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第12話。作成、作成。

読んで頂きありがとうございます。


「さて、お姉さん。これから商品開発に関して会議を行いたいと思う」


「商品開発? またポーションの新しいものでも作るの?」


「ここ、魔術工房だよね?」


 お姉さんまでポーション売りの店だと思うようになってしまったのか?

 ため息を吐いてもこれは仕方ないだろう。


「い、いや、そ、そうだよねっ! じゃ、じゃあついに魔術品を作るんだね?!」


 鬼気迫る形相、もとい熱気が溢れでそうな表情で俺に駆け寄ってくる。


「あ、ああ。というわけで、何を作るのかということと素材、それから販売価格を決めたいと思う。あと、前話したように露店と店用の商品も差別化を図ろうと思ってるんだけど」


「うん。それはいいと思うんだけどね、いつまで露店を続ける予定なのかな?」


 それは期限を決める、という意味だろうか?

 確かに期限を決めて目標額を設定した方がそれに至るための行動も分かりやすくはあると思うが。


「お姉さんはどう思ってる?」


 色々頭の中では考えるが、全く別の可能性もあるため先に聞いておくことにした。


「うん。やっぱり此処で商売をするのがサンパーニャだと思うからね。露店で売るのも楽しいけど、また此処でお客様をお迎えして、それで作ったものを売りたい。これがサンパーニャの商品ですって」


 もちろん、現状引ける大きな目標はそこだろう。その後の分岐にもなりえるポイントだ。


「なら、お姉さんはどうすればそこにまでこぎつけられると思う?」


「そうだね。……お、お金をためなきゃいけないんだよね? ソラくん言ってたし」


 当然お金は必要だ。幾ら俺が錬金術師でもあるとは言え、金を生み出せ……るということはない。

 なら今出来ることで少しでもためて、お姉さんが出来る幅で店を大きくしていくしかない。


「だから、そのためにお姉さんは何をしなきゃいけないと思っているか聞かせて欲しい」


 言われるまま働くのもお姉さんのストレスになりかねないし。

 俺はお姉さんからの願いを一度断っている。だからこそ、お姉さんには考えて欲しい。

 自分がどうしたいのか。自分がどうありたいのかを。


「うぅっ。そ、そうだね。えっと、ポーションを作ること自体はもう大丈夫だから。次はいよいよ魔術品だね!」


「うん。なら質問を変えようか。お姉さんは、どの金属がどれくらいの温度で解けて、何と何を冶金すればどうなるかはわかる?」


 最初に戻っていることはあえて言うまい。

 作る以前の問題だ。強度や質感なども大切だが、そういった基本的な知識があるかどうかがまず疑わしい。


 お姉さんの固まったような表情を見ると、大体答えは分かりそうだ。

 ならば、そういった知識を蓄えながらの方がいいだろう。

 本来なら俺が教えるべきなんだろうが俺も詳しくはない。

 一部のことは分かるが、火の温度や融点までは分からない。


「で、でもっ。それが分からなくても鍛冶はきっと出来るよ!」


「正直俺も同意見なんだが、冶金に関しては知らないとまずいだろ。少なくともそのままじゃ使えない金属なんてザラだぞ?」


 特に原石はそのままでは扱えない。脆かったり硬かったり、何よりも不純物が多いため本来の性能を発揮できない。

 とはいっても、温度は色々試してみるしかない。温度によって硬度が変わるものなんて幾らでもあるし。

 それに今の技術で見た目以外で温度を計る術があるとは思わない。だからそっちはどうにかなるにしても、冶金は知らなければどうしようもないだろう。

 この前購入したのは鉄鉱、銀、亜鉛、銅、錫。あとはもろもろ。

 どうやらそれは昨日運び込まれたようで、元々ある金属も含め、工房が狭くなってしまっている。

 すでに加工されているものもあるが原石も多い。これを加工するだけでも一苦労だろう。


「もしかして、ここにあるのも加工しなきゃダメかな?」


 俺の視線に気付いたのか、お姉さんは震えたような声を出す。


「ほとんどは。全部インゴットで仕入れればいいのかもしれないけど、品質がまちまちっぽいし、その分お金かかるだろ?」


 ものによっては不純物が多く含まれているものもあるだろう。

 売った側の職人の手抜きか、それともそういったものの方が多く流通しやすいのか。

 それでも鉱石から加工するよりはましといえばましだが、お金がかかるならお姉さんのレベルアップも兼ねて原石から加工していったほうがいい。

 今の所ポーションはすぐに出来る分、それを一定量確保した上で冶金をすればいい。


「うぅっ、中々簡単にはいかないんだね」


「俺が冶金して、インゴットに変えたものをお姉さんが鋳造で製品を作ることも可能だけど。そうする?」


 それも方法のひとつだ。作業の分担をして効率を上げる。どちらが楽しいかといえば当然鋳造だ。

 物を形にするというのは大切だし、何よりも目に見えて成果が分かる。

 俺は淡々と作業をこなすのも案外好きだし、苦にならない。

 だが、俺みたいなのは例外だろう。普通は成果を実感しやすい方が嬉しいだろうし。


「それだとソラくんに悪いよ。それに私、頑張って覚えるからソラくんのやり方を教えて欲しい。やっぱり、私が今こうしていられるのもソラくんのおかげだもん」


「俺のやり方を正しいと思わないで欲しい。その点を了承できるなら見てていいけど。少なくとも俺は教師役は無理だよ」


 俺が色々なものを作れたり知っているのはあくまで俺が今まで集めてきた情報を使っているに過ぎない。それも正しい、実践を伴ったものとは言い切れない。

 それでもどうにかなるものではあるが、限度は決まっているだろう。

 刀や槍を打つ自信はあっても、はさみやスプーンを作る自信はない。

 魔術工房にはさみやスプーンを作る必要があるかといわれたら首を傾けざるを得ないが、そういうことだけでもないだろう。


「うん! 私も自分で出来ることはやってみるから、ソラくん手伝ってね」


 了解はしたものの。どこまでお姉さんに伝えられるか、そして伝えていいのか。それが問題か。





 金属を熔かして型にいれ、冷やす。

 文字にすればたったそれだけの工程だが、難しい。

 金属を熱しすぎると脆くなるし、だからといって低い温度のままでも加工できない。

 その後、型に流しいれるのも慎重にしなきゃいけないし、量は少なすぎても多すぎてもいけない。

 そして、型から外すときも案外慎重にしなければ割れてしまう可能性すらある。


 と、やってみたいと言うお姉さんがしたミスを上げるとこんなものか。

 一番安い鉱石でやってもらったからそこまで損失はないが、どう教えたものか。


 何か導入本でもあればいいな、とは思うが職人がそんな物を作るだろうか?

 少しは調べてみることにしよう。本来は師から弟子に教えるか、技術を見て学ぶものだろうし期待は持てないが。



 同じ材料で、同じような工程を経て作り上げた2つの腕輪。



 真鍮の腕輪


 真鍮で出来た腕輪。重量3。



 ボロボロの真鍮の腕輪?


 真鍮で出来た腕輪らしきもの。装備不可。重量2。耐久【5/30】



 どうしてこうなった。

 前者が俺が作ったものでもう片方がお姉さんのものだ。

 腕輪だったから大きすぎたのか? いや、そもそも何故何のスキルも効果も持っていないのに耐久度がある?

 お姉さんの何らかのスキルなのか? これは。


 考えは尽きない。むしろ、どうして鋳造で作ったものがこうなる?

 不器用というだけでは説明にならない。工程は見ていた。だめになりそうなときはちゃんと指摘した。お姉さんもそれを守った。

 不安は残るものの、しっかりと工程は終わらせた。多少不恰好でも最後の仕上げの段階では何とか見れる形にはなるはずだった。


「もう何個か作ってみるから、お姉さんは近くで見てて」


 しゅんと項垂れるお姉さんに声をかけ、作業を再開させる。

 ポーションと違い幾つも作るのは辛いが、それでもやれないことはない。

 とはいえ、重かったり、熱かったり、色々大変だ。

 汗は途中から滝のように溢れ出て来たから慌てて水分だけは確保したが。



 出来上がったのは細かな装飾で多少の違いをつけた腕輪が2つ。

 金型を使ったものだから、どうしてもこの程度か。

 大きな差異を出したいのであればその度に型を作るか、あるいは鍛造の方がいいだろう。

 どちらにせよ、そちらの方が時間と手間はかかってしまうが。

 或いは数種類の金型を作るか、だ。


 今出来ている商品として使えそうなものは、俺が作った3つの真鍮の腕輪と前に作った青銅の腕輪のみ。

 せめて、お姉さんには荒削りでも最初は構わないからどうにか形にして欲しい。

 となると、逆接的な発想ではあるが、DEXがあがる魔術品を作ったほうが良いか?


「お姉さん、DEX向上させる腕輪でも作ろうか? 俺も成功確率を上げるときはそういう補助使ってるし、慣れるまではそういった手段をとってもいいと思う」


「それは嬉しいんだけど……もう少し自分の力でやってみるね。頼ってばかりだと、それが当たり前になっちゃうから」


 少し考えた後でお姉さんは断ってくる。お姉さんが自分でやると決めた以上、まあ大丈夫だろう。

 もしそれが使えなくなった時どうなるか正直不安だし。


「まあ、それはそれとしてだ。これで多少はやり方や苦労は分かったと思う。それで、どれくらいの価格で販売する?」


 脱線どころか完全に当初の目的を見失ってしまったが、まあ逸脱はしすぎていないと思う。

 あくまで商品価値は原価+手間+美的価値だと思っている。今回は手間がどれくらいかかるかは分かってもらえたはずだ。

 問題は魔術品がどれだけの値段で取引されるか、だが普通のアクセサリーに関してはそこは気にしない。

 そちらも、露店を回ってある程度は相場を確認している。とはいえ、まだ売れて儲けもの程度でしかないだろう。

 購入層を男女兼用というか、女性よりにしたためやや細身のそれは、多少の装飾をつけていてもポーションとは違い、そう簡単に売れるものでもないだろう。


 というか、作るのに時間がかかる。結局、2個目を作った時点で疲れ果て、暫く休んだ。

 体力が持たないというよりも、身体がついて来れないというのが現状か。

 一気に体力を奪われ、力尽きるというか。まるで借り物の身体を無理やり動かしているかのように妙なへばり方をする。いや、借り物の身体っていうのも意味が分からないんだが。


「うーん…銀貨1枚くらい、かな? 銀だったらもう少し高くてもいいと思うけど、真鍮ならそれくらい、かな」


 ポーションを基準にすると利益率の差に少しというかだいぶ開きを感じるが仕方ない。


「なら、それで出してみて様子見かな。あと種類はどうする? これだけだと流石に少なすぎると思う」


「そ、そうだね。ちょっと思ったんだけど、普通のアクセサリなら曲げたり切ったりだけでも作れないかな?」



 ……うん。そういやそうだったな。鍛冶という手段しか考えていなかったが、硬すぎない金属を使えば熱を加えるだけで曲げたり捻ったりは出来るはずだ。何で俺は金型にばかり拘っていたんだ?

 むしろコストを抑えるならそっちの方が安上がりだろ。色々変化もつけられるし。


「お姉さんの言うとおりだよ。となるとデザイン画だけで十分か。お姉さんは何かアイデアある?」


 そうなると型だけなら今までに手に入れてきたアイテムのストックが使える。

 後は実際の付け心地と大きさの調整を何処までするか、か。


「つ、作ったときに調整すればいいよね?」


 お姉さんの目が異常に素早く虚空を彷徨う。ああ、不器用って言うのはそういうところでもそうなんだな。


「ああ。暫くは俺が作る、ってことでいいんだな?」


 笑って見せるとお姉さんが不機嫌そうに頬を膨らませる。

 この人は本当に幾つなんだろうか。似合っているのがまた疑問を膨らませる。


「どうせソラくんみたいにうまく作れないよ! いじわる」


「それでも作っては貰うんだけどな。加工用の金属板の作成、は明日にでもしておくからお姉さんはデザイン考えてくれ」


 体力を回復したところで今日はこれ以上加工できる気がしない。

 そういった加工をするなら厚さは均一でないといけないし、素材ごとによって厚さや長さも変えたほうがいいだろう。

 そう考えるとあまり複雑な作業は今こなさないほうがいい。……いっその事休憩用の椅子なりなんなり作るか?



 結局、デザイン画を作ることに専念したわけだが、俺の絵心の無さは器用さで何とか補填は出来たものの、これをそのまま販売することは難しそうだ。

 そして、意外にもお姉さんのデザインが良かった。

 細かなディティールまでは描いていないものの、シンプルだが良さそうなデザインが多く上がった。


 このままお姉さんがデザイナーも兼任した方が良さそうだな。既存のものは俺が作れるとしても、新しいものは中々難しい。

 特に、既存のものはどうやって作ったのかを想像するのも難しいデザインが少なくない。

 そうやって描かれたデザインは今作れそうなもの、まだ難しいものと分けて整理する。

 素材や難易度、製法など条件を上げれば数え切れないほどあるが、まあそこは徐々に作れるものを増やしていけばいいだけだ。


 デザイン画を整理して、それをお姉さんに預けた頃には既に夕日が沈みかけていた。

 随分と熱心に描いたものだと自分でも呆れたが、お姉さんは自分が役に立つことがあることを悟ったのか、妙に嬉しそうだ。


「俺は今日はもう帰るけど、お姉さん。夜遅くまで仕事しないように」


「わ、分かってるよ?」


 お姉さんはイメージとして自分が出来ること、しなきゃいけないことが見つかったら何が何でもし続けそうなタイプだ。

 そこに省みる、とか一度立ち止まって、というものがあればいいのだが暫く付き合ってみた結果、今はまだそれが出来ていないようにも見える。

 なら、俺に出来る範囲ではお姉さんに注意をするが、それは全てではない。

 越えてはいけない一線はまだ引かれたままだ。それをわざわざ踏み越えて、その先にある責任を負えるとは言えない。

 何となくもやもやはするが、原因を考える体力も今は無く、ただ帰宅の途についた。



「ソラ、最近疲れてるみたいだけど大丈夫?」


「ん? まあ大丈夫だよ。ちゃんと夜は寝てるし、特に大きな怪我とかもしてないし」


 食事中、何となく食欲のわかない俺に母が尋ねてくる。

 とはいっても、特に異常も見つからないし本当に何となくもやもやしたものが晴れないだけだ。

 気にするものでもないだろう。


「そうやってソラはすぐ無理をするんだから、自覚する前に休むんだよ?」


「ほどほどにはしとくよ。そういや、このパンなんか変な味するんだけど何か混ぜた?」


 どこか懐かしい香りなんだよな。パンも黒っぽいから全粒粉にでもしたかと思ったんだけど。


「これはソバの粉を入れてみたんだよ。シエッタにたくさん貰ったからいれてみたんだけど、美味しくなかった?」


 なん……だと?


「母よ! まだ粉は残ってる?!」


「う、うん! 残ってるけど、嫌いだった?」


「いや、そんなことは無い! そんなことはないけど、パンには混ぜないでくれ!」


 何てこったっ! そうだよな、ソバはあってもおかしくないんだ。

 昔はクレープにもソバ粉を使ってるって話しだし、何で探さなかったんだ、俺は。

 いや、今そんなことで嘆いていても仕方ない。カツオらしき魚は見かけた、大豆もある。

 麹に関しては米がないのでどうするかとも思うが、豆や麦で代用は出来るだろう。

 麹を作る部屋も必要だ。そんなものを室内に作れるとは思わないから庭の何処かに造るべきか。

 これで昆布と米があればひとまずは理想に近づくんだが、今見つからないものは仕方ない。

 農業ギルドにでも聞いてみるべきか?

 それよりもまず、今は醤油と味噌とあと納豆を作るべきだ。本当に米は無いのか? なければどうやって作ればいい。少しでも近づけるというのが分かったからこそ辛い。

 この歯痒さ、何処にぶつければいいっ。


「ソ、ソラ? 急に元気になっちゃったみたいだけど、どうしたの?」


「長年の夢がこれで1つ果たせそうなんだ! 少し徹夜してくるけど、気にしないでくれっ!」


 母の返事も聞かず、食堂から飛び出す。幸いまだ材木は残っている。ただ、隙間を覆えるようなものはない。これは休みの日にでも何処かで粘土を採取すればいい。作るのはまず隠匿用の魔法陣と小さめの木の建物。それに木の桶は同じく作ってしまえばいい。くっ、何で今までソバにすら出会えなかったんだ。

 どちらにせよ今日はもう材料は買いにいけない。明日は露店の日だからそれが終わって、少しだけ材料を買う時間を貰おう。

 燻製用に香りのいい木も出来れば欲しいし、それ用のチップは、干し肉や腸詰などが売っているからこれも平気だろう。

 となると、何処かでそういった商品を安定供給できる場所がやはり必要になるか。

 この前行った食堂にでも声をかけてみるか? いや、それだと料理を広めることは可能でも作ることは難しいだろう。


 ただでさえ醤油や味噌は作るのに時間がかかる。幾ら促進をしても2~3日で出来るものでもないだろう。

 となれば、何処かに協力を取り付ける必要がある。今協力を求められそうなのは『ユグドラシルの葉先』にハッフル氏、あとはギルドだがどうも弱い。

 何処までそういった交易が行われているかわからないが、新しいものは基本的に高値で取引され、優先的に王族や貴族に行き渡る流れだろう。

 そしてそれが一段楽してようやく、ゆるやかに平民に行き、価格競争と改良により値段が下がっていく。

 そこまで辿り着くのに幾らの時間がかかるだろうか。1年、いや2年? 下手をしたらもっとかかるだろう。

 個人的に作るだけならそれで構わない。けど、俺はあくまでこれを広めて欲しい。

 でなきゃ俺個人で思いつく料理なんて数少ないし、応用も利かない。

 なら、広まり、それで色々なものを口に出来た方が幸せだ。なら、早いことに超したことは無い。

 そうなると俺個人だけで済ませられる問題ではないが、同時に俺自身もある程度動かなければならないだろう。

 とはいってもコネなんてそう簡単に出来るものでもない。それに関してはじっくりと考えていくしかないか。



 と、考えながら気付けば朝方。どうやら作り終わった小屋の中で眠ってしまっていたようだ。

 地面に直で寝ていたため身体も節々が痛いし、若干眠気も残っている。

 1日で建てたこの小屋は先に周囲に隠匿の魔法陣を張り巡らせた上で、生産スキルを使って作ったものだ。作ろうと思っても、手作業じゃ数時間程度で作れるものじゃない。


 風呂にでも入って身体を解すか、と立ち上がると身体から薄い毛布が外れる。

 どうやら俺が寝てしまった後に誰かがかけてくれたようだ。

 レニが運んでくれることはさすがにないだろうから、父か母のどちらかだろう。

 父はあの場には居なかったので母の可能性のほうが高い。


 風呂に入り、食事を済ませ、母にお叱りを受け、出勤する。

 母からのお叱りが少し長かったため、急ぎ足だ。俺が悪いとはいえ、少し手加減をして欲しい。

 そういえばこういう叱られ方をしたのは初めてかもしれない。というか、何故母は怒りながらも何処か嬉しそうだったのだろうか。



 中央広場を過ぎた頃にはいつも通りの速度には戻っていたものの、全体的に時間を短縮したためサンパーニャに到着したのは普段とそう変わらない時間。


「おはよう、お姉さん。どうかしたのか?」


「うん、おはよう。えっと、今日はちょっと寝坊しちゃってさ」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべるお姉さん。髪も少し跳ねていたりして、それはそれで可愛らしいが。


「珍しいね。まあ、準備は俺がしておくから、お姉さんは髪直しておいで」


 工房を見る限りまだ準備は済んでいないようだ。

 今回のポーションの比率だけ決め、お姉さんはそそくさと身支度をはじめ、俺はポーションをガラス瓶に移し変え、他の販売するものを作業台に置く。


「あ、そういえばさ。アクセサリのことなんだけど、今あるのは今回は止めにして、サンプル品を次回並べて予約制にしようと思うんだけどどう?」


「予約? あるものを売る、じゃダメなの?」


「それだと色々な種類のものを並べなきゃいけないだろ? 確かに並べたものをすぐ買えるのもメリットはあると思うんだけど、素材や形、大きさを含めて好みは違う。なら数量限定にして簡易オーダーをとった方がいいと思うんだ」


「面白そうだね。でも、そうすると高くならないかな?」


「素材の差と若干の手間賃を取れば大丈夫。そこまで大きな量にはならないし、物によっては数日かかる可能性もあるけどさ」


 少なくともこっちに関しては儲けのためじゃない。儲ける手段を講じる必要もあるが、これはどちらかといえばサンパーニャの今後を計る手段だ。

 この世界では一部の道楽者を除いてオーダーメイドというものはほとんど取られていないらしい。

 魔具がそれに当たるが、魔具は主体はあくまで属性石。強力な属性石を人の手で作り出せない以上、属性石に合った装飾品を作るのが一般的だそうだ。

 アクセサリ売りも、ある程度客からの要望や手直しはするがそれでも自分で作り、自信を持って販売する。

 だからこそ、幾つもの露店が立ち並び、そこそこに繁盛しているのだそうだ。


「じゃ、あとはお姉さんの作ったポーションバッグ、これは幾らで売る?」


「それも並べるの? ソラくんのものに比べたらあまりいいものじゃないよ?」


 少し恥ずかしそうに言うお姉さん。自信がないというよりも照れているだけみたいだな。


「そんなことないさ。俺だったら、銀貨1枚は少し高いにしてもそれくらいでも買うぞ?」


 自由度が高いのもそれなりにポイントか。

 ポーションベルトはポーションしか扱えないが、こちらはそうでもない。

 工夫次第では他の用途にも使える。とはいえ、それにしては少し小さいが売りに出せば何らかの発展もあるだろう。


 結局、ポーションバッグに関しては銅貨70枚で売る事にして、合計5個を売りに出すことに決めた。

 サンパーニャで売るにしてもやはり何処かに作ってもらわないとそろそろきついな。

 そういったコネも広げておくのもやはり必要か。内職でも頼めればいいんだが。



 いつも通り何回か往復し、商品を運ぶと露店を始める。

 今回も売れ行きがいい。当然といえば当然だが、製法を何時ばら撒くかで今後の展開も変えるべきだろう。

 とはいえ、あまり悠長に構えても居られない。いつ製法が漏れるか分かったものじゃないからだ。

 製法がお姉さんと俺の頭の中にしかないとは言え、いつまでもそのままではいられない。

 他のポーション売りを敵に回すつもりもないし、サンパーニャがポーション売りの店として周知されるのも痛い。それは既に広まっている可能性も十分あるといえばあるのだが。


 これもお姉さんと話し合うべき課題だな。

 需要は上がる一方、供給は敢えて抑えてある。

 そのため、短時間で一気に売切れてしまうのも少し問題といえば問題か。

 売れ切ってしまった後で狩人やら戦士やらが来て断りを入れるのも心苦しい。

 そうはいってもむやみやたらと市場の混乱も避けたいわけで。


 上手く行かないものだと感じながらも完売したのち、俺は戻る前に買い物に。

 買うものは大豆に麦にカツオらしきものに燻製用のチップ。これでまずは大丈夫。

 とはいえ、カツオらしき魚は干されているものが多く、生を見つけるのが大変だった。しかも普通のものより高いし。

 小遣いももうほぼ底をついているし、失敗が出来なさそうだ。

 まあ、人目がつかない場所でアイテムボックスに入れたから暫くは持つだろうが、今日はちゃんと集中出来るだろうか?




「さて。お姉さんはこれからポーションを作って欲しいんだが、その前に聞きたいことがある」


「うん? 私何かしたかな?」


 首を傾げるお姉さん。いや、何で聞きたいことがあるといっただけなのにそういった反応になるのだろうか。


「お姉さんが悪いとかそういう話じゃないよ。ポーション、何時ごろに製法を広めるべきかなって」


 外で話す話題じゃない。此処は工房を兼ねているから他の店に比べて防音設備はしっかりしているし、聞き耳を立てられても声は外には漏れない。


「製法……そうだね。もう少し様子を見ていたほうがいいかなって思うけど。まだ私たち以外で同じようなものを作れてる人はいないんだよね? なら、もう少しだけ稼がせてもらったほうがいいかな?」


 お姉さんの方が広めることに関しては積極的になると思ったのだが、意外だな。

 とはいえ、工房主がそう思うならそれでもいいんだが。


「なら、どれくらいで広める? 少なくとも、俺はずっと秘匿にしておくつもりは無いんだけど」


「工房としてちゃんとやっていけるようになってから、かな。でもソラくんが頑張って色々なことしてくれてるからそんなに時間もかからないと思うんだ。あとは私の腕次第、かな」


 明るく笑って話すお姉さん。なら、そのレベルアップのためにも俺も頑張りますか。




 加工をしやすいように幾つかの長さと薄さに加工した金属の板は2桁を越えている。

 その分疲れはしたが、これだけあれば暫くは持つだろう。

 後はチェーン用の細長い線状の金属だ。こっちは作るのは結構しんどかったが、手持ちである道具で何とか誤魔化した。

 これの加工に関しては今日でなくてもいいだろう。むしろ既に夕方だし。

 となれば、今日はどうするか。帰って食糧作り、は母にまた怒られそうだ。休日にすることにしよう。

 大人しく帰ることにしよう。露店に寄っても欲しいものがあってお金が足りないときの虚しさは非常に辛いものがある。

 バイトを始めても暫くはお金が入らない。食費やなにやらはほとんどかかっていない以上いいとしても、買い食いやちょっと寄ってみた店で衝動買いみたいなことが出来なくなる。

 まあ、普段はしないからいいとしても急にお金が必要になったときが困る。

 アイテムボックスの中にこそ金塊やらいくつかの道具はあるものの、それをそのまま換金というわけにも行かないだろう。

 ヒュウガとして何処かのギルドに登録できれば良いが、それはそれで面倒そうだ。



 帰り着いたらご飯を食べて風呂に入って寝る。娯楽がほとんど無いこの世界ではそればかりだ。

 何だかおっさん臭くて少し寂しい気もするが、そもそも明かりすらほとんど確保出来ない。

 暗くなったら寝て、明るくなり始めたら活動を始める。原始的だが、今はそれがちょうどいいんだろう。

 出来ないこと、不自由なこと、もやもやすること。色々不便はあるが、それもまたこの世界なんだ。

 なら、できることをして楽しめばいい。出来ないことだけじゃない。今はまだ出来ていない、そういったものがまだまだあるだけだ。


 本も、製本技術や印刷技術がそこまで普及していないのか、写本の類しかない。

 そのためそこそこの値段はするし、あまり出回っても居ない。

 この前買った本もそれで、しかもそこそこボロイ割には結構な金額もしたし、誤字もあった。

 さすがに印刷の機械は造りようが無いし、技術面も良く分からない。

 自分の手の届く範囲でなら何とかしたいが、出来ないことまで無理にする必要も無いだろう。

 まあ、出来ないことを楽しむことも必要と割り切るべきか。



 ぐだぐだ考えているうちに眠り込んでいたようで、また朝がやってきた。

 身体の疲れはそれでも消えてくれ、起き上がるのにも不自由しない。やはり地面で寝るべきじゃないな。

 前はキャンプにすら碌に行けなかったからこういう知識はあまりない。

 まあ、1つ経験になったと思えばいいか。

 あまりぼんやりと考えているわけにもいかず、身支度を済ませ、朝食を摂り、いつものようにサンパーニャへ向かう。


 お姉さんは今日も元気だ。いや、普段以上に元気かもしれない。

 理由は明確。アクセ作りにある。ぽっきりと折れない限りやり直しが効く点も良かったのかもしれない。

 機嫌良さそうに金属の板を加工していくお姉さんはまるで子供が粘土遊びをしているかのようだったが、表情は真剣そのものだ。

 その割りに鼻歌らしきものが聞こえる分、余裕はありそうだ。

 そうやって昼までに試作品が2つほどお姉さんだけで完成させている。

 ちなみに、昼ごはんに関してはここ数日は全て外で買ってきている。用意する手間があったのと、何かと忙しくて一度作らなくなったら作るタイミングがなくなったからだ。


 それはともかく。お姉さんの作るものは同じ物をイメージして作っている割には似通っている、という感じはするが同じものには思えない。

 手作りなのだし、そういったものだとは思うが俺が作るものはどれも同じようなものになる。

 敢えてディティールの変更はしているが、それこそ誤差の範疇だろう。

 俺はチェーンネックレスを1本、バングルを2本。

 チェーンは思いのほか作るのが楽しくなってしまってまだ余っている。

 後は安い宝石でもつければ立派なものになるだろう。

 それこそ属性石を付ければ魔具にもなる。といっても、現状の価値を知った後では属性石の大量生産も出来ないんだが。


 そろそろ俺専用の、誤魔化すための魔具を作る必要はありそうだが、どうするべきか。

 通常の魔術品であれば幾つか用意は出来る。母に借りていたものもあるし、サンパーニャで働いている以上扱う機会も増えるだろう。

 ただ、魔具は別だ。今の所拾ってきた宝石の中に属性石はない。

 弱いものでさえ、時間をかけて特性の場所になければ出来ないものらしい。

 ならそれを取りに行くか、というとそれも現状では難しいだろう。

 何せ朝から夜までサンパーニャで仕事をし、休日も一週間の内1日だ。

 学生であれば長期休暇もあるだろうが、今のサンパーニャにそれを求めるのも酷だ。

 今は何とかなってるし、どうにもならなくなりそうになったときに考えればいいか。

 むしろ、今動いた方が不自然か。魔術工房はあくまでも魔術品を作るのがメインなんだし。

 そうすると、魔具を作る工房は一体何になるんだ?


 と、疑問に思ったことをお姉さんにぶつけてみると、それは魔術師か入手した人が工房に属性石を預け、土台となるものを作ってもらうのが一般的で、金属を扱う工房であれば特に専門はないそうだ。

 とはいっても、やはり実績を積んだ工房に持ち込むことが多く、あるいは魔術師お抱えの職人が作る程度で、作る職人は数が絞られているとのこと。


 俺のように魔術師でありながら鍛冶師である人間は恐らく限りなく少ないだろう。

 身の振る舞いに関してだいぶ制限があるが、それも仕方ない。

 俺は勇者にも英雄にもなろうとは思わない。それはなりたいやつがなればいい。

 だから目立ちすぎず、といったことを念頭において活動しなければならないだろう。

 幾つか既に行動はしているが、それがどう今後に作用されるか分からないが、投げた賽は戻らない。

 なら、それを飲み込んででも、することとしないことを分けて考えなければならないだろう。


 というのを今から行うことの言い訳にするのだが。


 こういったアクセサリを魔術品に加工できないか、というのが俺の考えていることだ。

 魔術品は職人の魔力を持って作る。ならば、魔力を籠めさえすれば魔術品になるのではないか、という理屈だ。

 これが出来ればお姉さんも効率よく魔術品が作れるようになるだろう。邪道でしかないならお姉さんに教えるわけにも行かない気はするが。

 今の所俺が試したことがあるのはハンマーを通して魔力を道具に籠めることだ。

 叩いたことにより、加工している最中に物に魔力が移るんだろう。きっと。


 というわけで。どんな道具であれば可能かをまず調べるために、板金、金属の板を加工するためのハンマーを準備する。

 鍛冶道具が高い理由はこういった道具の種類が多いからだ。今は関係ない話だが。

 そのハンマーで形状を壊さないよう注意しながら叩く、というか魔力を籠めていく。

 鏡が近くにないから俺が光っているかどうか分からないが、自分の身体の内側に意識を向けると、何かが緩やかに流れていく、そんな感じがする。

 その先はハンマーであり、またアクセサリだ。今回はチェーンを叩くわけには行かないからバングルだが、何とか上手く行きそうな予感がする。


「あれ? ソラくん、魔術品にしちゃうの? 今回のって露店用のアクセサリーなんだよね?」


「お姉さん、もしかしてこれは一般的な方法なのか?」


 だとしたら最初からアクセサリーとして売る必要も無いんだが。狙って能力を発動させられるかは別としても、ある程度コントロールは出来そうだし。


「ううん? 初めて見るけど、ソラくんなら出来てもおかしくないなーって思っただけだよ?」


 お姉さんにとって俺は規格外というか常識外れな存在なのだろうか。いや、否定は出来ないが。


「俺だから出来てもおかしくないって……。ペンダントとかそういう形状の魔術品ってないのか?」


「あるにはあるんだけど、お父さんが作ってるのを見てたら、ヘッドの部分だけ打って後は他と一緒だよ。バングルにしたって前にソラくんがしたみたいに全部打ってたよ」


 魔術品のコア、といえばいいのか? 魔力を籠める部分はどうしても鍛造で魔力を籠めなければならないのか。随分と面倒な話だが、どうするべきか。


「ねえ、今回はどういうスキルをつけたの?」


 わくわくしたお姉さんのリクエストに答えてバングルを鑑定する。



 ピンクシルバーのバングル


 ピンクシルバーでできたバングル。重量2。耐久【400/400】

 スキル【短距離転移】使用可能


 またレアというかコアなスキルが付随したものだ。

 これは目に見える範囲であれば移動可能、という便利かどうか分からないスキルだ。

 見える範囲、なので中の見えない密室に侵入することは不可能だし、他の重複するため魔法陣が使われている場所に行くことも出来ない。

 そもそも町は大きな魔法陣で囲まれているため町の中では使えないし、どちらかといえば崖などで通れない場所を通ったり、戦闘中に離脱、或いは距離を縮める程度か?


 とにかく、そのスキルと効果を説明するとお姉さんに微妙な顔をされた。

 森とかで猟をするには便利じゃないかな、とは言っていたものの使えないかも、みたいな表情だったのは明白だ。

 使い方次第では犯罪にも使われかねない。お蔵入りかな、これは。

 他にも試してみなければ分からないが、スキルの付与は何も考えずに籠めたらランダムになりそうで怖い。

 魔術が現れないのであればそこまで酷いことにはならないだろうが、それでも強力なスキルややばいものは少なくない。

 特に装備しているものに対しバッドステータスを付与するもの自体有り得る。そういったものが出来上がったら呪いの武具に近くなるんだろう。

 装備変更不可だったり、装備解除不可でない限りは平気だろうが。


 結局、サンプルとしてバングルも並べることにして、それ以外にも幾つか作って並べるで決定した。

 この数日何だかんだで疲れていたりしてあまり作業量は多くなかったから、今日は少しだけ頑張ろう。

 チェーンネックレスはペンダントヘッドを取り付け、それを魔術品化すればいい。

 魔術品として売るものに関しては、だが。

 今日は幾つかサンプルを仕上げることで終わらせよう。頑張るとはいっても頑張りすぎるのも良くない。

 後は無意識に魔力を籠めないようにも気をつけないと。今の所そういったものは出来ていない以上大丈夫だが。



 ドアの鐘が鳴り、閉まる。誰かを呼んだ覚えは無いのだがどうしたのだろうか?

 お姉さんの顔を見るが、お姉さんも心当たりは無いようだ。

 ドアにはclosedを表す札も下げてある。知っている人以外は入らなさそうなものだが。


「失礼。此処は魔術工房?」


 接客スペースに移動してみると、硬い口調の男と小柄な少女が立っていた。


「そうですけど、今はお休みをいただいているんです」


 あくまで魔術工房としては、だが。売り物があまりない以上開いているのもおかしな話だといえる。


「ですが、鍵が開いていました。私、それで入りました」


 何でそう片言なんだ?


「店の扉に札下がってませんでした?」


 お姉さんは不思議そうに首を傾げる。他の店もそうだが、閉店を示す札は全て一緒。

 それが下がっている以上入って来る筈も無いんだが。


「私、この国の者ではない。失礼、した」


 男はやはり片言のままそういう。つまり、札のことには気付いていたかもしれないが意味が分からなかったから入ってきたということか。


「そ、そうなんですか。ええっと、それで何か御用でしたか?」


 そう聞くお姉さんは気付いていないようだが、何か嫌な予感がする。

 2人とも着ている服が良さ過ぎる。

 男は燕尾服といえばいいのだろうか。黒のジャケットに白のシャツ、同色のタイ、黒いスラックスにロングブーツ。どれも一目で高級品と分かる一品だ。

 少女の方はドレスだが、それも光沢があり、装飾も細かく、かつふんだんに盛り込まれている。

 白で出来たそれは絹辺りか? 銀髪と銀の瞳がそれに合い過ぎるほど合っている。何にせよ、2人とも平民には見えない。

 そうなるとやたら面倒なことになりそうな気がするんだが。


「『翻訳』の効果ある、魔術品探している。時間無い、至急に」


 男に隠れるように立っている少女は言葉を発していない。恐らくこちらの言葉を話すことが出来ないんだろう。だから探すのは分かるが。

 だが、そう急ぐ必要があるんだろうか? 今日明日にでも必要といった感じではあるが。


「ソラくん、どうする? この前作ったもの売っちゃう?」


「お姉さんはどうしたい? 俺は売っても構わないとは思うけど」


 と、売ることにお姉さんも異論はないようで、売る事にしたのだが。



「調整は、すぐ出来そうだな。ほら、持ってみて」


 少女の手を取り、手首の長さを測る。完全なリング状ではなく、Cの字のようなもののため元々余裕は持たせておいた。

 これなら少し調整するだけで大丈夫だろう。


「私の言葉が分かるか?」


「はい。これから調整を行いたいと思うのですが、付け心地は如何でしょう?」


 口の動きと言葉が一致している。まずは話す分には問題ないようだ。


「いや、すぐに国に帰らなくてはならない。暫くしたらこの町、いや学校に入学することになるだろうからその時に頼む。シャーランディ、謝礼を」


 とりあえず聞くことも可能、と。最後に話したものは口と言葉があっていない。母国語の切り替えも可能か。


 と、シャーランディと呼ばれた男は懐から布袋を取り出し、俺に渡してくる。中身は、どうやって詰め込んだか分からないほど大量の金貨。


「いや、これは多すぎる。金貨1枚ももらえれば十分だよ」


 そうやって一枚だけ金貨を抜き取り、他を渡す。


「そういうわけにも行かない。今後も何かと頼りにすることもあるだろう。その迷惑代も入っていると思ってくれ」


 何かと頼りにって。まあ、客が付くことは悪いことではないんだが。


「なら、その時に都度払ってくれればいい。あと、これも読めるか確認して欲しい」


 一瞬受けとってもいいかなと思ったが、隣で覗き込んでいたお姉さんの顔がみるみる青くなったのでやめておいた。

 店の資金は必要だが、あまりぼったくるのもよくは無いか。


「分かった。だが、これだけは受け取ってもらう。それと、本は。……そうだな、一部読めないものもあるが大筋は分かりそうだ。これだけの品であるなら全部支払うだけの価値はありそうだが」


 少女は俺の手に金貨を一掴み無理やり握らせる。少女の手は指は長いが小さい。それでも金貨20~30枚はありそうだ。


「で、でもこんなに貰っても困りますよぉっ」


 お姉さんは狼狽したままだが、どうせ返そうとしたところで受け取らないだろう。

 この少女は目の力が強い。それに格好も相まって気品も漂う。何処かの高貴な生まれ、といったやつなんだろう。

 なら、今回はありがたく受け取っておこう。


「すまないが、時間がもうない。こちらに来たらすぐ寄ることにする。その時にまた話は聞こう」


 てきぱきと行動を起こす少女に俺もお姉さんも唖然とするしかない。

 本当に時間が無いのだろう。それは有無を言わさず、という感じで去っていこうとする。


「そうそう。この店の名はなんと言う、店主よ」


「えっ? あ、『魔術工房サンパーニャ』です」


 少女は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに笑みを浮かべ「また来る」とだけ言い残し去って行った。最後の驚きはきっと、お姉さんが工房主とは思わなかったからだろう。


「な、何か凄かったね?」


「まあ、儲かったと思えばいいんじゃないか? ……金貨30枚とかだけど」


 この前道具のアイデアを売ったときよりも高い。魔具を売るよりは安いものの、安い魔術品が銀貨50枚から、と考えると破格の値段だろう。

 というか、流石にこれは貰いすぎだ。


「ソ、ソラくん。や、やっぱり返したほうがいいんじゃないかな」


 金額を聞くとお姉さんが震えだす。大金過ぎてお姉さんは不安なんだろう。


「そういうわけにも行かないだろ。どうせ追ってももう此処を離れてるよ。引き止めて説得するにも悪い。返すなら次回来た時だな」


 あの少女がただただ淡々と何もかもこなすようには見えない。少なくとも初対面の人間にわざわざ非礼な行動をするようには見えない。

 なら、本当に時間が無かったんだろう。でなければ腕輪のことや、工房のことについて何かしら尋ねてくるだろう。

 となれば、返すにしたって今は無理だ。向こうは納得して金額を出している。それにけちをつけるのもどうかと思うし。


「じゃ、じゃあソラくんが受け取って! 売れたのはソラくんの作った魔術品だったし、対応したのもほとんどソラくんだったよね!」


 そんなにお金が怖いのか、俺の手を包み込むというか開かせないように両手で俺の手を握ると、良く分からない主張をし始めた。


「いやいや。あくまで売れたのはサンパーニャの商品だろ? なのに俺が受け取ってどうするのさ」


「だ、だってほら。おかしいでしょ!」



 お姉さんを宥め聞いた話によると、少し前に久しぶりに友達が家に遊びに来たらしい。

 そこでご両親が居なくなった事に気づいた友達にそれ以降の生活を根掘り葉掘り聞かれ、心配され、言わなかったことを怒られながらも話を続けていたが、俺がバイトを始めた頃の話しになって徐々に黙り始め、最終的にはこっ酷く叱られたそうだ。

 子供を長時間拘束する割には賃金が安すぎ、休みが少なすぎ、そもそも頼りすぎ、とメタメタに怒られたお姉さんはその友達に色々なことの改善をするよう言われていたそうだ。

 その割りに色々頼られていた気はするが、何処まで自分でやるべきかまだ線引きが出来ていないんだろう。

 といったこともあり、今までのポーション関連の売り上げやポーションベルト、運搬のアイデアを売った金額の全てをサンパーニャのものにするのはおかしい、という主張らしい。


「それは分からなくも無いけど、けどこれを受け取れって言うのも変だと思うんだけど」


 何せ俺が知っている中でもお姉さんが再開したサンパーニャとしての売り上げすら越えている。

 それを貰うのは気が引ける所の話じゃない。


「返す可能性だってあるんだし、お姉さんが持っててくれ。俺は銀行の口座もないし、こんなにあっても必要ない」


 そういえば俺の鍛冶師の審査は何時になるんだろうか。鍛冶師ギルドでは準備が済み次第人が迎えに来るという話だったが。


 忘れられている、ということは流石に無いだろう。一応俺も色々と活動してきているつもりではあるし。

 となると、何かしらで不手際があるのか、それとも遅くなっている事情があるのか。

 せめて説明くらいはしてもらいたいものだが、後数日待ってみても来ないようであれば、再度出向いてもいいだろう。


 渋るお姉さんに、もし返すことになって返せる見込みはある? と聞いたら首を振ったのでそのままお姉さんの口座に入れる事にした。



「じゃ、今日はもうそろそろ上がるよ」


 その後、色々と話し合いながらもバングルを1つ作り終えたところで手を止めた。

 外は既に暗い。話し込んだ、というのもあるが精力的に作った結果がこれだ。

 出来上がったのは『レジェンド』でも最高位にあった装飾品の内の1つ、『熾天使の祝福(セラフィム・ブレス)』のレプリカ。

 模造品とはいえ、赤銅色に輝くそれは4つの翼が刻まれ、2つの翼で両端が構成されているし、それ以外にも細かな細工が立体的に施されている。

 とはいえ、これは魔術品ではない単なる腕輪でしかないのだが結構な手間がかかっている。

 軽さとそれなりの耐久性を追及するのは結構大変だ。本来ならこれはオリハルコンで作るから価値は相当なものだが、あくまでレプリカ。他のものより少し値段が張る程度だろう。

 本来ならこういったものはアクセ売りと被るのだが、あくまで魔術工房。こういったものも作れるという目安にするにはちょうどいいだろう。

 肝心のお姉さんは、まだ練習中といった所だが。


 お姉さんと別れを告げると一路家を目指す。どうせ露店に寄っても何も買えないのだ。それならさっさと帰るに限る。

 一週間ぶりの休み。どう使うかは明日ゆっくり決めればいいだろう。

 そういえば、結局待遇の改善の話はどうなったんだろうか?




久しぶりの更新です。

…絶賛スランプ中。暫く更新速度落ちそうです


評価、つっこみ等ありましたらお願いします。


2011/9/27

誤字等修正しました。エイトール様、独言様、ありがとうございます。

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