表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/53

第34話。勇者の帰還。そして。

 停まっている馬車には、多くの野次馬がいる。まあ、それはいい。

 この町ではここまで一度に馬車が列をなすということも多くないし、何かあってそれに対してのものだろう。

 問題は、先頭の馬車を回り込んだ先。そこに居たのは、何人かの屈強なおっさんども。

 内1人は誰か知っている。サンパーニャの常連の重剣士だ。他も恐らくは重剣士だろう。

 重たそうな剣にフルプレートの鎧。それ以外の職であれば非効率的にも程があるだろう。


「何度も伝えてますけど、危ないですよ! 話なら、また今度聞きますから、馬車を動かさせてください!」


 困り果てた、といった様子のナギの声に耳を傾けているのかどうか、2人が無理やり馬車に乗り込もうとするのは動いていないとは言え、良くないだろう。


「ハーネイスさん、どうしたんです?」

「ああ、あんたか。一応、止めてやりたいんだが、気持ちは分からなくもなくてな。あいつら、自分を勇者に売り込むんだ、って言って聞きやしがらねえ」


 どうやら勇者パーティーに加わりたいものと、説得はしたくても気持ちもわかる、という2組に分かれているらしい。


「ここで馬車が停まってる方が危ないんで、無効化します。手伝ってください」


 軽くため息を吐くと、鞄の中から糸を取り出し、魔術品を腕に嵌めておく。


 やれやれ、といった感じで俺に付いてくる2人の重剣士を連れナギの前に現れると、緊張が走る。何でお前まで緊張してんだよ。


「ここは街中で、馬車の停車位置ではありません。即座に馬車から離れ、馬車を移動させてください」

「あん? 今いい所なんだ、邪魔しないでくれ」

「もう一度、言います。即座に、馬車から離れてください」

「お、おい。まずいぞ、鍛冶師の、上級職人だ」


 馬車に取り付いてるのは2人。

 馬車に乗り込めさえすれば勝ちだとでも思いこんでいるであろうおっさんはこちらを振り向きもせず、扉を開けさせようとするが、もう一人は俺をどこかで知っているのか、小声でそう話しかける。


「あ? 別にいいじゃねえか。鍛冶師の1人や2人、どうってこたあねえよ」

「……従わない、ということであれば実力行使に踏み切ります。最終警告です、馬車から離れてください」


 といっても、警告を出すまでが俺、というか上級職人の仕事だ。何故こんな治安維持のような真似をしなければならないのかといえば、そう依頼されたからとしか言いようがない。

 誰の依頼かといえば、この町から全ての職人に対し、だ。鍛冶職人の地位というのはこの町限定だが意外と高い。

 といっても、上級職人以上がそれを保持しており、役員やギルド長が頻繁に外に出ないためほとんど実施するのは俺達だけなんだが。

 1人はもうやめとけ、と馬車を離れる。警告に従ったため、あとで厳重注意のみ、と。

 もう一人は、まだ扉を無理やり開けようとしている。……勇者そのものの話を聞かないやつに何を言っても無駄か。



 騎士達に取り押さえられた男を見送ると、やれやれ、といった感じで1人の少女が馬車から降りてきた。


「ま、まだ学校についてないよ! すぐ動くから、中に戻って!」


 わたわたする渚にそっと微笑みかける少女。少女、のはずなんだが、何だ? この違和感は。


「職人殿、御苦労だったね。勇者さまも、(わたくし)共のために、ありがとうございます」


 余裕さを感じるその少女は、何というか。恰好はそこそこ立派なんだが、服に振り回されているというか、言い方は悪いが、上京してきたばかりのお上りさん、といったら分かりやすいか。

 それに、学校に、ということは魔術師か何かだろうか。となると、豪商か貴族なんだろうが、その割には今度は恰好が安すぎるというか。


「もう、そういうのもあとでいいから。ほら、戻って。あ、に……(そら)、さん? あとで、杖見てほしいんだけど」

「ああ、あとでギルドに持ってこい。お前の装備してるもの位なら大体大丈夫だろ」

「駄目よ! 勇者さまの装備ですもの! 作った人以外が触る事なんて許しません!」


 まとまって後は一端別れるだけなんだが、この嬢さんは何を言っているんだろうか。


「そ、そっか。じゃ、じゃあ後で作ってもらった人にお願いすることにするよ。時間もあまりないからさ、学校に行こうか?」


 今度こそ少女を馬車に乗り込ませることに成功した渚は困ったように俺に笑いかけ、馬車へと乗り込んだ。

 さて、厄介ごとのにおいしかしないからあの嬢さんにはかかわらないことにして、勇者帰還の報告をギルドにしておくか。

 おやっさんが勇者の数日後に帰ってくるはずのため、勇者の事は伝えておいた方がいいだろう。



「……嬢さん、ここは遊び場じゃないが」

「あら、さっきの職人さん。勇者さまに先回りして来るなんて、みっともない」


 何でこういうのはナチュラルに人をディスるんだろうか。まあ、特に気にすることでもないが。


「みっともないかどうかを決めるのは嬢さんじゃない。部外者は立ち入り禁止だっつうのが分からんか?」


 少しだけ『威圧』を籠めて言ってみる。威圧は相手にプレッシャーをかけるもので、戦意喪失や萎縮させることが目的だ。

 本気でしてしまうと、失神や、粗相をしてしまう可能性があるため行わない。そうなると色々面倒だし。


「ふん! 単なる鍛冶師に指示をされることではありませんわ! ……よ?」

「……皆さん。俺は別に何とも思わないんで、それ振り上げるのやめてください。ダール、んなもん持ち出すな、バカ。

 リリアン嬢も、あなたにそういったものは合いませんから、おろしてください」


 上級職人を所属するギルド内で虚仮にするというのはどういうことか。殺気に満ちた職人達の表情がそれを示している。

 見習いのダールはどこから持ち出したのか、大剣を持ってるし、それ以外も鍛冶に使うハンマーを肩に担いでいる。

 案内をしたのか受付のリリアン嬢は短剣を持っているが、どこから持ってきたんだ。


「それに、お前が一番切れるな。この未熟者が」


 ぺち、と渚にデコピンをする。音は軽いが、多少は痛いはずだ。


「そこの嬢さんよ。鍛冶師の町で、上級職人を莫迦にするってのは、この町そのものを敵に回すってことだ。

 特に、こん人は若いのに人気がある。無鉄砲なのがお前さんを害するのは、俺らも避けたい」


 普段穏やかなのに、昔は冒険者をしていたこともあるウェイスさんの言葉は割と洒落にならない。


「きょ、今日の所はこの位で……」

「これ以上何かこの方に無礼を重ねるようであれば、私たちも敵に回ると心得た上で行動ください。お嬢さん」


 この熱い中、フルプレートを着込んだ騎士がそう汗もかかないまま笑う。


「騎士さままで! な、何がどうなっているの?」


 悪い夢でも見たと言わんばかりに嬢さんの顔色が悪くなる。少し可哀そうな気もするが、まあ仕方あるまい。

 ふらふらと、の割にはしっかりとした足取りで立ち去っていく嬢さんを無視して、騎士に立ち返る。


「助かりました。……熱くないですか?」

「いえ、この位どうということはないですよ。しばらく、交代で2人騎士があなたを護衛いたします。少しばかり居心地が悪くなるかもしれませんが、ご容赦を」

「助かります。ただ、本職に差し障るようでしたら、そちらを優先してください。……マイヤの奴、余計な事を」


 確かに俺は必要ないとあいつに言ったはずなのに。あいつは相変わらず俺の話を聞かない。


「護衛は必要だと俺も思いますよ。それで、これを」


 周囲を散らせた後、渚が取り出したのは、随分とボロボロになってしまった武具だ。


「随分とボロボロだな。修繕費も時間もそこそこかかるぞ?」

「お、お金は、ともかく。時間は、できれば早くならない?」

「……じゃ、お前の魔力を直接入れる。ここでやるから、渚。手伝え」


 白夜のローブとガンバンテインは対魔術だけではなく、防刃、防破、防汚といった普段ずっと身に着けることが可能なものにしている。

 だが、その白夜のローブはほつれにほつれまくり、大きな穴が空いたり切り裂かれたような跡がある。ナギ自身には傷跡が残っていないようであるため回復したんだろうが、よく生きていたな。


「白夜のローブは、後回しだな。ガンバンテインは、……酷い使い方だな。魔石はともかく、マナの増幅の回線が焼き切れてるし、魔術品のコアも幾つか壊れてんぞ。

 コアに関しては必要なものに差し替えるか。おい、渚。これ持ってろ」


 このままここの設備を借りるため、置いてある俺の道具を渚に渡す。それらは全て俺のお手製で、ギルド員、たとえ役員なんかにも貸出はしないが、渚は身内のため特に気にすることはない。

 貸し借りについては俺は気にしてはいないんだが、市販のものならともかく、ハンドメイドやオーダーメイドのものの貸し借りは原則禁止らしい。

 変な癖がつく、ということもあるようだが、それ以上に盗難防止のため、のようだ。

 ある種おまじないのようなものだが、いい武具を作る職人の道具には強い力が宿る。その恩恵を受けるため、と勝手に借りたり盗んだりすることが増加した時期があるらしい。

 実際に強い力が宿るかどうか自体が眉唾ものらしく、そんな話もすぐに消えていったが、実力のある職人程いい道具を使うこともあり、貸し借りが厳禁となったらしい。


 で、あるのならば、貸すのは普段使っていない予備、というよりも作ったはいいが肥やしにしていた新品を貸せばいい。

 結局は俺のハンドメイドのため、羨ましがる新人が何人かいたが、羨ましいなら超えるものを作ればいいと言ってやりたい。



 大鎚を打ち、魔力を籠めさせるために渚に小鎚を満遍なく振るわせる。

 炉の熱と小鎚を打つ運動量で渚は汗だくになっている。またに水を飲ませているんだが、その内熱で倒れそうだ。

 まあ、熱でやられるのは見習いだけではなく、たまに上級職人ですらなるため、そこの見極めは重要なんだが。



「……やっと、おわ、った」

「まだガンバンテインの基本外殻だけだ。魔術式に関わる部分は、また明日やるぞ。

 そっちは、ここでの設備では無理だから、別の場所でする。安心しろ、そこで火は使わん」


 必要がないのと火気厳禁なのとどちらも含まれる。まあ、魔術式を書き換え、効率を上げるのが目的だから、魔力は潤沢に必要にはなるが。

 ちなみに、ガンバンテインは今回の外殻強化で性能が上がっている。


 ガンバンテイン+6

 ありとあらゆる魔術を無効化できる神杖。重さ10。耐久【4500/4500】

 INT+40 MATK+250 MDEF+700

 常時スキル【ガンバンテイン】

 勇者【向日 渚】専用装備。


 元のステータスは耐久が3000、INTが+10、MATK+100 MDEF+300。

 【ガンバンテイン】のスキルも常時ではなくアクティブスキルだったため、

 割と強化できたんじゃないかと思う。


 ちなみにガンバンテインのスキルはパーティーに対し発動された攻撃魔術の無効化とデバフ効果のある全ての魔術スキルの無効化だ。

 中々チートくさいが、それでも穴はある。俺であればガンバンテイン程度であれば苦にすらならないため、勇者の持つ装備としてはもっとチート装備にしてもよかったくらいだ。

 どうせ専有装備で他は使うことすらできないため、問題はないんだし。

 ただ、これはまだ根幹となる魔術式をまだ弄っていない。それを行えばさらに効果が上がる。まあ、そっちはほどほどにしてあり得ない装備にまでするつもりはないんだが。

 当然ながら白夜のローブはここで何かをすることはない。魔力を籠めるにしても、もっと適したやり方があるためだ。

 汗臭い渚に適当にタオルと着替えを渡すと、ギルドの一室で着替えさせる。

 シャワー室があればいいんだが、生憎とそんなものはない。まあ、お湯は使えるため、そこそこはさっぱりするんだろうけれど。

 女性職人からはシャワー室が欲しいという要望が上がっているが、流石にそんな施設を置く余裕はないらしい。

 錬金術師ギルドでは割とギリギリ近くまで拡張できるため、置くことは出来るが必要ない。

 ノルンさんが住み込みで、となると話は別だが、そんな話は今の所ないし。


「準備出来たな? マイアの所に戻るぞ」

「理不尽」


 何が理不尽なのか聞いたところ、巨大なハンマーを軽々と持ち上げたことと、異常に熱い部屋の中でも汗1つかかず鍛冶をし続けたこと、らしい。

 といっても、その辺りは『レジェンド』の頃からの特技、というか技能のようなものだ。当然ゲーム内でも汗はかくし、自分の力で支えきれない道具なんかを使おうとするとマイナスの補正が入る。

 そこを上手く魔術で風を使って熱を体の周囲から逃がしたり、諸々の工夫で鎚も重さをあまり感じることもなく持てるようになった。

 つまりそれだけの時間を鍛冶に費やした、とも言えるため、理不尽と言われること自体は分からなくはないが、そういわれても困る。

 まあ、そこは置いておいて、マイアの所に向かうためにギルドを出る。俺を護衛するといった騎士と共に、だ。

 目立つことこの上ないため、苦渋の選択として渚の馬車に同行することにした。4人ほどが乗れる箱馬車で、俺と渚、それに騎士が1人。

 もう1人騎士がいるが、馬車を守るように徒歩で周囲を警戒する。騎士2人に隠密が2人。俺1人を護衛するのに大袈裟すぎる気がするんだがどうしたものか。

 渚の護衛も今は兼ねているようだから、それ自体は問題ないんだが。むしろ、今は俺の護衛を兼ねているというのが正しいかもしれないが。

 そういえば、馬車に乗っている間に聞いたんだが、あの嬢さんは王都とこの町の間にある中規模な村の村長の一人娘らしい。

 魔力適性がそこそこあるらしく、入学試験を受けるためにこの町に来ようとしたが、モンスターの増加に伴い、来ることができなかったが、勇者である渚がバーレルにまで戻るため同乗したらしい。

 その嬢さんの下女や友人なんかも同行したため、先ほどの台詞となったらしいが、何というか、あれだな。


「マイアには、その嬢さんのこと話すなよ。面倒になるのが分かってるからな」

「え? あ、うん。わかったよ。あと、明日どこに行けばいいのかな?」

「そうだな。いや、迎えに行く。一端屋敷で待っててくれ」


 魔具の調整なんかも考えると、錬金術師ギルドの方がいいだろう。

 俺の工房でも構わないんだが、出自を確認された時に色々と面倒だ。

 錬金術師はほとんどが自前の工房を持っていそうだから、そういう意味では構わないかもしれないが、俺の、とつくと厄介になりそうだからだ。



 渚を送った後は、家に戻ることにした。渚の装備に必要なものを取りにだ。魔術品に必要な触媒や薬品、それに幾つかの武装。

 アイテムボックスに入れてもいいんだが、取り出すときに言い訳に困るため、普通に持ち運ぶことにする。

 『重量軽減』の効果を付けた布袋にいれるため、普通かどうか尋ねられたら困るが。



 幾つか先に錬金術師ギルドに持ちこむ。騎士たちには中での行動は見て見ぬふりをして貰っている。流石に彼らまで撒いてしまうとマイアに文句を言われそうだからだ。

 ギルドには練成や薬品生成の出来る研究室がいくつかある。人数もいないため、10部屋しかないが、内3部屋はギルド長代行である俺の許可がなければ入れない部屋になっている。

 今回持ち込んだ道具類は念のためその部屋に置いておく。ギルド長室においてもいいんだが、あまり私物? を置きたくない。

 ここに置いておいた方が移動の手間が省けるということもあるんだが。



 次の日の、日が昇ってしばらくした後。学校に向かい主がいない屋敷を訪れ、出迎えたのは嫌そうな顔をしたクリシエールだ。

 ただ、以前と違い使用人の服は着ていない。もしかしたらクリシエールは元々使用人ではなく、別の役割を持った客人なのかもしれない。

 そう考えるとこうやって客人に嫌そうな顔を隠さないのも理解できなくはない。ほめられたものではないが。


 渚を回収し、一端鍛冶師ギルドへ寄り、ノルンさんに付いてきてもらう。明日から店の視察を行う必要があるため、相談のためだ。

 勇者に騎士2人と俺にノルンさん。割と人数は多いが、そのくらいであれば出歩く集団は少なくない。まあ、渚の背に隠れて移動しているため俺はそこまで目立ってはいないだろうが。



「渚、お前はここで待ってろ。白夜のローブは、その台の上においてな。……すぐに戻るから、弄るなよ?」


 荷物を置いた研究室に一端ナギを置いておくと、ギルド長室に移動する。


「あの彼は、ソラさまのお客ですか?」

「客、といえば客ですかね。勇者、ですよ。そういう意味では、マイアの庇護下にある客人のようなものですかね」


 渚の正体を知らなかったノルンさんが驚愕の表情を浮かべる。俺にとっては単なる弟だが――いや、そっちの方が驚くべきことだろうが。まあ、話すべき内容じゃないから伝える相手はいないんだが。


「勇者、殿下が召喚をされたと噂がありましたが、事実だったんですね」

「そう、ですね。ノルンさん、俺は少し渚の装備を手入れしますので、悪いですけど、これに目を通しておいてもらえれば助かります」


 取り出したのは視察の順路に視察のポイント、それに店舗ごとの注意事項。あとは別紙で錬金術師ギルドの立て直しのプランを幾つか、だ。


「少し、多いですが時間もかかりそうですから無理のない範囲で」


 何故か流し読みをした後で深刻そうに頷くノルンさんに任せ、研究室に戻ると手持ち無沙汰なのか、椅子に座ってぼんやりとしている渚がいる。


「あ、お帰り」

「おう。じゃ、始めるぞ」


 軽く声を掛け合うと、練成用の特殊な液体に白夜のローブと渚の左手を入れる。ゲル状の液体で渚が嫌そうな顔で俺を見るが我慢しろ。

 ちなみに右腕には『SP自動回復向上』と『SP+200』『INT+80』の効果を持つ魔術品の腕輪を付けさせている。

 指輪でもいいんだが、サイズの問題もあったため、腕輪にしている。必要であれば後でやってもいいが、今は白夜のローブの回復用だ。

 白夜のローブには魔力を通すことにより自己再生をする機能がある。とはいっても、ここまでボロボロになっているとそれも叶わない。

 そのため、自己再生、というよりも復元をする必要がある。そのついでにローブも魔術式を書き直し、強化する。

 ちなみに装備に魔術式を組み込むのは俺の『オリジナルスキル』だ。『レジェンド』の初期にパレットでコードを書き込めることが発表され、すぐに試してみたもので幾つかの効果が正規採用されたものだ。

 とはいっても、汎用性の高いものだけでニッチなものは一部を除き勝手に使え、とお達しがあったが。


 それはともかく。パレットを起動し、白夜のローブとガンバンテインにアクセスする。

 アクセスして表示されるデータは割と多い。素材の構成や機能、追加されているコードは元より、破損度や成長限度なんかも見ることが出来る。

 はて、ゲームではそういったものは見れなかったはずだが。『管理者権限』でもあれば別だが、とこの世界にゲームのアドミニストレーター権限を持つものがいないのか、他にアクセスできるものがいないのか、制限がされていないんだろうと目星をつける。


「それで、何やってるの?」

「ああ。ガンバンテインのコアに魔術式を追加してる。前回は人目もあったから簡易版しか書き込めなかったからな。

 一応、ガンバンテインには『魔力圧縮』と『SP増大』を付ける予定だが、他に欲しいものはあるか?」

「ええと、精霊が話を聞いてくれる、ような効果とかないかな?」


 この世界の不思議魔術か。精霊に語り掛け、運が良ければ威力が増す、というかなり行き当たりばったりな気がするあれ。

 それも、話を聞いても実際にそれを叶えるかはまた別の話らしい。特に渚がメインで使っている? 風の精霊はその傾向が強いらしく、たまに尋常ではない位強い時もあるが、かねがねそこまで強くない、らしい。

 そのため、そういった効果のあるものはないか、と聞かれたが、ない。


「そもそも、精霊がどんなもので会話だの意思疎通をしているかが分からん。一度それを感じれたら出来なくはないんだろうが、嫌な予感しかしないから、精霊魔術を使う気にはならないな」


 何故か残念そうな渚は置いておくとして。ガンバンテインのコアの書き換えは終わり、白夜のローブもそろそろ第一段階が終わる。

白夜のローブは異常なまでに破損していたため、徹底的に鍛えなおすことにした。具体的に言えば、『攻撃無効化』は勿論『近接攻撃屈折』『遠距離攻撃反射』『魔力吸収』『魔術解離』それに『自動復元』だ。

 完全な守り、であることはない。これでも恐らく、苦戦するということはあるんだろう。気休め程度ではないものを作ったつもりだが、装備に頼り切って何かあっては困るため、完璧であることの方が問題だし。



 で、出来上がったのが『ガンバンテイン+10』と『白夜のローブ+7』だ。

 それに、付け替え用の魔術品が20。色々やり過ぎた結果、費用も割と掛かってしまった。


「えっと、白銀貨5枚って、どういうこと?」

「強化に魔術品。全てお前にしか使えない一点もの(ワンオフ)だ。むしろ、原価に少々の手間賃しか乗せていないぞ?」


 むしろほぼほぼ原価しかとっていない。キリの良い数字にする程度のものだから、ほんの心持ち程度だ。

 +10の装備がこの世界にどれくらいあるか、と考えるともっとふんだくってもいいかと正直思ったんだが。


 ちなみにステータスは、


 ガンバンテイン+10

 ありとあらゆる魔術を無効化できる神杖。重さ10。耐久【8000/8000】

 INT+80 MATK+500 MDEF+1000 SP+1200

 常時スキル【ガンバンテイン】【絶対なる盾】

 勇者【向日 渚】専用装備。装備時、パーティー及びクランにINT+30付与。

 魔術品スロット【〇〇〇〇】0/4


 白夜のローブ+7

 魔力は糧に、魔法は力に。昼夜を巡る光が籠ったローブ。重さ7。耐久【5600/5600】

 INT+80 DEF+50 MATK+320 MDEF+1500

 アクティブスキル【白夜の誘い】

 勇者【向日 渚】専用装備。装備時、パーティー及びクランにDEF+30付与。

 魔術品スロット【〇〇〇〇〇】0/5


 ナギの素のステータスが分からないため(本人に聞いても不思議そうな表情をされたため恐らくわかっていないんだと思われる)防御はもう少し上げてもいいかと思ったんだが、『レジェンド』での俺の中盤ちょっと前の装備程度に抑えてみた。

 ステータスの上昇値は上回っているが、バランス的に。

 スキルの【白夜の誘い】は特殊フィールドを発生させ、自分やパーティ、クランの魔術は1割増し、敵の魔術は1割減、というものだ。

 その上位の【極光の導き】でもよかったんだが、そっちはオーロラが発生し効果は3割となるが、オーロラの下での戦闘は少々し辛いだろうから、白夜の誘いで抑えておいた。


 慣らし、というか試しはマイアの所の騎士で問題ないだろう。魔術師複数との対戦でもいいかもしれないが、剣に比べ魔術は手加減が難しいらしく、魔術の練習は丸太や対魔術仕様のデコイを使うことが多いらしい。

 そういえば、いい加減魔法やスキルのテストをするべきか。戦闘はほとんどしていないが、生産をしたせいか、そこそこレベルが上がっている。

 レベルアップボーナスがついている項目があるため、レベル1の時より出来ることは増えているだろう。多分。



 調整が終わり、渚を帰らせると渚の使っていた道具を、片づけるのではなくひとまずギルド長室に持ってきた。


「お疲れ様です、ソラさま。それは、どうしたのでしょう?」

「いや、ちょっと、問題が」


 渚の使っていた道具、特にハンマーが変色している。いや、変色というと違う気がするんだが。

 元々は少し青みを帯びていた鉄だったんだが、今はそれがさらに深い青に変わっている。しかも、何故か属性付きだ。


「鍛冶師は火を操り、火に身を預けます。そのため、火の精霊に祝福を受けた道具は鍛冶師ギルドでも何点かございますが、風の加護を受けたハンマーというのは、見たことも聞いたことも、ありません」

「見なかったことに、はできないですよね?」


 黙って頷かれる。さて、どうするべきか。

 恐らく、魔力を籠める際に勢い余って道具にまで渚の魔力が宿り、それが風属性を発動させたんだろうと思う。魔具は付けていたし。

 そういう意味では俺の使うものが属性を宿してもおかしくはないんだが、今の所そういった気配はない。

 まあ、変な所で変な注目をされなければいいわけだから、むしろ何もない方がいい。

 適当に隠匿しておけば、これが白日の下に晒される、ということもないだろうし。



 そんなわけで、今の所俺しか入れないギルドの一室に道具を保管しておく。アイテムボックスに入れるのはまずい。

 それに幾つかの俺の道具や装備も一緒に移動をしておく。

 ギルドの、ある種では正しい使い方と言えなくもないが、越権行為とも思えなくもない。まあ、するんだが。


 ノルンさんとの話し合いもすぐに終わり、手持ち無沙汰になってしまった。

 思い立ったが吉日、とモンスター相手に戦闘訓練を行うわけにもいかないため、町の散策に出かけることにした。

 前はちょくちょく行っていたが、今は色々と町を離れていたり、サンパーニャやギルドに出ていたりであまりタイミングがなかった。

 とはいえ、騎士が後ろに付いてくるから程々に、といったところだが。


「ソラ、変」

「……随分な挨拶だな。リーゼ」


 お使い中だったのか、鞄を持っているリーゼに遭遇した。いや、俺の置かれている状況が変なのはわからなくはないんだが、主語が抜けていて思わず突っ込んでしまった。

 不思議そうに首を傾げるリーゼに軽く事情を説明する。といっても、名目上のもので一切正しくはないんだが。素直に全部言うことの方が問題があるから仕方ない。

 これから買いものだから、とさっさと離れていったリーゼに少し薄情さを感じるが、逆だったら俺も即離れていくだろうからわからなくもない。

 むしろ、屋台に寄っても一瞬固まるし、店は、俺1人で何かをするのも気まずいため、難しい。

 途中で鎧を脱いでもらうことも考えたんだが、騎士にとって装備は自分の身分を示すもので重要なものらしい。休暇中ならともかく、仕事中に脱ぐことはできないらしいから諦めた。

 いっそのこと、ゴーレムに守護でもさせるか? 護衛や守護、と聞くと王城で出会ったあの少女を思い出すが、マイアの近衛兵になる予定らしいし、平民に付くような人物でもないだろう。


 ひとまず、貴族街に近い高級な喫茶店に入る。少し小腹が空いたのと、歩きっぱなしなのも申し訳ないためだ。

 以前考えていた、街中の移動手段というものはまだ検討段階だ。

 荷物を運ぶだけならワイヤーを張り巡らせてゴンドラで行けそうだが、人の移動手段となると難しい。

 いっそのことワープ装置でも設置してやろうかと思ったが、防衛的にまずいことになりそうだから思うだけにしておいた。

 ただ、散策でならともかく、仕事での移動で何往復もすることもあるため近々どうにかしたいとは思っているが。

 任務中だから、と遠慮する騎士たちに無理やり食事を与えつつ、のんびりと町を窓から覗き考えてみる。




「神託? いや、それはいいとして、何で俺まで」

「私としても、お主を連れて行くわけにはいかんが、他に候補がいなくてな」


 マイアに呼び出されて出てきた話は、渚と共に『風の荒野』に向かい、精霊と会ってほしい、というものらしい。

 正確には精霊と会うのは渚で、渚自身のレベルアップについては問題はないが、何故それに俺が付いていく必要があるんだ。


「神託には、『大いなる風の力を求めとするには、智を求めし矛を持つものと共に出向かんとす。ただ勇ましいものと畏きもの、その者のみで野に至る』と。

 智を求める者、は賢者や錬金術師、それに矛を持つ者、は解釈が難しいが騎士や鍛冶師を指すようだ。

 その両方の条件を満たすのは、私たちが知る中ではお主しかいない」


 確かに、そう言えなくはないが、無理やりっぽくね? それに、畏き者、というのは賢いという意味もあるが、恐れ多い、という意味もあったはずだ。

 とはいえ、他に俺が知る中で両方を満たす人物がいないのも確かだ。精霊は神ともある程度近いだろうから正直近づきたくないんだが、そういうわけにもいかない、んだろう。


 ちなみに、風の荒野とやらはここから馬車で6日ほど、つまり1セイラかかるらしい。わざわざ馬車で、と強調している以上、ゴーレム馬車を使って飛んでいけ、ということだろう。

 すぐにでも行ってほしい、といった感じでマイアが見てきたが、俺は仕事がある。ノルンさんとの話し合いの結果、2日ですむため、それを先に終わらせたい。

 それは冒険者ギルドも関わるため、日付をずらせないというのもあるし。

 まあ、町の外に出ることが出来るかどうか、というのがその前の問題な気もするが。



 視察は無事に終わり、諸々の許可を得た俺と渚は、地上を馬車から眺めていた。

 視察自体は、かねがね問題なかった、と言っておこう。冒険者と鍛冶師のいざこざというのは往々してあるようだし。

 1人はバーレルに居られるかどうか微妙だが、まあ忠告は事前にしていたため、自己責任としか言いようがない。

 フォローは多少しているから、あとは本人次第でもあるが。



「……何ていうかさ、反則だと思うんだ」

「何がだ? ああ、今回は俺用として道具は持ち込んだから、それは料金はいらん。というか、お前の口癖か何かか?」


 昔からたまに俺に向かって反則だ、反則だと繰り返す渚。何が反則なのかを聞くが、その度に呆れた様な表情でもういい、としか言わないから、何が反則なのかがいまいちわからない。


「もういいよ」


 ほらな。いや、ほらなじゃなくてな。


「渚。諦めてそれで終わることならそれでいいんだが、そうじゃないことはちゃんと言えよ?」

「もー。分かってるってば。兄さんって、そういうところばっかり変わんないんだから」

「ま、お前の兄だからな。そうそう変わらないさ」


 苦笑を交わす俺と渚。年があまり離れていないせいか、たまに喧嘩もしたが、どちらとなくこうやって苦笑しあって何となく仲直りをする。親には穹はお兄ちゃんなんだから、とそういう時ばかり言われていたが、それも含めて今はいい思い出だ。



 何となく、そこからの会話はなくなる。話したいことはあるはずなのに、だ。あれか。久しぶりに会った親戚と妙によそよそしくなるのと同じ現象か?

 ぽつぽつと、渚が王城に滞在していた時の話と、その間の俺のしていたことを交換しあい、のんびりと、というには少々早い空の旅を行く。



 空の荒野、と呼ばれる荒れ地が見えたのは日が暮れる少し前。今日はそのまま安全地帯と思われる森の端辺りにある苔むした小屋の近くに馬車を停めた。


 符で周囲に結界を張り巡らせ、焚火をし、ついでに、と水を入れた鍋を火にかける。

 渚は俺の作った料理を嫌がるため、町で買っておいた保存食をお湯で戻すためだ。干し野菜や干し肉をお湯に入れ、そのまま塩や幾つかの調味料で味付けをする。

 料理かどうかで言えば、渚的にはギリギリこれは料理ではないらしい。ただ、これで包丁を俺が持ち出した時点で怯え出すのは如何なものか。

 ともかく、そのスープの他に、パニーニやガレットといった多少は日持ちはするものの、あまり何日も持つ者ではない物から順番に消費をしていく。

 でなければ普通に荷として積んだものは悪くなってしまうからだ。アイテムボックスに入れたものであれば悪くはならないんだが、今回は切り札以外は普通に積んでいる。

 渚にも俺のスキルについては話すつもりは正直ない。

 とはいえ、風の荒野、とやらに何があるかで話さざるを得ないことはあるだろう。

 風の荒野、そのものに色々と気になる点がありはするが。



 馬車のソファで一夜を過ごし、外に出ると妙に冷たい風が吹き抜ける。というか、つむじ風のように俺の周囲をグルグルと旋回している。砂や埃なんかを巻き上げるため、痛いんだが。

 ダメージを受ける程度ではないが、目に入りそうで怖い。ひとまずは馬車に戻ると、ガード用に外套を引っ張り出し、羽織っておく。

 目元まで外套のフードを被ると、あとは砂塵防護用のゴーグルでもつけたかったが、流石にそんなものまでは持ってきていない。

 渚にも一応大きめの外套は渡したんだが、若干それでも小さいらしい。まあ、あくまでも目鼻をガードするものだから大丈夫だろう。



 まあ、そんな些細なことは置いておいて、だ。一面に広がる荒野へ行こう。見る限りで何もないから、何をどうしたらいいのか、と思うんだが、その前に妙な違和感がある。

 何というか、見た目と何かが違う、というか何かが隠れている、というか。と、唐突に『気配探索』のスキルが有効になる。


「え、どうしたの? その目」

「あ? 目がどうかしたか?」

「……何か、金色になってるんだけど」


 ナギの言ってることは気にしないで置こう。スキルで目の色が変わるのであればそもそももっと前に指摘があったはずだ。


「いやいや、お前何言ってるんだ? 俺の目はどうみてもお前と同じ黒だろ?」

「いや、兄さんの瞳ってたまに赤っぽいっていうか、少し紫っぽいんだけどさ。今は金色だよ?」


 え? 渚の言葉に固まる。金もそうなんだが、紫っぽいってなんだ。よくよく聞くと、基本は濃いダークブラウンなんだが、たまに気を抜いているときはぼんやりと紫がかった色になっていたことがあったらしい。

 いや、気が抜けると色が変わるってどういうことだ。

 周りの人間は俺に親しいほどそれに気づいていたが、色の違いなんかはむしろ些細なことでしかないから、と気にしなかったらしいんだが、それが些細とはどういうことか。

 体調などにより髪や虹彩が違って見えることもあるらしいし、それを大袈裟に言っているだけだと思おう。

 そんなことよりも、話を戻して、金色に見えるらしい目の事だ。というか、そもそも勝手にスキルが発動すること自体が今まではなかった。前に『気配探知』や『気配探査』が発動したことは合ったが、あれは敵対者が近づいたときに反応するようにパレットから『プログラミング』していたためだ。

 色々グダグダ考えているのは、そこにあるものを直視しないためだ。

 視えない境界線でもあるのか、それとも何かの『領域』なのか。何かがふわふわと無数に浮いている、気がする。

 目に見えるわけでも、『気配察知』に引っかかるわけでもないんだが。


「渚、あっちに何か居るか?」

「何か、うん、居ると思う」


 渚が感じ取った、ということは精霊辺りだろうか。

 ここで時間を潰すのも何だし、というわけで境界を抜け、出た先は。


「お祭り、会場かな?」


 ナギ曰く、祭りが開催されているらしい。

 祭り?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ