第43話。二振りの淑女。
さて、目の前にいる火蜥蜴は俺を敵だと見たのか、それとも餌と見たのか。
チロチロと覗かせる舌に、瞬きもせずにこちらを見るのは、警戒しているんだろうが、何に対してか。
さて。俺としては別段サラマンダーの1匹2匹程度特に相手するに苦労する相手でもないんだが、その後ろにある鉱脈は気になる。
火蜥蜴から取れる素材も、気にならなくはないんだが、どうも生命の危機に陥らない状態で、というのも割と抵抗感がある。
というわけで、大人しくしてもらうことにしよう。傷つけず無効化するためには、眠りか麻痺の状態異常がいいか。
ポーションも各種用意したし、実験にならないよう気を付ければいいか。
吐き出された炎の塊をバックステップで避け、一旦距離を置く。
随分と警戒心むき出しのようだが、考えてもみたらいきなり自分の住処に見知らぬものが来たんだから警戒もするか。
尻尾を使っての攻撃も躱しながら様子を窺うも、避けられたことに対して怒りを貯めているようで、低く唸る。
あまり長居したい環境でもないため、さっさと終わらせるか。
アイテムボックスから睡眠の効果を付与するポーションを取り出し、右手で掴む。
火弾を吐こうと空気を吸い込む予備動作を確認したところで、火蜥蜴に走って向かう。
吐かれた火弾は5つ。大きくもないそれは早さは随分とゆっくりだ。最低限の上半身の動きだけで躱し、噛みつこうと開いた口の中にポーションをぶちまける。
ただ、薬効はすぐに発揮されるわけじゃない。そのため、追加で周囲に薬をばらまき、ついでにスキルで煙幕を張る。
暫く避けていると火蜥蜴は疲れたように、気だるそうにその場に伏せる。俺を気にしながらも、眠気に勝てないといった具合だ。
すぐに寝るだろうから、さっさと先に進もう。
俺が使ったのは、デバフ効果を持つ『強制睡眠』ではなく、バフ効果のある『睡眠導入』だ。
デバフの効果は発揮したら絶大だが、モンスターにより抵抗値があり、それによっては効くまで時間がかかる。
また、俺の持つ『状態異常無効』、まではなくとも『状態異常耐性』があると非常に面倒くさい。
だが、バフの効果は自分を強化させたりするためそっちに抵抗値を持つのは今の所イオンの持つ『状態変化耐久』しか知らない。
あくまでも睡眠に促すだけだから、効くまでの時間が個体差があるのが問題だが、火蜥蜴の攻撃位数十分程度避け続けるのは今の俺の体力でも余裕だ。
まあ、補正を有効にしているだけで素のステータスは未だに弄っていないんだが。
防御膜を張っていないと既に体中の水分が蒸発しているだろう。赤く、紅い。視界を覆うのはただただ赤く、空気までが赤い気がする。
気泡が割れる音がいくつも聞こえ、それが液体で、かつ万が一近づきすぎようものなら一瞬で黒焦げになるのだろうが分かる。
マグマ地帯を進む中で幾つか採掘ポイントを見つけ、掘るんだが、目的のものはまだ見つかっていない。硫黄鉱物はある程度確保し、析出された硫黄も多くはないが確保した。
硝石も、そこそこに取得できている。自分の分を除くと納品分は十分確保しているから、後は帰ってもいいんだが、目的となるものが恐らくこの先にあるはず、だ。
あった、いや、うん。見つけたのは、見つけたんだが。
錬金術の本来の最終目的の1つ、黄金というのはこの世界でも重要視される素材の1つらしい。
出回る量もそう多くなく、どちらかといえばプラチナや銀などの方が市場に出回っている。
俺が知る限りではプラチナも金と同様に希少鉱石だったはずなんだが、どうやら鉱石に含まれる含有量や採掘可能な場所の分布帯が俺の想定しているものとは異なるらしい。
それよりも問題なのは、その岩盤に張り付いている謎の黒い影のようなもの、だ。
無視して採掘をしたいんだが、一定距離まで近づくと触手のようなものを伸ばしてくるため近寄りたくない。
近寄りたくないんだが、金鉱脈が広がっていそうなことを考えると、確保をしていたい場所ではある。全部採掘するわけではないし。
というか、あれはなんだろうか?
久しぶりにモンスターに『鑑定』を使ってみたんだが、正直よくわからない結果になった。
『???の因子』
表示されたのはそれだけだ。不明なものの因子、ということなんだが、嫌な予感しかしない。
しかも、それが張り付いている表面がドス黒く変色しているのも見過ごせない。
何かに侵食されているんだろうが、全部それで変質していないかが非常に気になる。
そんなわけで、まずは引き離そうと、してはいるんだが適当に近くにある石を投げつけても効果はない。
しかも、粘膜状のぬめぬめしたものの割には、鉱石にでもぶつかったのか、硬い音が返ってくる。
あ、うん。と言いたくなる感じだ。おそらく、割と高確率で今のうちに対処しておかないと後々面倒なことになるやつ、だろう。
なら、まあ、俺のリハビリついでに、いろいろ試してみるのもいいかもしれない。
そんなわけで、あくまでもリハビリ、というか体を動かすことを目的とするため、一旦魔法は使わず体術やら何やら、はやめておいて魔術品を含む道具類だけでなんとかしてみようと思う。
まずは、そこらへんに落ちている石なんかをいくつか投げるが、やはり結果は変わらない。
次は、適当にアイテムボックスの肥やしにしている投げナイフだ。物の特性上、大量に仕入れたり鍛ってはいるが、使い捨てを前提としているため、割と勿体なくてほとんど使っていない。
鞄に収まっていても不自然ではないため、使いやすいものの部類には入るが。
適当に投げるそれでも吸い込まれるように当たりはするが、細く鋭い分石よりはまし、かもしれない程度だ。
一応それなりに硬いゴーレム相手でも突き刺さるはずなんだが、軽く表面を傷つけたか、程度で明確なダメージを与えられたとは思えない。
というか、ダメージを与えるたびに鉱石を侵食してるっぽいから、あまり効果のないことをする余裕はなさそうだ。
これを使うのは、もう十数年ぶりといったところか。AIを一から調整した初めての武器だったため、愛着もあり最後まで手放すことはしなかったが、最終的には継続戦闘能力としては何とかなるが、瞬間の火力不足に悩まされ、別の武具をメインとして使っていた。
ただ、だからこそ運用方法というものはきっちりと身に沁みついている。
この武器、というよりも『SWSd』において、下準備を行うことと、手間をかけることの2つが重要だ。
封印処理をした、『織りなす神々への貢物』だけは別だが、他のも含めた全12となるそれらは最初の起動までの壁が厚かった。
最初の壁は、高濃度の魔力を持つものが長時間使用せず装備する、というものだ。魔法職であれば可能そうに思えるそれだが、高濃度の、というのがいまいち判断がつかない。
そして、その魔力を十分に馴染ませることにより次の工程に移れるんだが、それがゲージなどで表示されるわけではなく、次の工程に移れたかどうかでしか判断できない、という欠点が存在した。
だが、それもそれを作った時点での話。あの時よりもSPもINTも倍以上に成長しているし、転生してからというものの、妙に魔力を動かす、という感覚が備わっている。
また、魔力を圧縮する、ということも可能で、その圧縮した魔力を双炎に流し込んでいるんだから、起動はできるだろう。
双剣を鞘から抜くと、半透明な赤い剣身が姿を現す。これがうっすらと向こう側が見える状況であれば問題なく、全く見えないと一から魔力を籠め直す必要がある、という致命的ではないが非常に面倒な性質を持っている。
なぜそんなことを、とも思ったが、主に開発をしていた「妙月の魔女」の底意地の悪さ、だろう。
そもそも、双剣、双炎、と名をつけてはいるものの、魔封剣・炎『淑女たる焔の光』は、レイピアをモデルとしているし、魔封剣・紅蓮『麗淑たる不知火の常夜』はチンクエディアをモチーフとしているため、姿かたちは同じではなく、そもそも厳密な意味での、双剣、ひいては二刀流を行うための武器ではない。
まあ、そういった情報はともかくとして、だ。第2段階までは進めることが今の時点で確実になった。問題は、第3段階だが、やってみないとわからない。
そんなわけで、順を追って第2段階に移る。まあ、それこそ遠慮なく魔力を注入するだけ、という特に難しい工程のない作業ではあるんだが。
ちなみに、謎の因子は一定距離を取っていると手を出してこないようだから、離れたところでそれの様子を見ながら、攻撃の準備を着々と進めている。
ノンアクティブの強めのモブやボス部屋の前でよくやること、ではあるが現実でやると何というか、割と、人に見せられた姿ではない、というかそもそもこの状況を見られるわけにもいかないから今更ではあるが。
次ぎ込んだ魔力の量は、おおよそSP換算で5000弱。補正も込みで俺の最大SPの大体1/10程度を注ぎ込んだことになる。
そのおかげで、第2段階、装備に属性が宿る、という所まで進んだ。
第3段階は人造精霊を目覚めさせる、というものだが今は置いておこう。この世界で人造の精霊を創る、というのはいろいろまずい気しかしない。
条件次第で、勝手に誕生するからあまり気にしすぎても意味はないんだが。
双炎から産まれる熱は、双炎とその所有者以外を燃やす炎だ。
それは、所有者の力により大きくその力を変えていた。
……燃えないのは分かってはいるものの、2mを超える炎の柱はさすがに不安になってくる。
以前でもせいぜい20~30cm程度だったものがどうして倍どころか10倍近くまでなっているかが不思議なんだが、それも転生してSPやINTが無駄に上がっているから、だろう。
その検証は今度ゆっくりするとして、詳細不明のあれをどうにかすることに専念しよう。
となると、双炎の力がどこまで上がっているか、を見るのが先か。
魔封剣・炎『淑女たる焔の光』
炎を宿し、身に封じ込めた剣。重さ15。耐久【1200/1200】
ATK+250 INT+180 MATK+210
属性:炎・光/聖/陽
【双炎】
魔封剣・紅蓮『麗淑たる不知火の常夜』
炎を宿し、身に封じ込めた剣。重さ17。耐久【1300/1300】
ATK+180 INT+260 MATK+400
属性:炎・闇/夜
【双炎】
上がり幅がおかしい気が、いや、おかしい。ゲーム中でも第1段階から第2段階へ進む際、その魔力の籠め具合により『SWSd』の武具は力を増した。
ただ、それはせいぜい1.3倍程度だし、検証して最大でも3倍程度まで。ここまでの上がり幅があれば、『SWSd』は丸ごと運営から使用禁止の措置が出ていたはずだし、そうでなければ俺たちのクラン以外でも研究がされ、同じようなシステムの武具が大量に産まれていたはずだ。
むしろ、運営が上限を決めて適用させていたという可能性も拭いきれないが。
特に警戒することもなく、斬り抜く炎の塊とも言えるそれは、割と尋常じゃない速度で因子を切る。
といっても、軽く傷をつけたかどうか、という程度で何もしなければすぐに回復するだろう。
重さを生かす、というほど重い武器ではないが俺の腕力と体重を考えると十全に使えるものではない。
AGIのマイナスは重さが変わらない以上、変わらないがその程度のマイナスが俺の速度を大きく変える要素にもならない。
つまり、速度を重視し、手数を増やす、といえば簡単だが、右に構えた『淑女たる焔の光』と左手に持つ『麗淑たる不知火の常夜』では大きさも形状も違い、運用方法も異なるそれらを「それぞれ別々」に左右で扱うのは結構手間がかかる。
ゲーム時代、散々慣らしてきたことを今実践で適用させる、だけの行動を行うのみだ。
右で切り上げれば左で突く、左で触手らしき何か伸びてきたものを受け止めたら、そのまま右で弾く。
第3段階まで開放させていない双炎で、どこまで攻められるか、壊れない程度に試していく。
攻撃力の差か、それとも属性の差か、『淑女たる焔の光』での攻撃のほうが因子にはより有効に働くらしい。
ただ、切り裂いたり貫いたりした場所がボロボロと崩れてくるのが気になるが、それが間に合わないほど回復能力が高い。
つまり、ただただ切っていても有効打にはなりえない、ということだ。
対抗手段としては、手数を増やすか、これ以外の攻撃性能を持つものや広域の殲滅法を取るか、といったところか。
徐々に侵食している範囲が広がってきている気がする以上、あまり手段を選んでいる暇もない、か。
双炎を両手に持ったまま、体の中の魔力を循環させる。その間にも大量の触手が俺に向かってくるが、3mも近づけず、宙に消えていく。
それは、循環する際に零れ出る魔力に作用されているんだろうが、薄く聖の属性を流していることも関係があるだろう。
このまま近づけば触手部分はほとんど消えてなくなる気もするんだが、むしろ侵食している側を確実に消滅させるための下準備にしか過ぎない。
ゲームの時では別にスキルを使わないとできなかったことを今はスキルも使えず実施できることは、今更過ぎるから考えないようにして、すべきことをするだけだ。
というわけで、循環させた魔力を徐々に開放していく。
解放した魔力をうっすらと膜を張るようにゆっくりとゆっくりと広げていく。
魔法でも何でもないものだが、効力は何か大体想像はできる。
聖属性の魔法としては中級に属していた『聖域陣』の亜種、のようなものだろう。
本来なら聖水と魔法陣を用いて小規模な悪魔や魔に属する者たちを寄せ付けないもの、で聖水も魔法陣も使っていないため「なんちゃって」もいいところだが、ゆっくりと広がっていく膜はシャボン玉の膜のように虹色に煌めき、内外を強制的に浄化させようとしているのはおそらくうまく機能している証拠、だろう。
そして、それに触れることにより因子も存在を保てないのか、ボロボロと崩れ、消え去っていく。
内心、効果の強さにドン引きしてはいるんだが、これくらいまで浄化しなければならないであろうあれは一体なんだ。
と、考察をしている間に思った以上に陣が広がり、因子が侵食していた以上に鉱石を浄化していたことに気づき、陣を解除する。
……やってしまった感があるが、恐らく人が立ち入るような場所でもないだろうから、当初の目的通り採掘をして、証拠隠滅を図ろう。
しばらくは何もない限りアイテムボックスから出せない素材が増えたことにため息をつき、証拠を隠す。
元々の目的である金や、金の化合物といったものはまあいい。そこそこの量も採れたし、ほんのわずかだが、あるとも思わなかったオリハルコンやヒヒイロカネも見つかったのもうれしい誤算だ。
そして、因子に侵食された金属も、極々わずかな量のため、それも問題ない。問題は、俺が浄化した鉱石が、なぜか全てミスリルに変異している。
……殆どが単なる岩石やあっても卑金属ばかりのはずだったんだが。
しかも、単なるミスリルとは光沢や存在感というか何かが異なる、という気がする。
さて、自己流『聖域陣』は封印だな。金属の特性は非常に気になるが、表に堂々と出せる種類のものではないだろう。
自分の実験用にいろいろと後で手を出してはみるつもりではいるけれど。
いや、本来ならもう少し俺自身の戦闘能力なりを確かめるべきなんだろうが、どれだけの時間あれがあったかにもよるが、のんびりと遊んでいるわけにもいかないし、鉱石をダメにされるわけにはいかなかったから今回は秘匿しておけば、大丈夫だろう。
集めた素材は、金とオリハルコン、ヒヒイロカネと思った以上の収益だ。それ以外にも浅い層では鉄鉱石や銅、銀なんかは入りそうなんだが、今回はパスしておく。
あとは宝石類だが、エメラルドやスピネルの類はあってもおかしくないが、ダイヤやペリドットなんかは難しそうだ。
補充という意味ではサファイアやルビーなんかがあれば嬉しいんだが、いい採掘ポイントが見当たらないため、またの機会としておこう。
ダイヤだけであれば何とか錬金術ででっち上げもできなくはないし。
そういったこともあり、影響の出た辺りを刈り取るように収納していくと、割ときれいな半円に切り取られた形で跡が残った。
おそらく、すぐに発見されることはないとは思うんだけれど、何かしらで痕跡が残るとまずい。
とはいっても、こうやって切り取った跡が自然と戻るとは思えないため、周辺も削って空間がもともと開いていたようにでっち上げることにした。
風化や熱により痛むことも考え、周囲と同じくらいのダメージを与えておくのも自然に見せるためのコツ、だろう。
そんなこともあり、アイテムボックスに収納した容量が数トンを超えたが、まだ余裕がある。
何せ、アイテムボックスの今の上限がレベルが上がったこともあり、30万を余裕で超えている。しかも重量はkgでの表記ではないため、今回のものだけでは1万すら超えない、と考えると家ですら収納できそうなのが怖い。
テントはもちろんとして、バンガローや簡易コテージ辺りならおそらく問題なく収納できるんだろうけれど。
そこらへんは時間があるときにいくつか収納しておくべきか。いくつか、であるのは使い捨て、もとい設置後動かせなくなったり、一人で使うよりも複数居る時に使わざるを得なくなる可能性があるからだ。
あとは、アイテムボックスならぬ容量を拡張させたアイテム袋や四次げ……もとい、異次元と接続させた収納系統のものを開発すべきだろう。
アイデア自体はことねが恐らく出すと思う。ただ、簡単に軍事目的に転用できる、というかほぼその手のものに使われそうなのが気がかりではあるんだが。
まあ、上限を決めて少し便利位にするのと、持ち込める場所を制限したら、何とかなる、と思いたい。
俺がこうやって気を揉まなくても、方々が口を挟んでくるだろうからある程度のところまでは抑えられるんだろうけれど。
帰りは特に問題もなく、ほぼ同じ道筋を辿り帰り着く。
と、思っていたんだが。そううまく行くわけもないのか、飛んでいる最中、謎の空飛ぶトカゲに絡まれた。
しかも、なぜか全身が氷に包まれた、トカゲの癖に低温でも高速で動けそうなやばそうなやつに、だ。
といっても、やはりドラゴンではない。鑑定結果として出てきたのが『Lv.21 レッサーアイスワイバーン』だ。
ワイバーン自体、亜竜でドラゴンではないのに、さらにそれの劣化種、というのはどういう立ち位置なんだろうか。
レベル自体以前のワーウルフよりも下だし、本物かどうか割と疑っているが、ウォータードラゴンも倒しているから、順番がおかしい気もするが、ゲームのイベントじゃないからそこは気にしても仕方ないか。
レッサーとはいえ、亜竜を素手でぶちのめす、というほど俺の素の力は強くない。何せステータスは未だに振っておらず、レベルアップ時に入る職業の補正値をたまに有効にしてどうにか賄えているからだ。
そんなわけで、変な場所に移動して被害が出るのもどうかと思うため、牽制ついでに投げナイフを投擲してみる。外すと上空から不明な場所に落ちるため危ないことこの上ないが、DEX依存のこれは、外見から見て取れるものではないため、補正値もすべて有効にしており、目を閉じていても当てる自信がある。
あとは突き破らないようにだけ注意し、翼の一番重要そうな筋肉を切断するように、投げるべし。
確かに筋を切り離し、無効化させたはず、なんだが。亜種で劣化種であれど、一応竜種ではあるらしく、翼を使って飛んでいるわけではないらしい。
お膳立てされているとか思えない状況は正直腹立たしいが、このままだとグダグダ使わないままでいる可能性が高いのもまた、事実だろう。
息を軽く吐き、意識を変える。鞘から抜いた双炎に魔力を流すと、炎そのものだったそれが緩やかに火を収め、半透明だった剣身が白く姿を変える。
本来ならさらに魔力を籠め、青く変えていくんだが、そこまですると攻撃による衝撃で大惨事を招きかねないため、最低限のところで止めておく。
「さて。『お目覚めの時間ですよ、お嬢様方』 code:zwei、TYPE:spirts!」
意地の悪い魔女にしては、まだましな起動コードだが、戦闘中でないと発動せず、一度はこの手順を踏まなければ第3工程まで進めない、というゲーム中であればまだ何とかなるが、実際に言うのは罰ゲーム感が以前よりも増している。
そして、空気を読めないというか、お約束を知らないレッサーアイスワイバーンが攻撃を仕掛けているが、適当にあしらっておく。
ともかく。剣身の炎が分離し、30cmほどの卵のような膜になる。それが白と黒、二つの膜が割れ、中から淑女たる2対が現れる。
「ご機嫌よう、『アイリーン/シヴリア』、それに『レイティリア』」
それらは、以前俺が『レジェンド』で使役していた2対の人造精霊の名だ。同じ精霊が出る可能性はあるはずがなかったんだが、どう見ても今現れたのはそれらでしかない。
『初めまして、可愛らしいご主人さま』
『私たちの名前を知っているとはね。それで、あれが敵かしら?』
淑女たちは俺の『知っている』性格通りの行動を取る。ゲーム中であれば、ある程度はAIが自己判断を行っていたが、根底にあるのは俺が設定した性格プログラミング上をトレースしている、だけのはずだった。
「ああ。|Lass uns tanzen,junge Frau《さあダンスと洒落込みましょうか、お嬢様》?」
『アイリーン/シヴリア』は挑発的に『レイティリア』はゆっくりと目を細め、それぞれが温度は違うが、情熱的に嗤う。
これも魔女が設定した「キーワード」の一つだ。
SWSdで作成された計27体の人造精霊はある程度の行動ルーチンを元に戦闘行為を行うが、あくまでも初期は2つから3つのパターンを繰り返すだけの単調な動きしかできない。
目の前のワイバーンを倒すだけであれば特に問題はないんだが、この2対のお嬢さまが持っているのはSPを消費しない通常攻撃に、初球の火魔法爆ぜ、火よに、たまに使う所有者のINTを判定基準とする広域魔法『メギドの矢』を使われでもしたら、考えたくもない状況になりかねないため、こちらで動作を制御する必要がある。
その中の行動パターンを示すものの一つとして、発動させたLass uns tanzen,junge Frauだ。
『獣が踊りを嗜むだけの知性があるのかしら?』
『だから、私たちが躾けるのよ。楽しく、愉しくね』
非戦闘中であればともかく、敵を前にした彼女たちは非常に過激で熾烈だ。
何せ、戦闘中の二振りが指し示す踊り、というのは一方的なもので、決して相手と踊ろうとする意志すら見せない。
あえて言うのであれば、踊りを教えるという名のもと、振り回しているに過ぎない。しかも物理的に。
淑女だけをみたら、楽しそうに軽やかなステップを踏み、愛しそうに何かを包むように体を緩やかに動かしているように見える、んだがそれに巻き込まれた相手はたまったものじゃないだろう。
炎の魔力を纏い、踊り狂うそれは問答無用にレッサーアイスワイバーンを消し炭に変えていく。
……ある程度素材は期待していたんだが、こうなるとコアが残るかどうかといったところか。
「さて、もう十分だろうから『|Das Ende des Tanzes ist leicht《踊りの最後は軽やかに》』」
軽やかなのはあくまでも双炎のステップだけで、より内容は鮮烈になっていくんだが、自動的に外部へ影響を出さないシールドが展開されるからそこは問題ない。
たまに何かがはじけたり潰れたりするような音が聞こえるため、その中は直視できないが。……魔女め、どこが軽やか、なんだ。
『愉しかったかしら? ……答えないなんて悪い子ね』
『あら、あなたは楽しくなかったのかしら? なら、もっと愉しめる子を探さないとね』
クスクスと笑い合う姿は可愛らしいと言えなくはないが、色々とついて全身が汚れている姿では邪悪だとしか思えない。
ゲーム中ではそういった残酷描写はされなかったため、というか精霊は精々半物質で何故汚れるかが不明だが。
「……お疲れ。じゃ、そろそろ戻る、分かった、分かった。しばらく俺の肩のところにでも居ろ。汚れを落として、不可視モードに切り替えた上でな」
『ご主人さまだけズルいもの』
『私たちも、あなたと遊びたいわ』
戻そうとしたところ、睨まれたため妥協案を伝えたところ、先ほどとは違うにこやかな笑みを浮かべる淑女たち。
戦闘モードを解くと一気に性格が変わるんだが、初期の学習が終了するまで好奇心が旺盛すぎるのが玉に瑕といったところか。
誕生させたばかりの双炎でもついていけるだけの速度で家まで戻ると、まずは軽く集めた素材の整理をする。
レッサーアイスワイバーンは辛うじて残ったコアと、表皮の一部らしき残骸を利用できるよう溶液に浸けておく。
他は、ある程度分類を立てたらアイテムボックスに収納し直す。
本来ならもう少し細かく分類したり、精製が必要なものなんかもある程度手を出したかったんだが、好奇心に駆られた双炎が最初は俺が出すものに対しあれはなんだ、これはなんだと言っていたが、飽きたらしく外に連れていけと騒ぎ出した。
こういった場合は無理なことを除いてできる限り叶えていく方が後々を考えるといいことの方が多い。
とはいえ、俺の肩の上でああだこうだ言い合うのは少し抑えてもらえるとありがたいが。
『ねえ、ご主人さま。ここには強い精霊はいないのかしら?』
『あら、私たちよりも強い精霊がこういった場所にいるのかしら?』
精霊は町中にもいるらしく、たまに手を振っては目をぱちくりとしているが、少し不満げそうなのは、お目にかなうような存在はいないかららしい。
歩いている最中に聞かれることを心の中だけで返していくとそれに対しても質問が飛び、さらに答えを返していく。
人造精霊を解放すると、所持者と精霊の間に疑似的な回線が結ばれ、双方でのやり取りが可能になる。
最初は意思疎通だけだが、契約の段階が深まればさらにやり取りできる項目が増える。
こういう場所で独り言を言い始めると迷惑をかける人が多いから、無理だった場合は後でまとめて答えるしかないため助かっている。
パスが繋がっているとはいえ、無意識に考えたことの全てが筒抜けになっているわけでもないのもゲームの時と同様の仕様らしいからプライバシーにも配慮がされている。……別に第三者が会話ログを覗けるわけでもないから特に困ることでもないんだが。
ともかく、性格に現状大きな差はないが、これから性格分析型フローチャートに基づき分岐していくだろうから、しばらくは好奇心の赴くままにせがむお嬢さま方に付き合うか。
ちなみに、行動を誘導して思うように性格を決定することも可能だが、さすがにそれはしないでおこう。
自動的に行うパターンが変わるだけで、こちらの都合で決めていいものとは思えないからだ。
町中でも、魔術師にはそれなりに精霊が集まりやすいらしく、一瞬目を輝かせるがすぐに落ち込む、という非常にわかりやすい行動を繰り返し、適当にブラブラと散歩を続ける。
満足のいく精霊がどのレベルかわからないが、以前俺が出会った風の精霊や水の精霊レベルでないと満足しないんじゃないだろうか。
あとは協力な精霊がうろついてそうなのは、ハッフル氏やナギの周辺だろうか。マイアやオウラは出自上強力な精霊がついていてもおかしくはないが、ナギはともかく他の連中の前に人造精霊を連れて行って何か気づかれたらやばい。
ちなみに、あくまでも双炎の二振りは淑女たちの本体であるが、人造精霊ともなると本体が完全に失われない限り自立行動も可能だ。
あまり離れすぎると本体由来の力が使えなくなるのが難点ではあるが。
「あれ、ソラくん。どうしたの?」
「ちょっと時間が空いてね。暇もあまりつぶせないから、寄ったんだけど」
「え、あ、うん。それもそうなんだけど、肩の所、何かいる?」
火といえば、ということで様子見も兼ねサンパーニャに寄ってみたんだが、そこでお姉さんに不思議そうに俺の両肩を指で指された。
つまり、明確ではないものの、精霊の存在を感じられる、ということらしい。
「何って、何かあるかな?」
「うーん。何か楽し気っていうか、良く分かんないんだけど、特に悪いものって感じではないかな」
答えになっているようないないようなお姉さんの回答はともかく、本質的な部分なのか、あるいはほかの何かなのかは分からないが、害意を持っている相手じゃないということまでは判断ができているか。
……案外お姉さんは魔術師に向いているのかもしれない。魔術職人とは、スキルを付与するためそういう特性があってもおかしくはなさそうだが。
属性を操る、らしき魔術師と魔力を扱う魔術職人がどこまで同一だと見なせるか、という問題はあるが。
俺からいわせたら、魔法も鍛冶も同じスキルでの挙動のため、特にそれ大きな違いがあるとは思えないところではあるけれど。
あまり長居してもお姉さんの邪魔になりそうだったため、ほどほどで切り上げ、街中の散策に戻ることにした。
ちなみに二振りは淑女ではあるらしく、お姉さんのことが気になりはするものの、俺の肩からは動かず、きゃーきゃー何かを言っていたが、害意を持ってはいなく、俺に対し言っているわけでもなかったようだから気にするものでもない。
むしろ、街中にそこそこいるはずの魔術師が俺を注目する素振りも見せないのが気になる。
生まれたばかりとはいえ、俺の魔力をそこそこの量注いだ二振りの精霊は不可視モードという状況を差し置いても精霊の力を認識するはずだ。
俺は普通の精霊は見えないが、風の荒野や水の精霊の精域、水に満ち足りた砂漠、というらしいがそこで出会った2つの精霊は声まで聞こえる位認識はできたし、この二振りの火の人造精霊も同じ位の力を持っているはずだ。
そういえば、渚も精霊を見ることはできても、俺が会話できた風の精霊は声がぶつ切りに聞こえると言っていたし、ことねに至っては居ることも認識できなかったから、個人差のようなものがあるんだろうか。
それにしては双炎に気づいたのがお姉さんだけ、というのも妙な話だが。いや、気づいたお姉さんが凄いだけなのかもしれないが。
ともあれ、淑女たちの好奇心を満たすため、また街の様子を見まわる作業に没頭するとしようか。
見回りも兼ねて、ということもあり同行している騎士と共に街を歩くのはこの前の冒険者ギルドから依頼された護衛任務ぶりか。
あの時と違って名目もないため、役員を示す刻印がされた留め具はつけていない。
留める必要があるような服を着ていないこともあるが、鍛冶師ギルドでの貢献具合はともかくとして、俺が役員に承認されたという覚えもなく、昇格条件も知らないためだ。
まあ、上級職人への昇格も半ば知らないうちに勝手に上がっていたんだが。この前、冒険者ギルドで情報を更新した時には変わっていなかったため、今回も勝手に、ということはないだろうし。
とはいえ、ギルド長の言ってきたことや錬金術師ギルドでの昇格条件を考えると、恐らくは弟子を取って一人前にする、何名か以上の役員からの推薦がある、それに評価や貢献度あたりも計られる、んだろう、きっと。
それを探って藪蛇をつつくような真似はしたくないため、現状維持なんだが、どこかから早いか遅いかの差だろというツッコミが聞こえた気がするが、無視だ。
客観的に考えると、代理とは言え錬金術師としてギルド長を務めている存在が、もう一つのメインともいえる鍛冶師で経験不足以外の理由により昇格しない訳がないと思っていても、だ。
「で、人の顔を見た途端逃げ出そうとしたのはどういう了見だ?」
「騎士さまに囲まれてるような人に声を掛けられるほど私の神経は図太くないからですよ」
買い物の帰りだったのか、食料品を入れた袋を抱えていたミミンが俺に気づいた瞬間、顔を隠して足早に通り過ぎようとしたところを捕まえる。
「気持ちは分からなくはないが、最初から気づかないふりをするか、軽く挨拶だけして立ち去るぐらいはな。
案外、見られてることは自覚しておけよ?」
俺が受け持っていることもあり、師弟関係とまではいかないが他の見習いよりも近い相手に対し無視するような態度はよろしくない。
上下関係という意味でも、俺が忙しくて挨拶を返せないといったことであれば何とか容認されるのだけれど。
「はい、すみません……。えっと、それでですね。実はこれから少し用がありまして」
「ああ。引き留めて悪かったな。じゃ、次の機会にな」
俺も騎士に囲まれて歩きたいわけじゃないから、誰か巻き込めればいいと思わなくはないんだが、せめて上級職人あたりでないと厳しいか。
と思っていたんだが、気づけば俺の周囲には騎士の他にサンパーニャの常連の冒険者に以前護衛任務についたマリウスにレーシまでがいる。
気分的にはちょっとした貴族気取り、とも言えるだろうか。いや、護衛を引き連れて練り歩く貴族はこの街にはいないため、目立って仕方がないんだが。
何故こんなことに、と思うが、この前のテロの影響が薄れるには時間が経っていなさすぎるためだ。
若干は人通りはあるが、普段に比べたらまだまだで、そういった意味ではちゃんと巡回を行っている、という活動はそれぞれから推奨されていて、ドブ坂以外では何組かの騎士や警備隊、冒険者たちが見回りを行っている。
ドブ坂自体も密偵や隠密が見張っており、怪しげな動きがあればすぐにでも動けるようにしているようだ。
ある程度の街になったらスラムが出来上がること自体は仕方ないようなんだが、あまりこう何度も事件が発生するのは健全ではない。
そのため、浄化運動が過去に何度か実施されようとしたようなんだが、スラムの住人が町中に出てくることを良しとしない貴族や商人からの反感を買い、うまく行っていないらしい。
つまり、受け入れる下地と、増えてもそれを恒久的に対処できる制度作りが必要となるんだが、俺の頭ではそういったものを考えるのは難しい。
外部からそれ目的で入ってくる人はほとんどおらず、多くの場合が田舎から出てきて夢破れそのままスラムに転落していく方が多い、ということもあるからだろう。
昔何かで、そういった相手を食い物にする工場があり、低賃金、長時間労働が重大な問題となったという記事を読んだ覚えがあるが、期間工のような衣住食をある程度確保できるような大規模生産ができるようなものがあれば、とも思うがこの世界で何をそんなに大量に作る必要があるか、と言われたら、まずは食品類と思うんだが、スラム落ちしたような相手が作るものを、口に入るものを受け入れられるかと言われたら生理的に難しい場合が多いように思えるし、そのリスクを商人がとるとも思えない。
冒険者がもっと多数いれば、冒険者用の保存食なんかが対象になりそうなんだが、行動食にもなるような保存食はあまりなく、干し肉や乾パン、粉にしたイモ類を固めたようなものが多いらしく、ブロック状に固めた栄養調整食品や缶詰なんかは存在しない。
ピクルスやドライフルーツ、あと一般家庭用に瓶詰を開発してもいいんだが、問題は割と大きな利権になりそうだから、俺の手には余る。だからといって相談できそうなのはマイア位なんだが。
……ナギが自分たちが食べていたものとして俺に開発を依頼した、という体で進めるか。
ちなみに、腸詰はあるが、どちらかといえば悪くなる前に肉を加工し保存するため、という原則があるため保存食というよりも肉をできる限り長く食べるための知恵、といったものらしい。金銭や荷物に余裕のあるパーティー位しか冒険者が所持していないのは、場所を取るのと、干し肉ほど長期保存ができないため、のようだ。
衛生管理の基本さえ守っていれば何とでもなると思うが、まずは冒険者、その次に警備隊、といった感じで広めていくしかないか。
王家からの勅令であれば、貴族からは表立っての反対は出ないだろうし、いくつかの商家を巻き込めば、あとは勝手に各地で広まるだろう。
その商家を巻き込む、というのが難関で、この街の大きな商人はほとんどがポーションの時に嫌がらせをしてきたため、信用できない。
まあ、それでもいくつか心当たりがあるのと、こう言った時は断り辛い所からのコネを使うべきだろう。
「それで俺の所まで来たの? そういう話なら、ことねさんの方が詳しいんじゃないかな?」
「どうやって俺がことねにそう言った話を持ち掛けるんだ? それに、ことねならオウラに話が行くのが妥当だろ?」
見回り自体は程ほどの所で切り上げ、学園で渚を待ち伏せ、適当に話ができる喫茶店にまで引っ張ってきた。
名目上は武器のメンテナンスで、秘匿する技術が山ほどあることもあり、個室の入り口に騎士が立つだけで同席はしていないため、内容的にはヤバいことでも話し放題だ。
隠密が天井裏から監視しているため、ほどほどにはするが。
ちなみに、ことねは元々零細ではあるが卸売の会社の事務担当で、ある程度のノウハウは知識として持っているらしい。
ことねはことねで内政チートだとかおしゃれ改革だと言い始めて衣類関係に力を入れているらしいが、オウラや知り合った商家を抱き込んでいるため、そっちに競合しないように注意はする予定だ。
というか、言いたいことは分からないでもないが、下着類は言うほど内政なんだろうか。
「なるほど。雇用を生み出すのと、場所を強制的に潰すことになるな。……そこまでの大規模なこととなると、町の評議会と商業ギルドにも話を持っていく必要があるか。
それで、基礎となるものはレシピはあるのか?」
「話を聞いて、俺がいくつか試作品を作ることになるな。入れる瓶も缶もそう難しい仕組みじゃないだろうから、大量に作った方が材料費も抑えられるだろうし、滅菌? とやらと密閉ができればあとは在庫を作り続けられる分、備蓄用品としても使えるだろうな」
「俺だと、構造は分かっても詳しい作り方とかは分からないんです。あと、これから旅に出るから補給できないときはそういうのがあると嬉しいかなって」
「そう、だな。途中、村や町には寄るだろうが、いつでも補給できるとは限らないし、水分がそこに入るのなら、水だけを大量に持っていくわけもいかないだろうから、重要性は高いか」
マイアに話を持っていくと、現実的な問題にあたる。材料や缶や瓶なんかについては何とでもなる。
問題は、誰がドブ坂の整備やそこの住人を受け入れるという判断を下すのか、また、犯罪者は一掃してしまって問題はないらしいが、それ以外の、特に働けないような人間をどう扱うのか、といった所が問題になった。
治療するお金がない、だけであれば何とかなるが、治療をしてもどうしようもないという人間が一定数居ることが判明している。
以外にも、というとあれだがそういった相手をただ放り出すというのは貴族的にも外聞がよくないらしく、治療院のようなところで面倒を見る必要があるらしい。
それにある程度の金額を寄付するのが大貴族の務めであり、貴族としての見栄らしいんだが、俺には特に関係のない、話とも言えずそうなるのであれば、専用の治療院を作ったり、その後の面倒を見るという部分で一定額を出す必要があるらしい。
いや、金額だけであれば正直全く問題はないんだが、人を出したり、雇ったりとそれ以外のことも多々すべきことがあるらしい。
俺は貴族じゃないから、と言いたいところなんだが、だいぶ稼いでおり、他の人に比べたら地位というか立場もあるため、少額ではあるが、これまでにも税金以外にも納めているものもなくはない。
まあ、ほとんどがポーションやら諸々の売り上げから納めているため、自分から納めたという自覚はほとんどないが。
ちなみに、こういう工場でありがちな排水汚染の問題は魔術職人らしく、『浄化』の魔術品で水や産廃物の汚染を限りなく減らすつもりだ。
それと同時に町自体のごみの焼却も対処する。今は家庭ごとやある程度まとめた場所で焼いて終わりなんだが、何でもかんでも一緒くたに焼くため、ダイオキシンやにおい、燃え残りなんかが問題となる。
ダイオキシン由来の問題は、俺や渚の生まれ育った世界ではほぼ克服し、過去の問題となったが、こちらではプラスチックの開発はされてはいないが、塩素を含む素材を燃やすため、発生しているし、それ自体が判明すらしていないだろう。
新しいことを始めようとすると問題は出てくるが、今回はそういう意味では異世界からの勇者が始めた事業、という隠れ蓑があるため、根本的な問題がなければ問題ないだろう。
缶詰よりもずっとあとに缶切りができた、という逸話はこっちの世界には関係ないんだし。
やろうとしていることは、錬金術師としても鍛冶師としてもあまり本質的には沿っていないということは、今更だろうから。