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魔法使い時々錬金術師のち鍛冶師(仮)  作者: セイ


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第2話。戸惑う気持ち。本当の気持ち。

説明多いです。

「というわけなんだけど。……どう?」


 まずは上目遣いで攻めてみよう! 子供の身体って偉大!!


「そうは言われても……」


「というわけで、だけじゃ何も分からないよ。ソラ」


 ……ちっ。テンプレ的構成できっといけると思ったんだが、やはり無理か。


「……では、改めて説明させてもらいます。俺、向日 穹のことを。俺がどんな存在なのかを」


 両親の困惑した様子が分かる。けど、あそこまでしていて黙ってるわけにはいかないだろう?

 それよりも、家族に秘密にしていたくない。いずれ分かってしまうことであるなら、早いほうがいいはずだ。



 説明をした。俺が元々この世界とは違う世界で生きていたことを。18歳で事故によって死んだこと。

 その死因が神が俺の人生をむちゃくちゃにしていたこと。そして、死んだ後にロリ神に出会ったこと。

 元の世界で輪廻するか、こっちの世界で記憶を持ったまま転生するか選択させられたこと。

 そして、こちらの世界で生を受けたこと。何より、両親と妹を家族だと思っていること。



「だから、俺はソラであり、向日 穹なんです。信じてもらえないかもしれませんが、ずっと騙していました。ごめんなさい」


 深く、深く腰を曲げ頭を下げる。きっと、これは赦されることじゃない。成り行きとはいえ、ずっと騙してきたことには変わらないから。


「……成る程。確かに昔から手が掛からないはずだ。クリス、僕たちの子供はやっぱり神様に祝福されているんだよ」


 はい?


「そうね、だから言ったでしょう。この子は天才じゃない、単なる私たちの子供なんだって」


 えっ? いや、お二人さん、一体何を言ってらっしゃるんですか?

 俺はここ2日混乱しすぎな気はするが、理解が追いついていない。正直あまり覚悟はしてなかったが、話を聞く限りではあっけなさ過ぎる。


 いや、少なくともあのロリ神様に祝福されてるような気は全くしないんだが。


「や、や。な、何かこう、こういった場合はもっと嘘をつけ! とか子供の狂言が! とかじゃないんです……か?」


 俺、もっと落ち着け。これでも現状9歳だし、精神年齢に至っては両親を超える27歳だぞ?!


 父親であるトニーは26、母親であるクリスは24だ。ほぼ父親と同世代なわけだし、それに匹敵する思考くらいは持っておこうぜ、なあ?


「ソラが私に嘘をつく理由があるのかしら?」


 ……なんつーか、もう。完敗です。


「いえ、理由がないというよりもあまり黙っていたくもないので話をしたので……嘘をつく理由は確かにないといえばないんですけど」


 どうして良いか分からず、頬を軽く引っかきながら答える。正直、この展開はあまり予想していなかった。

 いや、話したかっただけだから何も考えていなかったに過ぎない。


「なら、ソラが気にすることは何もないだろう? ソラは、クリスがお腹を痛めて産んだ子なんだ。ただ少し他の人と違う、それだけだろう?」


 このイケメンが。何を言っても偉く格好良いな、ちくしょう。

 …………それが自分でも照れ隠しだって分かってるのがまたむかつく!


「……それはそうなんですけど。いえ、自分でもそう分かってるから言ってるのは分かってるんですけどね。ただ、自分でも納得行かないといいますか」


 ああ、もうgdgdだな、おい! 一度深呼吸して。ふー、はー、ふー、はー。よし!


「痛めた私が言うならともかく、トニーが言うのは違うんじゃないかしら? ソラ、あなたは私の子供よ。それだけで十分じゃないかしら?」


「……その通りですね。はい」


 何故こちらが持ち直した瞬間にまた落とそうとするか! ええい、こうなれば徹底抗戦の構えでいかせて貰う!


「そういえば、昨日は一体どうしたんだい? 団長さんに聞いても、ソラが空から降ってきて白い光がどうとやら、何てよく分からないことを言っていたけれど」


 流石突撃なんちゃらの異名を持つアントニオさん。確かに言ってしまえばそれだけだけどもさっ。


「俺の使う魔力を行使して空を飛んでいったに過ぎません。これでも魔法使いとしてはそれなりの腕を持っていましたので」


 ゲームの中で、とはあえて言うつもりはない。言っても理解は得られないんだろうから。

 それなら敢えて元々使えていた、と誤認させたほうが早い。VRMMOである以上、架空であれ実際の身体を操っていたことに違いはないし、詠唱までしてみせたんだ。その方が納得しやすいだろう。


 『レジェンド』では技を放つ際は技名を唱える必要があったし、詠唱は決められたワードを口にし、言葉を持って魔術を使うことになっていた。

 その詠唱(スペル)を知ることこそ、各種魔術のクエスト報酬もしくは敵レアドロップで得られる、魔術書を使用した際の特典だった。

 それを使用した際に、本に書かれている詠唱が個人のシステムにインストールされ、目的に応じた魔術を行使しようとした際に詠唱ウィンドウが表示され、それを読み上げることによって魔術が行使される。

 そのため、戦闘中のノックバックでは詠唱が破棄され魔術が途絶えることがある。


 だからこそ魔法職は攻撃の手が及ばない後衛職として攻撃の要であるアタッカーとして役割を果たす、のが一般的なのだが。


 俺の場合はちょっと違った。クローズドαから続けていた古参プレイヤーの中でも、特に酷い悪名をつけられていたのが理由の一端だ。


 『歩く物欲センサー』だの『リアルラック欠乏症』だの、本当のことだが身も蓋もない渾名をつけられて以来、臨時ですらパーティーを組む人間は減り、知らずに組んでくれた人ともそのドロップ率の悪さから俺から臨時を組むのは止めていったほどだ。


 機会があり、途中からクランに加入することが出来たが、そうでなければ最後までソロで狩り続けていただろう。

 ソロでサーバー内最高峰のダンジョン踏破をしたのは俺だけに違いない。

 なんてマゾゲーだ! と思ったのは一度ではなかったが、そうしていたのは自分だと認識したら随分と空しくなったのは忘れよう。


 ああ、元クランのメンバーは今は何をしているんだろうか。

 ギャングのダンディに弱虫のライオン、雲隠れのダンプ、ネタで知られた俺たちのクランひょっこ……いや、これ以上言うのはまずい。

 ちなみに、俺のキャラは大統領のドン・○バチョ。

 随分と古い人形劇のキャラを名前にしたネタクランだった。

 今もきっとリアルで何かしらのネタに走っているのは間違いないだろう。


 思考がずれていくのはきっとまだ混乱しているからだ。

 少なくとも説明が長くなっているだけなのは気のせいだろう。きっと。


「ただね……今までに空を飛ぶ魔術なんて聞いたことないんだよね。魔術学園であれば何か知っているかもしれないけど、どうやったのかな」


 何ですと? 飛空魔法はどちらかといえば初級に近い魔法だ。

 移動不可な地形を飛び越えるために前衛職でも持っているプレイヤーは多く存在した。

 消費する魔力量も多くはなかったし、空でなければ戦えないモンスターも幾つかいたからほぼ必須の魔法だった。『レジェンド』では。


「吹く風は翼を成す。我が背にその翼を宿せ。空を舞う自由を。『飛空(フライ)

 これだけで発動する風属性の初級魔法なんですけど……」


 ぷかぷかと浮かぶ俺を見て引く両親。……地味に傷つくな、これ。


「詠唱だけで発動する魔術なんて見たことがないわ。触媒は何を使っているの?」


 そんな一部の特殊スキルでない限り『レジェンド』では触媒なんて一切使わなかったんだが。


「魔力を消費するだけじゃないんですか? 魔法って……」


「そんなの聞いたことないわよ! ……ソラにはこの世界の常識を知って貰わないといけないみたいね」


「……お、お手柔らかにお願いします」


 何故か暗い笑いを浮かべる母に、ただ目線を合わせないように頭を下げるので精一杯だった。





 結論。どう考えても『レジェンド』の常識は通用しませんでした☆

 いや、全く関係ない世界を選んだ以上、当然といえば当然の結果ではあるものの。

 魔法は使える人間は100人に1人程度で、ちょっとしたステータスになるらしい。

 ただ、家系によって使える人間が生まれやすいため貴族が多い、らしい。

 で、扱える属性は火、水、土、風、光、闇の六種類。


 ほとんどの人間は扱えるのが単属性か2種の属性だけで相反する属性(たとえば火と水は相反するらしい)は使えないため、最大でも3種類までしか使えないらしいが、歴史上英雄だの勇者だのそういう人の皮を被ったバケモノレベルじゃないとそこまでは出来ず、2種類でもどこからも引く手数多の存在らしい。

 ……俺は当然全属性使えるし、属性を持たない魔法すら使えるんだが。


 そして、使える魔法の種類は詠唱術、魔法陣、符の三種類。

 ただ、詠唱術は詠唱と魔法を使うための属性を付与された触媒が必要で、魔法陣もそれを書くための専用の魔具がなければ使えないらしい。

 符に関しては、魔法とは言っているものの、錬金術師が作る、魔力があれば誰でも使える初心者用、あるいは緊急時用のサポート品のようなもので、それをメインにしている魔法使いは才能がないか、素人だそうだ。


 つまり、何の触媒も用いらず魔法を使う俺はこの世界では異物であり、異常らしい。


 俺から言わせれば、魔法を使える時点でおかしいとは思うが、それは異世界。物理法則だの何だのが違うんだろう。

 ちなみに、魔法を使うには精霊だの神様だのに働きかけてとかなんとか言ってたが面倒そうだったので話は聞いていない。

 そんなことをしなくても使えるのなら余計な知識は溜め込む必要はなさそうだ。


「つまり、俺がこのまま魔法を使うのは非常にまずいということですね。やっぱり武器を作る必要があるか」


「ええ。ものすごーくまずいわ。ソラはもう魔術を使ってるところを見られているし、どうにかしないとね」


「ええっと……触媒って魔力が篭ったものなら何でも良いんですか?」


 というか、俺が使った魔術は、何だ。風属性の飛空、光属性の癒しの光、そして土属性の束縛。

 あれ? 風と土使ってる時点で終わってね? 始まる前から詰んでるのかよ!


「前、町で出会った魔術師に聞いたところ、強く力の篭ったものなら何でも良いそうだよ。腕輪にペンダント、杖なんかも一般的だそうだ」


 なら……俺のスキル次第では何とでもなりそうだな。あとは持っている宝石を加工して、か。

 器具こそないが、数量はそこそこと宝石加工のスキルもカンストしている。どうにかなりそうだ。


「……まだ、俺のことを信じられていないでしょうから。その証拠をお見せします」


 アイテムボックスから未加工の原石を2つほど取り出す。1つはサファイア、1つはトパーズ。

 元の世界で青玉と黄玉とも呼ばれていた宝石だ。加工して属性を付与すれば風と土の触媒にでもなってくれるだろう。


 何故こんなものが単なる地面に落ちているかは知らない。

 冒険者や何かが落としたならともかく、原石のまま持ち歩く人間なんて居ないだろうし、どこかに採掘ポイントでもあるのだろうか。

 そうであれば宝石業はかなり儲かりそうだ。それで値崩れもしかねないが。


 そんなことはともかく。生産スキル『宝石加工』を使い、それぞれの石を加工する。

 とはいっても、実際に研磨機があるわけじゃないのでスキルのみを使って加工する。

 出来るかどうかはいまいち不明だが、スキルが発動するのは他のスキルで確認済みだ。

 難しい加工をするわけでもないし、どうにかなるだろう。きっと。


 そんな願いが届いたのか、原石が浮き上がると、一瞬光ったかと思うと加工済みのサファイアとトパーズが手元に残る。よし、上手く行ったな。


「ちょ、ちょっと! 何をしたのよ! そもそも、そんなものどこから取り出したの!?」


「お、落ち着いてください! 今説明しますから!」


 さっきから呆然としたり叫んだりする母を宥める。

 俺も初めて『レジェンド』で見たとき驚いたものだ。

 気持ちは分かる。というか、母よ。そんなに叫んで喉は痛くならないのだろうか?


「これは俺の保有してるスキルの内宝石を加工するスキルです。

 道具があればもっと成功確率は上がりますが、この程度の加工であればなくてもそうそう失敗はしません。

 そして、これを収納していたのは俺のアイテムボックスの中、異空間にでも収納していると思ってください」


 証拠を見せるため、一度アイテムボックスに格納し、また取り出す。

 端から見ると消えたと思った宝石が現れたように見えたはずだ。


「……ソラはずいぶんと規格外だなあ」


 それで治められる父も同じく規格外と思われますが、如何でしょうか。


「そういう問題、でもないんだけどそうね。……それで、ソラはいつまで私たちに敬語を使ってるのかしら?」


「今は説明の途中ですから。そのためには、ソラであるよりも向日 穹であることのほうが説明に向いていると判断したまでです」


「もうそんなことしなくても大丈夫よ。こんなに丁寧な言葉使える9歳児なんて私は知らないし、魔術だってきっとこの世界にはないものばかりだし。

 これまで通り、私たちの子供で居てくれればそれでいいの。それ以上望まないし、誰にだって望ませはしない」


 俺はこの2人の子供として生まれてきて、本当に幸せなんだろう。

 俺を本当に心配し、理解しようとしてくれるのが分かる。

 同時に、やはり心配させて申し訳ないという罪悪感がある。

 子供としての嬉しい感情と大人としての申し訳なさ。


 どちらも俺の本当の気持ちだ。なら、出す気持ちは決まっている。


「ありがとう、父さん。母さん。とっても、嬉しいよ」


 謝罪ではなく、感謝。これを伝えることが俺に出来る精一杯。……正直、恥ずかしすぎて死ぬるけどな。


「……おにいちゃん、おかあさん、おとうさん、おはよう……ございます」


 どことなく生温い雰囲気を壊してくれたのは、最愛のまいしすたーだ。

 俺が一番最初で父さんが一番最後だったのは、まいしすたーから近い順で他意はないだろう。だから、泣きそうな顔はやめてくれ。流石に居た堪れない。


「レニも起きてきたことだし、朝のご飯にしましょう。ソラ、レニ。顔を洗っていらっしゃい」


 話も終わりだ、と言わんばかりに中庭に追い出される俺とレニ。レニの世話はレニが生まれた当時からしているから問題ない。

 中庭に追い出される前には既にタオルも持ってきているし、水を汲む桶も歯を磨く楊枝も用意している。

 マイシスターが虫歯になったりしたら大変だ。しっかりと磨かなくては。




「……母さん。ずっと、黙ってた。いや、騙してたことがあるんだ」


「な、何かしら。随分と急に重々しくなったけど」


「俺さ。ずっと母さんの料理がうまいって言って食べてたんだけどさ。どうしても1つだけうまくないものがあるんだ」


「だから、美味しいって言いなさい! それで、どれよ。好き嫌いは駄目よ?」


「好き嫌いって言うか……パンがさ。パンが、ぱさぱさで固くて、もう耐え切れないんだっ!」


 ちなみに言えばほとんど味もない。恐らくは粉と水だけなんだろう。それを釜で焼いて終わり。

 そんなパンを薄味のスープに入れたところで、美味しいはずがない。

 これに関して言ってしまえば、まだパスタやらミルク粥のほうが食べれる。


「……そんなこと言われても。これが限界よ?」


「いや、手はあるんだ! 後は許可さえしてくれればうまいパンを食べれるんだよっ!!!」


 心からの叫び。いや、むしろこっちで生まれて初めての我侭かも知れない。我侭だというのは分かっているが、これは切実な悩みだ。


 日々食べるものがこれなのは辛い。しかも、黒っぽく固いのはこれが全粒粉に近いものだからだろう。

 真っ白でふわふわなパンは難しいかもしれないが、せめてモチモチとした柔らかいパンに有り付きたい。


「い、いいけど……どうしたいの? あと、ちゃんと美味しいって言いなさい」


「……おにいちゃん、へん」


 こんな時でも教育を忘れない母に感謝の念でいっぱいです。あと、妹の一言に結構傷つくのはむしろデフォなのでしょうか……。


「あまり量はなくてもいいから、手に入れたいものがあるんだ。それに協力して欲しいんだけど」


 思い出した中で村で簡単に手に入りそうなものとそうでないもの。簡単に手に入るものはお願いすればもらえそうなもの。そうでないものは買うしかないものだ。


 小遣いでも貰っていればそれを崩して買うつもりだが、今のところそれを貰った覚えはない。


 父さんが猟師をやっているおかげか、ある程度収入と物資があることは分かっている。

 それを利用するのも随分嫌だが、背に腹は変えられない。


 いざとなったら宝石を加工して、それを行商にきた商人に売ってもらおう。

 買い叩かれる可能性はあるが、属性付与もすればおつりくらいは来るだろう。


「まずは、ご飯が済んでからね。レニ、あなたもよ」


「はーい」


 元気な妹の返事に若干癒されながらも食事を再開する。……ああ、パンが喉につっかえる。

 至急食事の改善を要望する!




「……お母様、要望を申してもよろしいでしょうか?」


 とりあえず、食後落ち着いたので恐る恐る希望を述べることにしてみた俺。下手に出ているのは昔からの癖だ。


「変な敬語はいらないって言ったばかりでしょう? 遠慮はせず、言ってみなさいよ」


 さばさばとした口調はまるで親子というよりも友達のようだ。いや、俺がその口調で母に話しかけることはないだろうが。


「ええと。塩と蜂蜜、それと絞りたての生乳に香りの良い果物。それに、加工してない麦も。あと密閉できるガラスのビンが2つあれば助かるんだけど」


 砂糖は恐らくこの世界ではまだ高級品だろう。

 テンサイやサトウキビは少なくともこの村では栽培されていないし、食卓にそれらしいものがあがったことはない。

 それに酵母もパン酵母を作るには技術的に難しくはないだろうが、その後の加工が問題になりそうだ。

 なら、まだ作ったことのある天然酵母を使ったほうが確実そうだ。

 全粒粉があるのなら交渉次第では白い粉、白いパンを焼けるほどの粉が手に入るかもしれない。

 いや、むしろ石臼あたりなら作ってしまえばこちらのものだ。


 どうせならこの村の特産物にしてもいい。

 パンだけならまだしも、こういった製粉技術も発達していないだろう。

 村を出るにしても、その技術が発達し国内に広まれば好きなときに柔らかいパンが食べられるだろう。

 目立つつもりはないが、美味しいものが広まることに否はない。

 なら、広めるかどうかは別としても作ってみる価値はあるだろう。


「それだけで良いの? 他に必要なものは?」


「……それだけあれば十分だけど、いい?」


 何だかあっさりと決まったな。いや、日本であればそれくらい、麦は別としても対した金額にならないから別に怖じ気ずく必要はないんだが、こっちの物価はまるで分からない。


「平気よ。変に気を使ってる息子のお願いなんだから、それくらい気にしないの」


 その言葉にありがたく頷き、素直に甘えよう。

 それが俺の正体を秘密にすることでも、今の生活を出来るようにでもなく、食のお願いだということに気づき苦笑いを浮かべるしかなかった。




 母さんに留守番とレニの世話を任されて早数時間。ま っ て ま し た !

 キッチンに置かれているのは母に頼んだ品物。若干多い気はするが、多いことに越したことはない。

 さて、まずは酵母を作ることから始めよう。


 と。作る工程は正直ありきたりなのでパス。

 切った果物と水を入れたガラス瓶を特別スキル『促進』という取ったはいいものの全く使わなかったスキルを使い醗酵を進め、以前森で見つけた倒木をアイテムボックスから取り出し、小型の脱穀機を作り、家の裏庭にあった大き目の石を錬金術で石臼に変化させ、脱穀した麦とそうでない麦を粉にし、ふるいにかけ、生乳をガラス瓶にいれ、振ってかくはんし、練って水分を飛ばした上でバターにし、全ての材料を混ぜ、1次醗酵も2次醗酵も全て『促進』を使い時間を短縮し、出来上がった生地を母に頼み焼いてもらう。所要時間焼くのを入れても2時間というハイペースで作り上げたが、まあたいしたことではないだろう。

 ちなみに、我が妹君は途中で飽きてお昼寝中だ。寝る子は育つというし、良いことだ。



「これである程度冷ませば出来上がり……って母上、如何されましたでしょうか?」


 やっぱり無駄遣いで怒っていらっしゃる?! ああ、調子に乗ってすみませんでした!


「本当に我が息子は別の生き方をしていたんだな、って。……そう思っただけ」


 土下座をしようか迷っていた身体を抱きしめられる。……何だか色々当たって恥ずかしいのですが。


「怒ってらっしゃらないのでしょうか……?」


「何に怒るっていうのよ。少し寂しいだけ」


 ぎゅ、っと強めに抱き締められる。

 そういえば、母に最後に抱き締められたのは何時だっただろうか。

 物心をついた頃には既に自分より若い女性に抱き締められる羞恥心でさりげなくその抱擁から抜け出していた気がする。


 それは子供として異常で、母親から見て寂しいものだったのではないだろうか。


 俺にとっては女性であり、母親でもあれど。母から見るとただの息子。

 途端に身体を襲う申し訳なさに、おずおずと、そっと壊れそうなものを包み込むように抱き締める。

 ですが、その途端に力いっぱい抱き締めるのは出来れば勘弁して欲しいです。母上殿…………。




「……ごめんね? 私もわざとやったわけじゃないんだけど」


「ええ。分かっています。分かっていますので……そろそろお昼にしましょうか」


 軽くイきかけました。というか今度こそ2度目の死を覚悟しました。

 死に辛いっていうのむしろ嘘なんじゃねえか、あのロリ神様。


「うぅ。ソラが冷たい……」


「いや、正体というか事情を明かした後はどうしても子供のソラのままじゃ居づらくてですね? 今まで結構演技してた分、どうしていいのか正直よく分からなくて」


 困ったものだと思う。流石に前のままの口調で居るわけにも行かないし、とはいえ自然な9歳児の口調なんて覚えてるわけがねえ。

 恐らく、今の俺、ソラの口調だのを知ってる大人から見たら随分と変なものに見えるだろう。


 それはずっと肉体にある程度引っ張られるものだと思っていたが、そうでもないようだ。

 睡眠時間や身体能力こそある程度は子供の身体のせいで邪魔はされるが、それ以外は少なくとも18歳だった向日 穹のままだ。


 なら、俺は俺として生きる。それだけだ。


「分かったわよ。ソラはソラの好きなようにしてみなさい。もし間違ってるようだったら、私が怒るから」


「そうして貰えると助かる。暫くしたらなれると思うから、それまでは言葉の無作法に関しては許してくれ」


 前からお前は口が悪いと言われ続けた。だから自分の悪い癖だというのは分かっているが、どうしても治らないものは治らない。


「ソラちゃんったらワイルド……。けど、顔に似合わないから止めて欲しいな」


「いいから早く昼飯にしよう。レニもそろそろ起きる頃だろうし」


「はーい……。ソラの意地悪」


 頼りがいのある母はどこに行ったんだろうか。今の母もかわ……げふんげふん。

 いじらしいところはあるが、それはそれ。それよりも今は飯だ。

 ようやく、待ちに待ったふわふわのパンが俺を待っている!



「ふわふわ~。おいし~」


 寝ていたレニを回収し、漸く有り付けたパンは我ながら中々の出来だ。

 これなら若干乾きは覚えるものの、我慢できないほどじゃない。むしろ、これから離れられそうにない。


 本当なら食パンを作りたかったが、それが出来なかったからスコーンとハンバーガーで使うような丸型のバンズだ。


 軽く炙ったスコーンに蜂蜜をかけるとさらにうまい。


 これで和食が食べられるようになれば最高だが、あいにくと醤油や味噌の作り方がなんとなくしかわからない。

 むしろ、麹はどうやって作れば良いんだ。下手な作り方をすると変なカビまで出来そうで中々チャレンジできない。機会があればそっちも試してみよう。


 とにかく、これで主食の問題はまず解決した。あとは、他の人が食べてどう思うか、だ。


「ねえ、これもソラの……知ってることから作ったものなのかしら?」


「あ、ええと。そ、そうだよ。お母さん、美味しい?」


 レニに要らない心配をかける必要はないだろう。母もどうやら同じ意見のようで、妙な問いかけをしてくる。


「ええ。今まで食べてたパンが何だって話よ。うん、これならソラが美味しくないっていうのも頷けるわね」


 よし。母さんの評価はよさそうだ。なら、次は酒場のおやっさんにでも売り込んでみるか。

 酒単体とはあまり合わないが、組み合わせ次第では売り込みは出来る。そして大量に作れるような技術も売り込めば……ってその手段がないな。

 売る技術はある。売る機材もある。だが、それを隠す手段がない。

 父は単なる猟師だし、母も……母は


「……母は、っと。レニ、ここで寝たら風邪を引いてしまうよ」


 よっぽど気に入ってくれたのか、それとも疲れたのか。パンを握り締めたまま寝こけるまいしすたーの姿に笑うと、パンを手から外し揺らしてみる。


「レニは寝かせてあげなさい。私が部屋に運ぶから、話はまた後ね」



「それで、さっきは何を言いかけたの?」


 ぐっすりと寝ているレニを部屋まで抱き上げていった母はすぐに戻って来て、開口一番そう聞いてくる。


「……母に、お願いがあります」


「むむ。ついに家族の自覚が出来たのかな?」


 そんなものは最初から標準搭載ですが、何か。


「……それはさておいて。このパンを酒場と雑貨屋に売り込みたいんですが、母にお願いしても?」


「って凄い面倒事押し付けられそうになってないかな!? ソラ、私ソラのお母さんだよね! 決してソラの良いように使われる使用人じゃないんだよ!」


「……母、幼くなってどうするんですか」


 やはり無理を言うのは悪かったか。なら独自に販売ルートを構築するしかないが、あいにくと商売は『レジェンド』の中でしかない。しかも、露天とクランのメンバー相手のものくらいで値切り交渉もまともに相手にしなかった以上、皆無といって良い。さて、どうすべきか。


「幼いって、確かにまだ若いつもりだけど私ソラのお母さんだよ!?」


「……俺が悪かったから。もう言わない、俺がどうにかして製造と販売ルートは確保するから」


 製造は水車なり風車なりを作って自動の製粉機を作れば良いし脱穀機は唐箕でも作るべきか? あとはバターと酵母の作り方、それとパンのレシピだな。塩や蜂蜜に関してはパンの製法が広まれば交易で動きやすくなるだろうから値段もある程度は安くなるか。

 それにあわせて砂糖の作り方と塩の精製方法を広めればそれも安価になるからそれでどうにかなるか? いや、そもそも塩漬けの製品があるかどうかで広め方もだいぶ変わってくるな。となるとやはり世界の相場と食文化を鑑みるところから始めないとまずいな。変に独占市場になっているところを荒らすと後が面倒そうだ。そのアイデアを売るにしても、それで食ってる人間の職を奪いかねん。というわけで、簡単でそのまま移行できそうな料理程度が無難、だな。

 砂糖に関してはあまりに生産量が少ないようであれば、何か手を打つ必要があるが。

 そうなると幾つかのレシピを世に出すだけで十分か。あとは自分の生きる分の金銭を稼げれば良いから、ポーション売りにでもなればいいわけだ。

 正直、この身に秘めた力がどれくらいのものかは未だに分からないが、バカ正直にスキルをフルに使うのは避けたほうが良いだろう。


「ソラー? ソラー? お母さんを無視しないで~」


「すみません。どの技術の放出までなら耐えれそうか考えていました。売却方法はパン屋でも作ったほうが無難でしょうか。それとも水車小屋でも建ててそこで実演販売でしょうか」


「……少し冗談言っただけなのに。ソラ私のこと嫌いなの?」


 まずい、泣きそうだ。俺も別の意味で泣けそうだが。


「昔からついてなかったから、そういうのに慣れていないんだ。人に頼むと高確率で迷惑をかけるから、基本自分で出来るように物事を収めてさ。だから、断られたらすぐに自分で動くようにしてたから」


 それが俺の処世術だ。だから一応の形になるまでは練習もしたし知識を溜め込んだ。

 便利な社会において、原材料まで作る必要はなかったからここら辺の知識は完全に蛇足だったんだが。


「息子が優秀なのも考え物だねえ……。前から思っていたことだけど、私より頭良すぎだし」


 疲れたようなため息を吐く母を横目に考える。

 一応世界でもトップレベルの教養を受けられる環境に居たし、そもそも技術や思想レベルでもこの世界とはだいぶ差がある。

 頭の良し悪しはともあれ、下地ではそこそこのものはあるつもりだ。


「けど、何の権力もないしコネもないからね。村の資産として売るにも子供じゃ怪しまれる。もうちょい大人だったら発明家とでも名乗って売り込みにいけるんだろうけど」


 親切な商人にでも恩を売れればなおさらなんだが。まあ、人が良いだけじゃ商人なんてやってられないだろうからそこは見極めるとしても。


「それで私に頼ろうとしたの? でも、お母さんそういった商売よく分からないんだけど」


「安定確保さえ出来ればそれでいいよ。作ったものなんて天然酵母と石臼に脱穀機位だし。どれも簡単に作れるから加工技術さえしっかりすれば問題ないし」


 酵母なんて本来なら数日かけて時々混ぜるだけ、脱穀機は基本的な部分は木で幾つかの機構は石だ。石臼は消耗度は高いが全て石で作った。というか単なる大き目の石で作っただけだから当然だが。


「うーん……鍛冶師のゴーンさんなら作れるかな? 分かったよ、お母さんソラのために頑張っちゃう!」


「裏庭においておくから、必要な分だけ作ったら後は貸してあげた方がいいだろうね。あとは酵母とパン自体の注意は……」





 一月後、『ユグドラシルの葉先』では俺が作ったパンが各家庭で出されるようになり、脱穀機と石臼も飛ぶように売れるようになったらしい。

 やはりみんな今までのパンよりもこっちの方が気に入ってくれたようだ。

 それに、見込んだ通り行商に来た商隊の目に留まり、酵母と脱穀機、石臼が少しずつだが広まり始めた。

 この調子なら1年位すれば少なくとも大きな都市くらいには普及するだろう。


 商人が珍しがってる以上、機器や材料はともかくこういったパンの作り方は少なくとも大々的には広まっていないんだろう。

 ゴーンさんも売れた代金の一部をうちに入れてくれているらしいし、悪いことはないだろう。

 俺のことが露見してる様子もないし、現状はほぼ最良に近い形で動いている、といいなあ。


 他の料理でも色々試してみたいが、また別の機会でいい。俺はあくまで鍛冶師であり錬金術師であり料理人ではないはずだ。



「……母上、これは一体どういうことでしょうか?」


 この世界では珍しい、わら半紙だ。この世界にはパルプを作る製法が確立しているんだろうか。

 符を使う以上、ある程度は製紙技術はあると思われるが、こういう場合は羊皮紙が一般的なのではないだろうか。ゲーム的な意味で。


 まあ、いい。紙がどうであれあるものはあるんだ。問題は、この内容だ。


「お母さん、文字読めないから何て書いてるか分からないよ」


 言葉は話せても識字率はだいぶ低いようです。貴族はともかく、平民では2割から3割程度だそうで。これは行商に来ていた商人のうちの1人に聞いたもので、文字を読める俺に驚き、教えてくれた。


 最初はミミズが這いずり回ったというか、よく言えば達筆な文字らしきものを文字の読み書きが出来る村長の家に押しかけ、押し入り、引っ掻き回して漸く教えてもらったものだ。


「……母も内容は知らないんですね。簡単に言うと、魔法学校の入学試験の案内ですね」


 誰経由で漏れたんだ? これは。自衛団か? それともあの場に居た騎士(グラン)か?

 ただ、まだ安心できるのはこれが誰にでも配られていそうな案内状であり、差出人も特に明記されていないことだ。


 単にDMの如く、入学可能な年齢の子供がいる家庭に届けられているだけかもしれないし。

 何が悲しくて高い学費を払ってまで5年も学校に閉じ込められなければならない。


 しかも、うまく立ち回ってもそうでなくてもきっとロクな目にあわないのは既に見えている。


「魔法学校って、魔術学校のこと?」


「ええと、魔法学校です。入学試験合格後、入学金が20金貨、一年に掛かる学費が10金貨、寮に入るならさらに5金貨追加という貴族御用達の魔法学校です」


 ざっと基本的に掛かるらしい学費を説明したところで固まる母君。

 この世界の通貨は共通でR(ルード)と呼ばれている。


 銅貨、銀貨、金貨、白銀貨、神貨とそれぞれあり、1R=1銅貨。それぞれが順に100枚で次の貨幣価値になる。


 一食が大体50~70Rで、この世界の一世帯あたりの平均食費は一ヶ月で1金貨。


 ここら辺は自給自足がある程度できているからもう少し下がるが、その分所得も少ない。

 最近、飛ぶように売れている石臼や脱穀機でさえもそれぞれこの村で売るには5銀貨程度で収まるが高級品の部類に当てはまる。

 俺は1R=10円程度で計算しているが、町でも一ヶ月の給与が金貨4枚だそうだからもしかしたら倍がけくらいでもいいかもしれない。


 つまり、入学から卒業まで5年かかるため単純計算でも金貨70枚。日本円に直すと約700万。大学を出るのにおよそ公立でも500万はかかるらしいので、それ以上の金額が出て行くという計算になる。

 倍がけするのであれば有名な私立の医学部にも匹敵する額になるということだ。

 うちにそんな金があるとは思えない。

 ちなみに、試験を主席で合格すれば学費免除、トップ10であれば一部学費軽減と補助が出るらしいがそこまでして通うメリットは俺にはないと思っている。


「心配しなくても、行きたいなんて言わないから安心して欲しい」


「で、でもソラ魔術使えるんでしょ? なら行った方がいいんじゃないかな……」


 確かに、魔法を使える子供だから魔法学校に行ったほうが良い。それは一理ある。

 その方が多少強力な魔法を使っても違和感は少ないからだ。

 少なくとも、魔法学校の生徒という肩書きは単なる平民よりはステータスになるだろう。


「俺の魔法はこの世界と体系が違うみたいだから、教わるだけ無駄なんだよ」


 実際は無駄どころかマイナスだ。『レジェンド』をやっているうちに、『レジェンド』の世界の法則というか裏技に気づいた。


 あの世界は確かにシステムで管理されたデータの存在だった。だが、普通に歩ける、走れる、ようにシステムにない動きをすることも可能だった。いや、むしろあえてシステム化されていない部分が多いといえた。


 『レジェンド』はRPGをメインとしたゲームだったが、FPSの要素もアクションの要素も、格闘ゲームの要素すら取り込んだ無茶なゲームシステムを売りとしていた。


 つまり、スキルツリーにない技をかけることも可能。実際の身体が動ける範囲でならアクロバティックな動作も可能だった。

 中には本職のプロレスラーなのか、DDTを人形モンスターにぶちかます騎士も居たし、某蛇よろしくCQCを繰り出すつわものまで居た。

 そんな俺も、大統領として魔法職でありながら前線で歌って(詠唱ながら)踊れる(回避しまくる)魔法使いとして有名だった。


 そんな俺が制限のある魔法使いに教えを請うのは正直勘弁して欲しい。

 思いのほかあっさりと受け入れられた俺ではあるが、いずれは前考えていたように大きな町で1人でやっていきたいという思いは変わらない。

 それは前の世界での影響も多分にあるんだろう。お金さえ払えばどこまでもいける世界。

 VR空間であれば擬似的でも色々な場所に出かけられ、疑似体験が出来た。


 ……正直な話、遊び相手もいないこの村に飽き掛けている。他を知らなければこんなものなんだと、きっと納得できていたんだろう。

 だが、俺は便利すぎる世界で生まれ、育ち、死んだ。その経験が、この小さな村で生涯を過ごすという選択肢を奪っていた。

 結局、それが一番の俺の我侭なんだろう。


「でも、ソラはこの村にはずっとは居たくないんだよね」


 今考えていたことが口に出ていたんだろうか? いや、心が読まれた?

 そんなはずはない。母にそういった能力はないはずだ。なら何で? どうして俺の気持ちが分かったんだ?


「そんな……こと、ない」


「無理しなくていいよ。ソラがパンを広めたいのもそのためでしょ? どこでだってあの柔らかいパンが食べたいから広めさせた。

 私はこれでもソラのお母さんなんだよ。息子の視線が、いつも遠くを見てることくらいすぐ分かったよ」


 確かに、その通りだ。俺はこの村以外でもあれを食べたいし、この村以外で過ごしたい。

 ずっとこの村にいるのであれば、ものを作りはすれどそれを広める必要なんてなかった。

 そんなに俺は分かり易いのか? それとも、家族を見る俺の目はそう映っているんだろうか。


「……俺は、俺の我侭でここではずっと生活は出来ない。これは俺のエゴで、きっと受け入れられないものだと思う。だから、俺はここを出て1人でどこかで暮らそうと――」


 思ったよりも音は出ないものだ、と他人事のように思った。

 熱と後からじわじわと来る痛み。ただ、そんな痛みより。

 目の前の女性を泣かせてしまったことの方がどうしようもなく、痛い。


「馬鹿にしないでよっ! 何が受け入れられないよ! 1人になんてしない! ソラが出て行くならどんなことをしても止めるんだからっ!!」


 ぼろぼろと零れる涙をどうにかしたくて、とっさに抱き締める。

 崩れ落ちた身体を支えるように、身体の震えを止めるように。


「……ごめん。ごめん、母さん」


「ソラのバカ! ソラのばか! ソラのバカ!!」


 きつく抱き締められるのも今は為されるままに受け入れよう。

 ……俺って最低だな。





「……御母上、そろそろ放していただけたら至極幸いなのですが」


「……ソラが出てくのを止めるまで放さない」


「出て行くといってもすぐではないので、暫くの猶予はあると思われるのですが」


 時間としては2時間ほどか。泣き止んでくれたのは幸いだが、ずっと解放される気配はない。

 いい加減身体が痺れて来たので解放を要求するが、どうにも呑まれる気配すらない。


「ソラと離れて暮らすなんて嫌!」


 どうも母の精神年齢が下がっている気もするが、これはどうしてだろうか。

 俺の精神年齢が年上だからそう見えるだけだろうか。いや、そうは見えない。


「そうは言われても……俺としては子供は親から独立するものだって言う認識だし」


 事実、畑や家(この場合の家は土地や貴族などの立場だ。単なる持ち家はそれには当てはまらない)を相続する権利がある場合以外は子供は結婚したら新たな住居を構える。

 それがこの村が若い人間がうちを除けばいない理由だ。畑を継ぐほど広い畑はなく、この村の工芸品である織物もあまり価値がないため後継者は他の町に出稼ぎに出ている。


 うちは当然平民で守るべき家もなければ継ぐ畑もない。父さんはあくまで猟師だからな。そうなると、結婚するかどうかは別としても家を出ることに問題はないだろう。

 夫婦2人きりになるのは問題かもしれないが、今は妹もいる。だから成人次第町に出ようと思っている。いるのだが、まずは母を説得しなければこの体勢で今日一日を過ごさなければならないかもしれない。


 レニが寝ていることが唯一の救いか。もしくは、父が帰って来次第相談するのもありかもしれない。


「それでも! まだソラは子供でしょ。私がソラを育てるの!」


「なら、町に引っ越したら良い」


 うおっ!? 背後から急に聞こえた声に振り返ると、そこには我が父の姿が。


「お、おかえり。父さん、随分今日は早いんだね」


「今日は狩りはせずに周囲の見回りだけだったからね。それで、話は聞いていたけどソラは町に出たい。クリスはソラと一緒にいたい。それなら、引っ越すのが一番だよ」


 いつから居たんだ、父よ。というか、俺慌てすぎでスキルすら使う余裕なかったのか……。


「で、でもトニーは大丈夫なの? 猟師団、抜けて困らない?」


 若干沈んでいた俺を離さない! とばかりに掴んでいた母上は何か焦った声を上げている。

 そんなに俺が町に行くのが嫌なのか、あるいはこの村を離れたくないのか。


「うん。団長には話をしたし、この村も名産品が出来たからね。ジーナさんの長男家族も帰ってくるって話だし、問題はないよ」


 名産品はパンのことだろうか? 作り方自体は単純だから、それこそ誰でも作れるものだと思うんだが。


 ちなみに。父には酵母パンを作ったのが俺だということは話してある。

 最初は驚かれはしたものの、うちの息子は賢いなあ、と暢気な一言で終わってしまった。

 それでいいのか、父上よ……。


「住むところも、町には幾つか当てがあってね。それで何とかなるよ。ここも出来れば手放さないようにするよ」


 どうやら、母上の執着はこの村というよりもこの家を誰かに手放したくないらしい。

 そういえば、ここは元々母の父、俺はあったことのない祖父が建てた家だと前に聞いたことがある。

 少なくとも、それを手放したくないのだろう。母は。


「今の家を売らないままで新しい家を買うお金はうちにはないわ。パンの道具で貰ったお金はあるけど……それでも足りないわよ」


「そこは……僕が狩りを頑張るよ。クリスもソラも、そしてレニも悲しまない方法があるならそれを選ばないと」


 そうやって笑う父。……強い人だ。


「……父、それには及ばない。金策なら、いくらか俺にもあるから」


 この一月、俺が何もしていなかったわけじゃない。

 村を抜け出し森に入ること数回、遠出してモンスターの出る森にまで足を運んだこともある。

 それで集めに集めた素材の数々はちょっとした財産位にはなるだろう。


 運が良いことに鉱石の露頭を何箇所か見つけ、只管に採掘しまくったのも貢献している。


 それを生産スキル『加工』で幾つか塊にしてアイテムボックスに突っ込んである。


 今回はそれをさらに加工して売る予定だ。


「子供がそんな気を使わなくて良いの!」


 母のその言葉はありがたいが、そういうわけにも行かないだろう。


「俺がどこまで出来るのか、それも兼ねているから、そのついでだと思って欲しいんだけど」


 ごとごとと音を立てて俺のそばに銀塊と金塊が落ちる。ミルリル銀やオリハルコンがあればもっと稼げるんだが、そんなものが道端に落ちていたらちょっとしたホラーだ。

 それと、研磨済み、属性付与済みの宝石を幾つか出す。


「……何度見ても呆れるね、これは」


 そこは驚くの間違いだと思うんだが、まあこの両親だ。どちらでも多分そう大差はないんだろう。


 流石に加工する際に近くにいるのは危ないので、どうにかこうにか母を宥めて離れてもらう。

 父が居るのも説得できた理由の1つだろう。


 まずは銀塊を生産スキル『加工:ブレスレット:ネックレス』と2つのベースを作る。

 すると、塊が光り、二つに分かれ輝きを失うと落ちる。

 ブレスレットは成功で、ネックレスは失敗か。

『レジェンド』での生産は成功確率によって変動する。

 判定は対象の生産の難易度を示した

((DEX÷100)×(生産スキル÷10))-生産対象Lv)%で計算される。

 今回の場合、ブレスレットが20のネックレスが50の生産対象Lvのため、

 ブレスレットの成功確率は80%、ネックレスの成功確率は50%だ。DEXをあげる支援スキルを使ったり、そういう装備品を身につければさらにあがったが、あくまでも今回はどこまで『レジェンド』の仕様が生きているかが問題のため、あくまでそういったものは使っていない。

 なお、今回の鍛治であればハンマーや金床があれば補正値が上がるため、いつもは愛用していた。


 あとは、生産スキル『溶接』で宝石をくっつければ魔具が完成する。

 溶接も専用の施設で行えばその分補正値がつき、成功確率が上がる。

 溶接で本当にくっつくのかという疑問はあるが、くっつくのだから仕方がない。気にしたらきっと負けだ。


「銀のブレスレット【風の守護】+2か。まあ、こんなものかな」


 アイテムの鑑定結果はこうだ。



 銀のブレスレット【風の守護】+2

 銀で出来た腕輪。重さ3。 耐久【100/100】

 DEF+2【+1】 MDEF+5


 備考:風の魔法を使用することが可能



 これがこの世界では普通に使われる詠唱術を使う際に触媒とされる魔具になるらしい。

 アイテムの後につくのは装備を作成した際に付くボーナスのことだ。

 多少のランダム性はあるが、鍛冶師によって作られた装備に多くはこのような特典が付く。

 まあ、+2程度なのでDEF+1しか付かなかったが。


 ただ、見慣れない数値がある。耐久、だ。『レジェンド』の時点ではアクセサリーに耐久はなかったはずだ。有ったのは武器や防具で、攻撃するたび、受けるたびに減り、それが0になると壊れる。

 それの数値を回復するのも鍛冶師のスキルの1つである『耐久度回復』だ。

 それが現状付いているということは、魔法を使うたびに耐久が減るということだろうか?


「……そういえば、魔具って相場幾ら位?」


 この村では魔具なんて売っていないから相場は分からない。魔法使いもこの村には居らず、きいたこともなかったし、商人の扱う商品にも魔具は今までなかった。


「安くても白銀貨2枚はするって聞いたけど……」


 父よ。何故そんなに顔が引きつっている。そんな高額なものが簡単に作れたからか?

 それにしても、白銀貨2枚か。白銀貨1枚が100万Rだから、……2000万もしくは4000万もするのかよ!?


「……よし。これを売ろう。といっても、そんな大金持ち歩けないだろうし、どうすればいいんだ? 父上殿」


 それだけあれば家も買えるだろう。物価や相場は分からないが、まあ問題ない。いざとなったら金で作ってしまえば良い。


 いや、それよりも金は純金なんだしそれを直接売っても良い。変動資産かどうかは分からないが、そこそこの値段で売れるはずだ。


「町に行けばギルドの銀行システムが利用できるから、それを使おう。魔術ギルドに持っていけば買い取ってくれるはずだから」


 ギルドか。そういえば父は狩人ギルドに所属しているとか聞いたことがある。


「自分が所属していないギルドに持ち込みは可能?」


 普通、ギルドといえば職業ごとの組合だ。プレイヤー同士の集団をギルドと呼称することもあるが、『レジェンド』では同じ目的意識を持った集団としてクランと呼ばれていた。


 それはともかくとして、通常であれば排他的なギルドが他のギルドのメンバーからの持込を受け入れるだろうか?


「ギルド加入者でなくても、若干は安くなるけど買い取っては貰えるよ。特に魔具は品不足らしくてさ、良い値段を付けて貰えるらしい」


 まあ、自分の所属するギルドでは不要でも他のギルドでは欲しいような品は決して少なくないはずだ。そう考えると、決して他を排除するのは正しくもないか。


「なら、次回の商隊が来るときか、狩りの時に俺も同行して町に行きたいのだが、父よ」


 父1人では少々不安なところもある。護衛くらいは今の俺でも出来るだろう。




おそらくあともう一回ほど説明回が続きます。


…ボケが、ボケ成分が足りない


…R計算を普通に間違っていたので訂正。

ボケは自分なのか。。。


2011/9/11 瑞樹様からのご指摘を受けまして生産の難易度の計算式を変更しました。

誤字等を修正しました。haki様ありがとうございます。


2011/9/13

誤字の修正を行いました。bogusmonster様ありがとうございます。


2011/9/29

誤字等の修正を行いました。ごるば様ありがとうございます。


2019/4/30

言い回しなどを変更しました。

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