表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/53

第13話。雨の日に。

読んでいただきありがとうございます。


総合評価が15000ptを超えました!

読んでいただいている皆様に感謝です。


 規則正しく窓を叩く音で目が覚めた。

 外をふと見ると、そこには弱いが確かに降り続ける雨があった。

 このままごろごろしていたかったが、雨とは言えせっかくの休日だ。

 無意味に過ごすのもなんだし、起きてしまおう。


 寝起き独特の陶酔感というか、まだ半分寝ているんじゃないかというか。

 そんな頭がはっきりとしていない状況で歩くのは何となく気持ちがいい。

 ぼんやりとしながら歩いていると、ホールで父と母が何やらどたばたとしている。

 喧嘩か? とも一瞬思ったが、万年新婚夫婦のような2人が喧嘩をしているところなんて見たことが無い。


「父、母、おはよう」


 2人は俺に同時に「おはよう、ソラ」と挨拶を返したのち、またばたばたと何かを用意している。

 聞くところによれば、今日の昼過ぎにでも町に村の人がやってくるそうだ。

 いつも通りであれば露店や店、あるいはギルドで物を売り、一泊したのちに幾つかの品物を購入して帰るそうなのだが今回はうちに泊まり、それで帰るとのこと。

 大きな馬車が手に入り、その分行き帰り両方でそこそこの荷物を運べるため、もしかしたら数泊するかもしれない、と父宛てに手紙が昨日の夜に届いたそうだ。

 この世界の手紙は届くのが遅い。手紙の配達はあるにはあるのだが、高いうえに確実に届くとは言えない。

 そのため、ほとんどは旅人か商人にそういったものを預けるらしい。

 今回はいつも村に行商に来ている商人が届けてくれた。

 どうせならそのついでに売れるものも売ってしまえばいいのに、とは思うのだが今回は初めてなので全部自分たちで売買を行い、成果を見るようだ。


 そのため、朝早く両親は起き、出迎えるための準備をしているそうだ。

 恐らく到着するのは幾つか商品を捌いた後になるだろうから夕方ごろになると思う、と父に言われた。

 俺も手伝おうとしたが、せっかくの休みだから、と手伝わせてもらえなかった。


 だからということでもないんだが、朝食を取った後はレニと遊ぶことにした。

 このところろくに遊べていないし、朝も夜も休みの日以外は食事を一緒にすることも難しい日もある。

 何というか、本当に働いてばかりのサラリーマンみたいでどうも悲しい気がする。

 サンパーニャの現状を考えると今はまだまだ頑張り時だし、暫くは仕方ないんだろうが。


「おにいちゃん、レニとあそぶのっ!」


 小さい身体を総動員して遊べと要請するレニは本当に可愛い。

 将来が楽しみでもあり不安でもある。というか、レニに恋人が出来た際に俺は我慢できるのだろうか?

 今の俺なら低レベルの魔術ですら相手を。まあ、そんなのは今後だ。今は気にしないことにしよう。



 家の中の追いかけっこは準備をしている両親の邪魔にしかならないので、俺の部屋に戻る。

 レニはまだ両親と同じ部屋だ。部屋はあまりまくっているが、こんな小さなレニに夜1人で寝るなんて酷な事はさせられない。

 むしろ俺が一緒に寝たいところだが、そういうわけにも行かない。

 帰ってくる時間はいつも遅いし、絵本の読み聞かせも出来ない。

 読むことは出来るのだが、何というか棒読みしか出来ない。だからそれは父の役目だ。

 日々の出来事を話してもいいのだが、レニに何処まで理解できるか。

 いつもにこにこして聞いてくれるのだが、理解にまでは至っていないようだし。

 それに夜寝る前に長々話すのはよくない。内容もあまり面白くは無いだろう。


 と、結局日々の出来事を話しつつ考えているのが現状なのだが。

 レニは楽しそうだが眠たそうだ。そろそろ昼寝の時間だろうか?


「レニ、眠いのならお休み」


「う、ん……」


 頬を軽く撫で、そういうと眠いのか頷いているのか。上半身ごと振りながら頷く。

 抱きかかえると、落とさないように気をつけながらそっと立ち上がった。


 後は両親の寝室に運び、寝かせると静かに部屋を出る。

 天使の如き寝顔は何時間でも見ていたかったが、そうも行かない。

 さて、久しぶりに料理でもするか。



 かまどにはぐつぐつと沸くお湯、それと近くに木で作った簡易燻製窯。

 木製だが、ダンボールでも燻製窯は作れるらしいし、どうにかなるだろう。肝心の魚自体小ぶりの3匹しか買えなかったが、まあ何とかなるか。

 燻製に関しては『促進』を5重にかけている。効果が重複するか分からないが、試して損はないだろう。

 流石にカビを安全に作れる可能性は無いため、枯節は今の所諦めている。

 チーズがあるから醗酵に関しては技術として認識はされているだろうが、他の発酵食品はほとんど見たことが無い。

 今の所ほかに見たことがあるのは紅茶にヨーグルト、酢くらいか。


 醤に関しては全くみたことがない。穀物類に関しては生か乾燥しているものかしかない。

 納豆に関しては何とか自然発酵だけでどうにかなるだろうが、味噌と醤油に関しては本当にどうしたらいいものか。

 むしろあれは本当に長い時間がかかるものだ。作り始めて1年以上は最低待たなければならないし、成功させるため、安定供給させるため、と考えれば何十年かかってもおかしくない。

 そう考えると少しやるせなくなるが、今だけの問題でもない。

 何とかなるだろう、と楽観視する以外今はどうとも出来ない。


 と、出来ないことを長々と考えても仕方ないので出来ることを考える。

 鰹節に関してはこれでどうにかなるだろう。これも食品のため登録して一気に広めるということは出来ないが、こっちは利権がどうということもないだろう。

 パンなどと違って趣向品の一種になるだろう。確かに俺は出汁のしっかり聞いた汁物も好きだがこっちのブイヨンのスープも好きだ。主食がほぼパンかミルク粥など少ない種類なのに比べ、おかずは種類はそこそこにある。そういうわけで鰹節は適当に広めても競争は起こり辛いだろう。


 さて、何だかんだでもう昼の時間だ。

 母がこっちに来ていないということは昼を作る余裕も無いのかもしれない。

 そうであるのなら俺が昼を用意しよう。

 本来なら色々作りたいが、昼までは時間が無い。

 パンと簡単なサラダ、後は何かつけあわせを適当に作ろう。

 サラダは生節とたまねぎのみとシンプルなものにしてみた。

 新鮮なものなら叩きにしてもいいんだが、そこまで新鮮なものは置いてなかった。

 保存技術の問題もあるのだろう。

 冷蔵庫の導入も真剣に考えたほうがいいのだろうか?

 甘味類が少ないのもそういった問題があるだろうし、夏場は鮮度どころか腐るのも心配だ。

 内部を金属にして、後は樹脂を使って何とかしたらいけるか? こっちは大量生産が問題になるだろうが。

 後は運営方法か。魔術が使えれば問題ないのだが、それ以外だ。

 魔法陣を使えばその問題は解決しそうな気がするが、魔術ギルドにそんなことで儲け話を持っていかせたくないという気持ちもある。

 電気を作るというのも無理だ。というか、色々なところから妨害が入るだろう。

 そこまでするつもりはない。まあ、魔術品で代用できるのであれば登録してしまうつもりだが。


 また仕事に思考が戻るのを無理やり軌道修正する。

 確かに必要なことではあるが、お姉さんにちゃんと休むように言っている以上俺が考えすぎるわけにもいかないだろう。

 少し反省して、料理に戻ることにする。

 生節は燻製したものとそうでないもの両方を別々にサラダとして作った。

 後は少しだけ残して、生節を切ったものを盛った。

 刺身醤油で食べればいけそうだが、高望みは出来ない。味わいの確認を行うにとどめよう。



 起きてきたレニと両親で昼を摂る。

 母とレニは燻製をしたものを、父は茹でただけの生節を使ったサラダが気に入ったようだ。

 3人とも味付けしていないものは口に合わなかったようだが。

 特にレニは茹でただけのものは、全く口に合わなかったようで少しだけ口にして後は見向きもしなかった。

 日本酒……残念ながらそれすらないが、それには合いそうなのに。

 スープは普段使わない味付けらしく、これは全員満足してくれた。

 俺も満足だ。味噌汁の出汁にはこれだけでも大丈夫そうだ。

 出汁が出来るだけでもバリエーションは大きく広がる。今まで我慢していたものも作れるようになるだろう。

 荒節が出来ればさらに広がる。暫くは料理の研究三昧だろう。それだけでもワクワクしてきた。


 というわけで、もてなしの料理も俺が作ることに決め、母に伝えておいた。

 母もまだ手が離せないんだろう。食材を買うお金だけ渡してくるとまた作業に戻っていった。


 分厚い革の外套を羽織、雨の町を行く。

 雨脚は強くなっており、そこそこ身体を打つ力も強い。

 長く外にいたら身体の熱も持っていかれるだろう。それに、いつも使う鞄と買い物用の袋を用意したとはいえ、食材もびしょぬれになりそうだ。

 流石に中央通りも人通りは普段に比べ少ない。雨の中をあまり行動したくないのだろう。

 何本か生えている大きな木の下にひっそりと出店が出ているくらいでそこにもあまり人は居ない。

 出店も雨よけの屋根がついているものだけだ。普段見るそれより随分と少ない。

 そんなところに食材を扱っている露天が立っているわけが無い。商業区へ足を運び、目に付いた食材を扱う店に入る。


 と、そこには見た顔が1つ。アンジェだ。カウンターに暇そうに座っているところを見ると、家の手伝いなのだろうか?


「いらっしゃ~い……」


 気の抜けた科白。完全にやる気はなさそうだ。外は雨だ。この様子だと今日は客もほとんど来ていないんだろう。


 こっちを向く様子も無い。幾ら防犯用の魔法陣が発動しているだろうからといって気を抜きすぎじゃないだろうか?


「せっかくの美少女がだれっぷりのせいで台無しだぞ」


「ナンパなら他にして……って、ソラじゃん」


「おう。見事なへだれっぷりだったな」


 からかうとアンジェは顔を赤く染める。恥ずかしがるくらいならしなきゃいいものを。


「そ、それはともかく今日はどうしたのよ。ボクは暇じゃないんだからね?!」


「買い物だよ。雨の中油を売るほど暇じゃないつもりさ」


 外套を脱ぎ、店の入り口においてあったコート掛けに引っ掛ける。そうしないと店内がびしょぬれになってしまうだろう。


「やっぱり何だか生意気。ボクと同い年の癖に」


 年上なら構わないんだろうか? いや、口にするかしないか程度の差でしかないんだろう。


「まあ、そういうな。自覚はしてるよ」


「じゃあ直せばいいのに」


「直せたら苦労はしないよ。まあ、友達からの忠告だからありがたく受け取るけど」


 笑って見せると何故かアンジェは顔を赤くする。笑顔を向けられるのに慣れていないのだろうか?


「良くわかんないやつ」


 ふん、とアンジェは顔を背け不機嫌そうだ。だが、そうしながらもちらちらと俺の姿を窺うように視線をこっちに向けてくるのは面白いが。


「何か薦めはあるのか? 新鮮なものとか、美味しいものとか」


「そこの葉物野菜、煮たり焼いたりしたら美味しいらしい。あとそっちの黄色いやつ。それも焼いたら美味しいんだって」


 野菜の名前が分からないんだろうか? 綺麗に籠ごとに整頓された野菜には確かに葉物と黄色いものがある。

 葉物は白菜に似たもの、黄色いものはカボチャのようだ。

 クリーム煮かシチュー、あるいは温野菜サラダにしても良さそうだ。

 後はトマトにブロッコリ、それにバジル、あとはヤマイモ。全てもどきだが、味も似ているため(本来の名前は別にあるそうだが)そう呼んで構わないだろう。


「実はソラって料理できる?」


「何を持って実はというかは分からないが、一通りは出来るぞ?」


 面倒なコース料理は作るつもりは無いが、家庭料理程度ならごくごく普通にこなせる。

 料理は他の趣味と違って裏切られることはほとんど無かったため、俺が長く続けてきたことでもあったし。


「魔術工房で働いてるそうだからもっと職人みたいなものだと思ってたけど、意外ね」


「職人でもある、っていうのが正しいよ。まだまだ修行中の身だけどさ」


 変な噂を立てられても困る。そう言っておいて問題はないだろう。


「ふぅん? いいけどさ。この雨の中出歩くなんて大変ね」


「俺はこういう日も好きだけどな。アンジェにも会えたし」


「ちょっ?! な、何言ってんの!?」


 耳まで赤くしたアンジェが叫ぶ。友人に思わぬところで出会えたら嬉しくないだろうか?


「ん? 別に事実をそのまま話しただけだけど」


 首を傾げると、アンジェが今度は憤怒の顔になる。何か気に触るようなことを言ってしまっただろうか?


「あんたと話してると疲れるからもう帰れっ」


 どうやらすっかりと怒らせてしまったらしい。代金だけ渡すとそそくさと退却する。

 次会った時にでも謝っておこう。怒っている女性と言葉を交わすということは相手の怒りを増させるだけだ。

 なら落ち着いたときに再度謝ったほうがいい。買い物もまだ残っているし、さっさと終わらせてしまおう。




 その後肉屋で良い肉を仕入れると、急ぎ足で家に帰る。焦って転んでしまうわけにもいかない。

 ゆっくりと慎重に、だが確実に。

 と、家に着くと既に家の前に見覚えのある馬車が止まっている。父の買った馬車だ。

 家に入れていないということはまだ入っていないのだろう。

 まあ、家には住んでいる人か招かれた人以外入れない結界を組んでいるから当然だが。


「何で村長が此処に?」


「あん? おお、ソラ坊か。いや、入ろうにも門が開かなくてな。どうしようかと思っていたところだ」


 門の前には雨にぬれたおっさんが1人。言うまでもなく『ユグドラシルの葉先』の村長だ。


「随分と早かったんですね。……馬小屋がないんですけど、簡易の幌でも持ってきます」


 俺は門扉を開け、そのまま館に向かう。村長が何か不思議そうな目で見てくるが、説明は後で良い。

 家の中に入ると、掃除をしていた父に来訪を告げ、俺はまず厨房に荷物を置くと2階の物置と化している部屋から大きな布と長い木の棒を抱える。少し持ちづらく重いが、まあ何とかなるだろう。


 来ていたロソンさんと猟師団団長、ダンさんと協力して馬用の簡易な幌を張る。

 とはいっても雨が流れるようによく学校などでも使われるような真ん中が高いテントだ。

 棒は2本を括っているのでそこそこに強度はあるだろう。

 それに馬を繋ぐと外にまでは出て行かないはずだ。

 馬は雨はあまり好きじゃないだろうし、草も適当に生えている。

 それから合計6人の来客とともに家に入る。一度来たことのあるロソンさん以外は驚嘆の声を上げている。

 まあ、値段に見合わないほど立派な館だ。気持ちは分かる。


 挨拶だけしてあとの案内や接待は父に任せよう。俺は外套を脱ぎ、着替えて厨房に戻る。

 今日は豪勢に行きたいと思う。だが、下準備すら出来ていないので急がないとまずいだろう。



 とりあえず忙しかった。

 作るものはシチューにピッツァに温野菜のサラダと決めたのだが、作るものが多い。

 そう考えると少しやる気は失せるが、両親はまだやらなければならないことは残っている。

 なら料理を作れるのは俺くらいだろう。雨でなければ外で食べることも考えに乗せられるが、此処までの雨だと出るのも嫌だ。

 おかげで窯もかまども総動員だし、合計10人分の食材で台も一杯になっている。

 シチューとサラダに関しては切って茹でて位なのでそう手はかからないのだが、ピッツァはそうもいかない。

 焼ける量を考えても2~3枚は焼かなければならない。それを全て同じ具というわけには行かないので、マルゲリータと、炒めた肉にマヨをかけたもの、あとは干し肉に刻んだ野菜を一緒に炒め、チーズを乗せ、トマトソースとにんにくをたっぷりかけたものを半分に折って焼いたカルツォーネ風だ。

 そもそもカルツォーネを他のものと同じ大きさで作るとか窯で焼くとか色々突っ込みどころはあるかもしれないが気にしない。

 美味しければそれでいいのだ。


 そもそも三枚のピッツァを同時に焼いていたせいで窯から目が離せなかったのだが、何とかその間にホワイトソースも作り、煮込み、シチューも作った。

 サラダに関しては軽く塩を振り、適当に作ったドレッシングをかけておいた。

 作り終わった頃には雨の影響もあり外は暗い。時間的にも夕食には間に合っただろう。



「それで、パンの売れ具合はどうですか? 今回は荷物も結構積んであったみたいですけど」


「ああ。おかげで順調だ。最近は関わる人数も増えてな。一式金貨3枚で商人に売れるから狩りや布作り以外はほとんど関わってる状態だ。

 村人もちったあ増えたし、良いこと尽くめだ!」


 アルコールが入って上機嫌なのか、赤い顔ではしゃぐ村長。

 元々銀貨50枚で売っていたものがそれだけの価格で売れれば相当利益は上がるだろう。

 人件費を多少かけてもそれでも10セットも売れれば村で稼げる金額としても結構なものになる。

 しかも村長の喜びようを考えるには白銀貨1枚、100万R(ルード)以上の稼ぎはでていると見て間違いない。

 何時までそれが続くかは分からないが、喜ばしいことだろう。あとはもう少し稼ぎ口を見つければもっと人は増えるだろう。

 人が増えれば出来る産業も増え、村の規模も増える。そうなるとまた人が増え、とある程度まで成長はしていくだろう。

 まあ、それが今では貴族相手に金貨20枚で売れているとのことだ。その事実を村長が知っているかは別だが、もう暫くはその稼ぎも出来るだろう。

 そんなに高ければ平民に届くのは何時になるか分からないが。


「それは凄いですね。僕も嬉しい限りです。ただ、団長。あの荷物、まだ売れてないみたいですね」


 ちらっと見えた荷物は毛皮などがほとんどだ。肉の類は見当たらなかったが、詰んできたもののうちほとんどがまだ売れていないんだろう。


「この雨の中売れるものも売れるか。この調子なら明日の昼にでも晴れるだろうから、その後に露店にでも売りに行くよ。

 それにしても、料理が美味い。クリスさんもまた上達したな」


 そうやって褒めるダンさんに母は苦笑する。今回母は料理に関しては何もしていない。

 まあ、言わずに自分の手柄にしたらいいと思う。


「今回はソラが作ってくれたんですよ。私も知らない料理でびっくりしたんですけど、美味しいですよね。これ」


 苦笑したまま母が答える。……なぜ素直に答えるか、この母は。


「ソラ坊、お前こんなのを作れるとは大したもんだな。何処で教えてもらったんだ?」


「えと。適当に、です」


 本当のことは言えない。とはいってもこれを提供している店はない。

 パニーニが近いとはいえ、パンの生地を薄く延ばし、焼いた後ではなく焼くときに一緒に火を通すというものは無い。

 あっても軽くパンに焼き色をつけたり、具材を別々に焼くだけだ。それも火にかけた鉄板の上で、だ。

 アレはどっちかといえばサンドイッチだ。こういった料理は今の所お目にかかっていない。

 だから何処何処で、ということは言えない。


「ほお。適当で作れるのか、ならパンも他のものが作れるかもしれんな」


 どうやってそういった発言に飛ぶかは不明だが、どうやら村長が此処に来たのはそういったことも視野に入れているからだろう。

 本来、村長が村を空けることはほとんど無い。村長になる前までは色々狩りをしたり、見聞を広めるというために度々ここ『学術都市バーレル』にも来ていたそうだが、村長になってからは忙しく村から離れることはそう出来ないとぼやいていたことがある。

 なら、今回初めて自分たちで量の多い売買を行うということもあるが、うちに意見を聞いたりすることも含まれているんだろう。


 対外的には母が作ったことにして貰っているが、実際は俺の持っている知識を出したに過ぎない。

 もちろんパンのレシピだけでも数十種類に及ぶ。ただ、作るのが面倒だったり材料費が高くなったりして作れないものが多い。


 あとはパイやこのピッツァのように小麦粉を使ったレシピは多い。

 麺などもパスタに限らずうどんやラーメンもその対象になるだろう。

 ラーメンは塩かとんこつのみになるだろうから醤油フリークスの俺としてはもう少し我慢するところだが。

 というか、うどんやラーメンのようなすするものは受けが悪い気がする。

 あれは麺をすすらないというよりも、すすれないため人気が無いらしいがそこはどうなんだろうか。


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 というか、此処で簡単に教えると俺の野望の1つであるパン料理のバリエーションの増加が望めない、とも思うが広める時点である程度選択肢がなければさらに増やすという手段は見えない気がする。

 今も焼いたりすることはあっても揚げる事は選択肢にはなさそうだ。


 チュロスがある以上、全粒粉で作った塊を揚げるという選択は出来ても、既存のパンをあげるということまでは思想がいかないのだろうか?

 カレーパンはカレーがないため無理だとしても、ピロシキのようなものは受けが良さそうだ。

 手軽に食べ歩きも出来るし、何よりも1個で結構お腹にたまるし美味しい。


 後はドーナッツもそうか。オールドファッションにはちみつでもつければ十分間食になる。

 とはいえ、あれは確か砂糖が使われていたはずだ。はちみつでどれだけ代用できるかどうかは不明だが、そこそこ美味しいものが作れる気がする。

 カカオがあればもっといいんだが。むしろビーツを育てるのを薦めた方がいいかもしれない。

 あるかどうか分からないものよりも確実にあるもので価値のあるものを作っていったほうがいいだろう。


 というわけで、幾つかアイデアは出してみた。あくまでどういったものという具体的なものではなく、案だけだ。

 町で見かけたものや食べてみたいと思うもの。そういったものをあくまで子供の視点で可能そうなものだけを言葉を選んで薦めてみる。具体的なレシピや調理法が分かるものは幾らでもあるがそれでは意味が無い。

 それでどういったものが生まれるか、それが俺の楽しみでもあるんだから。



 結局、料理が全く残らずに綺麗に無くなったところで俺は厨房に引っ込んだ。

 話から逃れるためと、明日の仕込みのためだ。

 昼の分はいいとしても、朝の分に関しては用意しないとまずいだろう。

 と、同じ考えであっただろう母も合流し一緒に料理を作る。


「母。何故あの場で俺のことを? 言わなければ分からなかったはず」


「村長さんが来て、どうやってあの料理を作ったか、って顔してたから。

 私は作り方分からないし、聞かれるなら正直にソラが作ったって言ったほうがいいよね」


 そういって母は得意げな表情をする。時代と場所が合えばドヤ顔すんなっ、と突込みが入ったところだろう。


「母は作り方は分からない?」


「うーん。何となくは分かるんだけどね、あの赤いソースとか、良くわかんなかったよ」


 でも美味しかったけどね、と付け加えられた。


「まあ、母にもレシピは考えて欲しいし、俺の作ったもののレシピでよければ教えるよ。時間かかるかもしれないけど、平気?」


 頷く母に、レシピを伝える。

 洗い物をしたり、明日の朝食の準備をしたりと中々忙しいが、それでも難しいものではなかったからあまり時間はかからず教えられたと思う。


 お姉さんだったらこれですら教えるのに時間がかかる気がする。

 というか、お姉さんは料理はどうしているのだろうか? 少し不安も過ぎるが、蓄えはそこそこにあるはずだ。食べれないということは無いだろう。

 それは機会があれば聞くことにして、今日は風呂にでも入って寝ることにしよう。

 着替え、食事を摂って体の熱は戻っているが髪は生乾きだし、何となく気持ち悪い。


 村長たちにも風呂を勧めたらしく、汚れていたため掃除をして湯を張りなおしたのは余談だ。



 起きて、窓の外を見る。弱まってはいるが、まだ無視できる程度じゃない。だが、雲の動きを見る限りではそう長く降らないだろう。

 念のため昼だけは用意しておくか。それと、露店はどうするか。そっちに関してはお姉さんと相談して決めればいいか。


 いつもより人の気配の多い館に少し違和感覚えながらも、朝食を済ませ、昼を準備し、鞄に詰め、念のためそれをさらに防水加工の施された革で包み、外套を羽織。ようやく準備をこなし家をでる、前に式を一部変えておく。

 今敷地内にいるものが今日中であれば出入りを自由にしておいた。

 延長するのであれば期限を延ばせば良いが、それは今日の夜に分かるだろう。

 人限定にすると馬が出入りできないので困る。母にそれだけ伝えると、動物を新たに買う場合は帰るときにした方が良いとアドバイスをしてもらうようにお願いした。

 当然のアドバイスではあるから勘ぐられる心配はないだろう。


 サンパーニャに着くと、相変わらずお姉さんは既に来ている。いつもどれくらいの時間に来ているのだろうか?


「おはよう、お姉さん」


「うん。おはよう、ソラくん」


 外套をコート掛けに引っ掛けると鞄も作業台の上に置いておく。

 と、作業台には特に準備されているものは無いようだ。


「今日は露店はなし?」


「どうしようかなって思ってたんだけど、ソラくんは出したい?」


「今の天候なら昼前くらいには止みそうだから、それからだったら出してもいいかなって。

 布を広げてもダメだろうから椅子と台くらいは持っていくつもりだけど」


 両方小さいものだ。普段使っていないものが幾つか工房の片隅に寄せられている。

 どちらも木製のしっかりしたものだから問題ないだろう。


「うん。それなら平気かな。じゃあ、雨が止んだら出かけるってことで良い?」


 頷くと、俺とお姉さんはいつも通り露店の準備を始める。

 今回はポーションとアクセだ。アクセはサンプルの腕輪とネックレス。

 それと幾つかのサンプル画だ。正直こっちは今回はそこまで役に立たないだろう。

 何処まで作れるか分からないアクセ売りにセミオーダーなんて出さないと思うし。



 雨が上がった後にお姉さんと昼食を摂る。俺が用意していたものに妙に遠慮していたが今更だ。

 早くしないと売れ行きが悪い、と言ったらさっさと食べてしまい準備をし始めた。



 低い椅子と台を設置し、その上にいつも敷いている布をかけ、ポーション、アクセ、サンプル画、符を用意し準備は完成。

 雨が上がった後すぐ位だったので売れるかどうか不安だったが順調に売れていく。

 客も固定が付き始めたらしく、見覚えのある客が今日はしないかと思ったと言っていた。

 どうやら露店を出す日も知られているらしく、雨だったから心配した、といった声も何度か聞こえた。


 ただ、アクセの予約はあまり取れない。やはり実物がないのと予約がネックになっているらしい。

 その代わり何度かピンクシルバーのバングルや『熾天使の祝福・模造品セラフィム・ブレス・レプリカ』を売ってくれというのは何回かあり、そちらは何とか予約になったのだが。

 あとはお姉さんが作った中でも一番出来のいい、真鍮の指輪が売れた。こちらはお姉さんが自分の作品としては始めての売れたものということで売れそうになったときからお姉さんのテンションは上がりっぱなしだった。おかげで危うく客に逃げられそうになったが。

 予約にしても良かったのだが、せっかくだし売る事にした。予約で落ち着く場合と販売した方が言い場合両方がある。色々パターンを試す必要もあるだろう。


 あとはリストにないもので作れるかどうかという問い合わせにも出来る限り答えることにした。

 特に宝石の入ったペンダントやリングなど、恋人に送るプレゼントなどが人気みたいだから女性相手の商品を多く作る方がいいようだ。

 バレッタやかんざしなんかも売れるか? これから寒くなるだろうから防寒具や雨具も作りたいところだが、それに手を出すと単なる雑貨屋になるか。


 まあ、ポーション屋が今度はアクセサリ売りになったのかと言われた時点でこの店の特徴なんてあってないようなものなんだがな!

 ……ふ。俺としたことが同様しすぎていたようだ。

 何か誤字があったり口調がおかしかったりするが気にしない。気にしないことに決めたのだ。



 商品を売り終え、予約が10件に到達したところで今日の露店は終了だ。

 途中で村長が現れ余計な茶々を入れてきたが黙殺した。

 お姉さんが異常に照れていたし、営業妨害でしかない。

 何だかんだでポーションも買っていったし、心配してくれていたのは想像が付くから別に邪険にはしないが。


 で、村長たちは売れ行きがあまりよくないそうだから今日も泊まるらしい。


 今日の売り上げはポーション100個とアクセサリが8個並べたうちの5個が売れ、計19214R。アクセは素材のばらつきがあったため前後はあったが、そこそこの額で売れた。

 一番高かったのは俺が作ったシルバーのペンダントだ。

 宝石を嵌められる様にしたため、貴族か豪商の使いだろう。やけに高級そうな燕尾服を着た爺様が買っていった。

 そういったのは、本来もっと良い宝石商ででも買うと思ったんだが。意外としか言いようが無かった。


 予約分はちゃんと売れれば金貨に届きそうだ。その分売り上げは上がっても、利益率は随分と下がるんだが。

 暫くはポーションと両方売らなければならないが一ヶ月でどうにかしたい。

 まあ、そこそこの売り上げ金額なので急いで銀行に預け、そのままサンパーニャに戻りながら考えたことだが。



「ソラくん、お願いがあるの」


 サンパーニャに戻り、予定の品のリストと現状の材料を確認し、足りないものに関しては加工をしている中もじもじとお姉さんが手を動かしながら俺にそう言ってきた。


「うん? どうかした?」


 お姉さんは桜色に頬を染め、目も少し潤んでいる。まさか、あれか。俺を萌え殺そうとしているのか?


「あのね。パンの作り方を教えて欲しいのっ!」


 うん。そんな話じゃないかとは思ってた。むしろ予定調和か。


「いいけど急にどうして? というか、一応あれ製法も売り物なんだけど」


 といってもお姉さんにはそのまま渡すつもりだが。それは止めた方がいいのか? 一応そこそこの価値は今するらしいし。


「そ、そうなんだ。…ち、ちなみに買えば幾らくらい?」


「一式金貨3枚で卸してるってさ」


 それでも7倍近い。暴利といいたいところだが、正直ポーションも似たようなものだ。


「き、金貨3枚? 露店の2回の売り上げだよっ?! 高いよっ!」


 お姉さんの感覚で間違いはないだろう。露店も売り上げであって利益ではないのだが。

 まあ、あっちもそれなりに原価はかかっているだろう。原価で言えば銀貨2~3枚と言った所だろうが。

 村の人もこれで変に味を占めなければいいんだが。

 今のところは身なりも妙に綺麗になっていたりしていないし、必要以上に太っているような気配も見えない。

 ただ、あまり利益を上げすぎて本来の彼らの気質を失って欲しくない。その原因の一端に俺がいるのは間違いないんだし。


 だからと言って俺に何が出来る? 懲らしめる? それとも断罪をする?

 どちらも、俺には恐らく出来るだろう。だが、そんなことをしてどうなる?

 俺は満足をすると同時に後悔もするだろう。俺自身を守るために。

 そんなことをしても意味がない。というか、そうなるのであれば、それは俺が村に対し売ったことが一番の原因だ。

 商業ギルドに売りつけるなり自分で作って売れば此処までのことにはならなかっただろう。

 とはいえ、盗らぬ何とやら、だ。問題はまだ見えていない。今の時点で色々考えても仕方ないだろう。


「ソラくん? 聞いてる?」


「あ、ああ。それで、お姉さんはどうする? 金貨3枚とまでは行かないけど、ある程度の資金は必要になると思うんだけど」


 買うか買わないか。それは製法だけだからそこまで高くならないと思うのが市場だろう。

 だが、実際はそれが一番高い。少なくとも俺が思うのはそうだ。肝心なのは製法であり調理法であり、仕組みなのだ。

 それがわかっていなければ前のお姉さんのパンのようにへんてこなものが出来上がる。

 だから、製法だけを売るというのも手段としてはある。レシピ本のようなものだ。


 パンだけの製法を纏めたものを売れる可能性もあるが、製本技術はともかく印刷技術がさっぱりな現状においては本を大量に作るわけにも行かない。一般的だったwebを使っての配信なんてそもそも土台すらない。

 だから少しずつの量をほんのわずかな紙に人の手を使って時間をかけて行うしかない。

 イラストも絵心が無ければ描けないだろう。村長にそんな物があるとは思えないから、全て文章で書き写し、必要なところは口頭で説明を行うのだろう。


 うん。これで広まるわけがない。


 どうしても完成図はそれからは見えない。工程も完成図も見えないものを作ろうとするのは非常に困難だ。

 だから見えない。だから作れない。だから道楽のものにしかなりえない。

 もどかしい。非常にもどかしい。なまじ、それをどうにかできると分かっている手段があるのが、ただ苦しい。


「こ、これでもダメ? じゃ、じゃあ思い切って銀貨10枚でどうっ?!」


 と、何やらお姉さんが肩で息をしながら騒いでいる。

 どうやら俺が考え事をしている最中に値段交渉をしていたらしい。


「あー。じゃあ、それでいいや。ただ、お店のお金は使わないで」


 別にお金は正直どうでもいい。レシピは確かに高いが、材料そのものは安い。

 果物は安いし、小麦粉もあるだろう。買ったところで大した金額にならない。

 ようは閃き代、アイデア料が高いだけだ。一式でまだ売れ続けているということは、何らかの改良が加えられているのか、あるいは村の人もしくは商人たちにそういったうたい文句を考えるのが得意な人が居るのだろう。

 そう考えると銀貨10枚は高いが安い。むしろ全部あわせてそれくらいでも将来的には可能になるだろう。

 そもそも小麦粉も酵母も加工したものを売ればいいんだ。そうなると家で小麦を引く必要すらない。

 であればあとは酵母とレシピだけだ。どちらも製法という意味では最初にいくらかお金が発生するだけで後はお金を取る意味もないだろう。

 そういったわけで、お姉さんにはお店の金を使わずに、という条件をつけてみた。

 その言葉のトリックに気付くかどうかはまた別だが。


「えぇっ?! そ、そんなこと言われても私お店のお金なんて、私のお金? えっと、お店のじゃなくて私の生活費だよね。銀貨10枚も余裕ないけど、お、お給料入ってからでいいかな?」


 というか、俺は今月の収益目標しか決めていない。極端な話、金貨5枚と必要な経費以外はお姉さんの手元に入れてもいいのだ。

 金貨5枚なんてとっくに確保しているし、それを給料としていつお姉さんに支払われるかなんて決めていない。

 今週で今月は終わりだが、その分とポーションベルトなどの売り上げも加えると収益は金貨10枚以上は確実だ。

 例の少女からの収入も加えると金貨40枚以上といったところか。

 後はどれだけ次月売り上げを出せるか。それは俺とお姉さんの腕次第といったところか。

 あとどれだけ露店から店に客を引っ張れるか。

 試験的にそちらも試してみるのもいいかもしれない。


「サンパーニャって、ツケ利くんだっけ?」


 にやり、と笑ってみせる。こうなったらいっそ意地だ。お金がどうという話じゃなく、お姉さんがどう考えているかを引き出してみせる。


「さ、サンパーニャはつけも分割もダメですっ! でも少しだけ待ってあげるのは応相談だよっ!」


 あまり変わらない気がするのは気のせいか。というか銀行がある以上そこそこの値段のものならつけなどせずに買えそうな気がするんだが。


「けど、これに関しては待つも何もないだろ? パンの製法は一度教えて覚えてしまえば簡単なものだし、それ以上に。常連ならともかく、それ以外の相手にお金の支払いを待つって言うのは正直感心できない。帰ってくる見込みのない金にもなりかねないからさ」


 恐らくお姉さんのご両親がそういった方針で運営をしていたんだろう。

 それはそれでいい。恐らくご両親はそういったデメリットなども踏まえたうえで行っていたんだろうし。ただ、お姉さんは商売気がないというか、良くも悪くも素直というか。

 今の状態だと、何処までそれをしていいのかという線引きが難しいだろう。


「で、でもそういったのも大切だと思うんだよ? お客さんだってわざとそうしてるわけでもないと思うし」


「でも、お金が足りないと分かった時点で諦めるか次回にするかって手段取るだろ? 別にツケや後払いが悪いとは言わないけど、そもそも何回ぐらいの頻度で、どのお客がどれだけの金額を払っていないか把握してる?」


 恐らく大金を踏み倒している人はそういないだろうが、返済をしていない人も居る可能性は十分にある。

 まあ、お姉さんが把握しておらず、これからも特にそういったことがなければ俺は気にしないんだが。そこまで気にする必要は俺には正直ないし。


「わ、分からないけど。でも、昔からしてきたことだったし」


「そういうならそれでも構わないけど」


 とはいっても見極めは必要だろう。というか、俺はお姉さんを虐めたいわけじゃない。

 ただ、お姉さんはまだ不安定だ。技術の面でもそうだが、他にも。ならある程度支えることは俺にも可能だろう。やはりそこも見極めの必要があるが。


「う、うん。えっと、ソラくんもしかして怒ってる?」


「別に、って言ったら怒ってるように聞こえるかもしれないけど怒ってないよ。ただ、少し注意して欲しいだけ」


 さて、今日引き受けた予約分の生産を始めるか。予約分をまず作って、その後にまたサンプル品も作って。そんなに作る時間はないが、少しは可能だろう。

 次回はサンプルを売るべきかどうかだな。実物がなければ売れないけど、予約を取るのにもまた実物がないと難しい。

 本当は大量に作ってそれを売ったほうがいいんだろうが、そういうわけにも行かない。

 商売ということもあるが、実戦でも使えるようなものは本人に合わせなければ長時間つけていられない。

 アクセ売りとしては気にする必要も無いことだが、長時間の使用も視野に入れなければならない。

 だからこその調整、定期メンテは必要になるだろう。

 そういった意味では少しぐらい支払いを待つことにも目を瞑れるんだろうが、どうしたものか。


 というか、パンの話は結局流れたのだろうか? お姉さんはこういった話が逸れて流れることも慣れていない。

 このままだと時ソバの如く騙されかねないと思うんだが。

 後、俺の待遇の改善はどうなったんだろうか。自分で恣意的に誤魔化した結果ではあるが自分の時間を取れないのもまた事実だ。


 その間にネックレスが出来上がったのは置いておこう。チェーンは先に長いものを作っておいたから後はヘッドを作るだけ。だから慣れてしまえばそこまで時間はかからない。

 魔力を籠めないよう気をつけながら成形し、宝石を嵌める。

 今回は安いものだが宝石を指定されていたため、それも加えて作ることにした。


 出来上がったものは認識札を括りつけておく。これは予約をしたときに客に割符をして渡したものの半分だ。

 今はまだ客の顔は覚えているが、これが多くなった場合覚えられる自信はさすがにない。

 そのための手段だ。料金と品物を両方にかいておいて、元々書き込んである印を半分になるように切る。

 何人かに感心されたが、そんなに珍しいのだろうか?


 予約の入ったものを丁寧に作っていく中、お姉さんは考え事をしているのかずっと紙に何かを書きながらうんうん唸っている。

 レシピは紙に残さないよう言っているので恐らくは違うと思うが、何をしているのだろうか。

 気にはなるが、今は手が離せない。軽く意識を向けることは出来るが、それ以上は無理だ。


 あらかた作り終え、後は研磨するだけという状況でお姉さんが俺に近寄ってきた。

 にこにこと嬉しそうに紙を俺に差し出してくる。


「これ、見ておいてね」


 何処かうきうきとした表情でそそくさと自分の作業スペースに戻り、作業に取り掛かるお姉さん。

 読んでみると、それはどうやらサンパーニャの今後の改善案、のようだ。俺の待遇についても触れられている。


 簡単に纏めると、今後3ヶ月の売上目標とそれに対する商品の構成、作業分担、それと俺の仕事の時間の大幅短縮。

 休みは週1から追加して隔週で1日増える。それと週の3日目は半日、昼まででいいそうだ。

 正直嬉しいのは嬉しいんだが。

 これは何か違う気がする。これでまわそうとすると人を増やすか、お姉さんの負担を増やすかだ。

 人を増やすことに関しては言及されていないため、単にお姉さんの負担を増やすといっているようなものだ。


 というわけで、添削してお姉さんに返しておいた。

 売上目標はいいとしても、商品構成が若干甘い気がしたのでそこを要検討にして、あとは俺の待遇に関しては隔週の休み追加のみ。暫くはきついがそれで対応するしかない。

 余裕が出れば1人くらい雇いたいところだとは思うが、家事手伝いならぬ鍛冶手伝いなんて供給はあるのだろうか?

 志願する人が居たとしてもそれに対し教える体制は出来ていないし、そんな余裕もないだろう。

 それはそれとして。それを求め始めたというのはいいことだろう。


「ソラくん、手を止める」


「うん? どうかした?」


 あくまで惚けてみる。特に効果はないだろうが。


「何でこんなことするかな?」


 添削をされたことが気に入らないらしい。ジト目で睨む姿はそこそこに迫力がある。


「これでちゃんと回る保証ある? 活動目標と実際の稼働、つりあう?」


 目一杯1人で頑張れば何とかなる程度、だろう。けどそれを毎日行える保証なんて何処にも無い。

 イレギュラーも視野に入れて余裕を持たないと何かあった後じゃ遅い。

 お姉さんは現状出来ることと出来そうなことの区別がまだ曖昧みたいだ。


「でも、このままじゃソラくんだって辛いでしょ?」


「でも、それだとお姉さんが辛いだろ?」


 ここを譲るつもりはない。そうしてしまえば最初に手を掴んだこと自体無駄になりかねない。

 お姉さんと事を構えるつもりはない。構えるつもりは無いんだが、どうするべきか。

 まあ、もう少し話をする必要があるというのは確実だが。


「私は、ここを守りたいから。でも、ソラくんは違うんでしょ?」


「守りたくないっていうのは確かにそうだし、俺は俺の目的があってここにいる。けど、愛着がないかといえばそれも嘘になる。じゃなきゃ、こんなことしてないだろ?」


「そうかもしれないけど。でも、これ以上無理させられないよ」


「お姉さんさ。そもそもどうしてそういう結論に至ったのさ?」


 まず不思議なのがここだ。パンのレシピを教えて欲しいとか、仕事に関して熱心になるのはいい。

 けど、どうしてこう頑なになるんだ?


 急に俯いて黙り込むお姉さんに首を傾げる。

 前のように泣いているのか、とも思ったがそうでもない。

 何かを我慢するかのようにじっと耐えているようにも見える。

 より分からない。途中の式が完全に抜けていて、設問と答えだけが載っている方程式を証明しろと言われているようなものだ。

 読み解いていけば分かるのかもしれないが、どうも過程が良くつかめない。


「お姉さん。ないとは思うけど、俺がいない方がいいのか?」


 今までの態度を見る限りはそうは思わないのだが、下策とは思うが一応聞いておこう。


「そんなことないっ! けど、私。私が頑張らなきゃいけないのっ!」


「お姉さん。とりあえず座ろうか? 飲み物淹れるから、ひと休憩入れよう」


 叫んだお姉さんの身体は震えて、熱くなっている。熱というよりも興奮しすぎているのだろう。

 作業台の椅子に座らせ、お茶を淹れる準備をする。今日は果物を使ったお茶でも淹れよう。



「お姉さんの頑張りは分かってるつもりだよ。お姉さんが納得いってないのかもしれないけど、まだお姉さんが始めてそんなに時間なんて経っていないんだ。最初に走りすぎると後に続かないぞ?」


 温めのお茶を淹れ、作業台に置く。本当なら渋い日本茶を淹れたいのだが、生の茶葉が手に入らないため熟成しきった紅茶しかない。美味しいから別に構わないんだが。


「なら、ソラくんはどうなの? 今までずっと鍛冶をしてきたの?」


 藪蛇だったか。そりゃ、まあそうなるな。


「お姉さんだって俺の作ったものを見て、触れただろ?

 まあ、それはそれとして、だ。どうしてこう自分だけで突っ走ろうとしたんだ?」


 とはいえ交わせないものでもないし本筋は聞くべきだ。


「……友達に、おかしいって言われたから」



 一通り話を聞いて思わず力が抜けた。

 曰く、前に話に出た友人が昨日も家に来たらしく、色々話をしたそうだ。

 その中で具体的な案! ということでお姉さんに何やら策を預け、それを実行するようにといわれたそうだ。

 そこででてきたのがさっきの紙の内容だ。

 その友人は商人の娘で親も同じようなことをしていたから、ということだそうだが。


 というわけで説教タイム。

 話を聞くのは良いが俺にもちゃんと聞けということと、聞いてもいないことを断言しないこと。

 実際の運営をしているのは俺とお姉さんで、幾ら友人であろうと簡単に内情を話さないこと。

 主にはそれくらいか。


 席を立つと市場調査してくるとだけ言い、外へと出る。今は少し考えてもらったほうがいいと思う。

 あまり時間は取れなさそうだが、俺は俺で役に立つことでもしようか。




そろそろサブタイを考えるのが辛く。。

もう少し、もう少し書き進められればきっと物語が動くはず。。


評価、つっこみ等ありましたらよろしくお願いします。


2011/10/1

誤字等を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ