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第29話。 紋章。

 アイシャ・ソーキンスと名乗った少女は、突然俺の側に居たいと言い始めたのはどうしてだ。理由を聞こうとするが、やけに隣に居るマイアが怖ろしいため発言が出来ない。


「ほぉ? 貴様、私の前で良くもそんなことを言えたものだな?」

「い、いえ! 姫さま、そのような意図があってではないのです!」


 もう一度、側においてほしいと言ったアイシャに対し、目も口も笑っていないが、口の端だけを歪めたマイアが怒りを隠そうともせずに詰める様を見て流石に止めたが、あまり心臓に良くないことをしないでくれ。

 というか、マイアは何にそんなに怒っているのか。


「マイア、落ち着け。何が気に入らんかは知らんが、まずは話を聞いた上でいいだろ。俺に関しての話らしいし」

「……そうだが。むぅ」


 癖なのか、何故か俺の頬に触れながら膨れるマイア。機嫌が悪い時や考え事の最中に行っていることが多いため、ストレス解消の意味でもあるんだろうか?

 とはいえ、俺以外にしているのを見たこともないし、人の頬に触れることでストレス解消になるという話は聞いたことがないんだが。

 ちなみに、それを離そうとすると非常に不機嫌になる。何度か試した結果、全て同じだったため好きなようにさせている。枕にしたり、案外マイアは甘えたがりなのかもしれない。


 それはともかく。アイシャは俺の護衛をしたいらしい。武具の提供、といっても無償ではなく王宮から相応の支払いはある予定だが。それに感銘を受け、せめてものお礼に滞在中は俺を守るために側に居たい、ということらしい。

 だが、俺には既に3人もの隠密がついている。それ以上につける必要もないため、交代を求めたそうだ。


「……ソラはすぐに私と共に戻る。礼ということは分からんでもないが、命令系統を無視してまで変更することでもないな」

「だ、そうだ。正当な報酬が貰えればそれ以上に求めるつもりもないからな。……にしても、なんつーか、微妙だな」


 そもそも、身の安全のためとはいえ、監視されるのは色々と不便だ。ここではろくに外に出れないのは仕方ないとしても、製法を探られるはいい気がしないし、何より気が休まらない。

 出来る限り部屋で大人しくしているのが一番だが、ギルドの絡みもあり、なかなか難しい。

 開き直ってマイアと行動を共にしている方が楽ではある。妙な噂や流言の類は出回りそうだが。

 それに、アイシャが一時的だろうが俺の護衛につくというのもよくない。アイシャは近衛兵、つまり王族付きの者だ。

 とはいえ、俺を妬んだり羨んだり、あるいは欲したりするものは一定数いるらしい。

 内訳としては、貴族に鍛冶師ギルド、錬金術師ギルド、魔術ギルド、商業ギルドなど俺が所属しているはずの所からも目を付けられているというのは、地方と王城周辺とでは色々と違うらしい。

 所謂派閥の問題だの何だのらしいが、放っておいてくれと言いたくなる。言っても何も変わらないだろうが。

 そろそろレニにも会いたいし、家で行っている諸々も気になる。工房は俺以外が入ればわかるようになっているため、侵入の心配はないが、それでも自分が好き勝手出来る場所がないというのはストレスの原因にもなりかねない。

 そういう意味では、渚は早く帰してやりたい。

 あいつは今でこそ身長は大きくなったが、性格はあまり変わってないようだ。耐えられるわけがない、とは言わないが、不安そうに俺を見る癖は中々変わるものではなかったようだ。いや、多少は成長しているからこそ、見えてきたものがあるのかもしれないが。

 とはいえ、アイシャを渚につけるわけにもいかない。あいつはあくまでも一時的な来訪者でなければならない。王宮に巻き込まれ、帰れなくなったというわけにはいかないからだ。


「それに、アイシャは私の護衛となる。それまでは、鍛錬を続けておくのだぞ」

「しょ、承知、いたしました!」


 期待されていることへのうれしさか、少し上擦った声を上げたアイシャは敬礼をすると、音もなく去っていった。作った衣装のせいもあるが、忍者っぽいな。

 その割には感情に左右されすぎているようにも見えるが、年齢的にはそっちの方が自然なんだろう。いや、そもそも忍者自体いないだろうから、感情を隠す必要もないんだろうが。


「……すまなかったな」

「別にマイアのせいじゃないだろ。それよか、今日は何かあるのか?」


 この数日人と会う機会が多すぎていちいち覚えるのも面倒だったため、予定を決めたり整理をするのはマイア、ではなくコーラルが全て請け負っていた。

 そもそも貴族なり職人なりに派閥だの階級だの何だのがあり、話す内容は元より、会う順番にも気を付けなければならないらしいため、俺ではどうしようもなかった、ということもあるが。

 だからそういった会談めいたものにもコーラルや他の使用人が同席することになっている。マイアが参加したがっていたのを全員で止めたのは初日のことだったが。


「本日は姫様との食事後は錬金術師ギルドのスフォードギルド長と、王宮騎士団のジルダ副団長との会談の予定です。……それと、商業ギルドからの加入申請が来ておりますが、姫様からの要望により破棄しております」


 騎士団との話は特に問題ない。ほとんどが装備を作ってほしいという依頼か、メンテの話だからだ。錬金術師ギルドとの話は、正直避けたいものがある。

 いや、話さなければならないのは分かっているが、今バーレルで表舞台でまともに活動している錬金術師が俺だけで、ギルド長が不在なことをいいことに色々押し付けようとしているためだ。

 鍛冶師ギルドはバーレルのギルド長が対応しているため問題ないが、錬金術師ギルドにも手伝ってもらう必要があるため無碍にもできないため会わないわけにはいかないんだが。

 そういった意味では、俺1人で話をするわけにもいかないが、俺が話をせざるを得ない、というのが現状だ。


 結局、ギルド長との話は俺の他に王宮の書記や魔術ギルドからの担当者、それに何人かの執事が会談に参加し、(つつが)なくとは言わないが、問題らしい問題は発生せず、終わらせられたと思う。

 気になるのは、俺が対応していたからとはいえ、俺が対応するのが当たり前だと言わんばかりの態度だったということだ。

 何か思惑があるのかもしれないが、今は考えるだけ時間の無駄っぽいから記憶にとどめる程度にはしておくが。


 王宮騎士団の話はもっと単純だ。俺を騎士団専属の鍛冶師、あるいは作った武具の優先納品権の請求だ。

 勿論そんなことは断り、部屋に引きこもる。逃げるが勝ちだ。面倒なことも巻き込まれなければ発生しないんだろうから。

 期間までずっと引き籠るということは、残念ながらできないんだろうが。



 引き籠ることが通用しない相手というのはいくつかある。身分が圧倒的に上だったり、強引に押し入られたり、あるいは無理やり部屋から出されたり、といったものだ。

 つまり、それが揃った相手には敵わない、ということだ。


「ねえ、お姉さま。この方がお噂の職人ですの?」

「ああ。……それはともかくリリザ、私もソラもこれから忙しいのだが?」


 無理やり俺を部屋から引きずり出したのは、マイアの妹、らしい。

 年齢も俺より2つ下らしいが、威厳を出そうとしているのか、それともそういった育成方法なのか、妙に大人びているというか、とにかくマイアとは違った感じの姫、といった感じだ。

 あと何人か兄姉がいるらしいが、それぞれ性格が違い、全員が揃えば賑やからしいが、これ以上王族と会いたいとは思わない。


 それはともかく、元々の予定もなくもないため、それを理由にリリザとやらとは早々に別れた。

 その間に色々聞かれて正直面倒だったが。

 何故か聞かれる話がマイアとの話ばかりで、どこか嬉々として話すマイアは何がしたいのかと思ったが。


 リリザと別れたあとは、騎士団の視察、というよりも武具の調整だ。いや、マイアの予定は視察だが、俺はその中で俺が鍛ったものを見るというのが正しいんだが。

 とはいえ、それはアフターサービスに入る程度のものでしかないため、俺も特にすることはない。

 案外こういった訓練を間近で見る機会は少ないため、面白いと言えば面白いんだが。



 とはいえど、おっさん同士の白熱する訓練に長時間気が向くわけもなく、武器の消耗度を確認し、次に向かったのはおやっさんの所だ。

 おやっさんは前危惧したような元王城の専属鍛冶師というわけではなかった。

 高名な貴族のお抱え職人だったということらしく、あまり変わらない気もするが。

 それはともかく、おやっさんとの話はギルドとのことだ。おやっさん曰く、今すぐにでも帰った方がいいということだ。

 俺もそうしたいが、生憎とマイアの方が都合がつかず、今すぐに帰ることはできない。

 帰った方がいい理由が、鍛冶師ギルドも錬金術ギルドも俺を取り込もうと躍起になっているため、らしい。

 俺の腕もそうだが、何よりマイアの後ろ盾が欲しい輩は幾らでもいるそうだ。ただ、マイアはああいう性格で、かつ普段は城にいないため難しいそうだが。

 そのため、俺がマイアと繋がりがあることに目を付け、適当な役職を付けて自分たちの地位や発言力を高めたいらしい。

 そうしたくなる気持ちは分からなくもないが、俺は巻き込まれたくないため断り続けるだけだが。

 ただ、拒否を続けるだけでは相手の態度が硬化しかねない。所詮は平民である俺がギルドに居るらしい貴族に命令をされたら断るのは中々厳しいものがあるらしい。と言われてもどうしようもないんだが。

 そもそも、俺が適当な役職についたらついたで嫉妬だのねたみだので面倒なことになる可能性は高い。ただでさえ目立っていないわけではないんだし、これ以上の悪目立ちはしたくない。


 割り切れることについては割り切らざるを得なくなる可能性も高いが。



 そんなわけで、危うい状況になる前にとっとと帰るようマイアには言っておいた。

 すると、マイア自身も状況を把握していたのか、予定を切り上げるといい、あと5日は最低あるはずの予定を2日に切り上げるよう、コーラルに言い伝えていたため、少しは状況は改善するだろうか。


 いや、予想通り引き抜きのための行動が増えただけだったんだが。

 だが、帰る日が決まったならあとは早い。ひっそりと城を抜け出し、城下町へと足を進めた。ずっと城にいるのも息が詰まるし、仕事ばかりで観光もしていない。

 何よりも、一応は旅ではあるため、その醍醐味の一つであるお土産探しもできていないのだ。


 そんなわけで、学術都市以上の活気を持つ王都に俺は観光を兼ねて出ることにした。

 といっても、誰に会うかもわからないため、軽い変装を行い、お土産などが買えそうな観光客向けの商店を中心に、だが。


 王都はその名の通り、王国の都であり、王城の城下町だ。そのため、一番の観光地であり、一番の貿易の交わる場所、だそうだ。

 この辺りの話はいくつかの情報を結合させた結果だ。貿易都市といったものはこの国には存在せず、幾つか大きな町はあるそうだが、何代か前の王が決めた施策により都市機能のいくつかが王都に集約されたらしい。

 あまり多くの人を王都に集めるのもどうかとは思うが、その当時の効率の問題でそうなり、今もそれでうまくいっているらしい。

 ただ、一極集中にはならないよう、全てを集めなかったことがその後の発展にも随分寄与したらしい。


 それはともかく。観光をしつつお土産を見繕う。買うのは家族やサンパーニャの人たち、それにトール達幼馴染4人組、お世話になっている人達などなどだ。

 まあ、観光の醍醐味である食べ歩きもしつつのため、色々目移りがしすぎていて何を買うかの冷やかしになっているんだが。

 ちなみに俺の右手には串焼きが、左手にはクレープが握られている。それ以外にも飲み物やら名産らしい果物やらが鞄の中に収まっているのはその成果の一端だ。

 王都とはいえ、子供がこんなところで一人でうろついているのが珍しいのか、視線を感じたりするが、気にせずお土産を物色する。


 で、候補として挙がったのが、そういった客も多いのか、幾つもの店舗で扱っている保存も効くクッキーのようなものだ。

 対して甘くもないが、チーズを使っているらしく塩味が効いていて案外食べられるものになっている。

 大きさや形の違いなんかもあるため、幾つか購入し、アイテムボックスに入れておいた。保存がきくと言っても、そうしておいた方がいいだろう。

 それ以外にも、工芸品らしいガラス細工や食べ物類、酒類、あとは幾つかの露店で売っていたアクセサリ類などを買っていく。

 時折見かけるポーション売りが販売している従来のポーションを少し懐かしく思いながら露店巡りを続ける。


 なお、流石にこの量を全て鞄を経由したアイテムボックスに入れるわけにはいかないため、お土産を大量に購入することを想定したキャリーが売られていたため、それに積み込んで、だが。

 学術都市ではあまり見かけない素材類も幾つかあったが、購入するのはやめておいた。子供が大量に買うのも違和感があるだろうし、鍛冶職人であることがばれても面倒になる可能性が高いからだ。

 ちなみに、少量買えばいいという意見もあるかもしれないが、実験のためならともかく、実際に使うものとしてはどうしても最初は大量に素材を消費する。それ以上に、小売りでもないんだから素材を少量販売するというのは薬草(ハーブ)などそのままでも使えるようなものしかないため、少量購入するというのがそもそも難しい。


 そんなこんなで大量の土産物を購入した俺は意気揚々と城へと戻った。

 戻った所でマイアに捕まり、勝手に抜け出したことを怒られたが。


「お主は自身の立場をまだ分かっていないのか。お主を狙っているものは少なくない。また誘拐されたらどうするつもりだったんだ?」

「しょっちゅう屋敷を抜け出すのは誰だよ。……というか、城にずっと籠りきりというのも疲れるんだぞ?」


 常習犯であるマイアに言われても正直効果は薄い。渚が不満そうな表情を浮かべているがそれも無視だ。恐らく一人で抜け出してずるい、といったところだろう。

 俺とナギでは重要度が全く異なる。隠密も俺が抜け出したのを黙認していたのもそういったところがあるからだろう。

 少し離れた場所からも不満そうな視線を感じるが、アイシャ辺りだろう。あいつは俺の護衛でも何でもないため、やはり無視するが。


「それは分からんでもないが、せめて私に一言言っていけ」

「……ついていこうとしないならな。俺は有名でも何でもないが、お前はここでこれ以上ない位有名だろ? 良からぬことを思うなら、俺よりお前だよ」


 その言葉につい、とマイアは顔を背ける。若干目を泳がせているのは肯定していること他にないだろう。


 やれやれとため息をつき、買ってきた土産物の一部をマイアや渚に渡し、残りを馬車に積み込む。

 持ってきた荷物の内、触媒や設計図などはそのほとんどを下ろしたが、荷物の大半は食料や衣類だ。あとは移動中に必要な一式に念のための魔術品などだ。

 また、一応献上品として各種特製ポーションや『女神の腕輪』に『熾天使の祝福・模造品セラフィム・ブレス・レプリカ』といった人気のあるものも持ってきており、既に城の使用人を通じて献上されている。

 ちなみに、水や駄目になりそうな食料などについては無理を言って厨房を借り、消費した。マイアが相変わらずそれを狙ってきたが、城内でそんなことをするなといいたい。

 改めての補充を依頼した上で、街道整備に必要な触媒を積み込んでいく。行きよりも荷物が多くなったのは仕方ない。必要がないため衣類をまとめて置いていきたいところだが、それはできない。処分に困るし、そこそこの金額もした。何より、マイアがまた必要になる機会もあるだろうからしばらくは取っておけといったためだ。

 どんな機会だ、とも突っ込んだが曖昧に笑うだけで答えなかったのは怪しいが。



 最後の打ち合わせや依頼を断るだけであっという間に2日は過ぎ、帰る時間になった。

 マイアがまた城を出るということもあり、見物人も多い中、出立した。人目に付きたくないため、御者台にはコーラルに座ってもらい、俺は馬車の中でこっそりとしていただけだが。



 途中でハッフル氏やおやっさん、冒険者などと合流し、学園都市への帰路へ着くこと1週間、それは起こった。


「……ハッフル氏、40人位に囲まれた場合、どうするのが得策だと思う?」

「そうだねぇ。一点突破の上、追ってくる者を各個撃破、かな。こちらの戦力が相手とある程度追い付いている場合だけど」


 森をくりぬくように作られた道を進んでいる最中、徐々に俺達以外の気配が近づいていることに気づいた。

『気配探知』に引っかかったのは38人。それらから徐々に囲まれている現状だ。かつ、前方にも後方にも多くの気配がする。

 戦闘状況に入っていないため、10km程度は俺の索敵範囲に入っているはずだが、具体的に情報が入っていないのは警戒して範囲外にいるのか、何か阻害するような方法があるか、だ。

 そもそも40人程度であれば護衛の冒険者だけでどうにかなる。だが、追加の敵がいる以上全方位に打って出る、というのは悪手に過ぎない。

 非戦闘員もそこそこいるし、武装も多数と戦うに足りるとは言えない。といっても、易々と見逃してくれるとも思えない。

 そもそも、これだけの冒険者が守っている一団を狙うというのは単なるモンスターの群れや盗賊だとは思わない。そうなると、マイア()を狙った敵としか思えない。


「……いざとなったら俺も出るが、ハッフル氏も頼んだ」

「君が出るような事態は恐らくないと思うし、それは悪手だろうねぇ。……私も、これの性能を試すいい機会だわ」

「俺も、試したいことはあるし、そういう意味では同じだな」


 苦笑すると、触媒を6つ、地面へ放り投げる。地面に落ちたそれは、膨らみ始め、すぐにウサギの形をとる。

 その様子を見ながら、ハッフル氏も【金烏玉兎(きんうぎょくと)輪舞曲(ロンド)】を使用可能状態にする。

 俺のウサギに気づいたのか、正体不明の集団は動きを止める。警戒しているのか、こちらの様子を窺っている。

 こちらを害するつもりがあるのであれば、完全に初手を間違っている気もするが、警戒するのも無理はないだろう。

 とはいえ、それをまずいと焦ったのか、何人かが突っ込んでくる。見た目は剣士のため、こういった状態での突撃役だろうが、甘い。


 護衛をするために隠れていた密偵が切りかかり、無効化したところから本格的な戦闘が始まった。

 盗賊にしては装備が、戦法が整い過ぎているそれらとの闘いは一進一退といったところだ。ある程度個人としての力量はこちらが上回っているようだが、

 それ以上に、敵の数が多い。唯一の救いは敵に魔術師がいなさそうだ、ということだ。周りからは剣戟の音や弓の音などは聞こえるが、魔術の発動した感覚はない。

 とはいえ、今のところは、というところであり安心はできないが。


「ソラ様! 姫をこちらに!」

「コーラル! お前も中でマイアを守ってくれ!」


 飛来してくる矢などは広域のシールドで守りながら、マイアとコーラルを馬車の中に入れる。その代わりのようにハッフル氏は何事もないかのように外に出て、体をほぐすように背を伸ばす。


「さて、雇用主殿。行ってきても、いいかしら?」

「ああ。お供も連れてってやってくれよ?」


 御者席からさらに追加で触媒を3つほど投げ、新たにウサギを増やす。ハッフル氏は綺麗な顔に苦笑を張り付け、軽く手を上げ、戦場へと向かっていく。といっても、ほぼ全方位が戦場なんだが。


「……あの方だけで向かわせて大丈夫なのか?」

「お供も付いてるよ。二つ名持ちの貴族だし、大丈夫だろ? きっと」


 心配そうな声を上げるマイアに俺も苦笑で返す。とはいえ、立ち上る光の柱を見る限り、あれに敵うようなのは滅多にいなさそうだが。

 それに、大地の隆起が何度も起こっているのが分かる。これは俺が作ったゴーレムの攻撃だろう。突進や後ろ足で蹴る、というような攻撃方法は持たせているが、それ以上に『大地の槍(グラウンド・グレイブ)』を標準的に覚えているそれらは、そのスキルを使って敵性を打ち倒す。さっきから何やら色々な音やらにおいやらがしているが、それはすべて無視している。

 無視しきれないが、無視だ、無視。


「……さて、そろそろ俺たちは逃げるか。戦闘に加わらない者はこの馬車に乗ってくれ! 早く!」

「お主、この状態で逃げるのは無理があるぞ? そもそも、荷物もあるし、乗れても速度が出ないだろう?」


 シールドを一度外し、おやっさんやギルド長など戦わせるわけにはいかない面々を馬車に乗せる。合計15人というのは改造する前の馬車でもギリギリだが、仕方ない。


「まあ、これが俺が街道整備の要として生み出した交通手段、だからな。それに、俺らが居るといつまでも攻勢に出られないだろうから、出ていくのが早いんだよ」


 にぃ、と笑って見せると馬車の屋根部分に設置していたハーネスの接続部分からそれぞれのウサギにロープが自動的に接続される。

 これは前ハッフル氏が夜襲われていた時に使った糸と同じ遠隔操作可能な魔術品だ。

 そして、接続が完了したところでウサギが耳を翼のように広げ、浮き上がる。


「……ウサギは浮くものなのか?」

「特別製だからな。それより、行くぞ? 念のためどこかに捕まっておけよ」


 浮いたまま前方へ勢いよく進んでいくウサギを見て、襲撃者たちは慌てたように進路をふさごうとする。冒険者はそれを食い止めようとするが、難しそうだ。

 何人もの襲撃者が武器を構え、阻止しようとするが、無駄だ。俺は御者台に設置したレバーを操作し、風を噴射、馬車ごと浮き上がらせ、空を舞わせる。

 その際、後方で荷物が崩れる音やくぐもった声が聞こえた気がしたが、今はそれを気にしている場合じゃない。……危険物はなかったはずだし。

 ガラス製品なんかの壊れそうなものはボックスの中に突っ込んでるし、きっと大丈夫だと思う。

 ついでに駄目押しとばかりに、触媒を10個ほど放り投げ、戦力を追加する。

 一層地響きは激しくなり、光もやまない。この状態であれば何とかなる、だろう。



 ある種、これは錬金術師としては偉業なんだろうか。陸路や海路は移動手段はある程度確立している。機械を使ったものではないものの、むしろだからこそ移動させることは可能だろう。

 そういった意味では、空路というものは翼を持つものが自らを移動させることしかできない、というのがこれまでの一般だったらしい。

 スカイゴーレムもいるはいるが、短距離を滑空する位が精々で、高高度を飛行できるようなものは今まではいなかったということは聞いている。

 つまり、大人数を乗せた馬車ごと空を飛べるゴーレムを作れるような錬金術師はこれまでにおらず、こんなものは今までに見たことがない、というのがギルド長の話だ。

 それも森を抜け、追手がやってこないことを確認したうえで降りた後に聞いた話だが。


「……勝ったのか?」

「お前を守り通す、という意味ではな。ただ、どこまでを勝利条件とするかは、それもお前次第だよ」


 数匹のゴーレムとハッフル氏、それと冒険者たちが森の中から出てくるところを見ながら、そう伝えた。



 襲ってきた集団の正体は隠密たちに探らせるとして、無事だった物資などを回収し、一番近くの村にまで出来る限り早く移動することにした。

 馬車が2台、馬に至っては10頭失ってしまったため、移動速度は著しく落ちる結果となったが、マイアが無事な分文句は言えない。

 冒険者が何名も亡くなってしまうほどの激しい戦いだったが、直視できなかったのは俺の弱さだろう。そうやって客観視することも、弱さを隠そうとする証拠か。


 村に到着したのは日が落ちるギリギリの時間だった。訪問する予定のない村だったため、村人からは驚かれたが、街道沿いの村であるので宿泊することは可能なようだ。

 とはいっても、マイアやその付き人といった最低限のところだが。ハッフル氏はさっさと馬車に行ったし、俺も目立ちたくない。

 そもそも他は王族と宿を一緒にすることができない。

 ……警戒しすぎて宿の人間すら建物に入れなくなったのは仕方ないことだろう。


「で、だ。殿下はご無事だったのは幸いだが、これからどうするか。貴殿らに何か意見はあるか?」

「俺は一度城下に戻った方がいいと思うぜ。俺らだけであればともかく、王族が狙われて少なくない被害も出てんだ。なら、とっとと対応しちまうのがいいだろ」


 そんなわけで宿場は使えず、酒場を一時的な会議場とさせてもらった。酒場のマスターは嫌そうにしていたが、一晩の売り上げを少し超える位の金貨を握らせて納得させた。

 握らせたおやっさんの気迫に負けた、ともいうが。


「……来た道を戻る、のはいいんですが、その先に罠がなければいいんですが」

「通る道を知っていて、かつ戦力を把握してるとなりゃ、こっちかあっちの内部ってことになるだろうな。となると、信用できる相手を選んでくる必要があるだろな。

 いざとなったら、御館様に頼むか……」


 苦々しくおやっさんが言う。おやかたさま、とやらはおやっさんが元々仕えていた貴族だろう。

 そうなると、おやっさんとマイアが戻ることは確定なんだろうが、全員で戻るわけにもいかないだろう。

 それ自体にはギルド長もおやっさんも反論はないらしく、班分けを行うことにした。


 王城に戻る組はマイアに俺、おやっさんにハッフル氏。

 それに対し、学術都市へと戻るのはギルド長にコーラルにクリシエール。マイアの側用人である2人を戻すのは、戦闘時になったときに戦力にならないのと、陽動のためだそうだ。

 まずはその2班が空飛ぶウサギを使い、最短で目的地に到達。それぞれが情報収集及び事態の鎮圧化。その上でおやっさんと俺はバーレルへ戻る。というのが凡その計画だ。

 うまくいくかはわからないが、おやっさんやハッフル氏のコネを使えば、まあ悪いことにはならないだろう。

 何故俺まで、とも思うが、ゴーレムも含めそこそこ戦えてマイアの面倒を見ることもできるため、コーラルの代わり、だそうだ。

 いや、俺はあくまで職人で戦うつもりはないと言ったんだが、非常事態のためと言われてしまった。


 そのため、まずは必要最低限の荷物を移し換え、それ以外は全て馬車で運ぶことにした。これも陽動の1つだ。どこで誰が狙っているかわからない以上、分散させる必要があるということと、最速で進もうとする場合、空からではあまり振動を抑えることができないことが判明したからだ。つまり、壊れ物は通常通りの陸路で運ぶという方法を使うことにした。

 そういったこともあり、俺が手を加えた車は陸路でバーレルに戻すことにした。ハッフル氏は嫌がったが、仕方ない。姫や貴族が乗る馬車が一番ボロイとは考え辛いだろうからな。

 その馬車は冒険者でもマイアに背格好が近い人が乗り、厳重に警備を行う。囮であることを看過される可能性は勿論高いが、そうなった時はより敵を絞れるだけらしいから問題はない。


 夜行動を開始したかったが、空路では明かりをつけるわけにもいかず、朝早く、空が白み始めた頃に2台の馬車が空を飛び、それぞれの目指す方向へ飛び去って行く。

 昨日その様子を目の当たりにしていなかった冒険者達や村の人々が驚いたようにそれを眺めている。それが徐々に小さくなっていく姿を俺は見ていた。


「どうした?」

「ん? ああ、何か色々な。……それより、随分と落ち着いてるな。狙われてた割には」

「私はこれでも王族だからな。暗殺などといったことについては、それなりに覚悟はある。……ただ、今回狙われているのは、恐らくお主だぞ?」

「……は?」

「君が狙われるということは、非常に可能性が高いからねぇ。後ろ盾がほとんどない技能が特異的な子供。少々の危険があっても、欲しがる相手はいっぱいいるだろうね」


 わかっていたと言わんばかりに笑うハッフル氏。おやっさんも黙って頷くだけだ。

 今回の件で俺は技能を見せすぎたらしい。触媒に鍛錬、これまでにない装備を作る発想にそれを具現化する腕。それに生命体以外を使って馬車を牽く方法。

 それが空を飛ぶとまでは思わなくとも、利用できれば勢力図が大きく書き換えられる。それこそ、クーデターを起こしてそれを成功させることが可能だと断言されてしまった。


「……なんつーか、うん。流石俺?」

「冗談を言っている場合ではない、が、お主が居るのと居ないのとでは状況が大きく違うのもまた事実。……とはいえだ。お主を危険に晒すようなことはしない。私の名に懸けてな」

「といってもな。いや、ある程度は実力を見せつける必要もあるから今更自粛はしないつもりだが、……どうしたものやら」


 何やら真剣そうなマイアの表情を見ながらそうごちる。俺としては姫に名を懸けられる様な自体になることが名誉だとは思わないし、そもそもそれ自体が既に異常だ。

 まあ、考えていても仕方ないことの部類だろう。何度言っても聞き入れようとしないし。



 上空での移動ということもあり、敵襲に遭うこともなく、大幅な時間の短縮を行い、1週間の行程をたったの半日で移動したのは流石にやり過ぎたとしか思えない。

 途中で山があったり川があったり、あるいは大きく蛇行して進むような道を全て一直線で、かつ馬車では到底出せない速度で進んだのが原因ではあるが。

 通常であれば風やら速度やらで馬車が壊れかねないが、符を何カ所かに貼り付けシールドを展開していたためか支障なく進むことができた。

 それこそ、一般道を進む自動車と飛行機の差のようなものだ。前提条件として比べる対象とはなりえないんだが。

 そんなことはともかく。王都へ戻ったことはすぐに王城に伝わり、謁見の間に通された。マイアと渚とハッフル氏と、俺が。

 マイアは当然として、渚は勇者だし、ハッフル氏も貴族だからわからないでもない。

 だが、俺は王と謁見できるような立場にはないんだが。

 そのため、最低限の身なりを整え、直接顔を合わせないようにするしかないだろう。

 といっても、前を見ずに少し視線をずらし、軽く頭を下げる程度だが。


 と思ったのだが、様子が少しおかしい。渚が居て、俺の隣に立っているのはまあいい。ハッフル氏の父親が謁見の間に居るのも、特におかしいとも思わない。

 騎士や魔術師の数に対し、貴族の数が少ないらしいが、事情が事情なため呼んだ人数をかなり制限したらしい。

 国の最重要の大臣や貴族のみを呼んだ、といったところか。

 それはともかくとして、豪華でだだっ広い謁見の間はある意味でそのままだからそれもいい。

 俺たちが揃ったうえで仰々しい身なりをしたまだ40代位だろうか? 中年とまではいかないが、壮年期らしい威厳たっぷりな王がやってきてどっしりと構えているのもいい。

 ただ、問題は今回の事象の説明の際、マイアが俺を紹介した内容に尽きる。

 曰く、宮廷鍛冶師を超える腕前の鍛冶師だとか、曰く、歴史に名を遺す錬金術師だとか、曰く、町の防御を大きく変えた魔術職人だとか言いたい放題言ってくれやがった。

 王が目の前に居るため、何も反論どころか反応もできなかったが。

 しかも、滞在中の事や献上品のことが王の耳にも届いていたらしく、顔を見なくとも満足気に頷いているのが雰囲気で伝わってくる。

 ……もしかしなくても、魔術特性がばれない状態でも俺の平穏な暮らしはこのまま永遠の別れを告げることになるのか? それは勘弁してほしいんだが。


「話は分かった。私の方でも耳には入っている。……だが、予想以上に早かったな。さて、詳しいことは張本人に聞くべきか。

 『降誕の聖女』、それと、ソラとやら。ついてくるように。マイア、お前もだ」


 何故俺が名指しで呼ばれる。俺だけじゃないが、俺が呼ばれる理由が一切ないはずなんだが。


「シュバイツァ王! 平民をそのような場所に呼んではなりません!」

「堅いな、リオス。そもそも、お前は自分の信用に値しない者が用意した武器に命を預けるというのか?」


 そこまで言うのであればついてこい、と王が言った台詞がとどめになったのか、俺は連行、もとい王に誘われるままに謁見の間を離れ、それよりは簡素な。といえどもまだまだ豪勢な個室に案内された。


「……さて、改めて、だ。随分ととんでもないものを手に入れたな、マイア」

「父上には差し上げませんよ?」


 謁見の間での姿は外向けだったのか、窮屈そうにローブだの装飾品などを一切合切取り外す、というよりも乱暴に放り捨てた王らしきものは俺を視線で差しながらマイアにそういった。


「……シュバイツァ王、マイア姫。平民も含むとはいえ、客人の前です。せめて、もう少し言葉を選んでいただきたく、お願いいたします」

「だから堅いんだよ。ここは俺の私室で、部屋の主の俺がどう過ごそうと俺の自由だろう? なあ、『降誕の聖女』」

「陛下の仰られる通りかと。……私は父が後々面倒なため、辞退させていただきますが」


 かてぇなぁ、と笑う王は豪気というか、奔放というか。まあ、俺もあまり人のことは言えないが。


「でだ。冗談はさておき、あいつを燻り出すために、お前らの力を使う。勿論、拒否することはないよな?」


 にやり、と笑うのは拒否どころか意見すら聞かないといった感じだ。実際、聞かないだろうし、言える立場にもないんだろうが。

 ちなみに、その力とやらは顔と名前らしい。

 ハッフル氏やマイアはともかく、俺の名前や顔が何か役立つのかと思うが、狙われたのは俺で間違いないらしく、一番目立て、とも言われてしまった。

 ちなみに、あいつ、とやらは前回俺が想像した通り、王都に住む貴族のことらしい。

 これまでなかなか、らしき噂や悪評が絶えなかったが、尻尾を掴ませない。また、古くから続く家系で中々切ることも難しい。

 そのため、今回のそれが崩す一点になりうるだろう、とのことだ。……そんな重要情報を軽々しく口に出すことではないと思うが、他言無用。公言をすると、といったところだろうか。


 それで、俺の役割というのは、餌らしい。随分な言い方ではあるが、まあ適切だろう。

 そもそも、相手が誰かも知らないし、知っていたとしても貴族との対応方法なんて知るわけもない。

 ……目の前に居るのが国王そのものなのは今は置いておこう。



 目立つ、といっても俺やマイアが王都を離れ、学術都市に戻ったのは事実であり、仰々しいパレードじみたことも行ったため、すぐにとんぼ返りしてきたというのは異様だろう。

 つまり、俺の痕跡を残すことが必要らしい。要は、献上品の上乗せ、ということだ。

 だいぶ献上品自体はあったはずだが、特別な品を、それこそ国宝級のものが必要だと言い始めた。


「……国宝級?」

「ああ。リオスやマクアにも話を聞いたが、一介の鍛冶職人が作るにしては出来すぎたもんばかりだ。献上されたものも、なかなかのものだが、あの、何て言ったか?

 あの勇者殿に渡した武装に比べたらまだまだだ。そして、あれ以上のものを作れる。違うか?」


 その問いに対し、肯定も否定もしない。何を重視しているかが分からないからだ。豪華な装飾なのか、性能なのか、機能なのか。それが分からない以上、答えようがない。

 ただ、俺のその反応を肯定と取ったのか、作らせる武具のリストと、俺が作ったことが分かるように紋章を入れるように言ってきた。


「俺は、平民で工房を持っているわけでもないため、紋章は持っていないのですが」

「そうか。なら。よし、ここで紋章を決めろ。俺が許可してやる」


 何とも滅茶苦茶な物言いだが、それも含めオーダーなのであれば仕方ない。

 サンパーニャの工房紋というものもない。あるのであれば何かを作る際に刻み込んでいるはずだからだ。

 とはいえ、『レジェンド』時代において、紋章というものは案外馴染み深いものだった。クランにも紋章はあったし、それ以外にも自分が作った武具に紋章を入れることもままあることだった。

 そういった意味では以前にストックしてあった紋章を使うのもありではあるんだが、大抵は誰かが作ったものだったり、歴史上で使われていたものがほとんどだ。

 流石に各国の王家の紋章や使用禁止のものは誰も使おうとしなかったが。

 ともあれ、王に献上するためのものであり、王が使うことを許可する、ということであれば今度も何かしらで使う可能性があるだろう。そう考えれば、しっかりと考えた方が無難だろう。


 そう考え、俺が作った紋章は鍛冶を表す『炎』を司る龍、ファイヤードレイクが、錬金術師を表す宝珠を抱くもの。仰々しすぎず、かつ簡素すぎず。

 本来は魔法使いを表す杖も入れておきたかったが、装飾過多になりかねないことと、魔法使いであることがばれるのは避けたかったためやめておいた。


 それを依頼された武具を作成し、紋章を入れる、ということはたいして難しいことではなかった。

 出来たばかりのそれを受け取った王は興味深そうにそれを眺めると、満足そうに笑う。


「よし。これで準備は完了した。あとは、早々にバーレルに戻るんだ。気が向いたら連絡をしてやる」


 追い出されるように、というよりも実際に早く戻る必要もあるため慌ただしく王城を離れ、馬車に乗り込むと大空へと旅立つ。

 といっても、行きよりも乗客は少ない。というよりも、半分だけだ。つまり、俺とマイアのみ。

 どうしてこうなったかといえば、まずはハッフル氏だ。帰るまで数日かかることを伝えた所、馬車では寝心地が悪いし、空を飛ぶのにも飽きた、だそうだ。

 ある意味らしいと言えばらしいが、俺の護衛はどうしたと聞いたところ、符と錬金術でどうにでもなるだろうと言われてしまった。抗議を一応はしたが、馬車が1台しかなく、狭いため物理的に数日馬車で過ごすということは難しいため、自力で戻るらしい。

 おやっさんは例の元々の雇用主に会って対策などをしてくるらしい。念には念を。それには同意をしたんだが、それ以上に王女とあまり一緒に居たくない、とぼそっと呟いていたのを俺は聞き逃していない。

 まあ、俺も操舵に疲れたため、自動操縦に切り替え、馬車の中に引っ込んだんだが、マイアはどうにも落ち着かない様子だ。


「どうしたんだ?」

「あ、ああ。……父上の意図を測りかねていてな」


 真意があるらしいのだが、それが何かわからないため悩んでいる。王はこれまで通り突拍子がなく、おおざっぱで豪気だったが、職人を自分の私室に招き、紋章を刻ませたことはないらしい。

 まあ、それはそうなんだろうが、紋章を刻むというのはどういうことなんだろうか。藪蛇っぽくて聞きたくはないんだが。

 にしても、異常に疲れたため居住性の向上と枕替わりに積んでおいたクッションに背中を預ける。

 本来なら寝てしまいたかったが、マイアに操縦が出来るわけもなく、万が一のことを考えるとほとんど寝るわけにもいかない。

 夜はゴーレムだの符だのでガチガチに防衛を貼る予定だから躊躇なく寝るが。……何か忘れている気もするが、まあいいだろう。


 忘れていたことを思い出したのはすぐの事だった。つまり、寝る前にいそいそと寝る準備を始めたマイアを見て、だ。

 ああ、この姫また俺を抱き枕にしやがるつもりだ、と。

 流石に俺の前で着替えたりはしようとしなかったが、荷物で簡易衝立を作り、ゴソゴソしていたら嫌でも分かる。


「……寝ないのか?」

「ああ。ちょっと気になることもあるし、出来るだけ早く帰りたい。あっちでやる仕事もそろそろ溜まってるだろうしな」


 多少は寝ないための言い訳でもあるが、事実でもある。

 寝て精神をすり減らすよりも、半分寝ながらでも休みなしで移動してさっさと街に戻った方が建設的でもあるし。

 馬を走らせるならそうもいかないが、休みの必要がないゴーレム馬車でかつ鳥も飛ばない夜間に気を付けるのは飛行型のモンスターだが、モンスター除けの対策もしている。運航時の快適性もできる限りの振動対策は行ったため、ずっと無駄に揺れ続けることさえ無視できれば何とでもなる。

 最大速度で、というのは戦闘区域からの撤退位しか使わないが、それでも監視が仮にあったとしてもそのほとんどを撒けるはずだ。

 密偵でも俺が普通に走る速度程度だし、時速50kmを超え、最短距離と高高度を行くこれを追い続けることは難しいだろう。

 色々隠し玉もあるし、警戒するのはむしろマイアの方だ。


「……寝ぼけてんのか?」

「酷い言い草だな。ちゃんと起きている。……すまなかったな」


 何がだ、とは聞かない。殊勝すぎて若干引きはするが、何となく謝罪の意味は分からなくもない。

 わからなくもないが。


「お前が謝ることでもないだろ。明日の昼頃にはつく予定だ。寝不足の顔見せるわけにはいかないだろ? そろそろ寝てろ」

「全く。お主というやつは。……まあ、いい。お休み、だな」

「ああ。お休み」


 マイアの微かな寝息をBGMに月明りだけを頼りに空を行く。……非常に眠くなりそうだから、自動運航に切り替えるか。

気付けば2年経っていました……。待っていただいていた方には非常に申し訳ないです。

ちょこちょこと書いてはいるんですが、話の道筋を確かめながらのためストック分の投稿も難しく。

今回は元号が変わる節目、ということで。

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