第21話。差異。
何故か俺のベッドに忍び込んでいた渚を蹴飛ばし追い出すと、ベッドの傍に置いてあった時計を手に取る。
時刻は日付が変わったばかり。ずっと寝ていたためか身体が少し痛いが体調は随分とましになった。
これなら明日から仕事もこなすことができるだろう。
体調が戻ったのは良いとして、なかった食欲まで戻るのはどうにかして欲しい。
今の時間であればみんな寝ているだろうし、夕食も残っていないだろう。もし残っていてもかまどに火を入れなければ食べれないものが大半だ。
こういったときにレトルト品やレンジのようなものがあれば便利なんだが開発するにも一苦労だろう。このまま寝てしまうのが一番なんだろうが、折角起きたんだし有意義に時間を使うべきか。
一瞬精米機を作ろうと思ったが作ったが最後朝まで調整と精米を行う自信がある。有意義だがそれはするべきではないだろう。
そうなれば、することは1つ。まだ今の時間なら屋台も出ているだろうから中央広場で買い食いでもするか。
「おい、起きろ。ナギ」
俺のベッドで寝かせるつもりはないが、だからといってこのまま放置しておくわけにも行かない。
「うぅん……あと」
「あと5分だかそれに類似するようなことを言った場合、水をぶっかけてやる。いいから起きろ」
その言葉が届いたのか、渚はぼんやりと目を開き周りを見渡す。
「あれ? 何で、俺床で寝てるんだ……?」
「……送ってく、出るぞ」
渚の疑問には答えず、机にかけられていた外套を投げ渡す。
部屋に余裕はあるが、少し聞きたいこともある。外の方が何かと都合も良い。
屋敷の防犯、防諜はしているが、雰囲気の問題だ。
「で、この数日どうだった?」
ランプの薄暗い光と星の淡い光だけを頼りに町を歩きながら渚に問う。
時間もそんなに経っていないわけだしどうもないとは思うんだが。
「そう、だね。うん。何だか、実感が未だにないけど。何ていうかさ、凄い所だね」
抽象的過ぎて分からないな。何となく意味は伝わってくるが。
「まだ正直、何も分からないんだけどね」
「こっちに来てまだ1週間も経ってないんだろ? ならそんなもんだろ。つーか、この町に来たってことは学校に行くんだろ?」
ここに来た理由はおそらく1つだけだ。この町の最大の特徴である魔法学校。
それに通うためにわざわざこいつもことねもそれぞれの姫に連れられてきたんだろう。
にしても渚も、あるいはことねもどうやって入学するつもりなんだ?
「うん。何かさ、魔王だっけ? それを倒すことができるのはこの世界以外の人が使う魔術だけ、らしくてさ。それであと何日か後に学校に入る事になってるんだけど」
「……念のためお前は翻訳の効果外しとけ。今のところ誰もいないが、聞かれるとまずい」
「そんなこともないと思うんだけど、相変わらず変なところで慎重だよね」
渚が魔術品を外すのを確認すると改めて話を進めることにする。
ちなみにこれは装着を外すと強制的に効果はオフになる。魔具や一部の魔術品は持っているだけでも効果を現す。条件の違いだのなんだの微妙な差があるためだ。
「日本語を理解できるのはおそらくお前にことね、それと俺くらいだ。こっちとは発音も大きく違うし文法も違う。暫く気付かれることもないだろうさ」
この世界は魔術があるためか、様々なことが俺がもともと生きていた世界に比べ発達が遅い。
それは文明レベルでもそうだし、技術レベルに至っては言わずもがなだ。
だからか翻訳という一分野に関しては絶望的に相性が悪い。
ここ数百年言葉は大きくは変化していないそうだし、もっと昔の言葉に関しては解明されていない部分が多いそうだ。
それ以前に隣の大陸や島々の言葉を理解し翻訳出来る人間すら稀有らしく、多くが魔術品を用いてそれらに充てているらしい。
本などは辛うじてそれで翻訳し、書き写しているため翻訳版が出回るそうだが活版印刷ですらごく一部を除き利用されていないらしい。
そもそも活版印刷自体合理的ではなさそうだし、意味はそこまでないのかもしれないが。
「でも、そんなに重要な話でもないと思うんだけどなぁ。マジュツって特別なものじゃないでしょ」
「お前にどう説明したら分かりやすいかは分からないが、そこそこには貴重だ。問題はそっちじゃない。お前が勇者で、魔王を『倒せる可能性』があるっていうところが重要なんだよ」
こいつはVIPだ。重要度で言えばこいつを召喚した姫よりも高い。何せ世界でおそらく2人しかいない勇者だ。
いや、むしろ2人居るということが災いしているような気もするんだが。
「倒せる可能性?」
「ああ。勇者が存在するだけで魔王に対して絶対的優位に立てるならそもそも魔王なんて『必要ない』からな。ゲームだってそうだろ? 成長なく絶対に勝てるゲームなんて面白みもない」
不確定要素を残さなければそもそも成り立ちはしない。問題は、それが仮想でも何でもないというのが最大の問題だが。
「面白いかどうかって問題じゃないでしょ?」
いや、それが目的だろう。面白いかどうか、楽しめるかどうか。これは単なる茶番劇の1つなんだろう。これを仕組んだやつにとっては。
「それよりも、魔術は使ってみたのか?」
「いや、魔具が見つからないらしくてまだ。学園で保管しているものに関しては使わせてもらったんだけど、何だか相性が合わないらしいんだ」
属性の話か? いや、それなら属性というはず。となると、スコットのように何か特殊なことなんだろうか?
「そうか。……魔具なしに魔術を使うことは出来ないんだよな?」
「え? うん。触媒なしに魔術なんて使えるわけないでしょ? 何言ってるのさ」
お前こそ何を言っている。というか、こいつは何処まで魔術に関して理解しているんだ?
「俺も良く分からないんだけど、どうやったら魔術が使えるか分かるんだ。知らないはずなのによく知ってる。何でかは分からないけどさ」
俺の表情でも読み取ったのか。少し思案する表情を作り、渚が言葉を続ける。
「腕、いや手の先にさ。今までなかった何かが出来たみたいにそれを読み取る何かが出来て、それが勝手に教えてくれるんだ。それは俺の器官じゃないけど、まるで俺の一部みたいで。
少し気味が悪いけど、決して俺に害があるものじゃないっていうのだけは分かるんだ」
中二病がぶり返しでもしたのか? だがそうでもなさそうだとも感じる。
むしろ支離滅裂な説明を読み解くのは非常に困難だが、魔術を使えるかもしれない、という渚の自己申告はおそらくそれから出来ているんだろう。
「使える属性は分かるのか? 使ってみた魔具の属性も」
「属性は、光と風。どっちも何個か使ってみたけど、だめだった」
風、風ねえ。
「今何処にあるかはわからんが、【風の守護】を探してみろ」
俺の作った魔具の1つで、唯一流したもの。既にそれなりの時間も経過しているし売れている可能性は高いが、他のものと違い上級の属性石をはめ込んだものだ。
魔法学校にどれだけのものが貯蔵されているかは分からないが、生徒に貸与できるような汎用的なものに上級のものはないだろうし、持っていても貴族や王族やらで他人に貸したりはしないだろう。
この世界のスキルでそこまで正確に見抜けるかどうかは不明だが、ある程度のレアリティを見抜く手段はあるらしい。
いっその事、この世界の魔術を学んでみるかとも思うが、恐らく齟齬が生じ正確な情報は掴めないだろう。
俺が自分の能力を白状してしまえば話は変わるんだろうが、それは今は避けたい。
その点で言えばこの世界のルールはわかっても、常識はまだ分からないであろう渚に協力させたほうが良いだろう。
何よりも、例えや比較がしやすいだろうし。
「【風の守護】? それは魔具なの?」
「ああ。数ヶ月前にこの町の魔術ギルドに持ち込んだ魔具だ。あれならいけるかもしれん」
渚は事情がつかめず首をかしげているが詳しく説明するつもりはない。
王家とそれぞれのギルドが何処まで関係性があるのかは分からないが、詳しいことを調べられると少し面倒なことに発展しかねない。
そう考えるとやはり適度にヒントだけ与えつつ委細はぼかしたほうが良いだろう。
「わかった。姫様に聞いてみる」
「ああ、そうしろ。で、そろそろ中央通りだし、魔術品を使って良いぞ。俺は腹ごしらえをするつもりだ、お前もどうだ?」
まだぎりぎり屋台もやっているだろう。この時間では怪しまれかねないが知ってる人の店がやっていれば何か食べさせてもらえるだろう。
この数ヶ月で俺もそれなりに顔も知られていると思う。
「あ、うん。じゃあ少しだけ」
そう渚が頷くのを確認すると、中央通りに向かって足を進めることにした。
「この時間だとあまり人もいないですね」
歩いてまもなく、目的の場所に着くと顔見知りの人がやっている店を見つけ、そこに腰を落ち着けた。
「この辺もそろそろ閉める頃だからなー。材料も残りが少ないから出来るものは少ないが、いいな?」
猫の獣人らしい店主はそういうと勝手に調理を始める。
昼も時たま良いものが入れば露店を出し振舞っているが、その時もやたらと自由に料理をする。
まあ格安で美味いものを提供するためそれでも問題はないんだが。量だけは何故かいつもちょうど良い量を出してくれるし。
「今まだ日が変わる前なのに、早いんだね」
「夜は寝るもんだろ?」
連れ出した俺が言うのもなんだが、店主の目もある。あまり迂闊なことはいえない。
というか、よくよく考えてみれば何故こいつに警備がついていないんだ?
俺の使う『気配探知』は、結界によって遮られていなければほとんど見通すことができる。
それで周囲を視ているがそれらしき対象はない。
姫は護衛を良く撒くが、それでも何人かは遠巻きについている。
だがこいつにそれはないとすると、護衛をつける必要がないと考えられているのか?
いつの間にか目の前に運ばれていた料理と店主を不思議そうに眺めている渚を覗き見るが何かに警戒しているような素振りは見えない。
気は進まないが、少し調べて見る必要がありそうだ。
「そ、そうだけどさ。……いただきます」
食事を済ませ、店を後にしたのはそれから小一時間ほど経った後。
やはり暗い道を心もとない灯りだけを頼りに学術区を歩く。
流石にあるのが学園関連の施設と一部の貴族の豪邸のみで出歩く人は居ない。
こちらを警戒するような視線をいくつか感じるが無視だ。察しているということを気付いた方が面倒なことになるだけだろうし。
「本当にお金払わなくて平気だったの?」
「だから俺の奢りだって言ってんだろ? お前は良いから自分の魔術品だの装備だのの心配しろって」
そんなことに気付きもせず渚はさっきの食事代が俺持ちだったことばかり気にしている。
早くて安くて美味い。そんな店だったから料金自体大したことないし、最近は懐の余裕もある。
サンパーニャでの俺が作った売り上げが既に前年の3倍以上あるから、らしい。
販売した魔術品やギルドに登録した技術等が思ったよりも好評で一番の稼ぎ頭になっている。
まあ、その分ジェシィさんやお姉さんの生活も潤っているから問題ないんだが。
「それはそうなんだけどさ。でもそれとはまた別の話っていうか」
「なら先に俺が貸した3万返せっての。勿論日本円でな」
「ごめん、それは手持ちないよ」
肩を落とす渚を引き連れていくわけにも行かない。
姫も迎えに来たようだから立ち止まり、渚を押し出す。
「俺はこっから先に行っても良い顔はされないからな。早く寝ろよ?」
「う、うん。また、店の方に行くから」
屋敷に近づいた時点で渚の表情が硬くなっている。戻りたくない理由でもあるのか? いや、そもそもマイアが渚1人置いていくのがまず不自然だが、深くは考えないようにしよう。
相談されれば応じはするが、自分から突っ込むのはまだ先でも構わないだろう。
人は暗闇を恐れる。それが世界の死と捉え、自己の死に繋げるためだという。
夜眠るのは自己を死に近づけ、死そのものにならないよう回避するためだと聞いたことがある。
まあ、どこぞの民俗学に近くこの世界に当てはまるものではないのかもしれないが。
そしてもう1つ。夜は闇であり、魔であり、モンスターの支配する時間なのだと言われている。
それはこの世界の常識、だ。濃い闇が魔物を活性化させ人を襲う。
「百鬼夜行」のように夜は妖怪が出るみたいな言葉もあるように、そこの感覚も案外変わらないのかもしれないが。
そんなわけで、こんな時間に人と出くわすこともほとんどない。
ほとんどないんだが、全くではないため遭遇もするし、あまりにそれな格好であれば思い違うこともあるわけだ。
「やあ、いい夜だねぇ」
「何処に同意すればいいかは分かりませんが、どうも」
真っ黒な外套を身に纏った人間が居れば、知り合いだとしても警戒するのはやむをえないだろう?
「そうだね、君にとってはあまりそうではないかもしれない。私も昔はそうだったからね。けれど、いずれ君にも良さが分かるかもしれない」
不躾な態度だとは思ったが、ハッフル氏は気分を害した様子もなくどこか穏やかな雰囲気を纏い俺との会話を続ける。
陶酔しているようにも思えるし、何かを純粋に楽しんでいるようにも思える。
あくまで見た目からは窺い知れないためその雰囲気を読むしかないというのがハッフル氏との付き合い方だとスコットが言っていた。
「それで君はどうしたのかな。こんな時間に。子供はもう寝る時間だよ?」
「知り合いを送って行っただけですよ。最近この町にやってきて町の構造に慣れていないそうなので。
あなたこそ、こんなところでどうしたんです?」
ハッフル氏が住むのは当然高級住宅区の一角。住宅区と学術区を分断するように走るこの通りはハッフル氏の住居からは随分とはなれている。
「良い夜だったから散策していたら君の匂いに惹かれたみたいだね。この前より濃厚になっているけど、何かあったのかな?」
そんなことを言われてもその匂い自体が何かがわからないからどうとも言えない。
そもそも濃厚といわれても魔力が変動するようなことは最近は、なくはないがそう膨大に変化したようには思えない。
となると別の要因だと思うが、渚……だろうか?
「特に心当たりはないですよ。それよりも、戻るのなら送りますよ?」
「送るは私の役目だと思うねぇ。君はこの町でも今となっては有名な鍛冶師の1人。誘拐でもされたら大変だ」
そう言って笑うハッフル氏に微妙に違和感を覚える。何故だ? いや、誘拐という言葉に引っ掛かっているのか。
「俺は単独であればそう厄介なことにはならないかと思いますので。それとも、何か心当たりでも?」
「ううん。『何もないよ』」
ぞくり、と寒気を感じる。勿論原因は目の前のハッフル氏、だろう。
殺気とは違う、それでも俺を萎縮させられるような何か。
「そう、ですか。では、あまり遅くならないよう気をつけてください」
ハッフル氏の返事を待たずに歩き始める。このまま此処に留まっておくのは危険だ。
俺を無意識に本気の警戒、いや迎撃態勢に移させるような、今のあの人の傍に居るのは。
家に帰り、寝付けたのはそれから2時間ほどあと。
結局3時間しか寝れなくて微妙に体に疲れが残ったため寝なかった方がましかもしれないレベルだが、体調はほぼ完治した。
母には心配されたが今日は他の工房に出向く用もある。他に迷惑をかけるわけにも行かないし、と説明した上で出てきたわけなんだが。
「ソラくん、大丈夫なの? 辛かったら今日早めにあがって良いんだよ?」
やけにお姉さんに心配され、事あるたびに同じことを言われている。
心配されているのはありがたいんだが、流石に何度も同じように言われると少しげんなりとしなくもない。
善意からくるものであると分かっているからこそ尚更なんだが、少し放っておいて欲しいと思うのは俺が弱っている証拠なんだろうか?
「そろそろ出るから、店番お願い」
「う、うん。本当にお父さんが代わりに行っても良いんだよ? ソラくんがいなきゃいけないわけじゃないでしょ」
「細かいところの詰め合わせは俺がやったほうが良いよ。残りのポーションも貰ったし、問題ないって」
特製ポーション(虹)が詰まったポーション瓶を軽く振る。これまでサンパーニャで作ったポーションの中でも最大級の回復量を誇るそれは俺以外まともに飲むことも出来ないだろう。
HPの回復量が1000。これは一般的な重戦士2~3人分に相当する回復量というのが今のところの見立てだ。
現状露店売りで出ているのは赤色、黄色、黄緑、白の4色にいくつかの露店が独自に配合したポーション。これに関しては色々と問題もあったんだがいつか触れるときがあるのかもしれない。
それはともかく。
キャップを外し一気に飲み干すと準備をする。魔術品を含め現状の予約分はまず作り終えた。
後はセミ・完全オーダーのものに最終調整を加えるだけの状態にしている。
もう少しバリエーションを増やしても良いかとは思うが今はまだお姉さんやジェシィさんの判断に任せている。俺はあくまで雇われだし現状の運営に問題があるとは思っていない。段階的に増やしていけば良いだろう。
「それで後は安定供給の事ですが、現状ヴェイロードの森にモンスターが巣を作ったと報告が上がっており
狩人ギルド及び冒険者ギルドに討伐依頼がかかっていますが、材料の確保が難しくなっています」
「情けねえな。おい、ゴグ。お前んとこの武器でどうにかならんのか?」
「いえ。私どもの所でも材料が一定以上来ていないのでこればかりはどうにも……」
「それをどうにかするのが俺たちの仕事だろうに。ソラ、お前さんならどうだ?」
「材料に多少の余剰はありますけど、サンパーニャでは武器は扱ってないですよ?」
今日の議題は王都までの街道整備の話だったはずだが鍛冶師ギルドからの最後の材料の供給で話が止まった。
材料がなければ整備が進められない。けれどその材料を集める最も効率の良い森にはモンスターの巣。
今回集まったのはベディのおやっさんに武器鍛冶師のゴグ、それに俺を始めとした若手鍛冶師が何人か。
おやっさんの所も武器を扱うが、どちらかといえば魔術品が主だ。
そもそも、俺のようなスキルを付与した実用に耐えられるだけの武具を鍛てる職人は多くない。
現状、武器は潤沢ではなく粗悪なものや弓矢のような補充が利きやすく交換が現時点ではまだ可能なものがほとんどだ。
うちは常連筋から直接仕入れていたりするからまだ材料に余剰はあるが武器を作るとするとまた別だ。
金属部分が他に比べて減らせる槍や斧の類でもアクセサリに比べ多くの材料を使うし、手間もかかる。
何より俺が作るとそれだけで他と区別をするために値段を上げざるを得ない。
一度他の工房に値段をある程度合わせようと提案したら営業妨害だと怒られた。
俺がまだ保有しているファルシオン以外に2本剣を打ってそれぞれ別の常連の剣士に使って貰っているが、どうやら噂になり所謂プレミア品になっているそうだ。
その次の日に様々な職業の人間が押し寄せたので、特別なことがない限り打たないことに決めた。
そんな背景もあり安請負は出来ない。
「なら、いっその事俺たちでモンスターの巣を潰すか?」
くく、とおやっさんが笑う。いや、それは難しいだろう。
規模も分からないし、何よりもハンマーを振るう力はあってもモンスターを倒すための様々なものが足りないだろう。
おやっさんと俺は可能だとしても、その発言だけで顔を青くしている若手連中は特に、だ。
「それは私たちに任せてもらおうか」
音を立ててドアが開くと共にそう宣言する声。
聞き覚えのある声だし、誰かは分かったが何故此処に居る?
「おいおい。どこの嬢ちゃんかは知らんが、勝手に入ってこられちゃたまらんぞ」
「それは失礼したな。だが、私としても看過出来る問題ではない。ここは騙されたと思って任せてもらえないか?」
その不遜な態度におやっさんも少し困惑しているようだ。まあ、おやっさんを知らなくても中々そういった態度は取れないだろうが。というか、マイアは町民には知られていないのか?
「マイア。自分の立場も説明せず言ったって説得力がないだろ。つーか、実際に動くのは渚だろ? どうせ」
「むっ。確かにそうだが、ナギサ1人だけで行かせるわけではない。それに、あやつにも少しは経験を積んで貰わなければならない」
だがそれでも言おうとしないのは言う必要を感じないのか、あるいは言わないつもりなのか。
俺に目配せをするところを考えると恐らく後者なんだろうが。
「ソラ、この嬢ちゃんはお前さんの知り合いか? 悪いが、一度引き取ってもらえんか? ここは子供の遊び場じゃない」
「それも承知している。私は国のために必要なことだと思っている。いや、大きくみるとこの世界のためでもある。武具の類であれば集めるのも難しくない。なら有志を集め、私が主体で動いた方がいいのではないか?」
俺の提案を無視したままマイアは話を進める。さて、どういうつもりなんだ?
「嬢ちゃんがどこの貴族の令嬢かは知らんが、この町にはこの町のやり方ってモンがあるんだ。あまりそれを無視するような事をされても困る」
「この町のやり方よりも優先しなければならないこともある。ここは私に任せて欲しい」
「随分なことを言うな。そんなに言うのならよっぽどのものがあるんだろうな?」
おやっさんの目が鋭くマイアを突き刺すように睨む。マイアはマイアでそういったものに慣れているのか涼しい表情のまま受け流している。
「……そういう態度なら俺は協力しないからな?」
「それは困る。ナギサはお主を随分とあてにしているようだ。私個人としてもお主の腕を評価している」
「なら少しは歩み寄ってくれ、頼むから。えっと、俺は少し話があるので外しますね」
おやっさん以外は呆気に取られ反応していないし、おやっさんも不機嫌そうにはなを鳴らすだけだ。
とりあえずマイアを部屋の外に出す。
何で居るのかもそうだが、何を焦っているんだ。この姫君は。
「で? 何でわざわざケンカ売りに来たんだ?」
「ケンカなどすると思うか? ナギサの経験を積むには良い機会だと思っただけのこと。情報は私のほうにも入っているし、十分な対応策もある。それなら悪戯に被害を出す必要もないだろう」
「そこに関しては同意するけど、対応が杜撰過ぎだろうに。あれだとおやっさんじゃなくても不満しか覚えないと思うぞ?」
「あの方は恐らく情報の詳細を掴んでいないだろう。もし掴んでいてああまで言うのなら、なおさら私は早急に対応してモンスターの巣を潰さなければならない。そのためには多少でも強引に行ったほうが良いこともあるんだ」
「俺も知らないよ。けど、そんなところに渚を連れて行って平気なのか? 碌な実戦すら経験してないんだろ?」
「それはいつかつまなければならない。それが今というだけの話。心配する気持ちは分からなくもないが、此処は私に任せてくれないか?」
マイアはそう自信ありげに言う。何か根拠でもあるのか?
「分かった。俺は一度戻っておやっさんたちに説明してくる。マイアはサンパーニャにでも行っていてくれ」
それにしてもこいつは学校はどうしているんだ。渚だけならいざ知らず、学生として学校にいかなければならないはずだろうに。
「分かった。頼りにしているよ、ソラ」
マイアはそう宣言するとさっさと退散していく。場を掻き乱すだけ掻き乱して後は俺に丸投げかよ。
俺も時折するからあまり非難は出来ないが、されて気分の良いものでもない。俺も自重するようにしよう。
「で、あの嬢ちゃんはどうすると?」
「宣言通り自分たちでどうにかするそうです。俺も協力しますよ。効力を試したい魔術品もいくつかありますからね」
おやっさんの眉が何だかやばい事になっている。こんなことで気を損ねたくはないんだが。
「まあいい。俺も解決してくれるんなら文句はねえ。お前さんが付くのであれば多少の障害もどうにかなるだろう。
その代わり、材料の件はちゃんと解決させてくれよ」
「ええ。そう伝えておきます。では、待たせているので俺は一足先に戻らせてもらいます。もし何かあればサンパーニャにいますので」
話し合いは元々終わっている。後は何か質問があれば答える時間があるだけでそれもほとんどがおやっさん相手だから俺が戻っても問題ないはずだ。
俺に及ぶ質問は若手よりも中堅や工房主からの場合が多い。それも一度販売している技術に関してが多いため若手ではほとんど質問できないという話を聞いた。
同時期に鍛冶師になった人にとっては近寄りがたい存在になっているらしく他の工房に寄ったとき避けられたり緊張されたりするのが地味に傷つくが、それも仕方のないことなのかもしれない。
集まっていた全員に一応挨拶だけすると身支度を済ませサンパーニャに戻る。
早く戻らないとまたお姉さんが萎縮している可能性が高い。もしかしたら渚も来ているかもしれない。あいつは人見知りでよく知っている相手以外には全く話しかけようともしない。
むだにでかくなった分、威圧感はそれなりにあるし急ごう。
これは一体どういうことだ?
予想通りマイアも渚もサンパーニャに来ていた。そこまでは予想通りだ。
それはいい。お姉さんがマイアをちらちらと窺いながら緊張しているのはいつも通りだし。
だが、予想外な点がある。
何故か、お姉さんが渚に寄り添うようにというか壁にするようにマイアの視線を避けようとしている。
お姉さん自身も結構人見知りをする。少なくとも初対面の相手にくっつくような積極性はなかったはず。
そのためマイアは親の敵を見るような目でお姉さんを見ているし、それでより怯えるようにお姉さんが渚の後ろに隠れていて、渚はそれに挟まれて困惑しているようだ。
本当に、一体何があったんだ?
「お姉さん、一度作業場に来て」
お姉さんの手を引き、奥へ入る。お姉さんらしくないというのもあるが、一度渚から遠ざけたほうが良いような気がする。
大人しく俺の手に手を引かれ付いてくるお姉さんを椅子に座らせる。
「ただいま。どうしたのさ、あれの影になんて隠れて」
「うん。お帰りなさい、ソラくん。えっとね、あの人懐かしいって言うか、安心するっていうか、何だかああしていたかったの」
ぼんやりとした表情で、いつも以上に幼くお姉さんはそういう。
「お姉さん。俺の目を見て」
首をかしげながらも言われたとおり俺の目を見るお姉さん。普段ならそれすら恥ずかしがってしなさそうなものなんだが。
お姉さんの目には特に異常は見えない。異常といっても眼球に障害があるといったことではなく、バッドステータス魅了などによる精神汚染などの確認だが、特有の前後不覚になっているような様子も見えない。
「 ―――この場に在りし力よ。我はそれを否定するもの。強き力よ、沈まれ。過ぎ行く力に、永遠の沈黙を。魔法解除」
以前、屋敷にかかっていた魔法陣を消去した魔術をお姉さんに向かって使う。
これは精神に作用するようなものにも効くはず。それで変化がないのであれば何か別の要因だろう。
「あ、れ? ソラくん、もう終わったの?」
魔術の発動が終わるとぼんやりとした表情から一気に醒めた、というか普段通りのお姉さんの表情に変わる。
俺の存在にも今気付いたのが演技でないのなら魔術かそれに類するような何かによって操作されていた可能性が高いということになる。
だが、渚がそんなことをする必要があるのか? もししたのであれば一発ぶん殴ろう。
「ま、ね。客が来てるからお茶の用意してくれないかな? 俺は対応しておくから、よろしく」
不思議そうに首を傾げているお姉さんを放っておくのも怖いが今は渚にも話を聞く必要がある。
扉を閉めなければ何かあっても対応出来るだろう。
「マイア、渚。何があったんだ?」
「いや、私はわからない。私と顔をあわせた時点ではいつも通りだったからな。ナギサは何か心当たりがあるか?」
「俺もないよ。初めて会った人だし。ただ、話してたら何だか様子が少し変わって来たんだけど」
こいつがお姉さんと話した? 話すこと自体おかしいとも思うが、今はそれを気にするのではなくどうしてああなったか、か。
こいつの話術でお姉さんを篭絡したというのはまず考えられない。何か特殊なフェロモンでも出しているんだろうか?
「ソラ、考えるのは悪いが後にしてくれないか? 今は少しでも早く準備を整えて出発したい」
「ああ。だが、本当に渚を出すのか? というか何のモンスターが巣を作ったのかすら俺はまだ聞いていないんだが」
「ああ。パートルの集団だ。現状確認されているだけでも成体で20羽を超えるらしい」
パートルというのは子供の背ほどある大きな鷹のような鳥だ。
性格は普段は臆病で繁殖期には集団を作り巣に近づくものに関しては襲い掛かる。
とはいえ、パートルであれば子育ての時期を過ぎればそのまままた他の地域に移住する大人しい種だった気がするんだが。
「精々1月程度だろ? それくらいなら他の場所で採取してそれが終わったらそこで採取を始めれば良いんじゃないのか?」
「ソラ、知らないのか? パートルは子育ての時期になると周囲にある植物や動物を満足するまで狩る。成体が20羽もいるんだ、雛が平均5羽生まれてしまったらそれだけで成体も含めて70羽、この周辺は資源が一気に消費されるんだぞ?」
俺の知っている情報とだいぶ違う。
確かに一部の討伐クエストの中にはパートルの退治や卵の回収・駆除などはあったがどれも人里のすぐ近くで危険だからという理由だけだったはず。
俺の記憶が間違っているのか? それとも。
「ソラ。考えは後にして欲しいといったばかりだったと思うが? すまないが、本当に時間がないんだ。仕事を頼みたい」
「あ、ああ。分かった。渚の武器でいいんだな? おい、渚。何を使うんだ?」
「へっ? え、あ。そうだね……」
「私たちも依頼して構わないかしら?」
その声のしたほうに向くと、いつの間にかオウラが居る。何時の間に、というよりも俺がきっと呆けていたせいだろう。
「オウラ姫? 何故貴女が此処に」
「私もあなたほどではありませんが、情報を集めています。ことねにも実戦を積む機会は必要。問題ないでしょう?」
にこやかに、とは言い難いが笑うオウラ。その後ろには当然の如くことねも居る。
何というか、また面倒なことに巻き込まれそうな予感しかしないんだが。
不評だったためA-Bを統合しました。