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第36話。勇者ことねとの。


 出来上がった、と言っていいかは不明だが、ひとまずは形になったホムンクルスを収納すると、ついでに俺自身の装備の見直しをすることにした。

 普段は動きやすい普段着に魔術品を幾つか。場合によってはファルシオンに、隠し武装として糸に短剣。

 平素の何もない時は問題ないが、防御力的な意味で心もとない。正確には防御力的な見た目、という意味ではだが。


 俺の素VITは相変わらず1だが、レベル補正値と職業補正値があるため頑張ればそこそこの防御力を発揮することも可能だ。

 素の値にレベル補正値、職業補正値、それに装備での補正値のそれぞれを上乗せできるが、ON/OFFの切り替えが出来る。

 割とゲームでは補正値を切ることが難しかったりするが、『レジェンド』ではPvPなんかでの設定条件が多く、そういったところも柔軟に対応していた。

 装備だけはあくまでも装備するかしないか、だが。


 素の値はそのままで、レベル補正値と職業補正値は補正値という名称のためか切り替えは自在にできる。

 未だに他の誰かのステータスが分からないため何とも言えないが、それを素のステータスとして見せるのであればそこそこの数値を誇るだろう。

 INTやAGIという桁違いのものに比べたら全くもって貧弱な数値としか言いようはないが。


 ともあれ、見た目はどうしても貧弱な子供にしか見えないのが現状だ。そんなわけで、装備の力でどうにかしてみよう。

 人へ渡す武具を作ることについて制限はかかっているが、俺自身が使うものについては勿論かかっていない。

 むしろ、ちゃんとした装備を整えて安心させろ、と思われているようだし。


 というわけで、用意したのは錬金術の最終目的、賢者の石だ。石といっても、固体ではなく液体ではあるが。

 賢者の石は不老不死の秘薬、霊薬『エリクサー』を作るためのものと言われているが、それだけではない。

 むしろ、俺が主に使う用途としては、ありとあらゆる素材と素材を合成できる万能補助剤としてのものだ。

 それだけ聞くと非常にしょぼいんだが、それでなければ作れないものは多い。そのため、賢者の石は俺の工房の中でも在庫数を占めているものの1つだといえるだろう。

 それで加工するものは、ヒヒイロカネと合成鋼フュージョンマテリアル。ヒヒイロカネとはメジャー過ぎて今更説明は不要だろうが、錆びず固く軽いものだが非常に用途が限られ、それに比べ合成鋼フュージョンマテリアルは見た目はいわばウーツ鋼のようなものだが、複数の物質を鍛接し異なる性質を持たせ、扱う鉱物により性質をコントロールすることが出来る。

 それで作るものは手甲、といっても攻撃用ではなく手の保護と防御用のもの。それに、特殊なローブ。見た目は単なる薄手の全身を覆うローブだが、実際は超薄の金属を糸に加工したものを編み込んである。ローブ自体に防刃、耐火仕様にしているためそれなりの役割は果たすだろう。

 あとは頑丈なブーツに小物数種類。

 ローブに対し、鎧は革の鎧でも案外硬いんだが、その分着心地はそんなに良くない。そもそも、防御性能もあくまでも革を使ったものとしては程度だ。だが、俺の体格で金属鎧はおかしいにもほどがあるため、見た目以上の性能を持つローブ、を選ぶことにした。

 一応、俺は支援職、生産職としては鍛冶師だったり錬金術師だったりするが、本来は魔術師、こちらでいえば魔法使い。

 金属製の鎧を身に着けたことなんてそもそもないわけだし、それを身に着けて実績を出せるほどの鍛錬の時間も取れないだろう。

 俺は天才でもなんでもない。鍛冶も魔法も何もかも、『レジェンド』しいてはVRを通してだが、何千回、何万回くりかえしただけのこと。

 ……一時的にとはいえ、日常生活に支障が出る位までしたのはやりすぎだと思ったが、あれは先行攻略組が悪い。

 人の事を『強制しばり強行軍』だの『本番前のお守り』だの適当なことを言って超高難度のダンジョンに無理やり連行されたことは今でも忘れない。

 俺の所属していたクランは、俺自身も含め決して最前線で攻略を行うようなものではなかった。確かにある程度強くなることは楽しかったがどちらかといえばPvP(対人戦)やクラン同士の戦争に力を注いでいた所だったから新しいスキルや武具が手に入ったら軽く力試しのために行く程度だった。

 それを、プチレアを含めレアアイテムがほとんど入らない俺を一時的にパーティに組み込み、現地補給がほぼ出来ない状態にし、限界まで狩りを続ける、という苦行に付き合わされたのは、プレイヤースキルが上がったのだけは感謝するが、あいつらはその後のブースト状態、何故かレアが出やすくなる状況、らしい。俺に恩恵はなかったため話を聞いただけだが。を利用するためだけに連れて行った感もある。

 俺でもあれはむかついたからだいぶ報酬をせしめたが、それでもあいつらの収益はプラスだったんだろうな。

 まあ、過去の損得は今はいい。今の得は、その繰り返したことが無駄になっていない、ということなんだから。


 と、朝からずっと食事も取らずに趣味に没頭していたら母に怒られてしまった。

 それも当然か。寝食を忘れ、というのは体の成長にもよくないと言われたが、正しい生活を送って、それで人並みに成長するかと言われたら、前の自分を思い出すと中々そうも思えない。

 若干ネトゲ廃人気味だったため、正しい生活とは言い切れないが、少なくとも今よりは働いていなかったし、基本的には睡眠時間だけはしっかりと確保し、夜寝て朝起きる、ということは守っていたんだし。

 結論、食事はある程度取るようにはするが、優先することの順位は間違えないように、だ。それで食事を全くとらないのは本末転倒だが。



 食事を済ませると、一気にやることがなくなってしまった。家の手伝いは行おうと思うが今は手伝ってもらうことはないからとやんわりと母に断られてしまった。

 仕事を普段しているためあまり手伝えていないから、たまには手伝おうと思ったんだが。

 その代わり、といっては何だが家にお金は入れているが、月の収入の2~3割程度だ。

 それでも通常の職人の1年に得る収入の1/3位にはなるらしい。

 この世界でも1年が12か月だから、そこそこ入れている、事にはなるんだろう。

 サンパーニャでのものはそう多くなく、ほとんどが特許、精製法や道具類の使用料だったり、ギルドから支払われる新人育成の報酬に上級職人への報酬によるもの。

 それとはまた別に、マイアや他の知り合いから直接来る依頼分はサンパーニャに原材料分と3割を利益として入れており、残りは俺の収入としている。

 それとは別に今回の王城での分の収入があり、それは流石に額を伝えるわけにもいかないため、そのまま俺が貰うことにした。これは家にも入れられないが。

 ともあれ、そういった諸々を入れると、恐らく一生どころか今後数世代に渡って遊んで暮らすことも可能だろう。

 俺のアイテムボックスから出せば、の話だが。



 よっぽどのことがない限り使う予定のない大金は置いておいて、だ。

 時間を有効に使うために、図書館に寄ってみることにした。あそこは魔術師が多いためか、職人は少ない。

 利用料が割高だということもあるんだろうが、そもそもの識字率がそこまで高くないのが原因でもある。

 つまり、持っている本を読み切ったのであれば、読んでいない本を静かな場所で読めばいいだけだ。


 いつも通り、利用カードを提示し、入館料として金貨と銀貨を2枚ずつ渡す。

 これは本の無断借用や破損などを防ぐための保証金を含んでおり、問題がなければ本来の利用料金の銀貨2枚を残して返却される。

 その保証金をいくら払うかで利用可能な書庫や席なんかも変わる。

 銀貨10枚が最低で、最高は白銀貨が2枚。

 白銀貨まで払うような本はほとんどなく、それを読むための許可を得るのも非常に面倒らしい。

 また、最低限の本でも貴重品がほとんどなため、登録時に身分の保証人が必要になる。

 学園であれば家族や親族などの身内、それと学園からの許可証が発行されるため比較的楽らしいんだが、俺はあまり周囲にそういった借りは作りたくないため、鍛冶師ギルド長とおやっさんに身分保証をして貰った。

 マイアやハッフル氏なんかに言えば相当な本を読めるんだろうが、それ以上の色々がかかりそうだったから話はしていない。

 とにかく。読んでいるのは精霊に関しての本、特に魔術に関する考察をまとめたものだ。

 前回の渚との風の精霊に関する復習と、ことねと行くであろう水の精霊の予習だ。

 魔術そのものについての本は軽く読み流しただけで諦めた。どうしたら使えるか、というよりも効率のいい精霊への呼びかけの言葉や発声方法など、既に使える者向けの本ばかりだからだった。

 そのため、その方面には見切りをつけ、精霊そのものの考察をする、本というよりも研究結果をまとめたものの、途中で放り出したようなものを中心に読んでいく。


 出てくるのは神話と実際の精霊の違いやそれぞれの属性の精霊の特性、何よりもこの世界において人が魔術を使うためには欠かせない存在、ということらしい。

 そして、それには精霊に気に入られる必要があり、生まれながらに属性を持つ必要があるらしいんだが、その理屈で言えば、渚は魔術を使えないはずなんだが。


 ただ、例外は存在するらしい。属性、いや精霊に依存しないというべきか。魔術を扱うことができた存在があったらしい。

 そう『魔法遣い』と自称した、それ。ハッフル氏の師匠、ライアッタ・フォン・ソレイユ。ある日唐突に現れ、唐突に居なくなったとされるそれはたった1人だけ弟子を取り、魔法以外の様々に精通していた、らしい。

 ちなみに、ライアッタという名を名乗っていたらしいが、どうも偽名である可能性が高いようだ。ソレイユというのも、わずかな期間で取得した貴族位でその時初めて名乗り、それまではナナシ、と言っていたというのが非常に胡散臭い。

 ナナシ、恐らくは名無し。ネームレスを表すそれは、本当に名前がなかった、という可能性もあるが、ハッフル氏はそれが俺に似ている、と言った。そして、旅人、とも。

 つまり、まあそういうことなんだろう。その存在、というものは。



 俺が知っている情報と、実際に存在している情報の相違が何を示しているかはわからない。分からないものは分からない。

 少なくとも、俺とそれは例外であり、この世界の原理とかけ離れた法則の元に動いている気がするのはきっと気のせいだ。

 俺が魔法を人前で行使しなければならない状態なんて現状じゃほぼ考えられないし、口止めしやすい渚以外の前でどうにかするつもりはないんだが。

 そうなると、ことねの件は割と厄介だ。妙に勘も鋭い、というかゲームでのお約束を理解していて、それが今も適応されていると思っている、んだろう。

 問題なのは、それが適応されていることなんだが。

 それで先に展開されることとしては、恐らく俺の望むようにはならないだろう。楽しければそれでいい、わけじゃないし。

 どうやっても自分が望む通りだけになるわけでもないため、最悪にならないように動くしかない、んだろうけど。

 時間があれば余計なことを考えすぎてしまうのは悪い癖だとは思っているんだが。



 他にも色々調べ、結果図書館を出たのは閉館が迫った夕方。割と有効な時間の使い方だとは思ったんだが、他に何もできなくなるのが難点か。

 予想としては、ことねの準備が整うにはあと1日必要だろう。予想というよりも、ある程度情報は元々持っている。各工房でどこが何を提供するか、今の予約状況や素材の余剰はどれくらいか、など。ことねの体形や腕力を考えると、武器はともかく防具はそこまで重量のあるものは着けられないだろう。

 そうなると、革の鎧、それも部分的に保護するものになるだろうし、盾を使ってというよりも手甲や魔術品を使ったもの、だろう。

 後はブーツに外套。作るのに時間のかかるものはそう多くはないだろうし、むしろこの町の威信をかけて可及的速やかに、かつ今できる最高のものを用意するだろう。

 それを用意できる職人がどれだけの速度で実行できるか、と考えるとあと1日が俺に与えられた休暇だろう。

 といっても、状況次第でもう少し短くなる可能性はある。そうなると、今日のように一日中使うようなことは避けた方がいいか。


 そんなわけで、久しぶりに料理、というよりも調味料の作成に取り掛かる。味噌や納豆に関しては、何とか形になりそうだ。

 納豆は茹でた豆を藁に包み、蒸す。で、数日湿度と温度に気を付けて保管し、終わったら冷蔵して終了。

 味噌も、麹を上手く培養できる自信がなかったため、豆を柔らかくし、潰して玉味噌にする。それを暫く吊るし、味噌の原型らしきものを作る。

 トライアンドエラーを繰り返し、何となく出来上がったものがあるんだが、色々と問題がある。

 まず、納豆は人前では食べれない。臭いが割と酷いからだ。『鑑定』をして毒性がないことは分かっているんだが、食べ慣れているはずの俺でも酷い匂いだと思わざるを得ない位のものであり、それを誰かに食べさせるわけにもいかない。

 味噌は、香りはそれほど強くはないものの、割としょっぱい。だからと言ってあまりにも薄くしすぎると今度はぼやける。

 出汁が必要なのは知っているため、作っていた枯節やキノコ類でひいた出汁を使ってみると、和食ではない何かが出来上がった。

 魚を煮たり、炒め物に使ってみたんだが、何だろう。中華で言うところの、甜麺醤に近い、というか豆鼓に近いというか。塩辛さが強いため、あくまでも近いだけ、だが。

 それでもできたものは一応できたと言、っておこう。問題は醤油だ。味噌を作った時に取ったたまり、それを使って醤油を作ろうとしているんだが、作り方がいまいちわからない。

 原料としては麹が必要だったはずだし、その後の行程も幾つも存在したはずだ。

 ちなみに、作れるか作れないか、だけで言えば作れる。『レジェンド』のスキル『醸造』を使えばいいだけだからだ。

 ただ、問題が2点ある。1点がスキルのため他の人での再現ができないこと。それと、『醸造』で作れるのは樽単位。

 作っても、消費が仕切れないということだ。近所に配る、ということについてはやめておいた。

 醤油も割と癖が強い。実際、家族からの受けもよくなかった。隠し味として使う程度ならいいんだが、メインとなると独特の香ばしさや醸造独特の風味などが苦手らしい。それに、どれも醤油の味になり素材の味が分からなくなるとまで言われてしまった。

 そんなわけで、元々ある調味料との組み合わせで受け入れられるかどうかと、そもそも自分で作ってもっと一般的にできるかどうかがしっかりと確認できるまで世に出すことはできない。

 そもそも、醤油にしろ味噌にしろ、他のものもだが醗酵を伴うものは菌が分解する工程を伴うため、まるでかびた状態になる。それを醗酵ではなく腐敗として見られるのであれば口にするのは難しいだろうし。

 そもそも、それぞれ小規模とはいえ、専用の発酵蔵というか小屋を作り、納豆の蔵は他とだいぶ離れた場所に作らなければならないのが面倒だったから、今後納豆を作り続けるかも正直微妙なところだ。


 追加で枯節を作ったり、味醂なんかを仕込んでいる間に、迎えが来た。スキルが万能すぎるが、こういった調味料がこの世界のニーズに合っていない気しかないため、俺や一部のそれがあると良い、というものに対しては世に出回ることもないだろう。

 そういった意味では最初にパン酵母とパンの作り方を手として打ったのは正解だっただろう。

 それ自体は俺の手を離れているが、ポーションや魔術品などを作るときの手助けになってくれたのは確かなんだし。

 作ったはいいが危なくて、日の目を見ることがない品物も多々あるけれども。


 その辺りもともかく、ことねの装備は大きく変わっていた。

 これまではなめし革を使った上半身用の鎧に部分部分に金属を取り付けたもの。それにエストックに似た細見の剣に重たそうなやぼったい外套だったが、恐らく合板と思われる胸部を守るプレートアーマーに篭手、グリーブ、カットラスよりも細い、サーベルと思わしき剣。それに、薄手だが複雑に模様が書き込まれ、符と魔術品の要素を重ねたと思われる外套に変わっている。

 用意されたものはレザーアーマーやブリガンダインのようなものと思ったんだが、どうやらことねのリクエストらしい。

 とはいえ、だ。


「……ソートレイさんも中々思い切ったことをする」

「どう、恰好いいでしょう?」


 ドヤ顔をすることねに軽くため息を吐く。ソートレイさんは白風の丘の工房主だ。

 通常は軽装備やアクセサリを、特に革を扱った製品の品質は高い。ただ、こんな鎧を作ったことがあるということは聞いたことがない。

 聞いたことがなければ作ってはいけないということは勿論ないんだが、短期間で用意出来るものじゃない以上、どこかに手伝ってもらったんだろう。そもそも設備が足りないし。


「ま、ひとまず話はあとで聞く。それよりも、武具はわかった。他は何を用意したんだ?」


 消耗品、特にポーションや護符、魔術品の類を何を用意したかと聞いたはずなんだが、何故か服の事情を伝えられてしまった。

 野暮ったい、生地が重い、通気性が悪い、などなど愚痴られるが俺が知ったことではない。話が下着にまで飛びそうになった時に話を打ち切り、付いてきていた世話役らしいメイドっぽい女性に聞いたが、やはり服に言及したため改めて聞きたいことの内容を伝えてみた。


「よ、余計な恥かいちゃったじゃない。鍛冶師くんのえっち」


 顔を赤く染めることねは中々レアだが、自業自得だろう。これからメイド付きとはいえ、何が起こるかわからないところに行くのに服の話を聞きたいと何故思ったのか。

 ちなみに、同行者は執事が1人にメイドが、一応2人。1人はメイドの恰好をした隠密だ。マイアの屋敷で別の恰好をしているのを何度か見たことがあるため、マイアが護衛役兼ことねのことを監視するために付けたんだろう。……俺の監視ということはないだろう、多分。きっと。

 それと、ここ数日俺についている騎士たちはついてきていない。付いてきてしまうと俺ではなくことねを守るためにマイアが力を貸したこととして見られる恐れがあるらしく、付いてこれないようだ。


 改めてことね側で用意した消耗品類を確認し、足りないものを補充する。ポーションや符の類が圧倒的に足りなかったためだ。

 それらは商業ギルドや鍛冶師ギルドで販売されているものを手配した。俺が作るでも問題ないんだが、時間がないのとそれに頼りすぎるのもよくないからだ。

 製法やコツをある程度教えてはいるんだが、まだまだのため、ある程度は持ち込みはするんだが。



「わー! すっご!」

「危ないから、身を乗り出すな。落ちるぞ?」


 何故か御者台に乗りたがったことねを希望通りに乗せると、まるで子供のようにはしゃぎだした。


「ちゃんと掴まってるし大丈夫よ。それよりも、こんなにも風を受けて飛ぶなんて初めて」


 空を生身で飛ぶことはないからな。飛行機は勿論だし、VRでは風を切って空を飛ぶという感覚は味わえても、急上昇・急降下、あるいは無理な制動はできないようになっていた。

 一時期それが原因での事故が頻発したから、らしい。そんなわけで、一部の現実の施設や専用の道具などを使わなければそういった感覚を味わうことは難しい。

 そういった意味では制約のない状態で『飛翔』を使っても自由に飛び回ることはできる。その分重力だの加速度、風圧なんかが生じて辛い部分もあるが。


 飛び続けて5時間ほど。途中で休憩なんかは挟みながらだが、目的地の近くまでたどり着くことができた。

 同行したメイドや執事の調子が悪くなりその都度着陸していたから、スムーズに行けばもしかしたらあと30分位は早められたかもしれないが、そこまで重要視する時間ではないだろう。


 ともあれ。聖域、水の精霊の領域についた、と思われる。思われる、んだが。


「なんつーか、砂漠、だな?」

「そうね。……鍛冶師くん、ここであってるの?」


 ことねと顔を見あって疑問を浮かべる。指定された場所とは合っているはずだ。


「考えていても仕方ないか。空を越え、智を誘え。……とりあえず、このまま目指してみるか」

「そうね。智を誘え、っていうのが今はまだ分からないけど、入ってみないとまずは何も出来ないだろうし」


 そうして馬車を降下させる。何があるかわからないため、ゆっくりと、だ。

 一瞬の何かにぶつかった抵抗感のようなもののあと、景色が一変する。馬車の中から、空に。だ。

 隣には目を見開いたことね。手の届かない上空にゴーレム馬車。つまり、何かによって馬車から放り出された、ということか。

 一瞬の浮遊感のあと、始まる落下。下は、水があるようだがこの高さから落ちたら、恐らく命はないだろう。

 落ちながら随分と余裕があるとは思うんだが、ことねが俺に全力で抱き着き、絶叫もしてたら落ち着かざるを得ないだろう。

 最悪『飛空』を使って飛べばいい。高さと速度から考えて、落下まであと数秒位はあるはずだ。

 というわけで、ごまかすための手段を幾つか取ってみよう。まずはこの前覚えた『風の精霊の力寄せ』を使ってみる。

 使うたびに謎のゲージがたまるものなんだが、リキャストタイムはまさかの0秒。乱発することによりすぐにゲージがたまるんだが、たまった所ですぐにまたゲージが0になるという謎のものだ。

 つまり、そのゲージが0になるまでの間に何かをしたらいいと思うんだが。


「えーと。風の精よ、俺の声が聞こえるなら、俺を守れ?」


 一瞬浮遊感がした気はしたが、特に落下速度が緩まったわけではない。指示があいまいだったのか、それともやはり俺には精霊魔術は使えないのか。

 と、ふと思いついた。


「風の精よ。吹く風を翼とせ。俺に、大空を舞う自由を」


 『飛空(フライ)』と心の中で小さく呟く。と、俺の背中に透明な翼が生え、落下速度がほぼ0に近くなる。


「ことね、もう大丈夫だぞ?」

「――――っ! え、だ、だいじょう、ぶ?」


 きょろきょろとことねが見渡すが、水上5mといった所か。ゆっくりと落下をし、水上に着地するとそのまま水に沈み込むのではなく、抵抗感がある、というか何かぶよぶよのスライムの上にでも乗っているような沈み込まずその部分だけが少しだけ硬く抵抗している、といった所か。


「こ、これ降りても、大丈夫なのかな?」

「心配だったら俺の肩でも掴んでたらいいだろ?」


 がっしりと掴む、どころか指が突き刺さるぐらいきつく、ことねの指が俺の肩を掴む。

 見た目は細いわりに、異常な力をもってやがる、こいつ。


「う、わ。……こんな所に落ちてたら死んでたわね」

「深さもそんなにないみたいだしな。それよりも、行くぞ? ことね」


 水深はおおよそ3~5mといった所か。元々の馬車の位置がたぶん、500m上空。そこから何も減速せずに落ちると、恐らく一瞬で再起不能ですらすまない状況になっただろう。

 精霊魔術? というわりには俺のSPを使ったそれはことねにはばれてしまったんだろうか。

 固く目を瞑っていたようだし、ずっと悲鳴を上げていたため気付かれ辛い、とは思うんだが。

 一応ごまかす手段自体は幾つか用意はしている。


「それで、ここからどうしたらいいのかな? 導きの君?」


 余裕が出来たのか、いたずらっぽく笑うことねを無視して周囲を見渡す。周囲を見渡す限りで、精霊らしき姿は見えない。一面、水、水、そして水だ。


「どこかに水の精霊がいるはずなんだが、特に強い力がどこかにあるわけじゃない。しいて言えば、そうだな。しいて言えば、足元が全て均等に力が分散されてる、って所か」

「……均等に? それって、全く同じってこと?」

「ほぼ、同じだな。あの揺らぎがあるあたり、あそこが若干強いが、誤差みたいなもんだ。行ってみるか?」

「そうね。うーん。ここに居ても始まらなさそうだし、行ってみよっか?」


 楽しそうに歩いていくのは構わないんだが、相変わらず俺の肩を掴む力は全く緩まない。


「ことね、痛いんだが」

「え、っと。でも落ちそうで怖いんだけど。あ、そっか。そういうことか」


 にやにやと笑うことねが俺の腕を取り、自分のそれを絡ませる。


「……暑苦しい」

「うわ、ひどっ! ……いくら私よりかわいい見た目してるからって、流石にそれはないよ」


 腕を引き離そうとすると必死の形相で掴まれる。


「あまりあれな事ばかり言うようだったら、俺1人で帰るからな」

「ごめんごめんごめんなさい! ここからどうやって出たらいいかわかんないし、出れたとしても町まで帰れないから!」


 俺はゴーレムに乗ればこのくらいの距離は普通に帰れる。だが、乗らないなら恐らく2~3週間はかかるだろう。ことねにその期間飢えをしのいで歩き続けるのは難しいだろう。

 勿論そんなことをするつもりはないが、だからといってあまりからかわれるのは好きじゃない。


 捨てられた猫のような目で見てくることねの手を引いて揺らぎのある場所へ近づく。


「鍛冶師くん、何か見える?」

「いや、ゆらぎ、にしか見えないな。そこを中心に小規模のゆらぎが発生している、みたいだな」


 考え方を変えると、そこにゆらぎを発生させる原因がある、ということだ。


「確か、風の精霊の時は君と渚くんが解放した、んだよね。私は精霊は見えないし感じられないけど、どうしたらいい?」

「そう、だな。ちょっと行ってみる。ここで待っててくれ」

「え、やだっ! 1人にしないで!」


 どうしろと。恐らく、1人でどうしようもない状態になるのが嫌なんだろうと検討を付け、幾つか持ってきていたゴーレムの核を取り出す。


「これに、恐らく乗れると思うからそれで暫く待ってろ」

「え? これ、に?」


 不思議がっていることねをよそに、核を水に落とす。それも沈みきらず表面で少しだけ沈み込んでいるようだが、少しすると周囲の水を吸収しはじめ、形になる。


「おっきなかめさんだ」


 驚いたような、それでいて目を輝かせながらことねがいう。かめが好きなんだろうか?

 全長2m程度のデフォルメしたかめにことねを乗せると、改めてゆらぎの近くに向かう。

 と、揺らぎのほぼ真上に立った途端、それまでの抵抗感が嘘のようになくなり、沈む。息は、流石にできないみたいだが、底は見えているため問題ない。

 そのまま揺らぎに、ぶつからない。何かがあるらしく、海流のようなもので押し流されてしまう。

 少しそのまま考え、取れる手段も多くないため手を伸ばすことにしてみた。

 すると、特に抵抗もなく揺らぎの中に手が入った、んだが特に変わりはない。

 そのまま手を動かしたり、揺らぎの中に体ごと入り込んだりしてみはするものの、やはり何も起きない。一旦、戻ってみるとしよう。



「その智を誘え、っていうのが恐らく何かのキーなんだよね。ダイラ……は立っているだけでも沈まないから違うとして、シキソトロピーのようなもの?

 でも、粘度の差は場所によって変わってる。いや、揺らぎによってその力が均一になってない、んだよね。多分。

 じゃあ、揺らぎをもっと大きくしたら変わるのかな? ねえ、鍛冶師くん。水をかき混ぜたり、あるいは包丁みたく切る事って可能かな?」

「この揺らぎのある場所を、か?」

「ううん。この一帯を」


 そうなると、切るのはまずいんじゃないだろうか。

 かき混ぜる、かき混ぜる。思いついたのはミキサーによる攪拌、なんだがそれは違う。そう考えると、海を泳ぎまわる、か。

 回遊魚となると、マグロにクジラにサバにイワシ。……幾ら何でもあれすぎる。クジラは多少惹かれるものはあるが、俺のゴーレムのストックにはない。

 なら、出せるものは他にはあまりないだろう。と核を水の中に投げ入れる。



 泳いで、泳いで、泳いで、たまに跳ぶ。泳ぎ回っているのは2匹のイルカのゴーレムだ。片方は白で片方は青。

 イメージとしては、丸いプールで行うイルカショーだ。ゴーレムが故に速さはそれの比ではないが。

 むしろ、高速で渦を巻いている現状は、渦潮、というよりも洗濯機に近い気がする。

 そのまま渦巻いていく領域の中心に何かしらの力が集まっていくのが分かる。攪拌してるんだからもっと分散しそうなものなんだが、低位から高位に移動しているような、そんな感じだ。

 ちなみに俺はもう1体かめを作り出しその上に乗っている。流石にこの状態では水面に立っていることは出来なかった。



「あらかた集まったみたいだな。……ことね、何か見えるか?」

「なんか泡立って見えるけど、何かあるのかな?」


 一応見える。見えるんだが、何故だ。


「いや、同じで泡立ってるように見えるな」


 違うのは、中に宙づりでぶら下がっている何かがいること、だ。いや、水の中なので宙づりではないんだろうが。

 何だろう。一番合っているのは、水死体ごっこ?

 あの背中だけが若干水面から見えているやつの足バージョンだ。正直不気味だが、近寄らないわけにはいかないだろう。



 イルカたちは既に核に戻しており、渦もある程度の流れはまだ残っているが、先ほどまでの勢いはない。

 そんなわけで、また泡立っている部分、何かがいる場所に潜ることにした。



「いつから水の底は別世界になったんだ?」


 潜り、正体不明に触れた瞬間、水は周囲からなくなり、青い何かの空間が広がる。普通に呼吸が出来るし、声も出せる。

 それはともかく、目の前のは、水の精霊、だろうか? やけに薄手の濃い水色のワンピースと真っ黒で何も見えないだろうベールを被った少女のようなものがいる。


「別世界ではなく、私が管轄する場所。初めまして、かな。来訪者さん」

「……あんたに会ったことはないな」


 この空間がどういった場所かわからない以上滅多なことは言わない。事実、目の前のそれと前にどこかで会った覚えはない。


「ああ。いい。いいよ。その警戒心。ゾクゾクする」


 むしろその台詞に鳥肌が立つ。


「で? お前を解放するにはどうしたらいいんだ?」

「本当なら、知を見せてほしかったんだけど、気がかわった。もっと、知だけじゃなく、力も見せてほしい。

 ギリギリであれば、もっときっと君は力を、見せてくれる」


 心底楽しそうに口元を歪めるそれは非常にやばそうだ。昔VRゲームで遭遇した、快楽殺人狂のPKをさらに歪めた感じだ。

 精霊がそんな状態だというのも正直疑わしいんだが、ひとまずは対処するしかないか。


「俺は別に戦闘職じゃないんでな。遠慮しておくよ」

「嘘つき。大嘘つき。……じゃあ、あの女でいい」


 淡々とそれは言い、俺に興味を失ったかのように視線を俺から逸らす。

 と、その隙を俺が見逃すわけなく、一瞬で近づき、牽制に水を軽く這わせた掌底を叩きこんでみる。


「やっぱり嘘つき!」


 ギロリ、といった感じで俺を見下ろすそれはダメージ自体一切受けていないらしい。

 まあ、掌底も実際には当てていないため当然だが。

 と、本能に従いそのまま後ろに下がる。そのすぐ後に何かが落ちて来るがそこに俺はいない。


「趣味が悪いな」

「人の事は、言えない」


 それもそうか。とはいえ、目の前に現れたのは想像通りであればだいぶ厄介な相手だ。

 青く、ぐにぐにと動く、何だろう。出来損ないの竜種にしか見えないんだが。

 『鑑定』での結果はレベル60のウォータードラゴン、らしい。レベル60のドラゴン程度で俺がギリギリの戦いをしなければならない理由はない。

 俺の今のレベルは53。一般的に、対ドラゴンでいえばパーティ戦からクラン戦で、平均レベルが相手の±5といった所だ。

 だが、それがどうした。


「ソロプレイヤーとして、『最後の神龍』を倒した俺に、ドラゴンをぶつけてくるとはいいセンスしてるな」


 ソロがこじれただけともいうが。あれはまさに死闘とも言ってよかっただろう。相手のレベル、1700だったし。

 そんなことを知るわけもないウォータードラゴンは俺を特に脅威と感じていないらしい。堂々とした、といえばそこそこに恰好は付くが、単に気を抜きまくったようにしか見えない。

 普通に戦ってもいいといえばいいんだが、何か違和感が付きまとう。普通に戦って圧勝すると何か問題がありそうな、予感というか確信に近い何かを感じる。

 さて、そういうわけで特殊な方法で倒してみよう。ウォータードラゴンは名の通り水の竜だ。といっても、全身が水だけでできているわけではない。

 その骨格そのものは通常の、といっても竜種の強靭な骨格だが。言ってしまえば、動くのに必要な骨はしっかりと存在している。

 その上に筋肉や皮膚の代わりに水が覆っている、というのがそれの外殻だ。といっても、やはりそれは単なる水ではないだろう。

 成分分析をしたことはないため、おそらく、ではあるが。


 ともかく。目の前で対峙しているドラゴンは前振りもなく、水球を口から無数に吐き出してくる。

 とはいえど、それは考え事をしながら避けられる程度でしかない。いわばダンスゲーと弾幕ゲーの組み合わせといった所か。

 一見避けられそうにないそれは、わずかだが発射される速度と方向がずれている。それを、全身を使い避ける。


「んな、小細工で俺にダメージを与えられるとでも思ってんのか?」


 嘲笑するように笑って、最後にターンをして水球を全て避けて見せる。

 前に見た動画のダンスシーンを再現してみたのは俺だけの秘密だ。水の精霊もウォータードラゴンもわかるわけがないんだが。

 とはいえ、バカにされたことだけは分かったんだろう。目を細め、低く唸るそれは肉食獣の狩りのそれだ。声帯があるようには見えないウォータードラゴンがどう音を発しているかは不明だが、そこは今は気にしなくてもいいだろう。

 その前に、ウォータードラゴンは肉食ではなかったと思うが。ともかく、怒ったものの、理性は失っていないらしく己のリーチを活かして尻尾を振り、俺を吹き飛ばそうとするのはいい判断だろう。

 軽く後ろに飛んで避け、距離を取る。大型の敵に対する武器を持っていたら尻尾を切り落とそうと試みたんだが、そんなものは今の持ち合わせにはない。

 その内、各種属性武器を作ってもいいんだが、この世界では属性攻撃=精霊の力を使ったもの、らしいから中々難しい。

 そんな考え事をする位、ドラゴンの攻撃は単純でそう早くもない。

 ちなみに、特殊な方法で、といったが『レジェンド』で一般的なウォータードラゴンの対処法は『鈍器でぶん殴る』だ。

 水だから切ったり突いたりするのはあまり効果的ではない。一番効くのは凍らせたり、不純物を大量に投棄すること、なんだが凍らせるのは全身を一瞬で凍らせるのは不可能で、不純物を投棄したら何故か経験値やドロップアイテムにマイナス補正がかかってしまい、どうしてもというとき以外は行われなかった。冷静に考えると、不純物を含むことにより弱体化するというのもどうかと思うが。

 それはともかく、その『システム』がこの世界でも適応しているかはわからないが、当初思っていたように、特殊な方法で倒した方が正直楽だ。

 そんなわけで、それに必要なものを『練成』していく。『パレット』から必要な構文を拾い集め、集約する。

 元々スキルで作れるものであれば、スキルを発動させ、目的のものを選ぶだけで出来上がる。

 ただ、一部の追加アップデートなり、ストーリー上秘匿されていたものだったり、ユーザーメイドのものだったりはそこからではなく、パレットに情報を残し、その情報を元に作り上げる必要があった。

 今回のものはイベントの中で秘匿されていた『延々の渇砂(かわきすな)』名前だけで何をするのは分かるものだが、まあ誰に分かるものでもないし、問題はないだろう。


 いつまでも掠ることすらもできないことに業を煮やしたのか、ウォータードラゴンの攻撃パターンが変わる。

 先ほどまでは水球にしっぽによる振り回し。それに噛みつきに爪による振り落としが増えた、といった所か。

 だが、わざわざそんな攻撃程度に当たる理由はやはりない。避けるついでに渇砂をウォータードラゴンに適当に振りかける。

 渇砂が付着した部分は一瞬で色が変わり、砂が地面? に落ちていく。

 その砂がかかった部分に水はない。つまり、成功だ。


 痛みなのか怒りなのかはわからないが、目に理性の色を失ったウォータードラゴンに砂を大量にぶちまけていく。

 そのため、尻尾の攻撃もこれまでは様子見というか慎重に行っていたものも、当てることしか考えていないのか振り回す、のではなく尻尾が伸び切った状態になり、そのむき出しの骨と骨の間に短剣をそっと通す。



 砂をかけてはむき出しの骨に短剣を突き立てる、という単純作業を繰り返し、あっさりとウォータードラゴンは骨だけに成り果てる。

 その間、水の精霊はにやにやと俺を観察しているだけだった。余裕があるのか、何か違うことを考えているのか。

 ちなみに切断した骨は邪魔にもなるしアイテムボックスに無断で収容している。後で使うこともあるかもしれないし。


「さて。次はどうしたらいいんだ?」

「さあ? どうしてほしい?」


 とっとと出してほしいんだが。というわけも行かないんだろう。

 ゲームなんかと違って攻略情報があるわけでもない。……とりあえず、出来ることをしてみるか。


 クエスト、というものは単発ものと長期の連続的なものとに大きく分かれる。

 単発は連続のものに変化することもあるが、〇〇というモンスターを何匹狩ってこい! といったものや、▽△を取ってきて! といったものが単発で、××を倒すためには情報を集めて□□という武器を手に入れろ! といった場合は、情報を集め、素材を集め、そして武器を作るNPCや技法を整えた上で武器を作り、該当の敵を倒す、というまで一繋ぎで、複数のクエストをこなす必要のあるものだ。

 と考えると、これは勇者用の連続クエストと言えるだろう。それを俺が案内役をしているような状況、なんだろうか。

 何故俺にまで風の精霊がスキルを渡したかはやはり解せないところではあるが。

 で、だ。連続だと仮定した際、クリアするための条件は精霊からの要望を叶える。その上でその精霊の属性の魔術を発動し、精霊を活性化させる、といった所か。

 そうなると、まずは要望を叶える、という部分がまず達成しているか、が問題か。

 

「ま、考えてる時間があるなら行動すべき、か。――愛しき者に、聖なる安息を。全てを癒す、赦しを。万物の苦痛から解放を(アクア・リカバー)


 毒や麻痺、呪いなんかを無効化し、体力を回復させる上級回復魔法を使ってみた。

 回復魔法のセオリーらしく激しく光るが、ここで光ることを気にする必要はないだろう。

 回復魔法、特に状態異常を回復させるような魔法にしたのは簡単な話、水の精霊が正常だと思えないからだ。

 ……んだが、通常、水が対象を纏いそのまま霧散するはずのものが、何故か水が竜巻のように渦巻いている。

 何をどうしたらこうなるのかさっぱり理解ができないが、水の精霊だから、なんだろう。多分。



 渦が何故か全て水の精霊に吸い込まれ、出てきたのは、黒いベールが白く、薄手だったワンピースが色は淡くなったが厚手に変わった水の精霊がいた。

 ええと。水の精霊、というかなんだろう。


「……来訪者、あり、がとう」


 ベールで蔽われている表情をさらに顔を下げることにより見えなくしている。

 こっちが素なんだろうか?


「……勇者の元へ。あちらも、ちょうど、終わった」


 ことねも何かと戦わされていたらしい。怪我してなきゃいいんだが。



 来た時と同様に、戻るときも唐突でかつ、水の中らしい。


「お。丁度いいタイミング。鍛冶師くんは危険に巻き込まれなかったみたいだね」


 満身創痍、とまではいかないがところどころに切り傷の痕が見えることねが俺を見て苦笑する。


「あー。まあ、俺はな。お前は、ボロボロだな。……ひとまず、これでも飲んどけ」


 ことねが乗っているかめに俺も乗り、いつも通り、偽装した鞄経由でアイテムボックスからポーションを取り出し、渡す。

 鞄の中もずぶ濡れだったので、水分をつけた偽装をしたうえで、だが。


「あはは、装備もほとんど持ってこれなかったから、助かったよ」


 俺の装備はそもそもほとんど持ってきていなかったが、ことねのものは馬車の中だ。


「何と戦ったんだ?」

「うーん。大きな、三葉虫? しかも飛んでた」


 想像もしたくない。しかも飛んでいた、ということは三葉虫というよりもアノマロカリスかもしれない。

 どちらも以前の世界では遥か昔に存在していたため、実物を見たことはないが。


「そ、そうか? よくわからないが、大変だったんだな?」

「大変とかそういう次元の話じゃなかったよ。偶然変な剣が流れてきたから、それで戦ったんだけど、重いしぬめってるし、もう同じ戦いはしたくないかな」


 ぬめってる剣って何だ。というか、動き辛いから、とほとんど防具もしない状態から馬車から放りだされたのによく軽い怪我だけですんだな。


「これなんだけど、鍛冶師くん何かわかる?」


 と、かめの上に置いてあった剣を寄越される。刀身は白銀に光り、柄は刀身に比べそこまで長くない。全長50cmほどの小振りなもので、ぬめってはいない。


「どこがどうぬめってるんだ?」

「さっきまでぬめってたんだよ。で、三葉虫を斬るたびにどんどん握りの部分から何か滴って本当に気持ち悪かったんだから!」


 何かから身を守るように自分を抱きしめることねは一端置いておいて。見る限り、普通の剣に見えるんだが、『鑑定』でもしてみるか。


 邪剣『バルバ』-3

 堕ちた剣。使うたびに水が滴る。重さ40。耐久【25/300】

 ATK+30 DEF+20


 呪われてんじゃないか? これ。


「……何もないよりはましなんじゃないか?」

「鍛冶師くんがそこまで言うってことは、随分危なかったのかな」

「戦っているところを見たわけじゃないから何とも言えないがな」


 ただ、ウォータードラゴンと戦うのとどっちがましだったか、というだけだろう。


「泡の所で急に居なくなったんだから、心配したんだからね?」

「俺は、変な所に連れてかれてな。まあ、色々とあったんだが、この通り特に怪我はない」


 相手もそんなに強くなかったし必要なものは都度作れる。それに、アイテムボックスから装備を取り出すこともできる。そういうところはやはりチートだと思うんだが、正々堂々と戦うつもりはない。


「でも、水の精霊はどこにいるんだろうね? どこかで見た?」


 見た、というかさっきまで話をしていたんだが。泡立っていた場所を見るが、水の精霊の姿はない。スキルウィンドウを開いてみるが、そこに水に関するスキルの増加もない。さて、どこに行ったんだ?


「畏き者、こちらへ」


 声が聞こえた方向を見てみると、先ほどの水の精霊が水面に浮かんでいる。賢き、の発音がおかしかった気がするが、気のせいか?


「……水の精霊のお出まし、といった所か」

「え? えっと、波紋が描かれている中心に、いるってことかな?」


 ことねにはどうやら声も聞こえていないらしい。不思議そうに首を傾げる様子に、何かが見えているようには見えない。


「私たちは、感謝する。あなたたちに。だから、力を、貸す」


 薄く水が浮かんだかと思えば、俺とことねを包み込む。包み込んだその水が淡く光ったと思えば、割れる。

 そして、スキルウィンドウに新しいスキル『水の精霊の英知』という、風の精霊の時に似た名前のスキルが増えた。

 スキルを発動すると、やはり謎のゲージが増え、満タンにするとゲージが減っていく。

 前手に入れた『風の精霊の力寄せ』も正直よくわかっていないから、帰ったら研究だな。


「それと、私を解放してくれて、ありがとう」


 最後に水の精霊がそっと近づいてきて、俺の頬を軽く濡らし、消えた。


「……帰るか」

「うん。でも、どうやって?」


 かめに指示を与えると、ゆっくりと出口に向かって移動を始める。上空で待機している馬車も同様だ。


「何か釈然としない……」


 出来るなら馬車に『短距離転移』をしたいんだが、この領域から出るのはそれでは難しそうだ。

 まあ、今急ぐ理由もないため、のんびりと戻ればいいんだが。

ご無沙汰しています。

話の流れが上手くできず、だいぶ時間がかかってしまいました。

お待ちしていた方がいらっしゃいましたら申し訳ないです。。


ちなみに、納豆や醤油についてはあくまでも味覚に合うか、といったところで食材も揃っていない文化の違う場所での反応、ということで。。


※シキソトロピーは静止の状態では硬くなり、逆にダイラタンシーは動かしていると硬くなる、という現象を示しているつもりですが、実際には異なる可能性があります。あくまでもことねの知識の中での話です。

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[良い点] 更新ありがとうございます。 待ってました。
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