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第22話。勇者の実力?


 すぐに用意しろと騒ぎ立てる姫たちを視界から外し、オロオロしている渚と何故か落ち着き払っていることねを見やる。


「んで? お前らは何を希望するんだ? 此処で作れるもの、作れないもの。それに時間のかかるもの。まあ色々あるが適当に言ってくれ」


 こいつらが何を出来るのかさっぱり分からないし、俺は体つきを見ただけでそいつが何をしていたのか分かるわけでもない。

 そもそも武器なんてレシピがあるものや形状がわかるものは作れるが、だからといって変にこだわったものを作るのはしんどい。

 そういった依頼があれば当然作るが時間がどうしてもかかる。

 姫たちの様子を窺うに、すぐにでも出発するなんて言い出しかねない。

 理由は判らなくもないが、焦りすぎているようにも感じる。だが、俺の知らない事情も当然あるだろうしそこに関しては深くも関わらないほうが良いんだろうか。


 結局、此処で作ることの出来ない武器だのこの世界にない武器を平気で頼んできた2人を無理やり納得させ、この町でもそこそこの武器商人を仲介することにした。

 俺自身はあまり商人に受けはよくないがそれでも商売柄他の商人と親しくすることもある。

 最大手や老舗の商店は個人的にあまり信用が置けないため、今回は規模は小さいが良いものを取り扱っている店を紹介しておいた。

 武器を専門とした鍛冶職人を紹介するにしてもまずは種類が集まっている場所のほうが良いだろう。

 ことねが俺の持つファルシオンにやけに執着していたが、そろそろメンテナンスの時期だ。

 真剣どころか木刀や竹刀すら扱ったことがないようだし、片刃とは言え危ないだろう。

 そんなわけで紹介だけして追い出そうとしたらマイアに捕まった。

 もしもの時のために一緒についてきて欲しい。だそうだ。


「いや、そこまでする理由は俺にはないよ。そもそもまだ仕事中だ」


「それは分かっている。だが、今は1人でも多く実戦経験を持つ者が必要だ。それも、魔術品を扱えるものが」


「なら冒険者ギルドか自衛団にでも相談してくれ。俺の専門は戦うことじゃないぞ?」


「私からも、お願いするわ」


「お前もどうした。俺がついてくる必要がどこにあるんだ?」


 パートルの70匹程度、魔法さえ使えれば瞬殺とまではいかなくともそう苦労せず倒せるだろう。

 ただ、広域に巣を作っている場合、森への被害が出る可能性が高い。

 何よりそれだけの魔法を行使してバレないのは難しいだろう。

 今ただでさえ不安定な情勢だ。ただでさえ目立つことは避けたいわけだし。


「この地方は元々モンスターの活動があまり行われていない穏やかな場所だ。だからこういった町もあるし、資源も豊富だ。

 王には民や資源を守るための兵の派遣を願ったがすぐに来れるわけでもないし、1人でも状況に応じて動ける人間が必要なんだ」


 それに、今いる兵より私の方が強いしな。と耳打ちされる。

 まあ、平気で姫が抜け出しているし、隠密程度しか警護をほとんどしていないというのもそれが理由なのか?


「オウラはどうなんだ? いや、それ以前に同盟国とはいえ他国で武装だのなんだのはまずいんじゃないのか?」


「同行するのは私とコトネだけ。問題はないわよ」


「王の許可は得ているそうだ。勇者どののモンスターに対する戦闘行為のみだが」


 やけに硬い表情でマイアはそういう。面白くはないだろうが、それを表情に出すのはどうかと思うぞ?


「ま、なら俺がどうこう言う必要はないだろうが、やっぱ俺が出る必要はなさそうだぞ?」


「ソラ、あなたには私とマイア姫の守りをして欲しいの。出来るでしょう?」


「そうだな。森の中では視界もよくない。それにオウラ姫の周りにおける警護の役はあまりいない。ほとんどは討伐だからな」


 オウラにとっては他国だから日常以外での警備としての兵を使えない。その理屈は分からなくはないが、マイアはやはりそれだけではないだろう。


「なら余計に俺が1人出張ったところで意味ないだろ? 魔術品貸すからそれで手を打て」


 商品や試作品はいくつかある。明らかな失敗作や未完成品を渡さなくてもそれなりの数量にはなる。

 機能的に微妙なものもあるにはあるが、ほとんどがそういった森などでの実戦を想定した『魔術工房サンパーニャ』の主力商品の1つだ。


「それはありがたいが、使い慣れていない魔術品をとっさに使うのは無理があるだろう? その意味でもお主はうってつけだ。いいから来い」


「だから俺は単なる鍛冶師だっての! 俺が出ても役に立つとも思えん。他を当たってくれ」


 何でこうなったのか。やけに青い空を見上げながらごちる。

 いや、一介の職人が自国の姫に逆らい続けるのが良くないとか、戦闘の経験のない弟を未知数の相手にぶつけるのが若干だけだが心配だのそういう理由はある。

 だが、そうはいっても俺は散々職人だということを強調しても取り合ってはくれるが、理解という面では正しくしてくれそうにない。

 そんなわけで諦め半分で何人もの兵士に囲まれながら森の中を歩く。

 森の中には『気配探知』によれば合計87匹のパートルと何種類かの複数のモンスター。

 予想以上に多いパートルにこの付近に本来いるはずのないモンスターに気付いたのか、本来はいくつかに班を分け行動するはずだったがことねと渚を前後に配置し、2人の姫と俺を囲むように隊が組まれ行動している。

 一応斥候を出してはいるようだが、それの調査が終わった後に出向けば良いものを何故かその報告を受けながら森の中を進む。

 軽くは忠告してみたが、周りの兵士は苦笑するだけだし、姫たちに至っては討伐にしに来たんだから当然といわんばかりだ。

 ことねと渚は頷きはしたものの、やはり現実感が伴っていないんだろう。緊張感はあまり見えない。

 俺の杞憂であれば問題ないんだが、妙な気配がするんだよな。『気配探知』でも『気配察知』でもない何かに引っ掛かる嫌な予感。

 ファルシオンの柄を握り、それの感覚を確かめると警戒を高めることにした。


「どうした? そんな顔を強張らせて。何か、あるのか?」


「いや、どうだろうな。あるかもしれないし、ないかもしれない。念のため、ってやつだ」


「そう、か。分かった、斥候に気をつけるよう伝えておこう」


 少しだけ考え込むように顎に手を当てマイアが答える。

 さっきの忠告を受け流した割にはどういう心境の変化だ?


「お主は変に人に不安を煽るような事はしないだろう? モンスターがいるのは当然だが、何かを感じたというお主を信じることにするさ」


 間違っていてもそれでより悪くなることはないだろう。とマイアは笑う。

 これで間違ってたらどうすんだ? 妙な気配はするがいまいち自信がない。

 これは俺自身が以前不幸を少しでも回避するべくかどうかはわからないが、その時に感じた悪寒に近い。

 あの時はほとんど回避できなかったが、今は違う。過信するつもりはないが、多少は俺の力も役に立つはずだ。

 出向かないのが一番だったと思うのは今現在進行形で変わっていないが。


「今のところ、予想されていたよりも巣の範囲が広いのと、ここでは見かけないモンスターが報告されているが心配ない。

 元々パートルも人数さえ居れば脅威のある存在でもないからな」


 森をしばらく歩き、その間に集まった情報を纏めたらしいマイアの言葉に渚は緊張気味に頷く。

 こんなに緊張してこいつは大丈夫なのか?


「ねえ、お姫さま。人数さえ居れば脅威じゃないって怪我をしないって意味でかしら?」


「防具をきちんと身につけ、訓練されているのであればそうだろうが。すまないが、勇者殿がどれほどの能力を持っているかは知らない。怪我をしないという保証はしかねる」


 警告をするマイアに反面、やけにことねは自信ありげだ。それが良いとも思えないんだが、オウラもマイアも相手が勇者とはいえ、最初から死地に向かわせることはしないだろう。

 モンスターが居ないであろうルートを進んできたこともあってか森の中でひと休憩しているのも余裕の現われか。

 とはいっても流石に警戒を怠っていることはないようだが。


「で? 俺はどうすれば良いんだ。森の中心部、までは行っていないがそこそこに此処も深い場所だぞ? 巣がどこにあるかは知らないが、囲まれたら終わりじゃないのか?」


 ただ黙ってついてきたわけでもないため森の全貌は俺も掴んではいる。いるんだが、伝える方法がない。

 大きな巣は近くに存在せず、対処出来なさそうなモンスターがいる訳でもなさそうだから構わないんだが、それならそもそも森の外で待っている方が建設的だ。

 勿論それも提案済みだ。即時却下もされたが。


「確かにな。だが、その時は私が守るさ」


 いや、名目上俺に守らせるために連れて来たんだろうに。やっぱ、何か他の思惑でもあるのか?

 そもそも、身辺警護らしき兵の姿は見える限りで10人。討伐部隊と思われる兵も合計で30名ほど。

 あまりに規模にしては少なすぎる。成体のパートルを相手にする程度であれば問題ないのかもしれないが、他にまで対応が出来るかどうかが怪しい。

 まあ、俺がとやかく言うことではないんだろうが。兵も正規の訓練を受けているんだろうし、効率よく動けるんだろう。



 と、懸念していたわりにはあっさりとパートルや他のモンスターの討伐が終わった。

 俺はただ単に姫たちと待っていただけだ。

 戻ってきた兵やことね、渚にも大きな怪我は目立たない。

 若干服が切れていたりするものが居るが、ポーションでも飲んだんだろう。


「ナギサ、大丈夫か? 顔色が良くないようだが」


「えっ? あ、うん。大丈夫だよ、姫様」


「コトネ、お疲れ様」


「ええ。ありがとう」


 それぞれ言葉を交わすのを横目で見ながら、息を吐く。

 危惧していたことは、どうやら何も


「『スイングスラッシュ』」


 俺の手にいつの間にか握られていたファルシオン、そして発動していたスキル。

 虚空を駆け抜けるかと思われたそれは、何かに当たり、霧散していく。


「敵だっ! 散開しろ!」


 どうやら俺が無意識のうちに敵を認識し、攻撃していたらしい。

 『気配探知』を使っても、目の前に敵が居るようには見えないんだが、何故俺は反応した?


「ソラ! 立ち止まるな!」


 マイアの声に、後ろに下がる。どこにいるかは何となくわかるが、考え込んでる場合じゃないか。

 びりびりと空気が振動し、空気の塊のような何かが動き、兵にぶつかっていくたびにそれらを吹き飛ばしていく。


「マイア、あれが何か分かるか?」


「さあな。私はてっきりソラが知っていると思ったんだが。にしても、やっかいだな」


 空気の塊らしきモンスターはまるでかまいたちのように吹っ飛ばした兵の体のどこか一部に大きな切り傷を与えている。

 不幸中の幸いか、やつの動きは直線的なだけで動きさえつかめれば回避は一応可能だ。

 とはいえ、大きく回避することになるしどちらにせよ体力は大きく奪われることになる。

 何より、何度か攻撃を加えてはいるんだがどうもダメージを与えられているようには思えない。


「マイア、オウラ。お前らは先に逃げろ」


「何を言っているの。あなたが逃げるべき。それに、コトネ、ナギサ。あなたたちも」


 あまり体力がないのか、肩で息をしながらそうオウラは言う。


「王女守りながら戦える相手じゃなさそうだろ? 俺は、お前らの護衛役だったと思うんだが?」


 本当は渚にも荷は重そうだが、優先するのはどっちかといえば王族の方だろう。

 無理やり連れて来られたとはいえ、少女を置いて逃げるのは俺の性に合わないというのもあるし。


「それは出来ん。わが国の民を置いて逃げるなど私のすべきことではないからな」


 立派な心がけだとは思うんだが、押し問答してる場合でもない。

 迫ってくるそれを右に避け、そのついでに剣を振りぬく。

 んだが、やはり効果はないらしくそのまま何かを切った感触もなくただ虚空を振りぬくだけ。


 それだけならいいんだが、いい加減学習したのかその場で反転、俺に再度突進をし、そのままぶっ飛ばされる。

 ぶっ飛ばされ、宙に浮くと地面に落ち転がる。

 ぶつかったときにわき腹に爪か何かの鋭利なもので引っ掛かれてその傷に全身の打撲。

 たった一度ぶつかっただけでこうなるとはやはりVIT1の貧弱さゆえか。

 こう考えてるあいだも激痛が全身を駆け巡って碌に動けもしないし。


 持ってきていた鞄の中のポーションも粉々に砕けていたため、アイテムボックスから取り出し、飲み干す。

 これだけの動作が出来るほどの体の余裕があったのが幸いだったか。

 とはいえ、どうするべきか。と、やつが暴れまわっている割には妙に静かだ。

 それと、何かがおかしい。いや、感覚過ぎて何かがどうなのかが分からないが、胸騒ぎとはまた違う、何か。

 これ以上面倒なことにならなきゃいいんだが。


 いつまでも地面に転がって考えているわけにも行かず、立ち上がり元居た場所に戻ったときにその原因が分かった。

 怯えた、というのも姿が見えないから感覚的なものだが恐怖するようなモンスターと、ただ俯いている渚。

 ただ、その場を支配しているのが渚に変わった。それだけのことなんだろう。


「風の精霊。奴を消し去れ『暴虐なる竜巻』」


 ただ、呟いただけのそれ。酷く高慢なそれは、それ以上の傲慢さを持って敵を屠る。

 何もなかった場所に突然現れたそれはただ敵を、いや目の前にあったそれを切り刻み、打ち滅ぼすだけのもの。

 濃厚な死の気配だけを残し、魔術が収まる。


「ナギ、サ? どうしたんだ、一体」


 不安そうな表情を見せるマイアにも渚は反応を見せない。ただ、じっと何かを虚空に眺めているだけだ。


「コトネ、私たちは先に戻るわよ」


「そ、そうね。じゃあ、そういうことだから」


 少し暗い顔をするオウラとことねも言葉少なに立ち去っていく。

 残された兵士も薄気味悪そうに渚を見ている。ったく、どいつもこいつも。


「で、なにがあったんだ? マイア」


「ソ、ソラ。無事だったんだな?」


「見ての通りボロボロだよ。で、こいつ何してんだ?」


 未だに呆けてるバカを指差し、姫に疑問を投げかける。

 最後に何をしたのかは見たが、それまでが不明すぎてさっぱりだ。


「ああ。お主が攻撃されたのを見て、急に雰囲気が変わってな。それにあのモンスターが急に怯えたと思ったらナギサが魔法を使ったんだが、どうも今までに見たことのないものでな」


 やはりマイアも知らない魔術か。魔法学校の生徒なら、いや王族なら俺の知らないことを知っていてもおかしくはないと思ったんだが。


「そうか。……とりあえず正気に戻れ」


 渚に足払いをかけ、体勢を崩させる。

 本当ならさらに鳩尾に一発入れるんだが、姫も兵もいる。そこまではする必要ないだろう。

 これで頭を打ってもんどりを打つと思ったんだが、意外にもそうはならず少し体勢を崩しただけで踏ん張って見せた。


「あ、れ? え、あ?」


「……何かまだ前後不覚みたいだな」


「そのようだな。ナギサは休ませる。ソラ、護衛をつけるから先に戻っていてくれ」


「あー。そういや、オウラたちにも護衛つけるべきだったんじゃねえの? さっさと合流して町に戻っておくわ」


 ドロだらけだし、せめて服だけでも着替えたいものだ。


「ああ。今回のことは改めて謝罪をしたい。悪かったな」


「ま、あんなのが居るとは想定してなかったんだろ? 他の目的がなんだったかはしらないが、これからはあまり巻き込まないでくれよ?」


 ばつの悪そうなマイアに軽く笑って見せると、軽く手を振ってオウラとことねの後を追い、森を出ることにした。

 慌ててついてくる兵士は負傷をしている様子は見えない。偶然なのか、それとも元々そういう手筈なのか。

 とにかく3人の兵士を従わせるようにして森を抜け、町に戻っている最中の2人に合流した。


「ねえ、鍛冶師さん。怪我は平気なのかしら?」


「ん? ああ、普通に動ける程度には。『魔術工房サンパーニャ』印のポーションは良く効くからな。一本どうだ?」


 心配をするというかどこか探るようなことねの質問を軽く受け流す。

 にしても。こいつも妙なんだよな。見知らぬ世界に投げ出されて、渚と違い知り合いすら居ない。

 そんな状況下で戸惑っている様子はあまり見えない。どちらかといえば、楽観視というか今の状況を楽しみすぎているというか。

 まるで、現状を詳しく知っていてどうとでも対処できると言わんばかりの余裕ぶり。

 さっきのモンスター討伐の時点でも戻って来た時に顔色1つ変えなかったことといい、警戒すべきなんだろうか?


「ソラ。今日はごめんなさい。あなたに怪我をさせるなんて」


「オウラ。それは最初から言えっての。ま、その分しっかりと報酬は貰うさ。お前らが傷ついてない以上、成功だろ」


 何か言いたそうなオウラの言葉を封じる。別に謝罪の言葉が欲しいわけでもないし。まあ、報酬目的でもないんだが。

 これで終わらせるべきではないんだろうが、そういうことに俺がなれているわけでもない。

 説教じみた言葉は何度も投げているが、堅苦しくされるのはどうも好きになれないし。


「それはそうかもしれない。けど、危険な目に遭わせてしまったことに変わりはないわ」


「ならその分貸しにしとく。っと、サンパーニャにそろそろ戻るな? 仕事いくつか残ってるし」


 このまま問答をしていても終わらないだろう。護衛の兵もいるわけだし一足先に帰っても問題ないはずだ。

 問題は他にも山積みだし、姫たちに付き合っている時間も正直言って無い。

 少し整理する時間が俺にも必要だ。

 ……渚のこともあるし、な。


 町に戻り、まず足を運んだのはサンパーニャではなく自宅だ。

 服は破れてるし、身体中土だのなんだので汚れきっている。家族にもあまり心配をかけるべきではないがこの姿のままあまりうろうろするのもよくはない。

 母に見つかったが微妙な顔をされるだけでお咎めはなし。

 それが地味に罪悪感を感じさせるが今回は俺のせいでもない、はずだ。

 すぐに仕事に戻ることだけ伝え、着替えをすませサンパーニャに戻ることにした。


「ただいま。お姉さん」


「お帰りなさい、ソラくん。もうすんだの?」


「まあ、一応は。これからおやっさんたちに報告にいくつもり」


 多分マイアも行くんだろうが顔を出さないわけにもいかないだろう。

 森の状況次第では今後の計画にもずいぶんと影響があるわけだし。

 ……とはいえ、もう一度あの森には行ってみるべきか。俺でも察知できなかったモンスターのことも気になる。

 渚のこともそうだが、あいつの場合は例の『勇者』のことが関係あるんだろう。探りすぎるのは危険な気がする。あいつの口から聞けるまで待つのもありか。

 となると今は森の調査が優先だろう。自重しているだけで俺が外にでることは難しいことではないのだから。今回のこともあるからやはり過信するのは禁物だろうけれど。


「おう。ソラ、どうだったよ?」


「一応巣の駆除は終わりましたが、入れるようになったと判断されたかどうかまでは何とも。資材は今ある分でまず試算した方がいいかもしれないですね」


 おやっさんの工房に行ってみると、俺の帰りを待っていたのかおやっさんの他に工房主が何人か集まっていた。

 今回の計画は俺の想像以上に大きなものなのか、俺の答えに何人かから深いため息が漏れる。


「まあ、そうなっちまったもんは仕方ねえ。念のため試算していたもんもある。が、それでもちと足りねえだろうよ」


 ちなみにおやっさんの言っている試算というものはある程度の見積もり程度でしかない。もちろん経験上のものではあるだろうが、ちとではすまないだろう。

 やっぱり俺が一度見てくるのがいいんだろう。今の状態のまま安全だと判断されても困る。マイアの性格上、それは考えづらいが。

 といっても、職人だけで出向くこともほとんどないだろうからどのような判断が下るかによって変わるんだろうが。


「では、俺はサンパーニャに戻ります。何かあればご足労を願うことになりますが、今の時点で何かありますか?」


「いや、お前さんは今日はもう休んだ方がいいだろう。こっちのことは俺らに任せろ」


 おやっさんはそう笑っていうと早速他の工房主と相談を始める。今の時点では任せてしまった方がいいだろう。

 とんぼ返りもどうかとは思うが仕事も若干残っている。邪魔をされた分そっちを行う必要があるか。



「ソラくんはもうあがりなさい。ずいぶんと疲れているように見えるからね」


 サンパーニャに戻った途端にジェシィさんに言われてしまった。そんなに疲れているように見えるんだろうか?


「え、っと。では、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 何をしに戻ってきたか分からなくなるが、今回は俺のせいではない。ただ、今の状態で働いてもきっと迷惑だろう。怪我こそ回復しているが精神的な疲れは取れていない。今日はおとなしく帰ることにするか。


「うん。そうするといい。娘には伝えておくから」


 ジェシィさんに見送られ、サンパーニャを後にした。ひとまず今日は一度家に戻ることにした。その後動くかどうかは少し装備を整えてからだ。

 俺の工房にある武装自体はそう特殊なものはまだ少ないが、それでもこの町で自由に武具を手に入れることができない以上他の選択肢はない。

 いや、正確には武具を手に入れたことが判明しづらくさせる方法が、と言うべきか。

 そうなると、暗器までは必要ないがファルシオンよりは携帯しやすいものを見繕うか。あれは持ち運ぶには大きすぎる。

 俺の使えるスキルと今あるものを考えると、あそこあたりが無難だろうか? ……ひとまず、家に帰ることにしよう。


 家に戻り、俺の工房アトリエで武器を見繕うと気配を隠匿するスキルを一通り使い、『飛空』によって空を飛ぶ。

 町の結界すら素通りできてしまうのは別の意味で難があるが、これも今後の検討課題といったところだろう。

 さて。たまには俺も少しは暴れてみますか。


 と、思ってはみたものの警戒してなのか巡回の兵もいるし、モンスターの気配も今のところ無い。

 あの種類のモンスターにどれだけの効果があるかもわからないが、あのときの違和感がない以上、今のところはいないんだろう。

 そもそも、あれが何かすらわからない。正直どう対処していいかも分からない。


 歩いて隅々まで探せるほどの体力も気力もなく、空を飛び森の中を見回ってみたがやはり成果はない。

 ただ時間ばかりを消費した、と言いたいところだが嫌な情報だけは手に入った。

 渚を不気味に思う兵の不安がる声が聞かれた。それは確かに仕方のないことなのかもしれないが、俺としては仕方ないで片付けられる問題じゃない。

 まずは、姫に相談してみるべきか。あいつがああなったのは俺の責任でもあるんだろうから。


 空を飛び家に直接戻ると、時間はすでに夕方になっていた。


「ん? どうしたんだ、マイア。こんな時間に」


 玄関に入ってみると、少しだけ疲れたようなマイアと母がいる。


「う、うむ。お主の母君に今回のことを話していてな」


 少し額に汗すら流すマイアの姿に俺も冷や汗が流れる。これは説教フラグか……?

 と、予想に反して振り返った母の表情はやけに明るい。怒っているようにも見えないし、一体どうしたんだ?


「ソラ、お疲れ様。ご飯、もうできてるからね」


「えっ? あ、う、うん。分かった。じゃ、じゃあ先に食堂に行ってるから」


 何となく、いや確実に嫌な予感がする。ここは引いておくのが正解だろう。マイアが何を話したかは気になるが、やぶ蛇になりかねない。

 出来る限り後延ばしをしておこう。逃避だとはわかっているが、俺も出来る限り怒られるのは避けたい。それが例え避けられそうにないことであっても、だ。

 渚のことは今は聞きづらい。明日にでも聞くことにしよう。


 食事も終わり、今日はもう疲れたからと告げ、部屋に戻る。

 疲れているのも確かだが、少し考えをまとめたい。

 正体不明のモンスター、それ以前にあのモンスターたちが森に集まったのは何故か。

 普通に考えれば繁殖期に入ったパートルとそれを狙ったモンスターが集まっただけ、なんだが。

 問題は、そもそもパートルの繁殖時期はもっと遅いはず。寒くなり始めた頃にはえさも少ないし、孵化するのはこのままでは冬の最中だ。

 そんな時期にグループ単位で繁殖して中規模の巣を形成することがあるんだろうか。

 それに、集まったほかのモンスターもこんな場所で見かけるものではない種が多かった。

 一部のモンスター以外は自身のテリトリー内から動くことは少ない。いや、魔王の登場からそれは徐々に崩れてきてはいるが。

 ただ、それでも極端な移動はしないはずだ。今のところそんな話は出てきていない。

 といっても、世界は広く情報の伝達速度は速くない。そう考えると他で既に起こっている現象だとも考えられる。

 そうなると今度はあの姿の見えないモンスターがどれだけ現れたかというのもまた問題になるんだが。


「ん? 開いてるよ、どうぞ」


 と、思いをめぐらせているとドアがノックされる。外に居るのは、母か。


「ソラ、今良いかな?」


「ん。少しくらいなら」


 少しだけ笑みを浮かべている母はやはり妙だ。怒っているわけではなさそうだが、何故か居心地が悪い。

 部屋においてある椅子に腰掛けると、俺と向かい合う母に少し視線をそらす。今回のことはやはりバツが悪い。


「ソラ。ちゃんとこっちを見て」


 渋々、というのは言葉が悪いがおずおずと母を見る。やはり怒っているようには見えない。


「あの子から聞いたよ。みんなの役に立つことをしたんだって。……怪我をしたことはよくないし、もう同じようなことをして欲しくはないけど。

 でも、ソラの力が役に立ったことは良いことだと思う。それについては私は怒らない」


 ついては、というのが微妙に引っ掛かるがそこは今は置いておこう。


「俺も無理をしたいわけじゃないよ。けど、しばらくはそういうことが続きそうかな。ナギのこともあるし、さ」


 母がそれに微妙な顔をする。やはり母としては面白い話ではないだろう。


「でも、無理はしないで。それに、ソラが勝手に首を突っ込んでまた怪我をしたら、怒るからね」


 俺は勝手に首を突っ込んだことなんてほとんどないんだが。けれどこれ以上心配をかけるつもりもない。

 ただ黙って首を縦に振り、頷いた。


「よし。なら、もう寝なさい。お休み、ソラ」


 最後に母は言いたいことを捲くし立てるように告げると、部屋を出ていった。

 怒られなかったのは良いんだが、やはり何か違和感がある。何かまずったのだろうか。

 この前からそうだ。何か、かみ合っていない。そんな不快感を無理やり押し殺すように、ベッドに入り布団を頭からかぶって眠ることにした。



 外を見ると空はわずかに白けている。少し、寝すぎたか。

 いや、疲れていたはずだからもっと寝ていてもおかしくない。

 まるで誰かに無理やり起こされたような嫌悪感を振り払い、身支度を始める。

 もしかしたら昨日の今日だ。まだ休んでおくようにいわれるかもしれないが、身体が動かせる状況で勝手に休むわけにも行かない。

 母も特に何も言ってこないし、普段通りに家を出る。少し遅れ気味だから若干早足ではあるが。


 と、中央広場を横切っていると突如側面から突進を喰らい、ごろごろと転がされる。

 昨日といい、前といい、俺は転がされる運命なのか?


「いつつ、わ、悪いな。急いでて」


 俺を転がした相手も転んだのか、尻餅をついており、立ち上がると俺の傍に駆け寄る。


「急いでたからってこんな場所で走るな」


「だから悪いって言ってるだろ? って、ソラ?」


 姿程度しか見ていなかったが、どうやら俺を知っているらしい。声にも聞き覚えあるんだが、つーか。


「おい、トール。俺にぶつかる趣味でもお前はあるのか?」


 そういや、はじめて会ったときもこいつ俺にぶつかってきたよな?


「いや、それはないって。そんなことよりも、師匠。見なかったか?」


 人にぶつかっておいてそんなこととは何か。まあ、押し問答を今しても始まらないか。


「ハッフル氏? どうかしたのか?」


 微妙に焦った顔のトール。昨日会ったことは伏せておこう。第一あの状況は違和感がありすぎて、説明が難しい。


「何か家の前が荒れてて、師匠もどこ捜しても居なくて。こんなの、初めてで。俺……」


 俺という知り合いに会ったからか。どんどん落ち込んでいくトールをどうすべきか思案を巡らす。

 面倒なことになったのは確かだが、まずは落ち着いて話を聞くためにもサンパーニャにまず行くか。


 とりあえず無理やりトールを連れ、サンパーニャにつき、落ち着いた。

 トールはオロオロしっぱなしだし、相変わらずお姉さんはトールを嫌そうな眼で見ているから本当の意味では落ち着いてはいないが。


「さて。で、ハッフル氏を最後に見たのはいつなんだ?」


 まあ、話をちゃんと聞かないと始まらないだろう。

 そんなわけで話を聞いては見たんだが、どうもトールの話は要領を得ない。

 戸惑っているのは分かるが、そもそも何でこいつはこんなに焦ってるんだ? 付き合いは長いほうではないが、幼馴染4人組みの中でも割合落ち着いてるほうに分類されるはずだが。


「ま、ハッフル氏には何かと世話になってるし俺も探すのは構わないんだが。……店もあるからな」


 じろり、とお姉さんに睨まれ視線をそらしながら告げる。

 あれで結構強い人だし、大事に至っているとも思えない。あの人が攫われる姿すら上手く思い浮かべることが出来ないし。

 それにもしそうなった場合、貴族でもあるハッフル氏だ。自衛団も黙ってはいないだろう。そうなるとハッフル氏と懇意な間柄のトールや俺に自衛団が何か話を聞きに来ていてもおかしくない。

 数日間家に戻っておらず、家の前が荒れている。あるいは、それが別々のことなのかもしれないな。

 ただ、この前の一件も気にかかる。会ったのも普段はあまり見慣れない場所だし、


「ま、俺も時間があれば色々と話は聞いてみる。お前は、あまり慌てすぎないことだ」


 納得いかない表情のトールは肩を落とし店を後にする。

 少なくともトール1人で町の外に出ることは不可能なはずだ。


「ソラくん、その。ごめんね。あの人のこと、まだやっぱり上手く整理つけられなくて」


「俺はいいんだけどさ。トールにいつまでも突っかかってばっかだとお姉さんだって疲れるだろ?

 それに、ハッフル氏には何かとお世話になってるんだしさ」


 ジェシさんとメレスさんの救出にも一役買ってくれたんだし、度々サンパーニャで買い物もしてくれる。

 そんなわけでうちとしても無視の出来る話ではないが。今回俺がまたトールに怪我させられたというのもお姉さんの気分を害したんだろう。


「ね、ソラくん。今日予約分どれくらいあるの?」


「ん? 俺は2件だけ。昨日マイアたちに引っ張られたから新しく増えてないんだよ」


 まあ、依頼料とやらはくれるらしいが。だが、信用はお金では買えない。もし失ってしまったら取り戻すのは難しい。

 姫たちもそこらへんを少しは考慮して欲しいんだが。


「じゃ、じゃあ早めに終わらせて今日はお使いに行ってくれないかな?」


「分かったよ。じゃ、そのついでに市場調査も行ってくるよ。昼食もとって来るから、戻りは遅くなりそうだ」


「うん。お願いね、ソラくん」


 今のお姉さんではこれが精一杯といったところか。まあ、トールに関しては時間がないわけじゃない。ゆっくりとお姉さんの中で消化してもらえればいい。



 さて。仕事もひと段落着いたし、聞き込みと行きますか。


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