第30話。 錬金術師(ii)
結局帰り着いたのは、マイアに言った通り昼頃。
馬車が空を飛んで来たのが2度目だったこともあるためか、そう警戒されることもなく町の門にまでたどり着いた。
門番をしていた騎士も、俺とマイアの顔を見ただけであっさりと馬車を通した。それでいいのか、とも思うが、何か妙に慌ただしい。
マイアが帰ってきたから、ということもあるかもしれないが、どこか妙だ。
町もどこか浮ついているというか、慌ただしいというか、日常とずれているというか、そういった感じだ。
何かあったか、と脳内スケジューラーを起動させてみるが、いまいち特に行事らしいものはない。
「なあ、マイア。何か町であったか?」
「私は参加したことはないが、収穫祭とやらをやる時期だったと、思う。……商人ギルドに所属しているのに知らないのか?」
「つってもな。ここしばらく忙しかったし、収穫祭の準備があるって聞いてたんだが、そういった通知はなかったぞ」
というよりも、この町で大々的に農業を行っているわけでもないから収穫祭も何もないと思うんだが、この町は幾つかの村からの出稼ぎ者も多く、収穫祭をするには人口が少なかったり、場所があまり多くないため、農作物を持ってきて町の広場で販売するという、村との合同収穫祭兼、フリーマーケットというか、合同市場というか。
そういった収穫を祝う祭りであり、あまり多くない直接販売が可能な時期というわけで、人も普段より多く集まる時期だ。
モンスターの増加もあり、実行はされないのかと思っていたが、だからこそむしろ、ということらしい。
「……それはそうだろうな。お主が万が一祭りの熱気に誘われて市場に出回っていない物を出しでもしたら、市場価値が崩壊しかねん」
「いや、俺もそこらへんは一応、わきまえているぞ? 今回は献上品であり、非常事態だからこその大盤振る舞いだし、それ以外のは基本的にそんなに市場を荒らすようなやり方はしてないぞ?」
「……ポーションや符については、お主のものがこの町では主流になっているがな。それに、街道整備の要も、な。
私としては、あまり自重しすぎる必要はないとは思っているが、町の外の人間が多く来る時期に、お主が出歩くのは禁止したいところだ」
酷いことを言われている、とも思う反面、今回の事件が解決したという報告がないため、そう思われるのは仕方ない。
それよりも、今はやらなければらないことが山ほどある。それらをこなしている間に収穫祭も終わりを告げる気しかしない。
祭りに参加できないのは少し残念だが、ひとまずは大人しくしているべきだな。
首を突っ込んでいいことと、ろくなことにならないことの区別は一応ついているんだし。
マイアを屋敷まで送り届け、ギルドに報告をしたのは夕方近く。さて、ここからサンパーニャと家と、どちらに先に向かうべきか。
俺個人としては一刻も早く帰ってレニに会いたい、もとい帰宅の報告をしたいところだが、そうなると色々と長くなりそうだ。
そういう意味で言えばまずサンパーニャで報告をして家に帰った方がいいだろう。
もしかしたら、ギルドから何かしら報告が来ているかもしれないが、王都に戻った後の話は知らないだろう。
いや、面倒なことが多すぎて話せないことも多いんだが。
「あ! お帰り! ソラくん! 大丈夫だったの?!」
「まあ、うん。大丈夫、だと思う。多分?」
俺の顔を見た途端、心配そうに駆け寄ってくるお姉さん。
ジェシィさんは苦笑というか、困ったような笑みを浮かべているのはなぜだ。
「ミランダ。ソラくんも大変だったようだから、話を聞くのはまた今度だね。
ソラくんは、色々報告しなければならないところが多いだろうから、落ち着くまではそちらに集中してくるんだよ」
と、ジェシィさんは言っていたが、そういうわけにもいかない。
話せない部分を除いた簡単に経緯を説明した。んだが、何故そんな微妙そうな顔をしているんだろうか。
いや、色々とありすぎて俺も色々どうしたらいいかわからないんだが。
「……陛下から、紋章を入れることを許可されたか。ソラくんの腕なら、確かに当然、かもしれないね」
少し寂しそうなジェシィさんの呟きは意図が分からない。紋章は何か特別な意味でもあるんだろうか?
聞いても答えてくれそうな雰囲気はなかったため、気にはなりながらもサンパーニャを後にした。
「ただいま。……どうかした?」
しばらくぶりの帰宅。なのだがどうも様子がおかしい。父と母がダイニングで何か困ったように顔を合わせている。
「あ、ソラ。お帰り。うん、ちょっと、困ったことというか、どうしたらいいかって思ってるんだよね」
「困ったって、どうしたのさ」
「村で採れた穀物とかを村長たちが売りに来たんだ。それは無事売れ切ったんだけど、売上金がね」
穀物や織物、流石にパンに関するものは持ってきていなかったようだが、そこそこの売り上げになっていたらしいものをなくしたらしい。
村の売り上げは基本的に村に足りない消耗品や食料を買ったりするためのものだ。冬備えをするためのものとは別の収入のため、村が立ち行かないというわけでないが、それでも色々と困る、ということだろう。
「それで、村長たちはどこに?」
「ひとまずは詰所に行ってもらってるよ。私たちじゃどうしようもないし」
確かにそうだ。窃盗なのか単に置き忘れなのかはわからないが、探してない状態だろうから詰所に行ったんだろうし、置き忘れたのでも恐らく戻っては来ないだろう。
ドブ坂通りもあり、そういった意味での治安というものはそこまでよくない。
いや、そもそも置き忘れた方が悪いというだけなんだが。
それはそれとして、どうしても困るというのであればうちの備蓄から消耗品なんかは出せないことはないと思うんだが。
流石に現金を渡すと差しさわりがあるだろうが、出来る分での援助をするのであれば問題ないのではないか、と思う。
とはいえ、今俺が出来ることはそんなに多くない。とりあえずは村長が戻って来るまで動くこともできないだろうし。
というわけで、ジェシィさんたちよりも話せる内容が少ないが、むしろお土産話として王都の様子なんかを話しておいた。
ちなみに、レニはお昼寝中らしい。残念でしかたないが、起こすなどという可哀そうなことはできない。
とりあえず、お土産だの何だのを渡し、アイテムボックスに一時的に服を収納する。
服は多すぎるのと、普通に洗濯板なんかを使って洗濯をすると生地が傷みそうだからだ。
売るにしろ、保管して何か機会があれば使うにしろ、綺麗な状態で保存するに越したことはないだろう。
魔術を使って洗浄してもいいんだが。洗濯は母の負担にもなっているだろうし。
たまに俺も上着だけなら手伝ってはいるんだが、何にせよ最近は忙しくてあまり家の事を全般手伝えていない。
オーバーテクノロジーすぎない便利グッズを作って渡しているんだが、あるもので何とかなるものを作ってみよう。
まあ、実際に作るのはスキルを使わずに、ということで明日になるんだが。
村長たちが改めて来たのは日が落ちた頃。色々と俺のやってきたことを聞きたがっていたが、守秘義務どころの騒ぎじゃない位に話せないことが山積みだ。
当たり障りのない所と、既に実用化されている簡単な魔術品など俺の活動実績といった話しかしない。
問題が解決されたわけじゃないのに変に情報を渡して村長たちが狙われでもしたら目も当てられない。
それ以上に、疲れてもいるだろうしそこであまり時間を取らせるのもどうかと思ったこともある。
そもそも、俺も長旅の帰りだし。帰りはほとんどを空路で自動運転とはいえ、疲れていないわけではない。
変にマイアと2人きりというのも妙な緊張感に包まれていたし。
そんなわけで自室にとっとと引っ込んで、荷物の整理をすることにした。
大量の服とお土産はいいとして、まだ残っているウサギ型ゴーレムのコアを加工してしまう。
まだまだ大量にあるが、稼働可能な時間と移動範囲を設定する。それと、魔力登録をして登録者でなければ実体化できないようにしてしまう。
これで性能そのものが多少落ちるが、それも込みでの対応だ。
どこまで性能を落とせばいいかは不明だが、ひとまずの目的としては決められたルートを、安全な速度で、安全な高度で、物品の運送を確実に、だ。
そういった意味では、今回のように馬車を牽くのではなく、籠か何かに物資を入れて、それで運ばせる方が確実な気もする。
飛行型のモンスターだけどうにかできれば、高高度のゴーレムを邪魔できる存在なんてそう多くないだろう。
出来るとしたら、ハッフル氏のようなやけに広い攻撃範囲を持つ相手くらいだろうし、そんな相手が来たら基本的には陸路を進んでも同じことだろう。
あくまでも俺の役割としては、そこまで前面に押し出されることは期待されてはいないんだろうから。
例え期待されていても、これ以上は自重する予定だが。
朝、もう一度詰所に行くと外出していった村長たちを見送り、地下室に引きこもる。
昨日考えていた諸々を作るためだ。以前の場所と同様、というわけでは勿論ないが、どこまでやれるか、というのは把握しておくべきだ。
味噌や醤油の大量の失敗作を作り続けても、成功する目があるのであれば、挑戦するべきだ。
と、少しヘコみつつも作ったのは手回し式の洗濯機だ。しかも1層式で洗濯、脱水、乾燥まで出来るというまさに主婦の味方。
とはいえ、これそのものは単なるオーバースペックすぎるものでしかないため、2層式の手回し洗濯機を改めて作ることにしよう。
で、できたものが30Lまで対応の洗濯機だ。構造自体はシンプルで、金属のガワの中に同じく金属で作った洗濯槽となる細かい穴が開いたバケット。それに回転させるためのハンドルを付けた蓋。
構造としては非常にシンプルで、バケットに洗濯物を入れ、1層目で洗濯、2層目で脱水。
乾燥については普通に干せばいい、という当然の結論に導かれた。
自動洗濯機の2層式は本来、1層目で洗濯し、洗濯物を取り出し2層目で脱水、というものらしいが、洗濯物を全部取り出し入れなおすという手間を省くため、バケットを独立させ、バケットごと取り出せるようにしてみた。
洗濯用の洗剤はある。とはいっても、わりとにおいがきついものが多いため、泡立ちが良く、香料を使ってにおいが出るのを抑えた粉石けんも自作してみた。
出来上がった試作品に、作業用に普段使っている服なんかを入れ、洗剤を溶かしたお湯を注ぎ、まずは洗濯をしてみる。
中身が入ったハンドルを回すとなると重くなりそうだったため、バケットに『軽量化』、ハンドルに『負担軽減』というスキルを付け、高速でとまではいかないが、割と速い速度で洗濯ものが中で回転をして、渦が発生し、汚れを落としていく。
水が汚れたら変え、濯ぎまでをしたら脱水機にかけ、干す。
洗濯物を干すこと自体は何の変哲もない行為だが、干した洗濯物自体の成果は中々のものだ。
普段店で、あるいは地下室で作業をするための服はそこそこの量がある。汚れがひどいときは揉み洗いや叩き洗いをすることもあるが、やはり様々な薬品や油なんかがつくことが多い。
そんなそれらを新品、とまではいかないが、染みついた汚れを落とし、外で着てもそこまで問題のないものに出来たのは上出来だろう。
何よりも、乾くまでの時間の短縮と生地が傷みにくいということが大きなメリットだと思う。
本来なら洗濯機では生地が傷みやすい、よれやすいものなんだが、そこは魔術職人としての腕で、『素材回復』と『復元化』というスキルを付与させているため問題ない。
というわけで、あとはこれを一般的に作れるように設計図化し、商業ギルドに持ち込めば完了だ。
機械製品のため、他のギルドでは扱い辛いというのが多少難点だが、俺1人で大量に作ることはできない。
いつも通り、最初は王族や貴族に向けての販売だろうが、時が経てば少しずつ出回るだろう。
それは俺の本意ではないが、事を荒立ててまで行うことでもないため、時期を待つしかない。
魔術品化できなければ、普通の衣類を洗うことに対しては問題ないわけだし。
「……あー」
「いや、あーじゃないだろ。あー、じゃ!」
いや、すまん。忘れていたわけじゃないが、てっきりハッフル氏が話したとばかり思っていた。
「お前も、忙しいんだろうけど、こういうことはちゃんと言ってくれよ」
「といってもな。俺も知ってから用意するまでの期間が短すぎてほとんど準備しかできてなかったんだよ。
俺が言える立場じゃないのは分かってるが、ああいう人だ。諦めろ」
がくりと落ち込むトールの気持ちは分からないでもない。分からないでもないが、あの人は自由すぎる。
色々しがらみはある立場なんだろうが、だからといって自重をする性格ではないのはここしばらくでわかっているつもりだ。
つまるところ、どうであれあの人に関わるのであれば、色々と諦めが必要、ということだ。
「師匠が何かあったってことは、正直考え辛いんだけど、あの人がいないと、何か、落ち着かなくて」
恋焦がれてる乙女じゃあるまいし、とも思うが、近い状態なんだろう。
といっても、本当にそういう状態であるとか、子供にありがちな尊敬と恋慕を同一しているというものではなく、ハッフル氏の側にいるからこそあの人の体質に作用されている可能性が高い。
つまり、魅了というはた迷惑な体質を、だ。あれは眼による効力と、フェロモンか何かが反応して常時ごく微小なものとして常に漂っているようだ。
通常ならその程度のもので何か作用することはないだろうが、効きやすい体質というものはどうしても存在する。
むしろ、俺の見立てとしてはそれは効きやすいというよりも、変異してそれと似た何かに影響されているように思えるんだが。
まあ、そうなっていると思われる以上、俺に出来ることは今の時点ではない。そもそもそれは仮説でしかない。
普通にトールがハッフル氏に依存しまくっている可能性も0じゃないんだし、不安がる程度ではまだ何もしようがない。
特に重症でないというよりも、違和感を覚えながらもそこまで深刻そうではないということが一番の理由だが。
納得しきれない表情のトールを送り出し、今日の行動を考える。町でまだ行われている収穫祭に顔を出すわけにはいかず、そもそも家から出ることも難しい。
監視の目もあるが、それ以上に罠を仕掛け切れていない、もとい色々な準備ができていないからだ。
俺が解決できる問題でもないが、俺が手を出さずに終われるものでもないような気がする。
というわけで、魔術職人としての俺の身を守るため魔術品を作ることにしよう。現実逃避に近い気もするが、気にするのも今更だな。
そんなわけで、母に出かけることを伝え、門を出た後に『希薄化』と『気配遮断』を付け、中央広場に足を向けた。
人混みをかき分けながら進んでいき、ウィンドウショッピングよろしく出店で扱っている商品を見ていく。
勿論声をかけられることはないが、普段見ないものもちらほらとあり、見るだけでも楽しい。
一通り出店を見ると、次に向かうのは高級住宅街だ。通行が禁止されているわけではないため、特にどうということはないが、通常町の人間は近づかないし、建物の作りなんかが違うため、収穫祭に参加しに来た人も基本的には近寄らないらしい。
そのため、同じ町の中でも人がごった返すような時間でも、馬車や小間使いらしき子供が歩いている以外ほとんど人通りはない。
そんな道を気にせず進み、適当に路地に入る。高級住宅街でも裏道、というかあまり目立たない道は幾つかある。
家の壁が高かったり、高い木が生えていて、鬱蒼としていたり、日陰で夏はいいかもしれないが、あまり近寄りたくはない道、だ。
一度で釣れるとも思っていなかったが、そうでもないらしい。というよりも、相手も焦っているんだろう。それが分かる気配に口角を少し上げ、その場を離れることにした。
というよりも、大通りに出る直前に『短距離転移』を使い、屋根や屋上などをすり抜けて目的の場所にまで移動することにした。
「さて、俺に何の用だ?」
予想通り返事はない。だが、俺を害そうとする意志だけは確認できている。気絶でもさせて拉致するつもりなのか、あるいは口封じや八つ当たりでもするつもりなのか。
死角から投げられてくるナイフの柄を掴み、1本を残し適当に投げ返す。
投げ返したときに確認をしたが、刃に割と強めの毒が塗られたものだ。拉致、という可能性は非常に少ないらしい。
何とかそれをよけきった相手に追加でナイフを投げる。はっきり言って、『追跡者』と俺とではスキルとDEXの関係上、俺の方が投擲の技術は上だ。そして、先読みという部分で今回は俺に軍配が上がったようだ。
ナイフに付与したのは『麻痺』と『眠り』の2つ。無効化することだけに徹底したそれは、反撃の余地すら許さず、相手を昏睡させる。
さらに念のため、ロープで縛り、担ぐ。俺の本来の腕力では持ち上げることすら出来ないだろう体格差があるが、そこは様々な方法で引き上げを行っていることと、思ったよりも軽い、というのが原因だ。
「じゃ、あとはよろしく」
「……後はよろしく、ではないぞ。何がどうしたか、ということを最初に説明しろ」
「例の件、だ。必要なものは置いておく」
マイアが顔を顰めるがそうされても知らん。状態異常解消ポーションや自白剤など、一通り必要そうなものを渡し、襲撃者を引き渡す。
スキルを解除して館を出ると、予想通り『2人』の密偵が慌てて屋敷に来たのが分かる。短距離でのテレポートとはいえ、姿を見失うなよ、とは思うが普段使わない方法での移動だったため、出遅れたんだろう、とは思う。
まあ、ひとまずは第一段階を折り返した、といったところか。お膳立ては色々してるんだから、とっとと食いつけ。
目の前に止まる1台の馬車。直後に3台の馬車に囲まれ、逃げ場はなくなる。……高級住宅街の中でよくもそんなことを。
「死ね!」
血走った目のおっさんが正面から降りてきてやたら豪勢なレイピアのような剣を向け、それで俺を串刺しにでもしたいのか、突っ込んでくる。
「……無駄なことを。その程度じゃ、俺の防御は抜けないぞ?」
剣先は空中で止まる。何度も同じことをするが、一定距離から先に進むことはない。
「ま、お前らまとめて、悪夢でも見とけよ?」
1つ黒い丸薬を取り出し、地面にたたきつける。一瞬で半径2m内を明らかに有害ですといった赤紫色の煙が広がり、バタバタと倒れる音がする。
無事なのは俺だけで、馬車の中に居たものも、巻き添えで申し訳ないが、馬も全て倒れている。
生物を全て強制的な睡眠状態に落とさせる状態異常薬だ。使用者のLUKとINTに依存するこれは、半径2mという範囲の短さはあるが、だからこそ自分一人で囲まれた時の最後の切り札といった感じで使えなくはない。
出てくるのが煙のため、それを防がなければ自分自身も状態異常を起こしてしまうが、そこは何かしらの方法で防げばいい。
例えば風属性のシールドや有害なものを防ぐマスク、あるいは発生した全てを拒絶する盾のようなもの、だ。
今回は最後のものに一番近い。リフレクション・シールド。反射盾というのは本来俺が良く使っていた魔術系スキルの1つだが、それを符で再現してみた。
そうやっている間に、打ち合わせ通りマイアや騎士たちが駆けつけてきた。若干遅いが、まあ本来はもっと手間がかかるはずだったんだから、そう考えると早い方なんだろう。
捕縛されたのは下位貴族が3人、中位が5名、上位が1名。それに取り巻きであろう幾数名、らしい。後はどうなるかは、想像はつくが、どうにもできない。
本来は平民の職人1人をどうこうして大した問題になるわけでもないはずだが、俺は何か特殊らしい。
何がどう特殊なのを聞くのは怖いが、マイアからのペンダントや王に自分が作った紋章を入れたものを献上したといった事柄が関係するんだろうが、気にしないできっと問題ないだろう。多分。
マイアには危ないことをするな、とグチグチと言われてしまったが、まあ仕方ない。この手の奴らが絡め手を使ってきたら俺1人では対処がしきれないし、周りが巻き込まれかねない。
それで後悔する位なら、派手に動いて細かい所を見え辛くさせるのが一番だ。
今はそうならなかった幸運を、ただ喜べば、いいんだろうか?
余計なことを抱え込んでしまっただけな気もするんだが、まあ、今は出来ることをやったまでだ。
で、出来ることをやった結果というのがこれだ。
一応は町に出ることの許可を得られたのはありがたい。ありがたいんだが、むしろ行動が制限されているとしか思えないんだが。
「……マイア、どういうことだ?」
「お主はもっと自分の価値を知っておいた方がいい。全く、無理をするなと何度言ったらお主は分かるんだ」
それはもう10回以上聞いたぞ。いや、聞きたいのはそういうことではなく、俺を取り囲んでいる傭兵じみた格好をした騎士達のことだ。
マイアからしたら必要な措置なのかもしれないが、ギルドに所属している傭兵に比べ、装備や立ち振る舞いが良すぎる。
俺がたまに常連の冒険者と歩くこともあるため、そこまで違和感はないかもしれないが、見る人が見たらわかるレベルで酷いことになっている。
前後左右に合計4名の騎士に、隠密が3名、密偵が4名。それに他にも距離を開けて何人かがついているといったところか。
とりあえず、用事を済ませてくることにしよう。せめてもの幸運はある程度成りきれる人材を見繕ってくれたのか、世間話に騎士が応じてくれることだろうか。
で、ついたのは鍛冶師ギルド。ある種俺が拠点としている場所の1つだ。収穫祭のためか普段より見ない人が多いが、俺があまりに特異に見えたのか、それとも一気に6人もの人間が入って来たからなのか、視線を集めてしまう。
だが、その視線を気にしても仕方ないため、そのまま階段を上がっていく。
上がった先に居たのは、秘書のノルンさんだ。
「お帰りなさいませ。ソラさま、それと殿下」
「私はついでか。まあ、いいんだが」
苦笑するマイアに思わずノルンさんの表情も一瞬焦りが浮かぶが、特に先の反応がないため開き直ったのか、改めて俺に向き直る。
「改めまして、長旅お疲れさまでした。状況に関しましてはギルド長から伺っております。今は収穫祭の開催中ですので、ソラさまはごゆっくり体をお休めいただくよう、ギルド長からの指示がありました」
「……それはいいんですけど、それとは別件で、報告が」
詳細は聞かず、畏まりましたとだけ頷き、俺たちを促すのは流石プロといったところか。
「つまり、貴殿を狙っての報復ということか。この町に住む貴族も絡んでいたとなると、中々面倒な問題だな」
「そこは私と父王、それと幾つかの所で対処している。……あとは残党の処理とこやつの対応が苦労しそうだが」
何故そこで俺の頭を突く。どちらも深いため息を吐くのは俺が原因だと言いたいんだろうか。
というか、このタイミングだからこそだろうが、普段からこの町に住んでいる貴族までが関与していたとなると、本当に面倒なことだったらしい。
まあ、仲介役だったり連絡役などがいなければそういった情報をやり取りすることは難しいため、可能性としてはとらえていたが。
「あと、貴殿には一度錬金術師ギルドに顔を出してもらいたい。あちらも中々に不可思議な状態になりつつあるらしくてな」
「露骨に嫌そうな表情をするな」
そうは言われても、事の成り行きで所属しただけで俺は錬金術師ギルドにはあまり関わっても仕方がないというか、これ以上色々すると流石にオーバーワークというか。
とはいえ、本当にこの町には錬金術師が少ない、というか表立って活動をしたい錬金術師がほとんどいないというのが実情らしいし、行かないわけにはいかないだろう。
早々に鍛冶師ギルドを離れた俺は、錬金術師ギルドを見て愕然とした。前に訪れたのは1か月程度前のことだ。
なのに、これはどういうことだ。
「……ソラよ。確か、ここはギルドだったな?」
「ああ。決して廃墟だの火事で焼かれた建物ではなかったはずだよ」
そう形容したくなる建物が目の前に実際に存在している。だが、外見だけがこうなっているのか、それとも内部もそうなっているのか。
「……さて。ちょっと調査してくる。危険がないとは言えん。外から見てるのは構わないが、中には入るなよ?」
「……危険があるかもしれない場所についていくなと言われてもな」
「俺を誰と思ってるんだ? 一応、こういうことも想定して準備はしてるよ」
鞄から符と腕輪、指輪を取り出し装備する。正直これは単なるブラフなんだが、見てもわかるまい。
その企みに成功し、不承不承といった感じで重たそうなため息を吐くと、騎士と建物ギリギリに待機するマイア。
抵抗もなく開いた扉を抜けた先は、前見た時とほぼ変わらない。敢えて言うとすればうっすらと埃が積もって位で、床や壁に思ったほどの痛みはないようだ。いや、1か月程度であれば普通はこんなものなんだろうが。
となると、別の問題が考えられる。考えられることとしては、更迭された元ギルド長が何か置き土産をした場合。
あとは、ギルドハウスそのものの機能が低下している場合、だ。
鍛冶師ギルドや商業ギルド、あるいは建築ギルドなどは全て人の手で運営されており、ギルドの整備もそうだ。
ちなみに、ギルドハウスというのはクランハウスのギルド版の名称で、通常ギルドとしか言われない。
それはともかく。『レジェンド』と同じ動作であるのなら、こうなった理由は分からなくはない。
クランはともかく、ギルドは個人、いやプレイヤーで運営できるものではない。そうなったら、どれだけ自浄作用が働いても限りがあるし、腐敗というのは避けることは難しい。
それで重いノルマや売買の制限、停止などが発生したら正常なゲームの運営も難しくなるという理由でギルドの管理は全てNPC及びGMが行っていた。
その中でプレイヤーが出来ることといえば、納品を行い、その見返りに施設の優先利用権を得たり、割引のサービスを受けること。
決して役員になったり、ギルド長になったりということはできない。
とはいえ、ロールプレイの中でそうやって成り上がりができないというのもつまらない、ということでクエスト限定で臨時役員職などを務めて制限的にそういったことをできたため、ギルド内部の情報はある程度は集まってはいたんだが。
その辺りは置いておいて。『レジェンド』では、様々な納品や売買を行うことでギルドハウスの活性化が行われていた。
外観の清潔度や内装の状況なども含め、だ。
つまり、納品などを行えばどうにかなりそうなんだが、そのためのクリスタルは役員以上が入れる部屋にあると思われる。
念のため、入れそうなところを色々と覗いてみるが、見当たらない。ギルド長の部屋ものぞこうとしたが、やはり入れないし。
「と、いうわけだ。どうやら少なくとも役員以上がいなきゃここはこのままだな」
「……そうか。すまんが、このままここで待っていてくれ。ハンス、ディグレー。ここに残ってソラの護衛を。残りは私に」
騎士の内の2人を残し、マイアはさっさとどこかに行ってしまう。ここで俺も場所を移動したら面倒なことになりそうなため、仕方なしに残っていた椅子に座り、アイテムボックス経由で本を取り出し、読むことにした。
残された騎士達は困惑した表情でこちらを見るが、俺に何をしろというのか。
視線を本で遮って読書を続けること1時間程度。ようやくマイアが戻ってきたと思ったら、ギルド長と面識のないおっさん2人を連れて戻ってきた。
「ああ。ギルドの内部構造を聞いてきてな。それの対処方法だ」
したり顔で頷くのはいいんだが、理由と誰かを教えてくれ。
「ん? ああ。お主とはまだ面識がなかったな。この町の町長と、学園の園長だ」
そんな重役を連れてきてどうするんだ。ギルド長だけならまだしも、普段まず顔を合わせないような相手を無断で連れて来るな。
「……お主は表情で感情を伝えるのは上手いが、言いたいことはちゃんと言え」
「なら言わせてもらうが。俺は解決策を知りたいんだが、それはこの3人と何か関係があるのか?」
「ああ。勿論だとも。お主が言ったように、ギルドの機能を正常にするためには役員以上のギルド構成員が適切な処理を行う必要がある。特に、錬金術師ギルドに関しては、魔法陣による自動化の処理がされているらしくてな。
だが、今の錬金術師ギルドにいるのは一般の構成員のみ。つまり、役員以上のギルド員が必要になる。そこまではお主の見解と同じだな?」
改めてのマイアの説明に頷く。それ自体は正しかったようだ。だからこそ、俺ではどうしようもないため出来る人間を派遣するなどする必要があるんだろうと思うんだが。
「で、だ。お主を錬金術師ギルド長代理に命ずる」
「……何言ってんだ?」
思わず素で零れた呟きに、マイアは困ったように笑い、町長と園長は信じられないような目で見つめ、ギルド長はほっとしたような表情を浮かべる。
「この町の錬金術師を新しく増やすには登録手続きを行える職員が居らん。他の錬金術師も当たるにしても、今度は実績が全くない。
それに、正直言って錬金術というのは非常に知名度も認知度も低い。王都でもお主を引き抜きたがるほどの人材不足でわざわざ連れてくることもできん」
「ならいっそのことこの町のギルドをなくせばいいんじゃねえの?」
「……街道整備事業がなければその話もあったかもしれんがな」
自分の首を自分で絞めたってことになるんだろうか、これは。
「で、話を続けるが。昇格についてはお主も知っているだろうが、実績と審査が必要となるが、今更お主の実績など考える方がばからしい。効果ポーションにゴーレム。街道整備の要である触媒。どれも前人未到の領域だ。……あとは顔に似合うくらいの愛嬌があれば文句はないんだが」
顔のことは放っておけ。というか何故そんな妙に良い笑顔を浮かべるんだ、お前は。
「だが、審査が必要なんだろ? それ自体、確か国の許可が必要だと聞いたが?」
「お主は一体誰と話しているんだ?」
目の前にいるのは色々とあったものの、この国の姫であることはわかっている。
「そういうのは王が決めることなんじゃないのか?」
「色々とあってな。まあ、正式なギルド長ではなく、臨時の代理だ。そう重く感じず、しばらくの間ギルドの整備を行うつもりでいればいい」
言い訳は聞かんとばかりに外堀を埋められてしまう。
「とはいってもだな」
「諦めろ。好き勝手にやった結果だ」
ぐうの音も出ないというのはこういうことか。いや、それにしたって、いや?
「……よし、本意ではないが、混乱している間にしてしまうか。オーラン。準備は出来ているな?」
何かマイアがしているような気がするが、どうしたらいいかという気持ちと、どうにもならないという諦めの気持ちが重なり合って身動きが取れない。
そもそも、父と母にどういえばいいんだろうか。
帰り道は覚えておらず、気付いたらベッドで寝ていた。よっぽどショックだったのか、それとも何か別の事象があったのか。
きっと夢だったか俺の妄想だったかと思いたいが、そうではないだろう。どちらかだったら笑って済ませられる話だが、残念ながらそういったことに対しては耐性がありすぎる。
つまるところ、やってしまった、ということでしかない。それも近年稀にみるレベルの話だ。
無理やり納得をしようとすればできなくはないが、庶民でしかない俺がいきなり臨時でかつ代理とはいえ、ギルド長なんてものはあり得ないだろう。
自分の目で見なければどうしようもない。妙に重い体に活を入れ、着替えたうえで出かけることにした。
なお、着替えもせずに寝ていたが、母には気づかれていないようだ。怒られたくない、というか変な所で心配をかけたくないからな。
家を出たのは、日が昇る少し前。いつもサンパーニャへ向かう時間とほぼ同じくらいだ。顔馴染みとすれ違い、軽く声を交わすが鍛冶師ギルドに向かうと思われているのか、特に疑問に思われず進む。
そのまま錬金術師ギルドに入ると、様子が昨日までと少し変わっていた。
誰かが掃除をしてくれたのか、埃は綺麗になっているし、椅子なんかもまとめておいてある。
それと、昨日は開かなかった扉が簡単に開くようになった。……まあ、そうだよな。うん。
念のため、ギルド長の部屋も含め開くかどうか確認し、諦めてギルドハウスの心臓部ともいえる、クリスタルの保管室に入る。
登録した時に見た大小様々なクリスタルが浮かんでいるが、幾つかの色に点滅しているものがあった。
赤や青、黄色なんかがあり、それぞれにアクセスしてみた所、赤に関してはアラート、黄色はインフォメーション、青は申請だ。
青の申請は俺がギルド長の代理になるというものであり、Noを行いたかったが、何故かNoはグレーアウトしており、Yesしか選択ができなかったため、仕方なくYesを押し、受理された。
黄色には俺の昇格申請、受理が表示され、他には前ギルド長の抹消申請に役職者が居なくなったことについての注意があった。
その上で、赤については貢献度不足による建物の維持管理が弱まっていることについてだ。売買するにしても元手となる物品や資産がほとんどなかったため、納品を選ぶと、納品可能なものとしては、錬金につかう各種素材、練成済みの貴金属やゴーレム、ホムンクルスなどだ。
ゴーレムを納品してどうなるかが不安だったため、納品をしたのは効果ポーションやその原材料、あとは街道事業につかう触媒なんかを納品したところ、貢献度が必要数を満たした。
そうすると、実行可能なメニューとして、建物の保守やメンテナンス、清掃などが出たため、追加で納品をしながら必要な項目をどんどん潰していく。
あとは自動的に行ってくれる、はずなんだがあまり全自動過ぎても見た目的によろしくないんだが、どうなんだろうか。
そして、最後に登録のためギルドカードを入れたところ、カードに表示されていた錬金術師ギルドの項目が一般からギルド長代理、になってしまっている。
登録をせずに進めたかったんだが、登録をしないと最後の実行が出来ないという不親切仕様のため、回避ができなかった。
やってしまった感満載で1階にあるロビーで椅子に座り込む。こう見てみるとガランとしていて寂しい空間だ。以前訪れた時の荷物が溢れている状態が良いとは言わないが、せめて植木鉢やソファーでも置いてみるか。
マイアに色々やりすぎだと言われてしまった以上、むしろそれくらいは行っても問題ないだろう。
軽い現実逃避を終え、ギルドから出たのは既に人通りも多くなり始めた時間。俺が錬金術師ギルドから出てきたことに驚く人も何人かいるが、俺は錬金術師でもあるため堂々と歩くことにした。
「えっと、ジェシィさん、ちょっと相談が」
「ソラ君? 君が相談なんて珍しいね。……ちょっと外すよ、留守番、頼んだね」
メレスさんに留守番をお願いすると、向かったのは俺の家の地下室。工房に招くのはあれだったため、防音設備のある部屋だ。
「それで、どうしたんだい?」
「えーと。……成り行きで、錬金術師ギルドの代理になったんですけど」
「代理? 何の代理なのかな?」
「えーと、何というか、長的な?」
俺の軽めの対応に言葉を失うジェシィさん。
「ええと、御両親はご存知なのかな?」
「……一応、臨時なので言ってはいないです。言って無用な厄介ごとに巻き込ませるわけにはいかないですし、知らない方がいいこともおおいでしょうから」
「ずっとなら隠し通せるものではないだろうけど、そうだね、気持ちは分からなくはないよ」
流石に大きすぎる問題のため、ジェシィさんにもどうすればいいかわからないらしい。
「他にこのことを知っているのは?」
「その場にいたのは、マイアに鍛冶師ギルド長、町長に学園長、あとは何人かの騎士。基本的にはマイアに逆らったりはしないような人材ばかりだとは思うんですが」
つまるところ、今回発生したこととは恐らく関係がないと思われる、ということだ。
どこまでが繋がっていて、どこまでが分かれているかはわからないが、まあひとまずは信頼出来てかつ表情などに現れない人に相談するしかないんだが、あと相談が出来るとしたらハッフル氏やおやっさん位だろう。どちらもまだ町には帰ってきていないため出来ないが。
……考えるだけでもういっぱいいっぱいだが、やれることをやるしかない。
街道整備に必要な肩書が手に入ったと思えば、どうにか。
ひとまずきりが良さそうな場所まで投稿予定です。
次は、今月中には、何とかできれば。