第17話。救出大作戦!
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駆ける、駈ける、翔ける。
まるで地を縫うかのように、大地を泳ぐように、空を舞うように。
――と出来れば良かったんだけど。実際は出来る限り体力を消耗しないよう、地味に走っていくだけ。
本気で走るわけにもいかず、他の2人に合わせるように走っていく。
馬を借りるには人数が多すぎたし、何よりもそこまでの資金はサンパーニャにはない。
そんなわけで『気配探知』を続けながら怪しげな人物たちが去っていった方向へただ走り続ける。
途中休み休み進み、大体70kmほど進んだところでようやく男たちが止まっている所へと辿り着く。
といっても2kmほど離れた森の中に、だけれど。
そこは小さな集落のようなところで、3軒家が立ち並んでいるが見える範囲に人の姿はない。
といってもそれは見た目だけで、それぞれの家には何人か潜んでいる。
一番大きな家には10人ほど、他も5人ほど居る。
何人が敵で、何人がそれに捕まっているのか。そもそも拘束されているのか、それとも協力しているのか、怪我の有無はどうなのか。そういったことすら俺では判断は出来ない。
密偵の人に探ってもらおうともしたが、結果は失敗。中を覗けるような場所は限られていて、そこには誰の気配も無いそうだ。中に侵入しようにも、侵入者を見つける魔法陣がかかっているらしく無理だとのこと。
時折何人か出入りを繰り返すが、警戒をしているのか、うろうろと周りを回るだけで特にそれ以上の行動をしない。
2人一組で見回りをしているため少しずつ人数を削るということも出来ない。
どちらにせよ、それを始めると騒ぎになるだろうから本隊が来るまで動きようがないんだが。
結局合流したのは日が落ちる前。夜襲をかけるには情報が足りなさ過ぎる。
朝日が昇る頃を狙って作戦を開始することに決め、基本的な作戦を練るのと同時に離れた場所で野営を組むことにした。
作戦自体は大したことはない。お姉さんのご両親は一番大きな建物の中に囲われている可能性が高い。
そこを電撃的に襲撃。構成は前衛3名、バックアップ2名、そして魔術師。
前衛は重戦士、軽戦士、拳闘士、バックアップは弓手に密偵。
俺とお姉さんに関しては留守番だそうだが、どうやって崩したものか。
お姉さんはどうしても付いて行きたいと言う。娘だし、それは当然の感情だろう。
だが、俺に関しては会った事もない人だ。そういった意味では子供であるということもあり説得は難しい。
ヒュウガの姿であるのならまだどうにかなったのかもしれないが、正直あっちの姿は動き辛い。
『レジェンド』の時はあの姿で普通に動き回っていたはずだが、どうも違和感が付きまとう。
普通に生活する程度なら問題ないんだが、あれで戦闘は難しいと思う。変化のためなのか肢体の感覚がおかしいというか、俺の身体に何か取り付けてそれをむりやり動かしているという感じがする。
魔術だけ使うのも難しいだろうし、どうしたものか。
最悪固定砲台になればいいんだろうが、乱戦となった場合を考えるとそれも現実的ではなさそうだ。
少なくとも常連は顔が分かるためその点での説得は出来ないし、保護の面では問題はないだろう。
となると感情論だけしかなくなるわけだが、お姉さんの身の安全が確保できない以上、突入班に混ぜるわけにはいかない。
というわけで、残りは遊撃と防衛。そういえば聞こえは良いが基本的に臨機応変。
精々逃げる敵を倒すのと、突入班が囲まれないようにする程度しか出来ない。
せめて、あともう1人魔術師が居ればだいぶ変わるんだが、1人居ただけでもよしとする。
交代で休憩を取りながら生えていた木の実などで空腹を満たしたのち、夜を迎え警戒を高くする。
といっても俺は気配探知だけで、基本的には休むよう言われている。
俺もお姉さんもまだ子供だから夜はしっかり寝るように、とのことなのだがお姉さんはやはりまだ子供にカテゴライズされるのだろうか?
そんな疑問は今は脇にでもどけておいて、不安そうなお姉さんの隣に座り警戒だけはしておく。
今のところ見回りをしているのは全部で5人。交代で30分に1度、10分ほどかけてといったところか。
こちらを窺うような様子は今のところ見えないが、油断は出来ない。
夜が更ける前にさっさと寝ると、朝には多少身体はだるいものの行動するには問題ない程度には済んでいる。
他も同じような感じで、気力は十分といったところか。ただ、お姉さんだけが不安で寝れなかったのか辛そうだが。
作戦開始は日の出すぐ。
この時間にした理由はこちらの体力の回復と向こうの警戒が薄れそうな時間を狙って、だ。
夜襲は基本的にある程度気をつけるだろうし、家の中という閉鎖的な場所で、かつ中が分からない状態で薄暗い中で戦闘を行うのは不利でしかない。
そんなわけで、偵察に回ってきた相手を気絶させ、行動を開始した。
作戦は途中まで上手くいっていたはずだ。
突入班の家への侵入を果たした後もちまちまと出てくる敵を無効化させていたし、突入班もそうだろう。
一度一気に家から何人もが飛び出し、襲い掛かったこともあったが数はこっちが多い。
何より遠距離からの攻撃手段が無かったのか、辿り着くまでに傷を負わせられたのも大きい。
そんなわけでこちらに大した損傷を受けることもなく、無事終わると思っていた頃、それは現れた。
黒いフードに身を包んだ背の高い、何か。
それを視界に捉えた直後、ゾワリと何かが背中を走る。
嫌悪? 不安? 憎悪? とにかく負の感情をした、ナニカ。だ。
いつの間にか引き抜いていたファルシオンは、ただ"アレ"を斬る為そうしただけ。
お姉さん以外のメンバーもそうだ。ただ、アレの危険性はまだ気付いていないようだが。
「ガキの割には、勘が良い」
妙に抑揚のない喋り方をするそれは、俺に向かって近づいてくる。
あれを近づけるのは危険、か。つーか、アレは何だ?
名前を見た結果はサイクリヴォルス、か。ちょっと、いやだいぶまずい、か。
下級から中級の悪魔で、接近戦をこなす中ボス。俺の認識ではそのはずだが、レベルが40とそこそこに高い。
そもそも、イベント以外でモンスターが喋るなんて俺は知らない。俺の知識で間に合うかどうかも怪しいところだ。
「みんな、気をつけて。あれは、強い」
その言葉にお姉さんを守る人、距離を取り弓を番える人、と行動はそれぞれだが自分の役割を自覚し、動いてくれる。
1人くらい突っ込むものと覚悟したが、意外と言えば意外だ。
「そこまで見抜くか。面白い。だが、死ね」
「『スイングスラッシュ』!」
ソレの言葉と同時に起動させたスキルは正確に敵を両断しようと剣の衝撃波をぶつける。
が、あまり目に見えるダメージを食らったようには見えない。
やっぱ現状のステータスのままじゃ難しいか。
「大地を駆け抜ける恩恵を、我に『加速』」
速度を上げ、ほとんど意味はないだろうがVITの底上げもしておく。
さて。全力戦闘を行えば敵ではないんだろうがどうしたものか。
というより、アレが現れた場所が問題だな。アレは突入班が侵入した家、つまりご両親が囚われている可能性のある家から現れた。
家の中の人数はあの悪魔以外、人数は今のところ減っていないが、どうなっているか確認が出来ない。
さっさと倒して家の中を確認したいところだがそうするには短期決戦に持ち込むべきか?
と、弓手が矢を撃ち、俺も投石を試みているもののやはり効果は薄い。
この場合はタンクの重戦士2人に出てもらってアタッカーを俺と槍使い、バックアップを弓手にすべきか?
いや、もし他に敵が現れた場合お姉さんがやばい。軽戦士1人だとさすがに守りは慣れていないだろうし、どうすべきか。
「ソラくん、私は自分の身はどうにか守るから、平気だよ」
「分かった。危なくなったら、これ使って逃げて」
ピンクシルバーのバングルを渡し、敵を見遣る。
これでお姉さんの最低限の身の安全は取れる。あれさえあれば町にまでは戻れるはずだし。
「う、うん。分かった」
腑に落ちない表情をされるが今迷われても困る。押し付けると、その後は戦闘に集中することにした。
対人戦であれば2~3倍程度のレベル差であっても物量で押し流すことは出来る。
加えてレベルが総数で大きく上回るなら当然のはず、なんだが。
幾ら穿ち、突き、貫こうとしてもまだ倒れる気配はない。
むしろこちらは個々人で対応しようとするなら確実に負ける。そのためアタッカーといえど積極的に攻めきれない。
近距離攻撃しかないためタンクの役割がちゃんと果たせさえすればバックアップはしっかりと仕事をできるんだが、俺たちはそうもいかない。
お姉さんが大量にポーションを持っているとはいえ、痛みはきちんとあるし運が悪いと行動に支障のでる怪我すらしかねない。
そんなわけでタンクの間を縫い、『スイングスラッシュ』を放ち、弓で射抜き、槍で突くのだが決定打にやはり欠ける。
ローブはすでにボロボロでその下の姿は顕わになり、肉体もボロボロになっているのだが、未だに倒れる姿は見れそうにない。
その代わり、こちらは重傷こそ負っていないものの、引っかき傷だのなんだので結構ボロボロだ。
特にポーションを飲むタイミングが難しいタンクは顕著だ。
10分も戦っていないはずなのに疲労困憊なのはどうしても避けるのに余裕を持たないといけないし、かといって離れすぎないよう気をつけなきゃいけないのが大きすぎる。
そろそろ本気出す。と思った途端、森から矢が放たれた。
その後に続くように打ち出される火や岩、それに立ち上るように、いや『降って来る』光の柱。
全く、ある程度密着してるような場所でよくやるよ。
「一歩間違えると俺たちも全滅するところだったんですけど?」
「そんなヘマはしないよ。あとは私に任せてもらえるかな」
問いかけではなく、確定していることだと言わんばかりに森から現れたローブ姿の、ハッフル氏がそう宣言した。
普段飄々とした人の、ナイフのような鋭く尖った声と雰囲気。ここは逆らわないほうが良いだろう。
その後を続くのは幼馴染4人組。最初の矢はてっきり父でも来たのかと思ったが、どうやらいないようだ。
さて。どうやって此処まで来たのはか知らないが、後は任せて平気だろう。
というか、滲み出る殺気が邪魔するなと強く言ってるし。
その気に当てられたのか、タンクの2人も距離を取り、だが警戒は怠っていない。
「お姉さん、此処で待つように」
一言だけそう告げると一番大きな家に入る。
アレが単なる連絡役でしかないのなら、むしろ中の方がやばい。
そうなると俺が動くことが最善だろう。
あまり期待はできないが、『隠密』だけ使い入った室内は思ったよりも綺麗だ。
争いの跡もほとんどないし、今は抗争の気配もない。
『気配探知』を使ってみると、1つの部屋に人が集まっているのが分かる。
その部屋に行ってみると、全員が床に倒れていた。
全員で15人。侵入した人たちも、いかにも山賊といった風貌の男たちも、あるいは捕まっていたのかみすぼらしい服を着た男女も、全員が、だ。
見る限りでは何かで眠らせられたのか、呼吸はしているが意識はない。
目立つ怪我もしていないようだが何にこんな真似をされたのか。
念のため、部屋においてある縄で男たちを縛る。というか、これをアレがしたとは思えない。
おそらくこれはバッドステータス睡眠か麻痺といったところか。どちらも一定時間動けなくなるものだし、命に異常はないだろう。
だが、サイクリヴォルスはそういったバッドステータスの付与は出来ないはず。
『レジェンド』内の知識でしかないが、使えるのであれば戦闘中に使ってこない方が不自然だ。
となると、他に何者かがそれをしたとしか思えないんだがこの建物内の気配を察知できる人数はこの部屋にいる人だけだし、寝たふりをしているようにも見えない。
カンストさせた俺の『気配探知』から逃れられる術がある、にはあるんだが。
出来る可能性があるのは『隠密』か『隠匿』のどちらかぐらいだ。
違いは自分が使うか使って貰うか位だが、どちらもある程度のレベルでのものであれば気配探知から逃れられる可能性はある。
「くくっ。ガキが餌にかかったか」
いるんだよなー。こういう風に自分の利点を敢えて棄てるバカが。
「それがどうしたのか? 隠れてるだけしか能のないやつが、吼えるなよ」
口の端だけ歪め、哂って見せる。こちらから打って出る手もあるんだが、この手の輩は短気なのだ。
「ほざくな! やつを永遠の眠りにつかせろ! 『昏睡』!」
何もないように『見える』空間が光ると俺に向かって霧のようなものが飛んでくる。
恐らく水か風あたりの属性を持つ魔術師が他にもしたような魔術を使ったんだろうが。
「眠っとけ、三下」
そもそも『状態異常耐性』をカンストしている俺にそんなものが食らうか。
その霧ごと振り払うように駆け抜け、剣を突き出す。
「『留撃』」
突きでも殺傷能力が低く、しかし威力自体はそこそこ高めのスキルを使い、相手を吹き飛ばす。
相手が見えない状況で突いて、刺殺するのもあまり気分はよくない。殴打に近いこれを使えば運が相当悪くない限り死ぬことはないだろう。多分。
と、上手く命中したことで見えない相手が見えるようになると同時に、壁に激突する。
「抵抗すれば命の保証はしない。さて、どうする?」
肺から空気の全てを抜いたような声を出しうめく男の首に剣を滑らせ、問う。
と、既に意識はないようだ。男は生粋の魔法職なのかあまり体力はないらしい。
顔も腕も枯れ木のようにかさかさでボロボロだし、死ななかったのがむしろ奇跡のようだ。
俺もそうだが、『片手剣修練』による剣の扱いの慣れと『加速』によるブーストが明暗を分けたといったところか。
とりあえず魔具らしき装飾品は全て外し、足と腕と口に縄をし、転がしておく。
詠唱できないよう、口の中に布っ切れを含ませて対策もしている。魔具を隠し持たれていても困るし。
あとは回復だが、特に目立った傷なども見えない。戦闘も恐らくほとんどしていないんだろう。何故全員を気絶させたのかは不明だが余計な戦闘をしなくていいのだから今は気にしない。
後は昏睡からの回復だがどうしたものか。バッドステータス『昏睡』は単に眠りを深くするもの、なんだがダメージを受け起きるものじゃない。
気付け薬か一定の時間をかけるか、バッドステータス回復を使わないといけない面倒なものだ。
普段であれば時間を待てば良いんだが今はそうもいかない。
部屋に窓もないし、ドアも閉めている。バレる可能性はある程度あるが贅沢はいえない。
「儚き水にたゆたえ。白き光に身を委ね、風に心を落ち着かせ。我が友から全ての災厄を退けよ。『無効の法』」
山賊っぽいのを脇にどけ、回復呪文を使う。正確にはデバッフ、状態異常スキルの無効化を行う範囲魔法だけれど。
それはともかくとして、俺が使える回復魔法はほとんどがエフェクトが派手すぎる。
これも薄いけど光るし。まあ、部屋の外からは恐らく見えないだろうから一応は大丈夫だと思う。
で、起きて来た密偵のお姉さんに話を聞くと、建物に入ってすぐに敵の場所が分かり、突入と同時に眠らされたようだ。
全員が寝ているし、他にも気配が無いため安心していたそうだ。
俺のようなものでも違和感があったのにどうしてとも思うが、それだけ自分の感覚に自負があったんだろう。
とはいえ、それだけでは引っ掛かる。恐らく魔法陣辺りが関係してくるんだろう。
後で魔術師に破壊なり何なりをしてもらおう。
外もハッフル氏が制圧してくれたみたいだし、拳闘士と重戦士の男性が見張りをしてくれるらしいから外に出よう。
ちなみに、捕まっていたのはお姉さんのご両親と近くの村に住んでいた細工職人、それとその職人の妹だそうだ。
外に出るとき、お姉さんの父親が妙に左腕を庇うのが気になったが此処で聞くことでもないと思い、声をかけはしなかった。
「お父さん! お母さん!」
外に出るとすぐにお姉さんが走ってきて、ご両親に駆け寄った。
何かを話しているようだが、聞くのも野暮だ。俺はハッフル氏に状況を聞くことにした。
「やあ。お疲れだったねぇ」
さっきとは違い、普段出しているだろう飄々としたもので戦闘はとっくに終わっていることを確信する。近くに注意する相手も恐らくは居ないだろう。
「暫く運動とかもしたくないですね。トール、お前ら大丈夫だったか?」
「ああ。むしろ俺たち何もしてねえ。師匠、特訓だーって言って連れ出しておいてこれはどういうことですか」
「遠出は普段しないからねぇ。君たちもそろそろ実戦に慣れるべきだと思っていたんだけど、まだ早かったかな」
「急に雰囲気が変わったのは驚いたけど、ハッフルさんって強かったんだよー」
どこかずれた反応をするのはアンジェだ。むしろ何故俺に話しかける。
「まあ、人に教えられるだけの技能を持つんだったらそれ位はあるだろ。けど、何でこんなに早くついたんだ? というか、やけに元気だな」
俺たちが出発したのが昨日の昼過ぎ。それから後発の本隊が到着したのは夜。
時間としてはある程度余裕はあるが、どうしても疲れはあるだろう。ハッフル氏やトールたちがそこまで体力があるようには思えない。
「ボクたちは馬車で来たからね。ハッフルさんも夕方まで寝てて、その後はボクたち馬車でずっと寝てたし」
よく馬車で寝てて疲れないな。ハイにでもなっているのかとも思ったが、アンジェを見る限りでは特にそうは思えない。
「けど、そもそも何で此処が分かったんだ? 夕方ごろ出発したんだったら結構距離は離れてるはずだけど」
夕方ごろだと、既に俺たちですら到着している頃だ。数10km離れている先にまで探知する術はあまりないと思うんだが。
「向かった方向もわかっているし、何より君の魔力は特殊だ。その残り香を追えば良いだけだよ」
残り香って俺の魔力は何か匂いでもするんだろうか。自分では気付かないが、少し嫌だなそれは。
というか、そんなものを嗅ぎ取れるハッフル氏はやはり何者かが非常に気になるんだが。
「それよりも、彼らを連れて帰るよ。馬車は2台用意したから10人は乗れる」
「それは御者も含めて?」
首を横に振るのを確認すると割り振りを決める。
町に戻るのはご両親、お姉さん、ハッフル氏、護衛の合計5人。
細工職人の兄妹はすぐに自分の家に帰りたいそうだから護衛も含め4人でその村に。
その後4人組を拾い村に戻る。
後は合計5人で見張りをし、残りは徒歩で町へ。
お姉さんたちは俺も馬車で帰ることを勧めてきたが、たまにはゆっくりしたいとそれを固辞。
お姉さんもご両親と色々話すことはあるだろう。むしろ俺1人で帰る方が早いし。
せめてこれを使って、とバングルを渡され、いそいそと馬車に乗り込むお姉さんは嬉しそうだ。
そういえば、ご両親や細工職人の兄妹からも礼を言われたが、今回もやはり俺はあまり何もしていない。
そういったのだが何故か周りから呆れた表情で見られた。どうしてか聞いてみると色々と俺がしたことで評価をしてもらったようだ。
嬉しいことは嬉しいんだがあまり目立つのは好ましくない。もう少し自重すべきか。
そんなわけで1日挟んで家に帰りつくと母に怒られた。帰ってくるのが遅い、だそうだ。
否定は出来ないので甘んじてその怒りを身に受けることにした。
というか最近そんなのばっかな気がする。
それが終わるとお風呂で汚れを落とし、食事を摂りサンパーニャに行ったのだが開いていない。
昨日の今日で開いているわけはないのだが、お姉さんの父親の腕が気になったので家に直接行くことにした。
念のため適当に宝石の嵌まったアクセもつけて、だけれど。
「あら、あなたは確か昨日の」
ドアが開き現れたのはお姉さんのお母さんだ。
改めてみると、身長は170cmを超える位だろうか? やけに大きい気がする。
女性に対して少し失礼な感想なきはするけれど。
「サンパーニャで働かせてもらっているソラと言います。様子を窺いに来たのですが、大丈夫でしょうか?」
「あなたが、ソラくんね。ミランダからは話を聞いたわ。どうぞ、入って頂戴」
少し疲れたような表情に少し気後れはするが、思っている通りならあまり時間もないだろう。
言葉に甘えて上がらせてもらった。
「ソラくん、ありがとう」
「いいよ。それより、どう?」
お姉さんの顔を見れば分かるが、聞かずには居られない。
「それは私の方から話そう。君がソラくんだね。娘がずっと世話になっているようだ。改めて礼を言わせて欲しい。
それと、これからも娘と店を支えて貰えればありがたい。これは、私たちの我侭だけれどね」
「やはり、腕が?」
ご両親から聞いた話を纏めるとこうだ。
攫われた日、その日はたまたま近くに2人で出かけたそうだ。
それもすぐ傍で時間もかからず帰るつもりだったので置手紙もせずに、だ。
後で考えるとそれもおかしい話だがその時は特に気にせず家を出、そしていつの間にか見ず知らずの場所に居た。
普通に歩いていただけで何故か分からないが、そのまま山賊に囲まれ脅され、魔術品を作る日々。
その無理が祟り腕を壊してしまった、そうだ。
どうも話を聞く限りでは矛盾点や良く分からない点が多いが、ご両親も分かっていないそうだから聞くのもあまり意味はないだろう。
ただ、何故サイクリヴォルスがこの町に居たのか。それが気になるが、倒してしまった以上真相は分からないまま、か?
残った山賊から情報を得られれば良いんだが、それを俺がどうやって知るか、が問題か。
「これから行うことを、全て秘密にしてもらえますか?」
「ど、どうしたの? ソラくん」
お姉さんはどこか不安そうに、そして期待を籠めた目で俺を見る。
おそらく、俺ならどうにかしてくれると思っているんだろう。
「何を、か聞いても良いかな」
「それも含めて、です。俺が何が出来るのか、何をするのか。それをひっくるめて全て、です」
これは賭けだ。正直治せるかどうかも危うい。そう考えると少しきついものはあるが話されるデメリットは確かにある。むしろそのデメリットの方が大きすぎる。
けど、出来ないことの辛さは俺は分かる。だから、話さないでいて貰う。対価にはならないがそういう問題でもない。
「分かった。娘を今まで守ってきてくれた君のすることを信用しよう」
「あなた、それでいいの?」
どこか不安そうな目で見られる。まあ、それは当然の反応か。
「メレスはミランダを信じられないのか?」
「それは、……そうね。信じないわけには行かないわね」
呆れたような表情で笑うのは、信頼の証なんだろうか。
「そういうわけで、お願いするよ」
窓がないという理由で居間に移動し、地面に魔法陣を転写し、隠匿する。
あとは腕の具合を確かめ、魔術を選択する。
「彼方より此方へ移り往くものよ! 果て無き戦禍を進むものにその力を! かの者に光の祝福をっ! 『彼の者からの祝福』!」
魔法陣の中が光で溢れ、覆い尽くされる。
俺が使う中でも特に消費が激しい、が特に効き目の高い魔術だ。
これでダメだと、蘇生呪文しかないんだがそっちが効くかどうかは不明。
目に見えて大きな怪我をしているわけではないのだから、これは表面よりも神経がボロボロになっている可能性が高いし。
光が収まると唖然とした表情のお姉さんの父親。左腕を回してみたり、曲げてみたり、指を動かしてみたりとしているところを見るとどうやら上手く行ったようだ。
と、3人から涙目で礼を言われるわ、抱き締められてズタボロになるわでふらふらになったのはその30分後。
「えーと……そんなわけなので秘密にしておいてください……」
それだけやっと言うと倒れこむ。気絶はしないが、揉みくちゃにされて疲れ果てた。
とはいえ、これで一区切りはつけたかな。
後はお姉さんとご両親で決めることだし、俺が口を挟める問題でもない。
「今日は泊まって行って欲しいところだけどソラくんのご両親も心配しているでしょう?
今度しっかりとお礼をさせて頂戴。そうしないと気がすまないから、ね」
何故か念を押されて見送りされた。帰るのは長居をするのもまずいと思ったからだ。
疲れているだろうからうちで食事でも、と誘ってはみたがお姉さんがどうしても手料理を振舞いたいらしく、機会があればと流された。
そんなわけで家に戻ると、眠ることにした。そんなことばかりなんだがまあ仕方ない。
報告等に関してはハッフル氏に一任したし、金銭に関してもお姉さんに任せた。
投げやりだが疲れたものは疲れた。むしろ一度寝てリフレッシュすることにしよう。
と、中途半端な時間に寝ると起きるのは深夜になるのは当然か。
肉体的には朝まで寝るほど疲れても居なかったし、精神的な疲労も慣れたもの。
そんなわけで久しぶりに深夜の散歩に出てみることにした。
コンビニもないし、24時間やっているディスカウント店もない。
そもそも深夜にやっている店がほとんどない。
そんなわけで1人、星の灯りだけを頼りに歩く。
夜空は綺麗だし、静まり返った町はまるで俺だけが存在しているかのようだ。
酔っ払ったおっさんが時々ふらふらと歩いているわけでもなく、ただただ静かな町を歩くのは何となく悪いことをしているようで少しわくわくする。
もちろん後ろめたさも若干あるが、初めて夜更かししたときのように高揚するものがある。
とはいえ、この世界は全てがそうなんだろうか。
夜店を開けるには色々大変だろうけど、メリットもあるだろう。
とはいえ俺がそういったことをするつもりはないし、どうこうするコネもない。
それらを実現させるのも楽しいだろうけど、そこはそこ。
それよりも、気になるのは今回の事件だ。悪魔の町への侵入に、不明点の残る結末。
なるべくそういった面倒事には巻き込まれないようにしたい。
巻き込まれたら現状の生活の維持なんて不可能だろうし。
そんなことを言っても、現状出来る事は危険の予測と回避だけ。
だから、あくまで大切な誰かが危機に直面でもしない限り俺は手を出さないようにしたい。
変な方向に意志が固まった気がするが、まあそれはそれ。
今はどうするか、まずはそれを決めるべきだろう。
サンパーニャのことを考えないでも料理のことや他の技術、知識。出来る事は山ほどある。
といっても今はサンパーニャでやりたいことばかりだけど、それはそれ。
そんなことを考えているといつの間にか空が白けていたので慌てて家に戻ったのだが。
若干だるい体を引き摺りながらサンパーニャに着くと、お姉さんとそのご両親が店に居た。
といっても仕事をしている様子は無く、店の中を見回っているようだ。
流石に色々弄りすぎたか?
「あ、おはよう。ソラくん」
「ん、おはよう。お姉さん」
いつも通りのお姉さんの挨拶なんだが、どうも居心地が悪い。
まあ、理由は分かってはいるんだが。
「随分と手が入っているね。道具も丁寧に扱っているみたいだし、自分の作業しやすいようにかな」
「え、ええ。まあ、一応」
これは怒られるフラグなのだろうか。職人が本来持っていたものを理由はあれど、勝手に変えるというのはやはりまずかったんだろうし。
「ミランダ。お使い、頼むよ」
「う、うん。行ってきます」
どこか心配そうな表情でお姉さんは一度だけ俺を見ると、外へ出て行く。
何か面倒なことに既に巻き込まれていたりするんだろうか?
「では、改めて自己紹介をさせてもらおうか。私はジェシィ、この『魔術工房サンパーニャ』の工房主をしている」
「私はメレス。ミランダの母親でジェシィの妻よ」
「俺はソラ。『魔術工房サンパーニャ』の売り子兼魔術職人やってます」
改めて自己紹介をする。ただそれだけなんだが妙に落ち着かない。
さっきとはまた別の居心地の悪さだ。理由は今度は分からないが。
と、自己紹介ついでに改めて2人を見て気付いたことがある。
ジェシィさんは中肉中背で特徴もない人、それに対しメレスさんは大柄。
お姉さんは顔などはメレスさん似と言ったところか。
いや、それは良いんだが2人ともウサギの耳などがない。
何故かとは思うが、それを聞くのは不躾すぎる。気になったが聞けるわけが無い。
「君の話は娘から聞いている。だからこそ、君の腕を見せて欲しい」
良く分からないうちに鍛冶対決? になってしまった。
時間は今日の夕方まで。材料は工房にあるもの。作るものは魔術品。
効果や作り方は自由、だとのこと。
何故そういったことになったかは不明だが作り終わればきっとわかるだろう。
メレスさんが途中で帰ったことにより若干居心地の悪さは薄れたが、どうもいつも居る工房とは別の場所のような気がして落ち着かないが。
結局出来たのは夕方になってから。
お姉さんは未だに戻ってこないんだが、何処まで何のお使いをしに行ったんだろうか。
それはともかく。ジェシィさんが作ったのは小さなバレッタ。どうやって作ったのかは見ていないが、ハンマーを振るう音は聞こえていたためおそらく鍛造品なんだろう。
これを鍛造で作るのは凄いことだ。むしろ才能の無駄遣いのような気もするけど。
それに対し俺が作ったのは女神の腕輪。前回の戦闘の反省点を活かし、レプリカではなく、ある材料で作れる最大のものを作ることにした。
前回の反省点は、やはり防御力の欠如、特に状態異常に対しての防御策があまりに少なすぎた。
もしあの場に俺やハッフル氏がいなければ、あの魔術師1人に苦戦されていた可能性も少なくない。
あれがもし単なる状態異常付与術者だとしても、サイクリヴォルスとのコンビはかなりまずい。
昏睡で行動不可にされたら一方的にやられるのがオチだろう。
どこまで状態異常に対する防御手段があるか分からないが、簡単に突入班がやられたことを考えると用意できるものは用意しておくことに超したことは無い。
女神の腕輪+5
女神の祝福を受けた光が形となったもの。身を守る祝言が刻まれている。
DEF+7【+5】LUC+5 重量3。耐久【680/680】
スキル『拳華Lv2』使用可能。
備考:状態異常軽減付与
正直やりすぎた感は否めない。
拳華は名の通り拳での攻撃を行えるスキルだ。
これは武器が無い状況でもある程度自衛を行える手段として付けてみた。
状態異常軽減も同じくだ。出来れば『状態異常無効』か『状態異常耐性』を付けたかったが無いものは仕方ない。
『状態異常耐性』よりさらに下のスキルである軽減だが無いよりはまし。
といっても、呪いや高レベルの状態異常など回避が難しいものに関してはこちらの方が状態異常耐性にくらべ使いやすかったりするので一概には言えない。
ジェシィさんは俺から腕輪を受け取ると、熱心に見ているだけで何も言わない。
俺としては良い出来栄えのものだから不安は無い。
ただ、職人としてどういった評価に繋がるか。それに関しての興味があるだけだ。
「うん。これなら任せられる」
どこか遠くを見るような目で俺の作った腕輪を見、そう呟いた。
少しそれには気になるものの、どうも聞きづらい。
むしろまだ腕が治っても切り替えが出来ているか分からない。
どんな目にあったのかは詳しくは分からないが、あれほど腕の状況が悪くなっていたんだ。
お姉さんの持つ守護の腕輪に比べ、今回作っていたバレットは随分とつくりが甘い。
腕そのものというよりも、きっと感覚の問題なんだろう。
少し休んで欲しいが、それこそ本人が一番自身の状況は把握しているだろう。
若干重くなりそうな空気に気付いたのか、メレスさんが今日はもうあがっていいと言ってくれたので帰ることにした。
それから1週間、ジェシィさんがお姉さんに基礎を教え、俺が色々と仕事をしている中で幾つか決まったことがある。
1つが、露店の日以外はサンパーニャを開くこと。これはジェシィさんが戻ったことにより常連客が店に戻り始めたことが大きい。やはり口コミの効果は大きい。
それに、お姉さんが正式に『魔術工房サンパーニャ』の工房主、見習いとなったこと。
今までは工房主を名乗ることは名乗っていたがやはり技術的にはまだまだ拙い。
そのため、ジェシィさんが全てを教え込み魔術職人として育成すると息巻いていた。
それと、ポーションのレシピを開示するタイミングが決まった。
これはジェシィさんからの要望でもある。
曰く、技術は独占すべきものとそうでないものがある、だそうだ。
俺もそれに関してはある程度は同意のため頷き、サンパーニャのオープンも含め、タイミングを月が変わったときに決めた。
暫くは露店も並行して行う予定だし、シミュレーションの結果それで問題ないと判断した。
そもそもサンパーニャをちゃんとオープンさせるならポーションを秘密裏に作るのも難しいだろうし。
そんなわけで、1ヵ月ほど忙しくなるのを見越して、少なくとも今は魔法学校の受験をしないことに決めた。
母は少し不貞腐れていたが、事情を話し納得してもらった。
トールたちのような友達やサンパーニャで何人も常連が居ることで少しは安心したようだ。
そんなわけで今日も俺はハンマーを打ち、商品を開発する日々。
むしろ、暫くはお姉さんを鍛える日々といった方が正しいだろうか。
あ、お姉さんに関しては隔世遺伝で何代か前にウサギの人が居たそうだ。
お姉さんと2人きりになったときに聞いてみたらそう教えてくれた。
準備することはまだまだ多い。ひとまず、頑張りますか。
前話の投稿から時間が開きました。
ひとまずサンパーニャの騒動に関しては一区切、れたと思いたいです。
評価、つっこみ等ありましたらお願いします。
なお、感想に関しては返信できない場合もありますのでよろしくお願いします。
2011/10/27 誤字等の修正を行いました。ほんわか様、独言様、fog様、蕾姫様、bibliomania様、ありがとうございます。