第42話。ソラのお仕事。
結果としては、霊薬や秘薬をこれ以上投与する必要はなさそうだ。
イオンがかかっていた『死への誘い』の呪いは見当たらない。
それ自体は恐らく霊薬の定期的な摂取による状態異常の回復に対しての効果が十分発揮できたんだろう。
ただ、適量で副作用は出ないはず、だったんだが。……どうしてこうなった。
鑑定紙を使った結果、呪いの項目は全て消えており、個人情報がただ並んでいるだけだ。
ただ、項目の中に『状態変化耐久(小)』とついているのは、副作用というべきかどうかは少し判断に迷う。
俺の持っている『状態異常無効』や『状態異常耐性』とも違う、変化そのものに対しての耐性。
つまり、『ステータス低下』だけではなく『ステータス向上』にも耐久性を持つというどう扱えばいいか分からないもの、だ。
イオンにそのことを伝えはしたが、困惑している。それが何か、といった表情でメリットは分かるものの、デメリットが分からないといった所か。
「状態を変化させる、というものについては短期的な身体的の変化全般だ。毒や呪いなんかは低下側の変化だが、一時的なステータス向上、ポーションなんかで値を上昇させるのもそれに含まれるな。それに、運の変化も、そういうものらしいから、極度に不幸になることはないとは思うが、逆にものすごい幸運にもならない、かもな」
「今の状態でも割と幸運だと、思います。その、もう外には出ても……?」
「暫くは俺かノルンさんが付き添って時間限定とはなるだろうけど、呪いを振りまく状況でもないし、服が脱げるようなこともないだろうから、いったんは大丈夫だと思う」
勿論、何かあった際の対策は万全、とまでは行かないかもしれないが行っている。
特に何かの弾みで服が脱げないように、ということについては万全を期すことにした。
替えの服は当然として、魔術品による外部からの防御陣、迷彩効果を持つ複数の消耗品、そして最終的な手段としての隠蔽効果を持つ魔法。
それらは全て空間に対して効果を発揮するもののため、イオンの『状態変化耐久(小)』からの干渉はない。
あとは、その中を俺が認識しないよう気を付ければいいだけの話だ。
……そして、そのスキルが俺のスキルツリーの中にあるのは、何故なんだろうか。
デメリットが大きすぎるからそれを有効化させる気にはなれないけれども。
ともかく。外に出てみた結果、ひとまずは問題なさそうだ。折角スキルもあることだし、『恒常化』と、それに近似値を持つスキル『平穏』や『幸運値固定』といった魔術品を身につけさせているのも一応潜伏しているかもしれない呪いを防ぐ手段にはなるだろう。
どれもそれを利用できていたゲームではあまり人気がなく、ネタというほどではないが他のスキルを取るために必要なため渋々取って利用されない、といったスキルの群衆だった。
スキルは置いておいて、まだノルンさんも同行しての軽い散歩程度の距離しか出歩こうと思えないため、結果が出るためにはある程度の回数をこなす必要はあるとは思う。
一番の問題は錬金術師ギルドから出てきたところを見られたことに対しごまかすのが面倒だったというところだが。
「あの、これで、私は、もう。……大丈夫なんでしょうか」
「少なくとも、今身に着けている魔術品類と、処方したポーションがあれば、最悪の事態にはならないと思う。
問題は、どちらも高額ということで、これまでは俺の実験という名目でそこは何とでもなったんだけど、これ以降は、な」
わりと、色々な意味でバレるとまずい。物が物であることもそうだが、大金をはたいてでも欲しがる人間は多いだろう。
必要であれば売りに出すことも考えなくはないが、それを継続的に無料で受け取ることのできるような存在が居るとすると、それは金銭を払うことに対しての役割を失う。
あいつは良くて何で俺は、理論だ。自分自身で使う分には金銭が発生しなくても文句を言われる筋合いはないが、曲がりなりにも商売を行っている以上、適正価格の徴収というものが、どうしても必要になるだろう。
「おいくら、でしょうか?」
「普通に支払える金額じゃないから聞かない方がいいと思うぞ? 一応大まかな所で、この数日で使った分だけでも、この町でも割と大きな家が建つ位、とだけ言っておくか」
売ると、ではあるが。……もしかしたら、教会で解呪するよりも高くついたかもしれない。この分はイオンには請求しないし、どこまで教会で解呪が出来たかは分からないけれども。
「ただ、俺としても後は買ってくれというつもりはない。本来ならもう飲まなくて済むのであればそれに越したことはないんだが。
……しばらくは、俺の手伝いとして定期的に摂取をしてもらう、方が早くはある」
「つまり、ソラさまはイオンさんの様子を暫く見る、と仰られるのですね。住まれる場所や、給金などはお考えになられていらっしゃいますでしょうか」
確かにこのままここに、というわけにもいかないし、名目上も実質的にもただで、というわけにはいかない。
といっても、例えばうちに住み込みで、というと囲い込んでいる感があって非常にまずい。
誰、とは言わないが、何故か妙に白々しい笑みを浮かべた影が俺を見ている、気がする。
「……建築ギルドには知り合いがいるんですが、賃貸もそこで取り扱っているんでしょうか?」
「この町では建築ギルドしか住宅に関する取引を行っている所はございません。お借りに、なられるのですか?」
「一応、そのつもりではあります。適当な空き家を買い取ってもいいんですけど、目立ちそうですから」
普通の一軒家を買い取るくらいなら正直金銭的な問題は一切ない。今住んでいる家が破格の安さではあったけれど、それを除いても結構な高給取りである俺の稼いだ金額では豪邸を気軽に買うのは、少しあれだが、空き物件があればろくに話も聞かずに契約書にサインをすること、はしないけれど金額を確認しなければ購入できない、というわけでもない。
「それもそうですが。……少し後でご相談がございます。イオンさんのご希望も聞かず、一方的にというわけにもいきませんから」
ちらり、とノルンさんの視線がイオンに向かう。そもそも、諸々を含めどうするかはイオン次第ではある。
いや、色々とこちらから提案する必要もあるんだが。
2つほど提案をして、すぐに決めるのは難しいだろうから、と俺とノルンさんはギルド長室に行くことにした。
「ソラさま。お話をしたいことがございます」
「……イオンに考えさせるための方便だけではなかったと。何でしょうか」
イイ笑顔、のはずのノルンさんからは妙な圧迫感というか、殺気まではいかないが、怒気に近いものを纏っている。
「ソラさまは、私の事が信頼、いえ頼りにはならないのでしょうか」
それを言ったノルンさんの表情に、思わず言葉が詰まる。そんなことはない、と軽々しく言えない。
言っても、それは決して彼女の心に何か応えられるものでは、ないんだろうから。
「言葉よりも態度で示せれば、いいんですが。生憎、そういった術を知らない、……この位の事でいいのであれば」
目を閉じ、考えを巡らせようとした所、軽い衝撃と共に体が温もりで包まれ、それを軽く抱きとめる。
……心臓の鼓動の速さがバレないように、軽く体を離しながらというのは俺がチキンだからか、それとも女性と触れ合う経験が、少ないわけではないがあまり積極的にそういうことをしたことがないからか。
顔がものすごく熱いから、バレバレな気もするが、ノルンさんもこういう時に目を開いている、わけな、……恐る恐る薄く目を開くと、ばっちりと目が合ってしまった。
「……この位、ですか?」
少し目を潤ませながら口角を上げるノルンさんは先ほどとは違う意味で怖い。いや、そもそも顔が近すぎないだろうか。
こんなに近くに誰かが居るのは、……うん、何というか一瞬で全身の熱が引いた。
「ええ。この位、ですよ。……ただ、あの。容赦してもらえると、助かります」
「……、はい」
楽しげにノルンさんは笑うと、少しだけ力を強めると、すぐに体を離す。
耳元で何かを囁かれ、それを聞こうとしたが、少しだけ寂しそうに笑う姿に、言葉を継ぐことは出来なかった。
気まずさを残しながら、向かった先は建築ギルドだ。イオンの部屋を借りるためには、アパートでもどこかの空中階を間借りするにも、契約はギルドで行う必要がある。
叔母であるところのシエッタの姿は見えなかったため、ひとまず適当に受付に並び、二部屋借りることにする。一部屋はイオンのもので、もう一つは、何かあった時のノルンさんが寝泊まりする部屋だ。
そこは必要経費として、錬金術師ギルドの運用資金で賄う。……実質俺の個人資産のようなものだが、まあ一定額を使えるようにしているし、活動実績自体はあるんだからとにかく言われることはない。
ギルド長が正式に決まれば、その時はまた考えればいいだろう。
俺が今の時点で個人的に貸し与えようものなら、何というか、囲っている、ように見えなくはないかもしれない。
まだ成人もしていない身の上でそういったことを疑われるのは非常にまずいため、色々な特権を駆使して、あくまでも紹介をしているだけという体は取っているんだが。
借りる、といってもその日のうちに入居できるわけではない。清掃や鍵交換、といったものがあるわけじゃないが、名義の登録などなどすることは多いらしい。
2~3日で入居は出来るらしいから、それまでは宿かギルドに泊まってもらうしかないだろう。ノルンさんの部屋にというわけにもいかないし。
イオン用に服や家具、他に必要となるものは多いだろう。着の身着のまま、というか荷物を取られて所持金すらろくになかったんだから仕方ない。
「……家に帰る、という選択肢もあるんだぞ?」
「それは、ノルンさんにも聞きました。でも、ソラさんに、いただいた恩を返してから、考えたいです」
「いただいた恩って、俺は勝手にやっただけだぞ。もっとうまくやれてたら、ここまで時間もかからなかっただろうし」
すっかりと目的だった食事を摂ることを忘れて、体が空腹を訴え始めたため、適当な食堂にノルンさんとイオンを連れ、腰を落ち着けた。
イオンが落ち着かない様子で周囲を探っているようだが、何か心配事でもあるんだろうか。
町に落ち着く前に軟禁状態になってしまったため、街中を見る機会がなかったんだろうけれど、それにしては見ている相手が限定的な気もする。
「この町は、獣人が多いんですね。それに、ペティトアルテも」
「エルフは少ないが、ドワーフも割と多いし、貴族も平民もごったに暮らしてる町だ。まあ、魔術師と鍛冶師が多いこともあって、聖職者はほとんどいないが」
そのため、この町にはスラム街はあるがファンタジーにありがちな教会や孤児院は存在しない。確か、一番近くにあるのは馬車で1週間ほど進んだ商業都市だったはず。
呪いを解いたり、祝福を祈ったりするために貴族が個人的に連れてきている神傍者はいるらしいが、その貴族も精霊信仰が強いらしく、むしろ貴族同士の諸々が原因のようだが。
イオンの胃は一体どうなっているんだろうか。俺やノルンさんは概ね体格に比例した程度の量しか食べていないが、イオンが食べているのは現在進行形で1日で食べる分を遥かに超えている。
最初はこの町の食事が珍しく種類を食べたいのかと思ったんだが、遠慮がちに次々に食事を運ぶそれは、ただ単純に足りないだけ、なんだろう。
数日食事の世話をしていたノルンさんも苦笑するだけで止めもしない、というのはそういうことだろう。
呪いの影響や何かであれば鑑定紙の結果で出てくるんだろうが、それが出てこないということは胃下垂のような体質だったり、ファンタジー世界特有の何かである可能性が高い。
周囲も特に奇異の視線を向けていない、ということは恐らく後者なんだろう。
あとで、ノルンさんに追加で幾つか渡しておくか。……イオンを雇うとしたら、金銭よりも現物支給の方が色々いいんだろうか?
食事後、イオンを錬金術師ギルド、ではなく俺が知っている宿を紹介し、小遣い程度として金貨1枚と銀貨10枚を渡し部屋に放り込んでおいた。
「ソラさま。今後の事ですが、どうなさるおつもりでしょうか」
「お膳立て、とまではいいませんが、根回しはされている以上、俺は俺で動くつもりですよ。
錬金術師の工房一本で、というわけにはいかないので、サンパーニャとは異なるジャンルで魔術職人としての商品も取り扱わなければそれはそれで面倒なことになりそうなので、国からの仕事以外にも商品を考えないと、といった所でしょうか。
ノルンさんには、引き続き正式な錬金術ギルドのギルド長が決まるまでは代行としての俺についてもらうことになる、と思います」
錬金ギルドのギルド長室に落ち着くと、今後の話をすることにした。
国家事業となる街道整備はまだ完成していない。むしろ一番最初の試験を行っている最中で、効果や耐久性を暫く見る必要があるらしい。
魔物をおびき寄せて攻撃をさせたり、敢えて街道の途中で戦闘訓練を行ったり、と想定されるようなことを複数同時に行うこともあるようで、その結果次第でまた改良を加える必要もあるだろう。
そういった意味では、まだほとんどそれは進んでいないため、新しい魔術品のレシピを考えたり、錬金術師としてどこまで販売をするかを検討する必要がある。
その辺りの加減、については魔術品はギルド長やおやっさんあたりに相談をしたらいいんだろうが、錬金術師としてはどうだろうか。
町に居る錬金術師を当てにするのは、少なくとも今の時点では無理だろう。何せ誰一人として知らないんだから。
「では、普段はどちらにいらっしゃるのでしょうか」
「暫くはサンパーニャと鍛冶師ギルドのどちらかに、店が出来たら、錬金ギルドと工房のいずれかでしょうか」
「その後は鍛冶師ギルドには寄られないのですか?」
「見習いを見る仕事もありますし、ある程度は寄るつもりですが、今後次第、でしょうか。
各方面の出方次第、とも言えますが」
俺としては呑気に暮らしたいと思うわけだが、少なくとも現在の問題が解消されるまでは難しい、だろう。
今でもそこそこ呑気に暮らしているだろう、というどこからともなく聞こえた気のする指摘は無視をすることにする。
「そういえば、先日の町の襲撃ですが、壊れてしまった建物を修復するため、今建築中の店の完成が少し遅れるようです」
「被害自体は限定的であるものの、力関係を考えると、そっちを優先するしかないでしょうね。
今回の被害に遭った所は主に上位の貴族が手を加えていた所のようですし」
実行犯は悪魔と共に滅んだとはいえ、黒幕やら協力者なんかが他に居ないとは限らないため、そっちの方でも何かこれから動きがある可能性もある。
派閥、というものがあるかは分からないが、襲われた商店の支援を行っていたのは主に伯爵や侯爵で町の貴族向けの商店がほとんどだった。
まあ、今それを考えても何かが変わるわけでもないから、ひとまず置いておくことにはする。
「後は、そうなるとギルド長と話し合いでもしますか。明日、朝からギルド長の所にまで同行してもらえますか?」
「はい。直接クゥエンタさまの部屋まで行けば宜しいでしょうか」
「いえ、一度俺に宛がわれている部屋で待っておいてもらえますか? ちょっと、荷物を持っていく必要があるかもしれませんから」
といってもギルド長に渡すものではなく、ギルドに置くものとして、だ。アクセサリも持参するが、そっちはそんなに急いではいない。納品するだけだから後回しにする必要もないが。
話している間に割と遅い時間になってしまったため、ノルンさんを自宅まで送り届けるとまっすぐ家に帰ることにする。
隠密が護衛しているとはいえ、あまり今の状態で夜の街をふらふらとブラつくのも迷惑をかけそうだ。
町の主要な場所については強化した方がいいかもしれないが、その判断はマイアや町長なんかが行うだろう。
俺の出番は、あくまでも要請があった時のみの方がいいだろうし。
「では、これを。納品で、販売用のものとは分けておいてください」
バレッタを鍛冶師ギルドの受付に納品すると、そのままギルド員専用の通路から上級職人以上に許された通路へ抜ける。
途中で何人かと世間話をし、部屋へと足を運んだ。
「おはようございます、ソラさま」
「ええ、おはようございます。ノルンさん、早かったですね」
「あなたさまの秘書ですから、遅れるわけにはまいりません。それに、さきほど来たばかりですから」
にこやかに笑みを浮かべるノルンさんからはそれが本当かどうかの見定めは難しい。本気になれば確認する術はいくつかあるが、非難するようなことでもないことに対し、俺から何かを言うのは違うのかもしれない。
「そうですか。では、行きましょうか」
そう促すとギルド長の部屋へと向かった。
といっても、タイミングが悪く来客中だったようだったため、別室で待つことになったんだが。
「店の完成時期と、貴殿の作った魔術品の話か。それに、貴族に目を付けられた、ということか」
「まあ、マイアやオウラと知り合ってる時点で貴族受けは悪いんですが。ポーションの件でも、ですけど」
そういう意味では、今はまだこの町にほぼ限定ということにはなるが、割と自由奔放に活動してきた、気がしないでもない。
「まあ、いざとなったら後ろ盾として勇者の支援でもしますよ。陛下の装備品を作った、なんて判明したらそっちの方が面倒でしょうし」
献上品としても最も名誉のあるものらしい。何せ、美術品や鑑賞品とは違い、実際に身に着け、場合によっては命を救う物になることもあるからだそうだ。
俺としては渚の装備に少し毛を生やした程度のもので防御力や攻撃力といった数値だけならともかく、付与スキルや付加効果という意味では『レジェンド』時代の俺の最終装備にはまだまだ遠く及ばないものでしかない。
まあ、見栄えと実際の数値の底上げを目的としたため、そっちは十分に果たしているんだが。
ただ、王に武具を献上したということまでは話したことはなかったことを忘れていたため、ギルド長にもノルンさんにも妙に冷めた目で見られてしまった。
またとんでもないことを隠していたな、と目で言われた気がするが、きっと気のせい、だと思いたい。
むしろ、隠し事はもうないのか、と問い詰められている気がしないでもないが、秘密などそれこそ山ほどある。
「ま、それは今は置いておいて。工期はどれくらい遅れそうですか?」
「建物自体はもう出来ている。あとは、内装だな。貴殿が使う場所の準備はほとんど出来上がっているから、一度見てくるか?」
事前に確認をするのは確かに必要そうだ。事前にレイアウトの希望や道具が何が必要かは伝えておいたが、細かいものは自分持ちの物が多い。
そのため、ノルンさんにも同行してもらおうと思ったが、ギルド長が頼みたいことがある、ということで一人で向かうことにする。
密偵や、俺の隣に誰もいないことに気づいた騎士が側についたため、1人とは言い切れないが。
ギルドで借りた布製の巻き尺を使い、部屋の内寸を図っていく。引っ越しや物品の搬入時には事前に確認をした方がいいと昔誰かに聞いた覚えがある。
簡単な図面は貰っておいたし、文房具、といっても製図ペンは勿論としてボールペンといったものは作っていないため、とはいってもインクを持ち歩くのも面倒なため、羽ペンや烏口ではなく蝋と各種顔料を混ぜ合わせたクレヨンを自作し使っている。
今使っている紙との相性もそれなりのため、その内製法を売りに出そうとも思うが、そこそこ面倒なことになりそうなので、事前に商業ギルドを通じて既存の文具を取り扱う大手に取り扱いの打診を出すことにした。
ポーションやポーションバッグ、あるいはカートなんかは主に取り扱うのは鍛冶師ギルドであり、一番の売りであるポーションは消耗品だ。
そのためか、他の町の商人がポーション売りごと製法を持ち帰ろうとするケースが散見されている。ポーション自体の需要の高まりと、効果や飲みやすさを兼ね備えた特製ポーションの価値は高いらしく、本人の希望があれば第三者の審査の元、町を離れることは可能だが、ポーションはある種異物というよりも劇薬に近いものがある。
この町では製法を敢えて俺が伝え、広めた。儲けようと思えばもっと儲けた上で高額で製法を売ることもできたのに、だ。
町のポーション売りは俺の販売した金額を元に徐々に競争の原則の元金額を下げていった。といっても、1割も下がっていないのが現状だ。
それに対し、別の町でポーションを売ろうと思えば、長い間市場を独占し、他のポーション売りを一掃することもできるだろう。
その上で金額を割高にしても一財産を築くことも可能、だと思われる。それまでにこの世に居られれば、だが。
ポーションを求めるのは主に冒険者や外に出る用事のある商人、あるいは村や町の外に畑のある農民で、市場を独占されて困るのはポーション売り以外にも商業ギルドもだろう。
新しい製法はそういった意味で、全ての場所で、同時に、かつ均一のもので広まればそこに差はない。
ただ、情報の広まり方やそれを秘匿し、差別化を図りたがる人間が居る以上、仮に王から要請があってもすぐにどうにかなるようなものではないだろう。
一応、献上品の中にそれも入れてはいたんだが。
と、そういった事情もありポーション売りが町を出た件数は思ったよりも少ない。特に後で始めた、あるいは流れ着いた人が多く、他には独り身で出来上がりの評判の良くないようなポーション売りが好条件で引き抜かれたようだが、基本となる特製ポーションや白は作れても、効果の高い水色や魔術職人や一部の冒険者に評判がある赤も作れなかった、といった人ばかりのため、果たしてうまく行くかどうか、といった心配をしても仕方ない。
町のポーション売りの中で独自に白桃や黄桃、濃緑といったこれまでとは異なるポーションを作り出したものも居るため、製法さえある程度広まれば後は独自の開発に力を注いでいくだろうから、それについて行くだけの力はいる、だろう。
間取りと必要となるであろう家財などの配置と寸法を図に書き入れると今度は調度品や来客用のティーカップやソーサー、カトラリーなどで必要そうなものをリストアップしていく。
本来滞在時間が長くなるような店ではないはずだが、入り口以外の場所から入る隠し部屋が存在するため、そういう用途にも備えておくべき、なんだろう。
この部屋に関しては調度品なんかもある程度見栄えのいいものを用意するとして、店に置く物のレベルはある程度で抑えておく。
客層としては、ある程度の資産を有している冒険者や豪商、下級の貴族を見越している。
2人ほど例外がいるが、そういった相手用として、むやみに広い商談用の部屋があるから最上級の調度品を表に置く必要はない。
普通に入ってきそうものだが、まあそれも想定しているから問題はない。
最初に取り扱うものとしては効果ポーションの他に香油や一部の客向けに最下級の霊薬などを考えている。
ゴーレムやホムンクルスは販売するわけにはいかないし、中級以上の霊薬も秘匿し、王族やそれに類似るような存在にしか渡すのは難しいだろう。
そういう意味では賢者の石もそうだし、それを基に作る霊薬も神造鉱、神銀鉱、火廣金、俺の独自レシピの合成鋼もそれに含まれる。
アルコールの類を変化させ、神酒にすることもできるんだが、それは少し検討した上で決めよう。
飲んでも酔えないから俺以外が飲んだらどうなるか分からないのも少々不安だし。
あとは店番、というか従業員というか、だがどうするべきか。
鍛冶師ギルドとしては錬金術師としてではなく魔術職人、むしろ鍛冶師として後継を育ててほしいようだ。
今の所、狙ったスキルを付与できるのは俺がほぼ100%、他の職人であればある程度の方向性で、ということであっても30%を越える職人はいないらしい。
そう考えると確かに俺がそれを誰かに継承出来れば飛躍的に鍛冶師の価値や立場が向上するだろう。
そうしなくても平気なように水晶にスキルを付け、取り外し可能な武具を作ったんだから国から許可が下りれば、今ほど俺に弟子を取れという各方面からの視線はなくなってくると思いたい。
そもそも、弟子を取ったからといってどうそれを伝えればいいかが全く分からない。
ここで悩んでいても仕方ないためなるようにしかならない、とは思うが。
割とポンポンと渡している霊薬も、レシピを渡しても作れないだろうことも想定した上で、現物しか渡していないし。
考えれば考える程面倒になってきた諸々を一旦忘れるため、向かった先は錬金術ギルドだ。
作るものは幾つかあるが、そっちではなくギルド長代行としてすべきことをするため、だ。
成果物の納品と、この町にはもう居ないと断言出来た人のギルドからの脱退の手続きを行う。
ギルドには異なるギルドには複数入れても、同じギルドに別の町で入ることはできない。
活動自体はどこでもできるが、本拠地として置く場所は一か所のみ。
籍を残すこと自体が何か問題があるわけではないが、望まない状態で残し続けておくのにはいくつか問題がある。
まずは、昇格だ。昇格するためには本拠地となるギルドに対し成果を報告する必要があり、昇格や任命もそこで行われる。
また、別の町で活動をし、収入を得ることは勿論可能だが、それをギルドを経由して行う場合、本拠地となるギルドにもいくらかの報酬が入る。
そして、これが一番の問題点として、ギルド内の施設の利用がある。個人で行うものとしては制限はないが、集団として行う物や、ギルドにある施設を利用する場合は本拠地以外では制限がかかる。
それぞれのギルド毎の特色があり、そのノウハウなどを別のギルド支部に取られては敵わない、という理由が大きいそうだ。
それは鍛冶師ギルドや商業ギルドも同じらしく、脱退するのも色々と審査やら何やらがあり大変らしい。
冒険者ギルドだけはその性質上、場所の垣根を越えどこで活動しても同じらしいが。
ギルドの加入状況を確認するためにはギルドで自分の情報を更新しなければ分からないが、活動している錬金術師が居ればすぐに気づくだろう。
この町の錬金術ギルドでは前ギルド長の方針、とも言えない何かによりまともに活動できる錬金術師が居らず、というよりも錬金術師自体あまり日を浴びるような活動をしてはいないが、それでも少しでも活動したい錬金術師はひっそりと活動をするか、この町に見切りを付け、別の町へと活動の場を移すかのどちらかだろう。
俺が鍛冶師や魔術職人ではなく、錬金術師として店を出すことについては耳が早い職人や商人の耳には入っているだろう。
商人の耳に入る、ということはすぐに耳聡い奥様方には耳に入り、ある程度は町に噂が広まり、その内町に居る錬金術師にもそれは伝わるだろう。
速度は、割と娯楽に飢えているこの世界では想定よりは早いとは思うが、情報化社会としての前世とどっちが早いかは分からない。
まあ、それもどう動くかは分からないし、あくまでも正規のギルド長が赴任されるまでの繋ぎとして俺はいればいい。
俺をギルド長として担ぎ上げたい奴がもしいたなら、恐らくきっと利権だの何だのを考えるようなのばかりなんだろうし。
ちなみに、ギルドを脱退してもそれまでの功績や活動はカードに記録されるため強制的に脱退となっても大きなデメリットになるわけではない。
横のつながりはギルド同士はあまりないが、だからと言って今の状況が何も伝わっていないわけではないだろうから、過去に罰則を受けていなければ、新しく別の町で登録をし直すことも難しくないだろう。
あと、出来れば他の錬金術師のレベルも知っておきたい。前ギルド長は中毒性がありそうな変な薬や妙に人間臭いゴーレムを作っていたというのは確認したが、どうも扱っていたもののレベルが偏っているというか極端というか、それぞれ別々の誰かが行っていたものを横取りしていた、というかそういう違和感がしてならない。
既に投獄された前ギルド長は俺の拉致未遂だけではなく、不正やヤバい薬の密造、諸々があり既に処刑も行われたらしい。
そういう意味では、俺もだいぶグレーゾーンをいったりきたりとしている気がしないでもないが、ひとまず気付かれない、というか人に害を与えるようなことをしていない以上まだ大丈夫だろう。
積極的に法を犯すつもりは勿論ないが、だからといって気づかぬ内にやり過ぎてしまうことは、防げないかもしれない。
未だどういった法があるか、あまり詳しくは分かってはいないんだが。まあ、やってはいけないことは以前よりも分かっているため、必要であれば何かをする前に調べればいいだろう。
結局、町に残っているであろうと判断した4人以外は全て脱退の手続きを済ませ、ギルドの細々とした機能を弄った後、幾つか効果ポーションを作り、物置に使っている部屋に保管をする。
本来ならポーションの類は冷蔵庫に閉まっておきたいんだが、使っていない部屋で日も差し込まないためそんなに室温も高くないため問題はないだろう。
湿気対策で部屋に工夫はしたが、湿気やにおい取のために炭や珪素土で作った調湿剤や鉱石を粗目に砕いたものを配置する程度だから、暮らしの知恵程度のものだ。
鉱石が砕いただけのものを置いておくのは危ないため、ランダムに穴を開けた蓋をかぶせた容器の中に入れてはいるが。
錬金術ギルドから出て、適当な路地で変装をすると今度は冒険者ギルドに向かう。
何人かから視線を向けられるが気にせず仕事の受付ボードを見る。
今貼られている仕事の数は少なくはないが、あるもののほとんどが周囲のモンスターの駆除や素材なんかの収集、あとは細々とした街の中の雑用。
雑用としては子守やペットの散歩、ではなく荷物の搬出や清掃、といった力が必要だが金銭にはならない、そういったものが多い。
そんな中、俺の目を引いたのは硝石と硫黄の採掘に燃焼草の採取依頼だ。
それぞれ別々の依頼人から別々の目的、例えば硝石は肉屋からの依頼だし、硫黄は隣町の農家、それに燃焼草は鍛冶師からの依頼。
だが、それらを組み合わせれば黒色火薬が出来上がり、兵器への転向も可能だ。
魔術や魔術品が存在するこの世界で大砲や手榴弾などの有効性がどこまであるかは不明だが、魔術とは違いある程度誰でも取り扱いのできるそれらのものは作るべきではないだろう。
ともあれ、硝石は割と使う目的自体は広く、俺自身も欲しいものであるため受けておこう。
人工的に作る方法もなくもないが、いずれの方法としてもあまり作りたいと思えるものではないため、天然の硝石を採掘するのが一番だろう。
硫黄が採取できる場所と燃焼草が採掘できる場所、広義的な休火山がある場所がここからそこそこ離れてはいるが全くいけない場所というわけではない、という微妙な所にあるため、そこに行くことにする。
普通の旅であれば、馬車を用意して大体片道3か月近くかかるらしいが、俺1人であれば、たいしてかからない。
後はダミーとして、手持ちにある薬草の納品依頼を受け、ギルドを後にする。
ちなみに、ギルドの受付には怪訝そうな表情を浮かべられたが、よくあるテンプレ的な、ランク外のものを受けられない、というものは討伐任務以外はない。
とはいえ、仕事の失敗が続くとランクが下がったり、懲罰用にあるらしい仕事を一定数こなさないと別の依頼を受けられなくなったり、とペナルティがあるらしいから無理はしない。
釣り用としか思えない、一見報酬は良く見えて、労力に伴わない依頼が混じっているのはわざとなのか故意なのか、といった感じだが。
仕事をするため、町の外に出て街道を歩くとすぐに囲まれる。盗賊やらの類ではなく、いつも俺についている密偵や隠密に、だ。
「ソラ殿、どちらへお行きになられますのでしょうか?」
「採取の依頼を受けましたので、それを。少し離れた場所に生えている薬草を採取するだけですから、すぐに戻りますよ」
「外に出られるのでしたら、せめて騎士をお連れください」
周囲に人影がない所まで待ってこれ、というのは一応気を遣って、だろうか。いや、気の使い方が少し違う気がするんだが。
そもそも、顔を包帯で適当に撒いた浮浪者風の冒険者が騎士を連れ立つ、というのはおかしいだろう。
「モンスターの活動域まではいかない、というよりもこの周辺にも生えていますから、それで何とかしますよ。数は少ないですけど」
正直品質が良くない物であれば街中にも生えているようなものだが、見て気付かれるようなものでもないだろう。
この周辺でも、数は足りないとはいえ、本命の薬草の採取もできるはず、だし。
久しぶりに各種採取を行い、大人しくギルドに納品をして、変装を解いて家に戻る。さすがに、密偵や隠密には採取は手伝わせてはいない。
そして、自分用に確保していた薬草を地下の倉庫に収納して、最初の作業が完了する。
ほとんど使っていない屋根裏から外に出る。少し高さに目を細めるが、まあ大丈夫だ。何より、これからもっと高くに行くんだから。
スキルにより『透明化』念のための『希薄化』を行ったうえで、久しぶりに『飛空』を使う。
何も考えずに結界を越えて、アラートが出ると困るため誤魔化しはしたが、大丈夫そうだ。
むしろ、ソニックブームを発生させないよう速度をコントロールする方が手間だったが。
とはいえ、音速にまで近い速さを出したため、数十分程度で目的地にはついた。服が駄目になるかもしれない、と一番ボロイ服で来たんだが、魔術式に組み込まれている対防御システムが優秀なのか、特に目立った損傷などはない。
地表近くで飛ぶと、それだけで地面へのダメージが発生するのも怖かったため、成層圏、があるかは不明だが割と高高度にまで上がったにも関わらず、というのは少しやり過ぎてしまったかも、しれない。
ま、まあ一旦その辺りはおいておいて。比較的安全に硫黄や硝石が採掘可能な場所を『探知』により見つけたことにより、来てはみたんだが、硫黄臭く、何も対策をしていないと危ないだろう。
ガスマスクや防護服、耐熱服なんかも作れなくはないが、まあ今回は簡単なものとして、硫化水素を体内に取り込まないように持ってきている包帯を加工し、ガスマスクの代わりとすることにした。
熱量については、『輝く水の防御膜』という魔法で防ぐのが一番なんだが、今後正式に火山に潜れるようになることを想定し、耐火装備の開発中なんだが、人体に有害にならない物質で、かつ内気の温度を上げすぎないよう保つ、というのが割と面倒だ。
まあ、いざとなったら『快適化』という外気温に左右されず一定温度を保つスキルを付与させるか、アクアマリンやブルーサファイヤなどを使った魔具に使える宝石を使って常に冷水を循環させるスーツを作る、という案もあるんだが。
魔術品は、もう少し成功率を上げる方法を模索してからの方がいいし、宝石を使う方法は魔術師ギルドがうるさそうだから、錬金術師としての上位練成が出来る人が俺以外に居るか確認してからにした方がいいか。
色々考えているものの、結局は硫黄や硝石以外に、鉱物の収納場所とも言えなくはない鉱山を、1つ丸々潰さないように興奮を抑えているだけ、なんだが。
ゲームの、『レジェンド』での俺や他のクランメンバーは、割と集中したらそこ一点に全力を傾ける、というかそれ以外見えない、という悪癖があった。
結果、運営から厳重注意となり、公式な動画として晒された『グリアラン鉱山の消失事件』本来なら採掘ポイントというのは時間がかかるが復活するはずのそれを、鉱山ごと掘り進め、貴重な発掘ポイント事なくなってしまった、という黒歴史だ。
それ以上に何人かのGMがこっそりと作っていた休憩部屋を見つけた、ということの方がゲーム内では事件だったんだが。
結局、今回は『輝く水の防御膜』を使い、山頂近くにあった穴から内部に侵入した。
穴は最初は水平に進んでいたが、途中で徐々に下り、最終的には垂直に。何かが掘った、のか他の外的要因なのかは不明だが、幅や角度が一定ではなく、その割には人工的に削ったような跡は見えなかったため、人の手は入っていない、と思われる。
降りていく内に外気温が上がり、削られた岩盤の色や質が変わっていくのが分かる。それは全て素材として使えるものだが、今必要なものではない。
割と貧乏性、というか素材があればあるほど嬉しい性質ではあるんだが、ひとまずは目的のものを手に入れた上で考えよう。
硫黄が取れるのであれば他にも欲しいものはあるんだから。
あー。うん。採掘だけ出来ればよかったんだが、うん。目の前で炎を吐く火蜥蜴、所謂サラマンダーを、どうしたらいいんだろうか。