第33話。役と立場。
薬草に木の実、今日の食事となるらしき獣の狩猟、などなどを各々がしている中、俺は周囲の状況を『気配探索』で観測し続けている。
一応薬草集めはしてはいるし、落ちている石の中で純度の低い魔石なんかがあるためその辺りのものも確保はしているんだが。
それはともかく。騎士達の包囲網は着実に黒幕らしき一団を取り囲み始めている。まだ若干距離はあるため確実に捉えているわけではないんだろうが、ここまでくれば後は時間の問題だろう。
とはいっても、気を抜くわけにはいかないだろう。相手の実力もわからないし、何かが起きそうな予感しかしない。
それでも、今は出来ることは限られている。一応、必要になるであろうものの用意は行ったが。
「それで、我々はどうするべきでしょうか」
「ええっと。そうですね。ひとまず鉱山に向かうのは得策ではないので、予定を少し早めて一度戻りますか」
何故俺が指示を出しているかというと、貰った留め具のせいだ。いくら役員”役”とはいえ、ネルガさんも割とノリがいいというか。
まあ、上級職人は工房主がほとんどで人使いは荒いが、面倒見がいい人も少なくないから俺以外の上級職人だったら同じような対応になった気もするが。
ほとんど、というか俺以外の上級職人は規模の大小はあれど工房主かそれに等しい役割を持っているんだが。
ともかく。そもそも今日の夕方頃に戻る予定だったんだ。鍛冶師ギルドにはすでに連絡が入っているはずだし、むしろこれから人が来られても困る。
そんなわけで、町に戻る準備を始めてもらう。持ってきた荷物は一部は小屋において、入れないようにきっちりと封印をかけておく。
商人や冒険者が一時しのぎの宿として使う程度なら構わないんだが、魔物に壊されたり盗賊なんかの根城にされても困る。
いっそのこと、鉱山に向かうための中継地点として運用してもいいかもしれないが、そこまでくるとギルド単体の話でなくなるし、俺が考えることでもないだろう。
「では、帰りは工房主と見習い数名が馬車に、ということでいいですね?」
「それではソラくんが該当でなくなるのですが。あなたの馬車ですので、少し詰めれば乗れるでしょう」
俺の、帰り道も採掘をしたいという要望は通るわけもなく、見習いでも工房主でもない、ということを利用して歩こうとしたがそれも却下された。
むしろ馬車ではなく歩くかゴーレムにでも乗った方が色々と楽ではあるんだが、ゴーレムのことは今の所運搬用としか言っていないため難しい。
いい加減、俺の立場上、俺が歩いて他の上級職人でない工房主が馬車に乗るということがどういうこともわかってはいるんだが。
「ソラさんはともかく、ミランダっちも乗るなんてずるいっす!」
いや、俺はともかくという言葉を置いても、お姉さんは対象だろうに。お姉さんは工房主とまだ名乗っていないらしく、見習いと言ってごまかしてはいるんだが。
リリエラも見習いでそのまま行けば工房主になるため、色々な見栄も働き乗りたがっているだけなんだろうが。
というか、変な名をつけるな。
「私が乗ってて本当にいいのかな?」
「ま、事情を知ってる人しか乗ってないから大丈夫だよ。それよりも、今日はサンパーニャには出ずに明日からってことで。
帰ってから仕事もそこそこ溜まってるけどね」
お姉さんが俺の言ったことに苦笑するが帰ってから仕事をする、と言い出さないのは成長だろう。
いや、あの時は周りが見えてなかったのが正しいため、広い視野を持てるようになったと言った方が正しいだろうか。
「ソラさま。お戻りになられましたら、どうされますか」
「一応、報告に。それから、ちょっとノルンさんにも相談がありますから、あとであちらで」
黙ってノルンさんが頷く。お姉さんは不思議がっていたが、ノルンさんに聞こえる程度の声に抑えたため、全ては聞き取れていない、と思う。多分。
お姉さんは割と耳がいい。
鍛冶師は一日中槌を打っているから耳が悪くなりやすいため、これからもずっとというわけでもないのかもしれないが。
ちなみに、お姉さんはあくまでも先祖返りでウサギの亜人ではない。
中々複雑な血筋らしいが、基本的には人とほぼ変わらないらしい。
第一、お姉さんは可愛らしいため特に何かを気にする必要もないんだが。
事情が事情のため、馬車に置いていた『衝撃吸収』の付与したクッションを重ねて座り、少しだけ速度を上げてもらっている。
俺以外はお姉さんと一番の高齢のゲレンドさんも使っている。ノルンさんにも勧めたんだが、慣れているから、と断られてしまった。
慣れている、というのはどういう意味だと思うが、平然とした顔で乗っているため、嘘ではないんだろうが。
「では、ソラ殿。今後は如何いたしますかな?」
「そうですね。一応、明日は様子見をしてそれからまた再開といったところでしょうか。念のため、その時は騎士団からも人を回してもらい、俺や他の鉱夫も採掘。また、取り残しや扱いの注意も必要だと思いますから、上級職人もできる限りついてもらえると助かります」
元々は足りない資源を自分たちで確保することが目的だったんだが、それを色々なものが積み重なった結果が今だ。
決して悪いわけではないんだが、今回の余剰を、数量だけ見て失敗するわけにはいかない。
あることに越したことはないため、触媒なんかの必要数が集まったら護衛なんかを雇って再開つもりではあるが。
「そうか。……やはりもう少し厳重に警備させるべきだったか。なあ、これからでも」
「そうするつもりはない。それよりも、ちょっと気になることがある」
マイアに報告をしたところ、警備を増やせと言われそうになった。
気持ちは分からなくもないが、そうすると身動きが取り辛くなる。
身軽がいい、というのもあるが、マイアにも話していないことは多いため、監視の目が増えること自体よくない。
ちなみに冒険者はギルドに報告に行ってもらっているためここに向かったのは俺だけだ。
まあ、中々王族の所にまで行きたがる奴はいないと思うが。
そのついでに2日ほど護衛任務も休止にしている。
使っている家はそのまま期間中使っていいと伝えているため問題はないはずだ。
ともあれ、そもそも気になることだらけではあるんだが、重要度の高くないものは別にいい。
本来ならそこまで気にするつもりもなかったんだが。
「俺を、になるのかはわからんが狙ってる奴はどれくらいいるんだ?」
「それをようやく聞いてくるとは、お主らしいというべきか」
ため息交じりに伝えてきたのは侯爵家や伯爵家、男爵家といった貴族の名前ばかりだ。
特にゴーゾン伯爵とやらとバーミリャ侯爵とやらが主犯らしく、ずっと追っていたらしい。
となると、そういう意味では決着はつきそうだ。
「そうだな。空欄となる爵位もあるが、それは父上の仕事だからな」
正直そこは俺の責任はまったくないだろう。そもそも貴族というのは俺には関係ないわけだし。
ちなみにこの国の貴族単位は王を頂点として、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵それに名誉称号である騎士と導師、誉匠というものがある。
誉匠という称号は初めて聞いたが、騎士や導師と同じで男爵よりも下の栄誉称号でほとんどが本人のみ、1代限りのものらしい。
オウラのゼットアも栄誉称号はあるそうだが、全てまとめて『貴』という名称を付けるらしく、国によってもだいぶ違うらしい。
ちなみに、士爵という爵位自体はない。名誉称号の騎士、導師、誉匠をまとめていうもので、一部貴族に準じる権利や義務があるが厳密に言えば貴族ではない。
あと、何か一部特殊な爵位があるらしいが今は存在しないため、気にすることはなさそうだ。
「興味はないのか?」
「いや、そもそも俺は単なる平民で、貴族と関わる機会なんて、あるはあるけど、基本的にはマイア、お前だけだぞ?」
「私だけ、か」
何やら嬉しそうに笑うマイア。正確にはハッフル氏なんかもいるが、まあ置いておこう。
「ま、まあそれはいいとしてだ。そろそろナギサが戻ってくると報告があった。ナギサの武具もある程度消耗しているだろうから、その時はお主に任せる」
「基本的には俺が作ったものだしな。そういや、翻訳の腕輪の方は大丈夫なんだろうか」
「語学の勉強をするようにも伝えているが、『勇者』がいた世界とこちらとでは大きく違うらしい。……予備を渡しておくべきだったか」
確かに、最初に言葉を覚えた時は色々難儀したものだった。話すだけであれば、まあ何とかといったところだが、文字は何というか、正式な表記、というよりも統一されたフォントがないため同じ文字だと気づくのが難しいものがいくつもあった。
それでも翻訳の機能はすさまじく、ある程度までは自分が読める文字、として見える。
だからこそさらに統一されたものが作られない原因でもあるかもしれないが。
「まあ、何にせよ渚の装備については引き受ける。……一応俺は魔術職人なんだがな」
「ナギサや父上の装備を一式作った時点で誰もそれを額面通り受け取りはしないさ。と、忘れるところだった。城に滞在していた時にお主が作った武具類の代金だ」
無造作に渡された布袋の中にはコインが10枚ほど。
「幾ら何でも、これは多すぎるだろ?」
「お主の功績を考えると少ないくらいだ。技術提供料も、入っているらしいからな」
それは魔術品のことだろう。俺が独占するつもりもないため、好きに使ってくれとしか思わないが。
10神貨。日本円にして100億。小さな国の国家予算を超えるらしいし、そもそも俺がこれからどれだけ豪遊したところで消費しきれる金額ではない。
まあ、それだけの金額があっても上位の魔具を揃えるのは難しいというからこの世界のバランスの悪さが目に見えてとれる証拠でもあるんだが。
それに、国王や騎士団に与えられる武具が安物では角が立つ、ということもあり受け取らざるを得なかった。
ともあれ、そのままアイテムボックスに入れておけば盗難はおろか、大金を持っていることすらバレない。
実際に家に入れているものの他は一部は銀行に預けているが、ほとんどはアイテムボックスの中に入っている。
とはいっても、神貨までの稼ぎにはなっていなかったため桁の最大値が更新されてしまった。
マイアの前で直接そうするわけにもいかなかったため、鞄の中に入れるように見せかけてアイテムボックスに収納したが。
「街道整備に必要な素材は予備も含めておおよそ集まった。後は、実際の設置なんだが、それは任せて構わないんだな?」
「無論だ。設置条件や魔力の供給方法、維持や整備の方法までの詳細があるんだ。魔力さえあれば誰でも出来るだろう」
それは流石に無理がある。維持だけは魔力があれば何とでもなるようにしたが、整備や設置についてはどうしても体力や知識が必要となる。
とはいえ、俺がこれ以上拘束されないよう言っているのは分かっているため、その軽口に乗ることにしたが。
マイアの屋敷を離れると、向かうのは錬金術師ギルド。すっかりと慣れた感のある道だが、それがいいことかはわからない。
ともあれ。ギルド長室に入るとすでにノルンさんが来ており、ソファに座って待っていた。
早速相談、というよりも今後の予定を思いつく限りで上げて行って精査をする。
あくまでも代行としてそぐわないものはばっさりと切っていくつもりだが、引継ぎの時にそういったものがあった方がいいかもしれないためだ。
「それにしても、よくこれだけの着想がありますね。……全て実現できれば、王都の錬金術師も教えを乞うことでしょうね」
「そこまでではないと思いますよ。さて、あとは活動方針を決めますか」
ノルンさんが不思議そうな表情で俺を見るが、何をするにしても活動方針は必要だ。
現状維持、であればそれは何よりなんだが、そういうわけにもいかない。現状維持であるのなら、この町から錬金術師ギルドが消えるのはそう遠い日の話ではないだろう。
それは今の状況から考えても好ましくない。もっと活動をする錬金術師を増やす必要もあるんだろうが、それは追々だ。
今は、まず礎を固めた上で、だ。つまり、この町に錬金術師がいる、というプロモーション活動。
これまでにポーションや符、アクセに魔術品などを作っては売って、としてきたものの錬金術師版、ということだ。
そういった意味では販売出来るものは限られる。効果ポーションは既にサンパーニャでも一部売っているし、俺が新しいポーションを大々的に売ると町のポーション売りから睨まれる。
だからといって爆薬はさらにダメだろう。威力が中々にあるし、危険物を安全に保管する、ということも難しい。
そもそも、錬金術師の目的は卑金属を貴金属に、ひいては賢者の石を創造することにある。
ちなみに、賢者の石というのは素材を金や神造鉱、神銀鉱に加工するための触媒だ。
それを飲むと永遠の命が宿ったり、触媒なしに練成陣を作れる、といったものではない。そもそも練成陣に特殊な触媒を使わないということもあるんだが。
ついでに俺が出来ることはそういった薬品作成、金属変化、性質変化/付与、魔製生物作成、人工生命体作成、霊薬生成、そして上位変化だ。
あとはパレットに登録してある機能の中で、機械作成、酒類精製/上級変化といったものもあるが、オーバースペックすぎてこっちをどうにかするつもりはない。
その中で出せそうなものといえば、薬品作成と上位変化だろう。
薬品作成ではHP回復効果を伴わない状態異常回復、つまり毒消しや麻痺消しなんかであればポーション売りとの競争には当たらないし、上位変化は下位素材を上位素材に。つまり薬草を上薬草にする、というものだがそこまで分かりやすいものではない。
一番分かりやすい所で言えば、魔石の上位化。その辺りに落ちている屑石にも近いものを最上級品まで引き上げられる、というのはそのスキルのおかげだ。
ナギに渡ったらしい【風の守護】もそうやって作ったものだ。流石に道に落ちてあったものを研磨加工して嵌めただけでそこまでのランクになるものではない。
というわけで、出せるのは特化薬とそれの上位品。薬売りとはやはり競合しないものを出す必要があるためその調整は必要だが、その手間を惜しんでは何もできない。
あとは少量の金属類だ。賢者の石が必要となるようなものを作ることは流石に出来ないが、プラチナやアダマンタイト、輝く……は作れるものではないし、それがあると色々とまずいため存在はしないはずだ。
ともかく、希少鉱を鍛冶師としてではなく、錬金術師として出す。これは街道整備にも一部流用が可能で、それを使うことによって性質の向上が見込まれるためだ。
問題は、それを作れるのがある程度の錬金術師に限られる、ということだ。
レシピ自体は単純なもので全てを非公開にするつもりはない。問題はそれを作るための技術と資金が必要となる、ということだ。
上級素材にするために必要なものは元々の素材と触媒、それに魔力。
錬金術師たるもの、基本的には魔力は一定水域まではあるはずだ。そうすると、素材や触媒が問題になってくる。
素材は、触媒とも大きく関係してくるが、基本的には精製したい上位素材に近しいものであればあるだけいい。
とはいえ、グラファイトをダイヤモンドにする、ということは基本的には出来ない。同じ炭素でも構造を変化させる、ということは性質変化でも上位化でもないため、らしい。
では何があれば何が出来るか。どういったものをどうやったらどう変化するのか。俺の場合はスキルによってそれはある意味で固定化されている。
だが、スキルを伴わない錬金を行うことにより、それは様々な派生をする。組み合わせの数はそれこそ数えきれない程に存在する。
かつ、それは錬金術師にとって一番秘密にする情報で、弟子にすら教えない一子相伝どころか、一代限りのものらしい。
まあ、スキルを組み合わせれば無理やり人工ダイヤモンドを作成することも可能だが、それは別の話だ。
割とそう言ったところは理論的ではないというか、もっと細かな配合比を共有することでより良いものが出来ると思うんだが。
ああでもない、こうでもないと2人で話し合うのには限界を感じたため、関係各位に協力を仰ぎたいんだが、どこまで話を通せばいいんだろうか。
ひとまずは事情を知っている鍛冶師ギルドのギルド長、商売を拡張するという意味では商業ギルドに、しっかりとフォローを入れるためジェシィさんとお姉さんにも話をしておく必要があるだろう。
で、販売する場所は以前のように中央広場で露店でも開こうと思ったが、ノルンさんに反対されてしまった。
魔術職人としてすら上級職人であるものが露店で高級な商品を取り扱うわけにはいかない、らしい。
とはいえ、内情を悟られる可能性のあるギルドで売るわけにもいかず、露店ではないが期間限定で店を借り、そこで販売をしてはどうかと提案された。
この町はどちらかといえば魔術師の町のためそこまで多くはないが、他の町や場所から商隊がやってきて売買を行うことがある。
ギルドに卸せばいいと思うのだが、ギルドに卸すとそれなりの手数料がかかる。また、取り扱う商品によっては数日販売を行い、直接意見を聞きたいという商隊もあるらしい。
そのため、売り上げとそういった事情を天秤にかけ店を借り、販売を行うこともたまにあるらしい。
というわけで、商業ギルドに店を確保してもらうことも追加するとして、今日すべきことは終わり、解散することにした。
少し早い気もしたが、外は既に日も暮れかけている。決めることが多すぎて割と時間を使ってしまったらしい。
一応サンパーニャに顔を出し、戻ったことと今日はもう帰ることを告げる。何もできなかったのは心苦しいが、今日はそんなに予約も入らなかったらしいため問題ない、と言われた。
それはそれでどうかと思う、というかカウンターの上にまとめてあった書類から考えると俺が居なくてもどうにかなる範囲なんだろう、と気遣いに甘えておくことにした。
帰って食事をとって、寝て起きる。当然すぎる行動として文字には起こせるが、昨日今日は大変だった。
食事をとりながら両親に今日の話をするのはいつものことだ。いや、勿論話せないことがあるためそれについては省略をして、予定を前倒しして鉱山での作業が終わったこと。護衛任務の事は伝えていたため、本来の上級職人ではなく役員の真似事をしたことなどを伝えた所、何故か心配されてしまった。
流石にギルド長代理になっていることは話せないが、上級職人になったことはなったばかりの時に話している。
一応、サンパーニャの抱える職人のソラというのはそこそこ有名であり、鍛冶師ギルドにはほとんどの鍛冶職人や魔術職人が所属している。
つまり、町に出るとすぐにわかる情報だ、ということだ。
とはいえ、いとこのリーゼ辺りは知らないだろうから誰でも知っているわけではないんだろうが。
まあ、そんなわけで俺が冒険者ギルドの護衛任務で役員役をやる、ということについては、役も含めてどちらのギルドも了解済みの事だ。
そのため、それで何か問題があるはずもないんだが、父と母の様子が妙だ。実際に役員に昇格したというのであれば不安や困惑などが浮かぶのは分からなくもないんだが、本当に役員になってしまわないか心配らしい。
……それを通り越してのギルド長代行になったことはやはり秘密にすべきだろう。
いつまでも隠して置けることではないんだが、時期を見ずにというわけにもいかない。恐らく告げるまで同じことを何度でも思うんだろうが。ままならないものだ。
「工房の視察、ですか?」
鍛冶師ギルドに納品ついでに出向いたときに捕まったギルド長から仕事を依頼された。
ギルド所属の工房の視察というのは定期的に行われており、サンパーニャも2回位視察担当が来たことがある。
といっても、世話話だったり愚痴めいた話だったりと視察というよりも周りの偉い人に聞かせられない話をしたかっただけな気がするが。
ともあれ、視察というのは俺の仕事ではないはずだ。面倒だからしたくない、というのもあるが、そもそも視察は上級職人ではなく役員が行うもののはずだ。
「貴殿にはその留め具がある。本来ならば、鉱山の視察を頼む予定だったが、ああではしばらく難しいだろう。
冒険者の護衛にもうってつけなのだよ」
つまり、役員役として工房を巡って街中での護衛をついでにさせる、ということらしい。
そこまでする必要も感じないんだが、やっておくことに越したことはないから、と言われてしまった。
渋々ではあるが、受領するとあとは今回の事の報告だ。
制圧した時の話は簡略に済ませたが、ほとんどのことは話しておく。
話していないことといえば、勿論俺が何とかという侯爵? が鉱山の手前に居たことを知っていることくらいだろうか。
侯爵ではなく伯爵だったか? 覚えていないが、まあそれは些細な事だろう。
ともあれ、本日即時に行えというわけではないらしいため、まずは錬金術師として店を借りることを伝えた所、商業ギルドではなく、鍛冶師ギルドの保有している空き店舗を紹介された。
各ギルドで特販などの催事用の店舗を持っているらしい。錬金術師ギルドは更迭された前ギルド長が予算が無駄になる、と売却をしておりそういった店舗がないというのが腹立たしさを覚えるが、ないものはしかたない。
まともに活動している錬金術師がいなかったため、店舗を構えることがなかったという事情もあるため、分からない話ではないが。
ともあれ、その店舗とは別に、前の騒ぎで廃業になった店舗の幾つかを更地にして改めて大きな店を幾つか作るらしい。
ほとんどは今の大店が移転し、さらにのれん分けとして元々の店舗を使う、ということが決まったらしいが、根本となった店については欲しがるものがいないらしく、宙に浮いた状態になっているらしい。
「俺は店を持つつもりはないですからね?」
「そう言っている場合でもない。貴殿が店を離れないと、魔術工房サンパーニャも外聞が悪いどころか、いずれ責められる状態になりかねない」
ギルド長の言っていることは分からなくない。俺は俺自身がどう思うかはともかくとして、上級職人でかつ王都の騎士団や魔術師団、それ以上に勇者の装備や王の装備まで作ってしまっている。
その状態で店を持たず1つの店の職人とだけやっているのは無理があるだろう。一応ギルドの見習いの教育係とはなっているが、実際にはそれも少しでも不満を逸らせるための手段でしかない。
今までは町に空いている工房がなかったため、他の町に移住させるよりは、と放任されていたのだが、新しく店を作る場所があり、誰もその場所を求めていない、となると断ることも難しい。
「……俺の店だったら、俺の自由にしますけど、いいんですか?」
今度はギルド長が黙る番だ。いいんですか、のニュアンスに色々と勘付いたらしい。流石に全てのものを過去にするような無茶苦茶なことはしない予定だが、魔術品については右に並ぶものはいない、という自負はある。
それに加え、それを自由に取り外しの出来る武具を出したら、幾つかの店が立ち行かない可能性だって十分出てくる。
それは本意ではないが、それを見越して言っているのか、と。
「だが、貴殿が店を持たないということに困るのも事実。……ノルン、助言官として、ソラ殿に従うことを要請する」
「畏まりました。正式な話はギルドにお願いいたします」
アドバイザー、忠告をする、というかストッパーが居たら無茶はしないだろう、というのがギルド長の建前らしい。
実際には俺の側にノルンさんが居ても不自然ではないようにするため、だろう。
そういった気遣いはありがたいんだが、それも込みでの話なんだろう。
なし崩し的に錬金術師ギルド長代行の役目と店を持たされたことになるが、これ以上何かをギルド長から押し付けられることはないだろう。
いや、錬金術師ギルド長代行はマイアから押し付けられたのであって、直接というわけではないんだが。
実際に建物が出来たら求める人がいるかもしれないから、と店を持つこと自体は保留にして、店を借りる手続きだけ行う。
と、手続きを終えてサンパーニャに向かう途中で寄った中央広場の少し先。路地に何かがある気配がする。
トラブルなのは十中八九間違いないが、内1人は俺の知り合いだ。困ったことになってもあれだし、様子を見に行くか。
「もう、これ以上、お金なんてないんです」
「知らねえよ、お前の金がなかったら、工房から盗んでくるくらいできるだろう?」
うわー、とドン引きする位の小悪党の台詞が裏通りから聞こえた。
鈍く蹴り上げる音が聞こえ、倒れる音と苦しそうなうめき声が聞こえる。
「……その辺りにしとけよ、ガキども」
「あ? 何つった?」
蹴り上げたバカに声をかけると、俺の方も見ずに不快そうに声を出す。
いるのは4人で、倒れたの以外は見覚えはないが、ボロすぎもせず、立派すぎもしない服装ということは、商家か何かの家の出だろうか。
「その辺にしとけっつってんだろ? 聞こえないのか?」
「はっ。どこのやつか知らないが、俺たちに命令とはね。この町に住めなくてもいいんだ?」
にやにや笑うそれらはそこそこの権限を持った家らしい。そうなると、ギルドの役員連中やあるいは下級貴族なんかだろうか。
「安心しろ。そこはお前らが気にすることじゃない。おい、ラージ。いつまでも倒れてないで、行くぞ?」
苦しそうに息を吐くのは鍛冶師見習いで俺が受けもつ見習いの1人だ。
「うっざいやつ。ラッド、こいつ刺しちゃっていい?」
「あ、ああ。い、いいんじゃ、ないか」
にやにや笑う1人はろくに手入れもされていなさそうなナイフを抜き、息も荒く俺を見る。
ラッドとか言われたリーダーらしきやつは顔を若干緊張に引き攣り、歪めながらも笑っている。
「……いいが、抜いたということは覚悟はできてるんだろうな?」
「うっせ! 死ね!」
まるでなってない走り方で俺に近づき、無防備に両手でナイフを握り近づいてくるそれを半歩横にずれながら顎を掌底で打ち抜き、そのまま喉を思いきり蹴り飛ばす。
ごげ、と間抜けな音を鳴らし飛んで行ったのは精々5m程度か。ステータス的にはそこそことはいえ、鈍ったものだ。
『レジェンド』での俺であれば、あの4~5倍は飛ばせたはずだ。
「てんめえ! ふざけやがって!」
それまで無言だったやつはどこに沸点があったかは知らないが、いきなり怒鳴りだし、両手を肩の高さまで上げ、俺に向かってくる。
「……無策過ぎんだろ」
呆れてため息を軽く吐くと、近づいてきた時点で薬を顔にかける。
その途端声にならない叫び声をあげ、呻くそれは当然か。俺特製の催涙ポーションをそのままかけられたら悶絶するのは恐らくモンスターでも一緒だろうから。
「くそっ!」
で、ラッドとやらは不利だと思ったのか、仲間を置いて逃げる、が逃がすとでも思ったか?
「『拘束』」
鞄の中から出てきた糸の束が足を絡め、そのまま転ばせる。そしてそのまま手足を縛り、終わりだ。
「大丈夫か? ……思ったよりもひどいな」
よほど強く蹴られたのか、それとも何度もこれまでにそうされたのか、ラージは全身に青あざが出来ている。
よくさっき話せていたな。
鞄の中から特製ポーション(緑)を出し、飲ませる。辛そうだが、ひとまず飲め。
ラージを広場のポーション売りに預け、巡回中の警備担当に引き渡しをして終わり、と言いたい所なんだが、何故か取り調べを受ける羽目になってしまった。
いや、まあ街中で色々したため受けるのは分からなくはないんだが。
「何故、私の息子に怪我をさせたんだ」
「恐喝の現行犯だからだよ」
「私の息子がそのようなことをすると言いたいのか!」
「実際にそうだから言ってるんだろうよ」
苛立ちを隠せないまま、そこそこ若いであろう男が俺を睨み殺すと言わんばかりに睨みつけてきている。
ついでに、ここは広場から一番近くの警備の詰所だ。入るのは初めてだが、ジメジメしていてあまり長居をしたい場所ではない。
「このような真似をして、ただで済むと思っているのか!」
……増長した結果は、この親あり、って所か。しかも一人で巡回をしていたってことは、役職付きでもないだろうに。
それはともかく、単なる警備兵の息子やそれに類するようなものが上級職人を害しようとしたことの方がこの町では問題なんだが。
「ソラ殿、迎えに参りました」
「ゆっくりとしたご登場で。それで、俺はこのまま戻っていいんですか?」
「何を言ってる! 貴様は誰の指示で……」
唐突に扉を開いた相手を見た警備兵が固まる。そりゃ、王国騎士が無遠慮に入ってきたら固まるか。
「誰の指示で? ほう。誰の指示としておけばいいのですかな? ソラ殿」
「俺に振られても。陛下の指示、とでも言っておけば箔は付きそうですね」
そうやって軽口を言う俺を警備兵は唖然とした表情を見てくる。
「密偵からの報告を受けてすぐに参りました。遅くなり、大変失礼をした」
ちなみに、王国騎士というのは構成員全員が貴族や貴族の子弟らしい。
中には名誉称号の騎士を持つものも少なくなく、彼も名誉称号を持つ貴族だ。
そんな俺に軽くだが謝罪をした、という事実に気づいたらしい。
「な、な、何だ、お前は」
金魚のようにぱくぱくと口を開くのは滑稽だが、どうしたものか。
「何。彼は鍛冶師だよ。殿下お気に入りの、な」
真っ青になる彼は気の毒だが、よく知らない相手よりも自分の教え子の方が重要だからな。
恐喝していた相手が、アンドグラシオンの所属だとわかったらもっと大変なことになる気がするが、そこは言わないで上げた方がいいだろう。
「で、大丈夫か?」
「は、はい。……ソラさん、このことは、リリオラと、その、ミミンには」
「言ったりしないさ。それよりも、いつからだ?」
広場に戻ったころにはラージは動けるようになっていたため、近場の喫茶店に連れ込み、話を聞くことにした。
ここは色々な人物が来るため、値段は他の店に比べ若干割高だが、そういった話をするには向いているためたまに俺も使っている。
で、ラージの話をまとめるとこうだ。他所、恐らく王都の近くから引っ越してきたあのラッドとかいうガキがバルダというのとギギジというやつらとつるんで悪さを始めるようになった。
といっても、小銭を巻き上げたり、喧嘩を吹っ掛けてきたり、といったレベルらしいが。
しかも、魔術師といった見るからに相手にするとヤバそうな相手は外し、気の弱そうな子供を狙って、ということらしい。
余罪はまだまだありそうだから、その辺りはきちんと調査してもらうか。
「にしても、お前も見習いとはいえ鍛冶師の1人だからな。圧倒しろとは言わないが、自分の身くらい守ってみせろ」
「そういうの、苦手で」
ラージは極端に人と競うのが苦手だ。癖の強い2人の幼馴染が居たからかもしれないが、元々の性格なんだろう。
とはいえ、だ。
「……リリオラやミミンに何かあった時、守れる力がなくても構わないのか?」
動揺したようにラージの肩が震える。
「まあ、あいつら位なら俺が守ることは出来る。お前にその気がないなら、仕方ないな」
うん、それ位の表情は流石に出来るようだ。
慣れていないだろうが、睨みつけるのは一応形にはなっている。
「睨んだ所で、何も変わらんよ。したいことがあるなら、口に出せ。行動に移せ。悔やむのは、行動に移してからにしろ。
……つっても、俺に喧嘩は売らないようにな?」
軽くラージのデコを弾くと苦笑気味にラージが笑う。からかわれたことにようやく気付いたらしい。
「俺は家族やら我が儘を言ってくる嬢さまがたで精一杯だからな。……最近はリリオラもやけに懐いてきてるんだが、あれはどういうことだ?」
「リリオラは、英雄伝が好きというか、目の前にいる自分よりも上の人を越えたがるというか、勝手に尊敬してライバル視してるんです。しばらく、ソラさんをそういう目で見てると思うんですけど、また他の目標を見つけると思うので」
何というか、不毛だな。越えられたら他の相手を、というわけではなく、リリオラの中の価値観というものがあり、それに従っての行動、らしい。
というか、リリオラのことはどうでもいいのか。さっきもミミンの事を言ったときに大きく反応していた。
肝心のミミンは今の仕事に全力で取り組んでいるのか、むしろリリオラを親友兼ライバル視しているようで、残念ながらラージのことはそこまで意識していないようだが。
「あれ? ソラ、どーしたの、こんな所で」
「そういうソフィアも珍しいな。学校帰りか?」
首肯するソフィアは何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべている。こいつがこういった表情をするのは、いたずらを考えているときか、料理をしているときかとろくなことはない。
「ソ、ソラさん、御貴族様とお知り合いなんですか?」
「貴族との知り合いは、仕事柄多少はあるが、こいつは貴族じゃないぞ?」
「うんー。御貴族様なんてクラスの人だけで十分だよー」
間延びした声でのんびりとマイペースにしているソフィアは確かに箱入り娘の貴族っぽくはある。
顔を赤くしているラージに軽くため息を吐くと、付いてくるように促す。ソフィアは考えていたいたずらをうまく実施できないのか、少しむくれている。俺をターゲットにしていやがったな、あいつ。
つーか、お前らの師匠はこの国でも有数の貴族らしいが。
「ソラさん! 申し訳ないのですが、主はまだお戻りでないのです」
「いえ、ベディさんに用ではなく、ラージに会ったので寄っただけですよ。ただ、いつ戻るかは分かりますか?」
アンドグラシオンの会計役のサレイナさんが俺を見つけて小走りで寄ってくる。
彼女はこの店の『裏』の顔役でもあるんだが、まあそれは置いておいて。
「恐らく、近日中にお戻りになられる予定です。『聖女様』と行動を共にされている、と伺っていますので」
「分かりました。あと、ラージを鍛えなおしてほしい、とデリンダさんに伝えておいてください」
ラージの顔が真っ青になるが、いい薬と思って受けるといい。デリンダさんはアンドグラシオンでも2つの役割を持つらしい。
1つはおやっさんの補佐役の1人。これは普通だ。腕の立つ職人としては当然だろう。
もう一つが、腰砕き係。つまり、扱き役だ。それも徹底的に扱いて扱いて扱きぬく、という悪魔のような人らしい。
とはいえ、見込みのある相手にしかそういったことはしないため、それをするということは将来がある程度約束されるものでもあるらしい。
ただ、見習いにそういった事情は伝えていないため、懲罰的な意味合いで言われている、とサレイナさんから聞いたことがある。
勿論、俺がどちらかをデリンダさんに指示することもできないため、それもポーズでしかないが。
にしても、おやっさんはハッフル氏と一緒か。てっきりナギと一緒かと思っていたんだが。
まあ、ナギもすぐに戻ってくるらしいし、その数日あと程度で戻ってこれそう、といったところだろうか。
青褪めたラージをアンドグラシオンに置いて、ようやくサンパーニャに戻ることにした。
サンパーニャでは、予約分のアクセの作成や幾つか魔術品を作る。
今回の事で何かお姉さんの経験になったのか、俺の動きを非常によく見るようになっている。
いや、前も見ていたんだが、熱意が違うというか、目の迫力が違う。
のは勿論いいことなんだが、今作ってる魔術品は錬金術師の技を多用するものだ。
何度かそういった品自体は作っているが、今回のものは色々と違う。
俺がこれまでに作ってきた魔術品の多くは装飾品や武具など身に着けるものがほとんどだ。
それと違い、今作っているのは設置型の魔術品。また、通常魔術品は装着者と周囲のマナを吸収し効果を発揮するが、これは大気中に含まれるマナを循環・増幅することによって半永久的に動かせる、ということを狙ったものだ。
ただ、一度吸収したマナをずっと使うことはできないため、循環した上で余剰は還元するようにしている。
といっても、街道整備事業に使う補助の役割のものがほとんどで、あとは若干数、それ以外のもの。
後者は使うことがなければそれに越したことはないんだが、転ばぬ先の杖、備えあれば憂いなし。つまりは、保険、ということだ。
ちなみに、流石に永久機関は作っていない。作れなくはないが、そこまでするとブレイクスルーどころの騒ぎではない。
そんなわけで、壊れ辛く、ある程度修理がしやすい。そこまで『性能を落とす』のが無軌道を軌道に乗せるための最低限の配慮だ。
そういったものがなくはないんだが、『遺聖物』と呼ばれるもので国宝どころか、過去が生み出したとされるものだ。
そんなものしかない、らしいためポンポンと作り出すことは出来ないだろう。
『聖遺物』と何が違うのかと思うが、聖なるものが遺したもの、ではなく過去の英傑が使っていたものが神聖を得て理の外にある何かになったものがそういわれるらしい。
俺が神でもない限り、作ったものが聖遺物になるはずがないし、おかしなことをしなければちょっと頑丈なものになるだけだろう。
「ねえ、ソラくん。これは何かな?」
「これは、帰る道を示すもの、って所かな。中にあるこの装置を回転させて、中の光を出してるんだよ」
説明の通り、中にある石の光が漏れ、光の筋が装置に取り付けた回転する丸い板に穴をあけたものを取り付けており、その穴に沿うように照らしていく。
端的に言ってしまえば、灯台だ。本来の灯台は座礁や沈没などを防ぐ航路標識であり、帰路を知らせるものではないんだが。
だが、これは帰路を示すものであり、帰路となるもの、だ。
「えっと、帰る道を示すってことは、持ち歩き用かな? ちょっと大きいみたいだけど」
「ううん、これは設置型だよ。そんなに重くないから、持ってみる?」
お姉さんが持ち上げると、光が収まり機構の回転も終わる。空気中のマナを吸収するが、その吸収したものを循環させるために地面に逃がすようにしているため、地面から離れると動作しなくなる。
そうでなければ吸い込める以上のマナを取り込み、暴走、どころか爆発の恐れがあるためだ。
「良く分からないけど、お店においておけばいいのかな?」
「そうしてもらえると助かる、かな。マナを循環するから、工房との相性もいいはずだから」
魔術職人の作る道具は他の職人よりも多くのマナを使うらしい。使うらしい、というのは俺の場合鍛冶でも錬金でも魔術品でも全てそこまで魔力、マナを消費した覚えがないからだ。
全力で魔力を籠めると、どれも一級品になってしまうようだから最低限の力のみで、としているためだが、この前の王の装備を作った時は久しぶりに全力を籠めてみた。
ただ、それでも多少の疲れはあったが、魔力をより多く消費した、ということはなかったんだが。
それはともかく。他の鍛冶師は自前の魔力だけではなく、大気中に含まれるマナを使って作るのが一般的らしい。
そのため、マナが還元される場所、通称マナの泉と呼ばれる地脈に大きな町や工房があることは珍しくないらしい。
特にこの町は魔術師の育成のための場所であり、竜脈、と言われる特に大きな地脈の上にある。
だからこそよりマナを効率よく吸収・循環・還元が出来るこの魔術品を置くことに意味がある。
お姉さんの、あのファンタジーというか、何を作っても耐久度が設定されるという謎仕様にどういった影響が出るか確認したい、という目的があることは本人には秘密だが。
ただ、普段からずっと光続けているのは正直邪魔なため、板を穴が空いていないものに交換する。光が出るのはあくまでも元々そういうものだからだ。光が外に漏れていなくても効果が発動するというのは正直不毛だとも思うが、これ自体ネタアイテムの1つだったから仕方ないだろう。
そういった意味では俺が『作った』ネタアイテムというのは幾つかある。飛んでいくちゃぶ台や聖水をぶちまける聖女像、微細製氷機など、使えるように見えて使えない、だが全く使えないわけではない、というレベルまで落として作るのは非常に手間だった。
そういう意味でマジックアイテムや魔法、家具なんかは一通り作ることが出来るんだが、それを作る時間が今はない。
まあ、作る必要がないということが大きいんだが。
工房で作ったものを設置し、お姉さんの納品に付き合うとすでに夕方を過ぎていた。
と、何台かの馬車が貴族街に向かっている途中だろうか、立ち往生しているのが見えた。
「……お姉さん。先に戻ってて。俺は、あとで戻るから」
『気配探知』で見つけた情報を確認すると、不安そうにしているお姉さんを先にサンパーニャに戻し、馬車へ向かうことにした。