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第28話。王都。

 説教タイム、には人目、といっても渚やコーラルだが。があったため無理だったが、事情を聴いてみるとした。


「で、何でお前は俺と寝たいなんて寝ぼけた事を言ってるんだ? 寝てるのか? あ? 寝ぼけてるのか?」

「……許可をしたのが私とはいえ、一国の姫に随分な言い様だな」


 自分が全く以て悪くない、といったマイアの口調に思わず頭を抱えたくなる。


「……なら、どういった意図でそういった頭の緩い発言になったのか、教えてくれ」

「うん? 簡単な事だ。私も天蓋で寝るのは寒くて痛い。もっとゆっくり休める場所があるならそこで私も寝たい」


 確かに簡単、というか単純明快な答えだった。それともマイアはそれすらも何かしらの理由にしたいのだろうか。

 渚はよくわかっていないのかきょとんとしているし、コーラルは複雑な表情をしている。こいつらに説明させるのも難しいか。


「……マイア。世間一般でそういった状況を何というか知っているか?」

「寝食を共にする、だろう? お主とは同じ食事も取っているし、問題あるまい」

「閨を共にする、っていうんだ。お前にそういうつもりがなくても、周りはそうは思わない。俺の立場も悪くなるだけだし、どうしても馬車で寝たいっていうなら俺の天幕を用意させろ」


 ちなみに、渚に対してはマイアの天幕を使わせるつもりだったらしい。随分とグレードは上がるだろうが、天幕である以上大差はないだろう。

 ハッフル氏と一緒にマイアが寝ればいいとも一瞬考えたが、何故かどちらにも不幸な未来しか見えなかった。ハッフル氏自体俺が個人的に雇った護衛という扱いのため、寝場所なり何なりを用意するのも俺の役割だ。そのため、ハッフル氏の天蓋なんて用意していないし、今更地べたで寝てほしいなんて俺には言えない。

 そうなると、馬車に俺が寝るか、マイアが寝るかのどちらかだ。王家の血がなせる技か、マイアは年齢の割に大人びている。俺が幾ら身体が他に比べ多少未成熟であろうと、男女が枕を共にするということがいい状況になるわけがない。

 渚が選択肢から外れているのは、俺が一緒に寝るというつもりはないし、渚に譲るくらいならマイアに譲る方が外聞も俺の精神的にもいいからだ。


「閨を共にする、とは私とお主がか? 誰がそういったことを思うのだ?」

「誰が、といった特定は出来ない話だが、そういうものだろ? お前と渚だってそうだし、俺やハッフル氏でも周囲はそう思うぞ?」

「私と渚、あるいはコーラルとではそうと思われるかもしれないが、お主とだぞ? 子供と一緒に寝て私が劣情を抱くと思うか?」

「……渚、コーラル。お前たちはどう思うんだ?」


 俺を対象外だと思うこと自体は別に構わない。俺は特に何かをするつもりはないんだから。……我慢はできる、はずだ。


「ソラ様が姫様に何かをされる、あるいは姫様がソラ様に何かをされる、ということは恐らくないでしょう。そう思うものが大多数である、ということは予測は立ちます。

 ただ、恐れ入りますが、人の欲や妄想というものは留まることを知りません。特に、下衆なことについては」

「そうだね。それは俺もそう思う。姫様やソラ……さんが仲が良いのは俺も知ってるけど、どう仲が良くなったのか、お互いにどう思ってるかは見ててもわからないよ。

 だから、中には色々勘ぐる人も、いるんだと思う」


 大まかな部分ではコーラルも渚も俺の意見に賛同してくれるようだ。ただ、若干渚の言い方は俺に対しての非難も含まれているように聞こえるんだが、気のせいだろうか。


「そうか。つまり、異性が同じ寝所にすること自体が問題というのか。……抱いて寝るにちょうど良さそうなのだが」


 つまり俺は抱き枕替わりということか。……色々と心が揺さぶられ、頷きたくなるが、ここは我慢だ。いや、頷きたくなどなっていない。少しでも心がなびいた瞬間、恐らく俺はマイアの抱き枕になっている。

 全力でここは拒否をしなくてはならない。俺は、面倒なことにはなりたくないのだ。



 俺は理論と倫理と感情と根性を振りかざし、理路整然と話を進めた。ここしばらくでは一番ではないかと思うくらい、はっきりと意志を貫いた。

 それがベストだ、と誰にも否定されない話の持ち込み方をしたし、何度も同じ結論を繰り返したことでも概要は分かってもらえただろう。

 その結果、俺はマイアの抱き枕になっている。いや、だから何でこうなった。


 正確には、暇な移動を行い、一日が過ぎ、食事も終わり寝床に就いた。寝ている中で馬車の扉が開き、進入してきた何者かに組み伏せられた。

 鍵と進入禁止の符については、2つほど例外項目を用いておいた。俺が許可を出した人物、俺とハッフル氏には解除される、ということと、俺に対し敵意を持たず、かつ何か用事がある際は開く、というものだ。

 マイアは俺を枕替わりにして寝る、という用があり入ってきただけであり、それは敵意でもないし、用事だと認識をされたらしい。随分と調子が良いというか、都合がいい話、いや悪い話になるが。

 半分寝ぼけてここまでやって来たらしく、『気配探知』を行うものの、誰もこの馬車を注意していたり、向かってきていない。

 本来はそういったことはあり得ないが、マイアに献上された魔術品の中に『希薄化』があったんだろう。

 気配をなくす、というよりも存在を薄くする、といった効果のあるそれは、対象者に意識を向かわせないといったものだ。

 要人警護には向かないが、要人を逃がすためにはこれ以上にない効果のものだ。これは俺とお姉さんが作った魔術品の中では取扱いに困るものの1つで、相談も兼ねギルド長に預けていたものだが、今回の件でマイアに渡ったんだろう。

 と、そうやって考えておかなければ割と俺の理性がヤバい。念のため用意しておいた『冷静沈着に(Be cool)』なんてネタスキルを定期的に使い続けなければならない位ヤバい。

 やけに長いまつ毛に反比例するかのような、普段とは違う無防備で安心しきった寝顔もそうだし、俺の体を宣言通り? 抱きしめて寝るその体も色々と当たっているし、湯浴み、までは出来なくとも体を拭いてはいるだろうが、普段よりも強い香り、だとかがヤバい。こうなっている俺の思考は相当にヤバいが、この状況が何よりも危機的だ。

 一刻も早く起こし天蓋に戻すべきだが、体を揺すったり、軽く声をかけても起きやしない。強くすると、馬車が揺れたり、声が漏れる可能性がある。それは完全にアウトだ。何の言い逃れもできない。

 そうならないように軽く起こそうとすると、嫌がって俺の体を強く抱きしめ抵抗する。そうされると体の接触面が増えるし動くし、薫りは一層広がるしで自体は悪化の一途を辿る。

 抱きしめられた際の場所の問題もあるのか、目前にはマイアの顔がある。直視していたら俺が何をするかわからないし、寝ている女性の顔をじろじろと見るものではないだろう。

 ここまで近くに異性を入れるのは母やレニ、つまり家族以外にいない。向日 穹の時代に誰かと付き合った経験もないし、どうしたらいいかわからない。……本当に、どうしたらいいんだろうか。


 結局、1時間の攻防、実際には俺の一方的な防戦だったが。その結果、みんなが起き出す少し前の時間に改めて起こし、天蓋に戻すことにした。……こいつ何しても起きないし。

 ただ、問題は寝れないことだ。『希薄化』は今もかかっているため、通常なら俺もマイアの存在を気にしない、はずだがそれは俺の持つスキルによって俺に対しては意味がない。

 離れていたら十分に効いていたが、文字通り密着されると俺に対しては無効化に近い状態になり効果は発揮されないようだ。

 何度か眠ってみようとはした。ただ、目を閉じることにより他の感覚が研ぎ澄まされる。ただでさえ暗い馬車の中なのに、マイアの存在をより強く感じてしまう。

 それを無視して寝ようとすると、寝返りをうちたいのか、俺を支点として転がろうとするのが非常に危険だ。強く抱きつくし、顔を近づけて来るし、何度か未遂、もとい柔らかい何かが何度か顔にぶつかるし。

 それが望みならいっそのことそうしてやろうか、とも思わなくもないが、それはよくない。とりあえず倫理観を最大限に活かし、騒ぎにならないように、抱き枕に徹するしかない。



 結局ほとんど寝れず、マイアを起こし、天蓋に戻らせたのはみんなが起き出す少し前。半分夢見心地なマイアが俺の顔を見て少し引きつったような顔をしていたのは、暗がりでもわかるくらい酷い顔をしていたんだろう。

 その結果、眠くてろくに御者として台に乗ることもできなかったが、事情を察したコーラルが代わりを申し出たため、馬車で寝ることにした。……ソファも俺の服も馬車の中にすらマイアの残り香が溢れていて、中々寝れなかったが。

 そして、3日に一度マイアが俺の馬車に寝に来た。『希薄化』の魔術品を身に着けていると事が露見しないことと、1度したんだから2度も3度も変わりあるまい、と乱暴な論理の上だ。

 俺はその度に断るが、じっと見つめられると何故か何も言えなくなる。俺が馬車を出て適当な所で寝ようとすると、これはお主の寝所だから、と正論をぶちかましてくる。

 何があっても自己責任だからな、と脅しをかけたうえで同じ馬車で寝ることを了承したのは王都に着く2日前だ。ただ、ソファは一面に広げるのではなく、対面式の状態のままだ。狭いと文句を言われるがそんなことは俺は知らない。

 私は何かを抱きしめていないと中々寝れないと可愛らしいことを言うが、毛布を軽く紐で結んだものを渡した。何故か不満そうに俺を見るが無視だ。

 また、度々抜け出して俺の馬車で寝ているマイアをずるいと拗ねたような表情で渚が度々睨んでいるが、お前がそうしても可愛くない。お前にも毛布は多めに貸しただろう。



 度々モンスターからの襲撃、というよりもたまたま出くわすことがあったが、概ね順調に進み、王都に辿り着いたときには想定よりも食品類などの消耗が多かった程度で済んだ。

 まあ、順調すぎて1日早く着いたというのが想定外といえば想定外だ。

 本来なら、着いた日にマイアと渚は王城に、俺達はギルドへ出向く予定だったが、マイアはともかくギルド組は明日の予定であることを既に伝えているようで、今日行っても準備が出来ていないらしい。

 そのため、一泊した上で、ということになるんだが、冒険者達は帰りまでは自由行動だ。その間は依頼料や生活の面倒などを見て貰うことはできないはずだが、所属していないギルドの本部や貴族に会うこと自体避けて通りたいらしい。ギルド長やおやっさんは伝手があるらしく、そちらに泊まる。

 マイアや渚はもちろん王城に宿泊する。そうなると、問題は俺とハッフル氏だ。俺は別にどこでも構わない。しかし、ハッフル氏をどことも知れない安宿に泊めるわけにもいかないだろう。


「とはいえ、貴族向けの高級宿なんて俺は知らないな。何か、心当たりはあるか?」

「どこかでひとまず体を休められたらいいんだろう? 私はこの馬車でもいいんだけどねぇ」


 からからと笑うハッフル氏の冗談に付き合っている場合でもない。馬車だって路肩に一時的に停めておく程度なら問題はないだろうが、長時間停車しておくのはまずいだろう。


「ずっと馬車っていうのも疲れるだろ? 俺は馬車が停められて、最低限休めればそれでいいんだが、あんたはそうはいかないだろ?」

「確かに適当な所に泊まる、ということにもいかないし、それなりの場所だとそれなりの金額にはなるからねぇ。……一応、心当たりはあるからそこに行ってみるかい?」



 ハッフル氏が面倒そうに指示を出し、着いたところは宿泊施設には見えない。宿泊施設どころか、簡単に言えば豪邸だ。それも、俺の家よりも随分と大きい。こんな家に住むのは下級や中級ではなく、上級の貴族だろう。それも、王族に何代にも渡って関わるような、そんな歴史にも名を残すような貴族の持ち家だと思う。

 と、ここからどこかに進むんじゃないか、と淡い期待を寄せるが、そんなこともなく。いつも通り怪しいハッフル氏は、よりにもよって、馬車を降り、非常に大きな門扉を一人で開けた。どうやってかはわからないが、半ば勝手に開いているようにも見えたため恐らく魔術か何かだろう。

 大きな門扉は敢えてなのかは分からないが、派手に金属が軋む音を立て、開く。その様子に、驚いたように年老いた執事が走ってやってきた。

 と、すぐに浮かぶのは困惑だ。ハッフル氏と対峙する人は大抵その表情だ。どんな状態でも分厚いマントを付け、それについているフードを目深に被っている。まさに魔女、といった外見だがそれはあの魔眼のせいだろう。恐らく俺もずっとそれを直視し続けるのは危ないと思う。

 と、そんなフードをあっさりとハッフル氏は外しやがった。夜じゃないから効果がないのかはわからないが、フードを被らなくてもいい状態であることは確かなんだろう。



 その後は大変だった。執事が居るはずのないものを見た目をした後は、大急ぎでハッフル氏を屋敷に引き入れるは、俺をハッフル氏の従者と勘違いし、使用人に着替えさせようとするは、それが勘違いだとわかると謝罪し慌ててハッフル氏の元へ連れて行った。


「……なあ、俺はどうしたらいいんだ?」

「あなたは私の客人として持て成すよう伝えているわ。随分と疲れていたようだし、少しは休んではいかがかしら?」


 妙な笑いをこぼすハッフル氏は用意されたカップの中の液体をのどに流しこむ。

 淑女然としたその姿はやはり違和感がある。ただ、恐らく、どちらかといえばこれが元々のハッフル氏の素なんだろう。


「お嬢様。お茶のおかわりはいかがでしょうか?」

「アルフ、もういいわ。それよりも、彼の部屋の準備をしてくれるかしら?」

「……承知しました」


 アルフ、と呼ばれた初老の執事は恭しくハッフル氏に礼をし、そしてメイドに幾つか指示を出し、下がらせる。

 さっきよりも人は多少は減ったが、それでも俺に注がれる視線は残っている。

 恐らく、給仕のためとは思うが、若干の警戒心も感じるため、俺が何であるかということを見ているんだろう。

 と、門扉が開く音がし、また何人かが移動を始めた。恐らく、この屋敷の住人が帰って来たんだろう。



「帰っていたか。随分とだらしのない恰好のようだが」

「私は彼に警護の依頼をされただけです。ここも、久しぶりに実家に戻ってみてはどうかという配慮の上に少し寄らせていただいただけですわ、父上」


 ローブを着込んだ壮年の男性はハッフル氏の父親らしい。だらしのない恰好というのは、若干くたびれたローブの事を指しているのだろうか。それとも俺が貸した魔具以外のシンプルで飾り気のない魔術品のことを指しているのだろうか。


「まあ、いい。それで、その警護に依頼をされたというのは、そなただな。どこのものだ?」

「……学術都市バーレルで職人をしておりますソラと申します。このたびは、お会いできて大変光栄です」


 一呼吸置き、そう伝える。言い慣れていないため、若干噛みそうに、というか舌足らずな口調になってしまった気はするが、恐らく問題はないだろう。

 氏は一瞬朗らかそうに笑うが、すぐにそれを深い苦笑に変えた。


「そうか。ソラとやら、娘が恐らく迷惑をかけていると思うが、よろしく頼む。

 フローレンス、そのような恰好で市井を出歩くような真似はするでないぞ。エイミイ、必要なものを見繕うように」


 フローレンス、とは誰だと一瞬思ったが、ハッフル氏の名前だろう。俺は氏の苗字しか知らないが、子供を姓で呼ぶ親もあまりいるものでもないだろう。

 氏は娘にあまり興味はないのか、伝えるものを伝えると部屋を出て行った。ハッフル氏も止める素振りを見せないということは、2人にとってそれが自然なんだろう。

 特に俺が何か介入するようなことでもないし、ひとまずは『何か』がない限り放っておくのが一番だろう。


 長旅の疲れもあり、夕食を取り、あっさりと眠りについた。食事のマナーなんかは、恐らく最低限はできたのではないか。カトラリーの並べ方が同じだったため、たぶん大丈夫だろう。

 そして夢も見ないまま起きる。ハッフル氏を起こす、わけにはいかないため、着替えだけ済ませ、部屋を出た。そこには執事が1人いて、俺に挨拶をし、ついてくるよう促してきた。


 着替えた服を改めて正装に着替えさせられ、ハッフル氏を客間で待つことになった。落ち合う約束までまだ時間はある。それに、鍛冶師ギルドでの話し合いというものについては俺はそこまで重要ではない。

 あくまでも街道整備事業についての根回し、もとい協力体制を取り付けることと、必要な素材の確保や場合によっては作成を行ってもらう、ということが最大の内容だ。

 そうなると、俺よりもギルド長やおやっさんの方が適切だ。というか、俺を取られたくないというギルド長が出席を拒んだというのが正解だが。

 そのため、あくまでも俺はギルドでの話合いではなく、マイアについて王城に行くことがメインになるらしい。ただ、すぐに王城に行くわけにもいかないため、元々の予定では一度ギルドに向かい、その上で王城に向かう必要があったらしい。

 それはそれで面倒なんだが、何か決め事でもあるのか、俺以外の誰からも反対意見が上がることなく、数の暴力で決定された。

 ギルドと貴族と王族、どれが一番騙しやすい、もとい対応しやすいかと考えた結果だろう。恐らく。別に俺が貴族だの王族にだの対応しやすいかと言われたら決してそんなことはないんだが。



 色々と事情もあり、館を出たのは昼を迎える少し前だ。随分とゆっくりで、かつ中途半端な時間だが、マイアの指定された時間だ。あの姫がどういったことをしたいのかが不明だが、ひとまずは上手くやりすぎないように注意をしたらいいだろう。目立っていい時と悪い時がある。今は恐らく後者だ。

 ハッフル氏も付いてきてくれているし、1人で行くわけではないため、まあ何とかなるだろう。きっと。多分。


 俺は今の所目立っていない。目立っているのが俺ではない、というだけではあるが、ともかく俺は目立っていない。

 着ている服のおかげか、あるいは壁とマイアに挟まれるような形でいるためか、俺に視線が向くことはない。むしろ、質は上がっているものの、怪しげなローブを身にまとったハッフル氏の方が怪しいため注目を浴びている。

 あとは、マイアと俺をちらちらと気にしている影があるが、敵意はないようだし放っておこう。

 ただ、一番の注目を浴びているのは見世物、もとい勇者だ。召喚の時に一度王とは会っているらしいが、その後の貴族への紹介がまだだったため、お披露目らしい。

 随分と上等な礼服を着ているが、着慣れた様子はない。礼服なんてそうそう着る機会もないだろうし、そんなものだろう。

 ただ、この式典は渚のために用意されており、この場にいるであろう貴族もほとんどが礼服だ。俺も白の詰襟の礼服、なんて微妙なものを着ている。

 そういった意味では、マイアのお付きとして俺やハッフル氏がいるように見えるだろう。コーラルやクリシエールも側に控えている。王城についてからすぐにコーラルに髪も整髪料で整えられたし、下級貴族の子弟辺りには見られなくはないだろう。

 ちなみに、服そのもので貴族の級位が図れるものではないらしい。服飾品や家紋、勲章などで判別されることが多いそうだ。そういった意味ではいくつかのアクセサリ自体は身に着けているものの過剰な服飾類は一切ないため、家計に余裕のない三男坊辺りに見られる可能性が高い、とは俺が着替えた後マイアにすぐに言われたことだ。


 ただ、俺はナリが小さいのもあるのか問題なかった。やはり俺は、だが。そうなると、やはり問題となるのはハッフル氏だ。

 マイアや、従者の恰好をしているコーラルやクリシエールは問題ない。渚も勇者だから問題ない。俺も、たまに探るような視線を向けられるが、長時間向けられるものではない。

 しかし、ハッフル氏はローブで目深に被り表情が分かりづらくなっているものの、非常に不機嫌だというオーラを隠そうともしない。俺からだと見上げる形になり、綺麗な顔が不機嫌に歪んでいるのもわかる。

 マイアもちらちらと気にしているのが分かるが、苦手なのかどうしていいのかわからず、どうにかしろ、と俺に視線だけで訴えてくる。


「……渚の披露も終わったみたいだし、少し外すぞ?」

「ああ。控えの部屋を用意している。……貴族たちは退席するから、戻ってくるのはお主だけでも構わんぞ」


 どうやらハッフル氏は貴族除けに使われていたらしい。元からそういった打ち合わせではなかったため、そうならざるを得なかった、というのが正しいのかもしれない。



 俺とハッフル氏は別々の部屋に通され、そこで式典用から他の貴族などに会うための衣装に着替える。ちなみに着替えはあと最大3回あるらしい。披露宴か、と突っ込みたくなるが、分かるのは渚だけだろう。

 しばらく待たされ、また向かったホールにはさきほどよりも人は少ない。マイア達以外にはローブを身に纏った魔術師と思われる連中や、重厚な鎧を身に纏った騎士たち、あと、妙にきな臭い連中。マイアの他に王族が居なさそうなのは不幸中の幸いか。


「……姫。私の役割は貴族に対しての説明と伺っておりますが?」

「あ、ああ。貴族は貴族なんだが、……王家付のものも貴族ではあるな」


 目線を逸らしながら言うマイアを睨むわけにもいかず、気づかれない程度に息を吐く。

 改めて周囲を確認すると、俺を値踏みするように見て来るもの、運び込まれた荷物を興味深く見るもの、コーラルやクリシエールを注視しているものと様々だ。

 あるいは渚やハッフル氏を警戒するものも中には居るが、今の時点で何かをされる、という可能性は低いだろう。


「……では、かの方々に説明を行えば良いのでしょうか?」

「ああ。私も概要までしか聞いていないからな」

「その前に、姫。僭越ながら、1つお尋ねしたいことがございます」


 そう声を上げたのは30台から40台くらいのおっさんか。ローブを着たそれは、魔術師の中でも恐らく上の、魔術師団長か何かだろう。

 その問いに対してマイアは首肯で返すと、発言を促した。


「その者たちは、何者でしょうか」

「……私の従者に、職人とその護衛だ。職人にも都合がある。早く説明をさせたいが、何か問題でも?」


 マイアの言葉におっさんは困惑して俺達を見る。恐らく詳細な経歴なんかを教えてもらえると思ったんだろう。ただ、いくら望みにそわなくても、恐らく王女相手に上から出ることもできないだろう。

 俺としては都合がいいため、何も口は挟まないが。

 ただ、ハッフル氏の追及だけは避けられそうにない。顔を見せろと迫る魔術師のおっさんに対し、面倒そうにあしらうハッフル氏に業を煮やしたのか、騎士までが詰めかけようとした所、小さくため息を吐き、ハッフル氏は名乗った。


「フローレンス・アリア・ハッフル、だ。これで十分かな? マクア魔術師団長殿、それに、リオス騎士団長殿?」


 詰まらなさそうにハッフル氏は名乗ると、名を呼ばれた団長とやら2人が一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、慌てて首を垂れる。それに遅れ、続々と同じ動作をしていく。

 していないのはマイアの周囲だけだ。それだけハッフル氏は立場は上なんだろうか? それに、ぽつぽつと聞こえる『降誕の聖女』という名はハッフル氏を表しているんだろう。聖女と呼ばれるような人物には到底思えないんだが。

 とはいえ、それで話は済んだらしい。そんな人物を護衛に雇う俺に対しての不審や不満げな気配が来てうっとうしくはあるが。

 だが、そんなことは俺には関係ない。あくまでも粛々と与えられた任務を全うするだけだ。説明といっても、事前に資料は王城にも届けられているはずだ。見ていないかもしれないが、気にする事でもない。

 資料を見ていなかったから、話を聞いていなかったから整備事業が何か理解できなかった、街道の安全を確保できなかった、ではすまない。

 ただ、熱心に聞くものとそうでないものにははっきり分かれている。熱心に聞いていないのは騎士団で、そうでないのはそれ以外だ。

 街道事業には魔力と触媒が必須だ。それを維持するのは国らしいから、魔術師とそれを作る職人や錬金術師は無関係ではない。逆に、成功しても成功しなくてもそこまで関係ないのが王都にいる騎士団だろう。

 まあ、あくまでも態度などからの予測を立てただけだが、マイアも特に注意しないからそういうことなんだろう。



 説明の後に幾つか質問は来たが、予想の範囲内のものばかりで、そう時間も経たずに終わった。それで判明したことといえば、きな臭い怪しげな連中というのは錬金術師だということと、街道事業には全く興味を示さなかったはずの騎士団長とやらが俺にやけに噛みついてくるということだけだ。

 錬金術師は触媒の素材や作り方を気にしてきた。それは当然だろう。俺だってそうする可能性はある。

 ただ、騎士団長とやらはひたすらに俺の正体とやらばかりを気にしてくる。職人であると伝えたが、どこの職人だとか、何を作っているのか、とか、よく言えば人懐っこいんだろうが、おっさんに根掘り葉掘り聞かれてもうっとうしいだけだ。

 ただ、好意的? に見てくるのは騎士団長だけで、その団員らしき騎士達は俺を見下した目で見てくる。この場にいるということは貴族なんだろう。つまり、そういうことらしい。


「……お主、何か武器は持ってきているか?」

左手用短剣(マン・ゴーシュ)程度なら、外の馬車に」

「ならば、場所を移すぞ。リオス、第一訓練所に半刻後だ」



 マイアに言われて持ってきたのは、左手用短剣(マン・ゴーシュ)の他に、対剣破壊用短剣(ソードブレイカー)火波の剣(フランベルジェ)といったところか。

 ファルシオンなんかもあるが、俺の持っている中で、一番硬度の高い小型の短剣をリクエストされたため、それを持ってきた。悪趣味な、とも思うが、マイアにも思うところがあるらしい。

 つまり、性能調査、だ。それもとびきり質の悪い。何も、新兵に短剣を持たせ、騎士団長の持つ馬鹿でかい大剣をそれで切りかかるだけなんて頭の悪いことを思いつくなよな。

 そして、結果はある種最悪だ。へっぴり腰の新兵の何気ない一撃で、でかい大剣をガラスに線を引くように一直線にヒビが入り、そのまま折れた。

 まあ、対剣破壊用短剣(ソードブレイカー)も折れたため痛み分けと言いたいところだが。

 新兵はとんでもないことをした、と顔面蒼白だし、騎士団長も理解が追い付いていないのか愕然としている。

 マイアだけはうんうんと満足そうに頷いているが。


「……後で費用全部請求してやる」


 ちなみに全部、というのは文字通り全部だ。この王都に来るまで、そしてこれから帰るまでにかかった費用の全てを請求してやる。

 そして、当然と言えば当然すぎるが、騎士団の連中が騒ぎだした。王女の前でなければ恐らく俺に詰め寄っていただろう。決して俺のせいではないんだが。


「これで、納得したな。それに、馬車で移動するにしても、護衛は必要となる。

 関係のないと思っているのであれば参加する必要はないかもしれんがな」


 薄く笑うマイア。……納得はしてなかったがための俺か。体よく利用されたというか、憂さ晴らしに付き合わされただけというか。

 これでこそマイア、とも思うし今更だからこそ、そこまで気にしても仕方ない。面倒に付き合わされそうなのも、まあ、織り込み済みだ。

 とはいえ、このままここにいてもいいことはない。そう考え、帰りたかったんだがそういうわけにもいかないらしい。

 何故かはわからないが、折れた大剣にかわる新しい武器を作るよう言われてしまった。目立つのは嫌だと言っているのにも関わらず、だ。

 そもそも、()つための道具なんて持ってきていない。スキルで作れはするが、それを知る由もないし、見せるつもりもない。

 んだが、それも織り込み済みだったらしい。連れて来られたのは、大層な工房だ。ただ、手入れはされているが、使うものがいないのか、綺麗に整いすぎている。

 火も入っていない状態でどうしろというんだろうか。それに、材料は多少あるが、俺が折ったわけでもない剣の代わりになる材料や機材を用意するつもりもない。

 金床もハンマーもない場所で何かするつもりはない。何もないから作れないといって帰ってしまっていいということか?


「いや、そもそもこの格好のまま鍛冶をするわけにもいかないだろ」

「着替えも道具も素材も準備が完了した。大きさは元々のものと同じ位、だそうだ」


 何を企んでいるかはわからないが、こんな場所でマイアに対して逆らうという愚策はない。にしても、さっき見た限りでは騎士団長の持っている大剣は2m弱だったはずだ。

 そうなると、両手剣やバスターソード、あと俺が作れるものとしてはエクスカリバーにレーヴァテイン、クラウ・ソラス、デュランダルなどといった元の世界の聖剣伝説に基づくようなものだったり、あるいは呪われた武具などだ。そういった所謂伝説系の武器は作らないで置こう。恐らくそれを作れる素材もないんだろうし。

 となると、オーソドックスな両手剣が無難か。とはいえ、ありきたりなものを作るとマイアがうるさそうだ。俺はメインが魔術品だといっているのに、何でも作らせたがる。

 作っている最中は正直楽しいんだが、作った結果としては、やっかみや嫉妬などもなくもない。あの町では俺は様々な意味を持ってあまり通常とは言えないためそれで済んでいる気もするが。

 ともあれ、ある種俺が普通すぎるものを作ったとあればそれは名折れでもある。……特にそういった名誉にも興味がないから、折れるだけ折れて問題はないんだが。

 が、一応ギルド長やおやっさんには相談をするべきだろう。俺の行動で何かが大きく変わる、といったことでもないとは思うが、念のためだ。



 その念のためが自分の首を絞めることはままあるだろう。……何故かやる気に満ち溢れたおやっさんがサポートに入り、巨大な剣が出来た。

 素材や機構にこだわった結果、色々と酷いことになったが、まあ使えないことはないだろう。ただ、出来上がったばかりですぐに使うことは恐らくできないだろう。強度的にも、仕様的にも。

 そもそも、どこまでこの剣の性能を生かせるかはわからない。わからないが、強度も切れ味も増したんだし文句はないだろう。

 自慢げに笑うマイアが気になるが、おやっさんも打てといった。何かごまかす手立てがあるんだろう。

 そもそもおやっさんは俺が相談に行こうとしたところ、何故か王城に居た。何故かは謎だが、腕の立つおやっさんのことだ。王城に知り合いでもいるんだろう。

 実はおやっさんが元王城の専属鍛冶師で、俺を王城に引き込むためにやったということはないだろう。それよりも、また着替えさせられたんだが、まだ俺に何かをさせるつもりなんだろうか。



 結果としては、あまりいいことではなかった。あまり、というか全くというか、むしろ迷惑をこうむりそうだというか。

 不本意ではあるが、対象は勇者、つまり渚に関連することだ。全く知らないまま、まずいことになるよりはましだと自分に言い聞かせるしかないんだが。

 何があったかというと、街道事業とは別に、勇者の経験値を稼がせるため、騎士団や魔術師団が護衛につき、近くの洞窟やら森だのに行かせるということで、その際の護衛の装備を俺に作れと言われた。

 俺は鍛冶職人では無いと言ったが、たった数時間で一本()ったのであれば、数日あれば10人分の武具くらい作れるだろう、という乱暴な理論だ。

 通常は早くても今回作ったサイズの剣で1か月程度、通常なら2~3か月かかるものらしい。正直時間をかける意味はないし、工程だけを見れば単純に鍛錬をしているようにしか見えないはずだ。

 つまり、傍目から見るとよくわからないがとんでもない速度で鍛錬を行える鍛冶職人にしか見えないため、それを利用しない手はないといったところか。

 そう考えると、護衛よりもここ最近のモンスターの状況を考えるとそう考えるのも無理はない。

 そんなわけで、即断った。名誉になるだとか、箔がつくだの言っていたが、拘束時間の割にやることは多く、代金も大したことがない。守銭奴になるつもりはないが、割の合わない仕事は納得しなければ受ける気にはなれない。

 そんなことをしていたら、他の貴族の依頼を断れなくなる。貴族や豪商の無茶ぶりや断れない要求で動きを鈍くするつもりもないし、未だに製法を伝えていない魔術品やポーションを奪われることにでもなったら目も当てられない。

 物語であれば気のいい貴族とたまたま知り合い、庇護を受けるということもあるかもしれないが、生憎と俺の知っている王族や貴族は一癖も二癖もあるやつらばかりだ。

 そう考えると、出来る限り貴族と知り合う、あるいは依頼を受けるという状態は避けたい。……断り切れるものではないこともわかっているが。


 結局、渚の安全を確保するための方法を増やすためであり、王族に恩を売っておくいい機会だ、とマイアの悪魔のような囁きに乗り、5名分の武器と防具の受注をした。

 材料は向こう持ち、金額も特急料金を上乗せしたうえで、3日で作ることになった。

 フルプレートを5人分であれば流石に時間的な余裕はないが、作るのは騎士団と魔術師団の両団長と副団長、それと密偵の腕が一番立つ、という少女の分を作ることになったためそう時間はかからないだろう。

 これで貴族との面倒なやり取りも機会は減るだろうし、箔とやらが必要な時に多少なりとは役立ってくれるだろう。……役に立つといいんだが。

 途中から渚はほぼ関係なくなっているのは、渚はあくまでも名目上であり、恐らくは新しい武具を手に入れることが主体になっているんだろう。そう考えるとより面倒になっていくんだが、どこかで上手くこちらの旨味を引き出していくしかないか。

 そういう意味では商人としての心得をもう少しつけるべきかもしれないが、そうなるとさらに俺の存在があやふやになるというか、これまで以上に便利に使われる可能性が高くなる気しかしない。

 ひとまずその辺りは置いておいて。面倒なことはとっとと終わらせるに限る。それぞれの好みの確認と、身体データの測定だ。

 身長や体形、利き腕に腕の長さなど、必要な項目は幾らでもある。

 流石に少女の測定を俺がするわけにもいかないため、別室でクリシエールが渋々行った。俺だけを嫌っているわけではないことについて喜ぶべきではないんだが、少し安心したのは当然、だと思う。

 そんなこともあり、王城に滞在するはめになってしまったのは完全にデメリットだ。ハッフル氏の邸宅に何泊もする予定はなかったが、ハッフル氏が泊まるところがあれば俺が宿泊するところなんて安宿で十分だ。客人を城下に泊まらせるわけにはいかない、と言われ、かなわなかったが。

 ひとまず自分一人だけでこういった状態に陥ったわけではない。そう自分に言い聞かせ、王城で行うべきことを行うことにした。

 基本的には与えられた客室に引きこもって、仕事の時など最低限の時だけ動けば変なこともそうそう起きないはずだ。


 武具については、おやっさんの手伝いもあり2日で作り終わった。余計な仕事を増やさないため、終わったことは話していないが。

 というか、早く家に帰りたい。ホームシックというわけではないが、王城でリラックスすることはできない。そもそも、世界単位で家には帰れないんだ。この程度の日数で家恋しさを患わせることもない。

 色々と考えがまとまらなかったり、四方に飛んでいくのはそのせいだろう。王都へ行くという話を聞いてろくに休める時間もなかった。それを考えたらとっとと終わらせて、とっとと帰るのが一番だ。

 そうもいかないだろう、とは思っているんだが。



「ちょっと、いいかな?」

「……ああ。いいんだが、随分と大勢連れてきたな?」


 遠慮がちなノックの音にドアを開けると、そこには渚が複数の執事やらメイドを引き連れていた。困惑とした顔をしているため、これまでの人数がつくことは想定していなかったんだろうが、もう少し顔に出さないようにしてもいいだろうに。


「う、うん。えっと、それでさ。武具を作ってるって聞いたんだけど、俺の分も作ってもらえない、かな?」

「……わざわざ王都でか? 戻ればサンパーニャでも作れるぞ?」

「あ、そっか。でも、しばらく町には帰れないみたいなんだ。魔術師の人たちとしばらく特訓なんだって。だから、さ?」

「前の魔術品の金額も支払いが済んでないんだが? 出世払いだの、高額なツケなんかは受け付けてないぞ?」


 しかも、サンパーニャでの仕事でないなら余計にだ。王城からふんだくってもいいかもしれないが、俺としては渚のものについては渚が支払うべきだと思っている。


「え、あれって冗談じゃ?」

「どう思おうと勝手だが、窃盗や詐欺は犯罪だからな? まあ、勇者を罰したいとも思わないが。……何か噂は飛び交うかもしれないな?」


 口元を微妙に歪めると、渚は引きつった表情を浮かべる。俺が何を周囲に漏らすか、ある程度の察しがついたようだ。とはいっても、単に過去の恥ずかしい話をそっと噂好きな奥様方に流すだけだ。

 王城ではどうかは知らないが、あの町では噂話が絶えず飛び交うということはなかったため、多少は広まっても、渚の耳に直接届くことはないだろう。


「相変わらずだね。……えっと、これで支払い、じゃだめかな?」

「……仕方ない。前回の分は俺が立て替えておく。やってやるよ」


 渚から渡されたのは、小さな写真が一枚。周りに居る使用人たちに見えないように、だ。写真にそんな価値はあるはずが通常はない。けれど、俺にとっては別だ。

 それを鞄に入れるふりをしてアイテムボックスに収納する。

 使用人たちは訝しそうにそのやりとりを見ていたが、誰も口を挟まない。勇者とマイアの客人だからこそ、何かあっても何かしらの反応を出せるものではないんだろう。



 渚からのオーダーは軽く使いやすい杖と丈夫で魔術に対しての抵抗の高いローブだ。他にも魔術品が2点。そのため合理的に、魔術品である杖とローブをそれぞれ用意することにした。

 ローブは素肌に直接着るわけではないし、どちらもコアとなる宝石を用意し、それを移植することにより他のものを魔術品として効力を働かせることのできる特製品だ。

 つまり、杖やローブは一応普通のものとして使えるし、コアさえ無事ならまた他のものでその魔術品の機能を使える。俺も初めての取り組みだったせいか、説明を聞いていた使用人たちはあり得ない、という表情をしていた。

 少し大盤振る舞いにも過ぎるとも思ったが、しばらく町に戻れないなら、守る何かがあった方がいいだろう。多少厳しくは当たっているかもしれないが、それでも万全の用意くらいはしてやりたい。

 本当の万全の用意となると、過剰すぎる気もするため、ほどほどには抑えようと思うが。



「……お主は本当に。どうしてこういうことになる」

「俺もわからん。というか、どうしてこうなった?」


 深いため息をつくマイアにそう返す。実際、どうしてこうなるか全く理解ができない。

 というか、流れが早すぎて訳が分からない。

 事は、目の前に居る少女が原因だろう。そう、俺が武具を作ることになった、密偵の少女の。


次回は今回の話の別視点の話です

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