第19話。勇者召喚!
読んでいただきありがとうございます。
地下にある俺の工房。そこに並ぶ武具の数々は一般の武器屋に劣らず、いやそれ以上のモノが散乱している。
シャレのつもりで作ったネタ装備も幾つかあるが、ほとんどが実戦用の装備。
そういったもののほとんどは今はまだ眠っているだけだが、いつか日の目を見ることもあるかもしれない。
そう考え手入れは定期的に行っているんだが、中には困ったものもある。
代表的なものが呪われた装備、というやつだ。
何故作ってしまったのかは今でも不明だが、そういった気分だったとしか今でも考えられない。
当然そんなものを軽々しく扱うことは出来ない。中には解呪条件があり、それをクリアすれば呪いを無効化される装備もあるため、そっちに関しては時間をかけて解いてはいるんだけれど。
人造的に呪いを生み出すというのもどうかとは思うんだが。
「ま、これの出番がなきゃいいんだけど」
手に持った『とっておき』を馴れた手つきでメンテし、元の収納場所に戻す。
にしても、俺も随分と慣れたものだ。『レジェンド』の時はこんなものを扱うことはあってもメンテナンスなんてゲームではスキルでの耐久度を回復させることしかしなかったのに。
魔王の噂が立った後、すぐにそれは意見が対立した。それは神傍者、神の傍にいるもの、そして神を崇拝するものたちが王家に預言されたものがデタラメだと言い出したからだ。
今回、神託を受けたのは神傍者ではなく、各王宮付きの魔術師だったらしい。そのため、自分たちに預けられていない偽りの言葉だと。
ただ、それでも神傍者の中ですら意見が食い違い、内部で対立しているらしい。
実のところ、神傍者の中でも魔術ギルド寄りの人間がいて、神傍ギルドと魔術ギルドの対立というのが正しいらしい。
そんな無意味な対立は他所に、俺はただ備える。先ほどの武具に加え、食料品に水。
後は揃えられる範囲での防災グッズ。それそのものは流石に無かったものの、魔術品と符、魔法陣を組み合わせることにより堅牢な要塞として家をこっそりと改造している。
やりすぎとも思えなくは無いが、久しぶりに念には念を押してという俺の方針を蘇らせ出来る事の全てをやりつくす。
これでもし町が襲撃されてもこの家はそれに耐え切れるだろう。何せまともに費用を出し、他に頼めば白銀貨20~30枚は飛んでいくほどの改造だ。この町では一番安全かもしれない。
原価としては金貨2枚程度だというのだからどれだけ技術料が高いかが窺い知れる。
本来は魔法陣に使う触媒で相当取られるのはここだけの話だけれど。
武具のメンテナンスが終わると部屋に戻り、準備をする。
今日は遅番で良いから、と言われたため午前中を自分の時間にあて、昼を摂ってからサンパーニャに出勤する。
遅番の理由は前日夜遅くまで働いていたからというだけだ。急な依頼で納期に間に合わせるため行った徹夜の作業の埋め合わせ。受け渡しはジェシィさんに任せているから問題はないだろう。
最近は寝る時間が遅かったから少し寝るだけでも何とかなってきたためそこまで負担でもなかったんだが。
とはいえまだ若干眠い。予約分は一通り終わっているし、今日はゆっくり過ごすことにしよう。
まったり、のんびりと留守番のためカウンターの中に座り、ぼんやりとする。
これでせんべいでも食べながらのんびりと渋い緑茶でも啜ればもっとそれらしくなるんだが、そうはいかないだろう。
そもそも米も醤油もお茶の葉もないわけだし、望むこともかなわない。
ただそれらしく作った湯飲みに紅茶を入れる事が精々か。
ふと。何かが近づいてくるのが分かる。『気配探知』すら起動していないが、何か"異物"がこの町に入ってきたことが分かる。
特にモンスターなどでもなさそうだし、用があるのならこちらへ出向くだろうから、というか十中八九ここに来るだろうからそれまでは放っておけばいいだろう。
何故かそれが分かったかは分からないが、確証は持っている。
あえて言うのであれば、また面倒なことに巻き込まれそうだ、と言うことくらいか。
1時間しても懸念していたその異物が現れなかったため、店じまいの準備を始める。
ジェシィさんは午前中だけで俺と引継ぎをし帰って行ったし、お姉さんは非番。
俺が1人店を開けることも少なくないし慣れっこだ。こういったときに限って客も少なかったから今日は早々と締めてしまって構わないだろう。
「邪魔するぞ」
と、閉店の準備をしようと立ち上がると、我侭姫、マイアが現れた。
タイミングの悪い。
「どうした、こんな時間に。そもそも王宮に帰ってたんじゃないのか?」
「ああ。その件で少しな」
少し目を伏せ、誰かを外から呼び店内に入ってきた。それに続くのは全身をすっぽりと外套に覆われた何か。
身長はマイアよりだいぶ高く、180cmくらいといったところか。
「何だ? そのいかにも怪しいですよって風貌は」
「ああ。少し訳あり、でな。悪いが翻訳のスキルを持った魔術品を大急ぎで作ってくれないか?」
外套はきょろきょろと珍しいものを見るかのように店内を見回ったり、商品を手に取ったりしている。
「おい、そこらに手つけんな!」
よりにもよって魔術品や薬品を置いてる棚に手を出したのでとっさに叫ぶ。
と言っても俺の言っていることが分からないのか、ただ怒鳴られたことだけは理解したようでびくびくとしながら商品を元の場所に戻す。
身長の割には小心者か?
「あまり驚かせてやるな。それで、今日中にできるか?」
「自国の姫の頼みとあればな。いいよ、やってやる。ただし特別料金は貰うからな?」
「分かってるさ。私は少し寄る所がある。進めていてくれ。それと、私の大切な客だからあまり無茶はしないでくれよ?」
薄くマイアは笑うと、そのまま店を後にする。大切な客なら1人きりにさせるなよな。
「ま、いいや。ほれ、椅子に座れ」
採寸をするため、メジャーを取り出し向かい合わせにした椅子の片方に座る。
やはり外套はこわごわとした様子でもう片方に座り、じっと下を向いている。
それでも身長の関係で俺を見下ろしたような感じにはなるんだが。
と、そこに写った顔に戸惑う。そいつは、黒髪黒目、そして彫りの浅い顔立ち。
それに、見慣れたようなその顔。まさか、な。
「な、何か?」
不安そうに零れる声は心底頼りない。まるで帰り道を失った子供のようだ。
「ん? お前喋れるのか? なら、何であの姫わざわざ翻訳の魔術品なんて作らせるんだ?」
「お、俺の言ってること分かるんですかっ?!」
男は興奮気味に俺の両肩を掴み、叫び声をあげる。
「うるっせえなっ。あと、肩いてえよ!」
「わ、悪い。ここに来てから誰の言葉も分からなくて。そ、それはともかく! ここ一体何処なんだ? 日本語も英語も通じないし、あんたも日本人なのか?」
一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。こいつ、何を言っているんだ?
「お前こそ、何言ってるんだ? 俺が話してるのはセクト共通語……いや、ちょっと待て。今、何年だ?」
そいつが教えてくれた年月は俺が、死んだ3年後。目の前のこいつは、確かに今そういった。
つまり、やはりこいつは俺が死んだあの世界から、やってきたと言うことか?
「落ち着いて聞け。まずここは日本じゃないし、ましてや地球ですらない。お前は、全く違う世界にやってきたんだよ」
男は呆気に取られたのか、一瞬固まると笑い出す。
「や、それはうまい冗談だな。お嬢ちゃん。ほんとは何かのプロモーションなんだろ?
急に気を失ったのはまずいけど、それ以外はうまく出来てるよ」
だめだ。こいつ信じようともしねえ。
「よく聞け。その耳かっぽじってよーく聞け! お前がいる今が現実でこれはバーチャルでも何でもないんだよ。外を歩きゃモンスターがはびこる、いつ命を落としてもおかしくないそういう世界なんだよ」
「あ、そういうゲームか何かか。となると、君はチュートリアルの担当? けどさ、言葉が分からないのってシビア過ぎない? えっと、君から道具を貰えれば言葉が分かるようになったりするのかな」
このゲーム脳がっ!
「ちげぇ! 何ゲームと現実一緒にしてんだよ! お前はバカなのか、それとも現実諦めてる可哀相な人なのかっ!」
「か、可哀相ってなんだよ! あれだろ、『レジェンド』とかってやつみたいなゲームなんだろっ?!」
「あれと一緒にすんな! あんな荒廃した世界で生きていけるかっ!」
つーか、何であれを知ってるんだ? あれをしていたプレイヤーの1人か?
「荒廃した世界とかって知らないよ。兄さんがやってただけだし」
不満そうに、頬を軽く撫でながらぼそっと言い放つ。
「まず、知らないだろうから教えてやる。VRを通してのものは医療など一部を除いて、そのほとんどが肉体に傷が残らないようになっている。それで事故や事件も発生したからな。あくまであるのは五感に対しての擬似的な衝撃のみだ。つまり、刺されるような痛みは、VRでは存在しないんだよ」
俺の鞄からナイフを取り出し、男の頬にそれを添える。
「そ、それが新しい技術ってやつなんだろ?」
「痛みを強くしてどうする。もう少し頭使って物を言え」
ナイフの切っ先を頬にあて、軽く力を入れる。それだけで皮膚の表面に刺さり、一瞬球のようになると頬を血が伝い落ちる。
「けど、ならここは何なんだよ。何で俺がここに居るんだよっ?」
流れた血を拭うこともなく、男は愕然とした様子で呟く。
「それは俺も知りたいさ。まあ、ある程度の予測はつくんだがな」
おそらく、こいつが勇者としてこの世界に召喚されたんだろう。
だが、確かに何故とは思う。何でこいつなんだ、と。
「ま、詳しいことは呼んだやつに聞いてくれ。ほれ、血拭え」
呆然とした表情のそれに鞄から手ぬぐいを出し、渡す。
「何で、なんだ。何で、俺が。何で、こんな場所に」
「知るか。ほれ、採寸するから腕出せ」
俯いたままぶつぶつぼやくのを無視し、採寸をし、それに合わせてデザインを考えていく。
「俺、どおしたらいいんだよ……。なあ、兄さん……」
「それくらいお前で決めろ。いちいち俺に頼るな、バカナギ」
こいつは昔から俺に頼りすぎだ。3年も経ってるなら高2か3って所だろう。
呟くような言葉は、おそらく独り言だったんだろう。だからといって、死んだ人間に頼るな。この愚弟が。
「な、んで?」
「またそれか。お前はいちいち落ち込むたびにそればっかだな。もう少し語彙を増やせ、渚」
こいつにとっては3年ぶりの、俺にとっては10年ぶりの。共に無くした筈の、家族の邂逅と言うべきなんだろうか。
俺の弟、向日渚との。
たっぷり10分は止まったままのバカを放ってデザインを決め、作り始める。
冶金した金属板はまだある。その中から加工しやすいものを適当に選ぶと適当に切り、曲げ、そこそこ丁寧に彫金する。
彫金の時点で翻訳のスキルを付与し、完成。男相手だし別料金といっても性能さえあれば問題ないだろう。
「いい加減復帰しろ」
軽く頭を小突くと、それで再起動がかかったのかようやく若干焦点が合わなくなってやばくなった目があう。
「な、何でこんなところに兄さんが?! い、いや本当に兄さんなのかっ? そもそも兄さん3年前に死んだし、ここまで小さくなかったよなっ? に、偽者っ? そうだ、偽者に違いないんだろっ! 兄さんの昔の姿で何がしたいんだ、この偽者っ!」
「黙れ。いい加減黙らんとお前の痴態を全て公開するぞ、おい」
混乱し始めたバカを本格的に黙らせるため、迫ってくるところを思いっきり左手で打つべしっ!
「おぐぅっ!」
思いっきりレバーに入れたそれはバカ、もとい渚を黙らせるには十分だ。
何か変な音を空気と共に吐き出し、項垂れるそれをあまり家族だと思いたくないが。
「とりあえず、落ち着け。詳しい説明はそのうちしてやる。もう少しで姫も帰ってくるし今はしてやらん」
「……その無茶苦茶な言いっぷりと不遜な態度は、兄さんっぽいね」
「お前は変わったな。久しぶりに再会した弟にリバーブローをくれてやるなんて思っても無かったぞ」
苦笑する渚に俺も苦笑で返す。
「穹兄さん、なんだよね」
「ああ。お前のお兄様だよ」
何故か目元を滲ませるバカ弟に傲岸不遜な態度は崩さず接する。
こうやっておいた方が少しは信憑性も上がるだろう。
「ま、それはともかくだ。これをつけておけ。あと、俺のことを姫をはじめ他諸々に言うな」
「えっ? 言うなって何を?」
俺から魔術品を受け取りながら、渚は不思議そうに首を傾げる。
「俺がお前の兄であることだよ。簡単に言えば、今の俺はこの世界の住人だからな」
それであるのなら最初から名乗らなきゃ良いだけの話ではあるんだが。
といっても家族に黙っているのは気が引ける。特にこいつはこっちに知り合いすらいない状況だ。
家族として心配するのは当然だろう。だからといって、バラして色々面倒が生じるのは避けたいと言うものある。
そんなわけで、まあ基本的には黙ってもらうことにしよう。渚も俺の力なんて知るはず無いんだし。
「相変わらず良く分からないこと言うね、兄さんは。分かった、また何か変なことに巻き込まれてるんでしょ」
「俺が何時までも歩く不幸製造機だと思うなよな。ま、とにかく俺のことは話すな」
物凄く不機嫌そうな表情で睨まれる。気持ちは分からなくは無いが、こればかりはどうしようもないだろ。
「兄さんの単独行動とかいつものことだからね」
「お前な。帰り道で1つ道を曲がっただけで数kmワープすることの何処が単独行動なんだよ。ま、それに関しても話してやるから今はそれの性能試すぞ」
どうやら俺の言語中枢は俺が思っている以上に優秀らしく、この世界の言葉と向こうの世界の言葉程度なら意識せず切り替えが可能らしい。
「俺の言ってることが分かるか?」
こちら、いや正確にはこの国周辺で使われている言語、セクト共通語というものなのだが、それで話しかける。
「うん、大丈夫。分かるよ」
渚から聞こえる言葉と口の動きがあっていない。魔術品は成功、だろう。
耐久度の調査などはしていないが、暫くは持つだろう。むしろしっかり言葉を学んでしまえば問題ない。
「じゃ、俺は姫が戻ってくるまで寝てる。姫が戻って来るか、誰か来たら起こせ」
カウンターにまで戻ると、常備しているブランケットを身体に纏わせ、目を閉じる。
渚が何か言っているが、仕事をしたせいか異常に眠い。軽く眠るくらいは許されるだろう。
ゆさゆさと肩を揺さぶられ、目を開くと姫の顔があった。
「随分と良い身分だな。客を待たせたまま眠りこけるとは」
「昨日遅くまで仕事してたんだよ。マイアに頼まれてた仕事も済んだし、店番も居たから問題ないだろ」
「私の大切な客と言っただろう。その相手に店番をさせてどうする。まあいい、品自体は相変わらず出来も良いからな。それで、料金のことなんだが」
呆れながらも何処かから布袋を取り出すマイアを制する。
「材料費だけまずくれ。後はそっちに支払わせる。材料費は、銀貨10枚。技術料だの手間賃だのは金貨20枚でいいよ」
さらっとふっかける。渚はまだ貨幣価値もわからないだろうし、姫もそこに明るいとは思えない。
「いや、依頼をしたのは私だ。私が払おう」
「作ったのは俺で、使うのはあっち。あっちも男なら自分で支払いたいだろ、きっと」
軽く渚を挑発し、自分で払いたくなるように仕向けてみる。
「あ、あの。マイア姫、俺自分で払いますよ。その、にい……彼の言ったとおり俺が使うものですから」
無用心な発言を睨みで打ち消す。全く、こいつは無用心すぎる。
「だが、ナギサ。こちらへ呼んだのは私。あなたの保護をするのは私のはず。なら、私がお金も出すべきだ。それに、お金なんて持っていないだろう?」
だが、マイアは一歩も引かず正論を掲げる。
「そ、それはその通りなんですけど、あ、これ換金出来ないですか?」
渚はごそごそと外套を脱ぐと、腕に嵌めていた時計を見せる。シンプルな白金色のそれは中々凝っていて高校生が持つもの、としてはそれなりに値が張るのだろう。
「何だ、これは。随分小さいが、時計、か?」
こっちの世界では置時計が主体、というかそれか壁時計しかない。
しかも一番小さくても俺の半身はあるであろう巨大なもの。
それに比べ高校生が買えるものなんて正直大した金額ではないだろうが機能は充実しているだろう。
「ええ。しかも最新型のデータ送受信型で、え? 全部アクセス不能?」
どうやらうちの弟は可哀相なほど頭が悪いらしい。別の世界だという俺の忠告はすっかり忘れ、サーバーにアクセス出来ないとうろたえている。
「なあ、姫。あれ、一体なんだ?」
可哀相なものを見る目で渚を見ると、少しだけマイアは顔を伏せた。
「あ、ああ。いや、時計ではないだろうか」
「そっちじゃなく、あの右往左往してる図体だけでかいあれだよ」
無駄にでかくなりやがって。ま、ああやってすぐ困り果てるのは変わってないようだが。
「ああ。紹介しよう。彼が今回私たちリンジョア王家が召喚した勇者、ナギサだ」
やはり『召喚された勇者』か。全く、面倒なことに巻き込まれやがって、あのバカ。
「あっそ。つーかあっさりとバラして良かったのか? 外套まで着せてたってことは秘密にしたかったんじゃないのか?」
「いや、彼の容貌はあまりに目立つ。正式な発表は行うが、見世物ではない。だからだ」
「それにしては『俺の』ところに来たわけは? いや、そこまで聞くのもおかしいか」
「彼を初めて見た時、お主の顔を思い出したからだよ。それに、雰囲気が良く似ている」
そりゃ、元々血の繋がった家族だったからな。似るのは自然の流れだ。
「そーかい。おい、こっちのでかいの! 落ち着いて座ってろ!」
今更自覚が出てきたのか、どうしようとうろうろする渚に声をかけ、一度作業場へと向かう。
「茶、淹れる。どうせ暫く居るんだろ?」
「ああ。手間をかけさせるが頼む」
軽く手を振り、作業場の片隅にあるかまどに火をいれ、お湯を沸かす。
さて、困ったことになったな。というか、あのロリ神は何をしているんだ?
渚に手を貸す。それは俺の中で規定事項だ。話を聞く限りでは、あいつは本来この世界には無関係のはず。
ただ静かに決意し、それに対し必要なことを頭の中で考える。ただ、じっと。
と、実はただボーっとしながらお茶を淹れると3人分をトレイに載せ、果物と蜂蜜を一緒にカウンターまで運ぶ。
「で、説明は済んだのか?」
「ある程度のことは済んだ。王宮も学校も、こういった話が出来る場所は多くない。場所の提供を感謝する」
工房はその性質上、外に音を漏らさない工夫が多く用いられている。
特に、特殊な機材や材料、技術を扱うことのある『魔術工房』では防音のほかにも様々な外部との遮断手段が備わっていることも多い。サンパーニャも当然そのうちの1つだ。
本来と違う使い方であるものの、密談などをするのにある種では最適なのかもしれない。
この世界には魔術はあっても科学はほとんどと言って良いほどないんだから。
「今日はこれまでにするからゆっくりしていってくれ」
閉店を示す札を扉に下げるとかまどと炉の火を落とし、散らかっている作業スペースを片付け始める。
「いや、みなもそろそろ心配するだろうから帰る。あまりお主に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
そういった意味では既に多大なる迷惑をかけられてはいるんだが。
「で、そっちのはどうするんだ? マイアの屋敷か?」
「ああ。そうする予定だ。明日からにでも学校にも通ってもらう」
ん? 学校の入学可能年齢って確か15までだったよな。こいつ、17~8のはずなんだが。
「勇者を鍛える環境を得るため私はナギサを連れてきた。特例を認めさせるのは手間がかかったが」
そうやって不遜に笑うマイア。ああ、こいつ無茶したな。といっても、魔術師にとっても悪い話ではないだろう。
神から賜った勇者が魔術を使って世界を救う。神話好きなこの世界からしてみたら相当な美談だろう。
どうせ、その神自身が魔王を生んだなんて俺以外知る由も無いんだろうし。
「あ、あの。姫、お願いがあるんですが」
「マイアで構わない。それと、その敬語もどうにかならないのか?」
少し気を損ねたような表情をするが、普通の人間は王族にタメ口なんて聞かないだろ。
特にそいつみたいな人見知りをするようなやつだと。
「い、いえ。ええっと、あの。この人の家に泊まりたいんですけど、だめですか?」
こいつはやはり頭が可哀相なんだろうか。一度脳神経外科にでも診て貰った方が良いのか?
いや、そんな物はないか。
「急にどうしたんだ。何か理由でも?」
「いえ、その。姫様と同じところで暮らすっていうのも気後れして。その分、この人なら大丈夫かなって」
理由にならんだろう、それは。
「そういうわけには行かない。ナギサはこの国、いや世界にとっても大切なんだ。それを、言い方は悪いが庶民のところに預けるわけにはいかない」
「ま、そりゃそうだな。けど、こいつも急にお前と同棲するとなったら不安にもなるだろ。お前んとこ、他には使用人しかいないんだろ?
一日、うちで面倒みる。後は少しずつでも慣れさせていってやれよ」
怪しまれない程度のフォローとしてはこの程度が限度だ。これでもバレバレだろう。
す、っと目をマイアは細めると温くなってもいないお茶を一気飲みすると、席を立つ。
「そうだな。ナギサはこっちに来て、ずっと不安そうだった。言葉が通じないと言うこともあっただろうが、随分とお主には気を許しているようだ。世話をかけるが、頼む」
「ああ。ま、気長にやれよ」
少しだけ遠くを見るような視線で俺を見ると、静かにマイアは出て行った。
「何一国の姫に気遣わせてんだよ。お前は」
「や、だってさっ。俺、初めて会う人苦手なの兄さんだって知ってるだろ?」
「少しは落ち着け。あんなこと言われて傷つかないわけないだろ?」
申し訳なさそうに言う渚に軽くデコピンをしてお茶を啜る。
「そう、なんだけど。ごめん、迷惑かな」
「お前が、んなことを気にする必要は無い。飲んだら出るぞ」
ちょうど良い温度のお茶を流し込む。ナギには少し熱いのかもしれないが。
飲み終わるとさっさと店の片づけをし、鍵をかけ家に戻る。
鍵は俺とジェシィさんがそれぞれ持っているから返す必要も無い。
と、家に着いた時に根本的な問題があることに気付いた。どう、説明すればいいんだ、と。
いや、薄々気付いていて考えはしたがそれでも間に合わずに帰り着いたというのが正しいか。
「ね、ねえ。何かでかい家についたんだけど、ここが兄さんの家?」
「まず兄さんと言うのを止めろ。今のナリと環境でお前が弟であると公言は出来ん」
落ち込む渚を放って門扉を開く。どれだけ落ち込もうと俺の後をついてくる。そう躾けたからその行動は変わらないだろう。
思ったとおりついてきた渚を連れ、父と母を呼ぶため客間に案内し、待機させることにした。
「で、こっちが俺の父でトニー。そして母のクリス。んで、こっちが……現在進行形で落ち込んでるバカ一匹。別名勇者」
何故か落ち込んでいる弟を無視して形式ばかりの紹介をする。父も母も困惑が顔に張り付いているのが良く分かる。
「ね、ソラ。この人は、ソラの友達かな?」
探り探り、といった母の言葉は不審者を見るソレだ。確かに外套を羽織ったままの巨体は見るものに対し不審といった印象を与えるだろう。
「友達というか、ええと。弟、だな」
「私こんな大きな子産んだ覚えないよ? トニー、まさか違うよね?」
父は慌てて首を振る。もっとうまく紹介するべきだったか。
「母が産んだ子は俺とレニだけだろ。父の隠し子とかそういうのでもないよ。
こいつは向日渚。向日穹の『弟』だよ」
それで少しは状況を掴めたのか。両親は複雑そうな表情で渚を見つめる。
「今日一日こいつを預かることになったから。あー……適当に俺が世話してるから、あんま気にしないでくれ」
正直父も母も渚自身も距離を測りかねるだろう。俺からしたら全員家族で、けれど父と母にとっては見ず知らずの他人で、渚としてもそうだろう。
その状況に対し、何かをしてほしいとはさすがに俺も言えない。
「ま、ちょっとこいつに話したいことあるから、夕食食べたら部屋に引っ込んでるよ」
ああ、とかうん。としか返事がない両親をとりあえず一度置いておく。
あまりの展開に追いつけないだろうし。俺自身が少なくとも、そうなのだから。
「改めて、久しぶりだな。渚」
場所を移して俺の部屋。食事は、まるで通夜か葬式のように静まり返っていた。
渚は黙っているし、両親も何かを聞こうとするものの戸惑いを隠しきれず。
レニはその様子を不思議そうにしながらもしっかりと食事を摂っていたのは素晴らしいというべきか。
「うん、久しぶり。それで、色々と聞きたいんだけど」
そんな渚の要望に応え、俺のこれまでを話すことにした。
死んだときのことから、現在に至るまでのことを。
といっても、幾つかぼかした部分はあるが。こいつの性格上、世話になる人間に対して嘘を吐くのも難しいだろう。
なら話して良い部分とそうでない部分をこちらで決める。それだけで何かを隠そうとしていることをこいつは気付けるだろうから。
「そんなわけで俺はこの10年を生きてきたというわけだ。変な顔してどうした?」
「ちょっと突拍子もない話だったけど、理解は出来た、かな。でもさ、兄さん。何で俺と兄さんとで進んでる時間が違うのさ」
それは俺も考えていたことだが、結論は出ていない。
想定出来ることや予想出来ることはいくつかあるが、あくまでそれが想像を超えることは今のところない。
「さあな。それよりも、お前は今は自分のことを優先して考えろ。身の振る舞いなんかも含めて、な」
冷たいようだがそれを決めるのは渚自身だ。俺はアドバイスを求められるなら応えるつもりだが、最後はこいつに決めてもらいたい。
俺の希望もあるし、やけにでもなろうものなら殴ってでも止めるつもりだが。
「う、うん。わかったよ。けど、本当に兄さんなんだ。もう、2度と逢えないと思ってた」
「逢えないのが正しいんだよ。本来なら、俺はただ死ぬだけだった。それが俺の背負わせられた『何か』だったんだ」
にしても、ずいぶんとあっさりと俺を認めたものだ。話の途中途中に渚の恥ずかしエピソードを織り込み続けたのが功を奏したのだろうか。
「それでも、俺はうれしいと思うよ」
「あっそ。で、次はお前の番だよ。まず、どうやってこっちに来たんだ?」
まずこれを聞く必要があるだろう。外套を脱いだ姿は単なる私服だったし。
それでも姫が普段着ている服に比べても素材自体いいものなんだが。
「ええっと。小腹がすいたから夜食をとろうと思ってコンビニ寄ってさ。それで色々買い込んで帰ってる最中に目の前が明るくなったと思ったら気を失ってさ。
そういや、気を失ってる途中に一瞬あったかい何かに包まれた気がしたんだけど、あれなんだったんだろ」
と、外套のどこに隠していたのかコンビニの袋を取り出す。
中から出てきたのはカップめん、駄菓子、ペットボトル飲料、おにぎりなどありふれた、けど懐かしい品物ばかりだ。
「な、なあ。ナギ……?」
「えっ? な、何兄さん。そんなにぎらついた目して」
「言い値で買い取るからこれをくれ!」
袋ごと掻っ攫う。
「え、いや、うん。それくらいならあげるよ。こっちで色々なもの食べたし」
「サンキュ。やっぱお前は出来た弟だ!」
所有権が移ったのを確認するとおにぎりを開封、かぶりつく。
ああ、これだよ、これ! うまさ、というよりもほっと安堵する。懐かしさとか、いろいろなことがこみ上げ何だか全身の力が抜ける。
「ど、どうしたの? 消費期限切れてたりした?」
「いや、平気だよ。うまいなって思ってただけ」
ペットボトルの緑茶を飲み、しみじみと眺める。おっさんくさい気はするが、それはそれ。
本当に米をどうにかしたくなってきた。まあ、そう都合よく行くものでもないんだろうけど。
「じゃ、寝室に案内する。そろそろお前は寝な」
「兄さんに年下扱いされてこんなに違和感覚えるのは初めてだよ……」
ま、現状で俺のほうが年下だし、そう思うのも無理はないだろう。
だが、その科白は前々から俺を年上だと思っていなかったと認識して良いんだな?
渚を寝室に送り届けると居間で父が寛いでいるのを発見したため近寄ってみる。
「明日は休み?」
「そろそろ寝るつもりだよ。ソラこそ、明日も仕事だろう?」
「ん。……ナギ連れてきたの、まずかった?」
父は食事中何度か渚を見て微妙な顔をしていた。理由は分からないが、何か不快なことがあったのだろうか。
「そうじゃないけどね。彼、ナギサだったかな。彼は本当にソラの弟なのかい?」
「ああ。話した限りで間違いなく、ね。父は疑ってる?」
「疑っているというよりも、怖いかな。彼が、ソラをどこかに連れて行ってしまいそうで」
「よく分からないけど、まあ大丈夫。俺の帰る家はここなんだし」
妙に不安そうな父の言葉を笑い飛ばす。いろいろと思うことはあれど、俺が生きてるのはこっちなんだし。
「そう、うん。そうだよね」
少しだけ、疲れたような。救われたような顔で父は笑い、席を立つ。
「ソラ、お休み」
「お休み、父」
早めに起き、朝食を作る。朝食作りは久しぶりだが、何となく気が向いたからだ。
「どうしたの、こんなに作って」
「何となくだよ。母、運ぶの手伝って」
呆れている母に手伝ってもらい料理を運ぶ。正直朝から5種類は作りすぎたと反省している。
「あの弟さんのこと? ソラの弟って何だか凄く違和感あるけど」
「別にナギは関係ないって。あのバカ叩き起こしてくる」
どうせまだ寝ているんだろう。姫は朝早いイメージはあるが、おそらくあいつはまだ爆睡しているだろうし。
「起きろ、ナギ」
ゆさゆさと揺り動かす。でかくそれなりにしっかりとした身体は俺の腕力では動こうとしない。
「あと30分……」
「いいから、起きやがれ。このやろう」
毛布を顔まで被り、起きようとしない渚。
「そろそろ起きないと俺も強硬手段を取るぞ」
折角の朝飯が冷めるのはいただけない。
「あと1時間……」
完全に今起きることを拒絶したバカのため、ベッドに登り、標的目掛けて飛ぶ。
「食らえ、『ムーンサルトニープレス』!」
バク宙をし、両膝を標的の腹部目掛け、落ちる。
「っ! な、に、す、るんだ……っ! に、兄さんっ? 夢、えっ?」
無防備な腹に思いっきり両膝が命中すると声にならない叫びを上げたあと、まだ寝ぼけているのか困惑の表情を浮かべられる。
「とっとと起きろ。もう朝だ」
「あっ?! そ、そうだね。うん、うん」
何度も頷くその姿に首を傾げるが、起きたのなら構わない。
いつまでも弟の腹に乗る趣味はないため、さっさと降りて部屋を後にすることにした。
「着替えたら食堂まで来いよ。あと、おはよ。ナギ」
「おはよう、兄さん!」
妙に朝っぱらからテンションが高いやつだな。まあ、特に気にすることでもないか。
「よ。朝からわざわざ悪いな」
「私が自分の意思で来ただけのこと。ナギサは落ち着けたか?」
食堂に戻ると、そこには何故かマイアが居た。というか、渚を迎えに来ただけか。
で、そのついでに朝食を集りに来たわけだな。
「ま、そこそこには。マイアも食べてくんだろ」
「本当は遠慮しておくつもりだったんだが、食べたことのない料理が多い。味見をさせてもらえるとありがたい」
「毒見役はいないぞ?」
「そんなのは分かっているさ」
軽口の応酬をしていると、渚とレニが何故か手を繋いでやってくる。
「なあ、件の勇者どのは少女愛玩趣味なのか?」
そうでなくともレニに手を出したら沈めるが。
「いや、私はまだろくに会話もしていないが。そうなのか、ナギサ」
「何て言いがかりさっ?! ち、違うって。この子が俺を連れてきてくれただけで、俺はその……」
「こんな時に言い澱むな。レニ、おいで」
渚の手を離し、素直に駆け寄ってくるレニの頭を撫で、椅子に座らせる。
全員が揃ったところで、食事を始めることになった。
「これはどういう食べ物なんだ? 妙に厚いんだがしっかりと中にまで味が染みている」
「それはハンバーグ。作り方は面倒だから省くけど、挽肉を焼き固めたものだよ」
といっても挽肉を使った料理自体ほとんどないんだが。ミンサーも出回っていないし。
「なるほど。それにしても、ナギサは抵抗なく食べているがナギサの世界でも良く食べられていたのか?」
「これは、よくにい……に、似たものがあったからさ。俺の好物ばかりだし」
また不適切な言葉を出そうとする愚弟に睨みを効かせ、さっさと食事を終わらせる。
「俺はサンパーニャに行ってくる。マイア、何かあったら来てくれ」
「もう出るのか? 分かった、後で材料費を持っていく」
それに首肯で応えると、身支度をして家を出ることにした。
「おはよう、お姉さん」
「うん。おはよう、ソラくん。何か良いことでもあったの?」
「特にはないけど。それより、昨日は」
昨日の売れ行きと予約、それと姫のことなど簡単に業務の引継ぎを行う。
「そっか。何だか大変なことになってるみたいだね」
渚の、というか勇者の話にまでなると、お姉さんが少ししょんぼりとした声で話す。
魔王による被害はうちの常連にも及んでいる。
幸いにも死傷者は今のところ出ていないが、怪我をしたり仕事がうまく行かなかったりとその影響は無視できるものではない。
「そのための仕事も進んでるんだ。出来る事はやってる。後は実を結ぶためにどうするか探ってくしかないよ」
俺たち魔術職人は裏方の仕事だし、直接戦うことは出来ない。
だからこそその戦いに出向く人々に役に立つものを提供する必要があるんだと思っている。
俺が言ったところであまり説得力はないのかもしれないが。
「私はお昼からお父さんと商工会に出てくるから夕方までいないけど、お母さんがお店に来てくれるみたいだから」
「ん、分かった。じゃ、今日も一日頑張りますか」
と、意気込んでみたはいいものの。仕事自体はギルド関連や他の工房との合同事業が入っていなければそこまでイレギュラーなことはない。
昨日は勇者騒動で俺一人少し慌しかったがそれ以外は普段通り。そんな立て続けに何かが起こるわけでもなく、予約品も滞ることなく作成している。
「いらっしゃいませ、ってオウラ様。どうされたんですか?」
お姉さんが客に応対しに向かうと、どうやらオウラが来ているらしい。お姉さんはオウラやマイアが苦手らしく来る度に緊張している。
お姉さん曰く、緊張しない俺の方が変らしいんだが。
「翻訳の腕輪が欲しい。ソラは居ますか」
「はい。えっと、少しお待ちください……」
「聞こえてるよ。にしても、オウラがここで翻訳使ってるなんて珍しいな」
と、作業場から出るとオウラの他に既視感のある光景があった。
全身黒いローブに包まれた、何か。一瞬ハッフル氏かとも思ったが、それにしては独特の空気がない。
渚といい、今はそういったものが流行っているんだろうか。
「ソラ、今回は国のものとして来ました。彼女に、翻訳の魔術品を作って欲しいのです」
一個人、俺の友人としてではなくゼットア国第14王女オウラ・シュヌーケルスとしての依頼ということか。
となると、やはりそういうことなんだろうな。
「ああ、承った。じゃ、そっちの人に幾つか聞きたいから翻訳の腕輪を渡してやってくれ」
「あ、私そろそろ出なきゃいけないから、準備する、ね?」
お姉さんはこそこそと作業場に戻り、自分の作業スペースの片づけを始める。
本当に、何でこんなにもオウラのことが苦手なんだろうか。
「ワかった。ことネ、挨拶して」
オウラはことねと呼んだ女性に腕輪を渡すと、さっさと近くにあった椅子に座る。
「ええと。あたしは三田村ことねです。よろしく、小さな鍛冶屋さん」
「ソラだ。よろしく」
やはり黒目、そして染めているのかアッシュブラウンの髪の女は、微笑みながらそう名乗った。
名前で判断するならこのことねも日本人。さて、どうしたものやら。
「ソラ、材料費を持ってきたぞ」
ドアのベルが鳴る音と共に、マイアと渚が現れる。
さて、本当にどうしたものやら。
ことねと魔術品の種類やサイズを決めている間に、空気が死んでいる場所が出来つつあった。
マイアとオウラは国が同盟国ということもあり、仲は悪くない。
だが、今回はどうしてか向き合って座っているが空気が澱みきっている。
最初こそそれなりに話はしていたものの、渚とことねの話になると急に空気が死に始め、間に挟まれるように座っている渚の冷や汗が止まらなくなっている。
ちなみに途中からメレスさんも来たんだが、あまりの空気に買い物に行くといって逃げた。俺も逃げたいので責められはしないが。
「後は実際に作っていくだけだな。で、マイア。営業妨害するなら帰ってくれるか?」
「私は別に営業妨害なんてしていないぞ。お主が仕事中だからこうやって待っているだけではないか」
「お前らが来る客を追い返してなきゃそれも頷いてやるよ。オウラ、お前も来る客全てに睨みつけるな」
この姫たちは人が来るたび不機嫌です、という態度を隠さないまま訪れる客を睨む。
これが営業妨害だと言わず何になるというんだ。
「それは、そうだが。……すまない、少し気が立ってしまっていた」
「ごめンなさい」
「ま。いいさ、そういう時もあるだろ。この売り上げの損失は渚につけておくからもう気にするな」
さらっと弟に責任をかぶせ、場を落ち着かせる。
……何故だか渚が騒いでいるが俺は気にしない。そもそもあいつにはまだ貸した金を返してもらっていないし。
何故かことねが俺を訝しがる表情で見つめるが気にしない。
「じゃ、作り始めるが少し時間かかるぞ。オウラ、どうする?」
「ソラ、出来上がルころ、またクる」
「分かった。夕方ごろには出来てるだろうからその時にまた来てくれ」
頷き、オウラはことねを連れて店を後にする。一瞬ことねが俺を見ていたような気がするが、気のせいだろう。
「で、マイア。何か聞きたいことでもあるのか?」
「あるが、今は良い。邪魔もしてしまったし、今はあの勇者に作るものを優先してやってくれ。
それと、別件だが。ナギサに何か武器を用意することは出来るか?」
「出来るけど、それは武器屋に行った方がいいんじゃないか? うちは魔術工房だぞ?」
正直それは建前でしかない。ないんだが、ここでは材料が足りない。
今ある材料はほとんど魔術品用だし、オウラたちに貸与している道具類を作る余剰は今は無い。
「ソラは良い剣を打ったことがあるとリオナに聞いたことがある。あの『工房アンドグラシオン』ですら感銘を受けたという話も聞いているぞ」
そういえばお姉さんの親友ことリオナはマイアのクラスメートだったな。余計なことを。
俺とリオナの関係は徐々に良くなっているが、今回のようにお節介でしばしばトラブルも発生している。
『工房アンドグラシオン』はおやっさんが工房主を勤める工房で、小規模ながらこの町はおろか王都にすら名を馳せる工房らしい。
「大げさだよ。それに渚、お前何か武器を使えるのか?」
少なくとも俺が知る限りではこいつが何か武術をしていたという話は聞いたことがない。
多少身体に筋肉はついているものの、よくてバスケ部くらいだろう。
「武器とかは使えないけど、魔術? なら使える気が、なんかする」
「うちじゃ魔具のストックはないぞ。そもそも持ち込みすらないわけだし」
俺の秘蔵ストックを放出するわけにもいかない。それが世に出た瞬間、魔術ギルドが俺を拘束にかかるだろう。
「身を守る術は身に着けるべきだ。戦いになったとき、最後に信じられるのは自分の力なのだからな」
「魔具の調達は間に合っているのか? 属性石が手に入れば調整くらいならするぜ?」
「当然だろう? 今各地に調達を行わせている。何か良いものが出来れば融通して欲しいが」
「知り合いに当たってはみる。で、渚。お前も使えそうな武器があれば言え」
「あ、うん。そうする」
「にしても、なんだ。随分と気心知れたというか、その。仲が良いな?」
仲が良いと評されるかどうかは分からないが、少し気を緩めすぎたか。
俺も、どうやら渚と会えて嬉しく思っているらしい。
「ま、少しあってな。それよりも、勇者は1人じゃないのか?」
「分からない。今調べている最中だが。そもそも勇者という存在自体、極秘事項に値するからな」
なら、やはり本来俺に話すこと自体だめだったんじゃないだろうか。
「詳しいことは聞くなということか。ま、魔具にしろ武器にしろ話し合って決めな。俺は何もいえないわけだし」
協力相手を求めてはいるんだろうが、難しいところだ。現状や世界の情勢を考えると『勇者』というもの自体魔王への切り札であると同時に外交の手段ともなりかねないだろう。
そうなる前にせめて渚だけでも元の世界に帰してやりたいんだが。
「そうだな。無理を言うこともあるだろうが、よろしく頼む」
代金だ、と布袋を渡され見送る。
さて、これから忙しくなりそうだな。
だがその前に。布袋に入っている白銀貨10枚を返さないと。
前回のあとがきで書いたスキルや武具なのですが、スキルで言えば詠唱、武具で言えばその名称と説明等オリジナルから作らないと色々面倒なものが幾つかあるんですよね。。。
特にネタ装備・スキル関連で。
あ、twitterを始めましたのでそちらに寄せてもらったりするとありがたいです。アドレスは http://twitter.com/#!/say_magic_alcem
更新状況などもそちらに載せられればと思います。
評価、つっこみ等ありましたらよろしくお願いします。
2011/11/27 誤字等修正いたしました。fog様ご指摘ありがとうございます。