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第44話。金策、金策?


 町の評議会とやらの話し合いはマイアが代理人を立てるらしく、計画案と収支の見込み、懸念される事項などをまとめ渡す。

 初期に必要な費用や、治療院も含んだ毎月のかかる最低限の費用についてはマイア側でまとめるらしいが、割と最初の方は黒字化することは難しく、雇用の安定や町の治安の改善を図る公共事業になりそうだ。

 そのため、寄付を広く募る、ようだがそこについては広くといっても話を持っていきやすい所から、ということらしく俺自身以外にも3つの寄付元を見つけてくるよう指示された。



「え、親に会いたいって、え?」

「……何でそこだけ抜粋するかは分からないんだが、商売の話をしたいから、親もしくは管理をしている人と話したいと言ったつもりなんだが」


 そんなわけで、日にちを改め、学園でリオナにアポの依頼をする。リオナの実家はこの町、ではなく隣町らしくすぐに会えるというわけでもない。

 この町の商人じゃなくていいのか、とも思うが、比較的話を持っていきやすいのと、町の外の人の方が何かあったときに客観的な判断を下しやすいだろう、という考えたからだ。

 あとは、王都やこの町の商人に対してはマイアからの方が話がしやすいだろう、ということもある。

 まあ、今回はこういったことを行う予定、ということだけをざっくりと話して実際は様々なところに根回しと許可を取り付けたうえで行うため、実際の着工がいつになるかすら現時点では不明だ。

 とはいえ、スポンサーには実際にどういったものを作ってどれくらいの価値があるかを認識させないと金銭を出すことはしないだろうから、試作品は作る必要がある。

 利益の分配については、俺よりも専門家が話した方がいいだろうから、俺一人で行くわけでもないんだけれども。


「殿下からのお話だから、父さまも断ることはないと思うんだけど、あなただけで来るの?」

「俺が一人で行ってどうするんだよ。マイアの遣いとして俺以外にも文官やら商人ギルドから人を出す予定らしいぞ。

 むしろ、俺が行かなくてもいいんだが、俺自身も金銭だけじゃなくて動けと言われてるからな」

「確かに、あなたはこの町でももう有名だし、うまく動けばあなたのためにお金を出してくれる人はいくらでも居そうね」

「……金額を集めるだけなら手段はある。やりすぎると睨まれそうからやらないけど」


 それこそ、まだ実用化できていない魔術具を卸せば荒稼ぎが可能だ。今は俺と渚と国王陛下しか持っていない、という激レア品であり、相当なプレミアがあるもので、大貴族であればあるほど金を積んでも欲しがる、だろう。

 まあ、売買どころか市場に出すこと自体禁止されているから、芸術的な価値が上がりそうな彫刻やアクセサリの類で十分といえば十分か。

 あとは魔具を魔術ギルドに持ち込むというのも手段としては使えそうだ。適当に下位の魔具を納品するだけでも治療院の運営費にはなるだろう。

 奴らの懐が温まることはしたくないから、現実的な面でいえばなしにはなるが。

 あとは、錬金術師らしい何か、かちょっとした便利グッズだが何がいいか。

 地下に置いてある、作れそうなものを片っ端から作ったときに出来上がった適当なものを放出してもいいが、まともにスポンサーを探した方が後々のことも考えるといいだろう。

 俺の仕事かと正直思わなくはないが、商業ギルドと鍛冶師ギルドとの共同での仕事になりそうで、缶詰や瓶詰の設計図まで作った以上、俺がやらざるを得なくなってしまったのが実情、なんだが。

 鍛冶師ギルド長には話を通さないといけないし、商業ギルドに行ったら、またあのギルド長と話す必要が出てくるか。

 何度となく、工場の建設からラインの完全自動化、諸々の処理まで終わらせてあとは誰かに全部ぶん投げたい欲求が浮かぶが、ひとまず考えないようにして、一端別のことを行うべきだろう。

 つまり、イオンの問題と店のこと、だ。割と合法ギリギリの手段で匿ったイオンと、あまり乗り気にはなれないが、やらざるを得ない店についてを対応する必要がある。

 店は、まあ正直なるようにしかならないためどうでもいいんだが、イオンについては急務だともいえる。

 本来であれば呪いの効果が確認できなくなった時点で働く場所の紹介を行う、もしくは故郷へ帰るための手段を用意したらいいんだろうが、何か重大なことを隠している、んだよな。

 本人の話を全て鵜呑みにするのであれば、名前はイオン、国境の町ポリフィから来て母親が元々受けた呪いを自分に移し替え、解呪の情報を得るために旅に出た。

 確かにある程度の話の連続性、正当性はなくはないが、そもそも呪いを掛けられたからと言って一人で旅に出るだろうか。

 実際、ほとんどの荷物を騙し取られ、俺が対処するまで呪いは実際にかかっており、見えない死の呪いまで存在していた以上、全てが嘘というわけじゃないが、名乗っている本名ではなく、家名を隠している時点で、訳ありなんだろう。

 この世界における氏は極々まれに、大商人あたりに降嫁した貴族の令嬢が一代だけ保持したり、豪商やらが働きを認められ与えられることもあるが、数は多くない。

 逆に、ミドルネームでドやフォンがつくのは貴族だけらしい。とはいっても、全員がつくわけではなく、例えばハッフル氏は、フローレンス・アリア・ハッフル。

 それに、以前会ったマイアにつく予定の少女がアイシャ・ソーキンスとミドルネーム自体がつかない場合もある。

 あと、マイアは王族だが王と正室だけがフォンを関しており、どうやら当主が名乗っている場合が多いようだ。

 そのあたりはともかく、俺は相手の名前だけはどれだけ隠されようともステータス欄から見ることができる。

 あえてイオンにそのことを聞くつもりは今はないが、恐らくそういった事情を抱えたまま普通の仕事をこなす、というのは難しいだろう。

 最終的には、本人の希望を優先するつもりではあるが。



「私といたしましては、ソラさまの目の届く所で働いていただいた方が良いかと。私もそうですが、ソラさまの事情を、少しばかり知り過ぎていますから」


 つまり、霊薬の精製やそれ以外諸々の秘術は俺以外に使っている存在を見たことがない。他の錬金術師がどう精製しているかすら見たことがないから、当然といえば当然だが。


「秘儀中の秘儀はまだノルンさんにも見せていないので、ある程度の情報が洩れても平気ではありますけどね。といっても、ノルンさんが離れると困りますから、囲い込むためにもう少し賃金を上げるべきでしょうか?」

「私を囲いたいのでしたら、もっといい手段がございますよ? むしろ、金銭で縛れるものではありませんよ」

「縛れるとは思っていないので、冗談ですよ。必要であれば、別に秘密保持に対しての契約書を結んでいただく必要はありますが、そこは信じていますから」


 そんなわけで、錬金術師として動くためにノルンさんに会いに来たはいいんだが、何故か妙な言葉の応酬になってしまった。

 イオンがいないからこそのやり取りにはなるが、若干心臓に悪いというか、何というか。


「ともかく、イオンのこともですけど、店のことも最低限の準備だけはしておきます。鍛冶師としてはしばらく見習いの面倒も見ないといけないでしょうし、勇者関連のことや街道整備もある程度のデータが収集されたら調整が必要でしょうから」


 あとは趣味、もとい表に出せない様々があり、割と多忙なのにもかかわらず、忙しい原因として、そもそも俺しかできないことが多いことが要因だ。だからこそか、弟子を取って継承してほしいという要望が非常に多い。

 今の状況で弟子を取っても、継承できるかどうか怪しいし、忙しい状況を多少でも過ぎないと無理だというのが分かっているはずなのにせっついてくる相手が多すぎる。

 ならまず見習いや新人ではなく、指導するのは上級職人や指導役に対しと思うんだが、何故か自分が上手く行かないのを良しとしない職人が一定数居てうまく行かない。あと、流石に店の主に対しては長時間拘束できないのと、俺に出せる対価がないからだ。

 俺が扱う技術、というものはこの世界と大きく異なる。基本的な部分ではなく、考え方や技法において、だが。

 そういった技術の提供を受ける、ということはそれだけの見返りを用意しなければならない。

 といっても、そうなるとその店が代々秘密にしてきた製法だったり、金属などの配分、加工工程を教えないと対価にすらならないし、そのほとんどを再現できる以上、やはり対価にはなりえない。

 それを分かっている職人は多いが、役員の中では一部ゴリ押ししてくる人もいるため、対応は全てギルド長に任せている。後で乗っ取られただの言われても困るからだ。

 ともあれ。まずはイオンと話すことにしよう。



「その、故郷には、帰るだけのお金がないので」

「……そうか。それで、どうしたいんだ?」


 そういった感じでの答えが返ってくるとは思っていたが、うん。


「あの、私、を雇ってもらえま、せんか?」

「雇うって言ってもな。すまないが、何ができるんだ?」


 思ったよりも直球で来たのはいいんだが、できることを聞かれた途端涙目で俯いてしまう。


「苛めたくて聞いてるわけじゃないんだ。俺が雇うにしろ、誰かを紹介するにしろ、全く適性のない仕事を紹介しても続かないだろ?」


 例えば肉体労働が向くようには見えないし、文字も読めないようだから教えるまでは書類を扱うこともできないだろう。

 あとは、鍛冶をしたことがあるようにも見えないし、何なら家事もしたことがあるようには見えない。

 教えるにしても、これまでどういったことをしたことがあるのか、どういったことに興味があるのか。そういったことが分からないとやり辛い、ということは事実として存在する。

 あとは俺が実際に手掛けている仕事と増える仕事も一応伝えておくか。どういった仕事があるかわからないと、自分が働くとなったときに想像もし辛いだろうから。


 意外に、というと失礼だがイオンは懸命に自分ができることを伝えてきたり、分からないことを聞いてくる。

 その結果分かったことといえば、イオンは文字が全く読めないわけではなく、自分の名前や簡単な単語なら読むことはできるらしい。ただ、書くことはできないようであるため、父の方が自分の名前を書けるだけ上といえば上か。

 ちなみに、商人はほとんどが読み書きができるが、鍛冶師は半分程度、魔法使いを除く町人は1割にも満たず、トールたち幼馴染4人組は魔術の才能があると分かった時点で勉強を始め、ハッフル氏に教わって読み書きもほとんどできる。

 俺は、『翻訳』のスキルを使わないものであれば現時点で2か国語の読み書き、話すことが可能だ。日本語や英語などを含めるともう少し行くが、日本語以外は日常会話を問題なくできるかどうかといわれたらだいぶ怪しいため、パレットからコードを書いたり、保存しているものを読んだりすることが精々だが。

 まだオウラの国の言葉も一部しか覚えられておらず、読み書きはある程度できても話す方が割と難しい状況でもある。

 どうしても、覚えるのが本頼りでオウラとのやりとりはセクト共通語のため、オウラの母国語はあまり聞く機会がないからだ。

 そういうわけで、錬金術師の見習い扱いとして、調合の基本と読み書きを教えることにしよう。鍛冶師はハードルが高いし、複数名誰か見習いを送り込まれても面倒が見切れないからだ。

 あとは、何かがあってもそういった技術を持つと潰しが効く。そういう所では計算も教えた方がいいかもしれないんだが、この世界と前の世界とでどれだけ違いがあるか、何を教えたらまずいのか、というものを事前に知っておくべきだろう。

 お姉さんとサンパーニャで仕事をするにあたり、収支報告程度の簡単な帳簿をつけているが、小規模の工房だけなのか、あるいは全体的なところは分からないが、きっちりと仕事での収支をつけているところは少なく、この月は売り上げがいくらあった、どれくらい月末に金銭が残った、借金がいくらある、という位で項目別に、あるいは収入と支出を明確に分けてということまでは行っているところは少なくとも俺は知らない。

 まあ、つけている帳簿の数字自体は正しくても、借金などはしていないため、項目的な意味で、書き方が正しいかどうかが分からないんだが。

 確かその借金を返すまでの猶予期間やいついくら支払うかなどで項目が分かれていた気がするが、うろ覚えなため全く自信がない。

 必要であればそれなりの何かをでっち上げればいいし、それを商人に流せば最適化してくれるだろう。

 料理もそうだが、俺自身で全てを行う必要はない。ポーションも、ほとんど俺の手を離れて独自性が生まれて、この町のポーション売りといえばちょっとした人気職となっており、元々は子供や働けない老人などの内職程度だったものが、今となってはいくつかのポーション売りが職人となって、工房を開くようにまでなっている。

 工房を開いてもそれをずっと維持できるかは不明だが、ほとんど他の町にまで製法が伝達していない状況がしばらく続くだろうから、別の町に出て商売を始めるのもありだろう。


 ともあれ、イオンに渡すための教材とノート、ペン類を仕入れることにする。ノートもただのノートに加え、書き順などの記載のある練習帳も用意してみた。

 文字は全て書体を合わせたから、これを大量に作って流通させれば独自の文字にならず、標準的な文字が書けるようになるため、文字の書き写しや知識を残す、という意味でも価値はあるだろう。

 イオンにだけ渡しても仕方ないから、いとこのリーゼやレニに渡してもいいか。というか、商業ギルドに貴族向けと見習い商人向けにといった感じで開発してもいい気はする。

 ひとまずはイオン用に作って、後はおいおいか。

 そんなわけでいくつかの教材となるような図鑑なんかを仕入れていく。

 錬金術師ギルドにハウツー本があればよかったんだが、あった本といえば何というか、ある意味未成年お断り、というかロクでもない本ばかりであのゴーレムを作るのに必要だったのか、人体に関する様々な書物や野草でも特に毒物になるような植物図鑑が大量にあったため、国が責任をもって適した場所に分配した、らしい。

 ゲームの『レジェンド』の時に存在した初心者用ブックがあったんだが、あれはあくまでもゲームシステム内でどうやったらスキルを取得できるか、取得したスキルを使ってどうしたらいいか、というもので役には立たない。

 ひとまず、整理整頓と清潔を保つこと、順番を省略しないことといった基本的なことからでいいとは思う。……本格的に、俺のスキルを誰かに教えられるかやってみるか。



 そんなわけで、仕入れたものは錬金術師ギルドに運ぶよう頼み、適当な路地でぼろ布をまとい、来たのは冒険者ギルドだ。

 じろじろと俺を見る冒険者がいなくはないが、怪しすぎて近づいてこない。

 視線自体は無視し、害意や悪意のある相手がいないかだけ注意しながら依頼が貼られているボードの前に来る。

 モンスターの討伐や素材の収集に関する依頼がほとんどを占めているが、中には戦う術を教えてほしい、というか指南をしてほしい、というものがチラホラとある。

 冒険者になるにはある程度の腕っぷしが必要だが、冒険者になる人間全てが元々強いわけでもないし、この町では魔術以外を教える場所もほとんどない。

 冒険者になって先達のパーティに加わり、そこでイロハを教えてもらうことも少なくはないようだが、それは誤ったことを教えられたり、教えたという名目で金銭を巻き上げたり、危険な状況で盾替わりにされたりとデメリットも相当に存在するらしい。

 それを回避するには、契約してしまえばいい。依頼として自分を鍛えてもらい、それで報酬を渡せばおしまい。

 それはそれで適当なことを教えないか、とも思わないでもないが、いい加減なことをする冒険者は評判が下がり、仕事を受けられなくなることもあり、中には貴族が身分を隠して依頼することもあるらしい。

 そのため、冒険者にとっては時間的な意味では割がいいが、決して手を抜けない、という微妙な依頼でそこまで人気がない。

 ただ、ある種のボランティアというか以前自分が世話になったことを少しでも返すために、ということで一定の人間が受ける、という人を選ぶようなものだ。

 その中でも、目についたのは2つ。一つは隣町の農家の四男が傭兵になるため剣術を身に着けたい、というものと学生が自分の身を守るために剣を習いたい、というものだが。……トール、あいつは一体何を考えてるんだ。

 あいつはハッフル氏に絞ってもらうとして、隣町といえど馬車で半日くらいかかるような場所にあるその村は周囲の町や村の穀物を一挙に担う、言わば食糧庫のような側面を持っているんだが、前の世界のように後継者不足、ということはなくむしろ農村ですら人が余り、土地が足りないためか外に職を求める人間が一定割合いるようだ。

 そういう意味では地場産業という意味で外貨の稼ぎ辛い『ユグドラシルの葉先』と異なり、食に困らないという部分でも大きいか。

 とはいえ、いくつかの村で分担しているとはいえ、その村での収穫量が落ちると食糧の自給率が下がり、食料品の値上げやいくつかの食品類が手に入らない、ということになり問題になりかねないところが厄介だが。

 そんな事情もあり、一度周囲の村には視察というべきか、状況を確認しようと思っていたところであり、出るべき理由は多い方がいい。

 マイアやギルド長には、視察と重要な村に対しての街道事業を発展させたものを試験的に実用させるための事前準備とでも言っておこうか。



「それよりも街道事業の方を視察してほしい、という要望が出ているんだが、お主はそちらには出向くつもりはないのか?」

「一応の成功を見せている、ということと場所がここから遠すぎる。そもそも、この町とは逆側に先に通すなら俺は必要ないってことだろう?」

「確かに、お主にこれ以上功を積ませたくないやつらは多数いるようだが、細かい問題点がいくつか出ている。

 できないことに対しての要望ばかりは、嘘はあまり多くないようだ」


 報告書を見ながらつまらなさそうにマイアが言うのは、あまりにも虚偽の内容が多く、監視をしている人間からの報告書との乖離(かいり)が酷いかららしい。

 そもそも、街道事業のコアとなる触媒の開発をなぜか自分の手柄にしようとする人間が後を絶たず、処罰されることも少なくないらしい。

 ブラックボックスというか秘匿する技術は使っておらず、国に設計図を渡している状態にもかかわらず何故そんなことをするのか不明だが、それでも一応の結果は出ており、報告を受けた結果から次の段階に進もうとしている、らしい。

 それ自体はもちろん問題ないんだが、機能の追加に関しては王都の錬金術師ギルドではできず、全て俺に回ってきたというのは今後のことを考えるといいことではない。

 そうはいっても、安全面や機能面を考えるとせざるを得ない、んだが。

 第一、しばらく様子を見る必要があるとついこの前聞いたばかりのはずなんだが。


「そういう意味では、この町から『ウィルンディア』までの街道を整備すればいいんじゃないか?

 あそこは穀物地帯としても重要だろ? それに、俺の目的にも、街道整備事業の視察を行うという名目にもなるだろ?」

「そう、だな。ただ、その視察を行うにはお主以外にも人を集めなければならないから、すぐというわけにはいかないな」


 選出するだけでもしばらく時間がかかる、らしい。錬金術師ギルド主体、というわけにはいかず、鍛冶師ギルドと商業ギルドからも人を出す必要があり、またその護衛に騎士を大人数派遣するわけにはいかないため、傭兵や冒険者を雇う必要もあるらしく、そのあたりの調整も必要なようだ。

 鍛冶師ギルドは話を持っていきやすく、商業ギルドも場所が場所だけにすぐに話はまとまるだろう。

 傭兵も冒険者もある程度金銭を弾めば、ある程度人は集まりそうなんだが、正直一番信用ができないのが冒険者ギルドだ。

 今の所、俺が依頼を受けることに対しての制限や嫌がらせを受けているわけではないが、ギルマスというよりも、冒険者の気質によるものが大きい。

 冒険者全てを信頼していない、というわけではないが、困っている誰かのため、に動くような冒険者は少ないらしく、多くは自分のためにというのが基本だ。

 もちろん自分自身のために行動を起こすことを否定するつもりはないが、触媒を盗まれたり、壊されたりしても困るし、その可能性はできる限り排除したい。

 騎士を多数動員できないだけで、俺の護衛に複数つくようだし、周囲の警戒を冒険者が行い、どうしても数が足りない場合は、俺が知っている冒険者や傭兵に声をかける、といった所が落としどころか。

 まずは、ノルンさんに話を通すのが先か。マイアを飛ばして話をすることはできないが、俺の秘書としてついていてくれる彼女にできるだけ早めに話すのが筋、だろう。

 何故そういう経緯になったかは、ある程度ぼかしておこう。俺が冒険者として登録していることは伝えるわけにはいかないだろうから。


 そんなわけで、必要となるものとして馬車を手配することにした。2台俺が所有している車はあるが、手を加えすぎた結果、事情を知らない相手を乗せるわけにはいかないし、だからといって既存の車には俺が乗りたくないからだ。

 購入するのは前回購入した工房と同じ場所だ。さらに追加で馬車を、といった所胡散臭そうな表情で見られたが、街道事業で複数人長距離を移動する必要があると説明し、納得してもらった。

 ただ、前回と同じような箱馬車は用意できないといわれたため、材料持ち込みで新規で1台作ってもらうことにし、1台荷物を運ぶための幌馬車と、1台俺以外の要人を運ぶためのクーペを用意してもらうことにした。

 もちろん既存分については改造はせず、新規で作る1台についてはエアサスを用意したかったが、構造が複雑なのと整備の問題があり、リーフサスを自作することにした。

 それ以外にも、車輪も手を加えることにする。既存のものは木製の軸とホイールを使ったものに、金属の外枠をつけたもので、振動を吸収したりすることはほとんどないが、車輪やベアリングを金属製にし、そこにゴムの代わりとなる謎な素材を錬金術の技術を使って作ってみた。

 柔らかい素材で、衝撃を大きく吸収してくれるのと同時に、道路に対しても破損を少なくする効果がある。

 そんな素材だとすぐにダメになりそうなものなんだが、なぜか自己回復機能を持つ、という意味不明な効果を持たせたことにより前の世界のタイヤに匹敵するような素材が出来上がった。

 前の世界でも、衝撃を吸収、抑制するゴム以外の何か不明な素材が出回り始めていたこともあり、それにどれくらい迫っているかは分からないが。

 客室内はあえていじらないようにして、見た目は車輪以外の差はないようにする。荷台も天井部分設置にして、最大搭乗人数も4人まで、というそこまで大きいものにしない。

 とはいえ、ある程度の見栄えは考え、彫刻や装飾は割と豪勢なものにする。

 俺が乗るためだけに作るわけではないが、これも錬金術師としての仕事の一環だ。

 これも街道整備事業の一部として考えているし、街道のみを走れるよう、工夫をしている。具体的には、タイヤの耐久性を街道以外では0に近い状況にして自己回復機能も働かないようにするだけだ。

 あと、前改造した車と違い、馬が牽くようにするし、車を浮かせるためのギミックも取り付けない。ゴーレムが牽いても構わないといえば構わないんだが、ゴーレムに関しては複雑な動きをしたり、あるいは空を飛ぶといった行動を付与させることはできないらしいし、複数のゴーレムを同時に同じ行動を取らせる、といったこともできないようだ。

 ゴーレムの発展はそのうちにするとして、まずは発展させる項目として振動や衝撃の緩和、それに道路の保全といったところになる。

 道路の完全な保全は無理だが、修繕をするための車体が街道に負担をかけても仕方がないから、極限にまで負担を減らす車体を作る、という名目だ。

 機能制限も含めての仕様としているため、文句を言われそうな気はするが、触媒と連動させた魔術品扱いとしているため、文句を言われても動かないものは動かない、としか言いようがない。



「ソラさま。重なったとはいえ、少しなされることが多いのではないでしょうか」

「……正直そうは思っています。イオンのことは少し猶予期間を設けるとしても、街道整備に関してと視察、それに資金集めはある程度早急にする必要がありそうなので。

 そうなると、鍛冶師ギルドと商業ギルドに関してもできる限り早めに話を持っていかなければならないでしょうし、見習いを見たり、俺自身の仕事はしばらくできないでしょうね」


 元々、見習いを見る仕事に関しては今の所週に2回ほど、数時間を目途にいくつかの工房の見習いを見ていて、人数は10人もいない。

 そいつらに関しても俺だけが見ているわけではなく、他の工房主も持ち回りで見ているため俺が見なければならないという理由はない。

 むしろ、空いている時間に、というのが元々のことらしく、サンパーニャはお姉さんを中心に回し、俺でないと受けられない仕事というものはなくそうとしている最中のため、健全化を図っている、というのが正しいだろう。

 いずれはお姉さんも弟子を取り、後継していくんだろうし。それに関われないのは、少し残念ではあるが。


「はい。どちらも両立される、ということまではソラさまでも難しいかと。それに、申し訳ないですが私では対処が難しい案件もあります。

 クゥエンタさまには、私から前もって話を上げていますが、一度直接お話をされた方が宜しいかと」

「ええ。そのつもりですよ。ノルンさんにもしばらく負担があるかもしれないので、申し訳ないんですが」


 望んでのことですから、と笑うノルンさんに頭が上がらないが、とはいえせざることは山積みだ。

 まずは、ギルド長にいろいろな案件を丸投げすることにしよう。



「そうだな、貴殿がすべきではないことが多いが、貴殿がしなければならないことも多い。そしてしてほしいことも多くはあるが、優先順位を考えるとしばらくは手を出さない方がいいだろうな」

「見習いを見る時間位はどうにかして作りたいとは思ってはいますがね。店が出来上がるまではしばらく時間がかかりそうでしょうから、資金を募ることが優先でしょうか?」


 結局、ギルド長と話して決まったことといえば、早急に資金を募ること、だった。

 あまり普段意識することは正直ないんだが、姫からの依頼というのは通常命令と同様で、最も優先しなければならないらしい。

 マイア自身、ある程度の時期の余裕をもって見ているだろうし、最悪ある程度は俺の個人資産を投入しても問題はないと思っている。

 この町では孤児は少なくとも目に見えるほど多くはないし、ドブ坂の住人は集まる人間の性質もあり、大人がほとんどだそうだ。

 孤児院を作るほどではないから、そこは治療院の一角に子供を育てるための施設を併設するらしいし、工場についてはそういった働けない人の受け皿だけでなく、出稼ぎに来た周囲の村の人間の救済策にもなるだろう、というのはギルド長とも意見が一致している。

 ただ、だからこそ多くの人が出資をして継続させる必要がある、ということらしい。

 いっそのこと、孤児や町民向けの簡単な読み書きや計算を学ぶための私塾でも開けばいいんじゃないか、とも思ったんだが、講師がいない。

 俺が教えるには時間がないし、そもそも鍛冶師ギルドでもそうだが、俺一人で教えきれるものではない。

 というか、計算はともかく文字の読み書きというものはそんなに重要視されていないのが現状か。

 商人やギルドでの事務方はともかく、町民は今までの経験で物の名前は知っているし、物価もある程度わかる。

 とはいえ、あくまである程度であり、普段の買い物程度ならともかく、ある程度大きな金額になると駄目なようだ。

 そういった意味では、イオンに教えつつ、ノルンさんにどれくらいの内容であれば大丈夫そうかを見てもらう位しかないんだが、それでも時期をどれくらい持つか、ということも考える必要がありそうだろうか。




 用意ができるまで待機するよう言われ、書類の処理なり、今後必要となるであろう薬品類の調合、それに街中での噂話を集めたり、と用事をこなしながら日々を過ごすことにした。

 特に噂話は母の井戸端会議などのネットワークなんかも借り、多方面に集めていく。大人の知り合いは多いし、職人なんかの横のつながりはあるんだが、集めたい話はどちらかといえば、町に根付く不平不満、だ。

 俺がそういった話を集めるのは不自然だし、どちらかといえば上級職人であり、貴族や騎士ともつながりのある俺の前ですんなりと愚痴をこぼすこともできない。それは町というよりも町長や貴族に対しての反発ともとられ、処分されることも有り得ると思えば、分からないでもない。

 俺と姫につながりがあるのを知っているのは一部の人間だけだが、騎士に守られて町を歩くのは一度や二度ではないため、その現場を見ていない人や、同じ鍛冶師の、とはいえ上級職人以上のみなんだが、そういった人以外には一目置かれている、というか物理的に距離を置かれている、気がする。

 ともあれ、不平不満を集めるのは融資を集めやすくするためだ。俺の立場で貴族から寄付や融資を集めるのは難しいが、そうなると大きい商店や村や町の重役、あとは庄屋のようなまとめ役、辺りが妥当だろう。

 そういった相手から定期的な融資を募るのであれば、長期的なメリットが必要になるだろう。

 それは名誉、というよりももっと実利的なもので、商機といってもいいだろうか。

 缶詰や瓶詰の工場を作るということであれば、それに詰めるための材料や調味料、後は売るための販路や各地に輸送するための諸々が必要になってくる。

 そこに直接絡むと癒着だとか不正の温床となりかねないため、それを回避しつつ、きちんと利益が出るように、といった感じで考えると、株式の形式にすることも考えられなくはないが、どうやってそれを周知して管理するかが問題になりそうな気がする。

 そう考えると、この町の不平不満を解消することを利益が上がる面で考え、提供できるようになればいい。

 どちらにせよ、全てを一つの場所でどうにかするわけにもいかないだろうから、まずは一角を更地にしてから少しずつ工場を増やしていくしかないだろうけれど。

 変な抵抗や隠れられても困るから、そこは一挙に全体を更地にした方がいいんだろうが。



 イオンに教える前に、もっと前段階としてのレニに文字や数字に触れてもらうため、カードや絵本を作ることで時間をつぶしている間にも準備はできたらしく、1週間程度で俺に同行する人員の選抜と、いくつかの商会や村長なんかとの面会ができるようになったらしい。

 ただ、今回はあくまでも鍛冶師ギルドとして勇者が考えた事業を興すための募金を集める、という名目のため、俺は同行者の一人として表にはあまり出ないようにしてほしい、と言われた。

 そのために、臨時として鍛冶師ギルドの事務方の職員として雇用されたのは、俺を目立たたせない、というよりも別の目的が見える。

 決して、溜まりに溜まっている書類の整理のために雇われたわけではない、と思いたいんだけれど。

 ちなみに、同行者は騎士が2名、騎士見習いが5名、文官が1名、文官見習いが2名。あとは商業ギルドから事務職員が2名。それに使用人として2名がつく。

 多くないか、とも思うがギルドや騎士の見栄もありこれでもまだまだ少ない方らしい。


 既存の馬車に乗せられ、悪路をガタガタと盛大に揺られながら道を進むのは、1時間も移動しないうちにギブアップし、護衛と共に歩く。

 ゴーレムを出して乗るよう勧められたが、帰りならともかく行きはどこに目があるかもわからないしやめておいた。

 騎乗している騎士はいるが、ちゃんとした馬型のゴーレムを作るのはそれはそれで問題がある。強そうで格好いいゴーレムも各種用意はあるが、出す気にもならない。

 馬車も馬車で、オーバーテクノロジーで人目に触れるのもその手の目の肥えた人間であれば分かるだろうし、今回会うのはそういった目の肥えた人間を対象としている。

 目利きを確かめる方法としては使えなくはないが、今回の目的とはそぐわないし、それにそこで変にこじれることも避けたい。

 そんなわけで、不満そうに俺を見る視線さえ無視してしまえば特に歩くこと自体には問題ない。一番近くの村に行くのでも、歩けばほぼ一日がかりなんだが、同行者で一日歩けないような人間は馬車に無理やり押し込んでいる。

 途中途中で休みは入れてはいるが、それでも普通の徒歩よりは若干早いといった具合で馬車組が先に村につき、宿への荷物の搬入やある程度の準備を行う予定だ。

 無理やり詰め込んだ中にはマイア側からの推薦者の一人として文官も同行しており、その人が主立って交渉するらしい。

 全権を任されているのがその彼ではなく、俺なのが解せないが。

 ともかく。馬車には必要な荷物がほとんどを占められ、御者以外は搭乗者は7名、3台もの馬車を運用しているため、予定しているのは2週間程度と日数が少ない割には荷物が多いのは、マイアが独自に街道事業を整備することの権限を得たらしく、半分近くがそれに必要な触媒だ。後は諸々移動や野営に必要なものだったり、着替えなんかがある程度詰まっている。

 缶詰も試作品を作って、缶切りと一緒に多少作っておいたんだが、ある種では作ること自体は難しくないので、実際に移動させたりしての耐久性や保存性の実験の意味合いが強い。

 俺が作った分はたぶん大丈夫だと思うんだが、試作品としていくつかの工房で作った分が実際にちゃんと機能しているかを見ておく必要がある。

 気づけばスポンサー集めよりも実験が優先になっているのは、マイアの目的が資金集めそのものよりも、経験を積ませる、ことに重点を置いているからだろう。

 正直、国家プロジェクトにしてしまえばいくらでも採算は取れるわけだし。


「村から町への道を整備していただけるんで? そりゃあ、俺たちもそれにはありがえて、話、です」

「それで町や、他にもつなぐ村への運搬も楽に、安全になることでしょう。それは、他の村にとっても同じことになるでしょうけれどもね」


 文官と村長との話し合いは簡単だ。地場産業もなければ特産物もない、工場で使えるような大量の作物や畜産物もない、という村では、学術都市から馬車で大体1日くらいで着ける、という立地上、宿場村として好条件だ。

 地場産業があればそっちを優先させるし、作物や畜産物の一大産地であれば下処理の工場を作ることもできなくはないが、森に囲まれていたり、氾濫が多い川の周辺などではあまりよくない。

 むしろ若干川から離れていたら水を引き込んでうまく活用できなくはないんだが、元々は森の中の休憩するための場所が、なんとなく村になったというような場所ではそのあたりも期待はできない。

 つまり、文官の持っているシナリオは金と情報を落とす宿場にしたい、ということだろう。それ自体は間違いではないとは思うんだが。


「その、この村にえらいさんがいらっしゃるってこと、ですか? ……その、うちの村にそんなえらいさんが来たことなんてねえ、です」


 まあ、あくまでも学術都市といくつかの村を結ぼうとしたときに、たまたま馬車でほぼ一日かかるような村に足を運ぶような人間は一部の商人しかいない。

 つまり、文官の思い描いているであろう、街道を整備して様々な村や町に下級貴族を含む魔術師や騎士を派遣する時の宿場として機能を果たすのは難しい、ということだ。


「この村には、主に職人や商人が荷の預け入れなんかを行う、倉庫の役割を果たしてもらっては? 使っていない土地はある程度あり、それを警備する人々が寝泊まりできるような場所を作れば、物資の流動もある程度はあるでしょう?」


 前何かの雑誌だったかで見た、衛星型都市化計画のうちの1つ、物流のために倉庫を離れた場所に点在させ、地域の活性化を狙う、というものだ。

 物流があるということは人の流れがあり、そこには雇用があり、金銭の流れがある。それには人の交流が生まれ、さらに雇用が生まれ、物品や金銭の流れがさらに生まれる、ということらしい。

 素人である俺がそこまで明確に物流の流れを作ることはできないが、ある程度の指針を示すことは、できなくはないだろう。

 ただ、急に発言をした俺に村長が訝しげに見てくるが、口を挟める立場にいるのが俺しかいないためしかたない。


「倉庫ということは、土地を貸したり、倉庫を整備したりするということでしょうか? 建築ギルドの支部を増やす必要があると思いますが」

「包括して町で契約を行って、個別の調整をそれぞれの村で行ってはどうでしょうか。街道整備事業の一環ですし、短時間で村と町を、人だけであれば移動時間を短縮する方法の用意もありますから」


 街道整備にあたり、懸念事項、というものがいくつかあった。特に大きな問題としては、モンスターに襲われ命からがらで街道まで逃げ延びたとして、近隣の町や村まで遠ければ命に係わる可能性が高い。

 それを解消するために、一定条件を付け街道を高速で移動する方法を構築中だ。構築中といっても、道が整備されていないから設置できていないだけの話だが。

 ちなみに、街道専用の馬車とは異なる方法での移動だ。いちいち馬車が来るまで待ってはいられないし、機密を伴うものを不特定多数の相手に使わせるつもりはない。


「では、その方向で調整しましょう。貴いお方々は倉庫にまで足を運ぶことはありませんし、倉庫の規模にもよりますが、駐在するものも多くはならないでしょう」


 話を出された村長の顔に困惑の色が強く浮かんでいるが、それでも貴族を相手にするよりはましだと思ったのか、村の空き地を貸し出すことに了解を出す。

 あとは、まずは倉庫や宿屋、あとは駐在する人間が寝泊まりできる施設の建築を始める必要がある。

 文官はなぜかそれを現地負担にさせようとしていたが、後々を考えるとどう考えてもいい手段とは思えないため、宿屋の建設は2割負担、駐在する人の寝泊まり用の施設はこちらで負担。そして倉庫は倉庫を建てる人間が負担、とした。

 初期費用を抑えるのは、俺も含め果たしてうまく行くかわからない、からだ。

 成功すれば後に続けやすくなるし、最初にかかる負担が少ない方が他の村も参加がしやすいだろう。とはいっても、あくまでも初期費用の一部がかからない、ある程度の収入が見込める、程度に抑えておく必要があるだろうけれど。


 そんなわけで、訪れる村ごとに、倉庫、宿泊、町と町とを中継するためのギルドの支部など、その村の規模などに合わせて話をしながら進むこと4日間。

 辿り着いたのはディリエルの町。正直そこまで大きな町ではないが、穀物地帯であるウィルンディアに一番近く、それなりの規模の鉱山もあり、何よりもリオナの実家がある町でもある。

 畜産も行っている、らしく質や量が見合えば缶詰の材料にできなくもないだろう。今が野菜のオイル漬けがメインになっているため、魚や肉といったバリエーションは必要になってくるだろう。

 普段食べている肉は、畜産よりも正体不明な、というよりも肉としてだけ売られているものが多く、入ったり入らなかったりで安定確保ができないため、試作ならともかくそれを商品化するのは難しい。

 ……何の肉かは正直追求しないようにしている。オークやコボルトのような2足歩行の魔物の肉は流通していないらしいから、後は精神の安定を図った方がましだろう。



「では、殿下のご所望により我々がそれに協力すればいい、というわけでしょうか?」

「ええ。これ以上にない名誉だと思いますが」


 表面的にはにこやかに、だが目の奥が笑っていない代表者の商人と、表面的な表情を信用しているのか、姫の要請だから断れないと踏んでいるのか強気な文官、という構造に思わずため息をつきそうになる。


「ええ。もちろん非常に光栄ですな。ただ、我々も生きるために必要なものがございましてな。一度、きりの話でしたらぜひとも惜しみなく協力をさせていただきますが、定期的ともなりますともな」

「つまり、何か見返りが欲しい、ということですか?」


 冷静に努めようとしているんだろうが、文官の顔は赤い。姫からの要請に意見することすらとんでもない、と思っているんだろうか。

 俺以外にも同行した騎士も、商人の後ろにいる護衛らしきものも表情を硬くしているのが見えないんだろうか。


「見返り、などと人聞きの悪い。ただ、殿下も我々が潰れてしまってはお困りになられるでしょう。

 そういえば、噂で聞きはしましたが、そちらの町では最近になって何か躍進的なことがあったようで、それがどういったものかはわかりませんが」


 足元を見る、というよりも何か試しているようにも見えなくはないが、真意はどこにあるのか。


「ほお。躍進的なことといいますと、何でしょう。今回の話はまだ知れ渡っていないようですが、他にも何か?」

「ええ。何か、特殊なゴーレムができた、あるいは非常に性能のいい武具が町に出回っているようで、それを私でも扱えれば、と思っているのですが」

「そのような噂が? いえ、私はそういったものは知りませんが、どうしてもというのであれば……」

「どうしても、というのであれば? お譲りいただけるのでしょうかな?」


 それが姫からの話であれば何か融通できるとでも考えているんだろうか。それを作ったのが誰か、までは知らされていないんだろうが、何故文官すらそれを知らないんだろうか。


「それは認められませんね。……あなたにこの場を任せられないようです。ご退席を」

「は? い、いえ何故急にそのようなことを?」

「どちらも国の重要なものですから。一商人が扱えるようなのでもなければ、一文官が取り扱いを決められるようなものでもありませんよ。

 商人にとって、それが分からない訳でも、ないでしょう?」


 どう考えても革新的なそれを個人が独占できる理由はない。……俺以外が作れるのであれば広めてもいいのかもしれないが。


「おや。見習いか何かだと思っておりましたが、あなたは?」

「ギルドから派遣されたものですよ。……ギルドの見解としてお伝えします。交渉相手は別にもいる。今回の件は広く寄付を募りますが、必ず特定の相手ではなければならない理由もありませんし、利益が見えない商人には、用はありません」


 にこやかに、ただはっきりと告げる。文官は驚いたように目を見張り、商人の護衛は俺を睨む。

 ただ、商人は笑みを深める。さて、どこまで交渉できるか、か。

 せめて、商業ギルドの職員を連れてくるべきだったか。

 ここにいるのは騎士1名と騎士見習いが2人。それに文官と文官見習いが1名ずつ。

 あまり大人数で行くのも威圧感を与えてしまうため、商業ギルドに話を持って行ってもらったり、周囲の安全の確保なんかをしてもらっている。


「つまり、今回の件で利益が出る、ということでしょうか。では、何故広く寄付を募るのでしょうか?」

「どういったことでも最初の投資が必要であり、何を行うにも維持費はかかるものですよ。

 それに、利益というのは立場によって異なる。貴族には名誉が、商人には収益が、町民には糧と安全が、と。

 どちらにせよ、扱いきれない商品などは、不要でしょう?」

「仰る通りですな。それで、あなたはどのような利益がもたらされる、と?」

「寄付、というよりも投資いただいた額によって異なります。詳しくはこちらに」


 商業ギルドに話を持っていきまとめたものとして、大前提として一部を納税の代わりにすることができる、ということだ。

 あとは、割と無理やりねじ込んだものとして、私塾の開設と見習いの短期的な教育。

 私塾で読み書きや計算を学ばせ、見習いとしての教育も行う。講師は商業ギルドなどの職員や年齢で働けなくなった人などでのローテーションだ。

 あとは缶詰の優先的な購入権やギルドへの貢献度の換算など、だ。

 缶詰や瓶詰の材料についてはあくまでも不正がないよう公募にして、その材料や扱う商人などに対し何か問題があれば厳しい罰が加わる、ようになっているらしい。

 私塾については、商人であればほとんどは読み書きはできるはずだが、計算が得意でない商人は意外と多いようだ。

 計算機や検算がないため、検算のやり方と基本的な四則演算を導入してみた。

 あとは、書ければいい、という商人が多く、書き方の基本やベースとなる文字も教えるつもりだ。

 あえてその店独自の書き方をする場合もあるだろうけれど、後々見直したときに読めない文字であることは望ましくないだろう。

 金額によって他にもいくつかのメリットはあるが、私塾の本当にメリットに気づける商人であれば、強い味方になる、と思っている。


「そうですな。そちらの方はお話が分かるようだ。ただ、私も少し検討をさせていただきたい。

 それまでの間、よければ町の見学でもいかがですかな?」


 男の笑みは胡散臭いが、時間もある程度かかるのは事実だろう。

 宿を確保することも含め、軽く町の散策でもすることにするか。


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