先生、文字を教えてくださいよ。
ご依頼で書かせていただいた小説になります。
全文公開しても良いという許可を頂いて公開しております。
「先生、今日も来たんですね。」
某日、客の数が減った時間帯。
毎回鯨石を買ってくれる常連客が今日も現れた。
「今日もいつものを頼む!」
「まいどあり〜!」
俺は鯨石を袋に詰めて目の前の客、考古学者のエテラーレ先生に手渡した。
「ありがとうフェルゼン君。はい、お代だ!」
「はい、確かに受け取りました。…先生、少し疲れてますか?」
先生の目の下には少しだけクマができている。
学者という立場だ、昨日は寝れぬ程忙しかったのだろうか。
「ああ、昨日とても興味深い本を見つけてね…熱中してしまったんだ!フェルゼン君、君も読んでみるかい?!」
忙しいのかと心配したのだが、違った。
平常運動。熱中すると止まらない先生である。
目をキラキラと輝かせているその姿は34歳とは思えない、まだ幼い少年みたいに見える。
「俺は文字があまり読めないので…」
「なら私が教えるさ!」
「…じゃあ、今度家に来て教えてください」
教えてくれるというのならありがたい。俺は学校に行けてないから、妹に教えることもできない。先生が教えてくれるなら凄く助かるのだ。
「あ、ところであの少女は元気かい?」
「元気ですよ、妹と楽しそうに遊んでいます。2人分の金を稼がなきゃならないし、毎日大変だけど、なんだかんだ楽しいですよ。」
「それは良かった!君に文字を教えに行く時、あの子には言葉を教えてあげたい。」
クジラの中にいた少女。
最初は無口だった。
少しだけ言葉を覚えたとはいえまだ教えなきゃいけない言葉はたくさんある。
「ほんとにそれは助かります。同年代の子たちとコミュニケーションを取るのに言葉が伝わらない、理解ができないのはあの子にとっても辛いはずです」
「子に教えるのは大人の仕事だ。それにだ!言葉を教え、語彙力を身につけてあげれば古代について何か知ってるなら話してくれるかもしれない!」
「あはは、先生はブレないですね」
先生はまた目を輝かせた。魔法や古代のことになると、この人はいつも楽しそうだ。
「そうだ!今度一緒に遺跡に着いてきてもらおうか!そしたら魔法や古代に関して何かヒントを得られるかもしれないし…!」
「えぇ、あの子を連れて行くんですか?危険では?」
「なら君もついてくるんだ!」
「えー…」
「旅費は全額私が負担しよう」
「前向きに検討致します」
先生がジト目をしているが仕方ないだろう。
こちらはお金が無い。でも旅費を出してくれるなら話は別だ。タダより怖いものはないとかいうが俺にとってはタダという言葉は有難いことだ。
「まぁいい…それじゃ、また後日。君の家に勉強を教えに行くよ」
先生はそう言って去っていった。
それから3日後。先生は我が家にやってきた。
「どうぞ、入ってください」
「お邪魔します!」
家に招き入れ、俺は先生にお茶を注いだ。
妹たちはというと家の外で遊んでいる。
お菓子はたまにしか買えないもんだから出せない。
「フェルゼン君、これをあげよう!」
先生はリュックをガサガサとあさり、中から缶を取り出してテーブルの上に置いた。
「じゃじゃーん!クッキー!このクッキーほんとに美味しいって評判なんだよ」
「ありがとうございます。ほら、お前たち〜!先生がクッキー持ってきてくれたぞ〜!」
家の外にいる妹たちに聞こえるように大きな声で知らせると、パタパタと家に帰ってきた。
「やったー!ありがとうございます!」
「えっと…えっと…ありがとう」
覚えたての言葉を一生懸命に伝える少女。
「さて、クッキーを食べ終わったら勉強を教えるぞ」
先生は本とペン、紙を取り出して勉強の準備を整えた。
クッキーを食べ終えた俺たちは先生に文字や言葉を教わった。難しい漢字の読み書きができるようになってきて、なんだか少し楽しい。少女も少しずつ言葉を覚え、まだぎこちないけど会話ができる。
「おっと、もうこんな時間だ。」
気づけば夜が降りてきている。
「ほんとですね、こんな遅くまですみません、教えて下さりありがとうございます」
「いいんだいいんだ、人に教えるのも好きだからね。」
「先生。文字、少しだけ読めるようになったので本を読んでみたいのですが…オススメありませんか?」
「本に興味を持ってくれたか!後日私の本を貸しに行くよ。それじゃ、お邪魔しました」
先生は上機嫌で帰って行った。
どんな本を貸してくれるのだろうか、楽しみだな。
「本を読みたい…?」
「うん!」
本が読みたいと、妹が突然言い出したのは1週間ほど前のことだった。
「急だね、なんで本を読みたいって思ったんだい?」
俺は目線を妹に合わせて優しく聞いてみた。
妹は少しもじもじとしていたが、その理由を聞かせてくれた。
「えっとね、人形劇とか、読み聞かせとかやってる人が昨日いたの。話がすごく面白くて、本の世界は冒険がいっぱいで、私が知らない世界が広がってた。もっともっと知らない世界を知りたいの!だから、本を読んでみたい!」
妹の目はきらきらと輝いていた。
「わかった、じゃあ本を読んでみようか…って言っても俺は読み書きがあまり得意じゃないんだ…ごめんな。でももしかすると、先生なら教えてくれるかもしれない。次会った時に聞いてみるよ」
「ほんと!やった!」
無邪気に喜ぶ妹はすごく愛らしい。
「じゃ、いい子にしてるんだぞ」
「うん!行ってらっしゃい!」
そんなわけで、先生を家に招いて勉強を教えてもらったのだ。先生が帰って、居間を囲って晩御飯を口にしていると、妹が今日のことについて話し始める。
「あのね、簡単な漢字なら少しだけ書けるようになったよ!ゆっくりだけど、本をほんの少しだけ読めるようになったの。」
「すごいじゃないか。」
少女も口を開いた。
「えっと、えっと、わたしは、ことばおぼえた」
「すごいな、何を覚えたんだ?」
「こまったひとには、だいじょうぶ?わたしがこまったら、たすけて。けがをしたらいたいのとんでけ、やくそくはゆびきりげんまん」
言い慣れていない言葉を頑張って声に出しているこの子は1日にして成長した。
当たり前の言葉、幼い子が使う言葉。どれも大事な言葉。
「たくさん頑張ったんだな、2人とも。さて、早くご飯食べて寝るぞ」
「「はーい」」
また先生を呼ぼう。勉強を教えてもらおう。
俺も、この子達も、読み書きができるようになればこの世界をもっと知ることができる。楽しくなりそうだ。
「先生、いらっしゃい」
「今日もいつもの!」
「はいはい。先生、次いつ空いてますか?また勉強教えてくださいよ」
いつもの場所で、いつもの常連と、ちょっぴり変わりそうな日常。




