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第26話。準備。

「言っていなかったか? 渚の披露目もあるし、ここしばらくの情勢を報告に行かなければならない。もちろん、お主らが進めている街道整備事業についてもな」

「聞いてない。そもそも報告ならギルド長なりがするだろうし、俺が王都に行く予定はないんだが」


 これで正式に街道事業が始められたら幸いだ。そうなると、始める前に試作をしてみる必要がある。

 やってみました、駄目でした。では駄目だ。信用問題は元より、安全を確保するということは誰にとっても優先される問題だろう。

 運用の問題が一番だが、計算上大丈夫なはず、では実際に動かしてみたときに何も効果をなさないのであれば意味がない。

 そうなると、実験をどこで行うか。どれくらいの規模で、どのくらいの期間をかけて行うか、が重要になる。

 規模的には村と村の間、あるいは町と村の間を2~3か月は最低限行いたいとは思うが、予算の面もある。やはりこれは俺が決めることではないため、実際の設置や触媒や台などの用意くらいしか俺はできない。


「いや、お主には鍛冶師としてではなく、錬金術師として同行してもらう」

「ちょっと待て。俺は錬金術師ギルドにも登録してないし、それこそギルド長辺りが行くべきだろ?」

「……あれは既にギルドを放逐された。奴の部屋に、色々と厄介なものがあってな。今は投獄の身だ」


 俺の誘拐未遂に対し、取り調べも兼ね厳重注意をしようと錬金術師ギルドへ乗り込んだところ、所持の禁止されている薬物や鉱石などが山ほど出てきたらしい。そんな所に置くなよ、とも思うが滅多に人の来ないし、通常見てもわからないようなものばかりだったため、日常的にギルド長室にヤバいものを置くようになったらしい。

 薬品もあった、ということは俺はともかくノルンさんが心配だな。即効性の高いものであれば俺にアラートが出るか、何かしらの効果が出た可能性が高いが、効果の低いものや遅延性の高いものであればすぐには気づかない。

 最初は厳重注意、という体だったのは俺が平民で錬金術師ギルド長が貴族だったためらしい。貴族らしくはなかったが、長男ではなく家からの圧力もありギルド長になったため、やりたい放題やっていたらしい。

 それでも隠蔽が得意だったのか、それとも影響力がなかったのか、そういった話は上がらず、変わり者揃いのギルドを治めるもの、とだけ認識されていたらしい。


「ギルド長は不在か。なら、もっと適役を探してくれ。触媒の安定提供のために情報のやりとりだの何だのをやらなきゃいけないだろうし。

 次のギルド長が話しやすい性格であればいいんだが」

「この町で錬金術師の適性を持つものは少なくてな。ギルドに所属しているものも、名簿で見る限りでは5人、場合によっては王都から派遣する必要もある。

 そうなると、この事業に詳しく、かつ計画の中核にいるお主が同行するのが一番だ」


 触媒が誰からの提供か、内密にしてもらう必要があったか。いや、姫からの要求を退けてまで黙っていることは不可能だからどうやっても同じなんだろうが。

 変に事業が進んだ状態で判明し交代しても困るため、そういった意味でこのタイミングは助かったんだが。


「にしたって、ここでする話じゃないだろ。一応、ギルド長が更迭されたっていうのは相当なことなんだろ?」


 サンパーニャにはジェシィさんが当然ながらいる。恐らく外は人払いのためマイアの護衛がいるんだろう。だから人が入ってくる恐れはないと思うが、いくら魔術工房が秘密の話をしやすいと言っても程がある。

 ジェシィさんは聞かないように奥に入ってもらってはいるが、建物の中にいる状態であれば完全に音を遮断することはできない。そうすると1人で運用するには欠点ばかりが出てしまうからだ。


「暫くソラを借りるんだ。理由は伝えているべきだ。……お主のご両親については、簡単にしか話は出来んが」

「そりゃ、まあそうだな。最低限の話は俺からしておくし、許可も貰っておくよ。向こうに行って俺に説明だのに参加資格がなかったら帰るけどな」

「それはないから安心しろ。鍛冶師ギルドには、私が説明に行こう。打診も必要だろうからな」

「……まだ取ってなかったのか」


 命令してしまえば拒否権がない以上、事前に話を持っていくだけまだましなんだろうが。


「で? 王都に出発するのはいつなんだ?」

「うむ、1セイラ後だな」


 うむ、じゃない。1セイラは1週間後、ここでは6日で1週間、つまり1セイラになる。


「……で、その1セイラ後とやらにここを出るとして、何日で王都につくんだ? その間の宿泊は? 食事は? ついたとして、何日どこに俺は滞在したらいいんだ?」

「え? あ、ああ。馬車で2セイラ程度だな。宿泊は恐らく馬車の中で食事は、そうだな。基本的には途中にある村や町に寄るからそこで取れるときはそうすると思うが、……すまない。詳しいことは私にはわからない」

「じゃあ、いつまでに誰に聞けばいいかを教えてくれ。俺だけじゃなく、ギルド側の準備もあるだろうし、護衛の必要もあればその分準備が必要だっての。

 ……従者の方で準備をしてりゃいいんだが」


 そうなると、今日の予定は全て中止だ。こういう重要なことはもっと早くに言ってくれ。すっかりしょんぼりとしてしまったマイアの手を取る。


「じゃ、ジェシィさん、申し訳ないんですが、俺はこの通り用事が出来たんで、今日は先に上がらせてもらいます。……今後の予定についてはわかり次第、伝えます」

「そうしてくれるかな。ソラくん、無理はしないようにね」

「ど、どうした? 何故私の手を取る?」

「エスコートだよ。まずは鍛冶師ギルド行くぞ?」


 こういったときはとっとと行動するに限る。出てきた俺に驚く護衛達だが、気にしても仕方ない。むしろ割と時間がない。邪魔をしてこない限り気にしないのが一番だろう。



「ギルド長に面会を。……緊急で」

「はい。ソラさん、少々お待ちください」


 鍛冶師ギルドの受付嬢の1人、イナスさんに最後の言葉を小さく呟くと少し驚いたように俺を見つめ、すぐに奥へ引っ込む。

 普段はこういったことはしないんだが、本当に緊急事態だから仕方ない。すぐにイナスさんから面会許可が下りると、3階のギルド長室に向かうことにした。


「ギルド長は、その。暇、なのか?」

「……この数日間は結構色々と忙しいよ。で、これからもっと忙しくなる」


 主にマイアのせいでもあるが、俺のせいでもある。



「緊急事態、というのは何だ? それと、そちらの客人は?」

「……1セイラ後、王都に召集されました。恐らく向かうのはギルド長と、ベディさん、あと俺。あとは……何人まで参加していいんだ?」

「そう、だな。説明役や調整役、書記も含めたら10人が精々か」

「それに護衛やら場合によっては世話役も含めるともっとかよ。……で、こっちはマイア・フィリウス・リグルイ。まあ、今回の原因だな」


 ギルド長とノルンさんが固まる。俺が連れてきた正体不明者の名前に聞き覚えがあるらしい。


「その、ソラさま? マイア・フィリウス・リグルイ殿下と仰いますと、第4王女殿下ではないでしょうか?」

「ええ。その第4王女殿下ですよ。なあ、マイア?」

「……私を睨まれても困る」

「しっかりと事前の説明と根回しをしてないからこんな事態になってんだろ? 俺はどこまで説明したらいいかわからん。ちょっと他に相談することもあるから、あとは頼んだ」

「ソラさま? 申し訳ないのですが、同席していただければ助かります。わたくし達では、殿下に直接お声がけをするわけには参りませんので」


 顔合わせは済ませたため、説明をマイアに丸投げして別のことをしようとしたところ、ノルンさんに止められるのは不本意ではあるが、王族との話をするというのも無理なんだろう。

 公式な話となると、お目通り、直接会って話すことすら本来はできないらしい。ある種非公式、というか押し掛けたのだからそこまで気にする必要もないと思うんだが。

 というか、この町にいる王族を認識していないギルド側が悪いのか、知らせなかったマイアが悪いのかは微妙なところだ。どっちも気を遣え、というのが正直なところだが。


「恐らく滞在期間などは後日詳しく、という話にはなると思いますが、往復する時間も考えて、早くても1~2か月、もといエーク位になるのではないかと。

 ……それだけの期間こっちに戻れないってことは、食品に衣類に衣料品に街道設備に必要な素材……必要なものは、事前にわかればギルド長が用意してもらえれば。

 俺個人で必要な分については俺が準備した方が早いと思うので、俺の分はいいです。

 そっちで必要な分で足りないものとかもあれば教えてくれ。何かありそうか?」

「ああ。それも確認し、後日……いや、そうだな。出来るだけ早く使いの者を用意する。決めること自体は、ここではこれくらい、か?」

「そうだな。マイアは出来るだけ早く必要なものを確認してくれ。で、先に帰ってくれないとこっちが用意できないから、これ以上なさそうなら、今日はここまでな。

 あと、誰がいつまでにどこに居ればいいか、それも分かったら教えてくれ」

「そうだな。……ソラ、以前渡したものを付けておいてくれ」


 マイアから貰ったものといえばあのペンダントのことだろう。何に必要かはわからんが、用意はしておくか。

 と、自分でも時間が明らかに足りないことに気づいたのか、焦ったように、ただ急ぎすぎずにマイアが去っていった。


「ったく、振り回すだけ振り回しやがって。俺も、さっき聞いたばかりなんで俺に文句言われても困りますからね?」

「文句はないが、どうやって貴殿は殿下と知り合ったのだ?」

「偶然というか、あいつがサンパーニャに来たのがきっかけというか。まあ、幾つか商品を売ったり、護衛任務を無理やり頼まれたり。そういう意味では客ですかね」

「ソラさまは、魔術職人ですよね?」

「一応、そのつもりでいるんですけどね」


 あいつらに言わせたらきっと体の良い便利屋なんだろう。作れるものは作るつもりだが、戦うつもりは今の所特にない。

 魔術やらスキルなんかは使ったが、戦闘行為というものはほとんど行ったことがない。大抵後ろにいたり、いつの間にか終わっている。

 それこそ、俺1人でどうにかしたものはハウンドウルフくらいだ。まあ、あれも自力で町まで戻れないという無様を最後にしでかしたが。

 そういった意味では怪我をしたり、気絶をしたりと俺は戦うことに全く向いていないんだろう。

 ノルンさんも微妙そうな顔で俺を見るだけだ。お気の毒に、といったところだろうか。


「殿下の御下命に従い、我々は準備をしなければならない。貴殿も多くの準備が必要となるだろう。そして、殿下とのやり取りも恐らく貴殿に一任することになる。

 負担はかけることになると思うが、我々は従うしかない」


 マイアだけが関わる話であれば正直どうとでもなる。多くを巻き込む無理は言わないし、苦言を呈したらその意見というのはちゃんと聞く。

 ただ、今回は場合によっては王が関わる話になる。そうでなくとも王都に住む貴族やギルドの本部とのやり取りが出てくる可能性が高い。

 その辺りとの部分で対応に問題がある場合、責任問題、で済まない問題になる可能性も高い。

 そもそも街道整備自体そうなるとデメリットばかりが見えてくるが、逆に早い段階で王族の許可を得る、あるいは王族や貴族にコネが作れるというのは職人やギルドとしてはメリットだろう。

 俺はマイアとの繋がりがあるため、それ以上のコネもいらないが。そもそもマイアとも客と職人だ。妙に距離は近い気はするが、それ以上ではない。



 1か月、場合によっては2か月以上町をそこそこの人数が離れる必要が出てきたため、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎにギルド中が沸いてしまったため、ひとまずギルドを離れ、サンパーニャに戻ることにした。仕事をするわけにはいかないが、一旦決まったことを報告する必要があるためだ。

 ただ、戻ってきた時点でマイアの使いがサンパーニャに来ていたことについては少し驚いた。出来るだけ早くとは言っていたが、ここまで早いとは思わなかった。ちなみに来ていたのは10台後半と思われる若い執事だ。若く見える割には落ち着いており、身のこなしも精錬されているため、見た目通りの年齢ではないかもしれない。


 執事から必要な荷物を聞き、足りないものの補充と報告のために今度は家に戻ることにした。母には非常に驚かれたが、致し方のないことであることを強調し許可を得た。

 王都での仕事、といったことにより拒否権のないものだと恐らくわかってくれたのだろう。



 またとんぼ返りで今度は商業区の衣料品店に足を運んだ。理由は、王都に着ていく服がないからだ。冗談ではなく割と本気で。

 着替え自体は何着かは持っているが、あくまでもそれは普段着の範囲から外れない。

 今回必要なのは王都に着ていく、というよりも王都に滞在中に着る服だ。都そのものにドレスコードがあるというか、俺やギルド長たちが会う人によっては格式を重んじる必要があるらしい。

 そういった意味ではフォーマルな恰好がいくつか出来る必要があると言われた。最低でも地方貴族のような恰好と言われたため、高級住宅区に近い商店でひとまず10日ほどの服とパーティーでも着れるような服を買っていく。

 最初は平民の子供ということで追い出されそうになったが、ギルドカードを提示し、別に金貨3枚を握らせ無理やり入った。

 マイアの執事を連れて来ようとも思ったが、恐らくあちらも忙しいだろう。事実、来ていた執事も用件を言い終えた後は焦って出て行ったくらいだ。

 サイズは俺に合うものがなかったが、少し大きめのものがあったためそれを購入することにした。すぐに配送するよう伝えた所、嫌そうな顔でサイズが合っていない場合はシルエットが崩れるため貴族としてはあり得ないと言われたが、フィットさせればいいだけだ。

 すぐに家に運ばせるように言い、次の場所へと足を進めることにした。

 次は食料だ。野菜に関してはいつも通りアンジェの家の店で購入する。これは恐らく行きの分だけで足りるだろう。

 帰りは帰る前に補充すればいいだろうし、王都に滞在中は食事の用意はいらないと言われた。

 少し多目には購入をしていくつもりではあるが、俺1人だけであれば食事はどうにでもなる。

 あとは干し肉の類を露店などで買っていく。モンスターの活性化に伴い、こういった保存に向いている食材は高騰し始めているが、これも俺1人だけであれば足りる分しか購入していない。

 それに移動中に必要な着替えなどを購入していく。ついでに機嫌取りとして、母やレニの服も幾つか買っておく。屋敷にはいくつか服はあったが、そのほとんどが古い型式の男性用の服だ。恐らく元々の所有者やその従者の服で、とても父も含めて日常使いのできるものではなかった。

 父の服も買おうとは思ったが、子供や女性の服と異なり、大人の男性向けの服はほとんどなかったか、あったとしても継ぎ接ぎだらけの古着しかなかった。

 大人の男性向けの服というのはほとんどが仕事着が多く、ギルドで購入するかもっと大きな町でなければ在庫がほとんどないらしい。

 そのため、父の服は仕事着と普段着を何着か縫うことにした。

 家族用であれば俺の持っている生産系スキルで作っていく方が早いからだ。ただ、何着も作る時間も余裕もないため、先にプレゼントする服は今ここで買っておこうと思ったわけだ。

 服のフィットも同じスキルを使って行う。防具や日用品の最適化、というものが出来るスキルがある。それでうまくいかない場合は仕方がないため縫い直すしかない。

 あとは細々とした日常品や執事に指定されたものを購入していく。今日だけで洒落にならない金額が飛んでいくが、最初に購入した衣装類以外は値段もそんなにしなかったし、他にも使える物ばかりだ。これまで用意を怠っていたものをまとめて買ったと思えば、まあ何とかなる。

 ここしばらく鍛冶師として、魔術職人として仕事もしたし、レシピも売ったし、見習いの研修係なんて面倒なこともした。今日使った金額は俺の持っている全額から見たらそう多いものではない。そう考えないとやってられないと思うのは俺が昔からそういったものに恵まれた生活をしていたわけではないからだろう。

 向日 穹としてもソラとしても満足できる生活で決して貧乏な生活だったわけではないが、それと俺が金銭を持っているのとはまた別だ。派手な金遣いをしてしまったが、高かったのは衣類だけだ。恐らくこれで面倒ごとに巻き込まれることは、ないと思いたい。



 商品を購入し終え、帰ってきたのは夕方だ。最初の店で購入した服はもう届いており、幾つもの木箱が玄関ホールに積まれている。やはり高級な店だけあり、そういったサービスは行き届いているんだろう。

 他の荷物も、2~3日で届くと言っていたし、問題はないだろう。

 早めの夕食を取ると、木箱を一度アイテムボックスに格納し、中の服を自分の部屋で取り出し、次々と『最適化』のスキルを使いサイズ合わせをしていく。

 購入した服は長ズボンの背広やブーツ、それに黒のスーツにコート、燕尾服にモーニングと様々だ。パーティーに参加するとしても俺はまだ成人していないため夜に着るためのタキシードなどは購入していない。そもそも合うサイズのものが売っていなかったということもあるが。

 あとは何故か軍服のような厚手のスーツにオーバーコート、そしてマントまでついたものまで買わされた。これは状況に応じてどちらかを着る。式典などに着るもので国や所属によって形式は変わるため、複数種類持つもの、らしい。そのため似たデザインのものを数種類買わされた。細かいデザインが異なるようで、出る立場により変更する必要があるそうだ。

 それと野外用の帽子や靴、シャツも数種類。俺の服だけでこれだけの種類があるのは何故か。もしかしたら他の荷物よりも圧倒的に服の方が多いのかもしれない。

 そうなると運搬はどうするべきか。マイアの分は自力で用意をするだろうが、俺の分だけで一般的な馬車が2台分ほど埋まってしまう可能性がある。ここはキャラバンの出番とも思うが、用意をしても構わないかが正直微妙だ。俺の作る馬車では快適性を優先しすぎて一般的なものにはならないだろう。

 となると、用意するものは別のものになる。そうなると、非常に地味なものか、あるいは一点豪華主義、というかオーバースペックなものか。

 相談先となると、通常はギルド長辺りになるが、恐らくギリギリまで忙しいだろう。招集については避けようがないが、通常の仕事を全て放り出すわけにもいかない。

 やはり自分の撒いた種は自分で処理をしてもらうべきか? 俺が出来ることは、まだいくらでもあるが、しなければならないことは明確にしなければならない。

 例えば、ハッフル氏の魔具だ。……1週間で結果を出すって言ったよな、俺。イレギュラーではあるが、仕方ない。仕事は仕事だ。別件が出来たからと言ってそれを放り出すということはできない。


 俺は地下の工房に移動し、魔具の基盤となる腕輪と幾つかの俺が持つ中でも最大級の属性石を使って魔具にする。作る工程自体はスキルを使うため一瞬だ。デザインも内部の仕様についてもそのまま使える物がパレットにあったため流用することにした。派手に光るが、ここは地下でかつ俺が隠蔽している空間だ。他に気づかれることはないだろう。

 そのうえで動作の確認を魔術品を使って行う。光と闇のどちらもが正常に反応し、抵抗値も規定値ぴったり。魔具に施したギミックも正常に動くことが確認できた。

 明日ハッフル氏が屋敷にいるかはわからないが、これは出来るだけ早めに渡しておきたい。



 そんなわけで、朝ある程度常識的な時間にハッフル氏の屋敷に向かった。トール達に合わないよう、確実に学園に向かった後の時間だったことがよかったのか、それともハッフル氏ではまだ早い時間だったのか、多少不機嫌な様子のハッフル氏と向き合うのは多少面倒そうだったが、仕方ない。


「随分と、朝が早いんだね」

「もう町は動いてるし、随分とそれでも常識な時間だよ。それよりも、依頼されていたもの、持ってきたぞ」


 俺は完成した魔具『金烏玉兎(きんうぎょくと)輪舞曲(ロンド)』を渡す。金烏玉兎とは太陽と月の意味だ。この世界では使わない表現のため、名前を隠す必要はないだろう。


「もう出来たの。約束よりも随分と早いわ」


 眠いのか、それとも俺の前ではどっちの表情を見せても構わないのか、普段の胡散臭い言葉ではなく気だるそうではあるが、通常は使わないであろう言葉遣いをするハッフル氏に少し警戒はしたい。

 前、夜のハッフル氏に出会ったときはその口調だった時の苦手意識が残っているからだ。

 ちなみに、出来上がった魔具の性能はこういったものだ


 【金烏玉兎(きんうぎょくと)輪舞曲(ロンド)】+5

 神造銅(オリハルコン)で作られた腕輪。重さ2。 耐久【180/180】

 DEF+5【+7】 MDEF+50 MATK+60


 備考:光の魔法を使用可能。闇の魔法を使用可能。『自動防御(オートプロテクト)Lv.2』使用可能。


 俺が『レジェンド』で使っていた中級レベルでの装備クラスの魔具だが、基本的に敵を一撃で葬るのがハッフル氏の戦い方だそうだから問題は恐らくないだろう。他の魔具と比べ恐らく性能が高いだろうが、そもそもこれはハッフル氏専用だ。氏も使うことはあってもこれを他に出すことはしないだろう。

 一見すると単なる華奢な腕輪にしか見えないため、常に身に着けていてもおかしくはないだろうし。


「……これは単なる腕輪なのかしら?」

「いいや。ひとまずロック解除するためには『解錠(アンロック)』で登録してる。変えたくなったら別なものに変更できるけど、ひとまずはそう言ってみてくれ」

「『解錠(アンロック)』? ……凄いわね」


 ハッフル氏が腕輪を持った状態でキーワードを呟くと、腕輪の加工の一部分がスライドし、そこから属性石と彫られた模様が顔を出す。今露出しているのは光の属性石だ。露出していない、光の属性石とは逆側にはめ込んである闇の属性石は反応しないよう式を書き込み、その間に魔力を戻すための属性石を幾つか埋め込んでいる。

 つまり、魔術の威力の底上げを、属性石を壊さないことのついでに行った。


「これはキーワードを言った時点でハッフル氏が持っている属性を検知し、属性石を露出させるようにしてる。その時点でもう片方の属性石は完全に反応しなくなるから、片方ずつしか属性は使えない。で、また元の状態に戻すには『施錠(ロック)』と言えばいい。簡単だろ?」


 ハッフル氏は新しい玩具を買い与えられた少女のように『施錠(ロック)』『解錠(アンロック)』と繰り返し形状の変化を繰り返している。


「非常にこれはいいものね。それで、金額は幾らかしら?」

「そうだな。まともに売るとしたら、神貨で2枚ってところか?」


 200,000,000R(ルード)だ。どれだけ高価な魔具ですら4白銀貨らしいから、実にその50倍。思わずハッフル氏も固まってしまうくらいの値段らしい。

 最高級の属性石に神造銅(オリハルコン)という魔力を通すには最適でかつ超高額な品物、かつハッフル氏に合わせてのフルオーダーメイド品だ。名前の通りに鳥と兎も刻んでいるし、他にも女性が持ってもおかしくないものとして雑多すぎない程度に彫金もしている。高額なものには高額なだけの理由がある。


「機能的には非常に魅力的ではあるが、今は神貨の持ち合わせがないわ。……慣れてもいない交渉でもお望みかしら?」

「ああ。ただ、交渉を持ちかけるのは俺だけどな。王都から行って戻っての護衛、受けてもらえるなら無料で、でどうだ?」

「王都、ね。確かにそこに行くには護衛が必要。ただ、私1人であなたの護衛をするのかしら?」

「……我儘姫の我儘に付き合わされてね。護衛自体は恐らく50人を超える規模なんじゃないか? 実際の動きはどうなるかはわからないが、念のためって所だよ」


 念のためにしてもだいぶ堅牢な守りにはなるだろう。少なくとも道中は。問題は、王都でのことだ。ハッフル氏は貴族でかつ有名らしいからそういった意味で対貴族用の弾除けになってくれるだろう。

 無料にするにもちゃんとしたわけがある。ただより高いものなどないのだ。



 嫌々ながら、本当に嫌々ながらといった感じではあったものの、ハッフル氏に護衛任務を取り付け、今度は行きたくはなかったがマイアの邸宅に足を運んだ。準備のことで聞きたいことがあったためだ。

 マイアの屋敷にいる守衛に声をかけ、中に通してもらう。マイアの邸宅に足を運ぶのは初めてだが、俺の顔と名前は守衛に情報として行き渡っていたらしい。

 邸宅の中に入ると、メイドが2人待っており、前後を囲むように案内される。メイドの姿をしているが、恐らくは護衛、というか俺を警戒してのものだろう。マイアの知り合いだとは言え、主に何かあってからでは遅いため、といったところだろうか。


「昨日の今日だが、準備は終わったのか?」

「今の段階で出来ることはな。主に俺が必要な身の回りの物の買い出しがほとんどで、到着待ちばかりだけどな。……にしても、1回の訪問で何であんなに大量の服が必要なんだ?」


 俺の感覚としても多すぎると思う。同じ服をずっと着まわすのは問題だが、靴やオーバーコートなども含め、別々のものを何着も買い求めるのはやりすぎじゃないのか。


「私としては必要な分だけ用意させるよう伝言しただけだが、そういった衣装を持っていないのであれば多いと思うかもしれんな」

「予備と考えても多いんだが。……まあ、過ぎたことは仕方ない。で、足りないものは何かないのか?」


 不思議そうな表情で見るな。王都滞在中は問題ないだろうが、行きに物が足りるのかは本来なら心配する必要はないだろう。ただ、何となくだが足りないものが出ているような、気がする。


「サナ、何かあるか?」

「……宜しいのでしょうか、姫さま」

「ああ。折角訪ねて来てくれたのだ。無理にならない程度に協力をして貰おう」


 サナ、と呼ばれたメイドが一瞬少し表情を曇らせるが、自分に与えられた職務をこなすためか、部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。羊皮紙が何枚か腕の中に収まっており、俺にそれを直接渡してきた。

 マイアに視線だけ向け、許可を得ると受け取り、中身を確認する。


「食料はいいとして、カトラリーに食器類、服に装備に、……魔術品まではいいとして、野営装備なんて何で用意できていないんだ?」

「少し、色々とあってな」


 視線をずらすマイアの口調は非常に重々しい。何かを隠しているようにも思えるが、追及しても仕方ない。物を見る限りでは、食料以外は3人分、1人は最上級品を、それ以外の2人分は男女でそこまで高級なものを要求しているわけではないようだ。

 とはいえ、この数日で集めるのは骨が折れるだろう。装備や魔術品は誰が使いたいか、どう使いたいかによっても変わるし、服なんてのも同じだ。カトラリーや食器類は、商業ギルドに行けば何とかなるだろう。

 食器も含め、純銀製、あるいは鉄製のものを用意したらいいだろうし、予備としても数種類の食器を用意することは難しいことではないはずだ。


「ま、いいか。用意する相手は今ここにいるのか? 服だの装備だのはいないと難しいぞ。魔術品も、ギルドに在庫のないものを用意させようとするとできないか高額になるからな」

「ああ。1人はナギサだ。それと、……私の側仕えで必要なものがいる。すまないが、別室に待機させているため、話を聞いてやってほしい」

「了解。マイア、お前の分は大丈夫なのか?」

「ああ。もし必要なものでも、この町では魔術品位しか用意できるものはないから、大丈夫だ」


 何かニヤリと笑われるがよくわからず、とりあえず別室とやらに移動することにした。そこに居たのは、渚と幼い、とまでは行かないが俺と同じ位の少年少女がそこにいた。

 渚とその2人の間に緊迫した空気などはなく、むしろ和やかなムードでいるため、恐らく初対面ではなく顔馴染み、あるいは親しい仲なのは容易に想像がつく。

 説明しろ、と渚に睨むが苦笑されるだけで説明はない。


「この者たちは、縁があり、私の側仕えになったものだ。コーラルにクリシエールだ。コーラル、クリシエール。少し話をしたが、魔術職人のソラだ。粗相のないようにな」

「畏まりました。ソラ様、コーラルと申します。以後、何卒よろしくお願い申し上げます」


 やけに恭しく俺に挨拶をするが、この年齢にしては妙に落ち着いている。俺が言うのはあれかもしれないが、コーラルはペティトアルテだ。それにクリシエールはエルフ。普段俺があまり関わりのない種族のため、外見年齢と中身は一致しないのかもしれない。


「こんなの単なるチビじゃない。姫さま、こんなのに何が出来るの?」

「……少なくとも、この街道整備はこの者がいなければ進まない。私は粗相をしないように、といったつもりだったのだが、聞こえなかったのか?」


 いきなり俺を罵倒してくるクリシエールは少し頭が緩いのかもしれない。側仕えらしいんだが、何が気に入らないのか主人の前で下されたものを無視するのは主人の評価を落とすことになるのは気づかないのだろうか。


「マイア。俺はお前がどれだけ名誉を損ねても気にしないが、時間がないんだろ。ひとまず、渚と……コーラルだったか? そいつの分を用意しておくが、予算を教えてくれ」

「そ、そうだな。……ただ、クリシエールの分がどちらかといえば大変だ。悪いが用意してくれないか」

「俺はいいんだが、こういうのは俺に用意されるのは嫌がるぞ? 恐らく、俺の評判か何かを聞いてそれをよく思わないのか、俺がそいつ以上の実力が持つのが信じられない、あるいは認められないって所だろ。

 つーわけで、俺はマイアの依頼であれば受けるし用意もするが、それを逆恨みするぐらいなら、とっとと素直に用意されろ」


 適当に言っただけだが、図星だったらしい。顔を真っ赤にして憤るクリシエールはエルフではなく猪か何かか。猪突猛進といえるくらいに向かってくるそれを軽くかわし、ついでに足を軽く蹴り上げる。

 全力でやれば一回転するくらいまで回るはずだが、そこまでする必要もない。やけに広い部屋の中を滑るようにして行くそれを見送ると、改めてマイアに向き合った。


「……お前の側仕えがこうしたということは、そういう意味で取っていいのか?」

「そのような訳があるか! ……とんでもないことをしてくれたな」


 左手で顔を抑えるマイアには俺への敵対心などは見えない。普段の行動を見る限りでは特にそういったようには見えないため、半分冗談ではあるんだが。


「魔術を使ってこない限りは特にこれ以上するつもりはない。おい、(バカ)落ち着け」


 エルフということは魔術師である可能性は高いだろう。それよりも、いきなり俺に喧嘩を売ってきたクリシエールがよほど気に入らないのか、目の色まで変わって睨む渚を軽く叩く。

 コーラルはさっきから呆然としているが、側仕えがこんなのでいいんだろうか。


「痛っ。……何で俺が叩かれるんだろ」

「お前、何かしようとしたろ? んなことしてる暇があるなら準備が必要なものを羅列してろ。

 おい、クリシエール。これ以上の敵対行為をしようとするなら、俺もちょっとばかし、怒るぞ?」


 適当な魔術品を取り出し、後ろで何かをしようとしている残念エルフ(クリシエール)に掲げる。今出したのは、身を守るための魔術品だ。反射境界(リフレクション)の機能を持つそれは魔術に対して優位に立つ。とはいえ、魔術品というものは外見で何が動作するかは本人以外はわからない。少しばかりの示威行為にはなるだろう。


「仕入れの依頼をしているが、ソラは私の客人だ。私の客人に手を出そうというのか?」


 怒りを隠そうともしないマイアに俺以外がびくつき、恐れる。怒ったマイアというのは非常に恐ろしいらしい。怒らせるつもりはないが、一応覚えておこう。


「……マイア。これ以上クリシエールがこの部屋にいる意味がないだろ? お前も、側仕えが使えなくなるのは、困るんじゃないか?」

「そうだな。クリシエール、自室に戻るように。今のことは、あとでしっかりと"話を"させてもらおう」

「も、申し訳ありませんでした、姫さま。……っ!」


 悔しそうな気配を隠さないままクリシエールは退席していった。若いというか、自尊心が強いというか。他人事だが、ここまでだと少し心配になってしまう。


「本当に、すまなかった。お主に、嫌な気分をさせるつもりは、なかったんだが」

「わかってるよ。というか、たいして気にしてない。あそこまで一方的に嫌われるのは正直慣れてるしな」


 俺が町に来てから革新は何度も起こっている。そのため、豪商や貴族、あるいは権力を持ちたい奴らから受けた嫌がらせは数数えきれない。

 そういうやつらほど、無視することが効果的だし、それでも続けてくるのは少しだけ痛い目にあってもらう。

 俺個人だけなら構わないが、サンパーニャや俺の家族に目を向ける困ったやつも少なくない。

 まあ、技術提供、というか支援をしたら満足をするものが多いためあまり問題には今のところなっていないが、鍛冶師だけではなく錬金術師としても動けるようになったら、色々と取れる手段が増えるんだが。

 ちなみに、その相手にはそれ以上の見返りを要求するし、1週間ほど悪夢を見てもらっているが。


「事情があり、王都には連れて行かなければならないが、お主とは接近禁止にする。もし、それでも何かをしてくるようであればすぐに言ってくれ」

「そうならないように祈ってるよ。じゃ、俺は話を聞くから、お前はクリシエールの方を頼む」


 意外そうな表情で俺を見る。内心相当怒っているとでも思っているんだろうか。怒りが全くないわけではないが、正直態度が小物過ぎて関わる必要がないと思っているだけだ。

 直接的に文句を言ってきた分、豪商なんかよりも楽だし、リオナでああいう毒舌、というか敵視をされるのも慣れている。リオナは最近はツンデレにでも目覚めたのか、たまにデレることもある。

 いや、クリシエールと比べるのが申し訳なくなるほど、リオナはいいやつなんだが。


「依頼ってことで用意する分に俺の分を一部加えて、かつ手数料ってことで金額は上乗せさせてもらう。それくらいしても罰は当たらんだろ?」

「もちろんだ。むしろ、改めて謝罪と礼はさせてもらう。……本当に、すまない」


 しょんぼりとした雰囲気のまま、マイアは出ていく。ちなみに、今回の分は予算無制限という意味だ。コーラルもクリシエールもさっきまでは新品の仕事着を着ていた。

 他にどれだけ用意されているかはわからないが、服の種類としてはあまりなかった。何かしらの事情により改めて用意しなければならないんだろう。


「じゃ、どうせ外にも出れないんだろうから、まずは服を用意するための身体検査からだ。……個別にやるから、渚、お前部屋出てろ。マイアのやつ、クリシエールの身体検査も俺にやらせるつもり、じゃなかっただろうな」

「お姫様、あんまりそこらへん気にしてないみたいだし、もしかしたらそうだったかも。残念だった?」

「……よし、あとでお前説教な?」


 莫迦なことをほざく愚弟()の背中を何度か蹴り、部屋の外に押し出す。改めてコーラルと向き合うと、非常に微妙そうな顔をしている。


「立って上着を脱いで背中向け。軽く測るから力は入れるな」

「かしこまりました。……その、ソラ様は姫殿下や勇者殿は怖く、ないのですか?」

「怖いっていうのはどういう意味でだ? 権力的な意味か? それとも実力的なことか?

 権力なんてもんは怖がっても怖がらなくても変わんないだろ。むしろそれで時間を取られるだけ無駄だ。

 実力にしたって、あいつらが敵対するなら俺もそれなりの手段を使って対抗する。まあ、そうはならないって思ってるからこそああやってるんだが」

「つまり、ソラ様にとっては相手が権力を持っているかではなく、人格がどうであるか、ということでしょうか?」

「そうだな。後は相手とどう向き合って、どうそれが影響するかってだけだ。ちょっと両腕上げろ。ま、でなきゃ面倒事ばかり持ってくる相手と好きで行動するわけないだろ?」


 コーラルの腕や肩幅などを計測しながら話を進める。俺を気にしながら話すコーラルの表情には困惑が張り付いている。分からないでもないが、俺が陥っている特殊な環境上、通常どうあるべきといったものについては目を瞑るしかないことが多い。

 あとは素材の好みや魔術品の志向性を確認し、終わりだ。服は俺の場合は自分の好みや貴族向けの、といった制限があったから自分で探して購入をしたが、今回は時間の制限があるだけであるため、商業ギルドに依頼をする。カトラリーも野営装備もだ。

 そういった意味では別に用意をするものといえば魔術品だけだ。ただ、コーラルの求めたものは主人であるマイアの防御法を増やすためのものというものだったため、サンパーニャに幾つかストックはある。

 ストックではあるが、俺が作ったものだ。マイアも今の状況であればオーダーメイド品でなくとも文句は言わないだろう。



「正座しろ」

「え?」

「いいから、正座しろ。早くしろ、な?」


 コーラルを退室させ、代わりに入ってきた渚に正座をするように言う。カーペットをずらし、硬く冷たい石床だが、問答無用で座らせる。


「痛いよ、これ」

「ああ。俺も同じくらい痛い。お前が図体ばっかでかくなって、つまらない冗談を言うようになったということについて、非常に頭が痛い」


 何故か青褪めた表情の渚をただじっと見つめ、淡々と話す。俺は他人から悪意を向けられるのは構わないが、それが他人が身内に対してする場合や、身内が俺にする場合は中々割り切れない。

 つまらない冗談が言えるほど精神状況が安定していることは兄として嬉しいことではあるが、そんな下らない冗談を平然と話すことは家族として恥ずかしい。


「……姫様と何かあった?」

「何かといえば何だ? この短期間で準備をして、王都へ行くことになったことについて、お前は何か知っているのか?」

「い、いやそれは特に何も聞いてないんだけど、最近、姫様からの話って兄さんの話ばかりだから」

「そうか。防音はしているが、どこから見ているかわからん。特定の単語は出すな」

「……ごめん」


 視線は今の所感じていないが、魔術品なんかを使われるとどこまで検知できるかはわからない。そういうわけで、顔を力を入れず掴み、視線を逸らさせない状態で話し続ける。


「で、魔具の調子はどうだ? そこそこ使ってるんだろ?」

「え? あ、うん。ちょっと、色々とあったけど、うん。大丈夫。そろそろメンテナンスが必要だって、言ってたけど」

「そうか。……ここじゃ道具があっても点検は出来ても修理は無理か。まあ、ひとまず貸せ」


 渚の腕から魔具を取り外すと、消耗度をチェックする。耐久が元々100だったのが今はもう23だ。1/4以下になっており、もう少し使うと破損や効果の低迷が出てしまう可能性もあるだろう。

 アイテム鑑定自体は特にスキルの発動ではあるが、アクティブスキルではないため、光ったり何かをしたりということはない。アイテム欄からステータスを読み取るだけでできるためだ。

 消耗については、スキルを使うのが一番確実で楽ではあるが、ここでするわけにもいかない。また、何があるかわからない今の状態で魔具を持ち帰って修繕するということも厳しそうだ。

 あとは、先日時間があったときに作ったばかりの効果ポーションを試す、という手段がある。説明文では問題がないが、あくまでもどういった効果が発動するか不明確な部分もあるためだ。


「とりあえず、これに腕輪を1日ほど付けておけ。その間は使うなよ? もし何か異常があった場合はすぐに連絡するようにしろ。同等の魔具なら用意できなくはない。

 それと、これは別件だが、ちょっと相談に乗ってくれ」

「え? うん、魔具については分かったよ。それと、相談って? 珍しいね?」


 確かにこいつに相談をしたことはこれまでもあまりなかった。相談をしても仕方ない悩みも多かったし、弟よりも同年齢のクラスメイトに相談をすることがほとんどだったからだ。

 あるいは『レジェンド』のクランメンバーだったが、あいつらとは愚痴りあう仲、といった方が正しかったか。


「ああ。まあ、相談というか相談をしたという既成事実がほしいだけだ。行き詰っているのは正しいんだが。嫌そうな顔をするな。

 街道整備事業や、今回の移動についての移動方法だ。今は騎乗や馬車が一般的な移動方法っていうのは知ってるな? だが、整備をする必要があるような街道でまともな移動をするのは現時点で困難だ。近くの村から移動するのだって馬車酔いするくらいの悪路だからな。

 で、悪路でなくする方法としては、道を良くするか移動手段を良くするか、のどちらかだが、道を良くするというのは街道整備の最終段階だからな。安全を確保するまでに道を整備したところで時間もかかるし、またそれがだめになる可能性が高いってことまではわかるよな?

 つまり、既存とは違う方法で移動手段を確立させる方法がある。馬車を、という方法でアプローチは以前してみたことはあるが、問題が多いし、多くの馬車を切り替えていくっていうのは時間がかかりすぎる。お前なら、どうする? いや、実際にできるかどうかはいい。ひとまずどういった手段があるか、考えを出してくれ」


 俺が言っていることが全く理解できていないとは思わないが、俺の考えを整理するためにも区切りながら渚の反応を見る。うーん、と悩んだ結果、虚空を眺めながら渚は話し出す。


「要は、移動手段として新しいものがほしいんだよね。今回の移動とか、街道整備のためってことは、移動速度と積める荷物のことも考えてってことでだよね?

 そうなると、トラックとか貨物車とか、タンカーとか、飛行機とか。あとは、昔よく見た映画の動物のバスとかさ。雪が降ってたら犬ゾリとかでもいいだろうけど、場所を選ばないならホバークラフトとか、あとはリフトとかも場所は限られるけど、移動にはなるよね?」

「やっぱ、その辺りになるよな。動物のやつは、あれだとして、まずは陸路が必要で道を選ばないとなると、車かホバークラフト辺りになると思うんだが、お前ホバークラフトとか大型四駆の構造、わかるか?」

「何となく仕組みはわかるけど、構造までは分かんないよ。何か、風とかで浮き上がらせてホバークラフトとか作れないの?」

「……浮かせるだけなら、出来る。後はハンドルを切ったり、加速、減速、停止、アクセルとブレーキをどうやって動作させるか、あとはゴムがないからな。どうやって着陸したときの衝撃を緩めるか、だな」

「そこの辺りはどうしようもないんだよね。何か、魔術とかでどうにかできないの?」

「出来るとは言わん。むしろ、飛行系の魔術はないらしいから、魔術よりも魔術品を使うといったところだな。素材も、足りないもの何かも多いからな」


 この場合の素材はスキルで使う際の必要なものだ。スキルで使うときは代用品を使って、ということはできない。その辺りは非常に面倒だ。


「そうなると、ホバークラフトじゃなくて、えっと、飛空艇? だっけ? あの空を飛ぶでっかい船とかは?」

「それこそオーバースペックすぎる。俺も作れないし、仮に作れたとしても増産やメンテができないものを作るつもりはない」

「じゃあ、気球船とか、いっそのこと、アルゴー船? だっけ、空飛ぶ船とかでいいんじゃないかな?」

 俺はアルゴナウタイになるつもりはない。そもそも、大量の荷物や人を運ぶことのできる空を飛ぶ乗り物では、まず他国への侵略の道具に使われる気しかしない。

「何か気になるみたいだね。じゃあ、いっそのこと動物か何かに運んでもらうゴンドラとか、馬車とかどう?」

 つまり、ゴンドラや馬車を吊らしたりして空を移動する乗り物、か。移動する際の揺れや降りるときの衝撃を緩和する方法があればうまくいきそうだな。


「……スカイゴーレムを4体ほど使って飛ばせば揺れは問題なさそうだな。衝撃は、それこそ風を出して逆噴射させればいける、か?

 ゴーレムの動作範囲を変えてしまえば他国に渡ることはできないだろうし、魔力も補助用の水晶があれば長時間は無理でも、空を飛ぶことで時間の短縮自体が可能になりそうだな。

 よし、渚、助かった! お前らの荷物は後日届けさせるから、俺は行くな!」


 アイデアが姿をある程度見せた。後は試すだけだ。時間もあまりないため、話の展開に付いて来ていない渚を放り出し、マイアの館を急いで後に。

 しようとしたところ、マイアに捕まり必要なことを報告するはめになったのは仕方ないことだろう。


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