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第32話。任務と任務。

 わいわいと楽しそうに夕食の準備をするみんなを羨ましくも思いながら町へと帰った。

 行きは地形を覚えるためと、ある程度の人数のため俺も徒歩でそこそこの時間をかけて歩いて行ったが、帰りはゴーレムに乗りすぐに戻る。

 本当であれば、採取をしながら帰りたかったんだが、絶対に駄目だと言われてしまった。それを言ってきた上級職人の俺を見る目が父が俺を心配するときと同じだったため、大人しく受け入れた。

 ちなみに乗っているのは、ライオンをデフォルメしたものだ。爪と牙で攻撃はできるはできるが、凶悪さは感じさせないぬいぐるみのようなものにしてみた。

 ウサギにスズメにライオン、全てデフォルメにしているが、そういう趣味というわけではない。見た目に狂暴なのは敵対される可能性が高いためで、それを回避するということでしかない。

 直接乗った時の感覚が柔らかいということもあり、『レジェンド』では人気のあったゴーレムではあったが。


 ともあれ、一応騎乗用の鞍を装着し、走るのは風を切る感覚もあり心地いい。馬やロバといった動物でもいいんだが、騎乗のスキルはあっても、乗ったことのあるという事実がない以上、そういった正当な方法を使うことは難しい。

 ゴーレムは他の生き物と違い、錬金で生まれた道具というもののため、どちらかと言えば装備品に近いため、そういったものがなくても乗ることが可能、らしい。



 そんなことを考えながら、町についたのは夕方。見慣れぬものが走ってきた、ということで警備もあったが、俺が乗っていることを確認するとすぐにそれも解かれた。

 職務怠慢じゃないかとも思うが、俺はすっかりこの町では有名人らしい。

 色々ギルドの事も含め派手に動きすぎた感はあるが、有名になってもいいことがあるとは思えない。……と言っていられる状況ではないことは分かっているため、そうせざるを得ないんだが。


 サンパーニャに寄り、本日の課題が完了したことをジェシィさんに伝えると今度は錬金術師ギルドに移動した。

 ギルドの中ですること自体は今はほとんどないが、ギルド員には用がある。

 といっても、活動実績のないギルド員をどうこうするというわけではない。ないんだが、無理に加入させられ、脱退できていないというギルド員が何名かいるらしい。


 そんなわけで、これまでの納品の実績や報告された研究の目録などを整理し、家に戻ることにした。

 といっても、用意してもらっていた食事をとり、寝るだけなんだが。

 こうやって家でほとんど何もしないというのも久しぶりだ。それこそ、『レジェンド』でのクラン単位での大型クエストを攻略していた頃のような。

 ……あの時と違い、仕事だからあまり楽しめているわけではないんだが。といっても、全く楽しめないわけでもないのが不思議だと思う。



「……ズルい」

「いや、ずるいと言われてもだな。俺も仕事だったんだが」

「それデモ、楽しソウ。ズルイ」


 店に朝一でやってきたオウラに何故かズルイ扱いされてしまったのはどうしてだ。


「私も、王都に行ってみたイ。ソラだけ、ずるい」

「……そういうのは俺じゃなくて、マイアに言ってくれ。国同士の話に口を出せるような立場じゃ俺はないぞ?」

「マイア姫には、いってみた。ダメ、だっタ」


 悲しそうに俺を見るな。マイアに言って駄目だったら何故俺がどうにかできると思うんだ。


「……機会があったら案内くらいはする。それよりも、ことねも居なくて1人でどうしたんだ?」

「コトネは、修行中。ワたしは、ソラに用がアル」


 ずるい、と言いに来たのが用なのか? 首を傾げてみるがそこまでオウラは暇じゃないだろう。

 どこかの用があっても抜け出して言いたいだけ言って帰る姫とは違い、割と常識人だ。


「で、俺に用っていうのはどういうことだ? 魔術品で何か足りないものでもあるのか?」


 まず俺への用事、ということで浮かぶのはそれだ。魔術職人である俺に鎧を頼む、やつはいても食器を頼むやつはいない。

 いやまあ、いたんだがあれは例外中の例外だから気にしても仕方ない。


「ゴーレムを、欲しイ」

「ゴーレム? ……売り物じゃないし、色々とあれすぎるから人に渡すことは考えていないぞ?」


 どこで俺のゴーレムを知ったかは知らないが、オウラが欲しいのは移動手段としてのゴーレムらしい。

 馬車は国同士の色々で持つことができず、騎乗はスキルがないため出来ない。そういったわけで、目を付けたのはゴーレム。

 防御手段は持たせても攻撃の手段さえ与えなければ問題はない、らしいんだが馬車を持てないということは少なくともオウラは単騎での行動になるということだろう。

 そもそも個人に機動力を持たせるということと、そういった自衛以外の行動ができないこと。天秤にかけ合わせても与えて問題ないかということを俺で判断が出来ることではない。


「他の、マイアとかお前の、従者なんかには相談したのか?」


 黙って首を振るオウラ。……せめて根回しをした上で俺に話をしてくれ。


「ひとまず、何を焦ってるかはしらないが、これからマイアの所に行くぞ。……ついでに可能ならことねも回収してくるか」


 オウラが移動手段を持つことが可能なら、ことねにもそれはあった方がいいかもしれない。渚は、うん、あれだ。俺の所有しているゴーレムは似合いそうにないから普通に騎乗していれば問題ないだろう。


「で、ことねは修行とやらをどこで行っているんだ?」

「学園、ワたしもコトネも外に、あまリ出れナイ」


 それならば、と学園まで足を運ぶとオウラに迎えを任せて俺は門の前で待つ。恐々と俺を見ている門番がいるが、前回の人か、その話を聞いた人だろう。

 生憎と一瞬会っただけの人を覚えているほど俺はあの時余裕があったわけでもないし、そうそう会うこともないだろうとも思っていたからな。


「どうしたの? 何か用でもあったの?」

「よ。俺は、まああまり無いんだが。オウラがことねを連れにな」

「……王女さまが勇者のあの人をか。また、良く分からないことに巻き込まれてるの?」

「俺は好きで巻き込まれたわけじゃないよ。つーか、授業中じゃないのか? リオナ」


 移動中よ、といったのは誰かと被るが、まあ嘘でもないだろう。そもそもリオナは1人ではなく、複数のクラスメートらしき男女と歩いてきたわけなんだし。


「そのこ、だーれ?」

「私の友達の工房で働いてる子よ。……関わると色々大変なことになるし、行くわよ」


 リオナの酷い言い草に苦笑しながら軽く頷いてみる。頷かれるのは意外だったのか、リオナも俺が何者か尋ねてきた少女も驚いていたようだが。


「じゃ、またな」

「ええ。じゃあね」


 聞いても仕方ないと思ったのか、時間がないのか、リオナも苦笑して去っていった。



「鍛冶師くん、久しぶりね」

「おう。元気してたか、ことね」

「まあ、うん。鍛冶師くんの方が大変そうだけど、そこそこにはね」


 苦笑される覚えはないんだが。しかも俺の顔を見て早々だというのはどうなんだろうか。


「ソラ、行ク」

「あ、ああ。……ことね、何があったんだ?」

「え、ええ。話すと長くなるから、機会があったらね」


 妙にオウラが疲れているようだが、原因はことねらしい。何があったかは謎だが、答えてくれそうにもないだろう。



「……むしろそれは私が欲しい所だが」

「お前のはあれが済んでからまた改めて色々検討する必要があんだろ? ……いざとなったらどうにかするからそんな目で見るな」


 不満げにするマイアはさておき。各所に確認だの許可だのが必要らしく、話は保留にされてしまった。当然と言えば当然だが、ままならないものだな。


「ひとまずは、街道整備が終わるまではオウラ姫に移動手段を国内で与えるわけにはいかないと思ってほしい。コトネ殿は、ナギサと共に動くのであればある程度の自由はある、だろう。

 ソラには、勇者一行の移動手段やポーションを依頼したい」

「おう。じゃ、渚が戻ったら話し合いだな。……一行?」


 一行、という言葉に引っかかりを覚えると、マイアやオウラが不思議そうな表情で俺を見つめる。


「私も渚くんも2人で旅をするなんて無謀はできないよ。だいたい1パーティーが6人くらいって言う話だから、それ位になるように人を探してる最中だからさ」

「ああ。当初は騎士団や魔術師団から選抜する、という話もあったが、それを実行するわけにもいかないからな。勇者殿には面倒をかけるが、命を懸ける限り、手間を惜しまれても困る」

「そうだよね。私がアタッカーで渚くんが、今後次第にはなるけど全体の指揮、と考えると回復(ヒーラー)(タンク)は必ず必要でしょ?

 あとは、バファーかデバファー、迷宮なんかを探索することを考えたらレンジャーかシーフかな。まあ、出会えるかどうかってことだから、その辺は臨機応変に、かな」


 バッファーやデバッファーは自分たちに対し、有利なステータス上昇機能を与えたり、逆に敵に不利な、例えば鈍足や麻痺、毒なんかがそれにあたるんだが。そういったものを与えるもの。

 レンジャーやシーフは、迷宮なんかの見え辛い場所で敵や罠を見つけたり、宝箱の解錠などをする補助的な役割を持つものだ。

 どれもMMO RPGでは一般的な用語で、俺も『レジェンド』の頃はアタッカーやバッファーなんかをやっていたが、言ったところで通じると思うなよ、このゲーム廃人が。


「……って、ごめんね。そんなこと言われてもあんまりわかんないよね。まあ、渚くんと話して仲間にしたい人を集めていくよ。

 ヒーラーとして鍛冶師くんが参加してくれてもいいんだけど」

「俺は遠慮しておくよ。こう見えて色々忙しいしな」


 苦笑していることねの要請に対しばっさりと拒否をする。ことねも本気ではないだろうし、忙しいのは事実だ。


「そもそも鍛冶師が魔王討伐に向けての旅に出ることはないだろう。勇者殿も無理を言わないでくれ」

「コトネ、冗談でモ、悪いことが、ある」


 オウラのずるい発言も割と冗談でもあまりよくない気はするんだが、まあ公に出なければいいことだから、ということだろうか。


「そういえば、ソラ。別件で、依頼したいものがあるのだが、大丈夫だろうか」

「ん? 何だ?」

「滋養強壮剤になるポーションは作れるか?」

「作れるが、どの位のだ? 疲労回復から眠気覚まし、一滴飲めば2クートは起きていられるものと種類は色々あるぞ」


 いわゆる栄養ドリンクから副作用と依存性はほぼほぼない、ただそれでも口にするにはちょっと憚れるような薬、幅はあれど薬用効果のあるポーションというものは様々ある。

 そもそも誰が使うか、どれだけ使うかによってもモノは異なるんだが。


「あまり強いものでなくて問題ない。ここしばらく、私の従者が疲れがたまっているらしくてな。数量は、そうだな。20本もあれば足りるだろう」

「ワたしの、所にも。10ホン位、あるとうれシイ」

「私も眠気覚ましと栄養剤を、50本もあれば足りるかな。……お金は、えっと出世払いで?」


 いいんだが、むしろ50本も何に使うんだ。元の世界と違い、カフェインも入れないから中毒性は持たせないつもりだが、だからといって大量に飲むものでもないぞ?


「コトネ、飲みスぎは、よくない」

「そうだぞ。何事も適量があるからな。ま、何があるかはわからんから一応通常のポーションも含め用意しておくよ」


 栄養ドリンクは戦闘中にはさすがに飲まないだろうが、ポーションは訓練中や戦闘中にも必要になってくる。

 となると、保管場所や保管方法が問題になってくる。ポーションそのものは劣化はしづらいんだが、永久に持つわけではない。

 有機物を使っているためでもあるが、俺の作ったものの場合、果物を大量に入れたため糖質の変化が起こったことを確認している。

 一番最初に作ったものが半年ほど後に劣化し始めたため、気にする範囲ではないんだが。

 とはいえど、リミットがある以上、本格的に魔王へ挑むとなったら使い切る量を、となるだろう。

 その辺りの見定めは、予算の都合もあるだろうからある程度の量を用意して、加減をみたらいいだろう。

 それに、場所さえ把握できていたら追加での物資補給も無理ではない、だろうし。

 ひとまず用意するものは、通常の回復ポーション、各種状態異常に対する効果ポーション、それに魔除けの符に念のための水晶。

 そうなると、幾らが妥当か。

「……1人当たり4金貨くらいか?」

「ちょっと待て。金額だけ言われてもどうしたらいいかわからない。お主の事だから、過剰請求はしないだろうが、目録を書いておいてくれ」


 紙とペン、それとインクをマイアの執事から受け取ると項目ごとの単価と数量、小計と合計を書き出していく。

 当初の目的のものとオプションとして魔術品や錬金術師として作成可能な危険物。火薬や爆薬など、だ。それから、ネタになりそうなものを幾つか。

 あとは実用的でかつ、旅のお供として必要になりそうなものも幾つか項目として入れておいた。

 ことねや渚、あるいは俺なんかは必要だろうが、他が必要とするかはわからないため、オプション品だ。

 そういう贅沢品やネタになるものは割と高額に。そうでないものは利益が出る程度に。マイアやオウラが欲しがっていたが、それは置いておこう。


「それで、ゴーレムに値段をつけるとしたら幾ら位になるんだ?」

「他に使えないように専用化の手順を踏むからな。1体につき、そうだな。1神貨位からが最低ラインだな」

 それはあくまでも最低限。移動手段も歩くと言ったことしかできず、攻撃手段も持っていないようなものでそれ位はする。

 本来の原価だけでいえば、大体500R(ルード)、銀貨5枚で作れるし、素材はある程度共有できるから、大量に作れば作るほど安くなる、んだが今の所作れるのは俺だけで、運用しているのも俺だけ。

 王への献上もしていないから、本当に俺だけが独占している分、値段は付けたもの勝ちだ。

 というよりも、下手に安い金額を付けられないというのもある。

 実際の所、神貨の値段が付くものとなるとゴーレムでいえば中級。

 素材、というよりも作成の難易度によるものだが、どうしても初級を超えると天文学的な値段の上がり方をしてしまう。

 魔具や魔術品でもそうだが、1のステータスの差、1の数値の差が絶対的な場合がある。

 といっても、需要と供給が釣り合えばどんどん値段なんて下がっていくんだろうが。

 それでゴーレムが町に溢れ、不要なゴーレムが捨てゴーレム、野良ゴーレムとなっていく状況を想像すると、中々やばい光景だろう。


「随分と高いな。王の護衛用としてであれば何とか出せなくもないが、私個人の所有とするものは難しそうだな」

「ワたしも、出来なイ」

「そこに至るまでの段取りの方が難しいだろう? 少なくとも、国家間の諍いに使わせるつもりはないからな。

 移動場所の制限、貸借の制限、行動の制限、過剰防衛の制限、制限をかければかけるほど手間も増えていくものだからな」

「そこまで鍛冶師くんが気にする必要はないと思うんだけど、苦労人よね、案外」


 案外とは何だ。苦労人に見られたいわけではないが、ないんだが。


「何か作る限り、それの及ぼす影響も出て来るだろ? 面倒なことに巻き込まれないためには最初にきっちりしておいた方が後々楽でいい」


 そう言い切る俺に何故か引いている3人。リスク管理も仕事の内だろうに、何を引いているのかとも聞きたいが、聞きたくもない答えが出てきそうで中々聞けない。


「……可愛い顔してるのに現実的すぎて怖いんだけど」

「むしろ私としては色々覚悟をいい加減してほしいんだが。あと、可愛いというよりもあどけない、といった方が正しくないか?」

「アイくるしイ?」


 何も聞いていないし聞きたくない。つーか、マイア、覚悟って何の覚悟だ。


「ひとまず、だ。ある程度必要でありそうなものを見繕っただけだから、増減の必要があれば言ってくれ。

 じゃ、俺は仕事だから戻るな」


 このまま俺を標的にされて面白くもない話が展開される前にとっとと逃げる。むしろ仕事中だったんだからこれ以上離れているわけにもいかない。


 と、サンパーニャに戻る前に鍛冶師ギルドに向かうことにした。採掘のために上級職人や工房主が何人も不在にしているため、しばらくの間は残っている上級職人にギルドへの駐在義務が出ている。

 俺はギルド長から駐在義務は免除されているが、対外的な理由としては工房主が別におり、工房主が採掘に参加しているから、だ。

 実際は仮ながらもギルド長代行の俺の事情に配慮してくれたんだろう。……その中にマイアに呼び出される回数の多さも含まれているんだろうが。

 免除されているとはいえ、元々は俺が言い始めたことが原因であるため、時間が少しでもあれば寄って状況を確認し、必要なものがあれば作って納品する。

 ちなみに、上級職人と工房主も交代で鉱山に向かうことになっている。見習いとはいえ、自分の弟子が行っているのに自分が顔を出さないのはまずい。

 護衛のための冒険者を新たに雇い、道具や消耗品の補給のために商人も出向く。当初の目的とは若干異なってはいるが、いい傾向だろう。



「ソラさま、こちらにいらっしゃったのですね」

「ええ。ポーションなんかを作りに。どうしたんです?」

「はい。ご都合がつけば、少しお話をさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか」


 ノルンさんと会議室に移動し、受け取ったのは1枚の書類。


「……えっと。随分と、早くないですか?」

「ええ、頑張りましたから」


 朗らかに笑うノルンさんから渡されたのは、契約書。錬金術師ギルドのギルド長代行の専属秘書となるとやらの契約書、らしい。

 いや、えっと。やっぱり早くね?

 とはいえ、頑張りましたと胸を張るノルンさんに何と言えばいいのか。


「で、では俺はちょっと用事もあるので戻りますね?」


 と、退席しようとするとがしっと腕を取られる。


「明日、あちらでお待ちしております」

「え、あ。はい。っと、朝サンパーニャに顔出してからにしますから、昼過ぎ頃に来てくださいね?」


 恐らく、この契約に関するものだろう。『気配探索』に引っかからない以上、この近くに人はいないはずだが、具体的なことを言わないことに越したことはないだろう。


 そのあと軽く魔術職人としての仕事の話をし、サンパーニャに戻るころには既に夕暮れ時だった。……やばい、余計なことに時間をかけすぎた。



「今戻りました。……遅くなりました」

「いいのよ。ただ、ちょっと予約が立て続けに入っちゃったから、お願いできるかしら?」


 メレスさんから受け取った予約票を元に作るのは久しぶりに何の付加も必要ないアクセサリだ。

 ここしばらく作っていたのは武具か練成品という、魔術職人としての技巧は必要のないものだった。いや、アクセ作りもほとんど必要ないんだが。

 ただ、町のアクセ売りでは作れないような頑丈なものだったり、繊細なデザインといったものは中々作るのが難しいらしく、紹介で来る客もそこそこにいる。

 値段もそこそこするため、必ず注文が入る、というわけでもないが。

 ともあれ、メレスさんはポーション作りや接客は可能だが、こういった細工や彫金はできない。

 ジェシィさんは大量の注文をこなすのはまだまだ難しいし、時間がないときは俺が一気に作ってしまう。

 最近は何故か作成速度も前よりも多少上がったし、スキルを付けないようにすると見栄えも色々と調整が効くようになってきた。

 あまりやりすぎると問題が大きいため、ほとんどそういったことは表立つようなことはしてはいないが。


「そろそろ今日は終わりにしましょう。あの人もそろそろ帰ってくる時間だから」

「え? あ、ええ。予約分は作り終わって、インゴットも補充しておきました。明日、昼から用事がありますから、朝だけ顔を出しますね」

「そう? 無理はしないようにね」


 片付けを済ませ、店を閉めるとメレスさんを送って家路に急ぐ。こっちに戻ってきてから妙な追跡は受けなくなったのはいいんだが、事態が片付いたという報告は受けていない。2人の目が残っているのもその証拠だろう。

 変なフラグをたてる前に考えはやめて、大人しく家に帰ろう。どうやった所で勝手に起こることは勝手に起こるんだろうから。



 サンパーニャに顔を出してジェシィさんに軽く事情を伝え、向かうは錬金術師ギルド。

 見た目はともかく、この数日ですっかりと中がかわったそれは、清潔度合いよりも、置いてあるものの特異性が際立つだろう。


「……ソラさま、何か手を加えるのであれば、是非他の者にもご相談ください」

「王都の錬金術師ギルドも、こんな感じでしたよ?」


 せっかくだから、と会議室まで移動したあと、少し引きつった表情のノルンさんにそう言われた。

 多少ランクの差はあるが、まあ大したことではないだろう。


「それで、本日はどうしましたか?」

「はい。改めて、私がソラさまの専属秘書に就任したことについてのご挨拶と、クゥエンタさまからの、言伝です」


 言伝、といいつつ書類を出すのはどうだろうか。

 ともあれ、目を通した先はギルド長としての様々。一般的なことから、あると思われる業務など様々だ。

 全10ページにも及ぶそれは、まさに初心者ギルド長のバイブル、というよりもあんちょこのようなものだろう。

 それにしては色々と回りくどかったりするため、読むのには骨が折れそうだが。


「では、私の部屋はどこになるのでしょうか?」

「ノルンさんの、部屋?」

「はい。私がここで過ごすための執務室です」


 つまり、秘書室、的なものか。後ろに控えているものと思ったが、常にそういうわけではないらしい。

 となると、そこで待機するだけではなく仕事をしたり、あるいは必要なものを保管したりするようなスペースが必要だろう。


「そうなると、この建物で適当なのは、応接室の奥か、ギルド長室の隣ですかね?」

「でしたら、ギルド長室の隣が適切でしょうか。ソラさま、ご案内いただけますでしょうか」


 促されたままついたのはギルド長室。不思議そうにノルンさんが見るのはこの部屋には入ってきた扉しかないためだ。


「実はこの部屋、幾つか仕掛けがあるんですよ」


 そういって、部屋の片隅にあるランプを回し、押し込む。

 鈍い金属の音と共に、壁の一部がずれるとそれをスライドし、またランプを引き上げる。


「……隠匿用、ですか」

「恐らくは。とはいっても、このままで固定していたらそのまま使えるようなので、ひとまずはノルンさんに使っていただければ」


 その割には何もないため、普段は使っていなかったか、あるいはギルド長が存在を知らなかった可能性もある。

 そんな馬鹿な、とも思うがここのギルドの機能はどうも人の手に余る、というか幾つか作ることが無理なものがある。

 それは機構であったり、機能だったり、と様々だが、非常に高度すぎる機能が無造作にちりばめられている。

 来歴を調べるつもりはないから、有害なものだけ無効化するに留めたが。


「それで、ノルンさんはどうされるんですか? 俺は明日はまた鉱山に向かいますし、普段はサンパーニャに居ると思いますけど」

「ソラさまに出来る限りお付きさせていただきます。しばらくは、護衛と共にですが」


 いや、断ると言いたいことだが、そういうわけにもいかない。そもそも、言い出したのはギルド長らしいし。

 俺1人を特別扱いするのもどうかと思うんだが、冒険者ギルドとの合同の仕事らしい。

 町中や野外での要人警護の予行演習。

 他の町まで移動する貴族や豪商は少なくない。貴族は私設の傭兵や警備隊なんかを雇うようだが、豪商や複数の商隊では警護のために傭兵や冒険者を雇う。

 そのためには町中や郊外での予行を行うことも少なくなく、普段は仲間内でしているものを緊張感を出すために外部の人間を使って本番さながらのシチュエーションで行うらしい。

 シチュエーションとしては、新任のギルド役員が恨みを買い、盗賊に狙われているというものらしい。

 その上で2週間、もとい2セイラ、12日間の期間鍛冶師ギルドが協力という形で一部予算などを出して護衛対象の人物や対象の生活の面倒を見る、という好条件で、だ。

 そのため、俺も家ではなく別の場所でしばらく生活をする必要があるらしい。護衛の影響下が1日中であるため、家に付いてこられても困るためその意味ではそうであった方が助かるが。



「では、この3人が警護に当たります。期間は本日から2セイラ、期間中はそちらがご用意いただいた場所での寝泊まり、食事もご用意いただけるとのことで、お間違いございませんでしょうか」

 その話は俺は聞いていなかったんだが。

「はい。今回はより状況に即した形で進めさせていただきます。それで、そちらの方は?」


 そう、この場にいるのは合計で7人。俺にノルンさんに冒険者ギルドの受付嬢と思わしき女性、それにその隣に立つ3人の冒険者と、何やら渋い雰囲気を醸し出すおっさん。


 俺が冒険者ギルドに出向くというのもおかしい話であるため、鍛冶師ギルドの会議室にいるんだが、おっさんのせいなのかいつもより妙にピリピリしている。


「申し訳ございません。あくまでも演習であるため監督役を付けさせていただいております。

 勿論、依頼料には含まれておりませんので、ご安心を」


「そう、ですか。では、改めて日程の打ち合わせを行います。ソラさま、少しお待ちください」


 別室で行動についてのすり合わせを行うらしい。あまりネタバレ、もとい事前に行動を伝えていても緊張感を薄れさせることになりかねないため、あまり詳しい内容はここでは話せない、ということらしい。

 ちなみに、俺も新任の役員役、ということで話を持って行ったらしい。俺が上級職人であることを知っているのは職人達と一部の町の人間だけだ。

 だから冒険者に伝わっていることはあくまでも職人としての俺であり、その役をサポートするために鍛冶師ギルドから秘書まで派遣しているように見えるだろう。

 いや、俺が鍛冶師ギルドの上級職人でかつ、錬金術師ギルドのギルド長代理とは誰も思わないだろうから、あえて言う必要もないんだが。

 1つ上の役職というのは詐欺だとしか思えないが、役だということと、どのギルドのとはいっていないため、必ずしも上位の役職を詐称しているわけではないため、まあ問題ないだろう。


 冒険者に座るよう促し、軽く自己紹介をしあう。といっても、俺は名前だけで、冒険者も名前と使う武器の種類、それにランクくらいだ。

 槍使いの8級冒険者、マウルスに9級の短剣使いのセラ、それに大剣使い6級のレーシ。6級はどうやらそこそこ強いらしく、どう見ても細腕で背中に担いでいる大剣を使いこなせるのか、とは思うがそれも実力の内なんだろうか。

 ちなみに、監督役のおっさん、もとい冒険者自体は引退をして教導役、というか指南役というか。ともかく、元4級のおっさんが何かあった時に手を出し、護衛対象を守るらしい。

 本来の護衛にそんな相手は付かないはずだが、予行演習であることと、冒険者ギルド側も気を使って、というか危機感を煽っているんだろう。

 まあ、俺の恰好がいつも通りの作業しやすい服に申し訳程度にケープを羽織り、それを役員を示す刻印がされた留め具で止めているだけ、という状況がちぐはぐではあるんだろうが。

 ちなみに留め具は鍛冶師ギルド長から貰ったものだ。とはいっても、刻印がされているだけでイミテーションなんだろうが。


 そんなわけで、冒険者3人+1人、それにノルンさんを伴って街中を移動するのは非常に目立つ。

 もう警護は始まっているからか、2名で俺とノルンさんを挟み、1人が少し場所を離し遠くから全体を見渡す。

 全体に緊張感を放ちながら、だ。


「……急いで移動しますか」


 黙って頷くノルンさんを確認すると、用意してもらった仮宿を目指すことにした。



「さて、今日はここまでであとは自由行動としてください。俺は部屋に居ますから、何かあったら声をかけてください」


 宛がわれた部屋に入ると荷物を展開する。といっても数日分の着替えのみであとは備え付けのものを簡単に整理するだけだが。


「ええと、ノルンさんは何故ここに?」

「ソラさまがお暇でないかと」

「……大丈夫です。むしろ疲れたので少し横になりたいんですけど」


 意外そうな表情で見られるが、俺も疲れないわけではないんだが。

 体力(HP)気力(MP)だけでいえばそういったことを消費するようなことはしていないため疲れる要因はない。

 ないんだが、目まぐるしい変化というものが割と多すぎる。

 帰ってきてから休みらしい休みもあまりなかったのは仕方ないとはいえ、だ。

 いっそのこと今のあれこれがある程度形になったら長期休暇でも取るべきだろうか。



 ノルンさんが退室したあと、部屋に置かれているベッドでゴロゴロして、気付いたら外は薄暗い。

 どうやら眠ってしまっていたようだ。少し固くなった気がする身体を軽く伸ばすと、ベッドから降りて居間へと移動した。

 ちなみに家は3階建てで、居間、というか食堂のようなダイニングルーム? は1階だ。俺が宛がわれた部屋は3階であり、1部屋しかない。

 本来なら荷物置き場のような屋根裏部屋だったらしいが、居住スペースを十分に確保するために改築がなされたものらしい。

 ここは鍛冶師ギルドの所有物件の1つで、急な客が来た時の宿泊所としてたまに使うことがあるらしい。

 らしい尽くしであるのは全てノルンさんから聞いたもので、自分で来歴を調べたわけではないからだ。

 随分と偉くなった気がするが、肩書だけ考えると偉い、のかもしれない。特にそういった気にはならないが。

 ひとまず邪魔にはなるから家の中にいるときはケープは外しておくことにしよう。


 で、居間に付くと冒険者がカードらしきもので何かをしていた。俺が入ってきたことに気づいたら慌てて片づけようとしていたが、静止し、そのまま続けるように言って誰も座っていないソファーに腰を下ろした。


「お目覚めになられていたんですね」

「……何で知ってるんですか?」


 しばらくカードゲームに興じる彼らの会話を耳に挟みながらぼんやりしているとノルンさんが俺の後ろについた。


「そろそろお食事になされるかと、お呼びに上がった時に。役得、というものでしょうか」

「それはともかく。食事はどうするんですか? 料理人は雇った覚えはないんですが」

「駐在は致しませんが、出張が出来る料理人を何名か抱えておりますので、その者を呼んでまいります。

 何か、お食事のご希望はございますか?」


 俺とノルンさんの会話を聞いていたのか、冒険者たちの表情が期待で満ち溢れている。現金だな、とも思うが食事の面倒を見るという契約らしいし、期待はするだろう。


「俺は特にありませんから、彼らの要望が何かあればそれで」



 彼らのオーダーを聞き、出来上がった料理を一心不乱に食べる姿は見ていてあれだ。

 とにかく山盛りで、という要望があり、出てきた大皿を少しでも他より多く、と食べている姿は見ていて悪いものではない。

 俺とノルンさんの分は別に持ってきて貰っているから食べ損なうこともないし。

 ちなみに監督役の人、名前を教えてもらえなかったためステータスを確認したところタラックというらしい。は一度冒険者ギルドに戻っているらしく不在のようだ。

 そういったわけで、にぎやかな食事を見守りながら自分のペースで食べる。うまいうまいとしか言っていないため、会話をするタイミングでもないようだし。


「ソラさまは随分と綺麗に召し上がられるのですね」

「そうですか?」


 普通に食べているだけのつもりなんだが。とはいえ、父親の教育方針で食事は綺麗に丁寧に食べるよう、言われていたこともあり最低限のマナーは身に着けているつもりだ。

 上級階級に通じるそれかどうかは分からないが、マイアと食事をした時に嫌そうな目で見られなかったし、そこまで大差のない食べ方だったから問題はないだろうが。


「ええ。夢中になって食している姿は、可愛らしいものがあるのですが」


 苦笑しながら頷くノルンさん。確かに彼らの食べ姿は微笑ましいんだが、可愛いかどうかは分からない。まあ、小動物が口いっぱいに食べ物を頬張っていると考えると、そういった可愛さがあるのかもしれないが。


「くったー!」

「やあ、食べた食べた。おいしかったー」

「もう食べれません……」


 満足そうに言う3人の前には綺麗になった大皿。量だけがあってそこまで味がものすごく、というわけではないと思ったんだが、満足したならいいことだ。



「初日もそろそろ終了、ですね。そろそろ戻られては?」

「はい。では、また明日もよろしくお願いいたします」


 流石にここにノルンさんまで泊まるわけにはいかない。冒険者たちは2階に個々の部屋を貸し出しているし、3階には俺の許可がなければ入れないようにしている。

 食堂から食料を盗み食いする程度なら多目に見る、というのも事前に決まっていることだ。

 とはいえ、演習でもあり適性検査でもあり、また正規の依頼でもある、というややこしいものであり、あまりおいたをしすぎると失敗と認定されてしまうらしいが。



「揺れる、気持ち悪い」

「車だけでも、ソラさまがお持ちのものになされた方がよろしかったのではないでしょうか?」


 俺の購入した馬車の車体はギルド長が乗ったこともあり、ある程度の特性は知られてしまっている。

 戻ってきてすぐに回収はしているが、今乗っている車体よりはいいものだったのは間違いない。

 ほとんど手を加えていないから最初に作ったものに比べだいぶ性能は落ちていたが、ここまで激しく上下には揺れないだろう。

 慰め程度に『衝撃緩和』の機能を付与したクッションを持ち込み2枚重ねするが、上下が激しすぎて激しく体を座席に直接打ち付けるといったことはない程度にしかなっていない。


 ゴーレムは勿論のこと、馬車も普通の職人が持つにはオーバー過ぎる。というよりも、王族ですら所有していないものを大々的に公開するつもりは、今はあまりない。

 そんなわけで、冒険者は護衛役として外で、俺はノルンさんは車内に。御者は別にギルド経由で雇った人に頼んでいる。

 冒険者が歩いている位の速度で走っているためそこまで揺れるのもおかしい気はするんだが、きちんと整備された道でもなく、街道整備事業を急ぐ理由の1つにもなっている魔物やそれらとの戦いによる凹凸が酷い道を進むしかない。

 つまり、荷物がなければ歩いた方がよっぽど楽なんだが、ある程度の距離があることと、今回は鉱山に届ける荷物類も少なくない。

 護衛の都合上以上に、荷物の関係上冒険者たちには歩いてもらうしかない。俺もむしろ歩きたいんだが、ノルンさんに妙に迫力のある笑みで黙殺されてしまった。



 3時間ほどの移動でついた先は鉱山手前の、作ったばかりの建物の前。

 なんだが、どうも何か様子がおかしい。今日の予定ではお姉さんたちが引き続き鉱山で採掘、それに分けたグループが周囲の探索、鍛冶、選別などを行うと聞いていたが、宿泊小屋や歓談用の小屋に人が集まっているようだ。


「……俺は少し中を見てきます。すみませんが、ここで周囲の状況を見ていてください。何かあったら、すぐによんでくださいね?」

「はい。お待ちしております」


 ノルンさんがお辞儀をして頷くのを確認し、歓談用の小屋に入る。


「……誰?」


 思わずそう言葉が出てくるのは仕方ないだろう。流石に今回のメンバーは全て顔は分かるが、中央に設置しているテーブルで不機嫌そうにしているおっさんを俺は知らない。


「貴様こそ、何者だ。どこぞの小童かは知らんが、私を誰だと思っている」

「いや、んなこと言われても俺はお前を知らん。知らん奴だから誰だと聞いたんだが」


 おっさんを遠めに眺める冒険者も俺が来て少しほっとしたようだ。


「ふん! ゴーゾン伯爵の臣下である私を知らんとはな! まあいい! 憎たらしい口をきくが、中々顔は整っているから、」

「……『永遠たる停止(パラライズ)』」


 何かおぞましそうなことをほざこうとしていたおっさんを強めの麻痺をかけてやる。

 勿論魔術職人らしく、腕につけている魔術品をそれらしく光らせて、だ。

 つーか、臣下ってことは別にこいつ自身が偉いわけでもなさそうだが。

 さらに気持ち悪くゴロゴロと椅子から滑り落ち、うごめいたため、冒険者の手によって外に搬出してもらった。


「つまり、あれらはそのゴーゾンとやらの一行で、それも含めてここを占拠してるということですか?」

「は、はい。今の所、偉そうに振舞うだけで危害などは加えられてはいないんですが」

「では、そのゴーゾンとやらに会ってきます。いるのは、……男性用の宿泊小屋ですか。ありがとうございます」


 冒険者の1人を捕まえ、事情を聴く。昨日、何故か鉱山の奥から出てきたそれらを保護したところ、貴族らしく横暴なふるまいをしているが、危害を加えたりしているわけではないため対応に苦慮していたらしい。


「ソラくん、お待ちしていましたよ。実は」

「多少話は聞いています。それで、伯爵とやらはどこに?」

「一番奥の、上級職人用の部屋に陣取っていますよ。傭兵も連れて来ていて、困ったものです」


 砂の木々の工房主、同じ上級職人のネルガさんが俺に気づき、話しかけてきた。

 傭兵もあまりガラのいいやつらではなく、乱暴をされても困る、ということもあり誰も採掘にも出かけられないようだ。


「……じゃ、ちょっと話してきますよ。皆さんは、ここに居てくださいね」


 心配して止めようとしてくれる人もいるが、鞄一杯の魔術品を見て改めたらしい。俺が用意している魔術品が何であれ、これだけの数量があればどうにかなると思ってくれたのだろう。



「おうおうおう! ここは俺たちの主がいる場所だぜ! 嬢ちゃん、主に抱かれ」

「悪夢を見て、寝てろ」


 鞄から調合した粉を取り出し、有無を言わさずぶっかける。間も置かず倒れ、魘されている姿に何の罪悪感も持たないのは俺も慣れた証拠なんだろうか。

 どうせ後で直すからと、ドアを力任せに蹴り、扉をそのまま吹き飛ばす。勿論素の力でそういったことはできないため、スキルを使って、だが。


「な、何奴! 私を誰だと思っているんだ!」

「単なる不法占拠のおっさんだろ? ……邪魔だ」


 俺を認識し、迫ってくる傭兵を眠らせ、何やら汚れ切った服を身に纏ったおっさんと対峙する。


「貴様、どこかで、いや、貴様か! 私がこうなった原因め! 鍛冶師如きが!」


 と、俺を見たおっさんが何やら喚き散らしだした。俺を知っているらしいが、はて。見覚えがないんだが、誰だ?

 いや、恐らくは伯爵とやら何だろうが、んー。合致するとしたら。


「ああ、あんたか。謀反を起こして俺を攫おうとしたり、『降誕の聖女』を害そうとしたのは」


 いや、ハッフル氏を狙ったわけではなく、俺だとは思うんだが。


「貴様如き平民が! 貴族である私に逆らおうなどするのか!」

「なら、その醜い体をどうにかして、そこから立ち上がって言えよ。……まあ、戻った所で命もないだろうから、怖くて震えてるだけだろうが」

「何、何を! 何を! 貴様! きさ、貴様!」


 あまりにも怒り狂っているのか、ガチガチと歯を震わせ、目も血走ったおっさんがどこをどうやったらそういう動きが出来るのか、飛び上がって俺に突撃をしてきた。


「あー。甘い」


 両手を伸ばして掴もうとしてくるところを、すり抜け、後ろに回り込むついでに足を払っておく。

 派手に床に倒れこむそれに麻痺を叩きこんで、終わり、と。



 念のため、ワイヤーで簀巻きにして転がしながら外に出す。他の傭兵共も一緒に、だ。


「さて。こいつら、どうします?」

「それは、私たちが判断できることではありませんからな」

「……そうですね。マイアに伝令。ゴーゾン伯爵を拿捕した。取扱いについて確認しておいてくれ」


 俺についている隠密の1人が離れていくのが分かる。往復で2~3時間といったところだろうか?

 それまで何もしないのももったいないため、逃げられないようにさらに頑丈に縛ったうえで少し離れた場所に放置しておく。

 麻痺を食らったやつらは麻痺だけで気を失っているわけではないため、恐怖は感じているかもしれないが、まあ構わないだろう。


「ねえ、ソラくん、大丈夫だった?」

「ああ。むしろお姉さんは?」

「私もみんなも大丈夫だったよ。あの人、誰か待ってたみたいだったから」


 それは俺、なんだろうか? いや、俺を知っていたらもっと反応をするだろう。

 となると、可能性は1つ。前回の襲撃の黒幕、だろう。

 『気配探索』と『気配察知』を起動させ、周囲にいる人間を確認する。

 いた。森と鉱山の境目辺りに15人ほどの集団。その中に家族名を持つものがいるから、ほぼ間違いないだろう。

 ちなみに俺と一緒に来た冒険者たちは元々来ていた冒険者と情報共有をしているらしい。

 簀巻きにした連中を動かすのは多少手伝ってもらったが、護衛として任務してないよな、彼ら。


「ソラ殿、御無事で何よりです」


 殿? 来たのは騎士団の10人程度だが、その中でも妙に立派な装備をしたおっさん、一応何度か見たことのあるおっさんではあるが。

 ともかく、何故おっさんは俺に敬称を付ける。周囲から妙な目で見られるだろうが。


「……ソラさんが変な立場にいるのなんて今更っすよね」


 おい、リリオラ。何を失礼なことを言っていやがる。


「ソラくんは色々な人と仲がいいから」


 お姉さんも苦笑交じりで言わないでくれ。

 全員とっ捕まえた後、騎士が来たことにわらわらと人が出てきた。


「では、この者たちを王都に護送します」

「ええ。その前に、念のため周囲にまだ残っていないかも確認できますか?」


 さっきのお姉さんの話を含め、騎士に話をする。具体的な場所を話すわけにはいかないが、そもそもこの周囲で人がそれなりに集まることが可能で、安全を確保できる場所は多くない。その上で、転がっている奴らが出てきた場所を考えると、場所は絞られる。

 符や魔術品をたっぷりと貸し出すと、冒険者をお供に送り出した。護衛演習中の冒険者も含め計25人。

 荒事になる可能性もあり、9級のメリフィンにセラ、それに俺の護衛として6級のレーシに騎士が2人残り、8人で捕らえた奴らを一端バーレルに運び、そこから王都に護送するらしい。

 25人で15人。相手のレベル次第では厳しそうだが、流石にレベルまでは分からない。というか、レベルはほとんど参照程度にしかならないのがつらい。

 レベルは、置いておいても人数や場所だけでも教えられたらまだ有利になりそうなんだが、話すのも難しい。

 俺1人だけならさっさと無効化して簀巻きにして放置で終了なんだが、この人数の中でそれをするのも中々手間がかかる。

 というか、いい加減終わらせたい。相手の考えは分からなくはないが、それで巻き込まれる方は迷惑でしかないからな。



「……こうしてていいのかな?」

「一応、色々と許可を取るべき相手には取ってるし、いいと思う。多分?」


 お姉さんの疑問も最もだが、あくまでも目的は採掘であり、勝手な貴族の捕り物ではない。

 というわけで、捕り物は向かった騎士達に任せ、小屋の周辺で薬草や石などを集めることにした。

 勿論安全を確保するため、小屋を守ったり休憩したり、という人員を除いてほぼほぼ全員が固まって行動をするようにしている。

 俺も今は護衛を受ける立場だ。指導はしているし、ある種でようやく勤めを果たしている、という気になってくる。

 これまでが色々と異常だった、というのは考えるまでもなく、だがそれとはまた別の話だ。

 まだ何かありそうだが、ひとまずは採掘を楽しむことにしよう。


更新が非常に遅れました。

お待ちいただいた方には申し訳ございませんでした。

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