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第25話。錬金術師。

 げんなり、としているトールやスコットがこんな所にいるのはまあ、俺が原因だ。

 つまり、『魔術師による護衛任務(こづかいかせぎ)』を学園に掲載したためだ。

 平民にとってはそこそこの値段で、かつ貴族は見向きもしないような値段設定にしたのも平民でかつ、魔術師としての活動が可能な学生を引っ張るためのものだ。

 だからこそ、冒険者には最優先で守るのは俺たちではなく学生だと事前に説明してある。おやっさんも俺も自衛のための手段とアイテムは持ち込んである。

 それも持たない学生は紙装甲の俺よりも生存確率は低いだろうためだ。


 モンスターというか、獣の狩猟をしつつ採取した素材をまとめる。荷物の問題も、一応打開策として運搬用のキャリーカートを試作し、持ってきてみた。

 キャリーカートというよりも台車の方が近い代物だが。

 ただでさえ整備もされていない森の中だ。ガタガタするのは仕方ない。

 ポーションなど割れ物もないし、落下防止のため荷物を置く台の四辺はなだらかな曲面を持たせたものを取り付けている。

 何より、これは魔術品だ。いくら落ち辛くしているとはいえ、重さで動かせなかったり移動速度が著しく落ちるのはいただけない。

 そのため、『重量軽減+3』と『移動速度向上』がキャリーカートそのものについている。

 具体的にはおやっさんとおやっさんの工房の何人かを乗せた状態で俺1人で歩くのと変わらない速度で押せることが確認できている。

 本来は大型4輪馬車でもあればよかったんだが、森に大型馬車を入れることはできない。それに、馬車がもし襲われた時に分隊規模で守り切れるかどうかは少し怪しい。

 そう考えると、これを量産するか、あるいはもう少し小回りの利く手押し1輪台車(ねこ)でもいいかもしれない。問題は、同レベルの魔術品を作れる人がほとんどいない、ということだが。


「ソラ、俺たちも手伝わなくていいのか?」

「今後機会があれば頼むこともあるかもしれないが、悪い。高品質の素材が必要になるんだが、見極めは慣れてないと難しいし、ちょっとばかり時間もなさそうだからな」

「こんな森の中だからな。坊主たちの仕事は俺らの護衛だ。気を抜かんで仕事してくれや」


 自分の弟子以外に注意するのは慣れていないのか、どういえばいいかを探るようにおやっさんが言葉を続けた。町に帰るための時間も必要だし、狩猟をした獣の血の臭いで大型のモンスターが来る可能性もある。

 そうなること自体は想定しているが、そうならない方がいいのは当然だ。運用テストという名のもとに見習いたちが作った、勿論合格点を出したものだけだが。魔術品を冒険者や魔術師の学生たちに使ってもらい、評価と同時に宣伝を行う。つまり、じんたいじっ……もとい、販促(プロモーション)活動だ。

 商品自体もそうだが、工房長や長年活動をしている職人以外は当然ながら知名度がない。正直見習いからそこまでのことを行う必要もないとは思うんだが、1人でも多くの職人を育てるのは急務といえる。

 そのため、見習いの中でもコンペを行い、より良いものを厳選したし、見習い卒の中堅なんかも自身の腕を競いあっている。俺は年齢的に見習いに当たるはずなのにコンペの参加条件の中にサンパーニャのソラは除く、と名指しで棄却されたのはむしろ光栄なのだろうか。


「散開しろ! 荷物と魔術師を守ることを優先しろ! ガーダ、ディク! お前らと俺は突っ込むぞ!」


 そろそろ夕方にも差し迫ろうとした時間、いい加減詰める荷物も積みきって町に戻ろうとしたところ、5匹の蜥蜴人間(リザードマン)が俺たちの行く手を遮るかのように現れた。

 俺は護身用の左手用短剣(マン・ゴーシュ)を取り出し、荷物の前に立つ。本来これは二刀流をする際、受け流すために使うものだが俺の筋力では二刀流は無理だ。

 そのため、変則的ではあるが左手にこれを装備し、右手は魔術品やポーションなどを使うために空けてある。ファルシオンよりも攻撃力は弱いが、森であそこまで大きな武器は振り回すにも一苦労だと思い、急遽()ってきた。

 まあ、とはいえ人数差がある。3人の前衛で2匹のリザードマンを足止めし、残った1匹をバックアップと魔術師で倒し、早く終わりそうな方を手伝う。

 当初決めておいた作戦はうまくいき、目立った被害らしきものも上げることなく戦闘はあっさりと終わった。

 あっさりと終わったこと自体はいいんだが、問題はリザードマンが出現したことだ。この町周辺にはもともとリザードマンは出現しない。本来、もっと南の熱い場所を好んで生息しているからだ。

 魔王による活性化で生息地域が拡大しているのか、あるいは他の要因か。どちらにせよ、これまでとは異なるモンスターが出てきたことには変わりない。

 この周辺は高レベルのモンスターが生息していなかったからこそ、魔術学校や産業が発達し、近くの村とのやり取りが出来ていた。

 魔王を作り出した神には町や村の衰退といったものは些末なものなんだろう。責任者出てこい、と言いたいが実際に出てきても困るため言わないが。



 ゴロゴロと音を立てカートを引いてようやく町に辿り着いたのはそろそろ日も沈みきり、門が閉まる少し前の時間だ。

 予定していたよりも高品質の素材が多く取れたのは、森に素材収集をしに行かなくなり、ある程度育った素材が増えたからだろう。

 この調子でいけば思ったよりも早く街道整備は終わりそうだ。まあ、生活や安全を維持するためには必要な仕事のため、早ければ早いほどいいんだが。

 とはいえ、基幹となる街道の安全のための設置する装置をどう維持するかが問題だ。

 自然に存在する魔力を循環させる、といえば聞こえはいいが、実際は魔法陣が増幅、還元を繰り返す状態だ。

 そのために魔法陣を強化・維持するための触媒があったほうがいい。ただ、それを宝石なり水晶なりで作る必要があるが、それを作れるのは魔術職人ではなく、『錬金術師(アルケミスト) 』だ。

 『レジェンド』とは違い、その辺りの生産職には明確なできることとそうでないことの違いがあるらしい。例えば鍛冶師は武器や防具などを作る職人だし、魔術職人は魔術品を作る専用の職人だ。

 そして、錬金術師は霊薬や特殊な貴金属類、あるいは効果ポーションや人造物(ホムンクルス)の精製など、薬剤などを用いて特殊な品物を作るらしい。

 つまり、俺は特製ポーションの黄緑や緑を作った時点で錬金術師としての精製を行っていた事と同義になるらしい。ただ、毒物を作るのは誰にでもできるためそれは錬金術としてはみなさないらしいが。

 それはおいておいて。サンパーニャで特製ポーションを作っていたのが俺だとすでに公表している以上、その触媒を作るのも俺で構わないと思うが、メンテや大量生産をすることを考えると錬金術師ギルドにも話を通しておいた方がいいかもしれない。

 周囲の工房主からは変人の集まりだから関わらない方がいい、と言われてはいるが。

 そもそも、この町(バーレン)において魔術師よりも錬金術師は圧倒的に少ない。今のところ確認できているだけで12人しかないらしい。確認ができている、というのは恐らくそうではないか、という人物も含めてだそうだ。

 それだけ錬金術師は自分の研究に没頭し、人を嫌う変わり者、らしい。


「そうなれば、錬金術師ギルドには紹介状を出そう。とはいえ、あの無作法ものどもに事の理が分かるとも思えないが」

「ひとまず、技術的な検証も必要ですから。まあ、話してみてダメそうなら別の手段を考えますよ」


 ギルド同士の中が悪いのだろうか。不承不承といった感じで紹介状を書く鍛冶師ギルド長に話を持ってきたことについて少し情報が足りなかったと反省をしよう。

 俺1人で向かわせるのが心配だったのか、ギルド長の右腕、とも秘書とも言える女性、ノルンさんが錬金術師ギルドへ同行することになった。

 秘書であるためか、銀髪の美人さんだが目つきが鋭く俺の後ろをついてくる際も妙な視線を感じる。何度か話しかけるものの、仕事中の義務感なのか軽く答えるだけで会話として成立しない。



 そんな状態のまましばらく歩き、錬金術師のギルドにつくと、独特の薬臭さにノルンさんが顔をしかめる。俺は自分の工房で色々練成もしているため薬のにおいには慣れているが、確かに鍛冶師の工房とは異なるこれはあまりいいものではないだろう。

 練成の結果作り出したものを置いておくスペースにでもなっているのだろうか。薬品の他に様々な貴金属類や何に使うかよくわからない球体の物体などが溢れている中、唯一暇そうに窓口に座っていた女性の元へ向かうことにした。


「お客さんとは珍しい。まあ、子供と変な女じゃ金にはならなそうだけど」

「……ギルド長に会いたい。鍛冶師ギルド長の紹介状もある」


 変なのはあんたの性格じゃないか、と言いたかったが堪えた。ここで喧嘩を売っても何も始まらない。

 変な女、もとい受付嬢? は中身を物色すると、つまらなさそうに立ち上がると、ついてくるよう促し、俺たちを見ないまま歩き始めた。

 2階にも3階にも人の気配はなく、ただただ雑多に物が積まれている通路を進むと俺でも顔をしかめたくなるほどの強烈なにおいを発している場所に辿り着いた。

 目の前にはドアがあるが、正直ドアを開けたくない。開けた瞬間、このにおいが何倍にも何十倍にもなって広がるだろう。それをわかっているであろうノルンさんも恐恐としているが、受付嬢? は素知らぬ顔でドアを開けた。


 最初の印象としては、においは思ったよりも感じない。だ。とはいえ、嗅覚が防衛反応の結果利かなくなった可能性はあるが、特に空気が澱んでいないため、問題はないだろう。


「来客があるとは聞いていないが?」

「クゥエンタ様の紹介で、魔術職人が面会に。どうせ、また失敗してただけでしょう?」


 受付嬢? はやれやれ、といった具合にため息をつき、錬金術師ギルド長であろうおっさんの後ろにつく。受付嬢ではなくノルンさんと同じ秘書なんだろうか?

 ちなみに、クゥエンタというのは鍛冶師ギルド長の名前だ。俺も1度しか聞いたことがなかったから忘れていた。


「俺は失敗などしていない。ちっ、まあいい。俺が錬金術師ギルドの長だ。お前は何モンだ?」

「こちらは『魔術工房サンパーニャ』のソラさま。今日は、わたくし共が行っております、街道整備事業について、ご相談があり参りました」

「『魔術工房サンパーニャ』……ああ。魔術品だけじゃなく、武具も練成品も扱うっていう無節操な店か」

「それは魔術職人のソラさまの腕がいいためです。錬金術で町のためにもならないことしかしていないあなた方にとっては、目の敵でしょうが」


 何故いきなりノルンさんは喧嘩を売ってるんだ。無節操、といわれると少しカチンとくるが、反論はできない。むしろ、無軌道ではないが無節操ではないとは言い切れない。


「鍛冶師ギルドの小娘、喧嘩を売りに来たのか、相談に来たのか、どっちなんだ」

「当初よりご相談に参ったとお伝えいたしましたが、どうやら聞こえなかったようですね。申し訳ありません、ギルドに籠りきりで耳が遠くなっていた可能性を失念していました」

「……ノルンさん、技術的なこともあるし、あとは俺が話すから」


 怒りに震えているノルンさんを何とか宥めると、改めて錬金術師ギルド長を見た。40代後半位のおっさんで、口は悪いものの見た目は研究者然とした姿だ。

 体形はあまりしっかりとしたものではないが、金槌を使う鍛冶師と違い、そこまで筋肉量を必要としないためだろう。


「で、結局相談っていうのは何だ」

「さっきノルンさんの言ってたように、街道設備に必要な魔法陣の維持に必要な触媒の発注をできないかと」

「そんな依頼であれば1階で受ける。何だ、それだけのことでわざわざ紹介状を書かせたのか?」

「……まあ、俺の設計書を見て貰わないと、意図は伝わらないと思ったので」


 そういい、触媒を作るのに必要な設計書を渡す。最初は胡散臭そうな表情でそれを見ていたが、次第に目の色を変え、書かれている線を指でなぞりだした。


「……あれは一体何をしているのでしょう?」

「恐らく、意図とそれを作るために合っているかどうかを探ってるのかと。ああ、解析は終わったみたいですね」

「これを、どうやって作った! 実物はあるのか!?」


 血走った目で急に叫びだすそれはちょっとした恐怖だ。とはいえ、ここしばらく店でもギルドでもそんな反応は慣れてしまった。

 そんなわけで、予想もしていたため、鞄から20個ほど無造作に触媒を取り出してみた。工房で加工済みのもので、設計通りきっちりと作っている。

 スキルを使ってだからこそ、設計図も実物もしっかりとしか作りようがないんだが。


「どれも品質は一定、しかも非常に高い仕上がりだ。ちっ、おい、小僧。お前錬金術師ギルドに入れ。なら、これを作ってやるよ」

「御冗談を。何故鍛冶師ギルドの若手筆頭であるソラさまがこのような変人の集まりに加わらなければならないのですか?

 まさか、御自身が作れないため、かわりに作るようにでも命じますか?」


 やけにグイグイと絡んでいくが、ノルンさんにとって錬金術師ギルド長は個人的な恨みでもある相手なんだろうか。

 とはいえ、このギルド長では小間使いや奴隷のごとく働かされる可能性もある。断るのが無難だろう。とはいえ。


「これはおいていきます。勝手に解析して作るなり、俺に泣きつくかはお任せします。じゃ、俺も忙しいのでこれくらいで」


 ポカンとした表情のギルド長とその後ろでこっそりと笑っている秘書を置いてギルド長室を後にする。

 やけにニコニコと笑っているノルンさんは気になるが、今は鍛冶師ギルドに戻るのが先だろう。まずはギルド長に報告をしなければ今後の動きも決められないからな。



「そりゃいい。あいつもこれで少しは懲りるだろう」


 大仰に笑うギルド長は随分と機嫌がいいらしい。俺の肩を何度もバンバンと叩く。痛いからやめてほしい。


「それにしても、ソラさま。宜しかったのですか? 触媒をあんなに置いていかれまして」

「ええ。まだ幾つも用意してるので、問題はないですよ」


 先ほどと同じように鞄から触媒を適当に取り出し、机に並べてみる。材料自体はそこら辺の石や砂を集めて作ったものだ。スキルを使って作る以上、大量に作ることも正直大変ではない。

 ただ、将来的なことを考えると、どこかで分担して作れる状態になるのが一番だ。といっても、スキルを使わず、設計図には省略した材料を手に入れる手間を考えると色々と面倒ではあるんだろうが。

 まあ、錬金術師ギルドの話は今は置いておこう。こっちもまず最初の問題提起自体は果たせたはずだ。あとは今までの中でどれだけの反応があるか。いいことも悪いことも含め、確認をしていくべきだろう。

 そういう意味では、ただポーション売りとして中央広場で過ごしていた頃が懐かしい。懐かしむほど昔のことでもないんだが。今行うと問題しか出てこないことを考えると、過去のことではあるんだが。


「相変わらず、謎な鞄だな」

「魔術職人としての面目躍如といったところですかね。まあ、何度も言ってるようにこれこそ世に出すつもりはないですけどね」


 見た目よりも荷物の入る鞄を作るレシピはあるが、鞄自体は普通のもので、実際にはアイテムボックスから直接物を取り出している以上同じものを、といったことはできないんだが。

 同じアイテムボックスが存在するといった話が聞こえてこないため、わざわざそれを再現する必要もないだろうし。


「気持ちはわからなくはないが、貴殿にも魔術職人として、鍛冶師として腕を揮ってもらいたいものだな」

「順番としては、街道整備が先ですね。俺の仕入れは町の外からもありますし、常連も冒険者が多いので。あとは予約分もこなしてはいるので、何もしてないわけでもないですよ」


 工房での研究や武具の作成も一応はしているしな。とはいえ、そちらも今はハッフル氏の魔具作成が優先だが。

 あと、恐らくマイアやオウラもこっちの都合も考えず無茶ぶりをしてくるだろうし、多少の余裕を持たせておいた方がいいだろう。


「そうはいっても、予約はほとんどがアクセサリだろう。ジェシィの娘のミランダがメインに行っているというのは聞いているが、それを任すことはできないのか?」

「ジェシィさんも調子を取り戻すためにしばらく時間が必要そうですし、難しいですね。

 街道整備を行えない、という理由があるのであればともかく、そうでない場合はそれ以上に優先するものは今のところないですね」


 不満そうなギルド長には悪いが、生憎と言えないことが多すぎる。俺の事もそうだが、他のことについてもだ。

 マイアのこと、はもしかしたら話が来ているかもしれない。ただ、ハッフル氏のことや、渚やことねのことは黙っておいた方が賢明だろう。

 重要なところをぼかしてうまく説明できる気もしないし。



 というわけで、今後の流れを会議で相談することをギルド長と相談し、中央広場に出た俺はポーション売りをしている。何故だ。

 いや、正確には顔馴染みのポーション売りに留守を任されたんだが。家に追加のポーションを忘れたらしく、少しの間でいいから見ていてほしいと言われ、了承する前に走り去っていくのを呆然と見守っていたことが元凶でもあるんだろう。

 盗難防止用の符はそのままになっているものの、そのまま帰るのも心苦しい。店番中、と書いた紙を置いて何となく座ったのが間違いなのか、あっという間に囲まれてしまった。

 色々な人はいるが、大まかに見て取れるのは、期待、だ。ポーションは少しずつ色々な種類は出てきているが、そこそこの量を安定した品質で出せるのは未だに俺の独擅場だ。

 ポーションを広げているが、あくまでも俺の作ったポーションではなく留守番をしているだけだと伝えると、残念がる声が上がるが、そこはサンパーニャで買うか、広場で販売しているものを買ってほしい。

 少なくとも中央広場では旧型のポーションを売っている売り子は最近新しく入ってきた一部の人だけだ。それもすぐに他のポーションを売るため、品質はともかく、あまり効果はよくなく、まずいばかりのポーションを飲むものはこの町にはもういない。ポーション売りに製法を売ったことにより防衛力は上がったことだろう。

 新しい製品が少なくない量、短期で作られるようになったため、商業ギルドが多忙になったようだが、短期であっても人を雇い入れることにより経済の活性にも繋がっているだろう。多分。



「ねえ、ソラくん。何でギルドにいるはずなのにここでポーション売ってるの?」

「留守を任されたんだよ。本当は昼食べてサンパーニャに戻るつもりだったんだけど」


 俺と同じく昼を外で取ろうとしていたお姉さんが不思議そうに俺に声をかけてきた。簡単に経緯を説明すると、何かを思いついたのか嬉しそうにお姉さんが笑う。


「ねえねえ、ソラくん。ポーション下さい」

「じゃ、これで銀貨1枚と銅貨20枚だな」


 並んでいるものではなく、鞄から特製ポーション(白)を取り出す。

 楽しそうにお姉さんは銀貨を2枚取り出し、俺に渡してくる。お釣りを渡すとやはり嬉しそうに財布にしまい、俺の隣に座る。


「ソラくんとずっとお店はやってきたけど、ソラくんのお客さまになったことはなかったよね。お客さまになるってこういう気持ちなんだね」

「よくわからんが、お姉さんが満足してくれたなら。……と、戻って来たみたいだし、昼食べに行く?」


 重たそうにポーションの入っているであろう木箱を持ってきたポーション売りに場所を代わるために立ち上がり、振り返った。

 お姉さんはやはり嬉しそうに了承すると、適当な店を物色するため、中央広場を歩き始めた。そういえば、これまで市場やギルドで素材の買い出しを行くにしてもどちらかが留守番をしていたため、俺とお姉さんで買い出しといったことはしたことがなかったな。


 結果、買い食いをしたり、素材を購入したりした所で判明した、というか確認したことといえば、市場価格の緩やかな上昇だ。それは予期はされていたが、思ったよりは上昇の速度は速くない。というのが正直な感想だ。

 市場原理、需要と供給のバランスによる価格の変動は向日 穹(ひゅうが そら)の学生時代に学んだ知識としては入っているが、経済学を専攻していたわけじゃない。

 神の見えざる手、が比喩ではなく存在しそうなこの世界で市場がどう変化するのかは予想を付けるのが非常に困難だが、まだ使えそうな素材はいくつかある。少なくとも、街道整備で必要な素材をポーションや他の市場で必要なものを除くか代用品を考えた方がいいだろう。

 あとは、実際の納期の問題か。サンパーニャ(うち)はいいとして、作成しそれぞれの場所に設置するまで、おおよそ半年以上はかかるだろう。特に設置については時間がかかる。長距離を一気に進む方法というものが確立されていないためだ。

 王都から主要都市を結ぶ街道に触媒とそれを置く台を設置し、村々に魔法陣を配置する予定だが、悪路やモンスターなどの襲撃の恐れがある以上、一番遠くの村までは行くまで2週間かかる。

 設置を考えると、早くても3か月以上、場合によっては半年以上かかる可能性もある。この世界の移動方法といえば、騎乗か馬車かあるいは徒歩だ。

 騎乗では1人1人が乗る必要があるし、馬車ではそこまで速度が上がらない。そうなると、動物には頼らない移動方法、あるいは直線に動くのが一番早いだろうから、空なんかを行く方法。

 そのどちらかになるんだろうが、どちらもこの世界にはそういった知恵がない。俺のスキルで作れるものもあるにはあるが、魔導式の四駆に機関車、ホバークラフト。個人用としてはエアーバイクやホバーボードなんかだ。ただ、当然ながらそんなものを作るわけにはいかない。デコトラも作れるが、あれは化石燃料が動力源だし、道を痛めかねない。

 どちらにせよ町の中の移動方法も含め時間はかかるが手を出していくしかない。あとで効率が上がる方法が見つかればそれにシフトしたらいいんだし。



 買い物が終わった後は、サンパーニャに戻り、店番だ。店番だけではなく、色々試作品も作っておく必要もあるんだが。

 ちなみに、買い物兼昼食を取っていた間はメレスさんが行っていたらしい。お姉さんと俺が店に戻った後に何か用事でもあるのか、いそいそと帰っていった。


「ソラくん、ポーションじゃないよね、何作ってるの?」

「ん? ああ、素材が集まったから街道整備に必要な触媒を作ってるんだよ。鍛冶師ギルドに納めるから、通常に売るよりは少し安くなるんだろうけど」


 普段ポーションを使うのとは別の新品の鍋を取り出し、触媒に必要な鉱石と薬液を入れ、時折沸騰しないように薬液を追加したり、全体を混ぜ合わせる。

 本来なら必要な薬剤に1か月ほどつけて置きじっくりと成分を鉱石に移していくんだが、沸騰しない程度の温度でしばらく馴染ませることにより大幅に時間を短縮することができた。

 沸騰すると薬液の効果がなくなり、鉱石も粉々に砕けるという不思議現象に襲われるが、この世界ではその程度の不思議現象程度、むしろもう驚くものですらないし。


「へー。魔術職人って触媒も作れるんだね?」

「魔術職人が作れるかどうかでいえば、作れるとは思うんだけど、これは錬金術だから魔術職人の領分では、ないと思う」


 領分が違うのは必要な道具や工程が異なるからだ。とはいえ、魔術職人が鍛冶師と錬金術師を兼ねていてもおかしくはないと思う。あくまでも、魔術職人とは魔力を持って何かを作成する職人であり、魔術鍛冶師や魔術錬金術師といった言い方をしないようだからだ。

 ただ、それはあくまでも俺の視点であり、通常の考えでは鍛冶師と錬金術師と魔術職人はそれぞれ違う。魔術職人は魔術品を専門に作成するものだ。

 この町では回復をする術としてポーションが求められ、誰でも比較的簡単に作れるためポーション売りだけではなく、少し余裕のある店ではおいていた。

 お姉さんのアクセサリ作成も、魔術品を作る前段階も兼ねており、本来であれば装身具としてのそれとは異なる。

 あくまでも壊れ辛い耐久性や装着のしやすさ、取り回しのしやすさが求められるそれに、機能も見た目も追及をしている俺の魔術品が規格外、らしい。

 もう規格外とは言われ慣れすぎているため気にもしていないが。


 ともあれ、触媒が大量にかつ短期間で精製が必要なためこのような手段を取っているが、これは錬金術師ギルドにはいうつもりがない。ポーションと同じ原理で作れるということは信じないだろうし、中には溶液が反応し、爆発するものもある。

 その時はスキルで精製するよう爆発する前に切り替え、後日こっそりと町を抜け出し、人気のない谷の中で精製をしてみて爆発の規模を調べたが中々デンジャラスなものだった。

 魔術職人にしろ錬金術師にしろ最適な温度や加熱時間を解析するまで時間がかかるだろうし、そこまでに出る人的被害は少なくない可能性もある。

 どう考えても危険性の高いものを何も考えず提供する、ということはできない。


「うーん。錬金、って何ができるの?」

「俺ができること、で言えば金属や鉱石の性質変化、触媒の精製、使役人形(ゴーレム)の練成、あとは効果ポーションの作成ってところ、だな」


 途中まではよくわからなかったんだろう。最後の効果ポーション、の所で納得が言ったように頷いた。……このままだと効果ポーションを作れるのが錬金術師で、俺は通常とは違うポーションを作れるポーション売りという認識になりそうだ。ゴーレムの練成や、言っていないが無精人造人間(ホムンクルス)の精製については詳細を話すつもりはないからこのままで認識された方が楽ではあるが。

 ゴーレムについては、魔術でも同じようなことができるため、どちらがいいかはその時次第だろう。恐らく、それをできるのは俺だけなんだろうが。



 珍しいものを見る目のお姉さんに見守られながら触媒作りをしていると、店の扉が開いた。さっきからボチボチ客は来ているから、その辺りだろう。

 と、思ったんだが、どうやら客ではないらしい。


「ソフィア、1人で来るなんて珍しいな?」

「そーかな? あたしもソラに会いたい時くらいあるんだよ?」


 どうやらソフィアは俺に会いに来たらしい。異常なほど違和感しかしないが。学園から帰ってきた途中に来たらしく、制服姿のソフィアは嬉しそうに俺を見た。

 幼馴染集団の中で俺が一番出会う頻度が多いのは意外とアンジェだ。家が商売をしているということもあるが、割と頻繁にサンパーニャに顔を出しに来る。家の手伝いが嫌なのか、社交性が高いのか。

 その次はトールだ。ハッフル氏の使いで店に来ることもあれば、今でもたびたび中央広場で俺にぶつかってくる。最近は『気配探知』をして接近が分かった時点でぶつからないようにはしているが。

 スコットやソフィアは町ではあまり遭遇しない。基本的には学園帰りの4人に遭遇するか、アンジェの店で会うかどちらかだ。住んでいる場所も少し離れているから住宅区で会うことはそうそうない。

 色々連携する仕事が最近は増えてはいるが、サンパーニャに行けば会えると思ったのはまあ間違いではない。


「それで、どうしたんだ? まだ仕事中だからあんま構えないぞ?」

「うん、アンジェから様子見てきて、って言われただけだからだいじょーぶだよ」


 どうやら家の手伝いを任されたアンジェの差し金だったらしい。とはいえ、ソフィアも嫌がってはいないため、無理やり押し付けられたのではない、と思いたい。

 ちなみにお姉さんはこっちをちらちらと気にはしているが、予約分のアクセの作成をしている。中にはあまり日付に余裕のないものもある。それをまず片付けないとサンパーニャの信用にも関わることだから手は抜けない。いざとなったら俺が作ることもあるが、それはあまり手段としては使いたくない。


「ここにいても暇だろ?」

「滅多に見れないものも多いからたのしーよ?」


 ソフィアが言うには魔術工房自体あまり用事がなければ出向くことはないし、前衛職でもなければそもそも用事がほとんどないらしい。

 そういえば、魔術師でここに来るのは幼馴染集団や我儘姫1と2くらいか。いや、一番来る頻度として多いのは鍛冶師ギルドの構成員なんだが。

 つまり関係者以外はあまり立ち寄らない魔術工房というものは、中々刺激的な場所、らしい。

 俺も他の魔術工房に出入りするときはサンパーニャでは見ない素材や魔術品を見るのは中々に楽しいからわからないでもない。



 ソフィアが帰ったのは結局閉店する時間ギリギリだ。それもスコットが迎えに来たことによりようやく帰るつもりになったらしい。

 途中で他の客が来たときは大人しく椅子に座っていたから問題はなかったんだが、来る客来る客全てソフィアの制服に驚いたのか普段よりも早く帰っていったのは営業妨害といえるかどうかは微妙だ。

 魔術学園の生徒はほとんどが貴族か王族だ。ソフィアのことを知らなければそういった類に思われるだろう。ハッフル氏の弟子だから、広義でいえば貴族の関係者になるため一概に違うとも言い切れない。



 店を閉め、家に帰り着いたのはそこそこに遅い時間だった。夕飯を食べ、父と母に今日あった出来事を簡単に話す。仕事のことは詳しいことは話せないが、ある程度のことは最近は話すようにしている。

 ソラが私に秘密にする、と母が泣きついたためだ。ちなみにレニはもう寝ている。小さな子が夜遅くまで起きているのは成長にもよくない。

 最近はあまり遊べていないし、次の休みには少しでも遊べたらいいとは思う。

 そう思いつつも、最近は休みでも色々と巻き込まれて家にいないことも多いんだが。

 食事を終えると風呂に入り、すっかりと疲れた体をベッドに沈める。今日は色々あって疲れた。

 それにしても、錬金術師(アルケミスト)か。また1つ試したいことが増えたのはいいことか、あるいはその逆か。

 出来ることはどうしても限られるが、何かしたらしたで、俺だからで済んでしまう気もしなくもない。楽観視することはもちろんできないわけだが。



 少し眠り足りない気はするが、顔を洗い眠気を飛ばす。と、来客があったことを知らせるアラートが表示された。以前設置した、来客を知らせる魔術品を少し改良したものだ。

『レジェンド』はMMORPGであった。つまり、多数のプレイヤーが存在し、交流を図っていた。

 その際、目の前にいる相手としか話せないのであれば非常に不便だ。

 そのため、幾つも相互通信を行う手段があり、その中の1つで『DM(ダイレクトメッセージ)』が存在した。

 それは相手の名前が分かっていたら相手がログインしていない状態でもメッセージを送ることができたし、メール通知を行いログイン状態以外でも送られてきたメッセージを確認することができた。

 そのDMの通知機能を利用し、来客があった場合は水晶を持っていなくても俺に通知が来る。もし家族が全員出掛けていても長時間相手を待たせない措置として機能を加えた。

 にしても、こんな朝早くに珍しいな。この家のことを知る人は少ないし、朝早くに訪ねてくるような常識外れは知り合いにはいないはずだ。


「お引き取りを」

「こっちもこんな朝早くから行きたくないって言ったんだけどね。うちのギルマス(ギルド長)は一度言い出したら聞かないから」


 門扉に居たのは、先日の錬金術師ギルドの秘書だ。眠いのに、とごちる事から想像するに、迷惑がかかるからではなく、眠いからという単純な理由だろう。

 その率直な意見については同意は出来るが、であれば何故来たのか。


「で、泣きつく準備が整ったってことでいいんですかね?」

「あのごうつくばりがそんなことするわけない。拉致って、無理やり作らせろって言ってた。拉致っていい?」

「……いいわけあるか。ギルド長の発言としては最低の部類だな」

「ねー。でも、仕方ない。命令だから、拉致るね?」

「いや、無理だな」


 秘書は門扉を開けようとするが、もちろん開かない。思いっきり掴んだり、押したりするが一向にびくともしない。業を煮やしたのか、飛び越えようとするがどれだけ飛んでも見えない壁にぶつかり、飛び越えることはできない。……普通の女性が垂直に5mも飛べるわけがないから、人間ではないな。俺は自力で飛んでいるわけではなく、魔術で飛空をしているだけだし。

悔しそうに地団駄を踏むが、次の瞬間ガンガンと門を叩き始めた。それで開くわけも当然ないんだが。


「……それ以上はやめておいた方がいいぞ?」

「命令されたから拉致る!」


 まるで子供の我儘のように何度も門を叩く姿はいっそ哀れだ。このまま出た方がいいのではないか、と思わせるのは計算なんだろうか。そういうわけにもいかないが。


「……マイアに連絡を。あと、鍛冶師ギルドのギルド長と、騎士団にも知らせておいてくれ」


 俺についている密偵たちがそれぞれ動き始めたことを確認すると、庭に作っている小屋からロープを持ってきた。もちろんただのロープではなく、捕縛専用の魔術品だ。

 対象が何であれ、INTを判断基準に持つ『束縛(バインド)』と同じ効果を持つものだ。人であれモンスターであれ、それ以外の何かであれ、高確率で捕縛をしてくれるものだ。

 そんなわけで、門越しに投げると秘書をぐるぐるに縛り上げ、ロープの端は地面に突き刺さり、潜り込む。


「これ何! 剥がせない! 壊せない!」

「……魔術職人謹製の暴徒鎮圧用の武装だからな。あんたが人間じゃなくてもこれを解除するのは無理だよ。多分な」


 いや、別に謹んで作ったわけではないんだが。あくまでも自慢の逸品というだけだ。

 ちなみに、こういったことが発生する可能性が高かったため、門の近くで何か魔術品が発動したり、魔術が行使された場合はこの辺りの『認識阻害』や『吸音効果』が発生する。この家の住人や住人以外で許可されたものを除く全ての存在に対し有効なものだ。

 あくまでも近所迷惑対策だ。『魔力吸収』や『麻痺』、『気絶』なんかもつけたかったが、そこまで厳重にしてしまうと色々なところを敵に回しそうだったためやめた。

 相手を無効化にする方法はあと幾つかあるが、条件を細かく設定することが難しいため簡単なものだけになってしまった。『レジェンド』の中でも複雑な効果を持つものはあったが、それはプレイヤー側で作成できるものではなかった。



「……これはどういう状態なんだ?」

「誘拐、というか拉致未遂の現場といえばいいのか、まあ、そんな感じだ。そいつ、危ないから近づくなよ?」

「確かにお主が攫われそうだと聞き、来たが。実際にはこやつが攫われそうに見えるが?」


 騎士団を連れたマイアが呆れたように俺に質問をしてきた。

 縛られジタバタとしている姿は確かに誘拐をされようとして抵抗しているようにも見えなくない。

 ただ、人造物にはあくまでも下された命令を実行するか、失敗したときは簡単なルーチンをこなすことしかできない。上位のホムンクルスにまでなればもっと自分で判断が出来るようになるが、そこまでの知能は恐らくない、んだろう。

 まあ、顔を合わせたのも1度だけだし、正確なところは掴めない。むしろ、問題はそこじゃないし。

 ちなみにマイアが出てきた時点で門から外に出ている。家に招くには色々と準備が必要だが、だからといって門越しに話すのは失礼すぎるだろう。


「それは恐らくゴーレムだよ。多分、マイアですらまともにやりあえないような相手なんだし、とりあえず大元をどうにかするのが先だと思うぞ?」

 正攻法ではまず勝ち目はないだろう。マイアは魔術だけではなく体術も剣術もそこそこにいけるらしいが、人造生命体をどうこうするには色々と足りないだろう。

 ……俺は恐らく本気を出せば勝てるだろう。試したいとは思わないから、あくまでも想定する中での話だが。

 と、全く別の事で不思議に思っている。ゴーレムとは人造のものだ。通常、人造生命体については、生命体とは言っているが正確には有機化合物といった方が正しいだろう。

 生命活動はある一定度行っているが、それに魂はなく、プログラミングされた簡単な受け答えしかできない。今はそれに近い状態だが、先日見た限りでは変わった女、としてしか認識はされなかった。

 俺の知識の問題か、あるいはこのゴーレムが特別製か。人に近い見かけで身体能力が異常に高く、恐らく複数回の改造を行っているだろうから後者だとは思うが。


「……そうか。誰の持ち物かはわかるか?」

「昨日、錬金術師ギルドに行ったときにギルド長に従ってたよ。さっきもギルマス(ギルド長)は一度言い始めたら聞かないってこいつ自身が言ってたな」

「ソラ、今度は何をしでかした」

「何もしていないとは言わないが、態度にむかついたからちょっと挑発をしたら釣れたってところか?」


 呆れたようなマイアの視線を軽くそらす。俺も少しは嫌がらせがあるとは思っていたが、ここまで短絡的な方法で来るとは思っていなかった。

 ともあれ、まあ起こってしまったことは起こってしまったことだ。次は気を付ければいいだけ、ではないんだろうな。


「お主はこの町で有名なんだぞ。何も品行方正であれとは言わん。だが、少しは自分の行動や発言というものに少しは気を付けろ」

「……だよな。今後は気を付けるよ。迷惑かけて悪いな」

「い、いや。そうはいってもまだお主も幼い。多少気を付けてくれれば、今はそれでいい」


 素直に反省しているのがよほど予想外だったのか、やけに慌てたようにマイアが言葉を続ける。とはいえ、成人する前という意味ではマイアも同じだと思うんだが。

 気遣うように俺の目線の高さに合わせやや中腰気味になる。女性でそこまで身長の高いわけではないが、それでも俺より10cm位高い。

 ……外見で認識をされているのはまだ続いているようだ。

 10歳になったことは言っているし、プレゼントだと言って妙なペンダントを贈ってきたことを忘れたのだろうか?

 やけに豪華なそれは目立つ上に恐らく非常に高価なんだろう。マイアも贈った割には普段は身に着けるな、と言っていたため家にある保管庫に収納している。アイテムボックスに収納してもいいんだが、素材収集を行う際にこっそりと自分用の素材を確保している。そのため、有限であるアイテム枠は出来るだけ確保しておきたい。


「では、私はやることがある。お主は大人しくしておるのだぞ?」


 何か気に入ったのか、俺の頬や髪を撫で、騎士数人がかりで秘書を連行させながらマイアは去っていった。それにしてもマイアのコミュニケーションというか、何というかはどうしたらいいのか。

 ちなみに、アクセサリーを予約したり取りに来る女性客にもよく髪を撫でられる。恐らく俺を職人ではなく店番の子供としか思っていないんだろう。

 逆に冒険者で俺が職人であり、多少動けると知っている冒険者からはそういったことはされない。よく手解きをしようと誘ってくるんだが、そんな時間はないため丁重に断っている。

 心遣い自体は嬉しいは嬉しいんだが、俺の体力で大剣だの大槌だの槍だの重装備を勧めて来るのは明らかに自分の使える武器を作ってほしいと言われているようなものだ。

 ハルバード以外は片手剣、それも直刀と細剣という比較的速度重視の装備しか作っていないため、もう数本()ってほしいという依頼は鍛冶師ギルドからも上がっている。

 別段作ること自体は問題ない。鍛冶自体は楽しいし、何よりも追加効果を何にするのか、細かい装飾はどうするのか、設計図を作る時が最近は一番楽しい。あくまでも仕事の中では、だが。



 マイアの指示通り、いつも通り食事をとり、いつも通りサンパーニャに出て、いつも通りアクセ作りをしつつ来た職人や客の対応を行う。

 今日の店番は俺とジェシィさんだ。俺とお姉さんにジェシィさんが基本的に店番をすることになり、週に1回と半日の休みだったのが2回になった。定休日+シフト休といった感じか。

 俺は見習い研修や他の工房への出張がたびたびあるためお姉さん1人では回せなくなり、リハビリ中のジェシィさんに役目が回ってきた。元々ジェシィさんの店だし、俺も異論はない。

 リハビリは工房でもできるし、ここでは隠蔽用の魔法陣を設置するのも簡単だ。魔術を使っての回復もたまに行っている。恐らく神経自体もよくなってきているため、あとは精神的な問題だろう。魔術でリラックスすることはできても、それを完全に癒せるのは本人次第だと思う。

 そんなわけで、今はジェシィさんに相談しながら新しい武器の設計図を描いている。ジェシィさんは純粋な魔術職人で鍛冶の知識はないため、付与する効果とその方向性についてだけだが。

 そもそも本来サンパーニャにも炉はあるが、武器を打つためのものではなく、魔術品を作るための金属に熱を加え、変形させやすくするためのものだ。そのため、俺が鍛冶を行うのは他の鍛冶工房に炉を借りるか、鍛冶師ギルドの炉を使うかになる。

 俺の工房でスキルを使って作ることは幾らでも可能だが、それは世の中には出せないものが多すぎる。

 俺が取っていたスキルが特殊なものが多かったのもそうだが、スキルを使った場合、うまく調整する(落とす)ことが難しい。簡単に+5以上がついてしまうし、追加の能力も最大で6つついてしまう。

 そんな危険物を保有している俺はさながら爆薬保管庫だが、それでも武器を使うより魔術を使った方が早い。この世界では魔術を使うことが色々制約があり面倒だからその機会もないとは思うんだが。

 それはともかく。他の魔術職人にはできない、ある程度効果を決めてつけることができる俺が作る武器は形状と素材さえ決めてしまえばあとは何とでもなる。

 そんなことは鍛冶師にも魔術職人にもできないらしいが、原理は俺にもわからない。出来るものはできるから仕方ない、と言っているがあまり納得はされていない。『ソラだから』で最近終わらせられているのが少々不満ではあるが。



「私はお主に大人しくしていろ、といったよな? 何故店に出ている」

「今日は店で一日居たんだから大人しくしてただろ? 急に家に引き込んだ方が何があったか邪推する奴の方が多いぞ?」


 俺を知っているのは俺の身内以外ではサンパーニャの職人、鍛冶師ギルドの見習いの研修係、よくわからない高性能な武具を作り出すちびっこ職人、など不名誉なものが一部含まれるがそんな感じのものだ。

 休みのパターンもある程度知られており、行動範囲もそうだ。注目を集めている、といえば聞こえはいいが監視されて、もいるがあまり不特定多数にそうされるのは心地いいものではない。

 疲れたような、諦めたような表情で問い詰めようとしてくるマイアに伝えるのは当然の内容だけだ。別に重要人物とは自分自身思っていないが、関わる人間が多い以上、大人しくしているということはいつも通り、ただ必要以上色々な場所に出向かない、といったことしかできないだろう。

 そうなると、問題は採取だ。前回程度の獣やモンスター程度であれば問題ない。冒険者や学生の質にもよるが、そこまで大きな問題にはならないだろう。

 あれ以上のモンスターが出てきたり、あるいは採取する素材の品質をどれだけ見極められるのか。そこはどこまでか、ということは正直わからない。素材不足であることは変わらないため、運搬役を何人か雇ってごっそりと素材を確保したり、他のギルドと連携してみるのもありだとは思うんだが、俺が決められることじゃない。

 打診はしてみるが、利権だの何だのでうまくいかない可能性が高い。

 少なくとも、大きな被害が出ない限り、そこはどうしようもないんだろう。


「そうか。確かにこの町ではお主を知るものは少なくない。では、少しの間だけだが、王都に来てみないか?」


 この姫は、本当に何を言い出すんだ。真面目な表情でそう言い放つマイアに小さくため息をついた。


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