第37話。雨の中の出会い。
水の精霊の領域を抜け、降ろした馬車からメイドが転げるように飛び出してきた。
彼女は守るべき対象を見失い、馬車から出ることもできず非常に混乱していたようだ。
一通り何故か俺への恨み言を言った後、さらに何故か執事に怒られているようだ。
変に俺に向かっても嫌なため、ひとまず全員を馬車に乗せ、帰路に就くことにした。
まだ続く説教には意識をやらないようにして。
帰るために飛んでいる最中に雨が降り始めた。通常、雨が弱いうちならともかく、強くなってくると馬車はぬかるみに車輪を取られたりするため走ることはできない。
だが、空を駆け、魔術品で傘替わりのシールドを張ることのできるこの馬車なら話は別だ。
風が強かったり、大雨で前方が全く見えないならともかく、この位の雨だったら問題なく走ることができる。
とはいえ、御者台に乗る俺は外套をしっかりと着込み、寒さ対策を行う必要はあるんだが。
ちなみに、ことねは疲れたのか、大人しく席に座っている。説教を聞かされ、若干うんざりしているような気配を出してるのは気のせいだろう。
「降りてそのまま対象へ接近する! どこかにしっかり掴まってろ!」
空を駆けること暫く。微かに知覚できる程度だが、何かが追われている。この雨のため、砂ぼこりは舞っていないが、ぬかるみに出来た足跡や水たまりの波紋なんかがそれを表している。
まあ、それに加えて『気配探査』の結果、どうやら人が追われているようだ。
「ちょ! 鍛冶師くん、どうしたの?! こ、これジェットコースターより、怖い!」
中は騒ぎになっているが、少しの間だけ我慢してくれ。
急降下、とまでは行かないが軽くGがかかる程度の角度と速度で地面近くまで降り、軽く風を噴射させ、振動もほぼなく降り立った。
とはいえ、ある程度後方に降りたため、そのまま馬車を進めるんだが。
「さっきよりも振動強いんだけど?!」
ぬかるみに足を取られるが、ゴーレムの力で無理やり進むため、ガタガタとこれまでに一番酷い上下運動を見せる。
と、見えたのは5体の半魚人、マーマンに追われる人影だった。
「一端追い越して、俺とことねで片づける! ことね、止まったらすぐに出れるようにしておいてくれ!」
「えぇ!? わ、分かったから速度緩めて!」
御者席に座る俺と違い、荷物が崩れるのを執事やメイドと一緒に食い止めながら戦闘準備は難しかったようだ。
通常の速度よりも速度を落とし、ようやく車内の揺れも少しは落ち着いたらしく、慌ただしくことねが武器や防具を引っ張り出している。
俺は、リザードマンであれば魔術品だけで大丈夫か。雨が降っている中外套を脱ぎたくないし、外套を着たまま武器を振り回すのは流石に少し危険だ。
「俺が飛び降りたら、5秒後に停止。ことねが降りたら300m先に待機」
ことねには聞こえないよう、ゴーレムに指示を出す。
逃げている相手も馬車に気づいたようだが、速度を落とすわけにもいかないだろう。伺う様子は見えるが、こっちを見るわけにもいかないようだ。
「じゃ、お先に」
追っているマーマンの群れの先頭に並び、それの頭に飛び移るように軽くジャンプする。
とはいえ、馬車の速度に加え、見た目以上に頑丈なブーツを履いた状態では、マーマンを吹き飛ばす位の衝撃は与えられたらしい。 もちろん、俺自身も吹き飛んだが。
衝撃を逃しながら着地はしたものの、逃しきれない衝撃はぬかるみの上を滑ることで消化させる。
「この辺りまでマーマンが出てきた、っていうのは見るまでは中々信じがたかったが、警戒心がないのか? こいつら」
馬車が全力で近づいてたんだからもう少し警戒するべきだったろうに。
「……私、だから」
思っていたよりも幼い声が聞こえる。雨のためか、目深に被った外套から外見はほとんどわからないが、背格好と声から恐らくは10台前半から中盤の少女といった所か。
どれだけの距離を走ったのかは分からないが、健脚だな?
「鍛冶師くん! 無理しないで!」
停まった馬車からことねが慌てて出てくると、指示通り馬車が離れる。
「ま、軽い運動だ。俺はかく乱でもしておくから、とどめは任した」
「ちょっ!? あぁ、もうっ!」
そんなわけで、バッグから腕輪を取り出し、嵌める。
正真正銘、俺が作った魔術品であるこれは、試作品でもある。つまり、スキルの付け外しが可能、ということだ。
『遥か彼方たる―――』
あるはずのないものを具現化したもの。重量5。耐久【500/500】
LUC+20 MATK+150 固有スキル【即時チェンジ】使用可能。
魔術品スロット【●●〇】2/3
スロット1:吹き飛ばし
スロット2:ツインシールド
少し張り切りすぎた結果、俺の1割以上のLUCを向上させる装備品を作ってしまった。
まあ、MATKはナギの装備程ではないし、問題はないだろう。
対人ならともかく、モンスター相手に挑発をしてもそこまで効果は見込めない。
そう考えるのであれば、口上ではなく、拙速を尊ぶべきだろう。
マーマンは5体。内1体は俺が吹き飛ばし、6mほど後方。それ以外は特に隊列を組んでいたわけでもないらしく、前衛と呼べなくないのが2体。少し警戒するように3mほど離れているのが2体。まずは近くにいる2体を、か。
そんなわけで、『ツインシールド』を展開。両手の前に出したシールドを保護用に使い、手を手刀の形で突き出す。
もちろん、それでダメージを与えられるわけじゃない。あくまでもシールドは面積を上げるものとして使う。一番手前のリザードマンに当たる瞬間、もう一つのスキル『吹き飛ばし』を発動する。
そのスキルは単純にノックバックを引き起こすだけ、のものであるのが通常なんだが、正確には移動エネルギーを後方に修正する、という効果を持つ。
つまり、シールドの反発力に手刀による攻撃、に対し抵抗するであろうリザードマン自身のエネルギーも利用し、後方へ飛ばす、ということだ。
その程度の力では先ほどの走っていた馬車から降りた時ほどのエネルギーは得られず、すぐ後ろにいたリザードマンを巻き込み、吹き飛ばすということしかできない。
だが、それで時間は稼げた。
青緑の血潮が舞い、倒れる音が2つ。息を短く吐き出すようなことねの声、というか音が聞こえるが無意識なのか気合を入れているのか、作られたばかりであろう剣でマーマンを倒していく姿は、正直見ていて不安になる。
俺も一応剣の心得、というか振ったこと自体はあるため、ことねの剣の軌道自体は非常に洗練された腕利きの剣士に見えるんだが、足運びというか下半身の動きが不安定でどうもちぐはぐだ。
特にこんなぬかるみの中で戦闘するには足腰がしっかりしていなければならないはずなんだが、剣の補正、はそこまで大きくないだろう。
とはいえ、一撃でマーマンの命を刈り取ることねを脅威の対象と捉えたのか、俺の後ろの(推定)少女を気にしながらもことねが警戒対象となったようだ。
やけにちぐはぐすぎる。ことねもそうだが、モンスターの行動理念が。
獲物、を気にするのはそうだと思うんだが、人はモンスターにとって獲物か警戒するべき敵のどちらかに分類されるんじゃないだろうか。
何というか、お粗末なAIを搭載されたイベントモンスターというか、呪いでも受けて生命的な本能よりも指示された内容のみに対応しているような、そんな感じだ。
その分、ことねが楽に始末出来ているという事実がある以上、苦戦を求めるわけではないが。
と、ことねが仕事をしているのに俺だけさぼっているわけにはいかない。
ことねに襲い掛かってくるマーマンに足元に落ちている石を投擲したり、バッグ経由で取り出した投げナイフで牽制したり、といい感じで邪魔はできたんじゃないだろうか。
俺と違い、直接剣で切り倒すことねの労力を少しでも軽減できればいいんだが。
結局、残りもことねが切り払い、戦闘は終了した。
「それで、何でこんな所に1人で居たのかな? 誰かと一緒に居てはぐれたのかな?」
ことねは顔を覗き込むように背を屈め、少女に問いかけた。
「あ、あの。私、はその、1人で、ここまで、ポリフィから……」
ことねの視線から逃げるように俯きながら少女は答える。
「鍛冶師くん、ポリフィってどこか知ってる?」
「行ったことはないが、国境の町、だったと思うぞ。ここから、馬車でも30日、1エークはかかった、はずだ。
にしては、荷物が少なすぎる気がするが」
王城へ行ったときはともかく、今回、割と荷物は多かった。ほとんどが水と食料、それに衛生用品等だ。人が動く、ということであれば最低でもそういった荷物は必要なはずだ。
ゴーレムならそういったものは必要ないが、今の所そういったもののようには見えない。
「荷物は、その。前の、村で……」
「騙し取られちゃったか盗まれちゃったの? それで、これからどうするの?」
「……冒険者ギルドに。話がしたい、です」
少女は冒険者なんだろうか? 見た目にはそうは見えないし、武器や防具も持っていないため、装備の一切合切を取られるようなのに冒険者が務まるようにも見えないが。
「近くだと、どこに冒険者ギルドあるか知ってる?」
「ある程度大きい場所となると、バーレルまで戻った方が早いな。それ以上大きいとなると、王都まで行く必要があるな」
「バーレル、はここから、どれくらい、ありますか……?」
「徒歩なら、2~3日ってとこか。雨が降り続くならもう少しかかるかもしれないな」
俺の言葉に少女の肩が大きく下がる。
「じゃ、鍛冶師くん、乗っけてってもいい?」
「バーレルまでならな。盗賊なんかはこの辺りには出ないが、モンスターが生息域を広げてる以上、何もない状態で2~3日歩くのは辛いだろ」
じゃあ、こっちこっちと誘導することねに少女は困惑をしながら引っ張られていく。
同性の方が色々気を使わなくて済むだろう。ということもあり、ひとまずことねのしたいようにさせておこう。
決して俺が対応するのが面倒だから、ではない。
だが、俺の目論見、もとい予想は少女が馬車を見てから変わってしまった。
正体不明な馬車に恐れを抱いたのか、客席に乗るのを拒み、御者席がいいと言い始めた。
ことねに運転をさせるつもりは全くなく、少女も運転は出来ないらしい。つまり、俺の隣りにただ黙って俯いたまま、という状況で何とも居心地が悪い。
徒歩で2~3日。大体町まで70km程度の距離だったため、ゴーレム馬車では2時間弱でついた。雨でなく、街道が整備されていれば1時間もあれば十分だったんだろうが。
「あ、そういえば町に入るのに手続き必要なんだっけ?」
「この町に住んでるならほぼ素通りだがな。とはいえ、犯罪者以外は基本的には簡単な手続きだけで入れるよ」
ほとんどの町はそういったものらしいが。町の成り立ち上、貴族が占める割合が多いわりに悠長なとも思うが、だからこそ厳密なチェックができないのかもしれない。
そんなわけで、俺は顔も知られているため軽く帰還の挨拶だけ。執事やメイドも同様だ。ことねは簡単な話だけで終わったんだが、問題は少女だ。
何故か頑なに外套を脱ごうとしない。衛兵も少女も助けを求めるように俺を見るのはやめてほしいんだが。
「……俺が責任を持ちます」
ここでのんびりしていても仕方ない。何かしらの事情を抱えてるんだろうし、冒険者ギルドに行った後は、悪いが自己責任だろう。
馬車を執事に託し、冒険者ギルドの扉を開ける。ことねがその両開きの扉を見て何故か残念そうにしているが、恐らくスイングドアでも想像しているんだろう。
それは酒場には設置されているが、ギルドにはない。まあ、入った先にいるのはテンプレ通りの荒くれものたち、は多少しかいない。
荒くれもの、というよりもならず者は必然的に犯罪者が多い。犯罪者は冒険者にはなれず、止むを得ない事情以外で罪を犯した場合は冒険者資格がなくなるからだそうだ。
といえどもそういった犯罪にならない程度のゴロツキは多少いて、街中にそういったやつらの居場所は他にはドブ板にしかないため、昼間からギルドに入り浸っているものもそこそこいるようだ。
そういった相手向けの酒場、といった規模ではないが酒の類も置いてあるからだろうが。
「それで、どうするんだ?」
「……あの、ギルド長に、会えない?」
ギルドに加入するだけであれば受付で手続きを済ませるだけだ。
というか、ギルド長に会いたがる人間というのはあまり普通はいない。
鍛冶師ギルドや商業ギルドであれば便宜を図ってもらうため、と会いたがる人間は多いらしいが、少なくとも錬金術師ギルドではそういった問い合わせは一度も受けたことがない。
この町の錬金術師ギルドは開店休業状態、正確にはほとんど誰も開業していることも知らない状態であるため例外かもしれないが。
ともかく。視線が突き刺さってくるのが鬱陶しいため、受付にまでやってきた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような御用件でしょうか」
「あー。ギルド長に取り次いでもらいたいんだが」
「お約束はされておりますでしょうか?」
「いや、約束なんかは、してないな」
「申し訳ないのですが、お約束をしていないのでしたらお会いできるかどうか確約はできませんが、どのような御用件でしょうか?」
ハキハキと喋る受付嬢はこういった場面にも慣れているのか、笑顔のまま問いかけてくる。
「あの、人を、紹介、して、ほしいんで、す」
「人のご紹介ですか? それは、ギルド長と直接お話をしなければ難しいのでしょうか?」
「……こ、これを」
少女は妙に立派な封筒を取り出し、受付嬢に渡した。
蝋で印が押されているようで、どこかの貴族の遣いなんだろうか? の割には色々と、抜けている気がするが。
「はい、ではギルド長に確認いたしますので、別室でお待ちください。ただいま、ご案内いたします」
外が雨だとはいえ、外套を着たままの俺達に最後まで笑みを崩さない受付嬢は待合室、というか小さな商談や相談事で使われそうな個室に案内した後、退席した。
「あんたらが、俺に会いたいってやつらか?」
ノックもせずに無遠慮に入ってきた中年のおっさんがいきなりそう告げた。
俺は『気配探知』で気づいていたが、せめてノック位しろよ。
「ううん、あたしたちは付き添い。用があるのは、この子よ」
「おう。そうか。で、これには、何て書いてるんだ?」
無造作にテーブルの上に少女が持ってきたであろう手紙をおっさんは放り投げる。
「え……? あ、あの、私、その……文字、読めなくて」
「じゃあ、私がよもっか? ……これ、文字?」
ことねが何故か嬉しそうに『翻訳』の効果を持った腕輪を撫でながら読もうとするが、読めないらしい。
「えっと、鍛冶師くん、読める?」
「ん? ああ。……字が誤字たっぷりな上によっぽど書き慣れてないみたいだな。
リジィに、呪い、外せない、外法、ええと。何か良からぬ術をこの少女にかけられたようだから、それを解除できる人間を探してほしい、だな。
魔術的な呪いのようだが、神殿では駄目だったらしい。随分と金額を吹っ掛けられた上でほとんど何もしないまま終わったらしいから何もしていない可能性もあるんだろうが」
翻訳の効果は割といい加減で、スラングなんかは訳す一方、誤字には非常に弱い。文字がある程度読めればニュアンスは読み解けるが、字が下手過ぎてまともな字として認識するには一苦労だ。
で、ギルド長は無駄にごつごつした指で自分の顎を撫でている。思い出すときの癖か何かだろうか?
「呪いっつーと、貴族様に頼るか、錬金術師に依頼するかだかか。呪いがどんなもんか分からんと、手の出しようがないが、俺は呪いなんぞ分からん。
だが、貴族様に依頼するとなると神殿に依頼するよりもずっと金額を取られる可能性が高いぞ。その嬢さんに払える金額じゃないくらいにな」
ギルド長の言葉に少女が深く俯く。
「せっかく、ここまで、来たのに」
「じゃあ、誰なら話通しやすいの? 乗り掛かった舟だし、送って行ったり仲介位なら出来るよ」
「ああ? 呪いっつったら、光の魔術で吹き飛ばすか、だがそれまで高位の術を使えるとしたら、あの『魔法遣いの弟子』くらいだな。
あと、なんつったか。最近鍛冶師ギルドで上級職人に上がった、小さい小生意気なガキが錬金術も使うって、話だな。
まあ、直接会ったことはないが、腕だけは確からしいが、気に入ったやつにしか武器を作らないって話だ。っと、これは関係なかったな。
そういったガキに何が出来るかはわからんが、紹介状を用意できるとしたらそっちか」
……このおっさん、俺に何か恨みでもあるんだろうか?
「へー。その子の名前、分かる?」
「何つったか。魔術工房の、サンパーニャの。サラだかシラだかだったか」
「……ソラだよ。おっさん」
「おお、そういやそんな名前だったか。まあ、待ってろ。今用意してやるからな」
俺のおっさん呼ばわりの発言に気にしていないのか、ギルド長は豪快に笑うと紹介状を用意するため出ていく。
それに対し、ことねが俺をにやにやしながら見てくる。後で覚えてやがれ。
意味の全くない紹介状を受け取ると、ことねが冒険者ギルドに興味がある、と入ってきたロビーへ戻り、壁に張り出された依頼書をまじまじと見始めた。
気持ちは分からないでもない。俺も正直興味はある。
「薬草とかポーションの納品にモンスターの討伐、は色々ありきたりで、お使い系に、探し人、護衛任務に、特訓に付き合ってだって。
時間があれば、私もやりたいんだけどね」
ああ、それも同感だ。といっても口にするわけにはいかないため、話を聞くだけだが。
「おい! そこの嬢ちゃん! んな所で突っ立ってねえで、俺に酒でも注いでくれよ!」
「あたしに言ってるの? 悪いけど、パス。お酌する位ならあたしが飲むし」
「あぁん?! 俺に酒が注げねえってのか?!」
「ちょ、バルさん、飲みすぎですって!」
「仕事終わりに飲んで何が悪いんだ!」
典型的な絡まれ方すんなよ。仕事終わり、と言っているおっさんは千鳥足でことねに近づき、ふらふらと持った酒瓶を片手にことねに怒鳴る。
まあ、俺は絡まれてないから構わないんだが。
「それに、てめえが武器使えなくなるのがわりいんだろうが! あの武器は飾りかよ!」
「飾りじゃないんですけど。……どうしよう、持っていったら怒られるよね」
武器が、使えなくなった?
「お兄さん、武器壊れでもしたの?」
「いや、壊れたっていうのとは違うんだけど、何ていうか抜けなくなった、っていうかさ」
あれなんだけど、とテーブルにかけられているのは薄い青の鞘に納められた片手剣。
「……見た目に歪んでるようには見えないんだが。抜けるぞ?」
立てかけてあったそれを取ると、さっくりと鞘から抜く。
「え? え? そ、それ、持ち主以外に抜けないようになってるって、作ってくれた人が前言ってたんだけど」
正確には使用者と設定されている者以外には、だ。
流星を集めた飛翔剣
空から来た岩石を使った剣。重量18。耐久【5/300】
ATK+80 DEF+30 固有スキル【流星の夜】使用可能。
使用者制限『@???§???w?j?』
表示がバグってるな。はじめてみるが、他に欠損や装備に対しての呪い状態などはないらしい。
「どうせ、作ったやつがポンコツだっただけだろうが! それよりも、これでそれを俺も使えるんじゃねえか?!
おい、そこのガキ! それを俺に寄越せ!」
随分と酔っぱらって気が大きくなっているのか。ニールを力任せに両手で押すと千鳥足のまま、俺に近づいてくる。
「装備制限がなくとも、お前じゃ使いこなせるようには見えないな」
「っざっけんじゃ、このガキ! っ?!」
不用心に近づいてくるおっさんの首筋に、剣筋を合わせる。
「耐久度がだいぶ落ちてるとはいえ、あんたの頭と胴体を繋がってない状態にする位なら簡単だが、どうしたい?」
「ん、な?!」
軽く引くだけでも首の皮を切り裂く位は容易だろう。そこまでするつもりは流石にないが。
腰を抜かしたおっさんの動きに合わせて首を補足するだけだ。
「ギ、ギルド内での、武器の使用は制限されています。それ以上の、行為を続けるようであれば衛兵を呼ぶ必要があります」
「……単なる性能のチェック、ですよ。それよりも、こうなる前に止めてほしかったんですが?」
「冒険者同士の口喧嘩は日常茶飯事ですから、それを全て止めるということは、私たちも行っていません」
「確かに、それもそうか。ニール、これは見とくから、そうだな。3日後に、サンパーニャに来いよ? ……いいな?」
「え、何を、お嬢ちゃ……げ、ソ、ソラさん?!」
何故お前は鬼にでも会ったような顔をする。
「あーあ。結局正体バラしちゃうんだから。さっき、よく我慢できたね?」
「ギルド長も元冒険者だからな。居ないと思ってるならそんなもんだろ? ニールは赦さんが」
この状態まで放置しているニールは教育の必要があるだろう。
「か、鍛冶師ギルドの、上級職人でしたか。ギルド員が、大変失礼を、いたしました」
仲裁、というか止めに入った受付の男性、そういった荒事対応用の人員だろうか。彼は慌てたように俺に謝罪をする。
「飲んでたらそんなもんだろ。……迷惑代だ。それと、そこのおっさんに『悪魔の誘惑』を。俺の奢りだ。
……残すなよ?」
悪魔の誘惑、というのは何のことはない。単なる酒だ。まあ、悪酔いをする、とか飲んで寝たら悪夢を見る、といった程度の変哲のないものだ。
金貨を1枚ギルド職員に渡し、ことねと少女を連れ、ギルドを去る。
少女の目的も判明したことでこれ以上ここにいる必要もないわけだし。
「じゃあ、あたしは報告もあるからここまでだね。鍛冶師くん、ありがとね」
「ああ。それと、装備はちゃんと手入れしてもらえよ?」
防具はほとんど使っていなかったものの、武器は慣らしもしていないような状態でしばらく使っていたため見て貰う必要があるだろう。
俺が作ったものでないし、ことねの専属でもないから、俺が見るのも変だし。
「さて。……とりあえず、詳細を聞きたいんだが、一通り話を聞くには……人通りが多いか。ひとまず、鍛冶師ギルドだな」
ことねと別れた後、一端報告も兼ね、鍛冶師ギルドに寄ることにした。少女は不安なのか俺をチラチラと見はするが、黙ってついてきている。土地勘もないためそうせざるを得ないんだろうが。
「ソラさま、お帰りなさいませ。……そちらの方は?」
「戻りました。ええと、ちょっと訳ありというか、俺の客と言いますか」
鍛冶師ギルドに付くと早々に会議室に通され、すぐにノルンさんがやってきた。
「そうでしたか。それで、ソラさま、本日は如何されましたでしょうか?」
「場所を移します。詳しい話は、そちらで」
鍛冶師ギルドの会議室は同じ場所に複数の部屋が集合しているため、話し合いは出来るものの、こっそりと何かをするのには適さない。
鍛冶師自身がそういったことは得意ではない職人が多いのもあるんだが。
そんなわけで有料の多目的室を借り切った。暫く使っていなかったようだし、何がどうなるかいまいちよく分かっていないため、万が一に備えるべきだろう。
「さて、改めてだ。そういや、自己紹介がまだだったな。俺は魔術職人のソラ。こちらは鍛冶師ギルドのノルンさん」
「魔術、職人……? わたしは、あの、イオン……です」
イオンはやはり俯いたまま自己紹介をする。外套を被ったまま。
「ん? リジィっていうのはあんたのことじゃないのか?」
「わたしの、おかあさん、です」
イオンが途切れ途切れ話すことを整理した結果としては。
・元々の呪いはイオンの母親に呪い士がつけたもの。
・その呪いはある条件下で他者に移動するため、イオンが願い出て母から娘に移動した。
・住んでいた村では解呪の手がかりすら掴めなかったため、その術を知るべく旅に出た。
いや、何というか、うん。
「……ひとまず、呪いの確認だな」
「え、ええ。そうですね」
ノルンさんも俺と同様の感想を抱いたのか。軽く咳ばらいをすると同意した。
ただ、イオンはびくっと体を強張らせると、深くフードを被りなおす。
「……俺はここで書類を処理しておく。心の準備が出来たら、教えてくれ。
そんなわけでノルンさん、書類溜まってるでしょうから、持ってきてもらっていいですか?」
鍛冶師と書類、というのは一見ミスマッチというか、全くイメージ自体がないだろう。
何だが、何故か処理しなければならない書類が山ほどある。
ポーションやら何やらの販売の収益金の受け取りをはじめとして、ギルドや俺宛てに来る陳情書や要望書、あとたまに紛れ込んでいる要請書なんかを適当にさばいていく。
その辺りは俺の仕事ではなく、ギルド職員の事務方の仕事なはずなんだが、文字の読み書きを出来る人と、その人が権限を持つ役職とを考えると、ある程度の重要度のものは俺にも幾つか来てしまうらしい。
錬金術師ギルドの方であれば俺が今の所ほとんどの権限を持つようだが、開店休業どころかほとんど誰も錬金術師ギルドが活動できる状態だとは思っていないため、そっちの書類は今の所ないようだが。
「……あの」
書類を片付けつつ、飲み物、といってもアイテムボックスの中に適当に突っ込んでいたポーションだが。を飲みながら待っていると、ようやくイオンの準備ができたのか、声をかけてきた。
「……驚かないで、ほしい」
黙って頷くと、イオンがフードを外した瞬間のことだった。
声や体形に見合った、幼い少女、それもかなりの美少女だろう、それには幾つも不自然さがあった。だが、そんなことよりも。
「ノルンさん! すぐに部屋を退室してください! これを飲んだ後、誰一人として部屋に近づけないように!」
アイテムボックスから効果ポーションを取り出し、あっけに取られていたノルンさんに押し付け、部屋を無理やり出させる。
「ちょ、ソラさま?! ご説明を!」
「後でします! すぐに離れるように! 俺は飲んでたポーションの効果で大丈夫ですから、早く!」
正確には、『状態異常無効』のおかげだが、それを説明している暇もない。
「あ、あの。やっぱり、わた、し」
「大丈夫だ。俺に『それ』は効かない。……確認する。座って、ゆっくりするように」
ステータス、は見れないんだったか。そうなると、少女の不自然さを確認していくのが先か。
少女は銀髪にエメラルドの瞳、まではいい。問題は、それ以外の多くだ。まず、大きく目立つのが2点。服装と、顔だ。
顔、というとあれだが、タトゥーのような、黒く禍々しい顔の半分近くに入ったラインに、それの起点となるようなまるで角のような何か。
それに、それをある意味全て台無しにするような、ウサギの着ぐるみのようなソレ。垂れたうさ耳フードがショールと一体化したものなんだが、見た目には非常に可愛らしく見えるんだが、それを覆う真っ黒いもやのようなものがそれを台無しにしている。
というか、よく外套でこれを隠せたな?
そんなわけで、『鑑定』をした結果、としては最悪に近いものだ。というか、悪意の塊だった。
双唯たる化依印
悪意を集め、沈める禁忌たる印を形どったもの。
重さ1。耐久【-/-】
常時『呪い集め』発動。
常夜に洛する白
呪いを浄化させるために命をかけるもの。
重さ3。耐久【-/-】
常時『呪い浄化(生命力消化)弱』発動。
装備解除不可。
果敢な逃亡者
敵対者を呼び寄せるが、必ず逃げ遂せるもの。
重さ1。耐久【-/-】
常時『九死に一生』発動。
装備解除不可。
清廉たる守り衣
清浄を外に生み出す衣。
重さ7。耐久【-/-】
常時『争いなき世界』発動。
繋ギ止メルハ全テノ魂ノ名ノ元ニ
ありとあらゆる装備を装備可能とするもの。
重さ1。耐久【-/-】
常時『装備制限解除』発動。
装備解除不可。
呪われている、とするなら『双唯たる化依印』という角を模った魔術品、だろう。
他の装備品を見る限り、個々としては、使い方を間違えなければ、といった所だが何とかなるだろう。
ただ、呪いや害意を集めに集め、命を使って浄化させる。それは、緩やかな死ではなく確実な命を縮めるだけのもの。
しかも、それでいて呪い浄化の効果は微々たるものだろう。ここまで見えるような呪いは近くに寄るだけで影響を与えかねない。
そのための外套なんだろうが、あくまでも外に生み出すだけで、本人に効果は、なさそうだ。
「さて。じゃ、装備解除不可が付いてない、『双唯たる化依印』を外したうえで、それぞれの装備解除不可を解除してくか」
「……どういう、こと?」
イオンが訝しげに俺を見る。
「ん? ああ。あんたの装備して、いや恐らくさせられてるそれらを一個ずつ解除してくんだよ。服は、幸いなことに普通のものみたいだからな。
つっても、それが呪いの大元とも、思えないんだが」
装備だけ、であれば外してしまえば済む。呪い士がつけた、呪いの触媒にしたであろうものは魔術品で、最悪壊してしまえばいいだけだ。
「……それ、は」
押し黙るイオンには話すつもりがない、という明確な拒絶しか見えない。
「ま、事情もあるだろうし構わんが。とりあえず、これとこれ、飲んでおけ」
俺が作ってストックしていた、ポーション【赤】と効果ポーション、に似せた秘薬を取り出し、渡す。
「……美味しく、ないやつ?」
「好き嫌いは言わず、いいから飲んでろ。ここで、調剤できるのはあんまないか。この後錬金術師ギルドに行くぞ?」
イオンは嫌々そうに、渋々とポーション瓶に口を付け、恐る恐ると口に運ぶ。
「おい、しい?」
ああ、そういやこの町で売られている以外のポーションは未だにまずくてドロドロしてて、効果の低いものばかりだったか。
「俺特製のポーションだ。そっちの方は、ちょっと飲みにくいだろうが、我慢して飲め」
ポーションでは体力の回復。こっちの薬は、おまじない代わり、といった程度の気休めになればいい位だ。
状況次第ではちゃんとした効果を勿論発揮するんだが。
ちょっと飲みづらい、というのはあくまでも俺のポーションに比べてで、従来のポーション等に比べたら飲みやすかったらしく、イオンはどちらの瓶も飲み干した。
いや、単純に喉が渇いていただけ、という考えもあるんだが、考えすぎだろう。
「すまないが外套をもう一度被ってもらえるか? 少し街中を移動するからな」
イオンは素直に頷き、素早く外套を羽織る。
「ソラさま。大丈夫ですか?」
「ええ。ノルンさんこそ、大丈夫ですか?」
「はい。いただきましたものを飲みましたから、問題はないかと。飲んだ瞬間、体が軽くなったんですが、一体何だったんですか?」
「霊薬『エリクシア』ですよ。万能薬のストックが切れてたので、代用ですが」
イオンに飲ませたのもそれだ。賢者の石を使って精製するそれは、不老不死の秘薬でもなければありとあらゆる万病を癒す神薬でもない不完全なものだが、ある程度の呪いや状態異常を回復したり、効果の遅延が認められる。
あと、副次的な作用として栄養ドリンクとしても効果を発揮するんだが、それはおまけみたいなものだ。
「れ、霊薬ですか。……ちなみに、お売りになるとしたら幾ら位を考えていらっしゃいますか?」
「売りに出すつもりはないんですけど。原料を考えると、金貨6枚位でしょうか?」
何せ賢者の石の他に、秘匿する技術や素材がてんこ盛りになっており、現在原料も含め作れるのが俺だけしかいないはずだ。
そのため、諸々を含めると金貨6枚でも相当に安いはずだ。端から見た時に高いと思うか、安いと思うかは分からないが。
「金貨6枚。……万能薬以上の効果を発揮するものとしては、破格ですね」
「破格かどうかは別として、安定供給できませんから、さっき言ったように売りに出すつもりはないですよ」
精々1月で作れるのは50本程度。この町で供給されるポーションが1人のポーション売りに付き月400本は最低でも作れると考えると、ごくごくわずかな量でしかない。
その上で需要と供給を考えると、確かに金額が上がってもいい気はするんだが、売るつもりのないものに値段を付けても仕方ない。
ちなみに、万能薬はポーションで銀貨5枚、丸薬で銀貨2枚らしい。
丸薬の方が安いのは、量が作成できて、効果も高く、ただ粉っぽいし苦さが限界を突破しているから人気のなさが原因らしい。
「さて。改めて、だ。問題はその角らしきものとフードだな。触るが、構わないか?」
錬金術師ギルドに着くと、すぐに秘匿されている部屋に入り、そこにイオンを座らせた上で聞く。
ノルンさんはエリクシアの効果もあり同席している。幾ら何でも女性と密室に2人きりというわけにはいかない。
上目遣いで緊張しながら頷いたイオンを確認すると、軽く角に触ってみる。
「……硬いな。触られてる感覚はあるのか?」
「少し、だけ。軽く触られてるだけなら、痛くない」
思いっきり触ったりすると痛いらしい。念のため外そうとすると、何故か顔を真っ赤に染めて声を出さず震えている。
涙を浮かべたイオンの表情に異常なまでの罪悪感を覚えるが、仕方ない。ノルンさんに冷ややかな目で見られている気がするが、きっと気のせいだろう。
「ええと。ひ、ひとまずは呪いの種類を見てみるか。の、ノルンさん。ちょっと、用意するので、席外しますね?
あと、イオン。この服に着替えておいてくれ」
逃げたわけじゃない。決して逃げたわけではない。必要な素材は俺専用、と今の所している部屋においてあり、そこにはノルンさんも立ち入らないようお願いしているから俺が入るだけで、……と誰に俺は言い訳をしているんだろう。
何故か妙に綺麗な笑顔を浮かべているマイアが脳裏に浮かんだが、それを振りほどくと、大人しく素材を取りに行くことにした。
「入ります」
これ以上の失態を犯すわけにもいかない。了承を聞いた上で入ると、部屋から取ってきた素材を机の上に置く。
「随分と多いのですね。言ってくださいましたら、私が取りに参りましたのに」
「扱いが難しい薬品が多いので。……とりあえず、鑑定紙から作るか」
「鑑定紙、ですか? 確か、その人の体調などを読み取るものだったと思ったのですが」
認識としてはノルンさんのもので間違いない。ただ、役割は別の所にある。
この世界の人、もとい俺以外の全ての人のステータスを読み取ることができない。
渚しかり、目の前のイオンしかり、だ。読み取ることが出来るのはレベルに名前、あと職業だけ。
状態異常は、特定の原因となるものがはっきりと出ているようであれば読み取ることが可能なものもあるようだが、毒や麻痺といった、症状が現れやすいものが多いためあまり意味をなさない。
だが、アイテムや武具といったものは別だ。『レジェンド』と同じように設定されている値を正確に読み取ることが出来る。
そして、鑑定紙にはその人の情報を正確に紙に写すことが可能、な錬金術の品物だ。
さて。これは封印だな。知りたい情報が知れたのはいいんだが。色々と情報が乗りすぎている。
呪いの正体やそれが及ぼすもの、そして様々細かすぎるパーソナルデータ。
だが、やはりそれでもステータス情報は名前と年齢、レベル。それに職業しか見れない。相当な秘匿情報なのか、それとも何か鑑定紙では読み取れない情報なのか。
とりあえず、今は分からないことは置いておこう。今重要なのはそれじゃないし。
『サディリアルアの呪い』
全てを侵蝕する古の呪い、か。他の呪いも重複して、一番手っ取り早いのが武装解除、だ。
装備ごと全ての効果を打ち消すのは難しい。出来るとしたら、賢者の石の直接摂取か、『甘露たる百年草の蜜』などから作る『神酒・ソーマ』位しかないんだが、賢者の石は劇物に近い。
以前俺がお姉さんにポーション【白】を飲ませた時に一滴だけでも過剰反応を起こした以上、危険すぎるし、ソーマは主原料となる蜜以上に太古竜の血が必要になる。どっちもこの世界で見かけたことがない以上、作ることができない。
となると、代用品でどうにかするしかない。
「……俺がこれを作れるというのが露見するのもまずいはまずいんだが、一番確実な手段を取るしかないか。
ノルンさん、これから俺が作るものについては一切秘密でお願いします。イオン、あんたもな」
ノルンさんとイオンが俺を訝しげに見るが、まあ仕方ない。
「術式開始。『練成陣』展開。様式:調薬、精製―――開始」
スキルウィンドウが起動し、そこから練成用のパレットが立ち上がる。机の上に魔法陣が起動し、置いてあるものが重力を失ったかのように、浮かび上がる。
「な、何が?」
「錬金術の術式の1つです。自分の魔力だけで練成をする、裏技みたいなものですね」
大まかに言えば、『レジェンド』の秘匿されていた術式の1つなんだが、錬金術自体、割とこの世界では何でもありなものらしい。
魔術とは大きく異なるが、自分のSPを使って様々な薬品などを作る。その時に道具を様々で代用し、人によってはSPを使って何かをするらしい。
と、いうものらしいと図書館にあった手記に書かれていたため事実かどうかの確認はしていない。
俺がこうやって錬金術を使い、それを秘密にして貰えればそれでいいからだ。
SPを使い、薬剤同士を化合させていく。液体だけではなく、粉末をゆっくりと溶かし込んだり、固体を温めながら成分を抽出したり、と行程が多いものを同時並行で行っていく。
「一に開くはその朱。二に開くはその赤。開き見るは、弁。術式転換。――禁制術式『魔製調薬』」
口の中だけで呟くそれにあわせ、練成陣に乗せている素材が姿を変え、花弁のように収縮し、開いていく。
それで出来上がった液体をポーション用の瓶に詰め、完成だ。
禁忌薬・ライラの霧隠れ
ugbout8の効果を――※△□××'?¥jgoraejgrjhw9i-mkah
重-47+458615+41+-4*+416*74187+78/48+1684-8+446+
nhm059wig[v-^og,4@-5,btg\r;bt,b]t;btb.tkh5;gt1分/5h,ti^5lh:tb」rtgsl5@。t
見事にバグっている。まあ、こういうものだからそれで正しいんだが。
効果としては、霧に触れた人物・装備の効果が一時的に無効化されるもの。
正しくは表示がバグり、どういった効果も発揮がされなくなる、のが正しいんだが。
「じゃ、イオン。これを隣の部屋で、ドアを閉めた後に蓋を開けて部屋の中央においてくれ。
霧が出てくるが、無害だから安心してくれ」
「霧、ですか? はい、わかり、まし……た」
不思議そうな表情を浮かべるイオンの気持ちは分からなくはない。液体から霧が出る、といわれても想像は付き辛いだろう。
「では、俺はもう一つの薬品を作ってますから、外します」
「こちらでは作られないのですか?」
「そっちは錬金術で作るわけではないので、別のものが必要なんです。それはちょっと動かせないので、イオンのことはお願いしますね?」
そんなわけで、役員以上しか入れないクリスタルが鎮座する部屋まで移動し、アイテムボックスの中で調合を始める。
アイテムボックスとスキルの存在があればある程度の素材は作れる。特に、この前の鉱山でのこともあり鉱物や植物は潤沢だ。
王都でも多少の仕入れもしたし。
それらで作るのは、錬金術ではなく単なるスキルによる『合成』だ。SPさえあればクールタイムも回数制限もないそれは、賢者の石を作るときにも必須だし、消耗品類は割とカバーできる。
とはいえ、ポーションなんかの各種薬品類とかは作れないため、あくまでもカバーできる、というだけだが。
アイテムボックスの中に入っていたストックで必要なものを作り出すが、作れたのは53個。万が一のため、ここまでの個数は必要ではないと思うが、あって困るものでもないし、作れるだけ作っておこう。
合成で作り上げた素材と、それにさらに素材を加えて錬金術で作り上げたものは2種類のポーションと1種類の丸薬。
それを作り上げ戻ると、困った表情をしたノルンさんがいた。
「何か、問題でもありましたか?」
「問題……といえば、問題ですね。彼女に、命の危険はないと思われますが」
言い淀むほど何か想定外の状況なんだろうか。装備そのものがこれ以上の悪影響を及ぼすことはないはずなんだが。
「……身に着けられる服がない、んですか?」
「え、ええ。ソラさまが幾つかご用意いただいていた衣類に、それに布類も。すぐに、脱げてしまう状況で」
すべてが装備不可、ということか? それにしても、何故そんなことになるんだ?
「……これまで、身に着けていたものは?」
「顔の、模様以外は全て床に落ちています。触っていいものかどうか、悩みましたためそのままにしていますが」
「それで構いません。角のようなものはどうですか?」
「ありませんでした。彼女の顔にもついていませんでしたが、見る限りで床にも、落ちていませんでした」
他の装備に紛れ込んだのか、それとも。
「身に着けるということは、その。……肌着、も?」
「はい。そのため、ソラさまのご入室はご遠慮ください。どうしても、と仰られるのでしたらイオンさんに伺いますが」
「いえ、装備だけが対象となるのか、全てが対象となるか知りたかっただけですから入室する必要はないです。
あとは、着るんじゃなく、持つだけではどうなるか。……鑑定紙ももう一度使ってみます。お願いしますね?」
直接状況を確認するわけにはいかない。この世界では俺の年齢ではまだ男女の差はほとんどなく、着替えや諸々の区別はほとんどないらしいんだが、何故か首のあたりがスースーするため色々と遠慮しておこう。
イオンは俺よりも年上だしな。
ともかく、ノルンさんも俺が鑑定紙を渡し、部屋を出ていくところを笑顔で見送られる。その笑みに含むところはないだろう。恐らく。
で、鑑定紙を見た結果、意味が分からないことにしかなっていない。
名前と年齢以外の項目が、ほとんど全て『装備禁止』で埋め尽くされている。鑑定紙は一瞬持つことはできたらしいが、すぐに手から逃げるように落ちたらしい。
あと、もう一つ。装備禁止以外に最後に表示されていた項目。『死への誘い』という、不吉でしかないそれは、いわば死へのカウントダウン。
ランダムな数字からカウントが減り、最終的に0になると逃れられない死に至る、はずだ。……カウントする数字がない場合はどうしたらいいかがわからないんだが。
恐らく、あの顔の紋様は呪いの発露であり、角は副次的な効果を招くだけ、むしろ本来の呪いを隠蔽するためのものだったんだろう。
そして、『禁忌薬・ライラの霧隠れ』により、効果が割といい加減に崩れてしまった、と思うんだが。
むしろ、崩れてしまったことによりいつ発動するかが分からなくなってしまった、とも思える。
「では、これをイオンに与えてください。食後毎に。食事は、装備ではないため恐らく取れるはずです。それに、これも扱いとしては『消耗品』ですから多分、何とかなるかと」
渡したのはポーションに、薄手のローブだ。
同じものを10セット。呪いが消えるまで、恐らくここまでは必要ないと思うが、転ばぬ先の杖、といった所か。
「……効果が消えるまで、6日もあれば十分かと思います。俺が面倒を見るわけには、行かないので、特別手当も出しますので、お願いします」
そもそも、これではイオンは軟禁状態だ。本人もそういった状態で外に出るわけにもいかないし、この町で知っている場所もない。
むしろ、呪いの拡散がどうなっているかもわからないため、申し訳ないが外に出すわけにはいかない。
ノルンさんにも10日分の『エリクシア』を渡しておく。時間が経った呪いに対しては劇的な効果はないが、予防薬としての効果は十分見込める。
俺も少なくとも1日1度ノルンさんの様子を視ればいいわけだし。
「見ている人がいない、というのが正直怖い状態です。ある程度消耗品で重ね着が出来れば、それからは俺も直接世話することが出来ると思うんですが」
「ソラさまがされるべきことではないかと思います。普段、ソラさまのお世話ができませんので、代わり、といってはなんですが、行わせていただければ」
いや、ノルンさんは暫定的な俺の秘書であって、決して世話を見るような役割ではないんだが。
「え、えと。程々に? とりあえず、俺は報告に行ってきます。何カ所かに回りますから、少しノルンさんも休憩を」
黙って微笑むだけのそれは、気が向けば、とかそういうタイミングがあれば、といった所か。
「……業務時間は準備など含め1エーク5時間まで、1セイラの間休みを与えられないのが申し訳ないですが、その後はまとめて休暇を過ごしてください」
ならば先手を打つべし。仕事として条件を付けてしまえばいい。
ノルンさんは不服そうな表情を浮かべるが、何も言ってこない。そこまでノルンさんが反対する意味もないからだろう。
ついでに、そういった呪いに対しては体力が奪われる可能性も高いため、食費として金貨を10枚ノルンさんに渡しておいた。1人で食べるのもよくないだろうから、ノルンさんの分も含めて、だ。
遠慮をされたが、無理やり渡しておく。むしろ、迷惑分も含んでいるんだから受け取ってもらえないと困る。
イオンに扉ごしに出かけることを伝え、微妙に重い足取りでマイアの屋敷に向かう。
できればスルーしたいんだが、そういうわけにもいかない。簡単に説明だけして色々溜まっている仕事を片付けることにしよう。うん。そうしよう。
「そうか。……被害を及ぼしそうな可能性はあるのか?」
「少なくとも、直接長時間触れたりしなければ大丈夫、だとは思う。
俺も幾つかの手段は用意しているが、そこらへんは使わずに済ませたい」
イオンのことは事情がありそうだから、と限りなくぼやかして伝えてみた。
マイアの俺を見る表情が少し微妙だ。左眉を若干下げるのは、こいつが疑問に思っているときの癖だ。
「ただ、ちょっと俺の隠し玉を幾つか使う必要があるから、詳細は伏せさせてほしい。……違法なものはないから、安心しろ」
「何だ、その物言いは。まあ、お主のことは信頼している。しているが、分かっているな?」
「お、おう。……そろそろ戻って、鍛冶を。と、そうだ。鑑定結果がおかしい武器があるんだが、何か聞いてるか?」
「いや、特に聞いていないが、どういうことだ?」
マイアに俺の作った武器の事について伝えておく。所有者制限、というもの自体俺しか現状付けれないものらしく、サンプルは少ない。
他に貸している武器の持ち主は現状町にはいないらしく、確認できないため他に何か起こっているかどうかを確認するには冒険者や他の鍛冶師が所有している武具を『鑑定』するしかない。
他の鍛冶師の作った武具を鑑定するのは割とマナー違反なんだが、時期が経過しているもので見ても構わない、というものを探してもらうしかないか。
「装備の内容が変化する、か。分かった、私も何か分かればお主に伝えるようにする」
「頼んだ。じゃ、改めて俺は行くな」
まあ、わりと時間がないのも事実だ。流星を集めた飛翔剣の修復もそうだが、それ以外にも作成をしておきたい武装がある。
消化不良、というかまだ何か聞きたそうなマイアの追及の目を避け、さっさと鍛冶師ギルドに戻ることにした。
「ソ、ソラさん。何してるんっすか?」
「見てわかんだろ?」
ギルドの工房を借り、武装を作っていると何故か乾いたような声をリリオラが出し、話しかけてきた。
「あの、分からないから聞いてるんっすけど」
「じゃ、今のお前ではまだ理解できないことだ。解説はしてやらん。見たいなら見てろ」
「……火を鍛ってるようにしか見えないんっすけど」
何だ、ちゃんとわかってるじゃないか。リリオラの言うように、俺は鎚で火を鍛っている。
正確には、魔具にならない純度の低いルビーに大量のマナを注ぎ込み、火の精霊の力だけを取り出している。
勿論魔具そのものに精霊が宿っているわけではないため、精霊に負担をかけるようなものではないが。
ただ、これは剣として使うには柔らかすぎる。そのため、心金、ではないが剣の芯として使う。
それに刀身として使うものはヒヒイロカネだ。
ルビーを成形し終えると、ヒヒイロカネの鍛造をするんだが、普通の鎚ではヒヒイロカネは打てない。
そうするのであればどうするべきか。
「ちょ、何でハンマーを火に近づけるんっすか! 危なっ、燃えてるっすよ!」
リリオラが何か叫んでいるが、まあそういうものだから仕方ない。
ヒヒイロカネは熱伝導率が非常にいいんだが、熱という触媒がなければ変化しづらい、という特性もある。
熱、というだけであれば鍛造していれば、とも思うんだがそれだけでは足りない。高温の熱が必要となってくる。
そのため、強制的に熱を加える。といっても、物理的に、1000度を越える温度で一気に熱を上げる。
その温度にリリオラは耐え切れず逃げ出し、俺も流石に汗をかくほどだ。
その熱に元々赤かったヒヒイロカネは白く、白く変質していく。
色だけではなく、性質も変わり、金属特有の粘り気のある液体のようなものではなく、水のようなほとんど抵抗のないまさに液体へと変わる。
それを気にせず鎚で鍛える。魔力を籠めた鎚は炎の勢いをさらに増し、燃え盛る炎そのものだ。俺の服が少し燃えている気がするが、まあそれは仕方ない。
普通の布の服が、ほとんど燃えない時点でおかしいとは思うが。
ガンガン鎚で鍛え続けたそれは、水状のものから徐々に固形に変わっていく。
そして、先に作ったルビーの芯を包むように成形し、さらに鍛え上げ、出来上がったものがこれだ。
魔封剣・炎『淑女たる焔の光』
炎を宿し、身に封じ込めた剣。重さ15。耐久【1200/1200】
ATK+30 INT+20 MATK+60
【双炎】
魔封剣・紅蓮『麗淑たる不知火の常夜』
炎を宿し、身に封じ込めた剣。重さ17。耐久【1300/1300】
ATK+20 INT+30 MATK+80
【双炎】
俺が『レジェンド』で最終装備を得るまで使っていた双剣だ。双剣というには非常に重すぎるもので、AGIペナルティもあった。といっても、割合ではなく-50程度だったため、大したペナルティではないが。
炎を形にするために、魔力を無理やり籠め、魔力で形づける。それを軽くすること自体は可能なんだが、その場合攻撃力が見込めなくなる、というかなくなる。
重すぎる気もしなくはないが、当時のクランメンバーの重さは破壊力だという頭の悪い発言そのままに作ってみたものがこれだ。
久しぶりに思いっきり鍛冶をこなした俺に、いつの間にか来ていたギルド長から渡されたものは、請求書だった。
「……何故?」
「何故、というのであれば周囲を見てみればわかると思うが」
炉がある以上、この部屋は防熱・断熱性能に長けている。が、熱を防げても、炎そのものは防げなかったらしい。
建材の一部はガラス状になっており、全体的に見ても亀裂が入ったり、剥がれ落ちているものも少なくない。今更ながら、よく汗だけで済んだな。
「……何かの襲撃にあったようですね?」
「貴殿の、な。これは見積もりにすぎんから、あとは貴殿が建築ギルドに言って依頼をしてくるべきだな」
出来上がったばかりの【双炎】を特製の鞘に納め、背中にクロスさせ背負う。
とりあえず、炎そのものを自由に扱えないとなると後々困るため、幾つか材料持ち込みで依頼するか。
その前に、着替えと汗は落としはするが。
あと、幾ら俺が鍛冶師でも街中で双剣を背負ったままでるのは怪しいだろうから、申し訳程度にはなるが外套でも羽織って隠しておくことにしよう。
「あら、ソラじゃない。どうしたの?」
「ちょっと、部屋の作り直しで、相談が。えーと、これが依頼書です」
建築ギルドには母の妹、つまり俺の叔母にあたるシエッタが受付に居た。
建築ギルドは物件の管理、つまり不動産業とリフォームやリノベーションといった改築も同時に扱っているため、訪れる人は少なくない。
そのため、時間がかかりそうな案件については、個別に対応するため小規模な応接室がいくつかあるらしい。
シエッタに案内されたそこで、出されたお茶を飲みながら待つ。
「やあ、ソラ。久しぶりだね。1人でお使いかい?」
「お使い、というか小間使いというのが正しいというべきか。ちょっと、鍛冶師ギルドの工房が一室使えなくなってしまったため、改築をお願いしたいです」
工房の状況や、ついでに炉自体の具合も確認し、簡単な設計図もとりあえず用意しておいた。
また、建材の指定もしておいたから、割と値段は張ってしまうかもしれないが、必要経費だ。仕方ないだろう。
「これ、誰が用意したんだい? というか、誰がこんな無茶な設計したんだ?」
無茶な仕様だとフランクに言われてしまった。
「一応、狭い部屋の中で試験済みです。壁紙の量産は少し手間ですが、その耐火壁紙を応用した被覆材。
あとは、耐火煉瓦を組み合わせて、最終的には魔術品と符で部屋の温度自体を一定以上に上がらないように、というところですか」
「魔術品って言ってもな。部屋全体に使おうとすると、相当効果が強くないといけないし、そうなるとかなり割高になるよ?」
「素材はこの前集めてきたもので応用できますから、安く抑えられる、というかほぼ原価自体は無しにできますよ」
安く抑えるためにはそこで一番工夫すればいい。往復の時に拾った宝石類で大体カバーできるし、石膏に珪藻土も何故か大量に拾った。
いや、落ちてるものじゃないんだが、宝石も無造作に落ちているし、そんなもんなんだろう。多分。
「この設計書や、素材を、ソラが?」
「ええ、そうですが」
フランクとシエッタに驚愕の表情が浮かぶ。あれ? 聞いてないのか?
「姉さんから、鍛冶師ギルドに所属するようになったって聞いてはいたけど、見習いっていう年齢でもないのに」
「まあ、見習い、ではないです。ひとまず、見積もりが出たら教えてください。期間は、出来るだけ短めで。その分の金額も、上乗せで構いません」
嘘はついていない。嘘を吐く意味もないわけだし。
「割と、すごい金額になりそうなんだけど、大丈夫?」
「ギルドの所有する炉なので、何とでもなりますよ。では、見積もりお願いしますね」
しかも一室のため、そんなに広くもない。全室に適応するのなら、ギルド長がすべきことだから俺は関与しない。
するかどうかの判断を下すのも、ギルド長のため気にすべきことでもないし。
結論として全部様々に丸投げして素材の提供と金銭の支払いだけすることにして、一旦鍛冶師ギルドに戻ろうとして、後ろから突撃を食らった。突撃? いや、ぶつかられたのか?
「わわ! ご、ごめんなさい! って、あれ? 何だ、ソラだ」
「謝って損したみたいな言い方だな、アンジェ」
ぶつかってきた相手を振り返ってみた所、制服姿のアンジェだった。
「う、ううん、そんなことないよ? じゃ、なかった。ソラと遊んでる場合じゃなくて、師匠さんの所に行かないと」
「ハッフル氏の所か? 何かはしらんが、早く行った方がいいな。じゃ、俺はこれで」
おい、アンジェ、何故俺の腕を取る。
「ボク、ソラと一緒に行きたいな。ついてきて、くれないかな?」
「いつからお前はそんな甘え方をするようになったんだ。俺はこう見えて用がある。ハッフル氏の所には、引っ張るな、服が伸びるだろ?」
「ふ、服が伸びたらボクのあげるから! お願いだから、付いてきて!」
「服はいらん。……理由を聞いて納得したら考えなくもない」
「それって結局駄目ってことじゃん! いいでしょ?! ソラのケチ!」
いや、どうしても仕方なく、なら行かざるを得ないというだけだ。そうならざるを得ない状況ではない、ないはずだ。
アンジェからの要望は何とか退けられたんだが、何故か目の前にはハッフル氏がいる。
アンジェから出会ったと聞かされてわざわざ出張ってきたようだ。
出会ってすぐに個室のある店に引っ張られてきたから逃げようもないし。
「これのメンテナンスを頼みたかったのに、アンジェからは断られたと聞いたからねぇ」
「じゃ、素直にアンジェにそう伝えさせろよ。あの様子じゃ、何も言ってないだろ?」
「これに関する話をあの子たちにするわけにはいかないから。分かるでしょう?」
確かに、『【金烏玉兎の輪舞曲】』はハッフル氏の良く分からない体質のために用意したもので、大っぴらにできるようなものではない。
「普通に、依頼があるといえばいいだけだろうに」
「あの子たちに君の話をすると、何故か警戒されてねぇ。私に君が取られるとでも思ってる、のかな」
くく、と喉を笑わせるハッフル氏。
「なんつーか、魔王だの何だの言われそうだから、その笑い方はやめろ。少なくとも、フリをする必要はないだろうに」
「ま、魔王。……私に直にそこまで言ったのはあなたが初めてよ。……あなたじゃなかったら、穴だらけにしてるところよ?」
剣呑な雰囲気を出したところで、片膝をつき、むすっとした顔をしたところで怖くもない。
「ま、それはいいとして。ひとまず預かるぞ? あんたの事だから、ろくな使い方はしてないと思うが」
さらにむすっと顔を強張らせているが、やはり普段のローブを被っている方がよっぽど怖いんだが。
「よし、これはオーバーホールな。……預かってる間魔術を使えないのは問題か。
代替品として貸し出しておく。無理な使い方はするなよ?」
ひとまずハッフル氏に渡すのは、『妖精の円舞曲』と『月光の行進曲』の2つだ。
どちらも腕輪でそれぞれに干渉しないよう、魔術式を組み込んだもので、そういった意味ではこれもハッフル氏用のものとも言えなくない。
「それぞれ別の魔具。代替品ということであれば、買い取ることも可能かしら?」
「できなくはないが、金烏玉兎の輪舞曲単体よりも高いぞ?」
前回は俺の護衛に着く、ということで無料にしていたが毎回そうするわけにはいかない。ちなみに、金烏玉兎の輪舞曲は神貨2枚だったが、こっちは1つで神貨3枚、二つ合わせると神貨6枚という割とろくでもない金額になる。
原価を考えると精々金貨10枚程度だから、相当な上乗せだが、1つの魔具に対し、属性石を複数組み込むことにより、底上げと安定化を図っている。かつ、干渉しないようにすると、法外な値段になるのも仕方ない、ということだ。
「その金額を出せるのは、国家単位になってくるわね。……光も闇も、珍しい属性だから、属性石の確保が難しいのもわかるけれど」
「そんなわけで、あくまでも貸与するだけだ。持ち逃げでもするようなら、地の果てでも追いかけるからな?」
流石にそんなことをするとは思わないが。
「あなた相手にそんなことをしても、何故か逃げ切れる予想がたたないからやめておくわ。元々、ほぼ無償で譲ってもらったようなものだものね」
ある意味では、金烏玉兎の輪舞曲自体が王都への護衛の報酬のようなものだ。実際に襲撃もあったため、それ自体は無駄にはならなかったが。
ともあれ。ハッフル氏から金烏玉兎の輪舞曲を預かると、家に戻ることにした。流星を集めた飛翔剣の他に、ついでに宙に浮いている、店を借りて販売するための商品も作っておこう。
店を持て、とギルド長にはくぎを刺されているが、すぐにという話でもないだろう。そもそも、何を売るかすら決まっていないのに店が持てるとも思えない。
まあ、こういった打診があったことは、いい加減お姉さんに言っておくべき、なんだろうが。
そうなると、父と母にも話をせざるをえなくなり、さらに不安にさせてしまう気がする。
俺が招いた事態ではあるんだが。
地下の工房で流星を集めた飛翔剣のメンテを始める。金烏玉兎の輪舞曲は耐久度の回復と少し周囲の属性石を入れ替える位だからそこまで手はかからない。
だが、この剣は別だ。何をどうしたかわからないが、所有者制限が文字化けしており、持ち主であるニールには剣を鞘から抜くことができなかったようだ。
とはいえ、俺だと普通に引き抜くことが出来るし、振るうこともできる。スキル、は流石に発動させないが特に異常はないように見える。
そんなわけで、問題はむしろニールが引き抜けない、という1点だ。これがニール以外も引き抜けないのか、ニールだけが引き抜けないかによっても対処方法は変わるだろう。
あとはそれを誰に頼むか、だ。適当に誰でもいい、んだが変にそれでバグる可能性も0ではない。
そんなわけで、登録をブランクにして、もう一度所有者登録をやり直すんだが、ハッシュ値の算定も設けておくか。
ハッシュ値とは、プログラムで行う、整合性検知のためのチェックだ。
特定の文字や数字などについてそれが元の値と同じかどうか、を見るもので元の値と合えば問題ないし、値と異なる場合は強制的に元のハッシュ値に切り替えるように設定している。
特定条件下でも基本は行わないことだから組むのは正直面倒だったが、やれないことはない。
まあ、このハッシュ値の置き換え直すという工程も元の世界で少し前に実用化されたものだからどこまで有効化は分からないが。
ひとまず、耐久度の回復と使用者のブランクは行った。後は、設定時に管理者権限がないと設定変更できないようにしておけば、恐らく大丈夫だろう。
まあ、これはもう少し置いておいた上でニールに渡すことにしよう。あいつに反省を促す、ということも目的だが、この状態のまま置いてどうなるか、ということも確認する必要がある。
今は使用者はブランクになっている。管理者権限上での使用者もブランクになっているため、それが更新されることはないはずだ。
その上で、エラーログが何か更新されるか確認して、問題がないようであれば改めてニールを使用者として登録する必要がある。
ということで、次に作るのは錬金術で作れる消耗品類だ。
といっても、勿論賢者の石や秘薬、霊薬の部類ではない。一回きり、利用条件が非常に限られた身を守るための道具、だ。
いざといったときに持っていて安心、だが使い捨てのため頼り切りにもできない。その程度の便利グッズを幾つか販売してみるつもりだ。
勿論、競合する所には事前に通知をしておく。んだが、ほとんど競合相手がいない。商売をする必要があるため商業ギルドには話を通しておくが、ポーションの時点で色々と、色々とあった。
そのため、むしろ今更だとも思うんだが、向こうの面子を潰すのも後々の悔恨に繋がりかねない。
面倒なことばかりだが、何とかするしかない、んだろう。
ハッシュ値については本来の使い方とずれていますが、うまく変更前の値と変更後の値を見比べて書き戻す、というものがなかったので代用しています。何か使えそうなものがありそうでしたら、ご指摘等いただければありがたいです。。