんだが、変に妨害されても後々面倒なだけだから、その手間をできる限りなくしておいた方が無難だろうし。
それはともかく、貴族も利用できる程度の食事処のはずなんだが、やはり大しておいしくない。薄口というか、素材を最大限いかした、というか。
下処理はしっかりとしているし、雑味なんかもないんだが、もう一つ何か足りない、というか。
手を止めている人はいないので、きっと俺の求める味ではないというだけなんだろうけれども。
そんなことよりも、ある程度食事は済んだため話し合いの結果を聞く。
4人のうち、1名がこのまま話を進める。2名が話を聞いて一旦判断を仰ぐ。もう一人はもう少し情報を収集して判断したい、ということのようだ。
そう判断した理由も、メリットとデメリットもそれぞれまとめてくれたようで、しっかりと説得力もある。
商人とは明日の昼前にもう一度会えるようアポも取ったようだから、俺は同席するだけでもいいだろう。
これだったら最初からあの文官を同行させるべきじゃなかったとも思えるんだが、結果論に過ぎないから今更何か言うことでもないか。
そんなわけで、食事が終わったら宿に引き上げることにする。明日に残らない程度であれば飲酒も許可はするが、調子に乗って飲み過ぎても困るので、昨日のように俺からの金銭は出さない。
最終日も、予定では遅くとも昼には出発するからあとはバーレルに戻ってから、だろう。行きと違い、多くの村によることはなく野宿がほとんどになる。ある程度の安全は確保できていても、実際に街道整備が始まるのはしばらく経ってからにはなる予定だから安心はできない。
そのために必要な水や食料なんかも仕入れはしてもらっているし、缶詰もそのために用意したという側面もある。
痛んでいる可能性も考慮しなければならないため、保存性の高い干し肉やビスケットなんかを多く買ってはいるようだが。
「それで、この町をご覧になられていかがでしたでしょうか」
「はい。貴族が多くはないため、極端な貧富の差は少ないようですが、特産物もなく、食糧のほとんどを他の町に依存しているのはなぜでしょう?
ギルドに問い合わせても、昔からそうだったということしか情報を得られませんでしたが」
商人との改めての話し合いに向かうのは主に商業ギルドの職員と文官見習いだ。
商人側は前回と同じように護衛をつけ、俺はできるだけ口を挟まないよう、少し離れた場所に立っている。
違うのは、目立たないように俺も武装していることくらいか。抜くことになることはおそらくないとは思うが。
「この町は、元からウィルンディアや周囲の村々の穀物などを集め、王都やバーレルなどに出荷するためにあるものですからな。
そんな町ですから、特産品というものはどうも。周囲の村が危機的な状況に陥らないよう、調整する役割もありますからな」
「自立すると立ち行かない村も出てくるから、ということですか。ただ、それと今回の資金提供は、直接の関係はありませんよね?」
「ええ。直接の関係はない。ただ、間接的にはかかわりがあり、私もこの町がこのままでいいとは思っていない。
では、提供をするだけではなく、その見返りも必要となるでしょう?」
「……見返りは前回、示しました。それ以上の見返りを求めるのであれば、同等の資金提供をお約束いただける、ということでよろしいんですね?」
こいつは一体何がしたいんだ? 町に対し便宜を図れ、と言っているのは分かる。ただ、一つの町に対し過剰な便宜を図ると他の町や村にも同等の条件を提示しなければならないのは分かっているはずだ。
「ええ。ただ、あなた方が仰っているのは、あくまでも我々の商会に対してのみ。商会だけが望む内容で、我々だけが権利を得られるのは、この町のものとしても中々納得がし辛い、ということです」
……ああ。そういうことか。確かに俺たちが行う内容に対し、優位性が確保できるのは商業ギルドの関係者や、冒険者や旅人で、他の大勢である、そこに暮らす人々に対して短期的なメリットが少ない。
もちろん、長期的な意味であれば街道整備事業そのものはメリットは大きいが、あくまでも今回は商業ギルドが主体となる、孤児院の設立や出稼ぎ労働者や働き先の見つからない相手に対しての就労支援という側面が大きい。
ともなれば、人口の流出となり、村によっては消滅してしまうのではないか、といった所だろうか。
「これは、慈善事業であり、慈善事業だけではないのでしょう。私も商人の端くれ。メリットも承知していますが、一部の場所に人を集めすぎる、と危惧しているのですよ」
「……そ、そうですか。確かに…」
「確かに、一部の場所に人を集めるものですよ。最初は分散化するリスクの方が多いですし、人の流れは想定しています。
ただ、分かっているでしょう? 他の町では発生しえなかったことも、受け入れることもできないということも」
思わず口を挟んでしまった。理論が跳躍しすぎているし、そもそも一介の商人としての話としてはおかしすぎる。
「それで? 誰と交渉を行えば、いいんでしょうか?」
「窓口は私に一任されていますよ。とはいえ、この町のことであれば、確かに交渉相手は私ではありませんな」
……上役自体は他にいて、そこからの指示といった所なんだろう。というか、他に交渉相手がいるのであれば、事前に報告をしておいてほしいんだが。
「そう、ですか。では、諸々の話はまた後日。私たちは代理人を立てますので、バーレルでお待ちしていますよ」
町同士の話となると、俺の判断すら難しい。というか、どうしてこうなったといいたい。
「ええ。そうさせていただきましょう」
一瞬、男の目が不敵に光ったが、大したこともないだろうから気にすることもないだろう。
最悪、この場を制圧する程度なら俺一人で十分だ。
「さて、話も一区切りつきましたし、食事でもいかがでしょうか?」
バーレルの話も聞きたい、とわざとらしく話をしてくるのは、何か話したいことがあるんだろう。
それならば、とこの町で一番高い店を貸切ることにした。散財も甚だしいが、食事も酒も好きなように取るようにさせると、商人側の護衛が我先に、と酒に群がっていく。
後遺症の残らない、即効性のある睡眠薬入りの、高級酒を。
「で、こいつらは檻にでもぶち込めばいいのか? それとも、罪をでっち上げてこの世からお別れでもさせればいいのか?」
「それは、多少心は惹かれますが、やめておきましょう。この者たちだけ処罰をしても、大きく変わりはしないでしょう」
商人は忌々しく眠りこけた護衛、もとい男を監視していたであろうゴロツキモドキを睨む。
「それで、私たちはどのように動けばいいのでしょうか。一応、命じられているのはあなたの護衛だけですが」
「あとは上にでも丸投げしますよ。街道整備で往来が増えることが困る、なんて子供じみた理由で邪魔されるのは少々、個人的にも納得は行きませんから。……今の所、動くつもりはありませんが」
俺の、俺たちのクランの一番はPvPで、それに特化したものだった。対軍ということであればさすがに別だが。
「あなたにもしものことがあれば、この町は物理的に壊滅の危機に陥りかねませんので、ご自愛を」
騎士からの真剣な表情に顔を背ける。確かに、俺の交友関係のうち、いくつか動くのがやばそうなのがある。
「……その前に、ハッフル氏にでも動いてもらって更地にした方がいっそのこと早い、か?」
「『降誕の聖女』様をそのように動かせるのは、陛下かあなただけでしょうね……」
ああ、あの王だったら確かにやりかねそうだな。何か理由があれば、だろうけれど。
ハッフル氏に町を更地にすることを依頼することがあっても、無抵抗な町人を全員打ち滅ぼせとは俺も言えないし。
「正直、少し町を離れて気分転換にでもする予定だったんですけどね。……帰り道は、いい旅ができればいいんですが」
うん。せめて、レニに旅の思い出話ができるくらいにいい帰り道になれば、いいんだが。
「今すぐ、解決できることでしたら尽力したいところですが、力になれず、申し訳ありません」
謝ってくる文官見習いに軽く頭を振る。彼等は彼らでちゃんと自分たちの仕事をしてくれている。
そもそも、色々と怪しい、と当たりをつけてくれたのはギルド職員であり、文官見習いたちだ。
結論から言えば、この町も変わることを望んでいない。それだけならまだましだが、それは自分たちの利権を守るためだけの行動であり、緩やかな停滞と確実な荒廃を招くだけで、他を巻き沿いにする行為に過ぎない。
ただ、先ほどの商人の発言を聞く限りでは、利権だけはしっかりと保持をしたいようだから膿を出し尽くす、というのも考えておいた方がいいかもしれない。
「……俺、一応鍛冶師ギルドの所属なんですけど、ね」
「ソ、ソラ様は商業ギルドにも所属されています、から。その、できる限り事務処理はお手伝いいたします」
溢した愚痴は耳に届いたらしく、今度はギルドの職員からの謝罪が来る。……俺の立場では愚痴を一つ言うのも色々大変なようだ。
「まあ、いざとなったらこの町の鍛冶師ギルドから協力させますよ。そのためにも、鍛冶師ギルドからの同行者はいないようにしましたから」
そして、俺が持っているおやっさん、こと元・侯爵家専属鍛冶師のベディとクゥエンタ鍛冶師ギルド長、それに複数の役員からの委任状を使えば、この町の規模のギルド程度であれば掌握できる。
やっていることが悪役そのものなのは分かってはいるが。
「まあ、どちらにせよあいつらは拘束しておきましょう。きつめに縛ろうと何をしようと、朝までは起きませんから」
と、言っている最中から縛るのは相当キていたのか。さわやかそうな笑みを浮かべながら縛っていく騎士が正直、ちょっと怖い。
ま、まあとりあえずは打開のための一手を、打っていくとするか。
ある程度は、商人の耳にも入っただろうが、それも手の内でもあるし。