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魔法使い時々錬金術師のち鍛冶師(仮)  作者: セイ


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第23話。魔具。

 聞き込みに行く、と考えたはいいものの。そもそも俺が氏の行動範囲なんて知るわけがない。

 トールに聞いてみたが、良く分からないとしか返ってこないし、そもそも今は精神状況があまりよくない。

 考え事をして変な方向に走られても困るからひとまず学校へ向かわせた。

 トールの扱いは俺よりも、幼なじみであるあいつらの方が上手いんだろうし。

 そんなわけで、ひとまずは町に出てみたんだがやはり情報が集まらない。

 むしろ最後にハッフル氏を見たのは俺のようだ。

 

 ちなみに、お姉さんに頼まれたお使いは単に荷物を運ぶだけの簡単な本当のお使いだったのでさっさと済ませてある。

 とはいえ、あまり長く店を離れるのも問題だ。

 ただでさえ最近は色々なことに巻き込まれてる。

 退屈だけはしそうにないのがせめてもの救いというべきか。

 

 『気配探査』を行い、酒場や自衛団の詰め所に向かってみたものの情報どころかハッフル氏が居なくなったということすらほとんど出回っていない。という結論しか得られなかった。

 たまたま詰め所にいたジールにも話を聞いてみたが、ハッフル氏に関しては度々そのようなことがある。とだけしか聞くことが出来なかった。

 というのも、ハッフル氏のことになると場の空気がやけに重くなったからだ。

 問題のある人物ではないはずなんだが、どういうことなんだ?

 酒場で話を聞いたときも、ハッフル氏のことを聞くと何かを納得したような雰囲気のあと、何やら無責任なことを言われた覚えがある。

 無理やり聞くべきでもないし、それで下手にこじれるのも避けたい。

 今日は一度引いておくべきだろう。

 

 

 そんなわけである程度話を聞くと、サンパーニャに戻り仕事をすることにした。

 最近は魔術品の、特にオーダーメイド品の需要が増えている。

 お姉さんがそれを全て作れるわけもなく、ジェシィさんも未だリハビリ中だ。

 だから俺がそれを作り、最後の仕上げをお姉さんに任せている。

 とはいえ、お姉さんもそれだけをしているわけではなく、通常のアクセサリ作りやポーション作りをしてもらっている。

 ポーションを作っている、というのは今の町の状況を考えるとそぐわない。

 そぐわないんだが、以前俺が構想していた万能薬の調合をお姉さんがやってみたい、と言っていたので任せている。

 出来上がったものを俺が『鑑定』し、レシピを纏めるということは変わっていないが、お姉さんの不思議な腕前により以前以上に不思議な効果のポーションが出来ている。

 町のポーション売りは日に日に高まる需要に応えるので精一杯で、新たなポーションの開発にまでは至っていないし、様々なものを作ってみるというのもお姉さんのレベルアップに繋がっている。

 どうしてポーションにすら耐久度が付くかは未だに謎なんだが。

 

 

「ソラくん。お疲れ様」

 

「ああ。お姉さんも。じゃ、また明日」

 

 結局閉店時間まで作業を続け、いつも通りにお姉さんと店を閉め別れた。

 で、いつも通り帰れれば良かったんだが。何で気付いてしまったんだろうか。

 

 暗い路地裏、そこから聞こえる斬撃音。そして、そこに居るのは探し人。

 昼どうやっても見つからなかった人が、どうしてあっさりと見つかるのか意味が分からない。

 盛大にため息をつきたいが、それは話を聞いてからで構わないだろう。

 ズボンの左太もも裏あたりに収納しているナイフを取り出し、投擲する。

 ナイフというよりも、ほぼ刃のみしかないクナイのようなものに近いそれは、正確に服だけを壁へ張り付ける。

 投擲(とうてき)のスキルをカンスト、までは至っていないがそこそこにあげておいたおかげか。

 まあ、どちらにせよこれで動きは止められた、か?

 

「ハッフル氏。あんた、そういう男が好みなのか?」

 

「まさか。君も中々面白いことを言う」

 

 表情はいつもの通りローブに隠れていて見えないが、普段感じる飄々(ひょうひょう)さがない。

 今は俺に一目もくれず、俺がナイフを投擲した男にしか視線が行っていないようだ。

 

「『魔法遣いの弟子』がガキに援護されるとはな。噂は単なる噂というだけか?」

 

 男は蔑むようにそう鼻で笑うと、刺さったナイフを抜き、放り棄てる。

 にしても、魔法遣いの弟子? ってのは何だ? 言葉通りといえばそうなんだろうが、噂というのも少し気になる。

 

「その子は関係ない。それに、君ごときに力を見せるほど私は易しくないからねぇ」

 

 にやり、というのが相応しいだろう。口元を歪めて笑うハッフル氏は正直怖い。

 怒っている時の母やお姉さんに近いものを感じるし、微妙にハッフル氏の周囲が歪んでいるのは恐らく気のせいではないだろう。

 男はそれに気付いているのか、じりじりとハッフル氏と距離を取り、手に持っているシミターのような曲刀を向けている。

 

「もしかして、俺邪魔?」

 

「手伝ってくれるつもりがないのならここを早く離れたほうがいい。危険だよ」

 

 身構える様子も見せないハッフル氏に言われても説得力はないが、手伝わないのならさっさと逃げろといってるんだろうな。これは。

 

「ま、知り合いがピンチなんだ。たまには『魔法使い』らしく、手伝うことくらいするさ」

 

 俺のその宣言に、2人とも反応する。目の前の子供が魔法を使うとも思ってもみないだろう。

 といっても、本当に魔法を使ってやるほど俺も優しくはないんだが。

 

「繋ぎとめる糸は運命すらも縛る『拘束』」

 

 その言葉に反応し、あらかじめ腕に嵌めていた『魔術品』のブレスレットが派手に光り、鞄に入れておいた糸の束がまるで宙を舞う蛇の如くうねうねと男に飛び、切り払おうとする曲刀すら含め、雁字搦め(がんじがらめ)にしてしまう。

 ナイフも糸もどちらも本来の用途とは外れた使い方だが、護身用としてはうってつけだ。

 

「な、何だ、これは!? このガキ、よくもやりやがったなっ!」

 

「やれやれ。そんなものにしてやられるとはね。全く、もう少し頑張りを見せてくれてもいいんじゃない?」

 

 ハッフル氏も呆れ気味だ。苦笑する姿はどこかいつもと違う気がするんだが、今気にすべきことじゃないな。

 

「ま、抵抗する元気があればまだ足りないか。縛り上げる運命は強固な絆すら打ち壊す『桎梏(しっこく)』」

 

 じたばたと暴れ、拘束から逃れようとする動きをさらに強い拘束に変える。

 その名の通り、両手両足を縛られた男は激しく抵抗するものの、あらがえそうにない。

 遠距離で働きかけられる『魔術品』の作成もこれである程度形になったのも幸いだろう。

 

「ソレは、どれくらい持つのかな?」

 

「恐らく朝になるまでは持つだろ。このまま詰め所まで運べそうか?」

 

「あまりそういった重労働は得意ではないんだけどね。仕方ない、そうすることにしよう」

 

 君には無理だろうからね、というハッフル氏の言葉は聞かないでおいた。

 ちなみに男は束縛されたまま放せだの何だの呻いているが俺もハッフル氏も気にしない。

 というか、こいつは結局何がしたいんだ?

 

 

 あまりの煩さに猿轡をかませ、途中で重くなったのか男を文字通り転がしながら進むハッフル氏をあまり見ないようにしながら夜の町を進み、詰め所に男を引き渡した。

 その際に男が満身創痍だったのは途中でハッフル氏が蹴り飛ばしながら転がしたのが原因だろう。

 ちなみに、最初不機嫌そうだったのが徐々に機嫌が良くなっていったのを見て、ハッフル氏を怒らせるのはよそうと心に決めた。

 

 引き渡した後、そのままハッフル氏から逃げ、もとい別れて帰ろうとしたところ話をしたい、といわれ捕まった。

 機嫌は良さそうだからいいんだが、そもそもこんなに上機嫌なハッフル氏を俺は見たことがない。

 本能が逃げろ、といっているが同時に逃げるとまずい、とも告げている。

 まあ、とりあえず逃げ出すこと自体は可能だろうから話を聞くだけはすることにした。聞かなければそれはそれで面倒なことになりそうだし。

 

「さて。手伝ってくれたことにまず礼を言おう」

 

「い、いや。知り合いが困ってたら手伝うくらいはするだろ、普通」

 

 夜遅いから、という理由で俺はハッフル氏の屋敷に招かれていた。

 詳しい年齢等は不明だが、若い女性であるはずであるハッフル氏の家に夜上がりこむのもどうかとは思うんだが、妙なプレッシャーに負けしぶしぶ同意した。

 ハッフル氏の性格上何かがあるとも思わないんだが。

 

「君は私が何かを教えているわけでもない。単なる顔見知りにしか過ぎない関係でしょう? そうでありながらも私を助けてくれた。それは素晴らしいことじゃないかしら?」

 

 にこやかに、笑ったように見えるハッフル氏。何か、調子狂うな。普段とキャラもだいぶ違う。

 

「俺もこいつの性能テストをしてた最中だっただけだよ。あまり大げさに捉えられても困る」

 

 背筋に嫌なものを感じながらも、鞄の中から糸の束を取り出して見せ、普段通りに話を進めることにした。

 この流れに呑まれるのはまずい、ということはひとまず分かるからだ。

 性能のテストを行いたかったのもまた事実だし。

 

「それでも、礼くらいは言わせて欲しいわ。それともあなたはそれも断るのかしら?」

 

 正直、断りたい。だが、有無を言わせない氏の態度はそれを許さないだろう。はて、礼は強制的にするようなものだったろうか。

 いや、恐らくだがそもそも氏は礼をしたいのではなく。

 

「悪いが、明日も忙しくなりそうなんでね。礼ならトールに言ってくれ。あいつがあんまりあんたを心配していたから動いただけだよ」

 

 不透明だが、何か嫌な予感がする。そんなわけでとっとと逃げ……もとい、帰ることにしよう。

 

「トールにはちゃんと感謝するわ。でも、実際に助けてくれたのは君。私は、あなたにこそ感謝をしたいの」

 

 ぞっとするほど、綺麗に口を笑みに歪めたハッフル氏はゆっくりと俺に近づいてくる。

 逃げ、たいんだが何故かその一挙手一投足から目を外せない。いや、まるで『目を外すな』と命じられているように目が動かせない。

 ふむ。これは、氏の能力か何かか?

 

「で、俺をどうしたいんだ? ハッフル氏よ」

 

「あなたは何もしなくていいの。私を『視ていれば』」

 

 ばさり、とローブが床に落ち、そこには『オンナ』が居た。

 年は17か8くらいか? 異常に顔が整った。いや、顔だけではなくスタイルも乱れのなく、異様に綺麗な、それが。

 怪しく光るその瞳から、目が……離せなくなるとやばそうだから、ひとまず目をそらしてみる。

 そもそも、拘束される趣味は俺はない。違和感のするそれを、無理やり引き離し見えない糸のようなものを断ち切る。

 

「その目、普段から隠すためにローブ羽織ってたんだな」

 

 あれは『魔眼』だのなんだのと言われる類のものだろう。何を強制するものかは知らないが、『レジェンド』でステータス異常、『魅了(チャーム)』だの『石化』だのを引き起こさせる敵が居た。

 灰色のかかった青い瞳はただ綺麗だ。だが、どこか寒々しい。いや、もの悲しげな何かを感じさせる。

 

「これを耐えるだけでなく、理解もするなんて。私の師以来かしら」

 

 嬉しそうに、だがどこか寂しそうに氏は笑う。それも綺麗過ぎる笑みに俺は何を言えばいいか。

 透明すぎるそれは、妙に現実感がない。失礼だとは思うが、ローブを羽織り怪しげに笑う方がよっぽど人らしい。

 

「あんたの師が誰かは知らないが、何で俺に……どんな事しようとしたんだ?」

 

 というか、そもそもこんな夜に俺を屋敷に招く理由が分からない。

 別に礼なら改めて後日でいいだろうし、此処である必要もない。今更気付くというのも、随分とおかしな話だが。

 

「君の実力を知りたかったから、かな。こんな夜が一番私の力を大きくしてしまう。私自身に害はないが、君という存在を知るためにはいい機会だと思ってね」

 

 先ほどより穏やかに笑う氏は見た目の年相応、いや随分と年下のように見える。実際の年を知らない以上、そこは黙っておくが。

 

「随分と迷惑な話だな。そもそも、俺がそれに耐えられる保証もないだろうに」

 

「あなたは、私の師によく似ているから。大仰で尊大で、でも多くの人を引き寄せて。そして何よりも、その容姿がとても可愛らしいところが」

 

 楽しそうに笑う姿に呆れてみる。というか、可愛らしいとはどういう意味だ。

 

「というか、容姿と人を集めるところ以外いいところがないみたいな言い方だな」

 

 大仰や尊大を褒め言葉として受け止められるほど育ちがいいわけでもない。

 むしろ、普段の言葉遣いを窘められているような気がしてならない。

 

「そういうつもりではなかったけど、気にはしているということかしら?」

 

 からかうような氏の言葉に視線をそらす。一応普段言い過ぎないよう気をつけては、いるつもりだ。

 長年染み付いた言葉遣いだからこそ、知らず人を傷つけている可能性もあるが。

 

「それで、実際のところ俺は何のために此処に連れてこられたんだ? あんたの師匠の話をするためか?」

 

「それもいいけど、またの機会にね。『気まぐれな旅人』たる彼を説明するには一夜では足りないから」

 

 過去を思い出しているのか、嬉しさをかみ締めるような笑顔を浮かべる氏はやはりどこか寂しそうだ。

 

「ま、いいんだがな。あんた自身の弟子も、もう少し大事にしてやれよ?」

 

 フードを被り、怪しげな事を言うハッフル氏と今の彼女は重ならない。トールたちに知識を教えている間のハッフル氏がどんなことをしているかは分からないが、決して今のような表情を見せはしないだろう。

 トールが何故ああも氏を大切に思うかは俺の知るところではないが、ああいった表情がフードで自分を隠している氏にはできるようには思えない。

 といっても、フードをしている理由はきちんとあるようだから、外して生活するわけにもいかないだろうけれど。

 

「あの子は、君ほど魔力は強くないわ。いえ、これに抵抗できる『魔術師』はほとんどいない。私としては、これのせいで多少燃費は悪いのが欠点だけれど」

 

 俺はあくまで魔術職人のつもりだ。……ハッフル氏の前では多少派手にやりすぎたきらいもあるが。

 とはいっても、おそらく『状態異常防止』の能力だろう。

 魔術への耐久云々もあるだろうが、未だにそういったスキルがどうなっているかわからない。

 氏へ聞いてみるという選択もあるんだが、あまりそれを選ぶのは得策ではないだろう。

 

「それで? 明日も仕事だし、用がないのであればそろそろ帰りたいんだが?」

 

 氏の笑みが一層深くなる。何か地雷でも踏んだか?

 

「用ね……。今回の事を口外しないことと、それと協力して欲しいことがあるんだけど」

 

「あー……色々面倒そうだから話すことはしねえよ。町の反応を見ても大体分かったし。で、協力して欲しいことって何だ?

 俺が出来る事なんてそうないぞ?」

 

 あえてぶっきらぼうにそう言葉を返す。今の氏にこういった態度はあまりしたくはないが、不機嫌になり俺を追い出してくれるならそっちの方が楽だ。

 

「大丈夫よ。あなたにしか出来ないということはないけれど、おそらくはあなたになら出来る事だから」

 

 ふふっ、と笑う氏。すっげえやな予感がさっきより強く感じる。無理やりに、逃亡はやめておこう。

 家にまで押しかけられかねない。流石に誰かに危害を加えるようなことはしないだろうが、事態がややこしくなる可能性が高そうだ。

 

「ひとまず、用件だけは聞く」

 

 わずかに考えを走らせた後、そう言葉を乗せた。俺になら出来る、という言葉に込められた意味を探るためだ。

 それはつまり、俺がどういった存在なのかハッフル氏がどう理解しているかも知るためではあるんだが。


「魔術職人として、あなたは特異な存在よ。あなたの魔術品のいくつかを見せてもらったことがあるけれど、特にトールに贈ったアンクレット。

 あれは普通の職人で()つにはあまりに異質すぎる。それこそ、一流の鍛冶師と魔術職人が何名も関わらないと作れないようなもの。

 だから、あなたにはこの石を使った魔具を作って欲しい」


 ハッフル氏から渡されたのは小ぶりの、といっても宝石としては大きめの2つの石。

 それ自体は構わないんだが、問題はその石だ。それは当然というべきか、属性石。属性石なんだが、属性が光と闇。

 俺が属性石を作り、魔具を作っている中で気付いたことの1つに、反する属性を持つ石を使い1つの魔具とした場合。

 それを作る事自体は可能なんだが、使うことができない。正確には、片方の属性を使おうとすると、もう片方の属性石も反応し、それぞれが干渉し合ってしまう。

 その結果、威力が弱まるのはまだいいほうで、最悪属性石自体がダメになってしまう。一度そうなってしまうと、耐久力の最大値が著しく下がってしまい、ほぼそれ以降の利用が不可能になってしまう。


「それぞれに対し、魔具として作ればいいんだな?」


 予想通りそれは首を横に振られる。本来なら反属性を使うことが出来ない以上、それを求められることはないはずだがそれを聞くのはよしておこう。

 恐らく、ハッフル氏は……。


「考え込んでいるところ悪いんだけど、出来るだけ早めに用意して欲しいの。今日みたいなことがまた起こるとも限らないし、ね」


 そういう氏の表情は若干疲れているように見える。実際、こういったことはよくあるんだろう。さっきのこともそう考えると頷ける。


「で、あんたの師とやらはソレに対して何かをしたりはしなかったのか?」


「彼の人は力の使い方と付き合い方を教えてくれただけ。それ以上は介入出来ない、とね。ただ、それでも私を守ってくれたことに変わりはないけれど」


 これ以上聞くには俺もある程度の覚悟が必要になりそうだ。ハッフル氏とその師たる『魔法遣い』と呼ばれるそれをある程度探ってみるのも、いいのかもしれないが。


「そうか。……ま、あまり期待せずに待っていてくれ。1週間ほどで結果は報告できると思う」


 ひとまずは受けることにしよう。正直反属性の魔具への対策も無くは無い。ただ、決して安くない魔具を本来使えることの無い反属性のものを作ることがあるだろうか。

 その辺の不安はあるが、ハッフル氏もそれを公表することはまずないだろう。だからこそ受けること自体は問題ないんだが。


「構わないわ。君なら私の期待に応えてくれるはずだもの」


 俺への期待感の高さに引っかかるものはあるが、今の時点でどうしてそう考えているかが分からない。というかずっとにこやかに笑っているのが正直居心地が悪すぎる。


「じゃ、いい加減俺は帰るよ。細かい調整だのはまた後日にしてくれ」


 もう家に帰るべき時間はとっくに過ぎている。門限というものはないが、これ以上遅くなって家族を心配させるのもよくはない。


「そうね。今日の礼も改めてさせてもらうわ。あの子たちにもちゃんとするから、安心して」


 そこは特に心配もしていないんだが。まあ、あいつらも心配しているだろうし、というかトールに対しては伝えておいたほうがいいのかもしれない。


 ひとまず、ハッフル氏の館を出た頃にはそこそこの時間が経っていたのか周囲は暗い。元々帰るときから暗かったが、闇がより深くなったといえばいいか。

 日が変わるほどでもないが、そろそろ眠りに入りそうな時間あたりだろう。トールもトールの両親も普通の時間帯での生活を行っている。

 だからあまり遅くなった状況で行くのも迷惑になりそうだから朝に改めて行くという方が良さそうだろう。

 俺も明日は仕事だし、これ以上遅くまで起きていると明日に響きそうだ。

 というか、歩いてここから家にまで帰るのは地味に辛い。移動用の道具でも何か作るべきか。自転車は人ごみが多すぎて難しい。

 だからといって、古典的魔法使いのようなホウキで空を飛ぶというのも、この世界では決して一般的ではないだろう。

 そうなると現行であるものをと考えると、移動手段で一般的なものは徒歩か乗馬か馬車かとなる。

 結局そうやって選択肢が低い以上何かしら新しく考える必要があるんだが、前俺が構想していたデコトラなんてまず無理だ。

 作ることはある程度材料が手に入った以上、出来なくはないんだろうが運用することは不可能だろう。

 どうせならこの世界でどのような意見が出てくるか。むしろそれを参考にしてしまった方がいいのかもしれない。


 考え事をしながらぼんやりと帰ったのが悪かったのか。そもそもハッフル氏に拘束された時間が長すぎたのか。

 次の日、トールの家に行き忘れそうになったのも眠気と疲れが取れなかったのはむしろ必然だっただろう。

 話した後の安心したような、どこか落ち込んでいるようなトールの表情が若干気になったが、あまり長居はできず、俺はサンパーニャへ向かうことにした。


「ソラくん、おはよう」

「ああ、お姉さん、おはよう」


 いつも通り挨拶を交わすと、予約を受けていた魔術品の作成を始める。

 そういえば、ハッフル氏から依頼されていた魔具についてはここで作ってしまって構わないのだろうか?

 俺としては、反属性を持つ魔具を堂々と作るつもりはない。指摘をされてうまく説明できる気もしないし。

 ただ、魔具を作るというのはサンパーニャとしても必要なことであるのは間違いない。

 どちらか片方の属性のものだけを、とも考えたがそれはそれでどこで人の目に触れるかわからない状態で途中と最終仕上がりが全く異なるようなものを作るつもりもない。

 そうなると、あくまでも俺への依頼ということで、家でこっそりと作った方がいいだろう。

 時間も多少はあるし、試してみたいこともあるしな。


「ソラくん、お使い頼んでもいいかな?」

「予約分はある程度作ったし、大丈夫。ただ、あとでアンドグラシオンに寄らないといけないから、あまり時間がかかるのは難しいんだけど」

「うん、エイナさんの所に追加発注をお願いしたいだけだからそんなに時間はかからないと思うよ。ベディおじさんの所終わったら、今日はあがってもいいからね?」

「約束は夕方頃だから、たぶんちょっと時間余ると思うんだけど、それでもいいなら」


 ソラくんはまた最近働きすぎだから、とお姉さんに店を追い出されてしまった。

 特に俺はそんなつもりはないんだが、工房長の言うことは絶対、と怒られてしまったため厚意に甘えておこう。


 ポーションは今もある程度の数をサンパーニャからも出している。

 ある種のブレイクスルーとなった特製ポーションは町のポーション売りだけでは手が足りず、サンパーニャでも根強い人気商品になっている。

 勿論他の工房でも販売されているため、一定数以上を売るつもりはないんだが。

 ただ、ある種元祖であるサンパーニャのポーションということで販売数は右肩上がりだ。

 元々の契約から卸して貰っている数量を増やしたが、それでも足りない場合があり、その際は都度追加発注をしている。

 それはつまりモンスターの活性化が止まないということを示唆しているため、決していいことではないが。



 普段からやっている追加発注に当然それほど時間がかかるわけでもなく、早々に俺は昼ご飯の確保ついでに町を散策することにした。

 休みの日ではないため、店の常連や他の店の職人に声をかけられることもあったが、それでも相手も暇ではないらしく時間を潰すには至らない。

 たまには露店ではなく、店で昼食をとるのも悪くない。そう思い商業区に足を運んだところ、包みを持ったまま店の前で困ったようにしているルトラーレさん、アンジェの母親だ。が、いた。


「どうしたんですか?」

「あ、ああ。ソラくんかい。娘が弁当を忘れたから届けたいだけど、そろそろお客さんも来る時間だろう? 今日はジェラルがいなくてね」


 困ったとばかりにため息をつくルトラーレさんに代わりに届けることを告げる。

 驚いてはいたものの、本当に困っていたのだろう。俺にせめて食べてくれと果物を少し分けてくれた。

 弁当が入っているであろう包みと、渡された果物を持って、魔法学園へと足を進めることにした。


「許可のないものは立ち入れん」


 当然といえば当然だが、学園の前で門兵なのか、鎧を身にまとった男に止められた。


「だから、弁当を届けたいだけって言ってるだろ。アンジェに取り次いでくれ」

「その者の学年とクラスを言えば取り次ぐ」

「学年は1年だろうけど、クラスは知らん。……事前に確認しとくべきだったか」


 不審者を見る目で見られるのはわかるが、聞いていないものを知っているわけがない。


「どうした? 揉め事か?」

「い、いえ、姫殿下、何でもございません」


 と、次の策を考えていたところマイアがやってきた。タイミングがいいのか悪いのか。


「何でもないというが……ソラではないか。どうした? お主がここまでやってくるなど、珍しいな」

「ああ。アンジェに届け物があって来たんだが、クラスが分からないと取り次げないと言われた。マイア、アンジェのクラスってわかるか?」

「き、貴様! この方をどなたか知っていての無礼か!!」


 マイアが来て敬礼をしていた門兵の顔色が真っ赤になり、腰にぶら下げている剣に手をかける。

 確かに王族にする態度ではないのは重々承知だが、そうしなければ機嫌が悪くなるのは俺のせいではない。


「止めろ。この者は私の友人だ。この者に手をかけようとするのは、私に対し手をかけると同じと思え」

「いやいや。そこまで大袈裟なこと言うと俺もこの人も大変だから止めろ。というか、まだ授業中じゃないのか?」


 赤から青くなる顔は見ていて心配になる。自分の仕事を遂行しているだけなのにイレギュラーで酷い目に遭うのはよくない。……心からそう思う。


「今は実習中だ。私はすでに終わらせているから、次の授業の準備をしようとしたところ門で見慣れた姿があったからな」

「そうか。で、アンジェのクラスは?」

「場所は知っているが、クラス名は教えん。送ってやるから、お主が届ければいいだろう?」

「俺は荷物を届けに来たが、直接送り届けたいとは思わないんだが。それに、部外者は立ち入り禁止だろ?」

「いや、お主は関係者になる。学園へ連れてきたかったが、これまでは理由がなかったからな」

「……今も入る理由にはならないと思うんだが」


 にやり、と笑う我儘姫の説得は無理だ。あっさりと説得を放棄し、門兵を見やる。

 驚愕と不信を秘めた目で見られるのは正直もう慣れている。ポーションを広めた時も、鍛冶師ギルドでのやり取りも、最初はそんな目で見られていたからな。

 とはいえ、どうしたものか。正直マイアと一緒にいるということ自体、通常有り得ないだろう。このまま弁当を押し付けて帰りたいが、王女にパシリをさせたとあればむしろアンジェの立場が悪くなるだろう。

 まあ、逃がさないと獲物を見つけた獣のようなマイアから逃げるのも面倒なことになりそうだし。

 ……『隠密』、『加速』などで直接渡すことも考えたが、魔術を扱う学生や教員がいるのであればバレる可能性もあるんだし、ある意味では一番穏便に済むのかもしれない。とりあえずはそう思っておこう。


 結論としては、やはり無理でした☆

 いや、今回は割とボケている場合ではないんだが。


「姫様、部外者の立ち入りは禁止されています。せめて、我々にご相談ください」

「……では次はそうしよう。私は急いでいるんだ。悪いが、報告はあとでさせてもらう」


 教員に捕まったマイアは不機嫌そうにそういうと俺の手を引っ張っていく。

 そこまではまあ、よくはないがまあいい。問題は、その先すぐに渚とことねが集団に絡まれていることだった。


「いや、俺らはそんなこと思ってたわけではなく、どういったらわかってくれるかな」

「私たち貴族に逆らってどうなると思っているのだ! 平民の分際で!」


 平民と勘違いされた渚とことねが何かをしたらしい。


「どうなると思っているのか、私も教えてもらいたいものだな。グリシアン?」

「ひ、姫様! こ、この平民が私にぶつかってきたのです!」

「ぶつかった所でどうしたのだ。逆らって、といったな。ぶつかっただけでそれが逆らったとなるのか?」

「わ、私は男爵の嫡男です! どうして平民如きにぶつかられなければならないのですか!」

「……これ以上の発言はグリシアン家の名を地に貶めることになる。それでもいいのならば、続けるといい」


 外交問題にもなるな、と俺にだけ聞こえるようにマイアはつぶやく。もし渚やことねを手打ち、というかどうかはわからないが、手を上げようものなら確かに問題になるだろう。

 淡々と話すマイアに、何かしら自分たちがとんでもないことをしようとしていたことが分かったそれらは顔面蒼白になり、足早にそこから立ち去ろうとする。


「この者たちへの謝罪もないのか?」

「も、申し訳ございません」


 絞り出すようにして声を何とかあげたそれは、今度こそ逃げだしていった。


「ソラ、時間をかけさせてしまってすまない。ナギサ、コトネ、話を聞きたい。一緒に来るように」


 アンジェに弁当の包みを渡した後、学園の中でもやけに大きな建物に俺と勇者2人が連れて来られた。

 講堂、のような建物だが、中は空っぽだ。中央に、大きな水晶が設置されているだけで石造りの建物としては随分と簡素な建物だと思う。


「俺の目的は果たしたし、話を聞くのは渚とことねだけで十分だろ。俺は帰らせてもらう」


 嫌な予感しかしない。ここは無理にでも帰るべきだろう。


「まあ、すぐに話は済む。それよりも、連れてきたいと言っただろう? そのまま少し待て」


 事情聴取はすぐに終わり、水晶の前まで俺は連れていかれた。


「さて、ソラ。これに触れてみろ」

「だが断る! どう考えても部外者の俺が触れてよさそうなものでもないだろ?」


 マイアの命令を即座に却下する。

 こんな所に唯一あるものを触れるなんて迂闊な真似は俺にはできない。

 テンプレ的なことを考えると、これは魔具の一種だ。

 で、触ったが最後、俺の全属性持ちの体質がバレ、晴れて自由な日々とさよならをしなければならないだろう。

 何も晴れていないのだが、まあ今の状況であればおそらく、魔術職人たる俺が魔術の適性があり、それを見極めたい程度なんだろう。


「許可は得ている。むしろ、これは断れるものではない。いいから触れてみろ」

「……俺に選択の自由はないのか」


 強権をいきなり持ち出してきた姫にイラっとはするものの、事情を知らない、むしろ様々な力を求めている現状では間違った判断ではないだろう。

 諦めて水晶に手を触れてみたところ、目の前にウィンドウが表示された。


『能力値の開示を要求されています。要求に許可をいたしますか』


 即座に選択肢にある【NO】を突きつける。このウィンドウはおそらく『レジェンド』のゲームの中にあった請求画面だろう。

 イベントやNPCとの応対、あるいは取引や交換などにおける、相手からの請求に対し許諾をするかどうかの画面。

 中にはYESにするまでずっと同じ質問が繰り返されるものもあったが、今回はどうやらそうではないらしい。

 水晶には【N/A】と表示され、それ以上の反応はない。

 おそらくこれはNot applicable、該当なしを示しているんだろう。『レジェンド』内ではそういった要求を退けてもゲーム内のプログラムに沿い、それに相応しい結果を返す。

 ただ、ゲーム内では運営の甘さにニヤリとするだけで終わったが、なぜこの世界でそんな表示がされるのか。

 そもそも、この世界にはプログラムなんて存在しないはずだし、英語もないはずだ。

 俺だけがそのような表示が見えているという可能性もあったが、困惑しているのはマイアも渚もことねも同じだ。おそらく同じものが表示されているんだろう。


「このような反応は初めてだな。お主は、魔力はあるのだよな?」

「自覚はないが、魔術職人である以上その根幹となる魔力はあるんだろ。魔具を使ったこともないからどうかはわからん」


 困惑したままのマイアは何かを考え込んでいる。そして、ブツブツとつぶやく姿は若干怖い。

 少なくとも、俺はそろそろ昼食をとって、おやっさんの店に向かわなければならない。これ以上マイアに付き合っている時間はない。


「俺はそろそろ帰るぞ。……このまま出ても問題ないのか?」

「そうだな。そろそろ交代していてもおかしくない。すまない、私も焦っていたようだ」


 表面的にはまだ激化していない状況で焦るということは、水面下では色々と動いているんだろうか。

 そういう意味では、ただの平民、ただの職人である俺には入っていない情報は多いんだろう。


 マイアではなく、トールに送られた俺は、結局いつも通り露店で軽めに食べ物を購入し、おやっさんの店により、素材の集まり具合、街道設備の進捗具合を確認しあい、終わった。

 我儘姫が持ち込む問題に比べたら、仕事の方がよっぽど楽だ。まあ、問題を持ち込むのは我儘姫だけではないようだが。


「よ、どうした? ことね」


 夕日が差し込む中、ただ静かに佇むことねに、そう声を投げかけた。


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