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第35話。風の荒野。

 境界線を越えた先。見た目は変わらない。変わらないんだが。


「……なあ、何か纏わりついてるんだが、お前にはどう見えてるんだ?」

「小さな風の精霊たちが、兄さんに引っ付いてる、かな? 風の精霊をこんなにはっきりと見たのは初めてだから、たぶん、精霊だと思うんだけど」


 困惑気味に渚が答える。ちなみにふわふわとした何かが俺に纏わりついてきているんだが、渚にはいない。

 一応精霊術を使うのは渚のはずなので、相性的には俺ではなくあいつのはずなんだが。……何でだろうか。



 ひとまず『気配が濃い』気がする場所に適当に歩いていく。特にモンスターもいないようだし、手持ちの魔術品だけで何とかなるだろう。

 相変わらず『気配探査』には何も映らない。そういう意味では、精霊は自然物そのものなのだろうか。よくあるファンタジー的な設定では自然そのものであるため、そう考えると不思議でもないんだが、どうやって会うことができるんだろうか。

 そういえば、野に至る、と言っていたが、ここは荒野の名の通り、木々はほとんどない。たまに枯れて風の力に負けたのか歪に曲がった木や僅かに生えた草があるが、これを野とは称さないだろう。


 と。ふと周囲を見渡すと、変なものが浮いていた。

 青い、(さなき)と言えばいいんだろうか。上が丸い鐘に手がくっついたような、妙なものがいる。


「……あれは、何だ?」

「あれって、どれ?」


 渚には見えていないらしい。なら、あれはなんだ。

 特に動く様子もないため、適当に触ってみる。金属っぽいため硬いかと思ったが、ぐにぐにして弾力がある。

 ただ弾力があるだけではなく、押した先には、力強い何かがあるっぽい。


『気高き者よ』


 俺のぐにぐにが気に障ったのか、重い声が響く。

 それに慌てて手を離すと、ぷかぷかと上下に動き出す。


『よくぞ勇ましき者を連れてきた。畏き者よ。共に、我を開放せん』


 ええと。つまり、これが精霊らしいんだが、精霊にはちっとも見えない。


「なあ、どうする?」

「何て言ってるか、うまく聞き取れないし、どうしようね」


 渚には、声がくぐもって聞こえるらしい。あれか、この鐘っぽいのがそうさせてるのか。


「とりあえず、俺が触っても特に何もなかったし、ナギ。お前も触ってみてくれ」


 そういって渚を前に押し出す。困惑気味に両腕を前に突き出すが、何故か鐘の中に手が入る。不思議そうに両手を動かしているが、特に反応はないらしい。

 そのままでは駄目らしい、というわけで渚の左腕を右手で掴んで誘導すると、今度は触れたらしい。ペタペタとしばらくそれを触っていると気づいたのが2点。

 1.渚がそれに触れられるのは俺が渚に触れているときだけ。

 2.俺が触れているときに渚が触れられるのは鐘の部分だけ。


 つまり、俺と同じ状態になるんだが、2人でペタペタしても特に何も変化がない。

 いや、全く変化がないわけではない。ふと思いつき、魔力を流してみた所その部分だけが少し色が濃くなる。

 で、ナギにもしろと言ってみるが、言ってることの意味が分からないらしい。冷静になってみると俺もわからない。魔力を流すってなんだ。

 体を循環しているマナを手のひらから魔法を使うときのように出力する、ことと定義できるんだが、どういうことだ。

 あまり考えすぎても仕方ないため、渚のマナを誘導してやりながら、ペタペタと鐘を触っていく。

 ほぼほぼ色が変わり、今度は少し鐘の表面にヒビが入った。


「……これで正しいと思うか?」

「ごめん、見えないからわからないよ。でも、何だろ。隙間? が何か見える、様な気がする」


 渚の発言はあいまいだが、渚の見えているものと俺の見えているものではだいぶ違うらしいから、渚がそういうならそうなんだろう。


『畏き者よ。我に、風の力を』


 えーと。つまり、風の魔法を使え、ということか?


風守る壁プロテクション・ウィンド


 渚に聞こえないように口の中だけで呟いたそれは、俺の周りを風が囲んでいく。

 それを吸収しているのか、風が鐘に纏わりつき、ヒビを増やしていく。




 鐘が粉々になり、出てきたのは翼を生やした、正体不明。


「ふう、久しぶりに風を感じられる」


 体をほぐすように腕を伸ばしたり、体をねじったりするのは妙に人間臭い。


「ええと。おま、……風の精霊か?」

「ちょっと、不遜な空気がしたけど、そうと言われればそうかもしれないし、違うと言えば違うかもしれない」


 風の精霊らしく、なのかうつろぎに、気まぐれに笑うそれは。正直ちょっとイラっとする。


「むしろ、さっきと性格が違う気がするんだが」

「呪い、呪いでね。ただ、畏き者以外には、分からないよ。きっと、多分ね」


 声も低くなったり高くなったりして(せわ)しない。

 とはいえ、これかどうしたものか。一応、精霊らしいそれを解放したことにはなるんだろうが、荒野は荒野のままだ。


「兄さん、この、人? の言ってること、どれだけわかる?」

「意味は分からんが、言ってること自体は分かるぞ。お前には別に聞こえるのか?」

「さっきよりは聞こえるようになったんだけど、無口な人が単語だけ言ってるような、ブツ切りで聞こえるよ」

「マジか」


 渚には目の前のものが何を言っていたか簡単に伝える。そんな長い話をしていたわけじゃないが、意図をくみ取るには少々面倒な相手っぽいからだ。

 俺の個人的な見解で変なイメージを付けてもいけないだろうから、出来る限り客観的に正確に伝えたつもりではあるが。

 そして、俺をまるで妙なものを見るような目で見るな。


 結論として、風の精霊は力の一部を渚と俺に分けたいらしい。そんなものは俺はいらん、と言いたいところだが、多分大丈夫だと思うから、という渚の不安そうな表情に負け、付き合うことにした。

 何故そもそも一部とはいえ、力を分けたいかというと、力が溢れ出過ぎているため、のようだ。

 あの体を覆っていた呪い、と称したそれは自身の力が溢れ出てマナが循環しきれず、自分自身に沈殿したもの、つまり垢のようなものということか。

 それを蓄積しないためにはどうしたらいいか。適性のある存在に力を分け与え、使うたびに自分の力を消費してもらう必要がある、ということらしい。

 勿論風の精霊らしく、風を使うことの効率性が上がったり、適性が上がるということで渚にはちょうどいいんだろうが、俺は、やっぱり断ってしまいたい。

 今の不思議状態をさらに不思議にしてしまいかねない。目は渚が言うにはもう戻っているらしいが、流石にやりすぎだ。

 俺が意図的にしたことではなく、誰かに何か操作された感はないんだが、むう。



 とはいえ、俺にデメリットもあるが、メリットも割と多いため、受けることにした。

 それの力を受けるには、それぞれがその存在を内側に呼び寄せること、だそうだ。

 つまり、何でもいいから呼びかけて自分の中に精霊の力を取り込め、ということらしい。


「力を呼び出すときも含め、その手段を用意しろ、ということだそうだ。渚、どうする?」

「どうする、って言われても。どうしたらいいの?」


 質問に質問で返すな、と昔言ったはずなんだが、まあ仕方ないか。


「そうだな。精霊の力を引き出したり、呼び出したりするってことは、召喚だったり精霊魔術を使う、という感じじゃないか?

 なら、それに伴う行為が必要になる、と思うんだが」


 何やら深刻そうに悩む渚を見ながら俺もどうするべきか考えよう。そうはいっても、ほぼほぼ決まってはいるんだが。



 項垂れている渚を放っておいて、ひとまずは風の精霊の力を確認することにする。

 するんだが、うまく力を精霊から引き出せてもうまく使える気配がない。

 俺の場合、ほとんどがスキルを発動させることにより、それが現象として具現化する。そのスキルリストに『風の精霊の力寄せ』というこれまでに見たことも聞いたこともないスキルが追加されている。SPを使ってそれにあるゲージが増えたことが分かったが、それ以上の進展がない。


「畏き者には、何か大いなる力の加護があるかもしれないし、精霊以上の力を元々持っているかもしれない。だから、力を使うことができても、うまく境界を越えられないかもしれない」


 元々精霊以上の力を持っている、訳はないため、恐らくあれだな。ロリ神の加護(チート)が影響しているんだろう。力寄せを使っていたらその内それをさらに発現出来るためのスキルが手に入るかもしれないし。

 境界を越える、という言葉にやや不穏なものを感じるが、精霊は世界の一部らしいし、そうおかしいことにはならないだろう。

 ともあれ、問題は俺に精霊魔法が使えるかどうか、だ。使えないこと自体が問題なんじゃなく、使えるかどうかわからないまま、ということが問題だ。

 俺の周囲には魔術師が多い。俺自身をどう定義するかということもあるが、やはり俺の魔法とどう違うかを正確に把握しておくのもありだとは思う。結局面倒になってしまう可能性も高いんだが。


 ひとまず目的自体は果たせたため、未だにぶつぶつと言っている渚を連れ、戻ることにした。ずるい、だとか反則だ、だとか聞こえるがもう少し気を付ければよかっただけの事だ。

 ちなみに、ゲージが満タンになるまでスキルを発動したところ、ゲージが空になるかわり、なのか少しだけ荒野に緑が増えた。

 まばらにあった草が少しだけ数を増やしたといったところだが、その内もっと増えるんだろう、きっと。


「あれ? 変わったように、見えないね?」

「ああ。あの境界のこっちと向こうで見え方が違う、というか結界か何かなんだろ。少なくとも、今は荒野に見えている必要がある、っぽいからな」


 風の精霊に、最後に釘を刺されてしまった。力のなき者の不用意な接触は風が乱れる、と。

 やたらと重々しく言っていたため、恐らくは問題があるだろう。とだけ思っておく。それこそ深く考えた所で理解できる気がしないためだ。

 むしろ、この状況をどう報告したものか。

 報告自体は勿論しなければならない。とはいえ、職人の俺がすべきことでもないし、だからといって渚に正直に全て話をさせるのも違うだろう。

 話すべきことと話すべきではないことはすり合わせる。といっても、正直ほとんど話せることがない。話せないことが多い、というよりも話すべき内容がいまいちわからない、ということだ。



 軽く食事だけ済ませると、早々に馬車を飛ばす。

 既に空が暗くなり始めているため、室内にカンテラを点ける。燃料はマナでこれもれっきとした魔術品の1つだ。

 キャンドルでも良かったんだが、揺れることとある程度高度を飛行することもあり、安全面を配慮してみた。

 後はオートで飛行するだけなため、ソファに転がって暇つぶしの本を読んでいる。渚が所在なさそうに座っているが、まだこっちの言葉を長時間読むのは難しいらしいから仕方ないだろう。

 ぽつぽつと、渚から漏れるように出てくるのは俺と渚の共有の友人や、幼馴染のことだ。

 誰がどういったことをした、誰とどうした。そんなどこにでもあるような、そんな話だ。ただ、なんてことはない。ただ、俺がいないだけの、話。



「早かったな。ソラ、……どうした?」

「いいや。何でもないよ。それよりも、報告だ」


 町に戻り、すぐにマイアに報告する。何故だか不審そうに見られるが、特に何でもない。

 俺の行動のほとんどは渚がしたことにしたかった、んだがそういうわけにも流石に行かない。

 つまるところ、一緒に風の精霊の領域に入ってペタペタ触って鐸を壊して渚が何か力をもらった、ということだ。

 力については俺も何となく入ったかもしれないが、使えないと言っておいた。これに関しては事実だし、精霊は属性分の種類が居る。

 ナギは風と火の属性がある。そう考えると、ことねも何かしらの属性があるだろうし、同じようなことになった時に何があってもいいように、だ。

 渚の頼みだけ聞いて、ことねの事を軽んじるのはよくはない。ある種ではもう少しことねを重んじてもいいんだが、今度はマイアとオウラの問題もあるし、その辺りは俺はもう気にしないようにしたいんだが、難しいだろう。



「ある程度は分かった。報告を聞いても、正直理解できない部分はあるが、精霊とは人と一線を画す。分からないことがあるのもまた真理、といったところか。神傍者(しんぼうしゃ)の神託も莫迦には出来ない、といったところか」


 若干忌々しさを感じるのは気のせいだろうか。勇者は神傍者ではなく、王宮に宣託され、姫が召喚した、ということもあり勇者と神殿との仲はあまりよくないらしい。

 一方的に神殿が認めない、と言っているだけでこの町や王城では特に重要視されていないため問題はない。

 まあ、何かをしてきたら全面的に戦争になるだけだから構わないが。



 何はともあれ。ナギをマイアの所に置いてくると家に帰ることにした。2日近く家を空けていたため、比較的早く帰るべきだろう。

 父と母には渚の用事に付き合うと言っているため、大丈夫だとは思うが。



「お帰り、ソラ」

「ただいま、母」


 困ったような表情を浮かべる母に迎えられると、ひとまず何かあったか聞いてみることにした。

 と、困ったことではあるが、そこまで緊急性が高くない、というか逼迫するようなことではないようだ。


「実は、昔のパーティのメンバーがこの町に来るらしいんだよね。もう冒険者からは引退してるんだけど、昔から気が荒いから、問題を起こさないといいんだけど」

「お目付け役のウォーナ姐さんもいないし、ライザだけなのがちょっとね」


 ライザ、という問題児? がやってくるらしい。父と母のパーティメンバーということであれば問題児、という枠ではなくもしかしたら厄介者、なのかもしれないが。

 ともあれ、すぐに来るわけでもないらしいし、滞在するといってもうちに何泊もするような無作法は行わない、らしいからそんなに気にしなくてもいいだろう。

 ウォーナ姐さん、というのはパーティのサブリーダーでまとめ役兼仲裁役として活躍していたらしい。

 いや、実力もあってだろうが。

 現役から離れてしばらく経っているはずだし、幾ら何でも多少はほんの少しでも落ち着いているかもしれない、と何のフォローにもなっていない言葉を聞き、俺も簡単に荒野のことを伝えた。

 まあ、マイアに報告したこととほぼ内容は同じだ。俺が魔法を使えることは知っているが、あまり内容を伝えるべきものではなさそうだ。

 そもそも俺の色々なことが機密情報に近い気がする。それこそ最初からそうだと言えばそうなんだが。

 まあ、いい。今日はもう寝よう。ギルドへの報告だったりは必要なんだが、今はゆっくりと休みたい。

 完全オーダーメイドではないが、色々と仕込んだソファの寝心地はそこそこに良かったんだが、どうしても揺れるのが気になり落ち着いて寝れなかったからな。

 ひとまず、諸々は明日へ先送り、だな。



 寝たらロリ神が出てくると思いきや、そんなこともなく普通に起床する。

 あの風の精霊の良く分からない力とやらを聞きたかったんだが、うまく行かないらしい。

 そろそろ俺の力もステータスアップする必要があるとは思うんだが。

 鍛冶やら錬金やらでレベルがあがり、ベースのステータスは変わっていないが、レベルアップや鍛冶師や錬金術師の職業(クラス)特典によるボーナスがあり、ステータスはある程度伸びている。

 クラス特典ってなんだ、と思うが恐らくロリ神のくれたものの1つなんだろう。ちなみに俺の今のクラスは、『魔法使い』『鍛冶師』『魔術職人』『錬金術師』『ポーション売り』の5つだ。

 ポーション売りはクラスなのか、と思うが付いている以上クラスなんだろう。そう考えると俺がポーションを広場で売ってもおかしくはないよな。……ノルンさんや他の上級職人にこっぴどく怒られそうな気がするが。

 まあ、たまに気分転換にするくらいなら許されるだろう。多分。


 とりあえず、気を引き締めてサンパーニャに向かう。何というか、サンパーニャで一日働くのも久しぶりな気もするが、それは正しいことなんだろうか。

 といっても、基本はお姉さんが仕事をして、お姉さんが接客を行う。お姉さんが休憩中だったり、他に用事があるときは勿論俺が対応するが、どうしてもという時を除いて自分1人でやれるようにしたい、らしい。

 自分1人で手順を覚えることは大切だが、全部1人でするのは話が違うため、フォローをする、ということでひとまず手を打った。

 むしろ俺を従業員の1人として運用してくれた方がありがたいんだが、上級職人にお願いはともかく指図することはできないと言われてしまった。

 お願いの体でいいから、と伝えたのは最善ではないが、ギルド内の上下関係はある程度厳しい。

 リリオラのような性格であれば気にせず相手に意見を言えるが、よほど理不尽でなければ最低限でも相手の意図を汲む程度のことまではするらしい。

 まあ、空気を読むとか意図をくみ取る、というのは人づきあいでは大切なんだが。

 ともあれ。それ以外は特に変わらず、一緒にお茶をしたり、俺が居なかった間の町の話を聞いたり、接客をしたり。

 ずいぶんとのんびりした1日を過ごした気がする。来た客も常連だったり、冷やかしついでの他の店の鍛冶師だったりと顔馴染みが多いこともあったからだろうか。

 本来なら、鍛冶師と錬金術師の両ギルドに出向いたり常駐しなければならないという場合もあるんだが、色々宙に浮いた状態のため今はその状況に任せるだけだ。

 どうせ、また厄介ごとは向こうからやってくるんだろうから。



 と思って、過ぎたのが5日間。おかしい。特に厄介ごとが出てこない。

 多少マイアの無茶ぶりや幼馴染4人組の泣きつきや戻ってきたハッフル氏に色々言われたが、特に厄介ごとではない。

 若干周囲に慣れたというか、毒された感もなくはないが、まあきっと気のせいだろう。

 まあ、面倒なのが渚に付き合い魔術師ギルドに出向く必要が出来た、ことだが。




 魔術師にとって、精霊というのはこの世界の根幹を表すものらしい。それに接触し、加護を受けた者はここ200年ほどいなかったようで、是非とも会いたい、ということらしい。

 話だけ聞けば友好的に聞こえなくもないが、魔術師ギルドは俺の中で評価は非常に低い。

 魔具の件でもそうだし、一部の知り合い以外の魔術師は貴族が多く、非常に高慢だ。

 貴族といえばそれが正しいのかもしれないが、たまに工房に来る貴族との、正確にはその使いだが。貴族を優遇して当然、という態度には辟易としている。

 というわけで、そんな魔術師ギルドには関わりたくはないが、だからといってナギ1人で行かせるわけにもいかないし、マイアを同行させるわけにもいかない。

 ハッフル氏を連れていくというサプライズも考えたが、それはそれで面倒なことになりかねないためやめておこう。

 サプライズ、というよりも単なる嫌がらせになるだろうし。


 そんなわけで、お守りを用意して魔術師ギルドに向かうことにした。


「ほう。おぬしらか。風の精霊を解放した、というのは」

「え、あ。はい、そうなってます。多分」


 訝しがるギルド長の爺さん。相変わらず胡散臭いが、魔術師でギルド長ということであれば、貴族なんだろう。俺はボロを出さないように黙っておく。


「あ、で、でも。俺の、魔術で、解放し、た? んだと、思います」


 ……何故そんなに躊躇いながら、というかこっちをチラチラと見ながら言うんだ、こいつは。


「勇者さまが風の精を解放した、ということです。私は、さる方から依頼され同行したのみです」


 嘘にならない程度に誇張して話す。ちなみに俺は正体がばれないようにローブを着込んでフードを深めに被っている。

 ほとんど特殊能力のない白いだけのローブだ。ナギの『白夜のローブ』は白をベースに光の加減で銀色に光るため、ある程度揃えておいた。

 まあ、ギルドに行くだけだから流石に装備は持っていない。少なくとも渚は。


「そうか。それで、他の精霊の解放はいつ向かうのだね?」


 当然、といった様子の爺さんは無視しよう。属性的にナギが火の精霊の解放を行うのは問題ない。

 他は、そもそも渚は風と火の属性しか使えない。恐らく他の精霊も解放する必要があるのならその属性を持った魔術師が必要になるだろう。

 面倒なことに、それぞれの精霊の『精域』と呼ばれるそれは全て国家の持ち物であり、この国には他に水の精霊の精域があるが、他は国外で国王やそれに準じるものの許可が必要になる。

 わかったうえで言ってやがるのか、それとも単に耄碌しているだけなのか。まあ、きっと後者だな。気にするだけ無駄だ。


「……勇者さま。そろそろ、行きますよ」

「あ、ああ。では、僕たちはこれで、失礼します」


 ナギには俺が従者に見えるように扱うように指示している。嫌がる渚を説得するのは時間がかかったが。


「このギルドに所属する気はないか?」

「いえ、申し訳ありませんが、俺はいつまでここに居るか分かりませんから。この人も、魔術師ではないですから」


 この爺さんが何を思っているかわからない。広告塔にでも使いたいのか、それとも爺さんなりに何かを心配しているのか、思いつきなのか。

 どちらにせよ、魔術師ギルド、というのは全ての魔術師が加入しているものではないらしいため、拘束力は特にないらしい。

 商業ギルドや鍛冶師ギルドのような商売をする際のメリットもないし、渚の立場であれば加入しないことに対してのデメリットもない。

 そのため、積極的な意味で魔術師ギルドと距離を置く、というのが状況的にも正しいはずだ。

 流石にギルドの受付にあの時の男はいなかったが、信用に値するほどの評価を与えることは難しい。

 俺たちが魔術師ギルドから出ても、追手らしきものは付いてきていないのは評価するが。

 目立つように護衛が付いているため、それもできないのが正しいかもしれないが。



 ナギと別れてすぐに路地裏に入り、近くにある屋根まで『短距離転移』を行う。『気配探知』の有効距離はおおよそ10m。

 その範囲は正確に自分に注目している相手がいるかどうかが判断できる距離だ。それ以上であれば人混みの中ではあまり役立たない。

 そのため、念のため1人でぶらつくように見せかけ屋根にまで登ったんだが、やはり尾行するような人物はいないらしい。

 あまりギルド自体も活気がなかったし、非常に胡散臭い。王城でも魔術師とは何人かあったが、ギルド関連の話はなかった。

 出来る限り敵を作らないよう、街道整備については魔術師を考慮したが、魔術師ギルドというものについては触れていない。

 構成員がほとんど中級の貴族という事実があるだけでも、やはり関わりを持とうとは思わないが。


 錬金術師ギルドに一度寄り、在庫の確認をすると今度は鍛冶師ギルドに。今日も見習いの指導だ。

 今日はリリオラ達ではない、もっと一般的な見習いだ。いや、あいつらは何というか、技能もあるし素直に俺の言うことを聞くんだが、意地の張り合いをするというか、妙な所で見栄っ張りだ。

 ある意味では、あいつら3人が3人とも、一番の友達だが、一番の友達だからこそ負けたくないと思っているらしいし、それぞれの進む道が全く同じではないのがせめてもの救いになるだろうか。


「ソラさん、どうかしましたか?」

「いや。……もう少し加熱した方がいいな」


 見習いの指導というのはその見習いが所属している工房によって方針が異なる。

 ラージやリリオラは工房主からのお墨付きで好きなように指導してくれ、と言われている。ミミンに関しては何も言われていないが、あそこの工房主は色々と本人の自立心を促すというか、基本好きにさせているらしい。

 その辺りの事情もあり、あの3人には自分の特性を活かしつつ、他のジャンルの職人の仕事も覚えさせている。

 俺がそうだったように、他の仕事で得るものは多いためだ。

 今回の見習い、細工師のルッツは豪商や下級貴族向けの豪奢なアクセサリを専門に扱う工房にいる。

 誰が作っても一定以上の品質と精度を。セミオーダーではあるが、満足できる品物を、が売りらしい。

 つまり、基礎と基本。つまり、俺が伝えるのはそれぞれの金属の融点や強度、粘度。金属そのものの特徴を徹底的に叩きこんでほしいと言われたんだが、俺は一体どういった存在だとあの工房主に思われているんだろうか。

 で、何でルッツの指導の時は他の上級職人がちらちらと覗きに来ているんだろうか。手伝ってもらえればいいんだが、ちらっと見てはすぐにいなくなるため頼むわけにはいかないし。

 他の時も特定の上級職人が来るため、俺が何を教えているのかが気になっているんだろうが、見習いが気にするからやめてほしい。


 何度も合金を火に入れ温度を上げ、液体に浸し冷ます、という工程を繰り返させる。

 勿論そんなことを繰り返し行うと金属が駄目になってしまうが、劣化した素材での温度による変化や素材そのものの状態の変化を見せるためだ。

 正確な温度の見極めや状態の監視は他に出来る人がいないため、あくまでこれを行うのは俺が居るときだけで、その時に徹底的に金属を見て状態を覚えこませる。最終的には誤差10℃以内での仕上げを目指す。

 俺の場合、正確に全て同じ規格で作ることは出来るんだが、あくまでもスキルの補助とDEXありきの話だ。


 ともあれ。正直あまりやることがない。ある程度は経験から状況の判断ができるからルッツと違い常に見ている必要もないし、だからといって暇つぶしに何かするわけにもいかない。

 他にも見習いがいればいいんだが、ルッツと同じことを他の見習いにさせる意味は全くないわけではないが、見習いの内からここまで厳密にする必要はない。


 仕方がないため、ギルドに来ていた知り合いの一般職人を捕まえ、世話話に付き合ってもらうことにした。

 といっても、この数日間の町の様子やギルドのことを聞くだけだ。それは通りかかる職人に同じような質問をし、時間つぶし兼情報収集に充てた。

 といっても、ほとんど新しい情報が集まることはない。精々細かな工房ごとの違いであり、それは今の所町に大きな影響を与えるものではないだろう。

 なんだが、ちょっと気になる話を聞いた。噂、というには広まっておらず、憶測というには具体的な話。

 具体的には、この町の一番近くの村、アインコッシュ、というらしいがそこで人が2人ほど行方不明になったらしい。

 最近のモンスター増加のこともあり、行方不明になる、ということは正直珍しいことではないらしいが、その行方不明になったそれぞれを見た人物が、別々にいたらしいが。蛇のような影を見たらしい。

 蛇、蛇ねえ? 蛇と言われると幸運の象徴だったり、不幸の予兆だったりと何かが起こる前触れらしい。

 その行方不明になった、という2人に大きな幸福はあったのかは不明だが、話の1つとして覚えておいても問題はないだろう。


 それ以外には大きな情報は特にない。先ほどの行方不明も今の所積極的に情報を集める必要もないだろうし。

 きっちりと定められた時間で指導を終えると、ギルド長に呼び出されたためギルド長室に向かった。




「街道整備の日程が決まった。貴殿にも立案者として参加してほしい、との要請があった」

「要請、じゃなくて命令、の間違いじゃないんですかね?」


 その言葉にギルド長が苦笑する。王からの要請であればマイアから話が来るだろうし、ギルドからであればある程度の期間を俺を町の外にだして拘束するとは思えない。

 そう考えると、色々きな臭いがどうしたものか。まあ、俺自身がどうしても行かなくてはいけないことではないし、代理でも立てておくか。

 代理は、まあ目星はついてある。頷くかどうかは、問題だが。むしろ駄目であることを基準に動き、後は適当にお茶を濁そう。

 街道を安全に移動する、ということは重要だ。街道はその名の通り町と町を繋ぐ移動のためのものだ。そこの移動が安全であれば物流は改善し、物不足も少しは改善するだろう。

 後は安全になったら他の町や村に旅行に行くこともできるかもしれない。旅というものはほとんど経験したことがない。そういう意味ではちょっと憧れもある。

 最後に行った旅行が、ああだったから、というのもあるかもしれないが。


 ともかく。予定をわざわざ事前に聞かされておらず、調整もされていないそれに付き合うつもりは正直ない。

 そんなわけで、それをどうにかできる代理人の存在が必要になる。

 とりあえず、様子見だ。 ……まあ、何とかなるだろう。




「来るのはいいんだけどさ、そんな所でずっといられても、邪魔」

「んー。ちょっと時間が微妙だからな。後で買い物はするから、ちょっとここで時間潰させてくれ」


 アンジェの店に入ると、入り口脇の椅子に座り込む。色とりどりの野菜が並ぶ風景というのは割と好きな風景となっている。

 それは何度かアンジェには言っており、邪魔するなとだけ言って俺の好きなようにしても特に問題ないらしい。

 流石にここにある材料で製薬をしようとしたら非常に怒られたが。


「ソラ、暇なの?」

「時間を潰す、だけだよ。暇かと言われれば、暇になりたい、というべきか」

「それ全然暇じゃないよね。ボクは、ずっと暇がいいなー」


 それはいいんだが、睨まれてるぞ、アンジェ。


「何がずっと暇がいいだい。この子は! もう少しスコットを見習いな!」

「でも、ソラだって同じこと言ってるのに」


 アンジェの言葉に俺までレーラさんに怒られてしまった。とはいえ、この子は忙しいんだから、と窘められるのはどうなんだろうか。

 まあ、子供よりも大人の方がこの町の情報については持っている量が多い。特に、町の情勢については。

 俺の事については、役員”役”として町を練りまわったり、色々な所に出向いたりで忙しいらしい、というのがほとんどの人の認識のようだが。

 俺が家族には言わないようにしていることもどこからか流れている。

 といっても、ある種の秘匿というか知っている人は、という所までは抑えられているらしいが。


 ただ、あくまでも店の隅でボーっとするだけなので、そこまで時間を潰すこともできなかった。むしろ、知り合いに出会っては軽く世話話、というわけにもいかず今日の晩御飯に使えそうな野菜を買って、店を後にした。で、野菜をそのまま置いておくわけにもいかないため、一旦家に戻り、目的地へ向かう。



 目的地は、あまり行きたい場所ではないんだが、学園だ。まあ、休みのためあまり人がいないだけまだましか。

 学園に行く理由は簡単だ。魔術師ギルドと同じで風の精霊の解放について、だ。とはいっても、魔術師ギルドでは一介の護衛としてだが、学園側には多少俺の正体、というか置かれている立場も知られているため、魔力を持った職人として、また錬金術師ギルド長代行として向かうことになっている。

 そのため、学園の門でも特に問題なく入れた。人相が伝わっていることと、妙に俺を怯えているため、マイアがまた何かしたんだろう。


「お待ちしておりました。錬金術師ギルド代行殿」

「いえ、こちらこそ。学園長」


 学園長室に居たのは、学園長と秘書らしき若い男性だけだ。


「ナギサ様には伺っておりますが、貴方様の話も伺わないわけにはまいりません」


 そう切り出したのは若い男性の方だ。俺にも様付け、ということは貴族ではないんだろう。

 勇者はともかく、ギルド長という役割は貴族ではなくあくまでも職業の中の1つの役割に過ぎない。

 勿論、役割の中ではトップのため、それなりに敬意を表されるんだが。

 そういうわけで、俺を殿、とつけるのは多くは貴族で、様を付けるのはほぼ確実に平民だ。

 支社長とか辺りが妥当だろうから、ギルド長代行、や代行でも問題はないようだが。



 ともあれ。ナギと事前に話し合った内容を伝える。中身としては、俺が案内をして渚が精霊を解放する。

 ただそれだけの簡単な話だが、学園長が訝しそうな表情を浮かべる。


「そうなると、あなたはあくまでもあの境界に立ち入っただけで、それ以上のことは何もしていない、と?」

「何かの気配は感じて、その方向に向かったため、何もしていないとは言い切れませんが、何かを具体的にした、というとそれも正しいとは言えないと思います」


 基本方針としては、俺は何かに導かれそこに向かい、後は勇者たる渚が精霊を解放した。という筋書きだ。

 渚にはそういった索敵、もとい探知系の能力はない。それに俺は魔術職人として魔力は保有するが精霊を認識したり、力を借りることはできない。

 つまり、魔力が大きい何かの存在には気づけたが、それに干渉することができなかった、ということだ。

 微妙に無能感漂う設定だが、主役はあくまでも勇者で、それ以外は引き立て役に徹するのが物語というものだろう。

 華を添えるのは敵だったりライバルだったりするわけで、そういう意味では俺の立ち位置としては便利屋か精々情報屋程度がちょうどいい。

 まあ、戦って負けるつもりはないため、そういう立場を守る、だけだが。


 基本方針を守り切った結果、あくまでもマイアに依頼された導き手としての情報以上を与えず話は終わった。

 勇者を導く者、賢き者、といった余計な称号が入ったが、それは甘んじるしかないだろう。

 畏き者、と付かないのは恐らくは意味が異なるから、だろう。


 ともかく、これである意味では魔術師と敵対する可能性も少なくなる、のかもしれない。

 ギルドはともかく、上級貴族や王族が通う学園や王都の魔術師団と争う必要もないわけだし。

 ひとまずは、この微妙に追い込まれそうな状況を打破することだけに専念するか。




「……断る」

「ナギさには、協力シたと、聞いた。ナラ、コトネのも、手伝う、べき」


 いや、その理屈はおかしい。というか、そもそも水の精霊の精域、ともいえる場所は隣国との境。

 そこに立ち入るためには、両国の王の許可がいるらしい。

 オウラからの話はまとめると、その許可を得たため、というか神託が降りたため俺に精域へと至れ、ということらしい。

 神託の内容は、強き者、風を統べし高き者と翼なきものより空を越え、その智を誘え。ということらしい。

 風を統べる者、というのは風の精霊を解放したもので、翼を使わずに空から聖域に来い、ということらしい。

 いや、らしい続きで何が何やらだが、つまりはゴーレム馬車で空を飛んで来いということなんだろう。

 順当に考えると2つの精霊を解放して勇者の力にするべきなんだろうが、渚の時と状況が異なる。

 渚は俺が何であるかを知っているし、その結果としてそれを他の人に知られた時に困ることはあいつも避ける。

 そういう意味で、大幅に倫理観も異ならないことねに話すこと自体は、問題はあるが何とかなる範囲かもしれない。

 だが、それでもことねの俺を探ろうとする視線がたまに見える以上、あまり関わりたくないというのが本音だ。


「そもそも、許可を得たといっても、オウラやことねの許可は、ある程度出やすいだろうが、俺がそこに入る許可が下りたとは思えんが」

「ボリディア王ノ許可は、ソらがいクとわかっタら、出タ。ギストリアは、姉サまが、妃」


 つまり、伝手がありそれが功を奏した、といった所か。


「……それって、口を利いてもらった分として、俺が貢物を用意する必要があるんじゃないか?」


 通常としては、オウラがその姉や国に贈り物をするのが当然だろう。ただ、オウラは今ボリディアに留学中で、少量の金銭は持っているだろうが、王族へ献上するような品や多額の金銭などの持ち合わせはないだろう。保管しておけるような場所もないし。


「ダ、だいジョうブ。姉サまは、ダイじょうブ」


 視線を逸らしながらいうオウラの視線を追い、睨む。絶対考えてなかっただろ。


「そんな目をしなくても大丈夫だよ。鍛冶師くん。聖域のほとんどはこの国の中にあるし、姫さまのお姉さん、第一継承権を持つ王子さまの母たる彼女は、勇者の後援者(パトロン)希望だから、私や渚くんには色々あるかもしれないけど、君の事はごまかしておいたから」


 そうやって苦笑することね。若干疲れた表情を見せたため、既に何かあった後なんだろう。


「そんなわけで、私のレベルアップも兼ねて、付き合ってくれるかな?」


 軽く言うその口調とは裏腹に、初めて見ると言ってもいいことねの真剣そうな表情に、肯定する以外に術がないというのは、俺が甘いんだろうか。



 関係各位に迷惑やら心配をかけまくった挙句、3日以内に戻るようにと言われ、ソラとはいえ、男女2人で行かせるわけにはいかないと無理やり執事とメイドをマイアから付けられ、そうになったのを日付を延長した。

 俺とはいえ、というのはどういう意味だろうか。

 ともあれ。そもそもことねの装備はあまりよくない。この町で得られる装備としても、程々といった所だ。

 俺の作った武具は他国への譲渡、借与は禁止されているらしい。特に、魔術品のコアを装着することによりスキルを使い分けられる武具、何故か通称魔術具と呼ばれているらしいが、今後正式に発表するまでは現在作ったもののメンテナンス以外は制限された。

 著しく様々を変えてしまうらしく、一国で独占していいものと判断しなかったようだ。

 とはいえ、国同士の争いに使われてしまう可能性があるため、独占をしない代わりに使い方の注意も必要なんだろうが。

 そんなわけで、俺の武具ではなく、町の中でも有力な職人に依頼をした。

 勇者の装備を見繕う、打つというのは名誉らしく、それを独占するのはとんでもないこと、らしい。

 ナギの装備を独占して俺が提供している以上、あとは他の職人に任せよう。まあ、コアの志向性の固定化が出来れば、また話は違うんだろうが。

 この世界の鍛冶で出来るスキル、というものは非常にランダム性が高い。剣にシールドのスキルが出たらむしろあたりで、酷ければ重い鎧に『重力付加』がついたり、あるいは杖に『農耕技能向上』がつくなど良く分からないことになったりする。

 それも使い方次第では化けるんだが、まあ使える方が少ない状態で、いわゆる無駄打ちが非常に多い。

 コアを交換するだけで必要なスキルを使えるそれは、使い方を間違えると大惨事になりかねない。

 それ以上に、無駄打ちを少なくし、個人用にカスタマイズできるそれは、モンスターに、ひいては魔王に非常に優位に立てるだろう。



 ただ、それと俺がオーバーワーク気味になっているのは話は別だ。そんなわけで、ことねの装備が出来上がるまでは休みにさせてもらった。

 というか、ジェシィさんとお姉さんに休みにさせられた。

 させられた、というか単純に厚意なんだろうが。ワーカホリック(仕事中毒)、という言葉はないが割と仕事をしている時間と期間が他の年齢の子供と比べて長すぎることに気を病んでいたらしい。

 それについてはありがたく受け取っておこう。お姉さんたちもたまにはゆっくり休んでほしいんだが。

 それにしても、休みか。何をしたらいいんだろうか。



 前の俺が休日にすることといえば、大まかに言えば一日中ネトゲ。詳しく言えばもう少し細かく色々していたが、時間を使う何かの手段というものは多く存在した。

 本は多少は存在するが家にあるものはもう3回は読んでいるし、あまり外で何かをするとまた邪推されかねない。

 娯楽が非常に少なく、他の人たちがどう暇つぶしをしているかといえば、わかったことは大まかに3つ。

 1つ目は今はほとんどできないらしいが、町の外でのんびりとする。ピクニックやキャンプなどで休暇を過ごすこと。

 もう1つが家で家族と一緒に過ごすこと。

 最後の1つが、街中の公園でまったりごろごろ。

 それぞれある程度は心惹かれるんだが、まあ難しいだろう。いや、家族と過ごしてもいいんだが、父は仕事だし、母は母で家の掃除が忙しい。レニは、難しいお年頃なのか遊んでいても途中で疲れたり『いやいや』してくる。

 母の手伝いをしたり、してもいいんだが、どちらかといえばゴーレムやホムンクルスのハウスキーパーを作った方が早そうだ。

 この家自体元々クランハウスに近いため、そういった機能を割り振ることも可能なはずなんだが、あまり普通の家からかけ離れたものを作ると後々怖い。

 ゴーレムやホムンクルスも同じといえば同じなんだが、いつでも撤去出来る分まだましだ。

 そんなわけで、手伝い用のホムンクルスを作ってみようと思う。休みじゃないのか、という空耳が聞こえたが無視だ。

 錬金術の到達点の1つであるそれは、パラケルススが提唱したとされる方法とは異なるもので作成される。

 毎日人の血を与えるなんて非効率なやり方なんてやってられないし。

 必要なものは、青色A薬剤と黄色γ液体、鮮やかに輝き続けるルビーにリイリの蔓草、それに霊薬『アルディーファン』だ。

 アルディーファンはあらゆる無機物に生命を与えるとされる禁薬で作るためには朝採れの生命の雫を5リットルほど、かつ触媒を大量に投入した結果、3mlしか精製できない効率が悪すぎるものなんだが、単体では何の効力も発しない。

 それを安定させるのがリイリの蔓草。マンドレイクに似たそれは、強力な猛毒でそのまま食べると即死する劇物だ。

 超低温で凍らせ、その上で粉末にしアルディーファンとゆっくりと混ぜ合わせる。それで出来上がった液体の中央にルビーを置き、成分を十分に浸透させると青色A薬剤と黄色γ液体の混合液に浸すだけ。

 浸すだけ、といってもどんどん吸収するため、青色A薬剤と黄色γ液体の混合液がバレル単位で必要になるんだが、そこはSPさえあればスキルで好きなだけ作り出せる俺の特権だろう。

 青色A薬剤と黄色γ液体自体は元々の素材が存在するわけではなく、スキルによって作られる『存在しない』素材だ。

 その上で『促進』を重ね掛けすることにより、本来なら1日2日では出来上がらないホムンクルスも30分程度で出来上がる。

 出来上がったのは、30cmほどの小人。無性の生命体で性別はない。

 そして、まだ知性というものが存在しない。

 以前作った時、『レジェンド』ではAIによる簡易思考アルゴリズムが搭載されており、基本的な知識や行動パターンはインストール済みだった。

 簡単に言えば、4~5歳位の知識を生まれながらに持っていたのか、完全に真っ白で生まれてきたか、の差だ。

 これでは家事は元より放置することもできない。まあ、作った以上一定水準になるまで放置はしないんだが。

 もしかしたら勝手に自我に目覚め、行動をするかもしれないが。

 可能性は低いため、一旦待機モードに変更をすることにした。


 待機モード、とは本来はSPのセーブ及び生命活動が危うい時、瀕死状態だったり強烈なデフがかかっているときなどに任意の姿に変え、やり過ごすための変形モードだ。

 その状態でも周囲からの情報を収集・学習することが出来るはず、のためしばらくはそれで学習を行わせる。

 本来では一般的な学習能力そのものはインストール済み、拡張スロットに追加で技能や専門知識をインストールできるはずなんだが、技能拡張スロットはともかく、インストールディスケットなんてものは持っていない。作るのも、元々プレイヤーメイドではなくある特殊なNPCからの譲渡だったためレシピが分からない。

 さて、中途半端に時間が余ってしまった。……やはり俺は時間を使うのが下手なのか。


新年あけましておめでとうございます。


今年はもう少しだけ更新できればいいな、と思っています。

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[一言] ずっと昔から見ています これからも楽しみにしています
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