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人気者の憂鬱

 


 正直な話、俺はこの世界をおかしいと思っている。


 フォロワーが多ければ神と崇められ、倫理観を欠いたことでさえ正当化されてしまう。


 俺――飯島正義は、モニターに投影された数値の海を眺めながら、そんなことを考えていた。

 フォロワー数。グッド数。拡散率。

 それらはもはや参考データではなく、人間の価値そのものとして扱われている現状だ。


 この世界ではSNSが力そのものだ。

 発言力は影響力に直結し、影響力は現実の立場を左右する。


 それを確固たるものにする電脳空間リンクレイヤー

 仮想世界として君臨するこの空間では、フォロワー数が多い者は強く、少ない者は正しくても押し潰される。


「……納得いかねえ」


 皮肉にもほどがある。

 それでも俺は、この仕事を辞めるつもりはなかった。


 俺が所属するのは、電脳グリッチ監理局。

 SNSが社会インフラとなった結果、悪意・虚偽・扇動が“システム上の異物”――すなわちBAN対象グリッチという暴徒として扱う事となった。


 それを監視し、是正し、必要とあらば凍結する。

 称賛されることはない。

 むしろ、敵を作る仕事だ。


 だが、誰かがやらなきゃならない。


「……っと」


 思考を遮るように、個人回線が割り込んできた。


【星見ミラ:接続要求】


 嫌な予感しかしない。

 ーーが、これを無視すればさらにウザ絡みされるのは間違いない。

 諦めた俺は、耳元の端末を指で叩いた。


「……どうした」

『ちょっと聞いてよ正義! めんどくさいのが湧いた』


 ミラの声は、いつものように軽い。

 だが、ほんの僅かに苛立ちが混じっている。


『最近さ、あたしの切り抜きとか過去ログを延々まとめてる垢があってさ』

「グリッチか?」

『……正確には、あたしの元・ガチ恋勢』

「ガチ恋……?」

『そう、ガチ恋』


 ああ、最悪のタイプだ。


『そいつは《星屑の王子》っていうんだけどね』

「随分、ロマンチックな名前だな」

『はあ? ぜんぜん中身はドロドロよ。昔はあたしの一番の理解者ヅラしてたくせに、今は“一端の批評家”気取り』


 俺はログを開き、該当アカウントを確認する。


 過去発言の引用。

 言動の矛盾指摘。

 感情を排した文体――だが、執着だけは異常に濃い。


「……これは、中々だな」

『でしょ? 規約違反はギリギリだけど、でも放置すると確実に火が回るタイプ。このままだと、あたしのブランディングに傷が付いちゃう』

(いや、お前の場合は天真爛漫を謳ったダーティ路線だろ)

『うえーん、どうしよう〜』


 ミラが珍しく、弱音に近い声を出した。がーー「あっ、そうだ」と一人で納得したように声を明るくした。


『正義。アンタ、これ手伝って』

「は?」

『いやだから、手伝ってって言ってんの』

「なんでだよ」

『あれ〜? いつも手助けしてあげてるの誰だっけ〜?』

「…………」

『ミラ様のおかげ、でしょ?』

「……ちッ」


 一拍、間を置いて。


「……分かった」

『よし決定!』


 ミラはパチンと手を叩いた。


『頼りにしてるよ正義の味方さん♪』


 ミラは悪戯っぽく笑う。


『んじゃ、《リンクレイヤー》で待ってるねー』


 通信が切れる。


「はぁ……また厄介ごとか」


 こうしてまた、小さな火種が燻り始めた。

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