閉じ込めたいのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第9弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「勘違いしてるのは、君のほう。」の直後の話です。
「ダメです」
そう何度も渋っていたのに。
オルガはノインを見上げた。
「ホント!?」
「………………はい」
ノインの少し沈んだ声に気づかず、オルガは心の中で「やった!」と喜んでしまう。
仕事をしたいと言った時、ノインは「うーん」と悩んでいた。
慣れていない場所だから危険だという言い分は理解できる。
(市場の売り子も、食堂の下働きも、洗濯屋も、仕立て屋の店番も、貴族屋敷の女中も全部ダメって言うんだもん……)
人の視線が多くて危険です。
拘束時間が長くて大変です。
男性がいるのでさらに危険です。
(そんなこと言われたら働けるところないんだけど……)
やれやれ。
(心配しすぎなんだって)
だけど。
「臨時の炊事場でもいいよ! 騎士団の中にそういうお仕事あるんだね!」
「…………」
はぁ、とノインが溜息をつく。
「大勢の料理を作るので、力仕事になるんですけど」
「村でもやったことある! 大丈夫だよ!」
……なんなのその目は。
「そんなに心配しなくても、火も使えるし、包丁も使えるよ?」
「それは知ってます」
「じゃあなんでそんなに嫌そうなの?」
「…………男が多すぎるからです」
えええ?
「そんなの炊事場なら当然だと思うけど」
力仕事なんだし。
それに。
「ノインのいる騎士団なんだから、大丈夫でしょ?」
ぴく、と反応して、「そうですね」と呟いている。
(でも、仕事を探してきてくれるとは思わなかったな……)
ちゃんと二人の生活を考えてくれてるんだと思うと、微笑ましい。
「女の人もいるんだよね?」
「…………はい」
「じゃあいいじゃない」
「…………まあ、はい」
……まだ渋ってる…………。
***
ここが、とオルガは思わずきょろきょろ見回してしまう。
(ノインの騎士団の炊事場かぁ)
石床は黒ずみがあるし、火口の周囲には煤がこびりついている。
長いこと使われていると思えるものだ。
三つある大鍋のほかにも、色んな道具がずらっとあった。
「今日が初めて?」
声をかけられて、オルガは背を伸ばした。
皮むきに集中しろってことかな。
焦ってしまうが、声をかけてきた中年女性は腰に片手を当てて、「ふうん」と言ってくる。
「オルガです。よろしくお願いします」
ちらっと皮むきをしている手元を見られたので、変なところはないかなと少しだけ身構えた。
「じゃあ、桶はそっち。皮はこっちにまとめて。あとで豚屋に回すから」
「はい」
こくこくと頷くと、目を細められて微笑まれた。
(! こ、これはいい感じなのでは)
へっへっへっ。
心の中で笑っていると、中年女性が怪訝そうな顔をしていた。
「? あの?」
「……あんた」
「?」
「ノインの知り合いかい?」
っ!?
なんでそれを。
「えっ、あ、の。そうですけど?」
「…………」
やっぱり目立つ存在ってことかな?
(あの見た目だとそうなんだろうけど……私、今日ここに来たばかりなんだけど)
「さっきあそこを通ったんだよ」
あそこ?
首を傾げながらそちらに視線を遣る。
通路の向こう、石壁の陰がうかがえる。
「あんたのことチラっと見て確認してたからね」
「っ!?」
ええっ!?
慌ててもう一度見るけど、当然そこにもういるはずがない。
「確認、だとは思うんだけどね。視線がちょっとだけずれてたっていうか。あの子ちょっと変わってるだろ?」
「か、変わってます、かね?」
変なことしてないよね……?
「背が高いのに動きに無駄がないっていうのかねぇ。無表情だし、妙に足音も静かだから」
「……………………?」
だれの話をしているんだろう?
「いえ、それはノインじゃないです」
人違いだ。
「えっ?」
驚く女性から視線を外し、オルガは作業を再開する。
(へぇ~、ノインと同じ名前の人がいるんだ。ちょっと見てみたいかも)
いつも穏やかに微笑んでいるのに、無表情? そんな馬鹿な。
(まあでも、ノインのほうがかっこいいとは思うけど)
*
昼になると、食堂は騎士でいっぱいになった。
ノインも来てるのかなと思いながら、ちらっと食堂のほうを見る。
食堂に続くわりと大きな配膳口からはっきりとは見えないのは、炊事場の煙のせいもある。
鍋を運んで欲しいと頼まれて、オルガは気合いを入れる。
煮出し用の鉄鍋は確かに女の人には、重い。
(食堂の配膳台に持っていけばいいんだよね)
「大丈夫です。持てます」
今こそ、収穫物を運んでいた経験を活かす時!
フフフフフ。
オルガが両手で取っ手を掴もうとした、その瞬間。
「それは俺が持ちます」
ん?
「え?」
炊事場に、なぜかノインがいる。
「ええっ!?」
なんで!?
戸惑っている間に鍋を受け取っている。
「ちょ……!?」
いま、お昼では? なんでここに!?
「な、なんで……?」
にこっと微笑まれ、彼は食堂までさっさと鍋を運んでしまう。
(の、ノイン……! こ、ど、ええええええ!?)
食堂からここに入ってきたの!?
ハッとして振り向く。
火の爆ぜる音。
湯気の立つ音。
そして、炊事場の全員がオルガに注目していた。
「さあ、手を止めない!
腹を空かせた騎士は、待ってくれないからね!」
誰かがそう言うと、全員が元の作業に戻る。
「は、はい!」
声が裏返ってしまった。顔が真っ赤だが、仕方ない。
*
昼休憩が終わると後片付けや、明日の仕込みをするらしい。
(ノインは今頃なにしてるのかな……)
ちょっとだけそんなことを思ったが、鍋洗いにすぐ集中した。
洗い物が終わって、気づいて声をかける。
「これ、片づけてもいいですか?」
空になった木箱を指差すと、頷かれた。
「炊事場の裏手にある荷捌き場に積んであるから、そこに置いてくれればいいから」
「わかりました!」
元気よく返事をして、洗い終わっている使用済みの木箱をよいしょと抱えた。
ちょっと視界が悪いけど、運べないほどじゃない。
(昼はノインに持っていかれちゃったしね。フフ。軽すぎる)
あんまり前が見えないけど、そこはそれ。
「ん?」
炊事場の裏手にある、荷捌き場に肩を落としている男性がいる。
石畳の端、荷箱が積まれた陰に騎士服の人が腰かけて溜息をついていた。
オルガは足を止めて視線をそちらに向ける。積んである木箱の近くに持ってきたそれを置いてから、うーんと目を細めた。
(…………)
なにしてるんだろう……。
オルガは少し考え、見たことある光景だなあとぼんやり思った。
(村にいるおじさんたちと似てる……)
五十代くらいの男性ではあるが、オルガの村にも似た年代の男性が数人いるのだ。
どうしようかと悩む。
(ノインに騎士とは話すなって言われたけど……元気ないおじさんの話を聞くくらいならいいと思うんだよね)
話をすれば案外すっきりするものだし、他人からみればなんてことない内容だったりする。
そもそも、自分にできることなんて、ちょっとしかないわけだし。
「あの」
声をかけると、腰をあげようとされたので「いいですいいです」と軽く片手を振った。
「なにかあったんですか?」
「…………」
こちらをうかがう男性が一瞬、不思議そうな顔をした。
「炊事場の手伝いをしている者なので、怪しくないですよ!?」
「……あぁ、そういうことではなく……」
黙り込んでしまってから、視線を伏せてしまう。
「…………情けないところを見せてしまったな」
「情けない?」
なにがだろう?
「うちの村にも『情けないなあ』って言う人はいますけど、べつに情けなくてもいいと思います」
「?」
「完璧な人間はいないですし、あ、でも貴族の人は違うと思いますけど、できないことがあっても不思議じゃないってことです」
「…………そうかね」
「全部できてたら、他の人とかいらないって思っちゃうかもしれないし……。
それに、私はかっこわるいところを見てもあんまり気にしないので大丈夫ですよ」
「…………」
「ノ……私の知り合いの男の人も、いきなり泣きますから」
「それは、男として情けないな」
「でも本人はそんな風に思ってないみたいですし、私も気にしないです。
なので、大抵のことは大丈夫なので話くらいは聞きますよ?
あっ、でも仕事があるので手短に! あなたもその、お仕事中でしょうし」
しばらくして、ぽつぽつと話し出される。
「ふむふむ。じゃあ姪御さんのお婿さんにしたい人が、なかなかなびかない、と」
「そうなんだ……何度も断られてて、姪がかわいそうで……」
「…………」
「優秀で真面目でな……。浮いた話も一切ないし、剣の腕もあって勤務態度もいい。悪いところと言えば、愛想がないことと向上心がないことかな」
しょぼーん、と落ち込んでしまう。
(真面目で優秀かぁ。そりゃあ、そういう人ならお婿さんに欲しいって思うかも……)
ノインと全然違うし。
(なんかいっつもにこにこしてるし、すぐ練習しましょうって言うしね……ノインは)
愛想なしや向上心なしとはまったく違うところにいる。
「私の泣き落としでも全然うなずいてくれなくて……」
そこまで……!
「うちの姪はどこに出しても恥ずかしくないんだ。綺麗だし、やさしい子だし」
悲しそうに言われて、オルガも眉を下げた。
「うーん。そのお婿さん候補の人の好みじゃないってことは、ないですか?」
「年上は範囲外と言って断られた……」
「へえ……」
「しかし、年下も範囲外と言っていたこともあってな」
「ええっ!? じゃあ、すっごく許容範囲の狭い人なんですね。むずかしい……」
「そうなのだよ。そんなにどちらも離れていないのだが」
あ、と気づいて男性が「そろそろ仕事に戻らんとな」と言い出す。
「つき合わせてしまったな。また、ここで会ったら話を聞いてくれるかね?」
「いいですよ!」
それくらいならいつでも!
しかしオルガはすぐさましょぼんと肩を落とした。
「あ、でも、私は臨時なんです。ノ、……知り合いが紹介してくれて今日はここで働いてるだけっていうか」
「そうなのかね」
「はい。だから、あなたの話は誰にも言わないし、安心してください」
「……………………きみは」
ん?
「随分と話しやすいというか、いつもそうなのかね?」
笑顔で応じていたが、ハッとして、オルガは頭を下げた。さすがに戻らないと。
「あ、じゃあ仕事に戻ります」
慌てて戻ると、炊事場近くにノインがいた。なにか考え込んでいる。
「どうしたの? 仕事でなにかあったの?」
近寄ると、腕組みしていたノインが背を預けていた壁から離して姿勢を正した。
「……巡回の帰りです」
「ここが通り道なの?」
へえ、と眺めていると、ノインがちらっとこちらを見てから、視線をどこかに向けた。
「団長…………いえ、誰かと話してましたか?」
「ん?」
「なんでもないです」
「?」
「仕事が終わったら一緒に帰りましょう」
「そうだね。同じ家に帰るんだし」
「…………」
少し驚かれたが、ノインがにこっと微笑んだ。
*
「ありがとうございました!」
すべて終わり、オルガは炊事場の全員を見回して元気よく頭を下げる。
「今日は助かったわ」
「また人手が足りない時、来られる?」
口々にそう言われて、安堵した。
「はい、都合が合えば」
(邪魔にはなってなかったみたい……良かった)
帰り支度を済ませて炊事場を出ると、そこでノインが待っていた。
「ノイン!」
「お疲れ様です」
…………ん?
(なんかちょっと様子、おかしくない?)
「帰りましょう」
「そうだね」
気のせいか。
……と思ったけど。
帰り道で一緒に歩いているのに、ノインの口数がいつもより少ない。
(仕事で疲れてるのかな……?)
うーん……。
「そういえば、ノインと同じ名前の騎士がいるんだってね」
「……………………そうですか」
「やっぱり同じ名前だと、同じ隊? にはならないのかな? 知らない?」
「……さあ、知らないですね」
まあそれもそうか。
ノインのいる騎士団はけっこう人がたくさん所属している。
(百人はいるって言ってたっけ。ここにいつもいるわけじゃないらしいけど、やっぱり騎士って大変なんだな……)
そう思い返し、あの炊事場裏の男性のことを思い出した。
「そういえばさ、落ち込んでるおじさんも騎士の中にいるんだね」
「……………………は?」
「あとね、炊事場の人たちが、また来て欲しいって言ってた! 役に立ったみたいで良かったよ」
「…………一度だけだと言ったはずですが」
「えぇ? お金にもなるし、困ってるなら手伝ったほうがいいでしょ?」
「…………………………………………」
*
うーん。
(ながい……)
ながいな。
(そんなに好きなのかな)
腰に手を回された状態だから、まあ、そりゃあ近いわけだけど。
帰った途端に外套もはずさないまま「キスしていいですか」って訊いてくるから、どうしたんだろうって思ったけど。
(うまく呼吸できないって何回も言ってるのに……!)
しかも。
(ながいんだって……!)
やたら今日はながい。
どうしよう。
あんまり続けられると、たぶん、その、頭まっしろになるんじゃない!?
それに。
「好きです」
ほらあ!
言い始めると思った!
「っ、ちょ、ちょっと待ってノイ……いき、が」
「だめ」
後頭部を固定されてしまう。
「家の中でできる仕事をもらってきますから」
ん?
(いきなりどうしたの?)
すっごい近くで見てくる……んだけど。
(ん? ちょ)
「の、ノイン!」
背後のテーブルに押し倒されそう!
バランスを崩しそうになって、慌てて手をつく。ま、まずい。
「わ、わかったから! ここはご飯食べるところだからあとでね!?」
「嫌です」
嫌です!?
「練習する時間じゃないでしょ!」
夕飯の支度してないっていうのに!
「……………………」
止まった。
(良かった……)
ほっとしていたら、いきなり抱き上げられた。
「ちょっと!?」
「寝室ならいいんですね」
なんでそうなるの!?
「大丈夫。練習だけです」
「そ、そういう問題じゃないと思うけどっ、わあ!」
「そういう問題です」
*****
後日。
「炊事場の者たちから、おまえのところの子にまた来て欲しいって言われたんだがどうだ?
素直で働き者だと言われ……」
「小隊長、団内向けの保存食づくりの仕事があると前に聞いたのですが、それはまだ有効ですか?」
「え?」
「報酬はいくらぐらいですか」
「そ、そうだな……銀貨1枚か2枚くらいか?」
「他にはありませんか?」
「ノ、ノイン? どうした?」
「繕い物もあったと思いますが」
「そ、そうだな?」
「その仕事をこちらに回してください」
「……………………」
どうした本当に。
「あと、彼女のことは、俺の妻と呼んでください」
「………………………………」
…………どうしたんだ、本当に。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
王都に来てから初めて仕事ができたオルガのお話でした。
続きを読みたいと思っていただけたら嬉しいです。




