第24話。たくらみごと。
こんな所では何だから、と移動をするのは何度目か。
最近出来たらしい、こじんまりとした喫茶店でご満悦とした表情を浮かべていることねは何がしたいんだろうか。
そもそも、何故一人で出歩いているのか。何故俺を連れてきたのか。
「で、落ち着いたところ申し訳ないが、どうした?」
「君とは落ち着いて話す機会がなかったなって思ってね。お姫さまは中々時間がないみたいだし、私も暇を持て余してるから」
暇を持て余すのは、正直わかる。この世界には暇つぶしの道具が非常に少ない。
俺や渚のような、この世界とは違う世界を体験した人間にとって、割と町の中は退屈だ。
男女の差はあれど、いや女性だからこそこの世界での暇つぶしというものを探すのは難しいかもしれない。
「紅茶はあるのに砂糖がほとんどないから甘いケーキもないし、クッキーとかもない。
甘いものといえば果物くらいしかないから食の楽しみもあまりないんだよね。
まあ、ここ数か月でパンが劇的に柔らかくなったって言ってたからそれが救いなんだけど、他の食事そんなにおいしくないんだよね」
「そうか。よくわからんが、大変だな」
ことねが何を考えて俺にそんな話をしているかはわからないが、世間話程度に思っておこう。
何がどう作用するかはわからないから、俺のことは黙っておくのが賢明だろう。
「鍛冶師くんは、何か面白いこと知らない?」
「といわれてもだな。俺はあんたが何を好むかも知らないし、こっちに引っ越してきてからほとんど仕事漬けだからな。
ソフィアやアンジェに聞いた方が早いと思うぞ?」
「ああ、あの幼馴染集団だっけ? こっちのお姫さまに近いから、うちのお姫さまの立場もあるし、中々近寄りづらいんだよね」
マイアとトール達は俺やハッフル氏と近いため、4人が入学してすぐにマイアが近づいたらしい。
それで色々と問題も発生したため、ことねやオウラの判断は間違っていないだろう。
「じゃ、俺では役には立てなさそうだな。この周辺も含めて、行ったことがないところの方が多いからな」
「そっか、残念。じゃあ、私が面白そうなところを探しておくから、鍛冶師くんはその時付き合ってね」
いつの間に鍛冶師さん、から鍛冶師くんに変わったかはわからないが、約束を取り付けると嬉しそうに笑った。
大した問題も持ってこなかったからまあいいとしよう。日本円しか持っておらず、俺が代金を立て替えたことすら大した問題じゃない。
むしろ、今の問題は街道整備だ。しばらく外での採取ができなくなり、外から入ってきていた素材もモンスターの活性化に伴い流通が滞りがちだ。
しばらくこの状態が続くと、そもそも先に食料に問題が発生する可能性がある。
そのため、一計を案じることにした。足りないのは主に鉱石とモンスターの素材だ。
詳しくは知らないが、モンスターの素材を利用することで、モンスターが近づき辛くすることができるらしい。
そのためにはモンスターを退治するのが一番だ。前いたような正体不明の敵がいるのであれば別だが、いるかいないかわからないような相手はそれはそれで調査が必要だろうが心配していても始まらない。
そんなわけで、相談相手は父と渚だ。それぞれの役割が異なるため、別々に相談をするが。
「父は最近外に狩りには出かけてる?」
「ここしばらくはあまり多くの場所には出られていないね。街道沿いの草原なんかは出てはいるけど、外れた所は入り込まないよう規制が出ているから」
つまるところ、今のところは一応狩りなどはできているようだ。
そして、詳しく話を聞くと正体不明の敵に関しては今のところ他に目撃、ではなく遭遇例はないらしい。
警戒は必要だろうが、まずは素材を確保するために動き出した方がいいだろう。
と、そこまではいいが、渚と話をするにはどうしたらいいか。
まあ、どちらにせよ、素材収集のためには職人が外に出る許可を得る必要があるし、渚に渡した魔術品のメンテを理由に話すこともできるか。
そうと決まれば、マイアと会う約束を取り付ける必要があるか。
昨日の今日で学園に行くという愚行は行わない。
約束を取り付けるのであれば、マイアに比較的簡単に出会える相手に話をして貰えればいいだけだ。
そんなわけで、幼馴染4人組の誰かには会うだろうと中央広場を歩いていると、こちらの思惑通り、スコットがいるのを発見した。
「よ、スコット。今平気か?」
「ソラか。ああ、どうしたんだ」
スコットにマイアへの約束を取り次ぐことができるかどうかを確認する。
困ったような顔で確約はできないが、と頷く様子を見ると、スコット自身はマイアとの関わりは薄いのかもしれない。
まあ、マイアに声をかけるのはあくまでも渚のことが主目的だ。収集に関してはギルド経由でもおそらく話は回るだろう。
あとは、異世界の存在であるとわかっている渚から幾つかのアイデアを引き出させるということも、場合によってはありかもしれない。
……あくまでも、そう見せるだけで恐らくは俺自身の持っているスキルでどうにかできる範囲になるんだろうが。
サンパーニャに顔を出して、そのまま鍛冶師ギルドへ向かう。
素材の買い出しや、非常に不本意だが、鍛冶師の見習いの研修係とやらを要求されたためだ。
『熾天使の祝福・模造品』を鋳造でも鍛造でも、寸分の狂いもなく作り上げたのがまずかったのか、それとも今はある冒険者に預けている『雷鳴の槍斧』を作ったのがいけなかったのか。
とにかく、特にまだまだなって間もない新人鍛冶師見習いの面倒を週一で行っている。そんな時間があればお姉さんに指導をするべきなんだが、お姉さんには父親で元々の工房主であるジェシィさんがいる。そちらを優先するわけにはいかないんだろう。
素材の購入はあまりいい品もなかったためすぐに終わった。サンパーニャで使う分と俺個人が研究用に買うもの。それぞれを配送してもらうよう手配したらそれで終わりだ。
素材購入はギルド員でなくても購入が可能なので、それは1階で行い、ギルド員しか入れない2階の小さな工房で研修を行う。
座学自体は職人にはほとんど必要ない。注文を取るための文字の読み書きや、図面の引き方、あるいは売買時の計算などは出来なければ職人にはなれない。
そのため、そういった必要な知識については事前に独学や所属する工房、あるいは家庭教師などに教えてもらうのが一般的なようだ。
とはいえ、文字については基本的なものさえ覚えればいいし、図面に至っては工房にある、必要な幾つかだけ覚えればいいらしく、高度な内容までは中々覚える機会自体がないようだ。
勿論、ここでも俺の知識を揮う、ということはしない。歪みや手順が間違っていないか、あるいは根本的な間違いがないかだけ確認し、見つけた所については随時指摘をする。
最初は自分たちよりも年齢が下の相手に教えを乞う、ということについて我慢ならなかったようだが、面白がったおやっさんや鍛冶師ギルドのギルド長が俺対その場で納得できない全員で装備一式を作るように言い、スキルのおかげではあるものの、圧勝したところで渋々である者が大半ではあるものの、その立場に落ち着いた。
俺が作った装備一式が3階の正面に飾られているのは納得がいかないが。
何度か質問に答えていると、俺に客だとギルドの受付担当が呼びに来た。
珍しい、と思いつつも1階に降りた所、待っていた相手は俺が知らない相手だった。
腰に剣を提げ、軽装ではあるものの鎧などを装備したそれは、冒険者だろう。サンパーニャでも見覚えのない男が俺を指名してくるのは何か。首をかしげながらそれを観察していると、値踏みをしているのか、不機嫌そうに口を開いた。
「お前が、『蒼の細剣』を作ったのか?」
「客か? 確かにあれは俺が作ったもんだが、貸し出しをしてるもんだ。売りもんじゃないし、今は忙しくてこれ以上作るつもりはない」
何人かの冒険者、特にサンパーニャの常連で、先の救出を手伝ってもらった人には貸し出しをしたが、まだ時間や素材に余裕があったからだ。
そのパーティーのメンバーやたまたま出会った他の冒険者が俺に武器を作ってほしいと言ってくることは多い。
貸し出しの際は又貸しを防ぐために特殊な符で貸し出した本人と貸し出し元しか使えないようになっているため、奪い取るということができず、俺に作るよう依頼をわざわざしてくる。
「金なら出す。材料だって、持ち込みなら問題ないだろう」
「時間の問題だって言ってんだろ? それに、俺以外にだって職人はいる。そっちに頼め」
交渉はしない。そう態度で示すため踵を返し、戻ろうとしたところ肩を掴まれる。そのまま無理やり振り返らせようとでもしたのか、力を込めた瞬間、男の方が吹き飛ばされる。
「ギルドでそこに所属するものへの暴行は禁止されてんだよ。分かったらとっとと帰れ」
へたり込んでる男に今度こそ背中を向けると2階の工房へ戻る。
それまでに向けられる視線は無視だ。普通は暴行されてもここまでの反応はしないのはわかっている。
レシピの提供やこれまでの功績だとかで一般のギルド員よりも扱いが上になっているらしい。まあ、恐らくそれも研修係にさせるための口実なんだろうが。
ギルドでの研修を終え、サンパーニャに改めて顔を出そうとしたところに、さっきの男が待ち伏せをしていたのもむしろ想定の範囲内だ。
ギルドでは建物内の魔法陣により俺に対し有効な手段が取れないのはわかったんだろうが、甘い。
派手に何かをするつもりがなかったため、一度敢えて捕まってみた。抵抗をしないことに気をよくしたのか、既に暗くなった道を興奮気味に俺を抱えて走り出す男に魔術をぶっぱなしたくなるのを我慢したのは俺が成長した証だろうか。いや、人相手に魔術を放ったのは回復や補助、あるいは『レジェンド』の戦争中くらいだったが。
最初からそのつもりだったのか。目隠しと猿轡、それに手と足を布で縛られた俺がどこかに放り投げられたのはしばらくしてからだ。
「本当に誘拐したのか?」
「ああ。これであの方へのいい土産になる」
『気配探知』をして確認をすると周囲にいるのは2人だけ。誰に依頼をされたかはわからないが、最初からこうすることが目的だったらしい。
つーか、目隠しも何もかも全て普通の布だ。単なる子供ならそれで済んだんだろうが、俺には通用しない。
もう少し内情を知りたかったが、成功したことへの祝杯か、さっさと酒を飲み始める莫迦どもからこれ以上情報を引き出すことも現状ではできないだろう。
装備欄に登録をされていた拘束するための諸々を装備から外すと、俺の自由は回復する。誰かが来ても見え辛くするためか、暗がりに放置されていたため、未だに酒盛りを続ける奴らには少しやり返しても問題ないだろう。
「我に仇なす者には千なる戒めを。戒めは鎖、鎖は仇なす者を縛り付ける。『鎖状麻痺』」
麻痺の中でも初級のものだが、INT+DEX+Lvを判断基準に持つそれは恐らく回避出来るものではないだろう。
実際、2人とも何が起こったかも理解ができないままだろうが、白目を剥いてピクピクと震えている。
まあ、ここはこれでいい。ただ、俺が何の目的で誰に狙われているのか確認する必要がある。
いや、俺が狙いであるかどうかも含めて、か。……俺1人の問題ではない以上、色々と巻き込むか。
俺が出た場所は想像の通り、ドブ板通りだった。比較的他の場所へ近い場所で、この前の騒動の所とも別の場所だ。
アイテムボックスから1つアイテムを取り出し、使用する。それは極力煙を上げずに上昇し、5m程度上がった所でバチバチと線香花火のような光を上げ、すぐに消える。
これは何かあったときに使え、とマイアから貰っていたものだ。特殊な魔術品の1つで、これが騎士団と魔術師団にある水晶に反応し、どこで誰が上げたものか判断できるらしい。
俺が上げた場合でも至急急行するようにきつく命令をしておく、とマイアが言っていたものの、果たしてどうなるか。
同じものを複数貰っているし、まずはテストついでに今回は使ってみたんだが。
20分もせずに、フル装備の騎士団と魔術師団を率いたマイアが来たのにドン引きしたのは当然だが俺だけの秘密だ。
「ソラ! 大丈夫か!」
「ああ。……思ったよりも多いな。これだったら、黒幕まで引きずり出した方が正解か?」
俺を心配してか、ぺたぺたと無遠慮に触ってくるマイアを払うこともできず、好きにさせながら考えを巡らせる。
「うん? 黒幕、とはどうした?」
「いや、この中に俺を誘拐した奴らを転がしてるんだが、あの方へのいい土産になる、って言っててな。自白剤でも飲ませて吐かせようと思って。で、いつまで触ってるんだ?」
何故かいつまでも俺の頬を撫でているマイアを睨み、そう言う。
「誘拐された割には、元気そうだが……」
「敢えて無抵抗に誘拐されたからな。で、俺は魔術職人だ。俺自身が無傷で抜け出すことも、あいつらを無効化することも特に難しいことじゃないさ」
だったら何で花火を上げたのだ、と不満そうなマイアの耳元で今回の目的を囁く。
「そ、そうか。で……、で、お主はどうしたいと、言うのだ?」
何故か俺が耳元で囁く位の時からマイアの顔は紅い。マイアのことを無遠慮と思ったが、俺も随分と無遠慮な行為をしてしまったらしい。
「ああ。あいつらの後ろに居るのが何かを調べて、叩き潰す。狙われるのは面倒だからな」
「……お主は本当に顔に似合わん言動ばかりしようとするな。で、それを私たちにしろということか?」
口元に笑みを浮かべて笑う。不気味な笑みを浮かべるな、とマイアに呆れられたが、意味が通じればいい。
で、念のため2人の男に金属製の鎖で肢体の自由を奪い、特製ポーション(緑)と自白剤をぶっかける。
ちなみにこの自白剤はお姉さんの偶然の産物で出来上がったものだ。つまり、毒薬ポーションと調合を失敗した特製ポーション(灰色)を混ぜたことによって出来上がった劇物だ。自分やお姉さんで試したことは、まだない。
尋問は騎士団に任せ、俺は装備を確認する。ポーション類は、ポーションバックに装着できそうなものが白が5個に緑が2個、鞄に入れられる大きさの魔術品が4つ、そして念のための水と風の魔具がそれぞれ1つずつ。
そういったものを使わざるを得ない相手でなければいいんだが、この町ですら勢力図なんかもほとんど知らない。本来であれば自白させたうえでマイアや周囲の大人に確認しようと思っていたところだったため、マイアの登場は都合がいい。
「……黒幕が分かった。これに関しては、私が対応する。全く、このようなことをしている場合ではないというのに」
マイアが重々しくため息をつく。となると、王族か貴族か、といったところだが、王族であればもっと強権でどうにかする可能性が高い。
そうなれば、周辺や王城があるあたりの貴族という可能性が高いか。俺は巻き込まれたくないため、気づかぬふりをするが。
誘拐をされたため、しばらく俺に警護がつくらしい。行動を制限されるのはやめてほしいとは言ったものの、ただでさえ少ない、実戦経験の少ない魔術職人を放置しておくわけにはいかないと言われ、渋々つけることに了承した。
家の中には入らせないし、必要だったら撒けばいいんだしな。
密偵を2人つける、といいつつ3人つけているのは俺が振り切るのを予想してか。『気配探知』で居場所を把握しているため何の意味もないが。
そんな追跡に気づかぬふりをして、サンパーニャに戻った。
「あれ? ソラくん、遅かったね。もう帰ろうと思ってたんだけど」
「ちょっと色々と長引いてね。俺もちょっと寄ってみて灯りがついていなかったらそのまま帰るつもりだったよ」
不思議そうな顔をするお姉さんに今日何かあったか聞いてみる。特に大きな変わりはなく、予約分の仕上げもうまく出来たらしい。
普段より遅い時間までいたということは、根を詰めるような仕事だったんだろう。少し前と比べ、1人でどうにかしないと、といった必死さはない。
ただ、ちゃんと職人としての自覚は持ってきたからこそ、あとはどれだけ自分の腕を伸ばせるか、が問題だろう。
閉店作業を一緒に行い、お姉さんを送って自分も帰路につく。もちろん俺に密偵がついているということはお姉さんには言わない。マイアが俺にしか密偵をつけていないのは、どこぞの貴族の狙いが俺個人だからだろう。
手段を選ばずに俺の周囲を狙ってくるのなら別だが、マイアやオウラがいるこの町でできることではないだろう。
そんなわけで、密偵が敷地内に入り込めないことを確認し、届いていた素材を一旦アイテムボックスへ突っ込む。
アイテムボックスで鑑定を行い、不備がないことが把握できたため、今日はもう寝ることにしよう。
今日は色々なことがありすぎた。今日中に本来しなければならないことも終わったし、眠ってしまおう。
俺は、この世界に生まれ変わってあまり夢を見た記憶がない。恐らく正確には、見た夢を覚えていないだけなんだとは思われるが。
だから、この夢も、きっと起きた頃には覚えていないんだろう。それはただ俺が求めていた夢だったのかもしれない。
ただ、それは求めてはいけないことはわかっているし、実現もしえない。だから、疲れている今だけは、それに溺れてしまいたかった。
何故か異常に目覚めの悪い朝は何をしてもうまくいかない。料理、は最近は基本的に母任せだからいいとして、アイテムボックスに収納した素材はそのまま持ってきたわりには鞄の中に入れるものを忘れ、中央広場ではトールにぶつかられて、お姉さんからはポーションをぶっかけられた。
それでも前世、というか前の自分というか、に比べたらついていないわけではないと思えるのが我ながらとんでもないと思う。
むしろ存在意義が不明というか、高いか低いかもわからないがLUC50あるんだから、まあ恐らく多少はましにはなっているんだろう。
いや、LUC自体のステータス定義はわかるんだが、どこまでそれが活かせているかわからない、という意味でだ。
「ソラ、スコットからお主が呼んでいると聞いたが、何の用件か?」
「……一応、約束を取り次いでほしいといっただけですぐに来てほしいというわけではなかったんだが。
まあ、今はほかに誰もいないし、しばらく戻ってくることもないはずだ。丁度いいと言えばよかったんだが、時間大丈夫なのか?」
「あまり時間はない、というのが正直なところだ。だが、昨日のこともあるし、話さなければならないとは思っていた」
「昨日のことは、ここでどこまで話せるか、だな。その前に、職人が外に採取に出られるかどうかを確認したい」
「ああ。そういえば、ここしばらく町の往来が制限されているな。お主が騎士や魔術師に守られて、ということであれば何とかなるが、職人がというのは難しいな」
「俺1人だけ出ても、大した荷物も運べないからな。職人でなくても誰でもいいんだが、必要な素材だけを集めるというのは他の職業だと難しいだろ?
本来なら、荷物運びも含めて人を雇いたい所なんだけどな」
ふむ、といった感じに顎に手を添え考えるマイアに今の現状を伝える。街道整備も魔除けも本格的に魔王が活動をする前に強化をしたい。魔王のことはマイアにも言えないが。
ともかく、人や物の流れが滞るのは職人だけではなく、全ての人が困ることだ。むしろ、税なんかをうまく納めることができなければ貴族や王族も困るだろう。
つまり、国家の問題でもあるからどうにかしろ、と含みを持たせると困ったようにマイアが視線を逸らす。珍しいこともあるものだ。
常在戦争を心がけてでもいるのか、マイアは困ったことが発生しても目をそらすことはない。年下で背も低い俺に対しては特にだ。
ただ、人を雇える余裕がないというのは困った話だ。採取自体は10人規模で行おうと思っていたし、恐らくマイアも同じだろう。
1人に対し1人で守る、ということも対峙するモンスターの数次第では非常に厳しい。そうなると、理想は4人で1人を守る。その上で全体を統括する人物が複数居た方が現状では好ましい。そう考えると大隊規模か。確かにそれは躊躇するな。
「なら、時期や場所をずらしてってことだったらどうだ?」
「そうだな、一度に2~3人であればどうにかなる、と思う。ただ、それでも分隊規模を動かそうと思うと時間もかかる。それに、ある程度自分の身を守れる必要があるぞ?」
「なら、適当なのは6人程度だ。……とはいえ、隊列はどうするんだ? パーティーによっては冒険者だけじゃ足りないだろ?」
「そうだな。まず、圧倒的に魔術師の数が足りない。次に、今集団戦闘のできるようなパーティーがこの町にいるという報告は受けていない。騎士団と魔術師団を動かすしかなさそうだな」
「動かすこと自体は問題ないとは思うんだが、鍛冶師ギルドの採取のために騎士団だの魔術師団が動くのは妙じゃないか? 誰が指揮とるんだよ」
騎士団や魔術師団は王族の直轄だ。ただでさえ魔術師は魔具がなければなれないため、平民がなることは非常に難しい。
トール達もハッフル氏に会っていなければ今の道はないだろう。
平民出の魔術師はそういう意味では非常に貴重だ。ただ、与えられる魔具の性能上、あまり強い魔術を行使することはできず、固定砲台よろしく特定の魔術を言われるがまま打ち続けるのが常らしい。
そうなると、実戦で役に立つのはあくまでも豪商や氏族の子弟や貴族そのものだろう。
リオナ辺りであればそこそこいい魔具は持っているだろうが、性格を考えると中々難しいものがあるだろう。
そうなると、必然的に魔術師は貴族やそれに近いものになるだろう。使えればそこらへんは正直何でもいいんだが、大人しく指揮下に入るとは思えない。
「そうだな。なら私が」
「却下だ」
わざわざ姫に危険が及ぶことを良しとする者はいないだろう。やむを得ぬ場合は仕方ないとして、そうでない場合に出ることはできない。
そうなると、むしろ『俺たち』の領分でどうにかするしかない。
「じゃ、魔術師団以外の魔術師に声をかけてみる。前衛や中衛なら、冒険者なんかでどうにかなるだろ」
「だが、冒険者の魔術師では戦法に限りがあるのではないか?」
「ああ。冒険者の魔術師ならそうかもしれないな」
とはいえ、どこまで協力、ならぬ巻き込めるか。
幾つか案はある。それを現実的な部分まで落とし込みはおやっさんやギルド長に相談してみるか。
「そういや、渚に渡した魔術品の具合はどうだ?」
「ん? そうだな、今のところ正常に動いているが、私も魔術品は詳しくない。メンテナンスも仕事の内、か」
唐突にもほどがあるが、俺の話の切り替えについては慣れているのかそのまま話を続けてくれる。
仕方がないやつめ、といった笑みを向けられるのは若干納得いかないが。
ともあれ、マイアから必要な許可は獲得した。あとは、できることをするだけだ。
「貴殿が計画の責任者になる。という認識で構わないか?」
「実際にできるかどうかは別として、やりたいのがいれば全部投げつけたい勢いではあるんですが」
企画書、というかたたき台を作ってギルド長に提出をしてみた結果がこれだ。まあ、正直やりたがる奴がいれば顔を見てみたい。
各方面に手を広げすぎていて、時間や対象の人数は絞れるとは思うが、許可を得るということでは先ほどのマイアを相手にするよりも非常に面倒だ。
俺も思いついた当初はいいアイデアだとは思ったが、実現させるための問題がいくつかある。そうはいっても、騎士団や魔術師団、あるいは直接魔術師ギルドに持っていくよりは手間はかからないと思ってはいるんだが。
「これが前代未聞である、ということは貴殿も承知の上であろう。ただ、その点面白くもある。これが実現すれば、だが」
「仕込みさえうまくいけば目的自体はそう難しいものではないと思ってます。まあ、その利点を正しく認識できる人が多いことが条件ですが」
それと、デメリットもな。とはいえ、それを全て開示する、あるいは開示しないということについてはどこまで行うべきか。
まあ、それも募集をする際に適宜、といった話だろうが。
「彼らが、どのような判断をするか。それによって我々の将来も大きく変わってしまう、ということもあり得るということだな」
「どこまで、いつまでこの状態が続くか、あるいは悪化するか。それは誰にも分らないんで。街路の整備が終われば、是非は判断されるとは思いますよ」
「それは、我々の真価を問われる問題でもあるということか」
ギルド長は鍛冶師にしては珍しくかけている眼鏡を一度怪しく光らせ、そう嗤った。
鍛冶師ギルドの3階一番奥で密談めいたやり取りを交わした後、次に相談すべき場所として、ハッフル氏の館を訪れた。もちろんハッフル氏そのものに相談しても断られるのは目に見えている。
そんなわけで、氏から出された依頼の確認も含め、意見を聞く程度しかできないだろう。
「成程。魔具については、君に頼んで正解だったねぇ。お金が多少追加でかかるくらいなら問題ないよ。恐らく、試作品ももう作ってるんだよねぇ」
「まあ、動作するかどうかについては器具を使っての魔導テストしかしてないんで、実際にどう動くは使ってみなきゃわかんないんだけどな」
魔具については、魔具を作っても魔術師自らがテストをしなければちゃんと動作をするかどうかわからないのであれば非常に効率が悪い。そのため、魔力を持つものであればどんな属性でも魔力が通るか、それが属性のついた宝石にきちんと魔力が流れるかテストをするための魔術品がある。
それはある程度高額ではあるものの、魔術工房としてはなくてはならない品だ。サンパーニャには勿論、個人で持つことも少なくない。そのため、俺も鍛冶師ギルドを通して購入をしており、自分の工房に設置済みだ。
魔術が使えるかどうかも俺自身は確認できるが、魔術や属性のある魔力を流し込むということは非常にデリケートな問題にあたるらしく、俺も大人しく魔術品を使って検査をした。
ちなみに、そのコアとなる部分については錬金術師が作るものらしく、俺のスキルで作成をしようとしたのは俺だけの秘密だ。
「で、別件でもちょっと相談があるんだが、構わないか?」
「色々と世話にもなってるし、相談を聞くだけなら問題ないねえ」
「面白いことを考えるものだねぇ。まあ、私にはそこまで関係ないし、いいんじゃないかな?」
「アイデア自体は悪くないってことでいいのか? じゃ、あんまそこから逸脱しないように考えてみるか。
で、魔具については後日改めて試作品を持ってくるから、その時は性能を試してもらう」
協力は得られそうにないものの、含みはあるようだが特に反対もされなかった。まあ、そもそもハッフル氏とはいえ、正直協力をされても困るし、想定の範囲で収まってよかった。
それに、どちらにせよ『ハッフル氏には知っておいて貰わなければならない』し。
ただ、何か失念している気はするんだが。
そんなわけで、各所に根回しをした4日後、俺は町の外にいた。おやっさんやサンパーニャの常連客の剣士や槍使いに弓手に密偵、そして、悲壮感漂うトールとスコットがいた。
「……よう、主犯」
「よ、頼りにしてるぞ、2人とも」
俺を睨みつけれても困る。自分で判断したか、ハッフル氏に誘導されたんだろう。まあ、金稼ぎと経験値稼ぎと思って、諦めてくれ。