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第27話。準備不足。

 マイアには念のためハッフル氏が護衛に加わったことと、近日中に荷物が商業ギルドから届くはずであることを伝え、館を後にした。よくわからず首を傾げていたが、特に不利になるようなことはしていないため問題はないだろう。

 商業ギルドの受付で必要なものを注文し、家に帰り着いたのは昼を少し過ぎた時間だった。特に手持ち無沙汰だったのか、ほわほわ眠そうにしていたレニを寝かしつけ、昼を食べたらすぐに工房に向かった。必要なものを作るためだ。



『レジェンド』でいうところのゴーレムは古典的なそれとは大きく異なった。多少の差はあるが、基本的には触媒となる水晶に必要な核となる属性石を融合させ、形成させるための魔法陣を刻めば終わり。

 この世界での扱いがどうなっているかは調べる必要があるが、これまでのスキルについてはほとんど変わらなかった。ギルド長の作ったであろう秘書(ゴーレム)があれだけ感情表現を行っていた以上、もしかしたら俺のゴーレムの方が性能は劣るかもしれないし。

 そんなことを思いながらとりあえずで20個ほどスカイゴーレムの精製を行う。水晶は度々少しずつ少しずつ仕入れをしていたし、属性石も強い属性を持つ必要はない。それこそ、魔具としては役に立たない屑石でも、数を集めれば問題ない。

 問題はむしろ外見だった。ゴーレムの精製は刻む魔法陣によって外見を決定することが出来る。それについてはパレットに何種類かデザインは登録してある。オーソドックスなものとしては、宙に浮いたアイアンゴーレムやガーゴイル型のものだ。

 とはいえ、それはモンスターに酷似しているため、敵襲だと思われたらかなわない。

 そうなると、ある種見た目は愛らしく一目見たら忘れられないようなものの方がいいだろう。また、街道整備のため地面を走ることも想定できるため、陸空両用の方が適していると思われる。

 うさぎやコアラやアルパカ、キツネにレッサーパンダ、フェレットやオーソドックスだが犬や猫、リスなどの小動物、あとは造形次第にはなるが動物の子供であればいいかもしれない。一番最初にかわいい動物でうさぎ、というよりもお姉さんが出てきたのは本人には絶対に内緒だ。

 空を飛ぶうさぎを見てみたくなった俺は、4つをそのままうさぎの形に形成するための魔法陣を書き込んでいく。書き込む方法は簡単だ。特殊な溶剤に水晶と属性石を入れ、融合させる。

 融合した直後は軟らかいため、中央にある核に魔法陣を刻み、形成する。後は固着させるための溶液に漬けて、しばらく経てば完成だ。

 出来上がるのは明日の予定だ。『促進』をして時間を短縮することは可能だが、その間に食料の加工をしておくべきだろう。

 様々な野菜を様々な切り方にして布に包み保存していく。一部は新鮮なまま食べれるだろうが、そうではないものは多い。後は天日干しをして、乾燥させていく。これも出来上がるのは明日といったところか。

 固形ブイヨンでもあれば便利だが、粒状にしたり、それを固めるという技術はないためそういったことはしない方が無難だろう。

 後は荷物が届き次第、残りの服の最適化や日用品類のチェックだ。町の中でも、物の運搬というものには気を使わない者が多い。

 ポーションなどの割れやすいガラスはいくつか割れづらいようにはしてきたが、それ以外のものについては運搬する人の技量と良心に任されているのが実情だ。

 俺が元々居た世界でも運送業での宿命といわれていたようだが、まあそれはいい。

 届いた荷物がどれだけ使えるのか。あるいは修理がどれだけ必要なのか、そういったものの確認をして改めて必要な物資を手配したら日付としては恐らく終わりだろう。

 その前に、俺が使える馬車が何台あるか。その馬車に護衛がどれだけ加わるか。後は正確なルートの確認、野営は何日行うか。確認すべきことはまだまだある。

 その辺りの確認については、明日にでも鍛冶師ギルドに行く必要がある。鍛冶師ギルドで分からない場合は、改めてマイアの邸宅に行く。割と忙しいが、少しだけ旅行の前の準備のようでわくわくしている自分もいる。

 向日 穹としては、怪我や病気が重なり、結局修学旅行や家族旅行も殆どいけなかった。

 最後に行った旅行の結果もああだからこそ、楽しい旅をしてみたい。そう思うことは悪いことではないだろう。



「つまり、安全確保のため、防御用の魔術品を増やしてほしいということですか?」


 日を改め、鍛冶師ギルドにやってきて相談をされたのは意外でも何でもない事実だった。

 しばらくの期間町を離れるのに護衛が前衛職だけでは心もとない。とはいえ、呼ばれてもいない魔術師が王都に護衛だけで向かう物好きは多くない。

 そう考えると魔術師や防御が少ないのは当然だ。

 成人している魔術師は貴族に多く、学園都市とは言っても、学園に関連する場所で魔術師は多いが、そうでない場合、王都や他の自領に戻るのが普通だろう。

 生徒であれば、素材採取のための1日程度の依頼であればいいが、今回の往復は長すぎる。落第や留年する可能性があるんだろうから行きたがるわけがない。

 そう考えると、いっそのこと全ての馬車を飛ばしてしまい、一気に王都まで進んでしまいたいが、そういうわけにもいかない。

 冒険者を既に雇ってしまっているし、立ち寄る村々にも許可を得ている。金銭が発生する話を無かったことにするのは相手の負担だけを解消できること以外には非常に難しい。

 そんなわけで、冒険者を雇って既に決定しているルートを進む。多少日付の前後はあるかもしれないが、決めたことを決めたこと通りにするということも貴族にとっては必要なことらしい。

 俺としては非常に非効率でどうでもいい話にしか聞こえないが。

 大人、というか社会の仕組みで動く以上俺がどうこうすることでもなく、今直面している問題と向き合うしかない。

 それが、防御用の魔術品を増やす、ということだ。移動中や食事中、野営中、もちろん護衛は常に備えているし、野営も寝ずの番を置いて警戒はするはずだが、完璧ではない。

 モンスターも多いし、それに乗じて賊が出てもおかしくはないだろう。それに、人数を多く雇ったことにより、素性の知れない、というか色々なところからの間諜なんかが入り込んできてもおかしくない。

 マイアや俺は敵が少なくないとは言わない。俺とマイアでは敵対される理由が異なるが。ともかく、冒険者なんかよりも、護衛対象に対して必要な魔術品が不足しているらしい。

 怪我を防ぐためのシールドやプロテクト、リフレクトにオートヒールなど。効果が高い必要があるということもあるが、それ以上に需要が非常に高い代物だ。そのため市場に出回る数は少ないし、値段も異常に高い。

 20金貨以上は平気でするし、素材やデザインも選りすぐりのものでなければならない。そう考えると、短時間で用意するのは不可能だ。


「ソラさま、何とかならないでしょうか?」

「俺も時間がないので無理ですよ。俺だけがギルドの構成員でもないんで、他の工房に当たってみてください」

「もう既にギルドを通じて全ての工房に依頼を上げました。ですが、全く足りないんです。ソラさま、何とかならないでしょうか」


 この数日間でどれだけの無理を重ねてきたのか、ノルンさんは非常に疲れた表情のまま、淡々と俺に乞うてくる。

 通常、こんな田舎とまでは行かないが、王都との繋がりが魔術師を通してでもなければ非常に薄いここで、鍛冶師ギルドがこんな準備を必要としないと思う。そういった意味では街道整備を進めている俺のせいではあるんだが、

 出来る限りで協力はするが、確実ではない。今そういった防御用の魔術品はサンパーニャにはストックはないし、俺の使っている魔術品を出すつもりは一切ない。

 少なくとも俺自身は護衛対象であるはずだし、どんな魔術品を持っているかは把握されていないはずだ。シールドなんかは何度か使っているが、使っていない魔術品が多いし、そういったものは基本的にアイテムボックスに格納しているため、第三者からそれを推測されることもない。

 そうなると、作れということだろうか。俺の作るものは他の職人に比べて圧倒的に早いらしいが、それをしている時間はないと伝えたつもりだったんだが。


「その、ソラさまの御両親はどちらも元冒険者と伺っています。大変、申し訳ないお願いではあるのですが、使っていない魔術品などがあれば、買い取り、いえ、貸与だけでもしていただけませんでしょうか」


 非常に申し訳なさそうにするノルンさんに俺まで申し訳ない気持ちにはなる。なるだけでできないことはできないが。


「そう、ですね。あまり期待しないでほしいですが、聞いてみるだけは聞いてみます。……というか、そういった必要なものは過剰すぎる位ストックすべきでは?」

「仰られる通りです。私自身、こういった形でギルドの脆弱性を認識するとは思ってもいませんでした」


 売れるだけ売って、自分たちの分は必要な時に作ればいい。商人としては失格もいい所だが、販売はしても商人にはなり切れていないということだろう。

 俺も緊急の緊急用に幾つかの魔術品はストックしているが、それは大規模災害などが発生した時の救援用だ。こういったケースには出すものじゃない。

 ある種マイアの行動が生んだ人災ではあるが、ある程度の安全はお金と魔術品とその代用品でどうにかなるレベルだ。その代用品をうまく扱えたら、の話だが。

 そうなると、俺が普段使っている魔術品の一部を放出して、俺が代用品を使った方が確実ではあるだろう。俺もそういった意味では商人として失格だろうが、あくまでも売り子程度が出来ればいい。

 と、家で魔術品を物色する体で帰ろうとした所、錬金術師ギルドに行ってほしいと言われた。錬金術師として王都へ行く以上、ギルドの加入が必須だそうだ。加入するにはギルド長の許可が必要なんだが、そのギルド長は更迭され、今は代役も立っていないはずだ。そのため登録はできないのでは、とノルンさんに聞くと、錬金術師ギルドは色々特殊すぎるが問題はない、と言われてしまった。

 全く訳が分からなかったが、ノルンさんは嘘をついているようにも見えなかったため、錬金術師ギルドに行ったところ、大小さまざまなクリスタルが浮かんでいる。

 これに触れたらアビリティの継承でも出来るのだろうか、などと頭の弱そうなことを考えながら、触れてみた所、ギルド加入申請のポップアップが表示された。

 商業ギルドでも鍛冶師ギルドでも、こういった表示がされたことはない。用紙に必要事項を書き込み、ギルド長の審査を経て、ギルドに加入する。ひとまず、加入申請を上げるかどうかのポップアップのため、一度これは無視をしておこう。

 他のクリスタルにも触れてみた所、出てくるのは取引用のウィンドウにクラン用のウィンドウなどなど。それこそ『レジェンド』で必要なギルド機能を全て備えているが、この世界においてそれがどこまで適応するかは分からない。現実の話として表示されているため、『ちゃんとした動作』であるとは思うんだが。

 一通り確認し、改めて加入申請を送る。申請はすぐに受理され、クリスタルにスリットが現れ、ギルドカードを差し込むよう表示される。

 ギルドカードはギルドごとに支給されるのではなく、原則1人1枚の所持になり、既にカードを持っているものについては手持ちのカードに情報が追記される。

 少しだけ時間がかかり、返却されたカードには所属の項目に錬金術師ギルドの名称が増えている。その隣に表示されているのは一般、という名称だ。

 これはギルドの役職の一部だ。一般の他にギルド長はもちろんとして、上級や役員、職員などがある。商業ギルドでの役職も一般だが、何故か鍛冶師ギルドでは上級になっている。

 鍛冶師のスキルやレシピの販売などが評価されて昇進したのは少し前だ。特に気にしていなかったため普段は気にしないが、上級だからこそギルド長との優先的な面会や会議への参加権があるため今の立場に甘んじている。役員やギルド長には特殊な事情がなければ、面接や実力判定、人格調査などをこなしたうえで国から許可が下りる。

 役員にまでなれば素材の占有枠、ギルドからの一定割合の収入の分配、場合によっては大店を持つ権利など様々な優遇措置が取られるが、そこまでしなくてもサンパーニャの魔術職人としての俺が困ることはそうそうない。

 それと、ギルドに入るとこれまでとは違う機能が追加された。といっても、クリスタルから見えるだけのもののため、他のギルドでは使えない機能なんだろうが。

 ともかく、ギルドの構成員とその役職、また、ギルドに対しての機能追加の項目が閲覧できるようになった。ギルドの構成員は俺を含め6人、全て役職は一般で、登録日と最終来訪日の確認ができたが、どちらも全て同じ。

 仕事をしたいなら登録をしろ、とでも無理やり登録させられたのか、義務は果たしたためこれ以上ギルドに来るつもりはない、という所だろうか。俺以外で最後に来た、登録したのが2年前というのもだいぶ異常な状況なんだろう。


 少しは仕事がしやすい状況にするため、ひとまずギルドのデータベースにレシピを登録していき、ストックされている素材を見ていく。

 ほとんどが押収されたのか表には在庫がなかったが、ギルド構成員しか利用のできない倉庫があり、そこにはまだまだヤバそうな薬品類があるようだし、ギルドに納めなければならないと設定されている高すぎる金銭などを解除申請しつつ、ギルドの掃除をしていく。

 そんなことしている場合か、とも思うが、薄暗く埃っぽい場所にいるのは気分が滅入ってくる。ひとまずとはいえ、所属したギルドだ。少しは綺麗に整えておくべきだろう。後は、ヤバいものの処分をマイアに依頼しよう。



 久しぶりのシステムに触れて、随分と張り切ってしまった。ギルドの機能を拡張し、『研究室(ラボ)』や自動洗浄機能、職員募集の項目を埋めた。ギルドの拡張機能は基本的に素材を納める。あるいは売買や素材やレシピの納付などで付与される貢献度を使って部屋を作り替えたり、備品等を追加することが出来る。

 俺の持っている素材で作れる機能もあったし、今回登録したレシピでも増やせる項目は多い。とはいえ、勝手に色々と追加するわけにはいかないため、最小限必要な項目を埋めてみた。

 むしろそれすらしなかったギルド長は怠慢以外の何物でもないだろう。そして、職員募集の項目を埋めたことにより、クリスタルが役員以上の役員しか行けない部屋へ移動した。と思われる。

 俺はそこには入れないため確実にそうであるとは言えないが、知っている内容と相違がなければそうなるんだろう。


 とりあえず、だが1階を綺麗に片づけたことで満足をしておこう。家に帰り、干した野菜の具合を確認し、布に包み持っていく荷物と一緒にして、地下でゴーレムのコアを回収し、届いていた服をまず自分の分をフィットさせ、レニと母の分に異常がないか確認し、贈った。レニは純粋に喜んでくれたが、母は微妙な表情だった。母が普段着るような服の色に合わせたものだったが、デザインが合わなかったのだろうか。女心というのは難しい。

 まあ、ご機嫌取り用としては大成功とはいかないものの、若干口元が緩んでいるため、大失敗というわけでもないだろう。

 で、家に戻ってきたもう一つの理由のため、改めて工房へと戻った。そこでは俺が作りかけの武具や魔術品、魔具なんかが所狭しと置いてある。そして、今回必要な符。魔術品の代わりを普段こなすことは難しい。基本的にこれは使い捨てだ。それに、同時に複数の効果を1枚の符で発動させることもできないし、高レベルの効果を発動することもできない。

 売り子をするときに使うものも符だが、戦闘用のものと非戦闘用のものでは制限が大きく異なっている。『レジェンド』では戦闘用の符は消耗品だったが、非戦闘用のものはアイテム扱いだったため、そういった違いがあるんだろう。

 ひとまず、『シールドLv.2』、『リフレクションLv.1』『自動回復(オートヒール)Lv.1』『回復(ヒール)Lv.3』の符を幾つか作り出し、アイテムボックスに格納していく。

 まとまった量が必要では恐らくないが、念のためだ。アイテムボックスにはいざとなったときのための符、ポーション、武具以外は入れる必要ないため量を入れることも難しくはない。

 その代わり、俺の普段使っている魔術品を取り外す。目立たないように隠しているそれは身に着ける、のではなくズボンのポケットや上着の内ポケット、あるいは鞄の中に入れているものだ。

 デザインも店で売っているようなものではなく、ひたすらにシンプルを極めたものだ。装飾すら施していないそれは付加効果も含めたら恐らく40金貨は下らない。装飾を全く施していないから買い手は実際にはつかないんだろうが。

 何人分の魔術品が足りないかはわからないが、俺が用意できるのはこれくらいだ。これもどちらかといえば死にそうな顔をしていたノルンさんへの義理を立てているに過ぎない。

 というか、俺は俺の分を用意するとは言ったが、それ以外を用意するとは一言も言っていない。恐らくは当初はギルド長もそのつもりだったんだろうが、確認をすればするほど足りないものが出てきたんだろう。そこは俺が知ったことではないんだが。

 そうはいっても始まらないものは始まらない。姫と同行する必要がある分についてはある程度のグレードの装備が必要になってくるだろう。姫のお付きが貧相であるということは姫自体の評価を下げてしまう可能性があると思えば必死にもなるだろう。

 俺自身はマイア自体の評価が下がることは別にどうでもいいが、通常は姫の威光もそうだが、評価を下げさせた原因がギルド側にあると思われたら、といったところだろう。

 だが、俺としても依頼されたその日にすぐに持っていくのも気に食わない。何かあったときに便利に使われるのは俺としては本意ではないし、忙しくなるのは困る。

 結果、俺は馬車工房へ来ていた。馬車がほしかったが、商業ギルドで購入をすると馬がもれなくついてくる。基本的に馬を使わず馬車を運用するということはないからだ。

 馬だけなら単体で売っているが、馬車は車だけを買うことはまずないためだ。そんなわけで、馬車だけ欲しいのであれば作っている工房に直接向かうしかない。

 通常、馬車だけを販売することは工房でもあり得ないが、ここの工房主は俺と同じ鍛冶師ギルドの上級ギルド員だ。顔馴染みで俺の事を知る彼女は俺が何をするのか興味があるらしい。馬車だけを購入することを快く受け入れてくれた。


「それで、馬車はどれくらいの規模のものを何台ほしいんだい?」

「箱馬車を、ひとまず2台ほどあれば。御者台は狭くてもいいので、6人から8人ほど乗せられるくらいの大きさで、車輪は、できれば4輪。車体自体は高めで、内装は俺の方で変更するので希望はないです。

 あと、できれば木材を50位追加であれば」

「箱馬車で大型ねえ。古くてもいいなら、すぐに準備は出来るけどどうする? あと、馬が必要なくとも運搬は必要だろう? 今貸し出せる馬はいないけど、どうするんだい?」

「まずは見せてもらって構いませんか? 馬は、必要ないです。実演も兼ねているので」


 探るような目を向ける工房長に答えをはぐらかし、まずは馬車を見せてもらう。2台とも、形状や見た目は異なるが塗装が若干剥げ、使用感のあるものだ。

 前には御者台、それに側面にはあまり大きくはないが窓に両側に出入り用の扉。それが前よりにあり、中には対面型の木製のロングシートがある。8人、よりも多くの人が座れそうだが、荷物を置くための場所などは特にないようだ。

 通常はそのままで使うというのはあり得ないが、物はしっかりしているため簡単な手入れだけで問題ないだろう。マイアからダメ出しを受けたら金属で装飾を施せばいいだけだ。見た目が簡素である分、大きく手を入れる必要もないだろう。

 内部や部分部分を確認し、走行不可な状態ではないか、あるいは大きく破損している部分がないかといったことが確認できたため即金で購入することにした。

 金50枚だったが、前回購入したものに比べて多少高かったのは木材を購入したことよりも古くはあるものの、いい品だからだろう。ただ、そう考えると若干安いのは古いから、だろう。


「では、連結させて持って帰ります。道、空けてもらっていいですか?」

「ああ、それはいいんだけど、そのままでかい?」


 訝しがるのは当然だろう。このままでは馬車はどうやっても動かないからな。そのため、鞄に入れていたコアを無造作に2つ地面に放り投げる。

 モコモコと膨らんでいくそれが膨らみきる前に馬車同士を連結させ、前方車両に俺が作った特製のハーネスを取り付ける。

 膨らんでいく姿を不気味そうに見ているようだが、ゴーレムの精製なんて錬金術師以外は滅多にみるものではないだろう。何が起こっているのか目が離せない様子の工房主に小さく苦笑する。


 すっかりと膨らみきったそれは、定番のネザーランドドワーフやアンゴラウサギにでもしようと思ったが、たれ耳のローランドロップをベースにしてみた。

 まあ、全長2.5mもある巨大なそれは遠くから見たときはいいが、近くでは若干圧迫感、というか威圧感らしきものがあるが。


「……随分と大きな兎だね?」

「ゴーレム馬車にしようと思いましたので、馬車を牽ける大きさにするには、これくらいが必要になりますから」


 馬で言えばサラブレッド並か? 身長も同じくらい、とはいえ幅が随分とあるため、もう少し小さいかここで出すのは一頭でも良かったかもしれない。

 ちなみに、一羽二羽、という数え方はあるが相応しくないらしい。まあ、これはゴーレムだし、なおさら頭で問題ないだろう。

 出来たゴーレムにハーネスを取り付け、動作を確認する。何か気になるのかはなをひくつかせる動作をするが、ゴーレムに嗅覚などはあるんだろうか?


「では、このまま帰りますので、失礼します」

「あ、ああ。気を付けてお帰りよ」


 困惑したままだが、でかい兎に警戒心は浮かべようがないのか、俺を困ったように見つめたままの工房主に別れを告げ、通りを進める。帰ったら塗装や機構の取り付け、時間があれば飛行のテストまでやれればいいが、どうやら無理らしい。


「……何だ、それ?」

「見てわかるだろ、馬車だよ。お前もこの前乗ってたろ?」


 茫然自失といった感じのトールが恐る恐ると俺に声をかけてきた。幼馴染4人組が学園の帰りなのか、それぞれが驚いた顔を見せ、俺を見上げている。馬車の御者台に座っているから普段とは違い、見下ろすのはいつもと違うのは少し面白い。


「いやいや、そっちじゃねえよ?! その牽いてるのは何だってことだよ!」

「兎を見たことがないのか?」

「そんなでかいのは見たことがない!」


 何を興奮しているのか、肩で息をするトールは見ていて楽しい。悪趣味と言われるかもしれないが、楽しいものは楽しいから仕方ない。


「ねえ、それ本当にウサギなの?」

「アンジェは鋭いな。これはウサギの形をしてはいるが、ゴーレムだよ。餌も水もいらないし、何かのトラブルがあったときも逃げ出さない。お買い得、かもしれないぞ?」


 今の所売るつもりはないが。


「へー。よくわかんないけど、家まで乗せてってよ」


 何が興味を引いたのかはわからないが、アンジェが興味深そうに俺の隣に座る。子供二人とはいえ、御者台に乗るには少々窮屈だ。それでも楽しいらしく、はしゃいでいる。


「アンジェ、乗るならせめて客席に座ってくれ。ここは一人用だ」

「えー。座れてるから大丈夫だよ。ほら、ソフィ、トールもコットも、乗って乗って」


 アンジェの様子を見て安全だと思ったのか、それとも呆れたのか。側面についてあるドアを開け、乗り込んでくる。まだ何も改装していないため、座り心地もそこまでいいものではないはずだが、慣れているのか客席に座った3人は興味深そうに外や内装を見ている。

 ぴょこぴょこと飛びながら進んでいくうさぎ達に癒されたのか、それとも子供たちが何人も乗っていることに安心をしたのか、歩行人の表情も驚いたものではあるが警戒心はやはりあまりないようだ。

 町で馬車を使うのは案外難しい。人で混雑する中央広場は緊急事態以外使用を制限されているからだ。

 そのため、比較的広く馬車用として使われている通路を通るが、直線で通ることはできないため、荷物が大量にあるとき以外は正直歩いた方が早い。商業区でアンジェを降ろした後は住宅区の入り口の所までたどり着く。

 俺の家は元々の持ち主が貴族だったため馬車の出入りは可能だが、トール達の家にまで馬車を入れることはできない。

 入り口から俺の家とトール達の家では方向が違うため、入り口で降りてもらい、自宅に帰ることにした。


 家に辿り着いた後は馬車の連結を解除し、中のロングシートと後ろの壁を取り外す。荷物を運び入れるために後部にはバックドアを付け、座席自体も4人乗りに変更する。それも革貼りの柔らかいソファシートだ。元々と同じく対面式で大人一人が眠れるくらいの幅と長さを取り、残りは荷物を置けるように、かつ座席にまで荷物が来ないように板を加工し簡易ではあるが仕切りを作る。

 それに何カ所かにベルトを取り付け、それで固定できるようにする。

 また、馬車のルーフ、屋根部分にも細工をする。上に若干の荷物を乗せられるように幅がありロープを取り付けられるようにしたし、四隅にもハーネスを取り付けられるようにした。

 後は床下部分にも加工を施し、属性石を納める場所と、風の魔術を発動させる魔法陣を刻む。これをこのまま使うとそれは魔術扱いになってしまうため、その上に魔法陣を発動させるための魔術品とさらに同じ魔法陣を刻んだ布を取り付ける。

 これで魔法陣を発動させるためのものは属性石と魔術品になり、魔術品での動作になる、という無理やりな方法だ。

 それに、その機構を動作させるためのレバーを御者台に設置する。これで理論的には大丈夫なはずだ。理論的には。

 実験するため、追加で2つゴーレムコアを取り出し、やはり地面に放り投げる。それがモコモコしている間に、御者台に取り付けていたハーネスを外し、屋根部分に取り付けた四隅に取り付けた接続部分に取り付けなおし、全てにハーネスを取り付ける。また、このままではただ前に飛ぶだけになってしまうため、前方に取り付けたハーネスにさらに連結用のベルトを装着しておいた。


 精製した4頭のゴーレムをハーネスに繋ぎ、念のため『隠蔽』をして姿を隠した状態で、御者台に設置したレバーを引いてまずは馬車本体を浮かせる。そのうえでゴーレムを浮かせると、徐々にだが馬車が上空へ上がっていく。

 非日常的というか、こうしている俺もあり得ないとは思っているが、できてしまったものは仕方ない。速度はゆっくりで建物の外周に沿うように1周をして、元の場所に馬車を着陸させる。ゆっくりと降りてはいるものの、念のためレバー操作で馬車自体もゆっくり降ろしたところ、特に衝撃らしい衝撃を受けず着陸した。……俺の中の衝撃は中々にあるが。

 空飛ぶウサギに空飛ぶ馬車、どちらもつい勢いで作ってしまった感は否定できないが、できてしまったという衝撃が強い。出来ることではあるとは思ったが、うん、何というか。

 まあ、反応を見てあまり宜しくなければその時また考えればいい。人はそれを思考の放棄というだろうが、どうなるかはわからないものまで今の時点で悩んでも仕方ないだろう。

 いきなり王都で飛ぶといったことをするつもりはさすがにないが。



 飛行テストも終了し、全ての準備が完了すると、残ったのは1日だけだった。荷物はギリギリまで使う分以外は全て積み込んである。服を出来る限りコンパクトにしたが、1台の馬車は服だけでいっぱいになってしまった。

 もう1台は簡易荷台の半分程度だ。恐らくないとは思うが、もし荷物が積めないということになっても、多少であれば積むことは出来る。俺用の馬車は流石に用意していると思うが。



 用意していると思ったのは俺の勘違いだったようだ。いや、正確には元々は俺用の馬車は3台用意されていたようだ。だが、実際はその3台分が素材と魔術品、周囲の村も含めた特産品が大量に積まれている。

 鍛冶師ギルドや会う貴族などに対しての献上品、だそうだ。当初はそういったものは必要ないはずだったが、どういった流れなのかやはり必要だとギルド本部から言われたということだ。

 そういったことを遣いに来たギルドの受付嬢、リリアン嬢が申し訳なさそうに伝えてきた。せめてそれが分かった時点で教えてほしいとは思ったが、詰め込んだ結果が分かってすぐに来てくれたらしい。

 転ばぬ先の杖とでもいうべきか。改造したゴーレム馬車がなければどうなっていたか考えるだけでも頭が痛い。

 王族への献上品はどうあっても必要だったため、追加での注文だったためギリギリでの申し伝えでも問題はなかったらしい。とはいえ、どれだけの速度で情報の共有を図ったんだろうか。



 ちなみに、朝が苦手だからと言ってきたハッフル氏は昨日から家に泊まっていた。何か変な感じだが、自分で色々をしなくて楽だと言っていたため、まあ大丈夫だったんだろう。

 そんなハッフル氏とリリアン嬢を乗せ、集合場所である門にまでやってくると、既に何台もの馬車が集まっており、俺のゴーレム馬車を珍しそうに眺めている。ちなみにリリアン嬢は最初に見たときは絶句していた。そのあとすぐに元に戻ったのは受付嬢の鑑というべきか。


「……数日前に何か奇妙な馬車が走っていたというのはお主の事だったのか」

「ああ。むしろお前には俺が何をしたかくらい把握されていると思ったんだが」


 隠密はまだ俺に張り付いている。そうなると、正確に知っていないのはむしろまずいんじゃないだろうか。

 俺の発言を聞いたマイアは頭が痛そう顔を歪め、眉間を摘まんだ。


「まあ、お前が知らないのはいいとしよう。もう用意は済んだのか?」

「ああ。私はもう済んでいる。お主が一番最後だ」

「そりゃ申し訳ないな。じゃ、行くか?」

「そうだな。隊列はすでに決めてある。お主は私の馬車の後ろだ。一度昼過ぎまで街道を行く。特に問題はないな?」

「ああ。問題ないよ。じゃ、行くとしますか」


 俺とマイアの会話には誰も参加せず、マイアの出発の指示を受け、馬車や護衛の冒険者がどんどん出発していく。俺のゴーレムをちらちらと気にしながらのため、あまり速度は速くないが、町を出てしばらくするまでは速度も上げられないだろう。



「本当に、君の用意するものは実に愉快だねぇ」

「……それはどうも」


 街道を走り始め暫く経ったところでハッフル氏に声をかけられる。リリアン嬢は留守番のため、門の所でお別れだ。

 ルートをインプットして馬車の中に引きこもってもいいんだが、引きこもってもハッフル氏がいるし、何かあっても面倒だ。多少大変ではあるが、昼の休みまでは御者を務めておこう。


「つれないねぇ。この機会に友好を深めてもいいだろう?」

「昨晩もそういって俺に酒を飲ませようとしたのはどこのどなたでしたっけ? 俺はいいんで、放っておいてください」


 ハッフル氏は酒に強いのか、随分と飲んでいたはずだが朝起きた時には寝足りないのか目は座っていたがしっかりと起きれたようだ。

 むしろ今も眠そうだ。ソファーに念のためひざ掛けも用意をしたが、乗り心地はあまりよくない。とはいっても、ソファーにポケットコイルを仕込んでいるためそのままに比べたら多少は座り心地なんかは向上しているとは思うが、悪路を走る実験なんかはしていない。むしろ寝るときの心地よさを追求した状態になっているかもしれない。

 馬車そのものについてのスプリングはまたの機会だ。馬車そのものを作る機会があるかは微妙だが。



 特に襲撃などもなく、昼の休憩ポイントについた。といっても、街道沿いのちょっとした広場のような場所だ。冒険者達に囲まれるように俺やマイア、ハッフル氏に渚が休憩を取り、少し離れた場所におやっさんやギルド長達がいる。

 一緒に休憩すればいいとは思うが、王族と貴族と一緒に休憩や食事はできないらしい。お前で何とかしろという顔をされてしまった。


「マイアまで地べたに座る必要はないぞ? むしろ、料理もお前は自分の使用人だの側仕えが用意するだろ?」

「そうだが、私一人で馬車の中で待っていろと言うのか? 只でさえ道中は暇なんだ」

「なら渚で暇つぶしでもしてろよ。それに、コーラルもクリシエールも同じ馬車なんだろ?」


 通常従者と馬車は一緒にしないらしいが、勇者である渚と一応護衛として執事(コーラル)メイド(クリシエール)が同乗しているらしい。

 なお、地べた、といっても直接座っているわけではない。柔らかめの敷物をしいている。レジャーシートのような全天候対応型のものではないが、晴れているから問題はないだろう。


「側仕えに暇つぶしに付き合えとは言えないし、渚も馬車は弱いらしくてな」


 苦笑してぐろっきーになっている渚を見る。使われている素材自体は俺の使っているものより上のようだが、乗り心地は他の馬車と比べて多少まだましかもしれない、程度らしい。

 一応こいつもマイアの護衛として同じ馬車に乗っているようだが、確かにこいつは昔から色々な乗り物に弱かった。揺れもそうだが、乗っている最中の様々なにおいが駄目だと言っていた。馬車では窓はあるものの、においの遮断は難しいし、馬もにおいの元だ。酔わない理由にはならないだろう。


「姫様はよく平気だね」

「私は昔から慣れているからな。ソラは……平気そうだな。ええと、そちらの御仁は?」

「ハッフル氏は、眠いんだろ。食事終わっても片づけあるからその間寝ていては?」

「そうだねぇ。そうさせて貰おうか」


 ローブをしっかり着てフードを目深に被る不審人物にマイアが警戒しているがいつもの恰好だ。気持ちが悪かったら移動している最中にそう言うだろう。

 まあ、ハッフル氏はどこでもハッフル氏だ。気にしても仕方ない。ひとまずは料理をするのが先だ。切っておいた野菜とベーコン、それに樽に入れておいた水を使ってスープと出る前に渡されたパンを切って適当に食事の準備にする。

 ハッフル氏は俺の護衛として食事は用意しなければならないが、マイアと渚の分を用意する必要はないだろう。俺の料理、ということで必要以上に警戒している奴に食べさせるものなんてないしな。

 

 マイアがスープを狙ったり、ついに寝落ちたハッフル氏を馬車で横にさせたりとしている間に休憩時間は終わり、旅を再開させることにした。とはいえ、特に脅威が近づいている様子がない。

 つまり、マイアではないが、暇だ。ゴーレムの移動速度は決して遅くないし、移動のルートだって決まった所をずっと進めばいいだけだ。

 ハッフル氏はさっきから目を覚ましてはいない様子だ。直接見たわけではないが、寝息が聞こえる。女性の寝顔をあまりじろじろと見るのはよくはないだろう。

 冒険者がある程度近くで護衛をしているが、俺が顔のわかる冒険者もいない。というか、微妙に距離を取られており、近づいて来る者はいない。俺が原因か、ハッフル氏か、あるいはゴーレムか。そのどれかではあると思うが、まあ特に問題ではないだろう。

 そんなわけで、今は非常に暇だ。敵襲がないという意味ではむしろ暇でなければ困るんだが、ただやることのない状態は良くない。アイテムボックスに何か暇をつぶせるようなものがないか覗いてみるが念のための装備委以外は何も入っていない。せめて本を数冊入れたかったが、遠出する際はアイテムボックスは軽くしておいて余計なものは持ち込まない。そのため、ないものはない。

 アイテムボックスではなく、普通の手荷物として馬車に積み込めばよかったと気づいたのは今だったが、それもまた仕方ない。余裕をもって用意をしたつもりだったが、慣れないことで俺も色々と足りなかったらしい。



 ……接待受けるのって異常にめんどくさいんだな。いや、俺は片隅でじっとしているだけだからいいんだが、食事をとる暇もなく入れ代わり立ち代わり立ち寄った村の重役と挨拶や村の状況の報告や相談を受けるマイアをみてそう思う。

 そういう意味ではギルド長も同じ状態だ。ギルド長の場合は建築関連のおっさんや農家のおっさんなどむさくるしい、もとい筋肉質のおっさんばかりに囲まれてむさくるしい。あれ?

 ま、まあそれはともかく。冒険者達も別だし、ハッフル氏は人混みが苦手なのか、マイアのメイドに食事を部屋に持って来させていたし、渚もマイアの護衛として側にいる。

 俺の周囲には申し訳程度の護衛しかいないため、ここでも非常に暇だ。勝手に抜け出すわけにもいかないだろうし、ここで練成や鍛冶をするわけにもいかない。ある程度日が暮れたら抜けるといいと言われていたが、まだ時間もかかりそうだ。誰か俺の所に来れば少しは時間が過ぎるかもしれないが、護衛されている平民の子供の所にわざわざ来る好き者もいないだろう。

 仕方がないため、襲撃をされた時の構成でも練っておくか。俺の出番があるということは護衛がやられた後のためあまり状況はよくないだろうが、だからこそ念には念を入れておこう。



 何もしないということに疲れた俺は案内された部屋のベッドに着替えもしないまま転がる。家だったら仕事で汚れたままの服でベッドに転がるなんて、と母に怒られるかもしれないが、今日は細工をした御者台に座っていただけだし、服も村に立ち寄るためそこそこいい服を着ている。

 汚れたら洗濯をしたらいいんだが、洗濯物を干す場所がないため、帰ってからすると考えた方がいいだろう。

 こんな所でもリラックスできず色々と考えてしまうのは性分だろう。そうであるなら眠くなるまで作業に没頭しておいた方がいいだろう。

 2つ残しておいた魔術品を取り出し、『鑑定』をしたうえで耐久度を回復していく。1つは『翻訳』のスキルを持った腕輪だ。これはある種保険のようなものだ。ナギサやことね、あるいはオウラなど、この国ではない人、特に勇者2人と話す時にボロを出さないためでもある。

 もう1つは任意の場所に特定の場所を繋ぐための(ポータル)を作り出す魔術品だ。繋ぐ先は俺の工房。緊急時の脱出用だが、これを使うことは恐らくないだろう。


 結局、疲れたといっても気疲れで、魔術品の手入れもすぐに終わり、無理やり寝てみたものの、起きたのは日が昇るだいぶ前の時間。

 そんな時間に起きてしまったため、身支度をしてもまだ村が動き出すようには見えない。実際、農村は農作物の収穫や家畜の世話の必要があり町よりも早く起きるもののようだが、前日の歓迎に加え、それを差し引いても早すぎる時間に俺は起きてしまったらしい。

 二度寝をしてもいいんだが、早く寝たのに二度寝は少し勿体ない気がする。これが町なら工房で色々作ったり、家のことをしたり、あるいは町を抜け出して実験や素材採取などが出来たが、この村ではそうはいかないだろう。そのため、ひとまず荷物の整理と村の中の散策にでも出てみよう。


 この村、『ウォーレット村』は面積は広いものの、人口はそれほど多くない村だ。つまり、場所が余っているため昔から旅の宿場として利用されてきた場所だ。

 そのため、宿場が何カ所かあり、冒険者向けの店も幾つかあるようだ。

 今回の旅ではそういったところに寄るつもりはないが。俺達が泊まったのは村長の家で、冒険者は一部が宿場に泊まっている。村の中とはいえ、王族もいるし、献上品など盗られて困るものは多い。

 そのため寝ずの番は必ずいる。その冒険者が日中寝るための馬車もあるくらいだ。あんなに乗り心地の悪い馬車で寝るなんてことは俺には考えられないが。

 だから村の中で会うとしたらそういった冒険者ばかりだ。俺を見る目はあまり好意的ではない。俺を知らない相手から見たら、恐らく小さな子供が大仰な馬車らしきものを一人で操っているようにしか見えないだろう。

 ただ、人格的には問題がないのか、俺に何かをしてくるような気配は今の所ない。子供が一人で夜道を歩いているというのは誘拐、あるいは害してくださいと言っているようなもののはずだ。

 まあ、この仕事、というか出来事が無事に終われば特に問題はないはずだし。


 改めて村の中を散策し、時間を潰した後は軽めの朝食を取り、村を離れた。特に特記すべきこともなく、ただ俺にとっては退屈、とまでは言わないが窮屈な思いをしただけ、と思ってしまう。

 移動が長い以上そうであるものとは思うし、我慢するしかないとも思うが。

 ちなみにハッフル氏はソファで眠ってしまっている。随分と馬車にも慣れたようで、何よりだ。



 その日の昼はパンに焼いたベーコンを乗せたものと生野菜のサラダ、夜はシチューと特に手間のかかったものではないが、ハッフル氏には好評だったようだ。シチューは少しだけ持ってきていた生の肉を全て使ったため、冒険者に少しお裾分けをしておいた。物欲しそうなマイアには与えるわけにはいかない。マイアはしっかりと料理が必要なだけ用意されているのだから。


 そして、夜は野営となった。各々が天幕を張り、交代で見回りや休みなどを取っていく。ギルド長やおっさんは元より、渚やマイアも用意された天幕の中に入っていく。馬車の中は荷物でいっぱいだし、寝るには相応しくないんだそうだ。

 ただ、俺とハッフル氏は気にせず馬車の中に寝袋を広げその中で寝ることにした。ソファを展開することにより、一面のベッドに出来るように細工をしていたし、内側から鍵と進入禁止の符を付けておくことで安眠妨害が発生しないように対処が出来るようにしておいた。

 マイアが天幕では寝られないのであれば俺の馬車を貸し出すこともできるが、特に声をかけられなかったためそのまま寝ることにした。村のベッドで寝るよりよっぽど眠りやすかったのは、ベッドそのものの差以上に、環境の差が大きかったんだろう。

 案外脆弱な自分の内面に苦笑はしたが、寝られないよりはましだ。まだまだ先は長い。のんびりできるときはそうするべきだろう。



「俺は自分の分はすべて用意すると言っただろ? 頼まれた中に寝床は指定されなかった。今から別に用意しろと言われても無理だし、俺用の天幕もないから寝る場所はない」

「でも、あそこじゃ寝辛いんだよ。せめて、場所を少し貸してくれるとか、駄目かな?」


 駄目だ、と断りたいが気持ちは分からなくはない。天幕で雨風は防げるにしろ、中身は下にゴザだのマットなどを引き、その上に寝袋を置き、寝るもののようだ。

 ないよりは多少まし、といった程度の下敷きの上に寝袋では地面からの冷気も防げないだろうし、地面の硬さがどうにかなるわけではないため、辛いだろう。

 事前に決めたルートでは、夜村で宿泊をするのは3日間のみ。それ以外は全て野営をする必要がある。そのため野菜も肉も干したものを大量に持ち込んだし、農村で若干の補給もした。

 水が一番の問題だが、それも湧き水がある場所が何カ所かあるらしいため、そこで補給予定だ。

 それはともかく、多くの日程を地面で寝る、ということは渚には経験がないはずだ。俺もほとんどなく、俺以上にインドアが趣味だった渚にそんなことをする機会があると思えない。



 マイアの許可を得たら構わない、と伝えた所、俺とマイアが馬車で寝ることになった。男女七才にして同衾せず、というかおかしくないか?

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